カスタマーのおすすめ度: 
また理論書を探さなきゃ
簡単な理論書を探していました。
本書で理論的な説明が得られるだろうと期待していましたが、予想がはずれました。プラクティカルな感じでした。
でも、理論を知らなくても読めます。読みやすいし、独自の議論が展開されていて、面白い。
特に3章「メタファーと現代社会」では、多分相当オリジナルな議論を展開しているのではないでしょうか(専門ではないので分かりませんが)。
個人的に興味を持ったのは、夢分析へのメタファー思考の導入です。
ただし、議論が荒すぎるのでは(新書であることは考慮しますが)?
それに、精神分析の専門用語が飛び交うので、初心者は置いていかれたような気がします。「なんとなく」分かったことにするしかない。
が、この着想というか、発想はとても素敵だと思います。
他にも、「計量思考」などは、なるほどと思わせます。
また、「メタファーと経済」「メタファーと科学」は、村上陽一郎の科学史論と読み比べても面白そう。

メタファー・メトニミー・シネクドキーの有り様を学ぶ
3つのレトリックについて、認知的に扱った書籍。著者の認識の3角形というのは、さらに理論的精緻化が必要であるが、言語の意味研究、特に近年流行りの認知言語学が鼻息を荒らして主張するところのこれらレトリックの裏で働くわれわれの認知体系について非常に簡便で示唆に富む紹介がなされている。もちろん、著者は認知言語学にコミットした研究者ではなく、事実の解明のために必要なことを最大限利用するという、研究者としての本領を発揮して王道を進んでいるだけだ。したがって、レトリック研究が認知言語学の専売特許であるようなことはカッシーラーもヴァインリッヒも否定するだろう。レトリック研究はそれだけ奥が深い。流行り病のように、殊更「認知」を主張する言語学派よりも。レトリック研究をはじめる方々に最適の一冊。

カスタマーのおすすめ度: 
多様な視点
訳注を読むと、サピアは言語学だけでなく、文化人類学・深層心理学・精神医学・宗教学・音楽・詩などに関心をもっていた。多様な視点から語られるているのでとてもおもしろい。

この本について
この本はアメリカ構造言語学の本です。しかし、いわゆるブルームフィールドらの構造言語学とは違い、柔軟な感じを受けます。これは著者エドワード・サピアの感性が反映されているからかもしれません。
第1章で彼は言語とは何であるのかを定義し、言語学の対象は何かを提示します。第2章では言語は何からできているのか、その構成要素を列挙していきます。第3章では言語の音声面について説明します。第4、5章では言語の形式面を扱います。第6章では言語の類型論について、彼なりの枠組みを提示します。第7、第8章は編流という概念をもとに言語の歴史的変化について記述します。この2章は本書の読みどころに1つだと思います。第9章はある言語が他の言語に影響を及ぼす際にどのようなことが生じているのかという問題について考察をしています。第10章では言語と人類と文化を明確に切り離し、文化が違えば言語も違うなどといった主張の問題点を考えます。第11章は言語と文学の関係についてです。この章も読み所の1つで、著者の言語における感性の所産とも言える章です。
アメリカのチョムスキー以前の言語学と言うと、ひたすら構造面のみを追及する静的な言語論の印象を持ちますが、本書は編流という概念に代表されるように非常に動的な言語論です。原本は1921年の出版ですが、今読んで見ても非常に得るものが多いと思います。

カスタマーのおすすめ度: 
納得しました。
子供がもうすぐ生まれるということもあって購入しました。
この本を読んでもっと早く読むべきだったとも思いましたが、
人間が言葉を獲得するプロセスが良くわかるとともに、
私が英語という言葉をなかなか獲得できない理由がよくわかりました。
なっとく。

カスタマーのおすすめ度: 
文化現象のすべて=言語記号の総体
『記号論への招待』(岩波新書 黄版 258 池上 嘉彦)を読んで購入したが期待を裏切らない内容だった。
文化記号論とは文化現象のすべてを言語記号の総体として捉えるというという考え方である。さまざまな文化現象を例に出して説明しているのでわかりやすかった。
コード・コードを超えるコミュニケーション・コンテクスト・詩的機能・メタ言語的機能・文化のコード・表示義・共示義といった用語が印象深かった。

カスタマーのおすすめ度: 
「見たまんまの世界」って?
あなたが今見つめているものは、おそらく、パソコンのディスプレイ。
「そんなの当たり前。誰にだって同じように見えているでしょう。」
そんなあなたに「そうでもなさそうですよ。」と語りかけてくるのが本書であろうと私は思います。
「右」や「左」とは、私たちが捉えた視覚情報(映像)を誰かに伝えたり、何かに書き記したりするためだけにある、ただの「道具」なのでしょうか?本書での答えは「No.」。「左右」というような表現は、私たちの視覚情報の受け取り方、そしてその記憶の内容を、ある程度規定しているのではないか、と解釈しうる実験の結果が、本書には登場しています。つまり、「左右」という言語表現があるから、私たちは「左右」という基準で物事を捉えているのではないか、という仮説が打ち立てられているのです。
本書では、他にも「言葉が私たちの思考を規定している」という考えを裏付けるような実験が多数載せられています。ページ数、字数は比較的少なく、実験の説明には図も用いられており、<言語人類学>の門外漢にも、とっつきやすい作りになっています。

グウグ・イミディール族の空間認識に魂消る
言葉が現実を切る道具である、という考え方に接したのは養老孟司の著作だった。「こたばが空間を切る」という章タイトルに「できるな」という予感がわく。少数民族への実験と考察を書いている。グウグ・イミディール族の絶対的指示枠による言語表現に驚く。カルチャーショックといってもいい。もし椎名誠のようなちょっとずれた非日常SFを得意とする作家が、絶対的指示枠日本語で小説をごしごしごんごん書いたら相当おもしろくなるのだろうなあ、とわくわくする。またテレビタレント化している風水師が絶対的指示枠で話し始めたらファンになってあげてもいいなあ、と思う。専門的な単語や表現もあるので気軽に読めるとは言い切れないが、「ことば」に興味がある人や職業にしている人は一読の価値あり。

方法論がいい
まず、方法論がいい。「サピア・ウオーフの仮説」を前面に展開するのではなく、テータからそれを語らせる形を取っている。
第三章・第六節の「「太陽」は男か女か?」が刺激的。
名詞の性(ジェンダー)と性としてのジェンダーを論じる箇所にはたくさんの付箋を貼った。

カスタマーのおすすめ度: 
深いが難しくない
おもしろい。何より、平易で、抽象的にならずに日常からの切り込みが非常に読みやすい。
こういう記号論は、アヤフヤで哲学チックで眠くなるのが常だが、これは、さくさく読める。
しかし、内容は非常に深い。まさしく記号から、金から、トイレの看板から、なつめそうせきから、罪と罰から、色々な切り込み方で、言葉というものをぶったぎる。
比喩の様々な用法にも触れられており、実社会でも色々つかえそうである。
たとえば、転喩と比喩とカン喩などを混ぜて書くと、
冒頭の「この本は有名かな」が
「水を見ないでアフリカを旅するような度合いで他の書籍で見受けられる本とは様相をことにする」みたいな感じになるかなぁ、適当だが。
ともあれ、ウィットに飛んで学者だが市井の研究者的なおもしろさ。
罪と罰の翻訳を読むことは、シニフィエは等しいがシニフィアンは異なる。
この指摘には、はっと思わされた。

平易にして啓発的
哲学、論理、記号、コード、レトリック、シンボル、などの言葉に反応してしまう人なら、読んで損はありません。
転喩、換喩、etcなどという専門用語も確かに出てきますが、それらを知らなくてもなんとなく分かりますし、それほど頻繁に出てくるわけではありません。
翻訳というより言語の問題、時間論など、専門的に深く突っ込んでいないのにも関わらず、そのエッセンスだけを鋭く抽出し、読者に考えさせる問題提示は正に巧み(匠?)で、論文集的にテーマが(金から落語まで)多岐に渡るぶん、それだけ考えられる要素がたくさんある、ということで、充分楽しめます。

カスタマーのおすすめ度: 
心のパターン
この本の主要テーマの一つはmental grammarの生得性を証明することで,著者もこれに大きな力を注いでいます。(そこで,一面的かもしれませんが,私のレビューもこの点のみに触れることにします。)説明は非常に丁寧で,具体的です。私のようなまったくのビギナーでもなるほどと納得しました。心の認知作用を扱った他のテーマも平易な語り口です。訳ですが,です・ます文体の訳文も大変こなれていて,あたかもジャッケンドフ本人の講義を聞いているようです。「心的文法」という訳語では哲学的な色合いを帯びるからでしょうか,「メンタル文法」と訳されています。そのために,却ってイメージが捉えにくくなったという面もあります。私の理解では,MGはチョムスキーの(計算論的な性質の)普遍文法UGよりはカバーする範囲が広い概念のようで,そこに理論的な曖昧さも感じられます。それから言語習得と言語獲得という用語が混在していて,私は少し混乱しました。また,機能論的functional(な分析方法)という訳語は,言語入力と文法出力をblack boxの中で関係づけるという意味で「関数的」と解釈するほうが適切ではないかと思いました。原著は10年前の刊行です。その後の理論的進展と言語学的分析については『プラトンと考えることばの獲得』が,幼児の英語という実例に即して獲得を解説したものでは『子供は言語をどう獲得するのか』が参考になると思います。本書はもう少し価格を下げるべきかもしれません。もっと気楽に手に取れるでしょうから。

わかりやすい普遍文法入門
小生は、青土社の『ろう文化』で手話が言語である、ということに気づかされ、チョムスキーの著作など読みすすむうちに、手話に文法があるという発見が普遍文法の存在の有力な証拠になっているのでは、と感じていたのだが、この本では1章をさいて、普遍文法(著者の用語を直訳してメンタル文法、という表現がされているが)の探索におけるアメリカ手話の重要性を論じている点に勇気づけられた。
さらにメンタル文法にとどまらず、言語以外のメンタル能力の考察もされているのだが、これは知識もないので論評はさしひかえる。
同様の論旨は、ピンカーの著作にも展開されているのだが、彼の饒舌な文章よりも、ジャッケンドフの語りの方がわかりやすいと思う。メンタル文法の簡単な説明も最初にあるので、とっつきやすい。
チョムスキーらによる言語学の革新が心と脳の研究が突き当たっていた壁をいかにとりはらったか、興味のある方は是非一読あれ。

カスタマーのおすすめ度: 
ここでもハッキングの面目躍如
言語と云うものが何故、如何にして学問の主題として取り上げられる様になったのかと云うことを、近代以降のその歴史的展開から説き起こした本です。目次を見れば判る様に、取り上げる思想家達は英米系が中心で、欧州圏のものは余りカヴァーしていませんが、大枠の論旨そのものはそれらにも適用可能なものです。
扱うテーマをテキパキと捌く名文家ハッキングの手腕は相変わらず見事で、観念意味文(私秘的な言語観から公共的な言語観へ)、と云う問題意識の大きな流れを解り易く解説してくれ、現状への問題提起にも富んでいます。論点が実にはっきりしているので、それ程予備知識のない読者にとっても読み易いでしょう。
言語と云うものを学問的に考える際に、我々はどの様な歴史的背景を背負って立っているのか。言語哲学や言語学一般に携わる人達に広く薦めたい一冊です。

カスタマーのおすすめ度: 
ニューパラダイム
この論文集は著者が冒頭で述べるように「啓蒙の書」である。マラルメの「最終的な一冊の書物」の言及に付随して考えるとすると、その過程の折り返し地点にあり、数多の試行的思索を孕んだ記号論分野における重要書と言えるだろう。また著者が編者を務めたシリーズ言語態の連作『社会の言語態』、『言語態の問い』[「言語の世紀」と言語態の問い]に独自色を内在させた上で論考を展開した書物となっている。そして今日的な要素を多分に持し、セミオリテラシーの享受を希求する書として、昨今の学問状況における我々の暗鬱たる気概に対するイルミネーションとなるであろう。

Just MyShop 4周年を記念して、期間限定お買い得価格や、貯まったポイントを有効に使えるポイントクリアランスなど、お得な企画が用意されています!
UPDATE:Sunday, July 17, 2005