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2009年11月11日

ラスト・ララバイ

iTunesのライブラリをITunes+にアップデートした。最初はよく聴く曲だけを選んでアップデートしようと思ったのだが、ざっと目星を付けると7~8割の曲が対象となり、それに1曲あたりの単価をかけると…むむむ、iTunes Storeが提供する一括アップデートの割引価格とほぼ変わりない値段になってしまう。商売上手だぜ>Apple
 
 
iPod購入後、ワタシのメイン・リスニングルームは布団の中になった。就寝前の1時間がもっぱら音楽鑑賞タイムで、 オベラのアリアからポップス、ラップ、果ては落語に至るまで、子守唄のジャンルは多岐にわたる。しかしいっとき、音楽という音楽すべてを聴く気になれぬ状態が続いていた。父の容態が悪化してから、毎夜病室で静かに流していたBGMが暫く耳について離れなくなってしまったからだ。以前から術後せん妄を引き起こしやすかった父は、やはりこの度も痛み止めのモルヒネでせん妄がひどくなり、辺りをきょろきょろと眺め回しては時折渾身の力を込めてベッドから起き上がろうとする。1年前に腹膜炎を起こした際は、これが開腹手術をしたばかりの病人の力か?と目を疑うほど家族や看護士を困らせ、家族3人で押し付けてようやくベッドに制したこともあった。だがこの度はあまり力も残されていなかったから、本人の好きにさせてあげようと静かに見守っていたのだが、幻覚に魘されては時折我に返る父の姿を繰り返し繰り返し目にしていると見るに見かねるようになり、少しでも父の気持ちが安らぐものならとポケットに入っていたPhoneから、父の好きそうな曲を選んで静かに枕元で流してみた。すると父も音楽に耳を澄ませているようで、息遣いも不思議と穏やかになるのだった。何しろ個室とはいえ消灯後の一般病棟だから、音量はやっと聴こえるくらいに絞ってある。何曲か流れたところで「聴こえてる?」と尋ねてみると、「切ない音色だな…」とポツリと囁いた。「切ない」という言葉に一瞬戸惑いを覚えはしたが、けして音楽を煩がっている様子は見られなかったので、もう数曲流れたところで「続きはまた明日、あとはゆっくり体を休めて」と促すと、大人しく言う事を聞いてくれたのだった。その時一緒に聴いた音楽は、クロマチック・ハーモニカの名手 Robert Bonfiglioが奏でるクラシックの名曲を集めたCDで、もともと郷愁感を漂わせるハーモニカの音色に、Bonfiglioの多彩な演奏テクニックが相俟って、哀しくも懐かしい、そして優しさが伝わってくる演奏だった。なので父ならずとも「切ない」と感じて当然なのだが、後になって考えれば、父は旧制中学時代、音楽部に所属しており、なにしろ戦前の話であるから今ほど立派な楽器は揃っておらず、編成はギターとマンドリン、それにアコーディオンとハーモニカだったと聞く。つまり父にとってハーモニカは、単に郷愁を感じさせる楽器という存在にとどまらず、青春の思い出そのものだったのある。きっと病床の父は、ハーモニカの音色に乗せて青春時代の輝いていた頃に思いを馳せながら、今の自分の老いを痛感していたのではなかろうか。その後、父とともに音楽を聴きながら病院で夜を明かす日が5日間続き、6日目の朝、父は静かに旅立った。父が漏らした「切ない音色」の真意を考えつめると今も胸が痛むのだが、はたしてワタシの選曲は気に入って頂けたのであろうか。
Posted by Dora at 11:43 午後
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