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オタクの趣都アキバ:多角的な現状分析
森川氏の本書は洗練された文化論で調査も徹底している。事実に基づいた論考であり、頭ごなしに自説を読者に売り付けてはいない。
日本アニメの二大要素「美少女とロボット」。これは斎藤環氏の説の援用だが日本アニメはこれらの要素がますます奇怪な姿に細分化された。もう手におえないオタク仕様のかわいい怪物である。
そのオタク趣味が近年色濃く反映されたのがオタクの趣都「萌えてる都市アキハバラ」。第三者にはなんか物悲しく見える。
アニメの性格が日米はちょうど正反対になる。ディズニー的「聖化」と日本的「性化」だ。森川説では手塚治こそアニメに性的発見をしたパイオニアのように鋭く捉えられているがこれは賛否両論あろう。また韓国は日本の二番煎じとは違う道を模索している。
全ての日本アニメの道は「Tokyo」に通ず。アキバはその最高の結節点だった。
森山氏は建築専門家として建築史を論じるのだが、唐突に「建築終焉の聖堂・サティアン」が登場する。サティアンが関係するのは歴史でなくハルマゲドンの地だ。オウムもオタクだった。というのもアニメ『幻魔大戦』の影響をもろに受けたから(映画では最終決戦場は富士山)。
宮崎勤の事件以後「オタク」の呼称は定着したがそれは部屋の隠喩でもあったとの指摘にはぞっとした。言われてみれば確かにそうだ。
ラストのポストモダン建築論は卓見である。しかしともかく論点の一切が最後には「オタク」に還元される。この一見没個性的趣味人が現代社会に巨大な影響を与えていた事がこうして「論証」された。今は欧米オタクがアキバでおみあげ用にガチャポンする時代なのだ。

「萌える」ことを知る人、知らない人
そーいえば、いつの頃からか、秋葉原に買い物に行く、って言ったらパソコンまわりの機器を買いに行くことになっていた(決してうちの冷蔵庫の買い替えではない)。そしていつのまにか、秋葉原に買い物に行くの、って友達(特に女性)に言うと、「ふーん、あ、そう」という反応が返ってくるようになっていた。その「ふーん、あ、そう」というのは、「僕ってアニメ好きなんだよね」って試しに言ってみたときの「ふーん、あ、そう」という反応とそっくりなんだということに、本書を読んではじめて気がついた。
「萌える」という言葉への親和性からはじまって、本書は、パソコン好みとアニメ画趣向の近似性、果ては街のデザイン論から建築論まで、秋葉原を主題に幅広く展開する。「東京ラブストーリー」「めぞん一刻」のようなマンガ、手塚治虫以来のアニメ、オウム・サティアンなどの建築、「ポケモンジェット」などの飛行機のデザイン、そして渋谷や秋葉原などの都市のありさまといったあれこれを相互に絡めつつ論じる。そしてその背景にあるのは、未来の喪失と権威への面従腹背的な特殊な態度であることを鋭く解き明かす。「ふーん、あ、そう」で見落としてしまいがちな事象を掘り下げ、一つの文化解釈にいたるところまで達しているのが痛快である。
もちろん、いずれも人の思い入れが深いジャンルであり、「ぜったいそんなことない」と思う人も多いだろうし、部分的には「これぜったいありえない」とか、「こじ付けでは?」と思う部分も無きにしも非ずであるが、少なくとも、大きな文化的コンテクストの中に個別の事象が体系的に整理されているという点で、あっ、という発見や納得が必ずある本であると思う。お勧めです。

誰も書かなかった明晰な秋葉原とオタク論
アニメ美少女萌えな街とすっかり化してしまった秋葉原。
私も「やっぱパソコンオタクってのはこういうのが好きなのかな」と
漠然と思っていました。
この本を読むとそれがどのような背景と過程で成立したものなのか
説得力ある理論でわかってきます。
なぜパソコンオタクがアニメ美少女を好むのか、
日米欧の美少女の構造に絡めた議論などは読んでいてこんな視点があった
のかと膝を打ちました。
秋葉原という都市はまれな成立過程をしていることを初めて知りました。
これを読んだ後に秋葉原に行っても多分私の行動コースは変わらない
んだろうな、きっと。(笑)

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UPDATE:Sunday, July 17, 2005