|
|
カメラマンの皆様へ |
|
|
富士山麓はいつもアマチュアカメラマンでいっぱい。でもそこで、いつも気になることがあるのです。 まわりに 落ちているフィルムの空き箱。その空き箱の種類を確認してみると、「ネガカラー」や「写るんです」ではなく「リバーサル」や「ブローニーフィルム」がほとんどです。一緒に捨てられている 吸い殻も「待ち」の時間にカメラマンが吸ったものでしょうか。 おそらくは美しい写真を撮ろうという目的でやってきたアマチュアカメラマンが落としていったものでしょう。 自分が被写体としようとしているものを汚して平気でいられるのでしょうか。私もディーゼルエンジンで空気を汚して何事かといわれるとちっと辛いものがありますけど・・・(注;現在はガソリン車だが、空気を汚しているいう点では変わりはない) フィルムの箱や吸い殻というのは一つの象徴でここであらためてドウノコウノいうつもりはありません。問題と考えるのはこれに象徴される、一部の(ほんの一部と思いたい)アマチュアカメラマンの撮影の姿勢です。それは作品至上主義とも言うべき 「自分の撮った写真がよければそれでいい」という姿勢です。 見栄えの良い写真を撮る、そのために入るべきではないところへ入ったり、木の枝を折ったりする方をときどき見かけます。人より良い写真を撮りたいという写真家としての欲求を否定はしませんが、 「あなたが良い写真を撮ることが、自然が痛めつけられそして失われるという代償を支払うほど重要なことなのでしょうか?」と問いたくなります。 美しい自然がなければ、あなたは美しい自然の写真が撮れないのです。それはあなたが十分ご承知のはずです。あなたは自らの手で自分の撮影対象を痛めつけそして消滅させているのです。撮影対象としてふさわしい豊かな自然、美しい自然がどんどん失われていることは、撮影者であるあなたが一番良く知っていることではありませんか。あなたが、良い写真を撮れるかどうかは小さな問題だと思いませんか?。自らの自戒の念も込めていいます。 良い写真が撮れると思っても踏み込まない勇気を持ってほしいと思います。 いままでアマチュアの写真の発表場所は、自分で場所を借りて展示をするか、写真集を自費出版するほかは、コンテストに応募し入選して雑誌掲載されたり展示されたりするしかありませんでした。上位入選を目的とするが故に無理な撮影をすることがあるのかも知れません。 ただ、今日ではうれしいことに、どんな下手ッピーな写真でも、インターネットに乗せれば(見てくれるかどうかは別にして)だれでも見られる状態に簡単に出来ます。このホームページが一つの例ですね(^^; 新たな写真の見せ方が普及することで、コンテスト偏重主義(見栄えの良い写真を撮る)が少しでも緩和されるとよいなあと思っています。(1997.2) |
|