Sep. to Oct. 2001 Part2

Canyon de Chelly NM(AZ)~Mesa Verde(CO)~San Francisco

<2001年9〜10月 Part2:キャニオン・デ・シェリ国有記念物〜メサベルデ国立公園〜サンフランシスコ> 

 

旅行行程表<Itinerary>

行程表へのリンク

 

Oct.01 Mon. 10月01日(月)

今朝は朝食は抜きにして、モーテルの部屋に置いてあったコーヒー(コーヒーメーカーのコーヒー)を飲むだけにした。レストラン設備の無いモーテルの場合はコンチネンタル・ブレックファースト(パンかシリアルとオレンジジュース&コーヒー程度)が無料でつく場合が多いのだが、キチンとしたレストランのある場合はコーヒーサービスのみの場合が多いようだ。

キャニオン・デ・シェイ国有記念物(Canyon de Chelly National Monument)

チェックアウト後9時前にモーテルを出て、この日の最初の目的地キャニオン・デ・シェイ国有記念物へと向かった。AZ64を東に向かい10分程でキャニオン・デ・シェイのビジターセンター(左の写真)に到着した。ここは合衆国政府の国立公園局に認定されているが、ナバホ族の居留区域内に位置し彼等に管理運営されている。入園料は無料だ。センター内には2つの時計(右の写真)が立て掛けてあり、夏時間を採用しているインディアンリザベーションと、採用していないアリゾナ州との1時間の時差を表していた。センター内ではナバホ族の「銀細工の指輪」の製作行程を見る事が出来た。

ビジターセンターを出てすぐに道が二手に別れる。向かって左がノースリムドライブ、右がサウスリムドライブだ。私達は元々計画していた通り見どころの多いサウスリムドライブに向かった。緩い坂を徐々に登って行き、最初のビューポイントのトンネル・オーバールック(Tunnel Overlook:左の写真)に出た。赤い岩の狭い谷間にまだ低い位置にある太陽の陽光が差し込んでいる。肌寒い朝の澄んだ空気の中、谷間の先の深緑の木々と草原が印象的だった。駐車場に2台の車が止まっていて、インディアンクラフトの路上売りの準備をしていた。更にリムドライブを進みジャンクション・オーバールック(Junction Overlook:右の写真)に着いた。ここからは冊の無い崖の上から数百メートル下の開けた草原が見下ろせる(崖の先に立つと正直言って少し恐いくらい位だった)。良く見ると渓谷内にはナバホ族の民家が点在していて、畑や家畜の馬が見つけられた。

スパイダーロック・オーバールック(Spider Rock Overlook)

更に坂道を車で登り幾つかのビューポイントに立ち寄った後(ホワイトハウス・オーバールックだけは後回しにしておいた)、舗装道路に沿って進み(舗装道路は途中で左に曲がるが、真直ぐ延びる未舗装道路があるので注意!)サウスリムドライブ終点のスパイダーロック・オーバールック駐車場へ到着した。駐車場からトレイルが出ていてこれを数分歩くと断崖から見下ろす渓谷の中に高くそびえる2つの岩の塔が現われる。これがスパイダーロック(左の写真)だ!先住民が崇めると言うその岩はなるほどオーラを発していて際立っている。スパイダーロックは高さが800フィート(約240メートル)あり、キャニオンデシェイ(シェイ渓谷)とモニュメント渓谷を分けるジャンクションの中心にそびえている。静かな渓谷を見下ろしながら暫し普段の喧騒の中の生活を忘れていると、遠く下の方から馬の鳴き声が聞こえた。自然と共存しているナバホ族の生活に多少なりともジェラシーを覚えた。オーバールック・ポイントを立ち去り駐車場に近付いた頃、数人のお年寄りのグループとすれ違った。おばあさんが声をかけてきてスパイダーロックまでどの位かかるか聞かれたので、お年寄りのゆっくりした歩みを考慮して「5分もあれば着くよ」と応えた。(ここキャニオン・デ・シェイではあまり多くの観光客とは遭わなかった。シーズンオフだったのか、平日の為か園内を通して5・6組のグループとすれ違っただけだった。)

サウスリムドライブを戻り、来る時スキップしたホワイトハウス・オーバールックへ立ち寄った。ここは園内唯一のガイド無しで渓谷に下りることのできるホワイトハウス・トレイルのある所だが、2.5マイルのトレイルのほんの僅かな部分だけ(ホワイトハウスを遠く見下ろす所までは200メートル程でいける)歩いて引き返した。なお、ここはその名の通りホワイトハウスと呼ばれる、白いしっくいに覆われた1000年前の古代プエブロ人の住居跡がある。

11時過ぎにキャニオンデシェイを発ち、チンリーの町でバーガーキングに立ち寄り昼食をとった。(以前から感心しているのだが、アメリカ国内のハンバーガーチェーン店には子供の遊び場が併設してある。その規模が半端じゃ無い!客席エリアの1/3を占める大きなジャングルジムのようなのものがあり、子供達がはしゃぎ回っていた。)昼食後US191を北に向かって走り出した。次の目的地はフォーコーナーズだ。初めて走るUS191は北に向かうにつれ、周りの景色に赤い大岩(右)が現われてきて(ラウンドロック周辺が顕著)、モニュメントバレーを彷佛とさせる。よくよく調べると、モニュメントバレーからは結構近く納得した。

US191の周りの風景が赤土の大地から草原へと変わり、暫く進みメキシカンウォーター(Mexican Water)でUS160に移り東へと向かう。当初メキシカンウォーターで昼食を考えていたが、この辺りの沿道にはめぼしいレストランは見つけられず、先のチンリーで済ませておいて良かったと思った。更に進むと、赤土の台地状の山(レッド・メサ)が見えてきて、その奥にはホワイト・メサがあった。改めて大地の作る様々な光景に感心させられる。

フォーコーナーズ(Four Corners) 

US160から進行方向左側に折れる小さな道を500メートル程行くと、そこには風に吹かれて揺れている複数の旗(左)があった。アリゾナ、ユタ、ニューメキシコ、コロラドの4州の州境がクロスしているフォーコーナーズだ。風に舞い揺れていた旗は各州のの州旗だった。旗に囲まれた場所には州境を表す大きな十字(右)が描かれていて、それぞれの州名が記されていた。このモニュメントの周辺には幾つかの屋台が並んでいて、インディアンクラフト屋やインディアン・ブレッド(揚げパン)屋があった。なお、このフォーコーナーズはアメリカで唯一4つの州の州境が十字に交わっている場所である。

フォーコーナーズを発ち再びUS160を行く。コルテツ(Cortez)に近付くと通り雨が降ってきて、前方にどんよりとした怪し気な雲が拡がってきた。この先の予定にも暗雲が立ち込める。

メサ・ヴェルデ国立公園(Mesa Verde National Park) 世界遺産

午後2時半過ぎに登り坂の途中のメサヴェルデ国立公園のゲート(左)を通過した。その後もかなりきついクネクネの坂をどんどん登って行く。どんよりと空を覆う雲の下の町が眼下に見える。山を登りきり下りに入ったところで、モアフィールドビレッジ(Morefield Village)に到着した。ここで水とガソリンの補給を行った(メサヴェルデは予想以上にくねくねの山道が多く車の燃費は悪い。この先給油出来る場所はファービュー・テラスまで無い為、メーターが1/4を割っている場合は安全の為給油をお勧めする。この時のガソリン価格はちょっと高めの1.654ドル/ガロンだった)。

モアフィールドから紅葉の始まっている山道を進んで行くと、雷(けっこう近い!)と小雨の中、園外へと向かう反対車線の車とすれ違った。(当然と言えば当然だが)すれ違う車は多いのに自分達と同じく園内の奥へと向かう車は一向に見当たらない。時々光る稲光りが”今日はもう見学する人は居ないんじゃ無いか”といった不安を掻き立てる。30分程でファービュー・ビジターセンター(Far View Visitor Center)へ着いたがそこの駐車場も車はまばらだった。ビジターセンターはその名の通り、幾つかの亀裂(これが渓谷になる)の入った緑の台地(右上の写真)を遠く見下ろす場所にあった。この先の見学場所は所によってガイドツアーでしか入れない所があり、ガイドツアーはここのセンターで予約しなくては行けないのだ。しかし、「地球の・・・」ガイドブックにほとんど全ての見どころが「外から眺めるだけならいつでも可」と述べていたので、ガイドツアーを申し込むのは辞めておいた。(実際は、小雨が降っていた為駐車場から少し歩くビジターセンター内に行くのがちょっと億劫だった。しかしこれが後になって失敗であった事に気付く・・・)ファービューを出てすぐ、ドライブルートはウェスリル・メサ方面及びチェイピン・メサ方面の二手に別れる。この日はウェスリル・メサ方面の道路は封鎖されていた(夏の間しかオープンしていないとのこと)。南へチェイピン・メサ方面に向かって行くと雨足が強くなってくる。ゆっくり進むキャンピングカーの後を2人乗りのバイクが追い、私達はその後に続いた。15分程で道が3つに別れ(Museumへ続く一方通行の出入り口と、更に南側のクリフパレス方面への道の3つ)、私達は一方通行の道へと進んだ。数分でチェイピン・メサ博物館の駐車場に着き、ここで始めて沢山の車に出会い少し安心した。

スプルース・ツリー・ハウス(Spruce Tree House)、スクエア・タワー・ハウス(Square Tower House)

小雨の中、チェイピン・メサ博物館の端から出ているトレイルを小走りにスプルース・ツリー・ハウス(左)へ向かった。ここは200メートル程の短いトレイルですぐに着いた。ガイド無しで中に立ち寄る事ができ(一部は立ち入りを禁止する標識があるので注意!)、縦穴の住居跡に梯子を下って入ることもできる。遺跡の説明をするレンジャーもちゃんといた。数分の見学の後、小雨の中博物館に戻り雨具(カッパ!があるといいと思ったのだが・・・)を探すが傘すら見当たらない。仕方なく駐車場を後にし次のビューポイントへと向かった。一方通行の道を進み先ほどのメインルートに戻り、更に南へ。程なく二股に別れ右側へ。この辺りでようやく雨が止んできた。雨上がりの森の中、車を進めると沿道にビューポイントを表す標識が所々に出てくる。一つ一つに寄っているとけっこう時間がかかるので、ガイドブックに従い規模の大きい遺跡に注力して見物した。そのうちの一つがスクエア・タワー・ハウス(右上の写真)で、ここはドライブルートから1分程トレイルを歩いた先の崖の上から見下ろす所に在った。その名が表す通り、四角のタワーが特徴的だ。

この先は渓谷に面したドライブルートに出て、向い側の断崖の下に構築された住居跡が見られる。幾つかの住居跡群の中、一際大きなものがクリフ・パレス(右の写真)だ。渓谷の対岸からクリフ・パレスを見渡していると、アメリカ人(多分そうだと思う)の中年夫婦が「あそこはもう行ったか?」と尋ねてきた。まだだと答えると「君らは若いから下まで下りたらいいよ」とアドバイスしてくれた。当然そのつもりだった。何しろここメサベルデで最も規模の大きな住居跡なのだ。対岸を良く見るとクリフパレスの向かって左上に人が沢山集まっていた。何をしているんだろう?

クリフ・パレス(Cliff Palace)

車で更に10分程走り渓谷の反対のクリフ・パレス側に移動した。クリフ・パレスの駐車場は人気の為か大きめにエリアをとってあるのだが、時間が遅い為か以外と空いていた。早速クリフパレスへと向かう。渓谷に向かってトレイルを進むと前方が開けてきて先ほどまで居た対岸が見えた。少し下ると開けた場所に出てここからクリフ・パレスが結構近くに見下ろせた(左)。ここが先ほど対岸から見たときに人だかりのあった場所だと分かる。さて、この先へ進もうと思うのだが鍵のかかった扉が進入を防いでいる。どうしたものかと困っていると1人のレンジャーの女性が現われた。その場に3組(私達夫婦、男性1人、別の男性1人)が居たのだが、そのうちの1人に声をかけ、「これが最後のガイドツアーだが参加者はあなた1人だけだよ」との事。二人は扉の鍵を開けその先へと行ってしまった。ここでようやく合点がいった。つまりこの先はガイドツアーでしか入れないのだ。ビジターセンターで予約していない私達は当然この先へは進めない。「地球の・・・」の云う「外から眺めるだけならいつでも可」とはこの事だった。確かにその説明は間違ってはいないかも知れないが、私はてっきり「住居跡の内部へは入れないが外ならガイドツアーで無くても立ち入り見学出来る」と思っていた。皆さんも要注意!

気を取り直してもう一つの目玉バルコニー・ハウス(Balcony House)へと向かった。しかし残念ながら今度は閉鎖されていた。先ほどまでの雨のせいだろうか。仕方なくここを立ち去った。来た道を戻り、ビジターセンターへ行くと既に閉まっていた(せっかく雨が止んだからきたのに)。センターの向いのファービュー・テラスの土産物やで少し時間を費やし、トイレを済ませ園外へと向かった。6時過ぎにメサベルデを後にして、再度US160に合流して本日の最終目的地デュランゴへ進路をとった。

明日はデュランゴからデンバー経由で空路サンフランシスコへと移動する事になっており、この日の宿は空港近くに探す事にした。メサベルデを出て40分程でデュランゴの町に入り、標識に従い空港(デュランゴ・ラ・プラタ空港)へと向かう。途中蒸気機関車が駐車してあった(ここデュランゴはナローゲージ鉄道とそこを走る蒸気機関車で有名のようだ。パンフレット曰く、「世界でもっともエキサイティンングな鉄道旅行」トップ10に入るとか)。辺りが徐々に暗くなってきたが以外と空港は遠い(何となく嫌な予感が・・・)。US160から離れ田舎道を走り何とか空港まで着くとモーテル等の宿泊施設は全く無かった(やっぱりというか、だんだんそんな気はしていたのだが)。既に日の落ちた暗闇の中、来た道をデュランゴの中心地方面へ折り返し、20分程戻ってスーパーエイト・モーテル(Super 8 motel:1泊70ドル)に落ち着いた。

モーテル到着後、眠気に襲われる前に夕飯を取る事にした。モーテルの受付の女性に教えてもらったモーテルから程近いK-BOB'Sというステーキレストランへ。ここは初めて知ったのだが、テキサス、ニューメキシコ州辺りを中心にチェーン店展開しているレストランだった。外見はまずまずで店内は明るい(薄暗い方が雰囲気はいいのだが)。喉を潤すビールと、当然の様にステーキを注文した。味はとういと・・・、アメリカにしては普通だった。(最近は大分舌も肥え、ただ厚いだけのステーキでは満足できないようになっているようだ。そう言う意味でここのは普通。妻に至っては不満だったようである。日本で考えればボリュームは申し分無いんだけどね。)夕食後、明日の身支度を整え就寝した。

 

Oct.02 Tue. 10月02日(火)

本日は移動日だ。ここまでのグランドサークル・ドライブ第4段(PHX to DRO)の終了と供に、空路デンバー経由でサンフランシスコへ向かい、そこから一路ヨセミテ国立公園へと向かう。前日予めモーテル捜しを兼ねデュランゴ・ラ・プラタ(Durango La Plata)空港(左:パトカーが止まっているのが分かる)へ行き下見していた為、モーテルから15分ほどの道はスムーズに行けた。レンタカーリターンの標識に従って駐車場へ入るが、朝早い為か係員はいない。とりあえず指定の駐車場(返却用の駐車スペースでレンタル会社の指定は無かった)に車を止め、キーをもって空港内のHERTZカウンタへ行った。受付の女性にキーとレンタル契約書を渡すと、契約書を入れている封筒の裏側に返却時のマイル数を記入せよとの事。車まで走って戻ってメーターの総走行マイルをチェックした。(この4日間のドライブで890.2マイル走行していた。)返却後、UAカウンタでチェックインし、1時間強残っている時間を小さなレストランで軽食を取りながら待った。搭乗開始40分前に出発ロビーへ入るセキュリティーチェックが始まった。テロ事件後の国内線のセキュリティチェックは普段より厳しく、こんな田舎の空港でも警察官に加え、ライフルを抱えた軍関係者が見守っていた。妻の持つ”マツゲを立たせるハサミ型の金属製品(なんて言うんだコレ?)”がチェックに引っ掛ったが、かばんの中身を確認してハサミでないことが判明しOKとなる。(少なくともこの時点ではハサミを含む刃物は全面持ち込み禁止だった!)チェック後、乗客30人乗り程度の小型機(右上の写真:シートが通路を挟んで1列+2列のプロペラ機だ!)でデンバーへ向かった。デンバー着陸前の降下中に今までに経験したことの無い揺れに見まわれたが、事無きを得た。(揺れの激しかった10数秒間、自分達だけでなく隣の乗客もシートを固く掴んでいた。)デンバーからはボーイング777(トリプルセブン)で、機体が大きく揺れの無い快適なフライトだった。丁度昼食の時間をはさんだため機内食が出て、昼食代が浮いた。

サンフランシスコ(San Francisco)

折角サンフランシスコへ来たのだから、サンフランシスコ市へ初めて立ち寄るの妻の為市内観光を試みた。空港(サンフランシスコ空港は1年程前にリニューアルしており、レンタカーは少し離れた昔の空港ターミナルの近くにある。その為レンタカー会社のシャトルバスで移動する)でこの旅2台目の車(Intermidiate car:日産SENTRAだった)をレンタルし、ダウンタウンへ向かった。US101へ乗るつもりが知らない内に通り過ぎてしまい、その先のInt.280に乗った。ダウンタウンに近付くにつれ、車の数が多くなる。流石に大都会のフリーウェイともなるとその数も半端じゃ無い。

ゴールデン・ゲート・ブリッジ(Golden Gate Bridge)

先ずは数々のブランドショップが立ち並ぶユニオン・スクエアへと向かおうと思ったのだが、4車線あるInt.280を走っている内にダウンタウン方面へと続くUS101に乗り損ねた。そのまま進むとゴールデンゲートブリッジの標識が出て来たので、一般道に変わった道路(CA-28?)を真直ぐ進む事にした。フリーウェイを出てから結構(30分くらい走ったと思う)走って、緑の多いゴールデンゲートパークを通過した後遂にゴールデンゲートブリッジ(左の写真:橋桁の横側から見た写真)へ。ブリッジへと続くゲートは通過せず、すぐ手前にある駐車場(有料駐車場!)に車を止めて見学した。車を降りると外はかなり寒い。過去数日朝晩の冷え込みはあっても日中は半袖で過ごせる気候に居ただけにその寒さは身にしみる。早速橋へ向かうと真っ白な霧に包まれた橋はほんの手前しか見えない。橋をバックに来た証拠に写真をとったがほとんどなんだか分からないだろう。この寒さの中、外国人観光客は果敢にも橋を歩いて渡って行った。私達は土産物屋にちょっと寄った後すぐにその場を後にした。 

ロンバートストリート(Lombart Street)

ゴールデンゲートブリッジを出発し、今度こそダウンタウンへ向かう。行き先は世界一曲り角の多いと言われる、ロンバートストリート(左下の2写真)に設定した。

地図を頼りに碁盤の目に拡がる道路を迷いながら進む。中心部に向かうにつれてサンフランシスコの名物である急な坂道に出くわし、また突然一方通行になったりした。どこをどう走ったのかあまり定かでは無いが、ジャパンタウンも通過し何とか有名なロンバートストリートへと到着した。通りを登り切ってすぐにクネクネの下り坂に差し掛かる経路を取る事にした。頂上に差し掛かると交差する道路(ハイド・ストリート)を横切るケーブルカーが通過中で、観光客が眼下に拡がる曲がりくねった通りを眺めていた(左上写真1)。ケーブルカー&その後のタクシーが通過した後、早速坂道に進入した。実際に走ってみるとなかなか楽しい。すぐさま前を走る車に追い付いてしまった(左上写真2)。通りの両端の階段には観光客がカメラやビデオを向けて通過する車を撮影している(どこかの誰かのビデオ映像に私達が写った訳だ)。1分足らずでクネクネ道を通過してしまうと、そのまま真直ぐ進んだ(右上写真)。下り坂道に進入する度に車が前方に落ちるような錯角に陥る。それ程急なのだ。

フィッシャーマンズ・ワーフ&ピア39(Fisherman's Wharf&Pier39)

ロンバートストリートのクネクネ坂道から2ブロック進み平らな所まで出て(そのまま真直ぐ行くと今度は登りになる!)左折し、この先の目的地としてフィッシャーマンズワーフに向かう事にした。湾岸方面へと向かう。妻のスーパーナビにより一方通行の道を行ったり来たりして何とかフィッシャーマンズワーフ近くと思われる場所までくる事ができた。(実際は偶然見つけた駐車場はピア39から15分くらい歩いた所だった。右下写真は駐車場とワーフの中間辺りの道路

私個人は5年前に一度サンフランシスコを訪れているのだが、今回5年ぶりに訪れて、ここフィッシャーマンズ・ワーフ(ピア39)の様変わり様に目を見張った。そこにある新しい建物のちょっとした規模のショッピングアーケードは薄らと残る記憶と比べ全く違う気がした。以前来た時に見られた街頭パフォーマンス(楽器演奏等)はどこにも見られなかった。なんとか1軒だけ見つけたシーフードレストランで、サンフランシスコ名物の”サワーブレッドに入ったクラムチャウダー”を食べた。(この味は相変わらず美味しい!)クラムチャウダーを食べ終わって、パンの残りを鳩に与え終わりいざ出発しようとした所、すぐ目の前に”鳥に食べ物を与えない”様注意する看板があるのに気が付いた。アーケード街を抜け海に面した所(左上の写真1)まで来ると、その先にあるはずのアルカトラズ島が見当たらない。先程訪れたゴールデンゲートブリッジ同様、海上は濃い霧に包まれており、僅か3km先に位置するアルカトラズは全く見えなかった。ピア39を湾沿いに周回するとオットセイ(アザラシ?)の大軍がウオウオと鳴いていた(左上の写真2)。 帰りがけにどうしてもここの変わり様の確認をしたくて、ピア39入り口近くのカフェスタンドで店員に”ここはすごく変わったよね?”と訪ねると、”つい2ヶ月前からここで働いているからそんな事は分からん”という答えだった。大分体が冷えて来ていたのでここでホットラテを買って暖まった。

1時間程滞在したフィッシャーマンズワーフに別れを告げ車に戻った。仕事帰りの渋滞の時間が近付いておりサンフランシスコを発ちこの先へと進む事にした。本日の宿まだ予約しておらず、明日訪れるヨセミテ国立公園にできるだけ近づいておこうと考えていた。先ずはInt.80のベイブリッジを渡り対岸へと向かい、そのままハイウェイをInt.580→Int.205→CA120と進んだ。夕方の道路は(予想通り?)既にけっこう渋滞していた。途中Int.580に入って暫く走った所で道の両側の緩やかな丘陵に風力発電のプロペラが沢山立ち並んでいた。(せっかく写真を撮ったのだが薄暗がりでピンボケになってしまった為掲載せず)この頃には既に暗くなって来ており、CA120に入る頃にはすっかり真っ暗になっていた。サンフランシスコを出発してから2時間半程走って、当初から目星をつけていたマンテカ(Manteca)まで来た所でお馴染みのベストウエスタンにチェックイン(コンチネンタルブレックファースト付き75ドル)した。

宿に着いて程なく夕飯を食べに暗闇の中マンテカの町に車でくり出す。夜(8時頃)の道路はガラガラで車もほとんど走っていなかった。この辺りはサンフランシスコ(またはサンノゼ)のベッドタウンとしてはやや遠い為か、ただの田舎町の様相だった。10分程走った末、小規模なショッピングモールに隣接したメキシカンレストランに落ち着き夕飯にありついた。カリフォルニア州にはスパニッシュ系の人が沢山いるとは聞いていたのだが、ここのレストランは来ている客も店員もスパニッシュ系ばかりでアジア系の私達はすっかり浮いていた。ここではID提示無しにビールにありつけた。今回ここまでの旅では妻も私も大人に見えるようだ。夕食(実は何を食べた過あまりよく覚えていない)後モーテルに戻って程なく就寝した。

 

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