<98年9月:アーチーズ国立公園〜モニュメントバレー〜グランドキャニオン国立公園>
旅行行程表<Itinerary>
プロローグ<Prologue>
私の転職を期に、大学時代からの友人(I)と2人でアメリカドライブ旅行を企画した。以前よりアメリカ(得に大自然!)好きだった私と、別の友人(A)の経験談(前年に同じくアメリカの国立公園巡りドライブを行っている)に刺激され、行き先はグランドサークル(Grand Circle)とした。ユタ州の州都ソルトレイクシティ(Solt Lake City)から入り、アーチーズ国立公園(Arches National Park)、モニュメントバレー(Monument Valley)へと南下。アリゾナ州に入ってからグランドキャニオン国立公園(Grand Canyon National Park)へ進み、グランドキャニオンの南側からネヴァダ州ラスヴェガス(Las Vegas)へと6泊8日の行程をとった。
Sep.23
Wed. 9月23日(水)
旅の始まりは決して良好とは言いがたかった。出発のこの日は初秋の日本にしては暖かい日だったが、薄着でいた事と、恐らく過去数週間の仕事の引き継ぎのごたごたで疲れていたせいで、風邪を引いてしまったらしかった。ロスへと向かう機内で徐々に熱が高くなるのを感じ、また呼吸が苦しくなる感覚を覚えた。今回はチケット手配を出発の直前(1週間前)にしたため、フライトの乗り継ぎが悪く国内線を2回乗り継がなくてはならなかったが、これがまた乾燥した喉に悪影響を与えた。この日の目的地ソルトレークシティでレンタカーを借りこの日の宿泊先へ車を飛ばした。宿に着いてから食事に出かけ、またスーパーマーケットで解熱薬と喉スプレーを購入した。
Sep.24
Thu. 9月24日(木)
時差ぼけのため早朝(5時前)に目覚めた。体調は相変わらず優れないがまずは早めの行動をと思い朝7時頃に出発。ソルトレークシティのFM放送を聴きながらインターステイト15号(Inter-state highway 15)を南下、USハイウェイ191号(US highway 191)に入ってからは景色ががらりと変わり、FM放送もだんだん入らなくなって行く。赤土の山々の合間を走りながら、所々で紅葉が見られた。途中プライス(Price)でマクドナルドに寄りブランチを食べた。この時トイレの鏡で喉を見ると1円玉大の白い膿が扁桃腺に出来ていた。昨日買った緑色の喉スプレーのせいで黄緑色になっていた。体調の悪化とは裏腹にこの辺りから気温は上がってきて、だんだん暖かくなっていた。インタステート70号(Inter-state highway 70)に出て、またUSハイウェイ191号に入り、正午過ぎに最初の目的地アーチーズ国立公園(Arches National Park)に到着した。
アーチーズ国立公園(Arches
National Park)

この旅初の国立公園は緩いカーブの山道を抜けると突然現れた。公園入り口にひっそりとビジターセンターがあり、この時点ではまだまだ実感は湧かない。速度を落としてゆっくりと公園内に入ると赤土の大きな岩が道の両側に出てきて早速自然の素晴らしらを表現していた。所々にあるビュースポット(茶色地に白字の標識にそれぞれの岩や風景の名称が出てきて、その直後に車をとめるスペースがある)に車を停めては景観を楽しんだ。私達が最初に遭遇したアーチはサンドデューンアーチ(Sand
Dune
Arch)で、車を降りて脇道に入り目の前のアーチに近付こうを岩を登った。岩と岩の間の谷間風が心地よかった。これは正直小さなアーチだったが最初と言う事もあり(その後の更にすごいアーチを前に)早速感動した。
たいていの国立公園の例にもれずここアーチーズもトレイルがある。
有名なアーチはトレイルを歩かなければ見る事のできない物が多く、最も大きなアーチであるランドスケープアーチ(Landscape
Arch)へは、車でいけるもっとも奥からデビルズガーデントレイル(Devil's
Garden
Trail)を歩いて向かった。ランドスケープアーチまではいくつかの小さなアーチを見なら歩いておよそ30分。それ程遠くはないが午後になって気温が上がってくると喉の痛みに加え熱が出てきて半ばナチュラルハイ状態で歩いて行った。ランドスケープアーチは北側のトレイルから見るため時間の関係でちょうど逆光になってしまい、残念だった。最も大きいとは言え、他のアーチとくらべアーチ部分が薄っぺらい印象を覚えた。私の体調がすぐれないため、このトレイルはここまでにし引き返した。
次に舗装道路を戻り有名なデリケートアーチ(Delicate Arch)を目指した。まずは、標高の低いところから遠くにアーチを見上げるデリケートアーチビューポイントへ。その後デリケートアーチへ続くトレイルの出発点の駐車場へ行った。ここで熱と喉の痛みのダブルパンチを食らっている私は車の中で寝て待つ事にし、友人Iが1人でトレイルへ向かった。(このトレイルに行けなかったのは正直非常に残念だった。また、薬のおかげですっかり熟睡していた私は、車の鍵を閉めて寝ていたため、友人曰く”窓ガラスをたたいても起きなくてどうしようかと思った”とのこと。)およそ1時間半で友人Iが戻ってきて、次にウインドウズセクション(The Windows Section)へと向かった。このころになると徐々に夕暮れが近づいてきて赤い岩やアーチが更に燃えるような赤になりきれいだった。短いトレイルを歩きノース及びサウスウインドウ(North window & South window)が丁度眼鏡のように見える位置まで行くころにはサンセットが近付いていた。

夕暮れのアーチーズを後に本日の宿泊先モアブ(Moab)へと向かった。モアブはアーチーズから車で10分程で、モーテルがかなりあり、アーチーズのゲートシティとしてレストランや土産物屋が揃ったところだった。モーテルで一息ついてから近くのレストランで(ここが非常にサービスが良く是非お薦めなのだが残念ながらレストラン名が分から無い!)夕食をとり、明日に備え早目の就寝をとった。この夜11時頃からモーテルだけに原因不明の停電があり、翌朝になっても回復しなかった。(まさかとは思うが、自分がメールを出すためにモデム接続をした直後に停電になったので、なぜか少し責任を感じた。)
Sep.25
Fri. 9月25日(金)
天気は快晴で体調も回復しつつあるように感じた。気温は結構涼しいが朝の澄んだ空気が気持ち心地よく、コーヒー(モーテルレセプション横のコーヒーポットで無償でゲット!いまだ停電が続いていてホテルの人も困り果てている様子だった。)を啜りながらモーテルを後にした。USハイウェイ191号(US
highway
191)をひたすら南下し、本日1つ目の訪問先モニュメントバレー(Monument
Valley)へ向かう。途中の風景がダイナミックに変わりドライブだけでも非常に楽しめた。道路に平行して鹿が走っていたり、赤土の大地の名も無い岩山(本当はあるかも知れないが・・・)が突然現れたりと見るもの全てが感動だった。ブラフ(Bluff)でUSハイウェイ163号(US
highway
163)に入り、遅い朝食(というかもうすぐ昼食)をメキシカンハット(Mexican
Hat)のレストラン(インディアンの人が経営していた)でとり、いよいよモニュメントバレーへ。北側から徐々にモニュメントバレーに近付く道路では、どの車も途中で路肩に車を停め写真を撮ったりして景観を楽しんでいた。この辺りからのモニュメントバレーの眺めはガイドブックや旅行パンフレット等にも使われていて、やはり素晴らしかった。

USハイウェイ163号を走りながらモニュメントバレーの入り口に差し掛かると、(北側から来た場合)左折しインディアンの手作り民芸品を売っている小屋が立ち並ぶ通りを進んだ。ここから数マイルでビジターセンターに着く。途中でヤギの群れが道路を渡っているのに出くわし、インディアンの生活の一端に遭遇する。ビジターセンターに到着すると、現地インディアンによるジープツアーの勧誘(これがまた、満面の笑みで声をかけてくる!)と、砂埃が待っていた。ビジターセンターの外のテラスから有名な3つの岩山(向かって左からWest
Mitten Butte/East Mitten Butte/Merrick
Butteという)の風景に出くわす。気分はもうマルボロのバイカーか西部劇のガンマンかといったところだ。
ここから先は未舗装のオフロードで、先に出くわしたジープツアーを使うか自分の車でもかなりの部分にすすめる。(ジープツアーでないと進めないオフロードもあり、その分ツアーでしか見れない岩や景観があるため時間にゆとりのある人はツアーの方が良いかも知れない。)晴天で雨が降る心配も無く、時間的にあまりゆとりが無かった私達一行(二人だけだけど)は自分達の車(MID-SIZE
4DOOR)でオフロードを進む事にした。
赤土のオフロードを砂ホコリを巻き上げながらゆっくり進み、色々な名前のついたButteに近付いては車を止め写真を撮り、この繰り返しで1時間半程でオフロードドライブは終了した。(左の写真がアーティストポイントからの風景、右が親指岩)
モニュメントバレーは実際にはアメリカ合衆国の国立公園には指定されていない。これは、ここモニュメントバレーがインディアン居住保護区域(インディアンリザベーション)内にあるからで、実際にオフロードドライブ中に大きな岩山に囲まれた草原にナバホインディアンの居住区もある。昨日のアーチーズに比べ同じ赤土でも規模の大きさと周りの平らな草原とのコントラストが雄大さを物語っていた。ここがこの旅一番の好きな場所となった。
グランドキャニオン国立公園(Grand
Canyon National Park)
モニュメントバレーを出発し、USハイウェイ163号(US
highway
163)に戻り再び南下を開始するとすぐユタ州とアリゾナ州の州境に出くわす。ついにこの旅2つ目の州に突入だ。アメリカではこの時期たいていの州がデイタイムセービング(いわゆる夏時間)を採用しているがユタ州と同じマウンテンスタンダード時間(MST:Mountain
Standard
Time)帯のアリゾナ州はこれを採用していない。本日の宿泊先グランドキャニオンにはサンセット前には到着したいと思いつつ時間を1時間戻す。ケイエンタ(kayenta)でUSハイウェイ160号(US
highway
160)に出て給油を兼ねてコンビニエンスストアで買い物をすると、時刻は1時間進んでいる。これではサンセットに間に合いそうも無いと思っていたが、この辺り(インディアンリザベーション内)はアリゾナ州でも夏時間を採用している事に気付く。USハイウェイ89号/ステートハイウェイ64号と進み、道は上り坂に差し掛かる。所々にシーニックドライブがありコロラド川の侵食による大地の割れ目のような景観に出くわす。
標高が上がるにつれて辺りは緑の森にかわる。(紅葉にはまだ少し早いのか、それとも紅葉しない木なのか・・・)東側の公園ゲートに着き「ついにグランドキャニオンに到着!」と思いきや、ここからロッジやビジターセンターのあるサウスリムまではまだ結構ある。日没時間が気になりつつもドライブ道路上からは一向に写真等で見るグランドキャニオンが現われず、結局ビューポイントに入ってついに念願のグランドキャニオンに遭遇した!その後は繰り返しビューポイントに入っては感動を深めていった。

本日の宿泊先はマズウィックロッジ(Maswik
Lodge)で、ここは2週間前に電話で予約した。(公園内のロッジはここしか空いていなかった。)ロッジのレセプションでサンセット時間(6:22pm!)を確認し、車で自分達の泊まるロッジへ、荷物を運ぶと早速、サンセットを見るのに良いと言われるウエストリム(West
Rim)へと向かう。ウエストリム・シャトルで英語の車内アナウンスを聞きつつ、「ここがサンセットを見れる最後の場所」と言っていた(・・・と思う)ホピ・ポイント(Hopi
Point)で降車、既に沢山の人で一杯の断崖縁に自分達の場所をなんとか確保し、サンセットを待つ。太陽は西の果ての台地型の平らな山に消えていった。(グランドキャニオンは実際結構標高が高いのだが、元々平らな土地にコロラド川の侵食によりあの巨大な階段状の渓谷が出来た物である。よって日が沈む地平線は自分と同じくらいの高さにあり不思議だ。)感動と名残惜しさを持ちつつ最終のバスに遅れない様バスに乗り込みロッジへと戻った。(行きのシャトル内でバスの最終時間とそれ以降は何十分かけて歩いて帰る必要がある旨を繰返し伝えていたのだ)ロッジに戻り夕飯を食べに外に出るとスカンク!らしき動物に遭遇した。黒毛にフサフサした白い尻尾で、あれは絶対にスカンクだと思う。鹿やリスは良く見かけたがスカンクは後にも先にもこれが最後だった。
ここで少しロッジについて・・・マズウィックロッジはガイドブックでは「一番新しいロッジ」とあったが、それでも歴史の長い国立公園内のロッジであるため部屋自体はそれ程新しさは感じなかった。しかし、レストランやレセプションのある建物は確かに新しい。場所はリムから少し離れており、徒歩5分程度の所にある。部屋にはテレビは無い(後に国立公園のロッジにはどこもテレビは無い事を知る)。自然保護を唱うだけあって、ゴミの分別やタオルの洗濯の選択(連泊する際に、タオルを洗濯して欲しい場合のみバスタブにタオルを入れておく)等は宿泊者の協力を求めつつ、宿泊客自身も自然保護に一役買う事ができる充実感があった。私達が訪れた9月末は朝になると既に0℃近くまで気温が下がるのだが、暖房設備はきちんとしていた。暑くなり過ぎるのと乾燥するのが少し辛いがこれは濡れたタオルを干すとかバスタブの水を捨てずに残しておく等の工夫である程度対処出来る物だと思う。
Sep.26
Sat. 9月26日(土)

前日のサンセットに続き、グランドキャニオンのもう一つの見どころサンライズを見るため日の出前に起きマーサーポイント(Mather
Point)へいく。(良く言われる事だが、日の入の前1時間、日の出の後1時間がやっぱり綺麗だ!) 日の出(6:19am)の1時間程前に来たのは良いが人出はほとんどなく、逆に摂氏一桁しか無い朝の気温が堪えたが、その分断崖に面した最も良い場所は押さえた。時間の経過と供に徐々に人出が増えてきた。何枚もの服を重ね着している日本人の私達に対し、不思議な事に西洋人はなんと薄着な事か!!半ズボンや半そででこの寒さの中を出てくる人がいるから驚きだ。日の出の瞬間は周りのみんなが感激の声をあげていて、高い場所に居る人から声が徐々に伝染してくる。その瞬間は日の入りの時とは違い突然現れた。それからの十数分は、出っ張った断崖の東側と西側を行ったり来たりして朝日に照らされ徐々に光を得ていく渓谷を楽しんだ。
一旦ロッジに戻り朝食を食べてから一休みしてロッジを後にした。次の目的地ラスべガスへ向かう前にヤバパイポイント(Yavapai Point)で再度渓谷の雄大な景色を観てから、グランドキャニオンを後にした。
ステートハイウェイ64号(State highway 64)でサウスゲートからグランドキャニオン国立公園を出て、ウイリアムズ(Williams)方面へ。ここは緩い下り坂で標高が下がると供に気温が上がってくる。ウイリアムズのマクドナルドで昼食を食べ、インターステート40号(Inter-state highway 40)でラスベガスを目指す。この道路は有名なルート66と平行に走っていて所々のインターチェンジでルート66へのアクセス表示が出てくる。また、アムトラックも走っているらしく、何十両と言う非常に長い列車が走っているのを見かけた。キングマン(Kingman)からUSハイウェイ93号へでる。この辺りから風景は低木と乾燥した砂の大地の広がりに変わる。
フーバーダム(Hoover
Dam)

アリゾナ州とネバダ州の州境はここフーバーダムの真ん中にあった。ダムの上の2つの時計がそれぞれアリゾナ州とネバダ州の時間を表示しており、両方とも時間は同じだった。本来ならパシフィックスタンダード時間(PST:Pacific
Standard
Time)のネバダ州とMSTのアリゾナ州は1時間の時差(ネバダ州が1時間遅い)があるのだが、夏時間を採用していないアリゾナ州はこの時期PSTと同じ時間帯になるのだ。フーバーダムはその名が示す通り、時の大統領フーバーが指揮し建設されたダムで非常に巨大な物だった。ダムの歴史を紹介する金色に輝く建物の中ではダムの底部まで行くツアーがあったが、時間が無くまたお金をセーブするため参加は見送った。
ダムを後にし、ラスベガスへ向かう。出発して直後は振り返るとフーバーダムによりできたミード湖(Lake Mead)が見えた。ダムからラスベガスまでは1時間弱で着いた。砂漠の中の大都市ラスベガスは近付くにつれて道路の車線数が増え自動車の数も一気に増えた。今までの田舎道と比べると嫌が応にも運転に気合いが入った。
Sep.27
Sat. 9月27日(日)

当初の予定では、ラスベガスから一日ドライブ圏内のデスバレー国立公園(Death
Valley National
Park)に行くつもりだったが、この旅の初めから付いて回った私の喉の腫れ&高熱のためこの予定はキャンセルし、ドクターに診てもらう事となった。診断の結果扁桃腺の腫れによる発熱である事が判明し、強力なうがい薬と数種類の飲み薬を処方してもらった。同行の友人には悪かったが、往診のおかげでようやく体調が良くなってきた。
この夜、旅の最後にして遂に念願のステーキを食べる事が出来た。
エピローグ<Epilogue>
この旅以前にも仕事の関係でアメリカに行った事はあり、車の運転も経験はあった。しかしこの旅の経験がその後の国立公園ドライブ旅行を継続するファーストステップとなった。これ以降、デスバレー、2度目のグランドサークル、念願のイエローストーン・・・とまだまだ私の旅は続く。