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そもそも新聞を取らない理由って。。
ちょっと興味をひかれて読んでみました。
読んで思ったのが新聞離れって本当に起きたのでしょうか?って事
新聞業界っていうのは無理矢理に「新聞は生活の一部」として認識させる事で生き残ってきた業界です。
新聞という媒体が情報を得る唯一と言える方法だった時代は確かにあった。
ただ、テレビが一家に一台となった時点で本当は企業努力が起きる必要があったんだと思う。でもそうなる事は無かった。
これでネットが無かったとしても新聞が衰退する事は決まってたんじゃないでしょうか。
結局キャッチセールスやら押しかけ訪問販売と同様の方法でしか販売部数を維持出来ず、内容の向上や価格を下げる努力を怠っている新聞業界に未来は無いんだと思う。
実際新聞のイメージは下がり続けてるし、新聞は何十万の羽毛布団やらよくわからない壷やらと同じレベルの「被害にあって手元に残った商品」と同じようにしか捉えられてない。
俺はこの点を新聞業界が自覚していない状態でこの本の内容のような事を提案しても完全に無駄としか言えないんだと思う。
少なくとも20年以内に新聞業界は完全消滅する。生活に不必要な物との認識が広まった時に新聞業界も消え去るだろう。

テクノロジーとアマチュアの力の使い方が大切
報道機関VSネット、既存広告VSネット広告と言ったを中心とした本。
結論として、ネットが新聞を殺すのではなく、プロとアマチュアが融合
した報道に変わる。但し、従来の新聞人がネットを担当しても旧来の考
え方ではネット社会に対応できない。広告も同様でオンライン広告には
新しい考え方が必要である。
おもしろかったのは、機械が自動に作るコンテンツについて述べられて
いたところ。いずれにしても急速に進歩するテクノロジーとアマチュア
の力をいかに上手に使うかが大切だと言うことが分かった。

誰もが信じなくなってきた
インターネットと既存のマスメディアを比較した書籍の中で、買って読んでも損をしない一冊。
基本的な論点は4つ。
1.従来情報の受け手側だった一般人が容易に情報を発信できるようになった。
2.受け手側のメディアリテラシーの高まりによって、受け手側が積極的に情報発信者の選別を行うことになる。
3.その能力の高まりによって、既存メディアに広告を出稿していた企業は、より効果的な媒体であるインターネットへ比重を移すだろう。
4.広告主の動向の変化によって、大部分の収入を広告に頼っていた既存のメディアは統廃合が進むだろう。
論じている点はすでに潮流となって現れているが、今後既存のメディアでその流れに対応できないメディア(会社)は消えていくと結論づけている。
そして、米国の新聞社の幹部が新聞社はあっても、新聞「紙」が必要とされるかどうかに懐疑的な考えをしていることが印象的だった。

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GHQが行った検閲の実体
戦前から戦中にかけて日本でも検閲が行われていたが、それは国内法に基づくものであり、その法の存在は公にされていた。また、伏せ字の使用により、検閲されていたことを多くの国民が自覚することとなった。しかしGHQが行った検閲は、その事実を秘匿し、伏せ字や空欄の使用も認めなかったため、ほとんどの日本人は検閲済みの情報に接していたと言う自覚を持てなかったのである。しかも、この行為はポツダム宣言でも認められていないことなのである。そして検閲という言葉からは「占領政策に不利な情報の流布を防止する」に過ぎないと言うイメージを抱きがちであるが、GHQが行ったのは、さらに自分たちの都合の良い情報を流し、史実の書き換えまでも行う、謀略工作に近いものだったと言えるだろう。ドイツと日本の降伏は同等のものと思い込んでいる人たちがいまだに多いことなどを見ても、この検閲の影響は相当根深い。米国の公文書を丹念に検証することにより、この事実を洗い出した著者に深い敬意を表する。

反日ジャーナリズムの起源
櫻井よしこ氏などの努力により、最近ようやくGHQの検閲の実態が知られてきたが、本書はその嚆矢となった本である。
GHQの検閲の実態は巧妙を極めるもので、検閲を実施していることすら公表を禁じている。また、GHQが決定した検閲方針に基づき、報道機関の自主検閲を基本としており、検閲方針がいつのまにか個人に内面化されてしまっている。このことは、検閲終了後も新聞の論調が目に見える形で変わっていないこと、検閲で米・中・朝鮮に対する批判を禁じていたが、これらの国に対する批判を今でもタブー視する雰囲気があること、から明らかであろう。占領終結後もGHQの検閲を清算せず、中朝を夢の祖国として極端に美化してきた朝日新聞などは、まさしくその申し子である。
私も著者の死後初めて読んだのだが、戦後の歴史観が問い直されている現在、著者の意見を聞いてみたいテーマは山ほどある。著者の自死が惜しまれてならない。

“日本精神"衰退の根本
日本が敗戦する前から米国が考えていたのは、日本国民の精神の完全なコントロールだった。占領国の絶対的な権力の下、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(戦争についての罪悪感を日本人に植え付ける為の宣伝計画)に従って徹底的に日本の歴史と伝統を破壊し日本人の精神改造をした。GHQの“日本人教育" の第一歩は、敗戦の形を歪曲する為の検閲政策である。ポツダム宣言は「日本国の無条件降伏」ではなく、「日本軍の無条件の武装解除」を規定していたが、占領軍の口上には、日本の“無条件降伏"という表現を意識的に繰り返し用い、それに対する日本側の反論は一切封じられた。占領期の最初から日本は無条件降伏をしたという誤った考えを国民は信じ込まされてしまったのである。日本人は何も考えることなく奴隷を扱うが如きの検閲で、しかもその検閲をしていることさえ知らせてはならないという周到なものだった。GHQは完全な検閲を行う為にも日本の降伏は“無条件降伏"でなければならなかったのである。
米国の価値観で日本の悪をでっち上げて東京裁判で断罪し、まだ幼く、日本が戦争に突入していった経緯を知らない若い世代に日本=悪、連合国=善という価値観が刷り込まれていった。戦争世代が語りついでいれば、“洗脳"を解くこともできたかもしれないが、その役目を大きく担う筈のマスコミは拝金主義に徹し、反日の急先鋒で現在に至っている。また公教育も幻の共産主義を拝みつづける日教組に牛耳られ、近年では文科省までも取り込んでいる。平成14年に始まった“ゆとり教育"はGHQが定めた日本人を日本人たらしめない教育とでもいうべき方針の延長線上にある。学ばせず、考えさせず、身を捨てても守るべき価値観を奪い取った教育は日本精神の退化をさせてきた。
我が国が再生するのか滅亡するのかは、我々国民が真実を知るか否かにかかっているのである。

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環境問題論争に一石
世に蔓延る「偽善系」を叩く、日垣隆の仕事。とかく偽善を暴くスタンスというのは現状への居直り、シニシズムへの同化ということになりがちではあるが、少なくとも日垣はそのような轍を踏んではいないようである。
誰だってダイオキシンは危険ではない、とか環境ホルモンはインチキだと云われれば、引くにきまっている。それだけ環境問題をめぐる言説はある種のトーンで染まってしまっていることの証左であるのだが。世に流布しているそうした言説をオリジナルの論文にあたり、精密に検証した成果がこの本なのだ。
白眉はやはり、「買ってはいけない」批判の部の、フロリダにおけるワニの例だろう。環境ホルモンの所為でワニがメス化しているという主張に対し、日垣は指摘する。「ワニの雌雄は遺伝子で!!まるのではなく、孵化するときの温度で決まる」と。
環境問題への見解を再考させる本である。

アンチ・センセーショナリズム
本書はかつてのベストセラー「買ってはいけない」や、ダイオキシン問題などについての討論集である。「買ってはいけない」がベストセラーだった頃、単行本として発行された著作の文庫化。
一部の環境保護主義者に見られる、人の不安な心に付け込んで悪者作りに精を出しその背後で自らの利益のために蠢く人々とその言論を、明確な根拠と論理で文字通り切って捨てる文章は、本著者の真骨頂でありまことに小気味よい。わずか数年で「買ってはいけない」や「ダイオキシン問題」は人の口の端にも上らなくなってしまったが、これを冷静に捉え批判した言論は生き残っている。ウソとまことをかき混ぜて一時の流行となってしまったセンセーショナルな環境主義は、長い目で見れば短命である、ということを考えさせることができる好著です。

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安易に考えすぎる人々
戦争の写真を見たとき、それが悲惨であればより人は被写体に同情をよせる。それと同時に、自分がそして大事な人はそんな悲惨な目に遭わなくてよかったと胸をなでおろす。さらに、悲惨な写真を見ようとするとき、そこには好奇心、一種の怖いもの見たさという人間の俗悪な心情があるのではないか?
著者は、自分とまったくの他人である人たちの苦痛を本当に理解することができるのだろうか?またその手段として写真はどのように被写体に向かうべきなのか?、と自らの煩悶を語っている。
ベトナム戦争以前の有名な戦争写真はだいたい写真家やその現場の人たちによって作為的に撮られた。この記述を読んで私は落胆したが(やっぱり劇的な場面はそうそう撮れないよなぁ)、著者のソンタグ氏によれば、この感情自体がもう戦争写真を単なるエンタテインメントとして捉えているだけで、一向にそこで起きている事実を理解しようとしていないことになるんだろう。
これからは、上記のことを肝にめいじて写真をみることにする。

人間の尊厳について考える本
自分の痛みを感じることはできる。しかし本当に他者の痛みを感じることはできるのか。ソンタグは映像を通して、たやすく他者の痛みを目の当たりにする現代人の感覚を問い直す。「人の気持ちを考える」とき、それは同情になっていないか。本当に人の尊厳を認めるということはどういうことかを本書は静かに語りかける。現代の日本人では、作家の高村薫に似た感覚を感じた。

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ベトナム戦争について考えたい人は必見
写真を見て驚くのは、兵士が向かってくるシ-ンがある、ということ。つまり、攻撃の先頭にいる兵士より、先に行った沢田が振り返って、先頭の兵士を撮っているということだ。地雷が埋まっている地域でもそんなことがあった、と「ライカでグッドバイ」に描かれている。
賞をとっているからという理由で、何度も見たことがある写真も印象的だけれど、他の写真にも、同じテンションが感じられる。当たり前といえば当たり前だけれど。普通は高価な写真集を、文庫という形でこんなに安く買うことができて、なんて幸運なことだろうと思った。「ライカで...」に描かれていなくて、知りたい、と思われる多くの部分を、この本によって知ることができたのも、幸運なことだ。それでも、ほんの少し、前より彼に近づいたとしか思えない。ひとりの人間を知る、というのはなんて難しいことなのか。

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ジャーナリストになるために
先日、著者にお会いし、1時間ばかり懇談をした。
信念を持ちながら仕事をされ続けてきたことが、じーんと伝わってくる。
青年も大好きらしい。
タイトルは「新聞記者をやめたくなったときの本」だが
正に「ジャーナリストになるための本」と言っていいだろう。
新聞社に入ってから、今の道のりを、大手新聞記者やフリーランスが
体験を交えながら紹介してくれる。さすが新聞記者の本ということで
大変に読みやすい。入門本としても最高である。
(女性)差別や会社のしがらみ、現実(取材相手)との葛藤の中で
浮かび上がってくるのは、記者たちの「強さ」である。
その「強さ」に惚れたとき、一段とジャーナリストへの決意も新たに
なるだろう。新聞記者のバイブルとして手元に置いておきたい。
女性も必読。

ジャーナリストだけでなく
書かれている内容は新聞記者の仕事なのだが、
他のどんな職種にも、通用することばかりである。
ジャーナリストを目指さずとも、
これから社会に出て、就職する全ての若い人たちに
もしくは現在の仕事に嫌気がさしている方々に
是非とも読んでほしい本だ。
現状打破のための、大きなヒントが隠れているかもしれません。

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国語の説明文の読解練習用に
中学受験に要求される読解力を身に付けさせるには、といろいろ考えた。結論は学年より少し上の内容の説明的文章を音読し要約すること。このトレーニングは受験をまだ意識していない低学年から始めると更に良い(下の子で実験中。ついでに字をきれいに書く練習も)。
題材にぴったりなのが本書。大人が読んでも十分面白いレベルの内容を小学生が読みこなせるように分かりやすく書いてある。おすすめ。

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まさに極悪です
最近は、朝日新聞の捏造体質もブログなどで次々に明らかにされており、いまさら言うまでもないのですが、値段も安かったので本書を手にしました。本書は朝日新聞の非人間的な体質を暴露する火付け役ともなっていたものです。
埼玉コンクリ詰め殺害事件の準主犯格の元少年が成人して出所後、逮捕監禁致傷罪で再度実刑判決を受けたにもかかわらず、反権力主義のためなのか朝日新聞だけが実名で伝えない。韓国カジノ偽札問題で、他の全ての新聞が犯人を「在日韓国人の男」だと書いているのに、朝日新聞だけが「日本から来た男性観光客」と日本人のように書いている。イラク戦争で「人間の盾」の世話役だったNGO代表から、朝日新聞社の記者が未承認のヨード剤のイラクへの運搬を依頼されていた。イラク自衛隊派遣に関して朝日新聞が掲載した記事について、「安全確保に重大な影響を与えうるものであり、強く抗議する」と防衛庁から抗議をうけた。東京慈恵会医科大が国からの私学補助金を不正にプールしていた問題に絡み、朝日新聞の記者が録音しないことを条件に取材した大学関係者とのやりとりをひそかに録音し、MDにダビングして第三者に手渡していた。
本書を読めば、このような朝日新聞の「正義?」がよくわかります。朝日新聞の捏造体質を暴露するきっかけとなった貴重な書です。

朝日新聞の欺瞞性
日本で発行されている新聞がどれも公正中立な意見をもち、偏りなく事実を報道していると考える「ナイーブな」日本人にぜひ読んでもらいたい。
この本を読めば朝日新聞がどんな性格の新聞なのかわかるし、たとえ読まないとしても、こうした書籍が出版されてしまう朝日新聞に対して、一点の曇りでも生じればそれでいいのかもしれない。
ベースになっている情報が古いので、その点では不満が残るが、「朝日新聞の考えている正義」がよく見える本だ。安いし薄いのであっという間に読めるはずだ。オススメします。

朝日キラーの
二人が夢の対談。ここに稲垣武氏が加われば最強なんだが(笑)。
そもそもこの二人がサピオ読むきっかけになったのだ。
日本人諸君!特に朝日購読者諸君!必見です。いままで朝日が歪めに歪めてきた事実が解き明かされる。
関係ないけど、俺のアパートに来る朝日新聞の勧誘を追い返す言葉はきまってこれである。「朝鮮日報はいらん」。人民日報ももちろん併用。このローテーションで撃退っす。

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面白くて一気に読めてしまうのに、その読後感はサイアク
“ナベツネ"の存在は昨年の一連のプロ野球騒動でクローズアップされたが、そんなものは“ナベツネ"という人物像の何万分の1にも満たないってことが、この本を読むとわかる。“ナベツネ"なるものがマジで今の政治を、経済を、社会を動かしているのだ。この本がトンデモ本の類であれば上出来のエンターテインメントだし、戦国時代の武将を描いたものならかなり使える処世訓と言える。しかし、この本の舞台が現代の日本であり、内容が超リアルであり、読んでる僕にも密接に関わりのあることだとしたら、これは「暗黒の書」といえるだろう。面白くて一気に読めてしまうのに、その読後感はサイアクである。
ブンヤと言えば昔は社会派、反権力ってイメージであり、実際にこの本の中にも、そうしたブンヤも出てくる。しかし、いまやマスコミこそが権力なのだ。番記者から派閥のドンに取り入り、果ては一国の首相を選ぶまでになる。出世のために子分を作る、同僚を飛ばす、上司を嵌める。私腹や自社の利益のためにキャンペーンを張る、記事を潰す。冒頭にマキャベリの「君主論」が掲げられているが、ナベツネほど忠実に「君主論」を実践した人物は居ないだろう。とは言え、多かれ少なかれ世の権力者は“ナベツネ的"要素を持っているのである。
この本を読むと、ホリエモンがなぜマスコミを手中に収めたがったのか、ナベツネがなぜホリエモン的アプローチを毛嫌いしたのかがわかる気がする。

恐るべしナベツネ!!
権力志向の人間が、マスコミ権力を握るとどうなるのか。
最近の渡邊氏の言動を見ればそれは明らかです。
特にプロ野球に関する発言で確立された、権力者としてのイメージ。
本書はそのイメージを更に確固たるものにしてくれます。
通常この手の人物伝を読むと、外見からは窺い知れない、
隠れた一面というものを教えさせられることが多いのですが、
本書には殆どそれを見出すことが出来ません。
どこまで行ってもナベツネはナベツネなのです。
恐るべしナベツネ!

渡邉恒雄、その権力の大きさは私の予想をはるかに超えていた。
こんなにも「おぞましい」ノンフィクションを読んだのは久々だった。
「恐怖・猜疑・嫉妬・打算・憎悪・陰謀・裏切・攪乱・策謀・確執・反目・罵倒・恫喝・敵味方・絶対服従・謀反・陰謀・告げ口・扇動・更迭・画策・籠絡・・・・・・」
これらのうんざりするような語句が日常茶飯事のように出てくる。しかも、「ひとりの人間」の半生を綴った「一冊のノンフィクション」の中に。それでも最後まで読んだのは、これは「ひとりの人間」もしくは読売グループという「ひとつの組織」だけの問題ではなく、日本という民主国家にかかわる、決して他人事ではないという「義務感」を覚えたからだろう。
この本は、「プロローグ」としてまず、当時、自民党官房長官であった野中広務が渡邉を「先生」と呼び、ひれ伏して謝罪するというシーンから始まる。それまで、渡邉を単なる「一企業のワンマン経営者」としか知らなかった私にはこのシーンだけでも衝撃的だった。そこから、彼は経営者というよりむしろ「読売グループだけにとどまらない日本政治におけるフィクサー」であることが、詳細な事実と共に読者に明らかにされていく。
大野伴睦(元自民党副総裁)・児玉誉士夫、正力松太郎・務台光雄の懐に深く入り込み、その権力をバックに同じく自らも権力の階段を駆け上がっていく。中曽根康弘などは科学技術庁長官の認証式(昭和三十四年)が終わったその夜に渡邉の元に駆けつけ、「おかげさまで大臣になれました」と、深々と頭を下げている。
そして、読売グループのトップの座を得た後は、マキャベリ「君主論」に忠実に、「恩愛」ではなく「処罰の恐ろしさ(=「人事権の苛烈な行使」)」で権力の維持に努めることになる。
最終章で著者は、「かつて誰よりも自由を愛した哲学青年は、国家の論理をふりかざして記者たちの言論の自由を脅かす巨大な権力者に変身した」と書いている。これを僭越ながら換言させてもらうと、「かつてスターリンの独裁性を嫌うが故に共産党のソ連追従路線を批判した青年自らが、『マキャベリズムの多大なる実践者・成功者』に変身した」ということになるだろうか。とにかく、著者の粘り強い取材力と「勇気」に敬意を評したい。

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入門書?日本においては専門書
本文の言葉を引用させて頂くと
~メディアはたしかに思想的な課題ですが、私たちが日常生活のなかで絶えず直面している現実でもあります。今日私たちが自分の観察や経験と思っているものも、実は大半がメディアから得られたものです。それらはしばしば特定のイデオロギーを含んでいます。~
そのような社会的作用を、「理論として」「歴史として」「実践として」学べる内容(大学の講義の約半年分)になっています。
専門的な内容で特に理論は難しく感じましたが、今日の情報社会で従順な受け手で居続けることなどゴメンだ、という方は知識武装するのも悪くないかも知れません。

メディアを研究しようという人に
メディアを研究しようという人におすすめ。
入門書として最適。
メディア研究の流れがよく分かる。
吉見さんの本って、たいていは難しいんだけど
この本はすごく読みやすい。(テキストだしね)
読み物としてもおもしろい。
一話完結だから、興味があるところを読むだけでもいいかも。

読みやすい本です。
平易な言葉による説明で、これまでどのようなメディア論が展開されて来たかがよくわかり、メディア史の流れが把握できました。メディアを実践で学んでいる人に特にお勧めします。
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UPDATE:Sunday, July 17, 2005