June 2002 Grand-Circle #5 with Parents Part2
Montezma Castle(AZ)~Sedona(AZ)~Meteorcrater(AZ)~Sunset Crater Volucano NM(AZ)~ Grand Canyon NP(AZ)~Las Vegas(NV)~Zion NP(UT)~Bryce Canyon NP(UT)~Lake Powell(AZ)~ Walnut Canyon NM(AZ) 2002年6月 グランドサークル第5段with両親 Part2 モンテズマ城国有記念物〜セドナ〜ミティオアクレータ〜サンセット・クレータ火山国有記念物〜 グランドキャニオン国立公園〜ラスベガス〜ザイオン国立公園〜ブライスキャニオン国立公園〜レイクパウエル〜 ウォルナット・キャニオン国有記念物  

 

旅行行程表<Itinerary>

行程表へのリンク

 

Jun.04 Tue. 6月4日(火) ラスベガス→ザイオン→レッドキャニオン→ブライスキャニオン

この旅行の折り返し地点のこの日、私の妻と、妻の母は一足先に帰国する事となっていた。8時半にホテルをチェックアウトして、先ずはラスベガスのマッキャラン空港へ。空港カウンターでのチェックインまで一緒だったが、その先のターミナルへの入り口で一旦お別れして、私と私の両親は旅行後半へ突入した・・・

マッキャラン空港の駐車場を出てInt.15に乗るつもりがどうやら違うハイウェイに乗ってしまった。都会のハイウェイは分かり辛い。次の出口で出て一旦どこかの会社の駐車場に車を止め、色々な地図を確認したのだがここラスベガスで車をレンタルした訳では無くまともな地図は無かった。仕方なくハイウェイを戻りInt.15の標識を注意深く見つけながら再びラスベガスの中心方向へ進んだ。平日の朝と言う事もあり中心部に近付くに連れ渋滞が発生してきた。45分程で都心はすっかり抜けInt.15を北に向け車を走らせていた。砂漠の中の1本道をひたすら走っていると平行して走る鉄道のレールに上にアメリカ名物の長々と貨物を列ねた列車に出くわす。一旦抜いた列車だったが、事故渋滞の間に再び抜き返され渋滞解消後にまた追い抜く事に・・・。ここで暫し眠そうにしていた母が列車の貨物車を数え始めた。1・2・3・・・・60・61・・・(確か六十数両だった!)全てを数え上げた母は得意げで満足げだった。いろんなものに感動してもらえて良かった良かった。

ラスベガスから、途中の1回の休憩を含め2時間程走ると砂漠の先に山が現われ、その中にそのまま突っ込んで行くと両側を高い崖に囲まれた谷に出る。これを越え、先程まで山だと思っていた1段標高の高い土地に出ると風景が草原のそれにガラッと変わる。緑の平原や木々が見られる様になってから更に進みセントジョージ(St.George)の町を過ぎたところで、「ZION NP」の標識に従いInt.15を下りる。以前逆ルートで来た時はセントジョージの町中も若干通過した記憶があるのだが、今回はバイパスのような道路を走り町並みを通過せずにUT9に出た。ここから更に1時間でザイオン国立公園だ。ザイオンに近付くに連れ前方の風景がザイオン特有の茶色と白と、その上に点在する緑の不思議なコントラストに変わっていった。(左の写真)ザイオン国立公園の南側に隣接するスプリングデールに着くとUT9に沿って両側にモーテルが立ち並んでいる。朝食もろくに食べておらず昼食もまだだった私達は適当なレストランを探しつつ走るのだが結局国立公園ゲートまで来てしまった。

ザイオン国立公園(Zion National Park)

ゲートの手前を右折し、ザイオン国立公園の南側に位置する建てたばかりと思われる新しいログハウス風の建物へと車を進めた(左の写真:レストラン前からザイオンを仰ぐ風景)。ようやくここで遅めの昼食を取る事ができる。短時間用の駐車場を避け、少し離れた位置に車を止め外に出ると標高は多少高くなったが、ラスベガスに劣らずなかなか暑い。それでも高原の中の湿度の抑さえられた空気は心地いい。カフェテリア形式のレストランでそれぞれ好みのメニュー(基本はサラダとパンか、ハンバーガーだけだが)を選んで昼食とした。

昼食後この後のトレイルウォーキングに備え水を購入し、すぐ先の公園ゲート(入園料:車あたり20ドル・・・今回はパークパス)を抜けビジターセンター内の駐車場へと移動した。午後2時をまわり一杯の駐車場の大分ハズレの方に3人では大きすぎるようになったミニバンを止めた。ここで初めて気がついだのだが、先程までのログハウス風レストラン周辺と、ここビジターセンター周辺は繋がっていたのだった。

ビジターセンターからは、園内を南北に走るザイオン・キャニオン・シーニックドライブへ連れて行ってくれるシャトルバスを利用する。ここザイオンは数年前より一般の車のシーニックドライブへの立ち入りを禁止している。(シーニックドライブの途中に位置するザイオンロッジへの宿泊客を除く)これは年々増える観光客の車の排気ガスを配慮しての対策だ。なお、シャトルバスは環境に優しい仕様になっている。

リバーサイド・ウォーク〜ナローズ(Riverside Walk~Narrows)

シャトルバスに乗り込みシーニックドライブの終点であるTemple of Sinawavaまで向かった。片道40分程の道のりはこの旅のドライバーの私にとってちょうど一休憩できる。いまだ残る時差ボケが手伝ってすっかり寝込んでしまった。

終点に着いたところで、すっかり睡眠モードに入ってしまった頭を無理くり回転させそこから始まるリバーサイド・ウォークを歩み始める。なお、ここTemple of Sinawavaにはシャトルバスの駐車場の向いに小振りの岩が立っている。両親と共に鋪装されたトレイルロードを歩き出した。向いから来るすれ違う人達と挨拶をかけ合いながら進み、高い岩の断崖に囲まれた川(右の写真:左側、スタート時は川幅も広く渓谷内も明るい)沿いの平たんなトレイルを奥へと進んだ。ここへは以前妻とも来てるが、両親と来るとまた違う視点に気付く。二人とも普段田舎のウチ(私の実家)で草木の手入れ(いわゆる植木いじりだ!)をしていて草木には詳しいのだが、「アメリカの花は日本のそれとは少し違う」やら、「同じ花でも咲く季節が違う」やら・・・目を輝かしていた。(左の写真は西洋オダマキ:実家のモノは色が違うらしい) あまり興味の無かった私も、さすがに足を止める度に多少の興味が湧いて来た。良く見れば岩から染みでた泉の近くで咲く、小さな花々に興味を示す人は他にもいるものだ。

そんな感じで先へと進みトレイルロードの終点へと到着した。ここから先は初夏のすっかり水かさを減らしたバージンリバーを歩いて行く事が可能だ。両岸に高くそびえる岩の断崖は川に接近していて日陰の深く狭い渓谷を形成している(右上の写真:右側、採光の関係で奥の日向の岩が光ってしまったが、実際の見た目は渓谷内ももう少し明るい)。正にナローズの名がピッタリだ。あいにく川の中を歩く装備で無かった為、この先へは行かなかったが、以前5月に来た際には非常に冷た過ぎて歩く事は厳しかった川の水は、冷たくて気持ち良いくらいの水温に変わっていた。

来た道を戻り花々を鑑賞し、また所々で見かけるリスに歓喜しつつ帰りは結構足早に進んだ。およそ1時間半でバス停まで戻って次のポイントへと移動した。

ウィーピングロック(Weeping Rock)

ここも私は2度目のトレイルだ。時間の都合とお手軽さから選択する。先ず、バス停で降りるとシカが後ろ向きで出迎えてくれた。ほんの5メートル程先にいるのだがなかなかこちらを向いてくれない(左の写真)。振り向きは諦めトレイルへと向かう。出だしがいきなり登り坂の為若干面喰らう両親を従え歩き出す。何度かジグザグを繰返しあっという間に終点の水の滴る展望ポイントへと到着した。上から小雨のように降り注ぐ雫(右の写真:左側、見た目は雨のように線の水はレンズを通すと見事に丸い粒だ!)の向こうになかなかの景色が拡がっている。陽の当たる木の葉の緑と、その奥の日陰の岩の連なりにシャワーのカーテンがかかっているようだ。(右の写真:右側)

シーニックドライブ最後として「これぞザイオン!」旅程編2001年5月Part2ザイオン国立公園参照に立ち寄ったのだが、残念ながら逆光の為期待した展望は望めなかった。

駐車場に戻り、昼食を食べたレストラン隣のストアで再び水を購入した。駐車場からここへはゲート(車で通過したゲートとは異なる)を抜けて歩いて移動でき、再入園時パークパスを見せて駐車場に戻った。時刻は既に18:00だが、これから本日の宿泊予定地ブライスキャニオンへと向かう。

ミニバンに乗り込みザイオン-マウントカーメル・ハイウェイを走る。程なく上り坂に差し掛かりジグザグの道へと変わる。ジグザグカーブの終わりに差し掛かったところで岩肌にポッカリ口を開けたグレートアーチ(The Great Arch:下一番左の写真)が見えた。登り切ったところで道はトンネルへと続く。トンネル入り口でレンジャーの女性が車を止めて何か話し掛けてきた。話の途中で「次の車が来たからやっぱりいいや」と言われた。何がなんだか分からないままトンネルを抜け出口でその訳が判明した。反対車線にボートを牽いた車が待機していて自分の番が来るのを待っていた。つまり狭いトンネルでは対向車がいると通れない幅広車は暫く待って、反対側の車線をストップさせてから通過するのだ。夕方になり大分車の数が減ったところで私の車を最後にこちらの車線をとめようと考えたレンジャーの女性はその旨トンネルの反対側のレンジャーに伝えてもらおうと思ったが、そこですぐ次の車が来たのでこの依頼は無くなったようだ。

トンネルを抜けると辺りの景色は一変する。白と赤茶色が複雑に層をなした筋が岩山に横に斜めに、更には縦にも走る。(上、真ん中2つの写真。右側はアップ)西日によりだいぶ長くなった日陰のエリアが多くなる中不思議な層の岩山の間を縫って車を飛ばした。

チェッカーボード・メサ(Checkerboard Mesa:上、一番右の写真)

トンネルを抜けてから20分程経過したところでチェッカーボードメサを仰ぐ駐車ポイントで車を止めた。西日の影が上下左右に刻まれた筋を際立たせていた。ここを過ぎるとザイオン国立公園の終了は真直だ。イースト・エントランス・ゲートを通過するとザイオン特有の赤茶色の舗装道路は通常のアスファルト色の道路へと変わった。

ザイオン-マウントカーメル・ハイウェイがUS89にぶつかるマウントカーメル・ジャンクションで小休止する。ハチドリの蜜ビンがぶら下がるのが目印のベストウエスターンに寄った。ここで19時少し前だ。この時期のこの辺りはだいぶ陽が長くなっているのだが、まだ先へ進むかここで宿を取るかのターニングポイントとなる。10分程休憩し、結局ブライスキャニオンまで向かう事にした。(明日のブライス訪問にじっくり時間を割く為だ。)

景色がいい事を意味するシーニックバイウェイに指定されているUS89を北へと向かった。道は空いていて反対車線も自分の走る車線も車はほとんどいない。オートクルーズのスピードを制限速度のちょっと上に設定した。日陰の増えた道路は度々工事中の跡があるのだがこの時間では真直ぐ進めた。ジャンクションを出発後30分程でUT12へと進路を変更した。北上と共に標高も高くなってきており今までの暑い日射しの下の気温からだいぶ涼しい気温へと変わってきた。エアコンの設定を緩める。UT12の前方が開けた場所まで来ると、道路の先に西日に照らされたオレンジ色の岩山が見渡せた(左の写真)。このオレンジの岩山に近付くとサンセット目前の陽の光がより鮮やかに真っ赤に照らしていた。あまりの美しさに車を止め暫しサンセットを眺めた。外の気温はすっかり涼しくなっていて、上着を羽織って暫し夕日と真っ赤な岩を沈黙のなか楽しんだ(右の写真)。実はここはブライスキャニオンに程近いレッドキャニオンの入り口だった。更に15分程走り遂に本日の宿泊地ブライスキャニオンに最も近いモーテルであるベストウエスターン・ルビーズインへチェックインした。時刻は20:10になっていた。3度目の宿泊になるここは3人で1泊100ドルだった。今までいわゆるオフシーズンしか宿泊した事が無かったのだが、やはり夏場の訪れるのに良い季節はなかなかの値段だ(オフ時の宿泊費は66ドル!)。しかしここの立地の良さと部屋数の豊富さは安心感がある。部屋に荷物を移し、早速モーテル併設のステーキレストランで夕食を食べた。高地のこの辺りは陽が落ちると結構寒くなる。ロビーの前の入り口外にこの年の冬に行われたソルトレークオリンピックの旗が風に踊っていて、既に忘れられた数カ月前の賑わいを物語っていた。(これからの夏場のほうが賑わうのかもしれないが・・・)

Jun.05 Wed. 6月5日(水) ブライスキャニオン→レイクパウエル→ペイジ

この日は少しゆっくり起床した。前日の朝が早かったのと丸1日費やして移動した疲れを癒す為だった。朝の涼し気な空気の中徐々に暑い日射しに変わりつつある太陽の下、9時半過ぎにモーテルを出て朝食は取らずにそのままブライスキャニオンへ移動した。

ブライスキャニオン国立公園(Bryce Canyon National Park)

ゲート(入園料:車あたり20ドル・・・今回はパークパス)を抜け、先ずはインスピレーションポイントへ。朝10時頃の駐車場はかなり空いていて、ここから短いトレイルを登って行く。程なく姿を表すインスピレーションポイントからの眺め(左の写真)は初めてみる両親を魅了した。摩訶不思議な林立したフードゥーと呼ばれる尖塔型の岩の景観は、当然私にとっても何度見ても感嘆の限りだ。続いてミニバンで更に奥のブライスポイントへ移動し、しばしたたずんだ。

次に園内を南北に走る渓谷に沿った約18マイルのドライブロードを進む事にした。チョットだけ開けた草原の横を通り抜けると暫くは森林の合間を縫って進む道路になる。奥に向かって左側は渓谷に面した断崖だ。そのうち現われる幾つかのビューポイントにそれぞれ止まって景観を楽しんだ後、先へと車を進めた。フ−ドゥ−にだいぶ見慣れた頃、また別の自然の造形を目撃できる。ナチュラルブリッジ(右の写真)だ。ナチュラルブリッジを解説する案内板によると穴の部分は長い月日をかけどんどん大きくなっており、最後にはブリッジ部分が崩れてしまうと説明があった。

続いて次のビューポイントで目にしたのはアグアキャニオンだ。ここでは園内随一の美しい色のコントラストが見られる。ビューポイント眼前のフードゥー(左の写真)は天辺の明るい白っぽい岩から徐々に色が濃くなって行き、根本はオレンジに変化している。車に乗り込み一度入りの悪くなったカーラジオをチューンするとこの辺りからまた受信できるノリの良い局が現われた。更に車をすすめ終点のレインボーポイントに到着した。駐車場から程近い展望ポイントからだいぶ緑の多くなった景観を見渡す。公園の南の端に位置するここからは、更に南側に続く深い森の中に遠く富士山型の小山が見受けられた。ここまで来ると北部にあったフードゥー群は小さく見えるだけで更にその奥には山々が連なっている。ほんの数日前の砂漠の風景はそこからは想像すら出来なかった。

ドライブロードを戻り、サンセットポイントへと向かった。お昼をまわってお腹も空いてきたのだが、ランチは後回しにし(ブライス国立公園内で食事をとれる場所は無い)、ブライスでのメインイベントと考えていたトレイルへと挑戦した。

ナバホ・ループ・トレイル(Navajo Loop Trail)

サンセットポイントから最初に目にしたフードゥー群を見下ろす。展望ポイントの左から下るトレイルを降りて行く。ここは渓谷の下まで降り、グルッとまわってくるナバホループトレイルだ(実は以前2001年5月に来た際と同じコースを取る事にしたのだ)。快晴の空の下スイッチバックの下り坂を徐々に降りて行くと日の光に照らされたオレンジ色の岩が空のブルーを際立たせる。岩と岩の間の狭くなった隙間を抜けると渓谷下の開けた自然が現われる。暫くトレイルに沿って歩き、登りに差し掛かった時、5人の子供を従えたパワフルな女性に出会った。1番下(3才くらいだろうか)の子供は双児で、彼等をそれぞれ片方の腕で抱え、更にそれをうらやましそうに見てグズる5歳くらいの女の子と、小学生くらいのお兄ちゃんとお姉ちゃんを連れていた。そのグループの歩みは非常に遅く、5歩も進むと子供達が何か始めてしまう有り様だ。5歳くらいの女の子(妹)に見兼ねたお姉ちゃんはその子をおんぶして母に続き頑張るが今度は母がへばって双児を下ろす。双児は地面に降りればおりたで、しゃがみ込んでアリンコを見つけて「こっちが大きい」とか「あっちの方がもっと大きい」とか色々なものに興味を示していた。この家族は大人の足で1時間程のこのトレイルに半日以上かけそうな感じだった。

登り始めて暫くして私達も少し休憩をした。先程の家族が再び現われる頃その先へ向かって出発した。行きとは別のスイッチバックの坂(今度は登りになる)を登って行くと、今度は小さい女の子を連れた親子3人(両親と子供)が私達を抜いて行った。見た目も強靱な父親は女の子を肩車しながらガンガン登って行った。(さてはさっきの双児に触発されて女の子を背負う羽目になったのか?)「大変だね」と声をかけると息を切らしつつもニコッと笑って先へ進んで行った。

ちょうど1時間のトレイルウォークの後サンセットポイントへ帰ってくると、ちょうどアジア人のグループ(多分中国人の団体じゃないかな)がツアーバスで到着したばかりで群がっていた。私達家族に話し掛けてくる人がいたが当然何を言っているのか分からなかった。とにかく興奮している様子は理解できた。出身国を問わずこの不思議な景観に感激しない人はいないと言う事だろう。

一息ついた後、ミニバンでビジターセンターに寄り、暫し見学してブライスキャニオンを後にした。すっかり空いたお腹を満たす為、昨晩宿泊したラビーズインに併設されたハンバーガー屋で遅い昼食とした。

昼食後2時半近くにラビーズインを出発した。昨日ドライブしたコースをそのまま折り返し、US89のシーニックドライブを南下した。マウントカーメル・ジャンクションは素通りし、カナブ(Kanab)の町で給油をする。(因にこの近くに以前トラブルに遭遇したコーラルピンクサンドデューン州立公園がある。トラブル編参照)ここから先は暫く特に何もない、引き続きUS89(左の写真)をひたすら東へ向かって走る。以前逆のコースを走った事があったが、その時は余り気がつかなかったちょっとした景観にカナブを過ぎて直ぐに巡り会った(残念ながら画像はうまく取れなかった)。ブライスキャニオンから大分南を走行しているにも関わらず、この辺りではレインボーポイント近く(ブライスの最南端)を走行中に聞いたラジオ局が受信できた。更にレインボーポイントから遠く見つけた富士山型の小山と同じと思われる山を北側に見つけた(これらが同一かどうかは不明だ)。カナブから1時間半弱で、予想より早めに乾燥した大地に恵みの水をたたえる美しい青色のレイクパウエル(右の写真)が見えてきた。グレンキャニオン・ナショナルレクリエーション・エリアとして国に管理さてているここは、ナショナルパークパスの提示でエリア内へ入る事が出来た。湖をつくり出しているグレンキャニオンダム周辺は、今回の旅行で空港以外としては初めて警備が強化されていると感じられ、パークパスの確認もそれまでとは異なり多少慎重だった(パークパスのサインと身分証明書のサインを見比べていた)。

ワーウィ−プ@グレンキャニオン・ナショナルレクリエーション・エリア
     (Wahweap@Glen Canyon National Recreation Area)

ゲートからワーウィ−プへとミニバンをすすめると程なく沢山のクルーザーやヨットが係留されたマリーナが見える。マリーナへ向かい車をすすめるが、沢山の駐車場と複数の標識が行き先を混乱させる。(ボート牽引車用の駐車場や標識が普通の訪問者にとっては分かりにくい!)迷いながらもワーウィ−プロッジの駐車場へと到着し、ロッジ周辺を散策する事に。夕方6時(アリゾナ時間ではまだ午後5時だ)をまわっていたが、日射しはまだ高くギラギラ太陽からの熱を直に感じられた。午前中のブライスキャニオンに比べ真夏に迷い来んだ感覚だ。ロッジの外からレイクパウエルを見下ろすプールサイドへ出て、眼前の光景に見とれる(左の写真)しかし暑い!冷房の良く効いたロッジ内に入りショップで土産物を物色した後ここを後にした。

帰りも駐車場から出口へ向かうのに何度か迷いながらワーウィ−プを抜けた。US89に戻りグレンキャニオンダム(右の写真)方面へ、その先の橋を渡って宿泊地と決めていたペイジ(Page)へと向かった。またも飛び込みで宿を探そうと思っていた私は、モーテルの看板の電光掲示板に記されたその日のレートをチェックしつつ車を進めた。ペイジの町の中心へと続く上り坂の途中で1泊50ドルの表示を見つけ、ここモーテル6に決めた。家族3人で1部屋使用の場合は58ドルだった。他のどのモーテルに比べても格段に安かったが建物は新しく申し分ない。ブレックファーストがつかないのと比較的小さな部屋が格安の理由らしかった。

チェックインを済ませ夕飯を食べに出かけた。車でペイジをグルッとまわったのだが結局、坂を上がった丘の上に位置するベストウエスターン(ここの宿泊レートは89ドルだったと思う)のステーキレストランにした。ブラインドを下ろした薄暗いレストランで食事中、不意にスタッフがブラインドを上げた。ここで始めてサンセットの終わりに気付いた(しまった、見逃した!)。レイクパウエルを望む向いの丘に沈んだ太陽が、西の空にまだオレンジ色の光を輝かせていた。夕日は見逃したが、それでもまだ結構美しい景色だ(負け惜しみじゃ無いよ)、飛行機雲もオレンジ色をしていた。すっかり暗くなった頃、満腹感と共にモーテルへ戻り就寝した。この夜、両親は私の弟宛に手紙を書くと言っていた(元々はがきを出すと言ってグランドキャニオンで買った絵葉書だ)が、ようやく仕上げたらしい。

Jun.06 Thu. 6月6日(木)ペイジ→フラグスタッフ→ウォルナットキャニオン→フェニックス

朝8時に起床すると両親はすっかり準備万端でコーヒーとお茶を湧かして待っていた(ここのモーテルには受付前に無料のコーヒーマシンがあった)。コーヒーを啜り目を覚ました後シャワーを浴びて出発だ。朝9時にもなると既にだいぶ陽が高く、乾燥したこの大地は既に暑くなっていた。モーテルを出て、US89へと戻り、フラグスタッフ方向を目指す。ここから先は暫く何もない大地をひたすら走る為、ガソリンスタンドにより朝食用のデニッシュと水を購入した。(ガソリンはまだたっぷりあった)

US89を南下する。乾燥した大地と岩山以外に何もない光景をひたすら走って行くと、不意に前方が開ける。急な下り坂とその先の1段低い(と言っても数百メートルの高低差がある)大地が見下ろせるなかなか見晴らしの良い場所(左の写真:向かって左側、右の写真:向かって右側、遠くグランドキャニオンへと続く大地の割れ目が見える)に出くわした。良く見ると下に走る道路(US89A)に自分達の走るUS89が繋がっているのが分かった。このUS89Aは昨日通過したカナブから派生していて、グランドキャニオンの北側を走りここで再びUS89を合流しているのだ。因にグランドキャニオン・ノースリムへはこのUS89Aを反対方向へ向かった先でAZ67に経路を変え到着する事ができる。

このジャンクションポイントで眺めを堪能し休憩した後再びミニバンを走らせた。この旅の実質的な最終日となったこの日、ようやく完全にアメリカ時間に対応した両親はずっと起きて車窓から望む岩とひたすら続く1本の道に見入っていた。

やがて道は見覚えのある場所に出くわす。そう、キャメロン(Cameron)を過ぎてから数日前にグランドキャニオンへと向かう際に走った道を逆方向へと進んでいるのだ。そして12時前にフラグスタッフへ到着し、昼食を取る事にした。ショッピングモールでうろうろレストランを探したのだが、結局2日目に寄ったハンバーガーレストランRuby Tuesday(既に結構お気に入り!)に再び寄ることにした。チョットだけ期待した「この前に寄った時に見かけた(おっちょこちょいの)見習いウェイトレス」はこの日はいなかった。

お昼時間の為か予想以上に時間がかかった昼食を終え、次の行き先へと向かう。元々の予定ではこのまま真直ぐフェニックスへと戻り、時間があれば高級リゾート地として有名なスコッツデールでも訪れようかと考えていたのだが、トレイルウォーキングに味をしめた両親をもう一つナショナルモニュメントへ連れて行く事にした。

ウォルナットキャニオン国有記念物(Walnut Canyon National monument)

フラグスタッフからInt.40にのり、数日前にクレータへ向かった際と同じ経路を進む。10分程でインターステートを出て、少し南下した先がウォルナットキャニオン国有記念物だ。ゲートでこの旅最後となるパークパスの提示を行い、軽く挨拶してからミニバンを進め、駐車場にとめる。ビジターセンターを抜けるとそのままラウンドトレイルがある。ここウォルナットキャニオンでは先住民が断崖に築いた住居跡が見られる。チョットだけ標高差(30メートル程か)のある1時間程のトレイルを歩くとその住居跡を真直に見られるのだ。

上の写真:左から、入り口の標識、先住民住居跡、住居跡の前で、ウォルナットの森を望む(向いの森に住居跡がある)

トレイルの出だしは下り階段で、すれ違う人は皆息を切らして登ってくる。軽く挨拶をしつつこちらは軽快に下って行く。下に着いてから小山をまわるラウンドトレイルになり、これを反時計周りに歩く。所々に点在する住居跡で感心しつつ観察し、最後に階段を登ってトレイルが終了だ。今は水の流れていない渓谷を挟んで向いの断崖にも所々に住居跡が見られるのだが、深い渓谷を挟んでどうやって行き来したのだろうか不思議だ。良い歳をしている(失礼!)にも関わらず、両親は二人ともなかなかのペースでこの登りを達成した。

2時半近くにここを出発して、いよいよ最終の目的地(この旅行の最初のポイントでもある)のフェニックスへと向かった。Int.40からInt.17へ乗り継ぎ、そのまま南下する。以前はこの辺りの制限速度が65MPHだった記憶があるのだが、75MPHになっていた。標高の高いフラグスタッフからフェニックスへはひたすら下る事になる。1時間チョットのドライブで見晴しの良い場所で休憩がてら止まると、果てしなく続く緑の森を見下ろす光景(左の写真)に出くわした。この緑の右側には初日に訪れたセドナの赤い山がわずかに判別できた。なお、この場所ではタイヤバーンに遭ってしまった車を見かけた。女性二人のドライバーらしかったが、ピックアップトラックに乗った力のありそうな男性3人組が手伝ってタイヤ交換を終えた所だった。自分もこの被害には気を付けないといけないと思ったのだが、こればっかりは運のような気もする。強いて言えば走り続けずに休憩をしタイヤを木蔭で休めた方が良いかもしれない。更に車を進めるが、標高が下がるに連れ更に暑さが厳しくなってきたのですぐ先の休憩所でトイレ休憩をし、水を補給した。この辺りで既に38度を示していた。(この期に及んでミニバンに温度計が付いている事を発見した!)

この後はInt.17をひたすら進み、灼熱の太陽の下エアコンの恩恵を受けながら更に車を走らせた。標高も下がりフェニックスまでかなり近付いたところで、この旅の初日に立ち寄ったアウトレットモールに再びよった。前回目を付けていたインディアングッズのお店に行く為だ。真直ぐこのお店に向かうと早速物色を始める。母に言わせると色々見てまわった結果として結局ここは結構安いらしい。木綿で編んだランチョンマット(右の写真)やグラスコースター(グラスを載せるやつ)など、この店始まって以来ではないかと思う程大量に購入していた。コースターを50枚程購入した母に対し、店員は「何枚?」と聞くとろくに数えずにそのままレジを打っていた。(結局全てをレジ打ちしたためレシートはそれは長くなった!)

このアウトレットモールを出発する時点でミニバンのガソリンメータは残り1/4を示していた。この後の走行距離から判断する限りちょうど少しを残して返却できそうである。(ガソリンオプションで予めガソリン代を払っている為、空で返した方がお得なのだ!)Int.17に再び乗り一路フェニックスを目指していると、遂に始めて発見した!タイヤバーンで路肩に止まっている車があり、ドライバーが携帯電話を片手に灼熱の外に立っていたのだ。常に不思議に思っていたのだが、破れたタイヤの残骸は結構見かけるのだが車自体は既にその場に無く、タイヤがバーンした場合には一体どうなるのか分かりかねていた。そしてこの謎が遂に判明したのである。タイヤはバーンした場合でも空気が入っている内側の部分はちゃんとパンクせずに残っているのだ。つまり2層構造の外側のタイヤだけが破れても少しの距離であれば走る事ができるのである。

そんな光景を目にしチョットだけ興奮しつつ、徐々に車の数が増えてきたインターステートを更に走りフェニックス市内へと突入した。町中の気温表示の電光掲示板は43℃を示していた!ちょうど夕方の帰宅時間帯にぶつかり交通量は結構ある。そして予想外の自体が発生した。ふと気が付くと十分あるはずのガソリンメータがほとんど残っていない。この減り様は異常だ。とりあえずInt.17を外れガソリンスタンドへと寄る。先払いのスタンドで2ドル分だけ(ケチ?)給油をし、再度目的地の空港近くのモーテルへと向かった。メーターは1/8位を示した。この後もガソリンの減りは早く、フェニックス市内の一般道に出たところで再度給油した。今度は3ドル分(流石にもう1度給油は避けたい!)入れた。午後6時頃、予め予約しておいたフェニックス・スカイハーバー空港に程近いデイズインにチェックインした。

夕飯前にモーテルの従業員に場所を聞いたウォルマートへと行き、お土産物を購入した。私は決まってスーパーマーケットでチョコレートを買うようにしている。スーパーの方が空港の免税店より格段に安いからだ。両親もこれにまねて色々買っていた。

夕飯はモーテル併設のアメリカンダイナー風(真っ赤なビニールシートの席が特徴だ!と私は勝手に思っている)のレストランへ。アメリカ最後の夜はクアーズライトと定番のステーキを食べ締めくくった。 

 

エピローグ<Epilogue>

私個人として、学生時代に実家を出て以来実に十数年振りに両親と長めに(1週間)生活を共にした。改めて両親の重ねた歳月を実感し、(失礼ですが)「歳とったなあ」と思った。常々こんな時代だから外(海外)も見た方が良いと言い続けた私としてやはりこれは正解で、両親もそれを実感したに違い無かった。その昔始めて自分がアメリカに訪れた時の感動をそのまま今回の旅で両親に見て、やはり無理をしてでもこの企画を達成した事は正解だったと思う。

一方アメリカから帰った親達はと言うと、「アメリカの巨大さ」はしみじみ実感したようである。特に私の両親はすっかりアメリカ(特に大自然や先住民の生活)にハマった様子だ。因にグランドキャニオンで買い、ペイジのモーテルで書き上げた絵葉書は日本国内の消印で送られたのだった。

既に「いつになるか分からない次回のアメリカ旅行」が決定したような気がする。また皆で行きたいものである。

 

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