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現代生成文法の入門書
言語は学習ではなくヒトの本能である。The language instinctの訳本。著者はピンカー女史。訳本だけれど読みやすい。内容は科学的であるにもかかわらず、読みやすく興味ある内容。チョムスキーより言語学では面白いし、わかりやすいかも。でも、上下で二巻はやや高い。

さすがショーマンシップの国と唸る折伏力
アメリカ人は,どうしてこういう教養書を書かすとこうも巧いのかと感心する。トリビアな雑学を駆使し,時にニヤニヤさせながら,実にセンス良く,「言語と認知」をめぐる問題を概観させてくれる手並みには感心するばかりである。
著者は書中で頻繁にチョムスキーを引用し,言語相対仮説をなで切りにすることからもお分かりの通り,「(程度の差はあれ)言語の語彙や構造が認知を規定する」とするサピア=ウォーフ説には批判的である。人間は教わらずとも言語を駆使する能力があり,語彙や言語カテゴリーの違いは,二次的な要因に過ぎないとの主張を,手を変え品を換えて提示し,読者を知らず知らず「生得説」へと誘う手管は,さすが議論慣れしたアメリカ人。逆にいえば,何の予備知識もなく読めそうでいて,実は意外と読み手の基礎知識も問われる本だ(それなしには簡単に折伏される:笑)。
個人的には,ごく短いスパンで,状況に即応して臨機応変に変化する言葉(個人の操作能力に依存)と,もっと長い時間の中で,個人の価値観やものの把え方の枠組みに影響する,状況や体制としての言語体系(社会や文化に依存)とを,どの程度意識的に区別しているのかという点に,やはり引っかかりが残る。同じ課題は表象と認知の関係を扱う他分野でも問題となるが,やはり2者の区別が充分でないため,生得説と構成説は物別れに終わる。アメリカでは研究費獲得のためもあってか,論者のほうも半ば確信犯的に「演技」している部分があるが,その繰り返しはやはり不毛だ。むしろ「生得的」なのはどの次元で,多様性を帯びるのはどの次元かを分け,個別にその特質を論じるほうが建設的な気がするがどうだろう。面白かった方は参考までに,慶応の今井むつみ女史(2000:心理学研究71)のご一読を薦める。

本能は言語を洗練の方向に収斂させる。
だから、本能のないコンピューターは、人の言葉を上手く解さないのではないか、と思った。(コンピューター恐るるに足りず。)
本書は非常に複雑な内容を含むし、事例として、文法的には正しくてナンセンスな文章が頻回に登場したりするので、英語から日本語へ翻訳をするのが非常に大変だっただろうなあ、と感じる。日本語に訳してくれているので助かる反面、原書では、どう書いてあったんだろう?と確かめてみたくなる箇所もある。
本書を読むと、色々な楽しみ方ができ、発見もあると思う。一見、明らかに、日本人にとっては、不合理と思える英語の発音や綴りに関して、アメリカ人もそう感じているということがわかる。英語の綴りに関しては、音素を表しているとすれば、メチャメチャかもしれないが、形態素を表している、(漢字と同じで意味的な塊でもある)、とすると合理的な規則性に納得できよう。
これを一冊読むと、言語に関して博学になった気分になれます。

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さすがショーマンシップの国と唸る折伏力
アメリカ人は,どうしてこういう教養書を書かすとこうも巧いのかと感心する。トリビアな雑学を駆使し,時にニヤニヤさせながら,実にセンス良く,「言語と認知」をめぐる問題を概観させてくれる手並みには感心するばかりである。
著者は書中で頻繁にチョムスキーを引用し,言語相対仮説をなで切りにすることからもお分かりの通り,「(程度の差はあれ)言語の語彙や構造が認知を規定する」とするサピア=ウォーフ説には批判的である。人間は教わらずとも言語を駆使する能力があり,語彙や言語カテゴリーの違いは,二次的な要因に過ぎないとの主張を,手を変え品を換えて提示し,読者を知らず知らず「生得説」へと誘う手管は,さすが議論慣れしたアメリカ人。逆にいえば,何の予備知識もなく読めそうでいて,実は意外と読み手の基礎知識も問われる本だ(それなしには簡単に折伏される:笑)。
個人的には,ごく短いスパンで,状況に即応して臨機応変に変化する言葉(個人の操作能力に依存)と,もっと長い時間の中で,個人の価値観やものの把え方の枠組みに影響する,状況や体制としての言語体系(社会や文化に依存)とを,どの程度意識的に区別しているのかという点に,やはり引っかかりが残る。同じ課題は表象と認知の関係を扱う他分野でも問題となるが,やはり2者の区別が充分でないため,生得説と構成説は物別れに終わる。アメリカでは研究費獲得のためもあってか,論者のほうも半ば確信犯的に「演技」している部分があるが,その繰り返しはやはり不毛だ。むしろ「生得的」なのはどの次元で,多様性を帯びるのはどの次元かを分け,個別にその特質を論じるほうが建設的な気がするがどうだろう。面白かった方は参考までに,慶応の今井むつみ女史(2000:心理学研究71)のご一読を薦める。

言葉の本質を解き明かす
非常に明解で言語と言うものに初めて触れる人でも読みやすく、それでいて詳しい人にとっては更に深くまで読み込むこともできる。
ある種入門書ともいえるし、また一方では更なる深みまで連れて行ってくれる手引書ともいえるような作品。
ピンカーの話の進め方がとても理解しやすいので、いとも簡単に「言語」という世界に入ることができる。
そういった意味では、「言語」と言うものに興味がわいた人が最初に読むのに最適といえるのではないだろうか。

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世の中には色々な学問がある
全くの初心者向けに、わかりやすく言語学のイロハを解説している。筆者がまだ若いためか、本書の対象ともなっている「言語学を学びはじめた学生」に視線の高さが近く、事例を多く挙げた内容にも親しみが持てる。文章がやや理屈っぽいのは言語学者ゆえか。

高校生の皆さんへ:言語学というもののイメージを得るにはこの本が良いと思います。
高校生あたりが言語学というものの概要を知るための「言語学入門書」は、この著作以外には今のところ見当たらないと思います。その点この本は大変有益な一冊でしょう。非常に平易かつウィットあふれる文章を用いて読者に語りかけてくれる「やさしい本」ということがいえます。
高校生ともなれば漠然とではあっても世界には何やら不思議な魅力をもった言語があふれているというようなイメージがあることでしょう。そのイメージのいくつかは単なる思い込みでしかないでしょうし、一方でいくつかはもっと奥深くまで見きわめるに十分値するものです。そうした言葉の内奥にあるものをじっくり見つめるために「言語学」という学問があるようだということが本書を通読すると体感できると思います。
しかしあくまでこの本で書かれていることは、言語学の開いた戸口に試しに立ってみるといったレベルまでです。まだ敷居をまたぐ前の段階で、向こうに広がる世界を戸口越しに覗いてみるといったところでしょうか。
この本にはいくつか参考となる書籍が紹介されていますが、それに倣っていうならば私は高校生以上なら次の言語学関連書籍を入門編として紹介しておきたいと思います。私自身が20年以上前に大学の講義で薦められて手にしてみて、言語学って面白いなぁとそのトリコになるきっかけとなった本です。
「ことばと文化」(鈴木 孝夫/岩波新書)
「ことばと国家」(田中克彦/岩波新書)
「記号論への招待」(池上 嘉彦/岩波新書)
「言語と社会」(トラッドギル/岩波新書)

ようこそ言語学へ
難しい語を多用することなく言語学の世界を紹介しています。
言語学がいかに世間に誤解されているかなど
言語学に携わらない私にとってとても勉強になりました。
筆者はどちらかと言うと言語学の理論の世界に入るよりも
地球上の言語に触れられるだけ触れとほしいという思いが強いように思われます。
スワヒリ語やリトアニア語がお勧めだそうです。
言語勉強がより一層楽しくさせるきっかけを作ってくれました。

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入門書に最適
R・エリスの新刊かと思い購入しましたが、Second Language Acquisition (Oxford Introduction to Language Study)の翻訳でした。日本語版への寄せ書きも含まれている点が、原書と翻訳の違う点ですが、termの日本語訳を見るのにいいのかもしれません。SLAの入門書として良い本だと思います。

大学の専門書講読への橋渡しに
大学の英語の講読の授業でテキストとして出版当初からいくつかの大学で利用しています。EllisのUnderstanding Second Language Acquisitionを読みくしたものとのことで、授業ではこのEllisの1985年のものを併用して具体的なデータなどを紹介しています。外国語学部の学生さんには特に読んで欲しい一冊です。

とにかくコンパクト!
第二言語習得研究で取り上げられるテーマについて、これほどコンパクトにまとめられた入門書は他にはないでしょう。第二言語習得の研究ってどんなもの?と興味を持つ人は、まずこの本で研究分野を概観することをお奨めします。

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言語表現の限りない可能性
古代ギリシアから近代ヨーロッパまで受け継がれた「伝統的」レトリックは、
1.相手を言い負かすための <説得> 効果
2.ことばを芸術的に飾るための <美的> 効果
という2つの役わりを言語に与えるための技術学であった。
本書は「伝統的」レトリックの体系が見落としていた視点 <発見的認識の造形> に光を当て、直喩・隠喩・換喩・提喩・誇張法・列叙法・緩叙法といったフィギュール(言葉の「あや」)の解説とともに、レトリック第3の役わりを探る。
言葉の数には限りがある。辞書に載っている通りの意味で言葉を組み合わせることだけでは、物事や自分の気持ちのすべてを表すことは不可能だ。
わたしたちの認識を、できるだけありのままに表現するためのレトリック言い換えれば限りある言葉の組み合わせに、限りない表現の可能性を与えるためのレトリックそれがレトリック第3の役わり <発見的認識の造形> である。
各フィギュールの解説は「浅すぎず・深すぎず」で、読み応えがあり、かつ、うるさくない。
また、解説に使われる例文が「解説のために作られた例文」ではなく「実際の文学作品からの引用」であり、退屈することがない。
レトリックを知る最初の一冊として、最適の書。

日本語の書き手のためのレトリック入門
「レトリック」という言葉を聞くと日本人は何かインチキ臭いイメージを持つものだが、本来レトリック(修辞法)はプラトン・アリストテレスらのギリシャの哲人に追求され、ローマの文章家キケロによって大成された文章を書くための方法論のことである。本書ではレトリックの主役たる比喩(直喩、隠喩、換喩、提喩、誇張法、列叙法、緩叙法)を軸に、日本語で書かれた文章に使用されているレトリックを抽出し、さらには日本語によるレトリック技術の可能性を追求するために様々な文章が観察、分析され、興味深い考察が行われている。ちなみに著者の佐藤信夫は日本におけるレトリック論の第一人者である。レトリックは欧米では中世から現代に至るまで重要な教養として位置づけられている。本書はこの西洋の!統技術を用いて、日本語の表現の可能性を広げるための試みだと言ってよいかもしれない。レトリック、日本語の表現論に関する好著。

レトリックから見える世界
レトリックは異なる言語間を越えて、共通の特徴を見いだせる。
これはまさに目から鱗の洞察である。
レトリックの起源自体は、古代ヨーロッパに遡る弁論術であった
訳だが、佐藤の真の目的はその全体像を新たに専門的に紹介しよう
ということではない。
言語という多様に分化したシステムに共通してみられるその特徴は、
言語活動とは切っても切れない様々な人間活動を分観察しようとする
ときにこそ真の実力を発揮するかもしれない、という広く深い佐藤哲学
に貫かれている。あくまで「日本語」という特殊な言語シーンを題材に
しながら、話は文学にはじまり映画、都市、建築などに及ぶ。
複雑なる世の中の現象を抽象的なある角度から取り出してみようとする時、
レトリック、そしてそれ!が新しいものごとの意味を生み出し続ける、という
本書の視点は未だ魅力的で、新鮮でさえあるように思える。

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「断続平衡論モデル」
著者はオーストラリア先住民族言語が得意な言語学者。
彼の「断続平衡論モデル」は理解できなかった。
本書に出てくる「サハラ周辺部」とはどの辺りを指すのだろうか。

言葉がなくなる!?
いま世界に存在する5千〜6千の言語のうち、少なくとも4分の3は(90%という説もある)22世紀までに話されなくなるという。主な原因は、いわずもがな世界規模で起こっているグローバル化現象。その結果、英米語が影響力を増し、少数の共同体が持つ伝統的文化まで侵食されていく。言語には地域ならではの思想が内包されている。言語を守ることは多様性を尊重すること、そう著者は静かに語りかけている。

動乱の中の言語
言語の歴史的な変化といえば、多くの人はラテン語教科書の冒頭に描かれているような系統樹を思い浮かべるでしょう。一方で、例えば我々が話す日本語はウラル・アルタイ語族の特徴を断片的に保持していると言われていながら、系統関係が明確でない。しかしインド・ヨーロッパ語族以外の言語ではこれが普通なのだそうで、言語学上のひとつの難問となっています。
本書は上記の状況を踏まえて言語の歴史的発達に断続平衡という考え方を導入したものです。これはもともと生物の進化において提唱されたもので、「種の進化は、変化のない長期の安定期とその存続期間に比べ相対的に著しく急速な種分化と形態変化によって特徴づけられる」とする仮説です。言語においても部族や国家の力が長期にわたって均衡して!存している状態では止まり続け、その均衡が破れると移動し拡張し分裂すると考えられます。均衡状態の間言語は互いにその文法的な特徴が伝播し合い均質になり統一された言語(圏)へ収束し、均衡が破れ中断期に入ると従来の系統樹で描かれるような分岐を繰り返します。その概念はp140図6-1に集約されているので、折に触れて参照して下さい。
現在は言語学的に大きな中断期にあると著者は言います。中断期には言語が分化しその種類が増えて行く筈ですが、メディアの発達で寧ろひとつの言語に侵略されて行く傾向があるようです。「どんな言語も()その話者の世界観を内に包んでいる。言語が死ぬという事は、人間の分化の一部が失われる(p.202)」事です。そこに言語保全の根拠と意義があります。
本書は言語!の知識を前提とした専門書なので、我々素人には手に余る部分もあります。ただ丹念に読めば理解可能です。情報の質、バランスも良く、一読の価値があります。漫然と読んで分からなかったからといって安易に低い評価を与える事は、レヴューとして問題があります。巻末に引用論文リスト付。

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ことばに興味がある人全てに
語用論って、誤用論のミスプリじゃないの、というぐらい、語用論を知らない私でしたが、これを読んで語用論の全体像を知ることができました。
例えば「暑いわね」という発話で、なぜ「窓を開ける」という行為を促すことができるのか。人にあげる時は「チョコ食べて」と直接的に言えるけど、自分がもらう時は、「あなたのサンドイッチ1ついただいてもいいかしら」のように間接的になるのはなぜか。などについて分かりやすく解説しています。

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ルーン文字の歴史を知りたい人向け
(そういう期待を持って購入する人はいないとは思いますが)この本を読んだからといってルーン文字が登場するファンタジーゲームの文字をすらすら読めるようになったり、あるいはルーンを使った占いが上達するわけではありません。
では実際に世界に存在するルーン文字で彫られた文章が理解できるようになるかというとそれもちょっと違います。アルファベットとの対応表やルーン文字で文を刻む場合の特別なルールも説明されているので読む場合の助けになりますが、文字がアルファベットでどれを表すかがわかったところで文を理解できるようになるわけではないのです。例えば日本語を全く知らないアメリカ人がローマ字で書かれた日本語の文章をみた場合、それぞれの文字を理解したりあるいは発音くらいま!はできたとしても文章の内容は理解できないのと同じです。
この本ではルーン文字が登場し、そして忘れ去られていくまでにいつ頃どのような場所にもたらされ、どのように変化していったのかが紹介されています。著者はルーン文字における幻想的で呪術的な力を信じるタイプの人ではないので、一つ一つの文字における魔術的な意味がどうであるとかそういう話はありません。
私にとってのルーン文字は「ウルティマ」というゲームに登場するものであり、その他のファンタジー(指輪物語など)や書店で見かけるルーン占い、アクセサリーなどで見かけるルーン文字としばしば文字が異なることがあるので「どちらが本当のルーン文字なのか」が知りたくて購入しました。学問的興味をもって購入したわけではありません!が、結果的に購入してよかったと思います。この本のおかげで今は「どちらが本当のルーン文字なのか」という考え方ではなく、「ウルティマの開発者はこの時代のこの地域の文字を参考としたのだ」という理解の仕方をできるようになりました。

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知的興奮!
記号論的なコミュニケーションへのアプローチは、専門外の人にとっては新しい捉え方だと思われます。しかし「新しい」からといってとっつきにくくないのがこの本です。身近な日本語表現を用いているため、スーっと入ってきて「なるほど」とうなずいてしまうんですね。一度読んでしまうと日々何気ない人との会話において、思慮深く言葉を選ぶようになるでしょう。

ことばの美的機能がわかる
記号論の入門書。大学受験の問題になったことを覚えていた。
言語の「美的機能」(「詩的機能」)を論じた箇所がおもしろかった。
また、芸術における創作活動がしばしば言葉に比較されていたことを知った。
言語学や音声学・音韻論の説明もある。

はじめての記号論入門として最適の良心的な一冊
記号論の大家ウンベルト・エーコの著作の訳出もある池上博士の新書版記号論入門。「記号論」という看板をみて一般庶民が首をかしげるこの不思議な学問が分かりやすく解説されている。記号論というのは「言語」を日常に使用されている言葉からさらに機能を深く追求し、拡張することからはじまる。そうなると「言語」は口から発したり、文字で書かれたりする文に留まらず、映画・アニメなどの映像、街の構造、建築物、政治制度、果ては人間が見る夢にまで拡張される。そういう意味で人間の文化は拡張された「言語」である「記号」から成り立っているのであり、それを分析する学問が記号論であると言える。本書は記号論の基本的概念、様々な「記号」にアプローチする方法が系統的に説明され、はじめて記号論!に触れる人に最適な一冊だと思われる。本書を読了してこの分野に魅力を感じたらウンベルト・エーコの本に挑戦してもよい(ただし、こちらはかなり難しい)。

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お天気の「お姉さん」・・・
お天気のお姉さんがいるのに妹さんがいないのは何故か。また、自分のお姉さんでないのに、「お姉さん」が成立するのは何故か。そんな素朴な疑問に対しての答えが、本書にはあります。
昔は大学入試の現代文で本書がよく取り上げられたので、高校生の必読書でしたが、いまは大学の文学部の学生も読んでいない。とても残念です。基本図書ですからね。

言語についての卓越したかつ簡便な案内書
「『ことば』は『モノ』の名前である」と言う常識を持っている一般の人は、少なからずいらっしゃるものと思われます。そしてそのような考えを有する人たちは、「『ことば』が『モノ』の名前なのだから、自分の母語と他国の母語の『ことば』は『一物一価』の関係にあるはずで、ドラえもんの『ほんやくコンニャク』のような翻訳機を作る事なぞ朝飯前だ。」と言う思い込みを抱きがちなものです。
しかし、この新書の著者は、以上のような「俗説」が、実は言語の実態について全く理解を欠いているものである、と痛烈に批判します。
そして、「壊れる」と言う動詞や「唇」、「犬」といった名詞や「大きい」、「赤い」と言った形容詞などの具体例を挙げ、そしてそれに相当すると思われる英単語や仏単語などが以上の日本語の単語の指す意味と全くずれていることを明快に指摘しています。そして、「ことば」が持つ歴史的、文化的な背景を抜きに外来語の概念を丸呑みする事を痛烈に批判します。
この本の著者鈴木氏は、「英語第2公用語」論に真っ向から反対する論陣を張っていらっしゃり、「英語公用語論者」からは非難の的となっていらっしゃるのですが、彼の言語の歴史に関する卓越した識見を見ると、「英語第2公用語」論の馬鹿馬鹿しさがありありと分かるものです。

往年のベストセラーだが、内容は決して古くない。
比較文化的な考察にとどまることなく、西欧的価値基準を絶対化しない作者の見解は珠玉の輝きがある。日本と西欧との動物観の相違を論じた箇所はおもしろい。鈴木氏の功績は、日本語の自称詞と対称詞の構造を明らかにしたことであろう。わかりやすい図を使って、自称と他称のことばの構造を明らかにしていく。また、親族名称の虚構的用法についての論考はたのしい。トルコ人の発言、「まるで近親相姦だね」には大爆笑してしまった。

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UPDATE:Sunday, July 17, 2005