「世界平和」という名の戦争



つい先ほどアメリカは核軍縮提案を行い(1991年9月27日)、それを受ける形で対するソ連も核戦力削減案を発表した(同年10月5日)。多くの人びとは、これで「核の脅威」がなくなり冷戦から平和の時代が到来すると単純にそう期待したにちがいない。

しかし、実はこういった提案なり宣言というのは、目くらましのようなものである。確かにブッシュ大統領は核軍縮を表明した。したけれども一方で彼は、「戦略防衛構想(SDI)」を放棄しなかったのだ。つまり「地球上の核兵器は減らしますよ、その代わり今度は宇宙基地と宇宙兵器の開発に乗り出しますよ」ということなのだ。そこで再び軍需産業・三菱のおでましである。三菱は、すでにSDIへの参画を決めているが、その三菱がドイツの軍需産業ダイムラー・ベンツと提携したのも何やらいかがわしい動きである。「零戦」VS.「メッサーシュミット」まさしく因縁の顔合わせといったところか?

ところでここ最近、日本の「軍拡」への動きには非常にめざましいものがある。いわゆる「湾岸戦争」をきっかけにして、軍艦(掃海艇でもよいが、軍艦マーチに乗って出向したのでそう呼ぼう)の海外派遣が既成事実として遂行され、アメリカに110億ドルもの軍資金援助(国民の税金でありながら未承認であり、また使途の行方も未だ明らかにされていない)がなされた。そうして今度は「国連平和維持活動(PKO)協力法案」の制定化である。つまるところこの法案の真の目的は、国連を錦の御旗にしながら軍隊(自衛隊)の海外派兵に道を拓くことである。何より「平和維持軍(PKF)」への自衛隊参加、現地指揮官指令による組織的な武器使用の容認にその本心が見え隠れする。

そもそも「国連(the United Nations)」とは「連合国」と同義語なのだが、現在も日本とドイツは(敵国なので)安保理の常任理事国に加わってはいない。大国の強権とエゴの論理にしたがって活動する国連=連合国を、平等で和平的・中立的な機関と考えるのはまったくの誤りであろう。具体的には「湾岸戦争」を思い起こしていただければわかりやすいが、アメリカのイラク征伐を正当化する後ろ楯になったのが、ほかならない国連の武力行使容認であったことを決して忘れるべきではない。

すでに『“茶番劇”としての戦争』でも指摘したが、いわゆる「湾岸戦争」の実態とはアメリカの侵略戦争以外の何物でもなく、イラクのクウェート侵略を悪、アメリカのイラク侵略を正義、とする見方は正しくない。私見を述べれば、あの戦争は意図的にアメリカが仕組んだものである。その目的とは、イラクを含め中東の油田を確保し同時に支配するためだ。イラクのクウェート侵攻も「窮鼠猫を噛む」がごとく、アメリカの傀儡国家クウェートのイラク挑発が発端であろう。すでに『クウェート・CIA密約文書』なるものの存在も暴露され、イラクへの経済的圧力が示唆された。

また、つい最近日本に来日し「湾岸戦争を告発する東京公聴会」を開いた(同年9月10日)アメリカの元司法長官ラムゼイ・クラーク氏は現在、ジョージ・ブッシュ大統領を戦争犯罪者として被告に立て、1992年2月にオランダのハーグで「国際戦争犯罪法廷」を開廷しようと目下調査活動を行っている。その告発状の内容は、この10月に出版された『被告ジョージ・ブッシュ有罪』(ラムゼイ・クラーク著、日本国際法律家協会訳、柏書房発行)に詳しいが、彼自身戦争の最中にイラクを訪れ、その実態を克明に調査し無検閲のビデオテープなど裏づけとなる証言や証拠を数多く集めている。

彼によれば「今回の戦争は、多数のイラク民衆を故意に殺戮した国際犯罪」であるという。女・子どもなど非戦闘員である15万から30万人もの民間人を意図的に虐殺し、水道・通信・交通・発電などの民間施設や、さらには病院・住宅・学校・食糧貯蔵庫・乳児のためのミルク工場など人びとの生活に欠かせない貴重な施設をもアメリカ軍は無造作に爆撃した(国際法違反)。検閲済みのテレビで誇らしげに自慢していたハイテク兵器によるピンポイント爆撃も実情は7%にしかすぎず、残りの93%のミサイルはすべて無差別じゅうたん爆撃であった。先ほどアメリカの新聞は「数千人のイラク兵を、アメリカ軍は塹壕のなかに生き埋めにして殺した」と報じた。そのほかペルシャ湾における油井火災や原油流出などの環境破壊、クルド人の反乱(内乱誘発)もアメリカの意図的で巧妙な戦略とされている。

“正義”のための戦争、とはレトリックにすぎない。いかなる戦争も必要悪でなく絶対悪なのだという、その当たり前の理屈をもう一度再確認しておきたい。そして今、あるいは今後危惧すべきは、国連軍=連合軍という形での(つまり「世界平和のため」という大義名分による)「戦争参加」への可能性である。早い話、PKFはその引き金となるだろう。日本が再び戦争に巻き込まれるかどうかは、したがってPKO協力法案が制定化されるか否かによって禍根を残さないとも限らない。戦争は何も突然始まるわけではないのだから。


【1991/10 江原・記】



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