Sep. to Oct. 2001 Part3

Yosemite National Park(CA)~Sequoia&Kings Canyon National Park(CA)

<2001年9〜10月 Part3:ヨセミテ国立公園〜セコイヤ&キングス・キャニオン国立公園> 

 

旅行行程表<Itinerary>

行程表へのリンク

 

Oct.03 Wed. 10月03日(水)

この日は時差ボケも大分解消してきて早朝に起きる事も無くなった。8時過ぎに起床後、モーテルの決められた部屋でコンチネンタルブレックファーストをとった(右の写真)。平日でしかもやや時間が遅めの為か、ここには私達以外の宿泊客は誰もいなかった。モーテル経営者の子供と思われる小さな女の子が私達の食事中に、こちらに興味のありそうな素振りで見え隠れしていて可愛かった。壁に設置してあるテレビではワールドトレードセンタービル追突爆破テロ事件に関連したニュースを放映していた。朝食後身支度を整え9時半頃マンテカを出発、ヨセミテ国立公園へと向かった。今日はすこぶる天気が良い。

マンテカからヨセミテ国立公園へ向かう方法は2通りある。CA120を使って西へ向かう方法と、CA99でメルセッド(Merced)迄行き、CA140に乗り継ぐ方法だ。当初の計画段階では前者を考えていたが、フリーウェイのCA99を使う後者に変更した。メルセッドまではフリーウェイをかっ飛ばし1時間程で着き、そこからCA140でヨセミテを目指す。メルセッドの町を抜けると沿道は果物畑に様変わりした。オレンジやトウモロコシの畑が果てしなく続く一本道道路の両側に果てしなく続く。 オートクルーズでスピード設定を行い、暫し左右の沿道をチラチラと楽しんだ。(前後の車は小さく見える程度の離れた距離にあった。)更に進むと徐々に山道へと差し掛かる。沿道の景色も色付き始めた紅葉の始まりの山々に変わって行く。1時間強でマリポサ(Mariposa:右)に着いた。この辺りは19世紀のゴールドラッシュに湧いた場所で、当時を再現した木造の西部劇風の小屋(実際は土産物屋やカフェレストランだ)が沿道に並ぶ。山の中に僅かに開けた小さな町のメインストリートをそのまま通過する。ここを抜けるとその先はクネクネの峠道だった。

40〜50分走り峠道を登って、更に下って大分運転に疲れた所でメルセッド川沿いにヨセミテ国立公園の標識を発見した。

ヨセミテ国立公園(Yosemite National Park) 世界遺産

ヨセミテ公園エリアに入ってから程ない所でアーチ・ロック・エントランスに到着した。ウイークリー入園チケット20ドルを支払った。ゲートを入場し、さっそうとドライブウェイを進むとすぐに道路を横切る小さな物体が・・・その直後に後ろタイヤが小さなバンプを乗り越えたような感触を覚えた。ああ、遂にやってしまった。自責の念に捕われ暫く呆然として数百メートル先で車を路肩に停めるが、引き返す気にはならなかった。(この嫌な気分はこの日一日付きまとった。)詳細は裏Top3オーマイガッを参照

再度出発し、ヨセミテビレッジ・エリアの一方通行の道路へと出た。先ずはビジターセンターへと向かう。一方通行を迷いながらなんとかビレッジストア前の駐車場に到着できた。お昼も過ぎておりお腹も空いてきたのだが先ほどの出来事が食欲を削いでいた。ソフトクリームだけの昼食とし、ビジターセンター(左の写真)へと訪れた。ここの入り口には世界遺産に指定されている事を示す標識(右の写真)があった。(5年前に某T*SのこのシリーズのTV番組を見て是非とも訪れたいと思い、1人バスツアーで訪れて以降、いつか必ず自分で車を走らせ訪れよう、もっと色々楽しもうと思い遂にその念願が叶ったのだった。)

ビジターセンターエリアを後にしてビレッジエリアの一方通行を2周してそこここのビューポイントに車を停めては自然の作る美しい造形を堪能した。16時過ぎにカリービレッジのスタンダード・ルーム(9月11日以降宿のキャンセルが出るかと思ってネットをよくよくチェックしたが、もっとも宿泊費の高いここしか見つけられなかった。その代わり実際に部屋の中に入ってみると思いのほか良かった!)にチェックインし、荷物を部屋に移動すると早々にグレイシャーポイントへと向かった。

グレイシャーポイント(Glacier Point)

グレイシャーポイントはカリービレッジの背後の高い巨大な崖の頂上にある。そこへは2通りの行き方があり、4マイルトレイルを約半日かけて歩いて登るか、車で行くかだ。私達は当然後者で、レンタカーに乗り込み夕日を見に向かった。

ブライダルベール・フォールのあるCA-41方向へ坂を登って行き暫く行くとマリポサトンネルへと出る。トンネルのすぐ前に駐車場があり、ここからトンネル・ビュー(左)が堪能出来る。二人で順番に写真を撮っていると、以前何年か横浜に住んでいたと言うアメリカ人の男性が片言の日本語で話し掛けてきて二人一緒の写真をとってくれた。(せっかく撮ってもらった写真は、陽が大分傾いた夕方の為、残念ながら必ずしも綺麗では無かったが、その行為に感謝する。)

トンネルビューを後にし、CA-41の山道をどんどん登って行く。途中でグレイシャーポイント・ロードへと左折し、更に狭くクネクネした登り坂を進んだ。18時頃のサンセットを前に時間を気にしつつぐんぐん登り17時半前に到着した。サンセットの30分程前だが人だかりは無く、10組程度が寒くなって来た頂上で、向いのハーフドームを見つつしゃがんで待っていた。Tシャツで過ごしていた昼間とは対象的に上着を着込んで岩上に腰掛け暫し時の経つのを待った。岩の間から食べ物目掛けて駆け寄ってくるリス(右の写真)がそのかわいらしい動向に人々の注目を集めて、時の経つのを少しだけ速めていた。

グレーシャーポイントから望むハーフドームのサンセットに向かう光景(上の写真群)

サンセット直前の真っ赤な太陽に照らされたハーフドームの綺麗なピンク色が印象的だった。

サンセット後、次にに何が出るかと暫く待ったが、寒さに耐えかね、その場を後にした。帰り道は下りの暗い道で、慎重に運転しながら、1時間チョットかけてカリービレッジに戻って来た。ビレッジのレストランが夜8時迄だったので多少急いだのだが間に合わなかった。

代わりにバーと併設のピザ売りのカウンタでピザを購入して夕飯にする事に。バー周辺の屋外テーブル席は厚めの上着に身を包んだ人達(キャンパーの若者が沢山いた)がビールを片手に陽気に話し込んでいて、ここだけは熱気があった。小学生(だと思うのだが女の子はウチの妻より体が大きく中学生もいたのかも・・・)の集団もいて、こっちはこっちで大騒ぎだった。アメリカでも男の子の方が女の子に圧倒されていた。(暫くして女の子のグループのリーダー格の少女は先生風の引率の大人に叱られてべそをかいていた。)騒がしいながらも、子供の頃の夏のキャンプを思い出して楽しんだ。夜9時を過ぎバーも閉まると皆静かに各自の宿泊場所へと散って行き早めの就寝となった。

Oct.04 Thu. 10月04日(木)

朝の目覚めはなかなか良く、前日早めに寝た為か、7時過ぎに目覚める。サクッと着替えて朝の冷たく新鮮な空気を吸いに軽く近場にハイキングに出かける事にした。目的地はカリービレッジから程近いミラーレイクだ。カリービレッジ前のバス停(20番:園内シャトルバスマップ参照、「地球の・・・」で紹介しているものとは番号が変わっていた。訪問時に園内新聞を入手して確認する事をお勧めする。)から園内周回バスに乗り、ミラーレイクジャンクション(17番)で降り、そこからミラーレイクまで往復1時間強を考えていた。

朝のバスはガラガラで、既に乗っていた女性1人に私達夫婦2人ともう1組の中年夫婦が乗り込んだ。バスが走り出すと「どこまで行くんだ?」と運転手が早速訪ねる。「ミラーレイクまで行こうと思っているんだ」と告げると、すぐさま「あそこはもう水が枯れちゃって面白く無いよ、行くならこっちの方が良い。」と運転手は一つ手前のハッピーアイル(16番)で停まった。「その先を真直ぐ行くと滝に続くトレイルに出るから」と言い残してバスは走り去った。乗っていた3組は皆そこで降り、運転手の指差していた方向に進んだ。女性1人はいかにもトレイルハイキングを目的に来た格好で、どんどん進んで行った。中年夫婦はゆっくりスタートした。ウチら夫婦はとりあえずトレイルヘッドまで行き「どこまで行こうか」検討する事にした。程なくトレイルヘッドに着き、1.5マイル先のヴァーナル滝まで往って返ってくる事に決定した。(1時間半程度の時間検討をつけた。)

ヴァーナル&ネヴァダ滝トレイル(Vernal-Nevada Falls Trail)

鋪装されたトレイルロードは緩い登りだが最初は軽快だった。朝の散歩程度の気持ちでいた分、軽装だった為だ。暫く往くと先に歩いていたハイカーが早くも休憩しているのに出くわす。(この4人組はまるで登山の格好だ!)その後は徐々に坂道が急になり、足取りもスローになる。小川にかかる小さな橋(ヴァーナル・フォール橋、トレイルヘッドから0.8マイル:遠くヴァーナル滝が見えた)周辺では数組に出くわした。更に進み、トレイルのジャンクション(ジョンミュールトレイルとミストトレイルが別れる)で川沿いのミストトレイル(滝の水量が多い季節は水しぶきでミスト=霧を発生する事からこの名が付いている。今回は全くミストは無かった。)を登って行くと獣道と石段のトレイルはどんどん急な坂道になった。上着を脱ぎ汗だくにながらようやくヴァーナル滝を見上げる場所(左の写真)まで到着すると既に1時間を経過していた。更に5分程急な石段を登ってようやく滝の上側に着いた。暫く休憩していると、上着を脱いだ下の汗だくのシャツが寒さを感じさせた。その先にはエメラルドプール(右の写真)が朝日の差し込むのを待ちながら静かにたたずんでいた。

当初の計画ではここから引き返すつもりだったが、急な石段を下るのはちょっと恐く、もう少し先でビレッジへUターンするトレイル(ジョンミュールトレイル)へと続きそうな事を突き止めそのまま進む事にした。登りはまだまだ続いた。携帯した水は残り少なく、お腹も空いてきたのだが、今さら引き返す訳にもいかない。何と更に先のネヴァダ滝(左の写真)まで見えてきた。歩き始めからおよそ1時間45分、ようやくジョンミュールトレイルとのジャンクションに出て暫し休憩をとった。(近くで休憩している登山家カップルの食べていたバナナがすごく美味しそうだった。)ここからは下りに転じる事ができた。やはり下り道は大分楽にはなった。空腹を通り越して歩みの一歩一歩が空き腹にしみる。途中でホーストレイルの馬(右の写真)に出くわした。「あれに乗れたら何と楽な事か・・・。」携帯してきた水も底を尽き喉の乾きが気になり始めた頃なんとかヴァーナル・フォール橋まで引き返してきた。橋の近くの水道でたっぷり水をのみ、ついでにペットボトルに給水した。後は来た時と同じ道を引き返すだけである。トレイルヘッド、バス停へと歩き、シャトルバスに乗ってカリービレッジまで戻ると既に10時半近かった。ビレッジのレストランは何故か営業しておらず、喫茶コーナーでコーヒーとパンを買いブランチとする。チェックアウトの11時が迫っており、急いでシャワーを浴び身支度を整えてカリービレッジを後にした。

この日は同じヨセミテビレッジエリア内のヨセミテロッジに宿を予約してあった。当然2泊する両日とも同一の宿がとれれば良かったのだが、2ヶ月も前から予約を始めたにもかかわらずそれは叶わなかった。それゆえロッジの移動を余儀無くされたのだが、時間もありヨセミテロッジにチェックインする前にお手軽なトレイルを幾つかこなす事にした。トレイルを効率良くこなす為にもここでトレイルガイド付きの地図(Yosemite Map&Trail Guide=1.50USD)を購入した。公園ゲート等で配付している新聞の地図は全てのハイキングトレイルが載っている訳では無いので、ヨセミテに何日か滞在する人にはお薦めだ。

ローワー・ヨセミテ・トレイル(Lower Yosemite Trail)

ここは駐車場から片道5分程の平で楽なトレイルだ。雪解け水が滝を構成するここヨセミテではその名物の数々の滝のほとんどが初夏までに水を枯らしてしまう。当然10月ともなるとほとんどが枯れている。その例にもれずここヨセミテ滝も既に枯れていた。水量が多き時をモデルに作成された標識の絵が何となく空しい(左の写真)。とりあえず滝を真近に見上げる橋まで往って戻って来た。

ブライダルヴェール・フォール・トレイル(Bridalveil Fall Trail)

次に訪れたのが有名なブライダルヴェール・フォール(右の写真)だ。風になびく細い滝が新婦が頭にかぶせるブライダルヴェールに似ている為この名が付いている。ここも大分水量が少なくなっていたが、観光客の数はなかなか多かった。駐車場にバスが何台か乗り付けていた為だ。なおここは、駐車場から歩いて10分程の距離に滝壺がある。そう言えば前日グレーシャーポイントに往く前に立ち寄ったトンネルビューからも僅かに見られたっけ・・・。

これら2つのトレイル以外には、「メルセッド川の川面に写ったハーフドームが美しく見える(左の写真)」センチネルブリッジを探して翻弄した。(公園のガイド新聞の地図にはセンチネル・ブリッジは記載されていない)この光景は以前来た時の記憶として頭の片隅に残ってはいたのだが、センチネル・ブリッジの場所が思い出せなかった。メルセッドリバー沿いを色々探してようやく見つけた。(ビレッジエリアの一方通行道路南側を奥に向かって行く途中、チャペルのごく近くの一方通行の道がカリービレッジ方向とビジターセンター方向の二股に別れる場所の橋がそれだ!) 因にこの橋を探してセンチネル・ビーチと呼ばれる川岸を歩いて入る時に、向いの岩山から雷の落ちたような轟音(とにかく大きな音だった)が聞こえた。よくよく見ると、岩山の斜面に砂埃が立っていた(右の写真)。どうやら崖崩れが発生したようだった。そうこうして時間を潰し、午後3時にヨセミテロッジにチェックインした。(実はヨセミテロッジの場所が分からず、ビレッジエリアの一方通行道路を2周してしまったりもしていた。)ここヨセミテロッジもルーム(キャビンよりは上のグレード、モーテルタイプだと思う)を予約しておいた。こちらもカリービレッジの部屋同様なかなか満足のいく所だった。

アッパー・ヨセミテ・トレイル(Upper Yosemite Trail)

チェックイン後、荷物を移動し一服した所で本日2つ目の本格的(?)トレイルに挑戦だ。1.5リットルのボトルウォーターを所持し、既に行ったお手軽ローワーヨセミテ・トレイルに続き、アッパー・ヨセミテ・トレイルに向かう。出発時間が遅めだった為もあり、トレイルヘッドから1マイル登ったコロンビアロック・ポイント(Columbia Rock Point)までを目的地として設定した。先程購入したトレイルマップを参考にロッジから徒歩で出発した。サニーサイド・キャンプグラウンドを抜け、登り山道入り口のトレイルヘッドに差し掛かる。早速スイッチバックの上り坂となる。(数日前のグランドキャニオンで経験したブライトエンジェルトレイルの登りよりは勾配は楽だったが、足場が悪く歩きずらかった。)出だしはなかなか快調ではあったが、暫くすると朝の予想以上に長かったトレイルハイキングの疲れが出てきて休憩の頻度が上がった。出発から30分程登った所でスイッチバックの坂は山肌に沿った道に変わった。更に10分程進み、目的地はまだかと思いつつも休憩をし、数分後息が落ち着いた所で出発した。すると一つ先のカーブを曲がるとそこにコロンビアロックポイントがあった。

そこは大きな岩(コロンビアロック)が山肌から剥き出しになっており、岩の先はビレッジエリア及びその先のハーフドームを見下ろす展望台になっていた(右の写真)。岩の先端に鉄パイプの冊が作ってはあるが、迫力のあるその眺めはなかなか恐いものだ。吹き上げる風で髪が舞い上がり、同時に休憩直後であった為もありすぐに寒くなってきた。休憩後の呆気ない幕切れに多少なりとも拍子抜けしていた所で、突如「バタバタバタバタ」と爆音を上げながらヘリコプターが2台やってきた。少し興奮ぎみにヘリコプターの動向を探っていると私達の斜上方(百数十メートルの距離!)の岩肌の前でホバリングしていた。どうやら先ほどのセンチネルビーチで見た岩の崩落現場を調査しに来ているようだった。暫しヘリコプターの行方を追っていたが2台とも視界から消えると帰路に付いた。下りはやはり楽なもので35分程で1マイルを降りた。途中、先ほどのヘリコプターの探索ポイントの直下に差し掛かった時だけは急ぎ足でその場を立ち去った。(登り時には特に気にはならなかったが、確かにその部分だけ上側から崩れた小石がトレイルを覆っていた。

ロッジに戻るとさすがに疲れがドッと込み上げてきた。ベランダに出てビールをたしなみながら目の前の岩山に映える夕日(左の写真)が暮れるのをゆっくりと待った。こんな一時が何ものにも換え難い至福の時だ。日が暮れ辺りが薄暗くなる頃ヨセミテロッジエリア内のバフェイスタイルレストラン”Gerden Terrace”へ出向き夕食にパスタを食べた。ここはリーズナブルの価格の割にオーダー後にパスタを茹でる為なかなか美味しかった。(グランドキャニオンのヤバパイロッジのレストランにも見習って欲しいものだ。)夕食後、ストアで買い物し屋外ステージに差し掛かるとステージに面した客席に数名が着席していた。程なく何かを上映する準備が始まったので、私達夫婦もそこに留まって見学する事にした。10分程待った後にレンジャーによるスライドショープログラムが始まった。客席もすっかり埋まってステージに面して50〜60人が注目していた。女性レンジャーはヨセミテに出没するクマの話から始めた。「観光客が年々増すにつれこれらの人々が出すゴミに群がってクマの出没件数が物凄く増えて行った・・・。2年前からクマがゴミを荒らすのを防ぐ為ゴミ箱にクマの開けられない蓋を取り付ける等の対策を開始し、レンジャーによる夜中のゴミ箱の見回りも始めた。2年後の2001年、2年前に比べクマの目撃件数は5%以下に減った・・・等々。」その後スライドの上映となり、これはヨセミテ国立公園内で見かけ無くなったり、絶滅したと考えられるカエルの種類についてだった。スライド上映中は小さな男の子(兄)と女の子(妹)がステージの目の前に出てじっくり見入っていてかわいらしかった。数分で飽きてしまうと、最初に兄の男の子が何かを始め(寝そべったり、手を上げて質問する素振りを見せたり)、すぐに妹がお兄ちゃんの真似をしていた。ステージを囲む観客とステージ上のレンジャーの皆が完全にこの二人の兄妹のペースにハマっていた。

1時間弱のステージが終わると観客の各々がヨセミテの自然を破壊しない様、それぞれにレンジャーの言葉を思い返しながら宿へと戻って行った。(事前に「地球の・・・」で読んだり、ビジターセンターやその他到る所でクマへの注意を呼び掛けるビデオを流していた為、多少なりともクマとの遭遇へ期待を持っていたのだが、レンジャーの人が語った通り、出没率は格段に減っているらしく、私達はヨセミテ滞在中結局一度もクマを見かける事は無かった。

Oct.05 Fri. 10月05日(金)

すっかり時差ボケも解消し、心地よく8時前に起床した。昨晩と同じ”Gerden Terrace”でブレックファーストを済ます。ここの食事はやっぱり美味しい。部屋に戻りシャワーと身支度を整えチェックアウト後いざ出発だ。本日はこの度最後の目的地であるセコイヤ&キングスキャニオン国立公園を目指す。

マリポサ・グローブ(Mariposa Grove)

ワウォナ・ロード(CA41)でサウスエントランス方面へと車を走らせ、再度トンネルビュー(左の写真)でヨセミテの光景を目に焼きつけ出発した。山道を走り1時間程でサウスエントランスに到着するが、ヨセミテ国立公園内最後のビューポイントであるマリポサグローブに寄り道する事にした。ここマリポサグローブには実は元祖トンネル・ツリーがあった。巨大なセコイヤの木を貫通したトンネルを車が通る写真は有名で、見かけた事のある人もいるのでは無いだろうか?しかし、この元祖トンネルツリーは1968〜1969年の厳しい冬の間に倒れてしまっている。元祖トンネルツリーが雪で埋まってしまう冬の間のピンチヒッターとして1895年に作られた(トンネルを彫られた)のがカリフォルニア・ツリー(右の写真)で、これは今日でも成長し続けている。マリポサグローブエリアの駐車場からカリフォルニアツリーまでの約1.2kmはトレイルになっていて、途中に数カ所マリポサの森に生息する動植物のガイド標識が点在している。(トラム・シャトルに乗って楽に回る事も可能)なお、このようなトンネル・ツリーの作成は現在では禁止されている。

12時を回ってからマリポサグローブを出発し、今度こそ本当にヨセミテとはサヨナラだ。サウスエントランス・ゲートでヨセミテ入園時のレシートを見せここを後にした。(実際は、レシートをトランク内のスーツケースに入れてしまっており、その旨告げると見せずして出ていい事になった。公園滞在中はレシートをフロントガラスに貼っておくと良いだろう。)再びCA41の山道を下りフレズノ(Fresno)へと向かう。40分程で山道は平地の比較的真直ぐな道へと変わり、周りの風景もひたすら続く平原になった。フレズノの近くでCA41は遂にはフリーウェイに変わり、車線数も増えてスピードを上げられるようになった。フレズノ市内でCA180へと移り(これが結構分かりずらかった・・・)、お腹が空いていたのでマクドナルドで遅い昼食をとった。20分程のクイックランチの後、並木道の延びるCA180(左上の写真)を東へとひたすら走り、後半は再び山道を登っておよそ1時間でキングスキャニオンのエントランス(右上の写真)へと到着した。

セコイヤ&キングスキャニオン国立公園(Sequoia & Kings Canyon National Park)

キングスキャニオンのBig Stump Entranceで入園料10ドル(ウイークリー料金)を支払い、先ずはグラント・グローヴ・ビジターセンターへと向かった。ビジターセンターの駐車場で先ず目に止まったのが大きな松ぼっくり(左の写真:後日撮影したものだが、たばこの箱と比べそのサイズの大きい事が良く分かる。小さい方はヨセミテ国立公園で入手、これでも普通ものよりも大きい。中くらいのサイズのものがここにいっぱい転がっていた。長い方はセコイヤ国立公園内のモロロックに程近い場所で拾った。)だった。手のひら大はある松ぼっくりがいっぱい転がっている!突然巨人の国へと足を踏み入れたような感じがした。なお、国立公園内で数個の松ぼっくりを持ち帰るのは許容されている。日本へ持ち帰る際は検疫に注意!(私達の場合は、特に申請もせず、チェックもされず持ち帰りました。)

グラント将軍の木(General Grant Tree)

ビジターセンターのストアで水を購入し、センターの展示を眺めた後、そこから北西側約1マイルの距離にある「グラント将軍の木(右の写真)」を訪れた。ここにはハーフマイル程のトレイルがあり、世界で3番目に大きな「グラント将軍の木(高さ81.5m、根元周囲32.8m、根元直径12.3m)」がある。その他には、倒壊した木をくり抜いて作ったトンネル(右の写真)や、火災で黒焦げになった木、それぞれに名前の付いたやはり大きなセコイヤの木々が見られる。なお、グラントグローブ・ビジターセンター内に、「グラント将軍の木」の直径と同じ大きさの部屋があり、その大きさを体感出来る。また、この「グラント将軍の木」はアメリカ国民のクリスマスツリーとして認定されていて、これは1926年のクリスマスに、国民が木の前でクリスマスを祝い聖歌を合唱した事に由来している。

「グラント将軍の木」エリアを発ち、本日の宿泊先であるウクサチ・ビレッジ(Wuksachi Village&Lodge)へ向かった。途中でセコイヤ国立公園エリア(右の写真:キングスキャニオンからセコイヤへ移った事を表す標識)に入った。陽も大分傾き、標高の高いこの辺りでは結構涼しくなってきた。17時にロッジに到着し、チェックインした。部屋はスタンダード・ルームを予約してあったのだが、どう言う訳か一つうえのクラスにアップグレードしてくれた。(受付の中央アジア系のアルバイト女性の英語が今一つ聞き取れず、何度か聞き返していると彼女が自分の英語の発音を気にして謝っていた。逆にこっちの英会話能力も決して完璧な訳で無く、ちょっと悪い事をしたなあと思った。)チェックインの際に、「車を駐車場に置く時は荷物を一切車内に置かない」事を約束する旨の紙プレートをもらい、駐車中にバックミラーに釣り下げる様言われた。これは、ここセコイヤ国立公園でもクマの出没が問題になっており、駐車中にクマに車を荒らされないよう、車内には何も(得に食料や、臭いの強い化粧品等)置いていない事を証明する為のプレートだった。一方クマに警戒を呼び掛ける割に、受付前にはクマをあしらった数々の木彫りの置き物(右の写真)が訪れるものを迎え入れ、また和ませていた。

アップグレードされた部屋は思いのほか良く、元々高めの料金(スタンダード・ルームの料金で140ドル!)もとりあえず納得できた。ここウクサチ・ビレッジはまだ開発途中で、3棟の宿泊施設と1棟のレストラン兼ストア(受付もここで行う)以外は近くに何もなかった。(車で移動すれば隣のロッジポール・ビジターセンターまで数マイルではあるが。)部屋に着き早速レストランの予約電話を入れると、17:45か19:45しか予約が空いていないと言う。昼食が遅かった為、寝てしまいそうな不安もあったが19:45にした。 ビールを片手に空き時間を利用して洗濯と、ガイド新聞を読みながら翌日の予定をたてる事にした。新聞を読んでいる内に行きたいと思った鍾乳洞クリスタルケイブが既にシーズンオフで閉鎖されている事に気が付く。残念だ。

19:30にレストランへ出向いた。宿泊ロッジからは200メートル程の距離だが、すっかり暗闇となった寒い夜に懐中電灯を片手に歩いて行った。「クマに出くわしたら恐いだろうな」と暗闇の中で思いふけりながら歩いていると向側から2つの影がやってくる。レストランから戻ってくるカップルだった。(モノポリーを持っていた。これから時間潰しにやるのだろうか?・・・ここ国立公園内のロッジではテレビというものがない。そういえばテロ事件後の世界情勢はどうなったのだろう?)

レストランはログハウス風の綺麗な建物で、食事もなかなか一流だった。(お値段も一流だが。)久しぶりにちょっと気張ってワイン付きのリッチな夕食を楽しんだ。ウェイターのおじさんも感じが良く1時間に及ぶ美味しい食事が出来た。食後は部屋に戻るといつの間にか眠りについていた。

Oct.06 Sat. 10月06日(土)

遂に本旅行最後の観光日となる。セコイヤ国立公園内をジェネラルズハイウェイを通り南に抜け、スリーリバース、バイサリアと進み前日通過してきたフレズノへと戻る行程を採る。朝起きると部屋の中は暖房のおかげで暖かいのだが、たばこを吸いに外に出るとかなり寒かった。昨晩使ったレストランは朝食も高めだと考え、ここでは食事をせずに出発する事に。駐車場に荷物を運び、辺りを見回すがクマに襲撃された様子はなかった。

チェックアウトを済ませ、9:20にウクサチ・ビレッジを後にした。エアコンで車内を暖めながらロッジポール・ビジターセンター(Logdepole visitor center: 左の写真)へ向かうと数分のドライブで到着した。ここロッジポールには大きめのストアと軽食カウンタがあった。カウンタでコーヒーとパンを買い朝食とする。セコイヤ&キングスキャニオン国立公園に入ってから、観光客の少なさがハッキリと分かった。ここロッジポールを含め、公園内はキャンプグランドが結構沢山あるのだが、そのほとんどが既に時期外れでクローズとなっていた。つまり、この時期はオフシーズンであり、訪れる人が少ないのだ。

シャーマン将軍の木(General Sherman Tree)

朝食後ロッジポールを後にして、再びジェネラルズハイウェイを進む。セコイヤの木に囲まれたこの道路はほとんどが木蔭となっており昼間でもかなり暗い(右上の写真)。また結構急なカーブの連続で慎重な運転が要求される。程なく世界最大の木である「シャーマン将軍の木(高さ83.8m、根元周囲31.3m、根元直径11m)」に到着する。この「シャーマン将軍の木(右の写真)」は1879年に南北戦争の退役軍人によって名ずけられた。駐車場からのトレイルは非常に短くお手軽に訪れる事が可能だった。なお、先に訪れた「グラント将軍の木」もそうだが、ここセコイヤ&キングスキャニオンでは特に大きなセコイヤの木に歴史上の人物の名前をつけて愛称として呼んでいる。南北戦争の英雄の名(北軍のグラント将軍・シャーマン将軍に対し、南軍のリー将軍もある、またリンカーンの木もある)が多いのは、国立公園としてイエローストーンに続き2番目に古く、南北戦争の記憶も新しい時期にこれらの木々が発見されたからだろうか・・・。

また余談だが、世界最大、2位、3位・・・の大きさといわれるこれらの木は通称「ビックツリー」と呼ばれるジャイアントセコイヤの木々で、ここセコイヤ&キングスキャニオンにそのほとんどが生息している。これらの木は樹齢3000年を超えるものもあり、高さではなくその体積で最大といわれる。なお、高さで世界一は同じくセコイヤ杉の中で「レッドウッド」と呼ばれる種であり、こちらは樹齢2000年程で高さは100メートルを超えるものもある。世界の高さトップ3はカリフォルニア州北部のレッドウッド国立公園内に生息している。

モロロック(Moro Rock)

「シャーマン将軍の木」を後にしてジェネラルズハイウェイを更に南下すると、左手にジャイアントフォレストミュージアムが現われ、そこから左に折れる細い道(ドライブルート)がある。これクレセントミードウ・ロード(Crescent Meadow Road)でこの先に幾つかのビュースポットがある。私達は最初のAuto Logを通過し、モロロック(左右の写真)へと向かった。駐車場から片道400メートルのトレイルはドーム型の巨大岩の上を登って行くもので、途中には遥か下を見下ろす崖に面した部分も多く結構恐いトレイルだった。(高所恐怖症の妻は手すりをしっかりと握りながらほとんど這うように登り、恐いもの知らずの外国人が何人もその横をある者は笑い、ある者は励ましながら抜いて行った。)岩の頂上はシエラネバダ山脈を望む素晴らしい眺めなのだが、生憎この日はモヤがかかっており、僅かに山脈が見えるだけだった。

トンネルログ(Tunnel Log)、木々の会議(Congress Trees)

モロロックで多少の恐怖を味わった後は、倒れた木をくり抜いて作ったトンネルログ(左の写真)を訪れた。なお、この辺りには巨大なセコイヤの木々が群生して、ちょうど会議をしているような場所もあった。家族連れが近くに車を停めてこれらの木々の周りを走り回っていたが、人のサイズに比べセコイヤの木の大きさが良く分かった(右の写真)。また、「地球の・・・」によるとこの辺りに直径50cmにもなる松ぼっくりがあると書いてあったがそんなに大きな物は見つけられなかった。それでも長さが30cmはある松ぼっくりを見つけた。(先に出た写真の最も長い松ぼっくり!)

クレセント・ミードウ(Crescent Meadow)、オートログ(Auto Log)

クレセントミードウ・ロードを終点まで進むと、そこがクレセントミードウ(左の写真)だ。ここには幾つかのトレイルがあり、私達は空腹を感じながらも1時間強のラウンドトリップ・トレイルをハイキングした。最後までクマに出くわす事に多少の期待を持ったが、結局リスと同じくトレイルを楽しむ数組の観光客以外には出会う事はなかった。

クレセントミードウ・ロードを戻り、最後にオートログ(右の写真)に立ち寄った。これは”オート”つまり車が乗れる木で、倒れた木に車を乗り上げられる様になっていた。このエリアの他の見どころと比べるとハッキリいって拍子抜けする、イマイチのポイントだった。

クレセントミードウ・ロード沿いのいわゆるジャイアントフォレストエリアを後にすると、一路公園ゲートを目指し、車を走らせた。この辺りのジェネラルズハイウェイはカーブが非常にきついクネクネの下り坂で路肩の標識はセカンドギアを使って走行する様促していた。暫く行くと先程登ったモロロックが見上げられる(左の写真)ようになってきて、「あれに登ったのか」と先程の恐怖感を思い返した。

更に進みジャイアントフォレストエリアを出発して1時間程で、フットヒル・ビジターセンターへと到着した。ここで昼食を取る事も考えたのだが、レストランはなく、トイレ休憩だけとなった。2日間に及ぶ短かめのセコイヤ&キングスキャニオン滞在を終わりにして最終目的地フレズノへと向かう事にした。フットヒル・ビジターセンターを出て程なく、アッシュマウンテン・エントランスでセコイヤ国立公園の入り口を表す標識(右の写真)に別れを告げ、再び大分緩やかになった山道(CA198)を下って行った。

一旦山道を抜けるとその後は軽快に車を走らせ、バイサリアでCA99のフリーウェイに入った。これも思いのほか空いていて、予想より大分早く15時過ぎにフレズノに到着した。フレズノ・ヨセミテ国際空港近くに予め予約を入れていたベストウエスタンにチェックインし、あまった時間はショッピング・モールに行き土産物探しに割いた。

夕食は『アカプルコ』と言う名のメキシカンレストランに行った。ここは18時前と早めにもかかわらずかなり混雑していて、人気店の様相が味の良さを予感させた。2人組みの私達はすぐテーブルに通され、早速ビールを注文する。この旅で今まで一度もIDの提示を要求されずすっかり大人ぶっていたのだが、ここでは妻だけがIDを要求され、色々交渉したのだが結局彼女だけはアルコールにありつけなかった。(私は少なくとも21歳以上には見えるとの事。実際は30も超えていると言うのに!)すぐ近くの大テーブルでヒスパニック系の大家族(20人以上)がおばあさんの誕生日を祝って集合していた。このテーブルへの料理のサーブでウェイター3・4人がテンヤワンヤだった為料理が出てくるのはちょっと遅めだったが、味は予想通りかなり満足の行く物だった。

旅の最後を美味しい食事で締めくくり、明日の出発準備を済ませ早めの就寝となった。明日は6時起きだ!

 

エピローグ<Epilogue>

テロ事件の後であり、これがどう影響するかと心配していたが、空港での厳重な警戒以外は普段と変わりはなかった。帰国時サンフランシスコから成田への国際便に搭乗すると出発前の機内アナウンスがちょっと変だった。「お客さまの中で何か不審に思う事がありましたら何なりと言って下さい」これを必要以上に繰返す客室乗務員に何か変だと疑いつつも、無事飛行機はサンフランシスコを飛び立った。帰国後テレビではアメリカが報復攻撃を開始したと報道しており、時間を計算すると国際便の出発時には既に開始されていた事が分かった。これがあのアナウンスの訳だったのかと合点がいった。

今回、一つの国立公園での滞在時間を極力長めにしトレイルに挑戦出来る様にしたのだが、これは正解で、車で訪れ表面だけ体験するのとは違った良さを再度実感した。今後もこのパターンで計画出来れば良いと思う。やっぱり2週間丸まるとれればなお良いのにと思わずにはいられなかった。

なお、結局クマに出会えなかったのはある意味残念だった。ヨセミテでもセコイヤ&キングスキャニオンでもクマへの警戒をことあるごとに繰返していて、心の片隅でクマを見かけるのを期待していたのだが、見かけなければ安全な反面で寂しい物である。

 

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