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高見 順『敗戦日記』から


 三月十三日 曇り。寒し。
 母、三国へ行く。切符は十日朝に買ったので(今は軍公務以外の者は買えない)今日限りしか使えない。罹災民でごった返している汽車に、六十九歳の老母をのせるのは心配だった。母は平気だというが、もし混雑がひどかったら止めてもらうことにしてとにかく東京駅まで行って見ようと、妻と二人でつき添って北鎌倉駅へ行く。汽車の時間を聞くと、大阪行普通列車が四時二十一分に大船を出る。大船でその汽車の様子を見てみようと、十五分ほど待つと、やっと来た。案外空いている。座席はなかったが、茅ヶ崎あたりで通勤者がおりるかもしれない。それに乗って母は行くことになった。
 大船駅でお茶を売っていた。今となると、珍しい感じだった。妻はまだ東京の爆撃跡を全然見たことがないので、東京行の切符を買ったのを利用して行ってみようではないかとすすめた。
 東京駅で乗換え。上野行を買う。今日はもう、昨日のような悲惨な罹災民の姿は見えなかった。
 上野で降りて、汽車の乗車口の方へ行って驚いた。あの広い駅前が罹災民でびっしりと埋められている。昨日よりその数がふえている。東京駅では、何か波が去った気がしていたのだが、ここへ来て横ッ面をひっぱかれた感じだった。
 母を乗せた大阪行はそう混んではいなかったのだが、避難民は目下のところ安全と見られている東北を選んで殺到して、東海道線に乗るものは少いせいか。駅や、焼け残った壁に激励のビラが貼ってあった。夕闇が人々の頭上におりてきた。
 大声が聞えてくる。役人の声だ。怒声に近かった。民衆は黙々と、おとなしく忠実に動いていた。焼けた茶碗、ぼろ切れなどを入れたこれまた焼けた洗面器をかかえて。焼けた蒲団を背負い、左右に小さな子供の手を取って……。既に薄暗くなったなかに、命ぜられるままに、動いていた。力なくうごめいている、そんな風にも見えた。
 私の眼にいつか涙がわいていた。いとしさ、愛情で胸がいっぱいだった。私はこうした人々とともに生き、ともに死にたいと思った。否、私も、──私は今は罹災民ではないが、こうした人々のうちのひとりなのだ。怒声を発し得る権力を与えられていない。何の頼るべき権力も、そうして財力も持たない。黙々と我慢している。そして心から日本を愛し信じている庶民の、私もひとりだった。
 車中で新聞を見る。煙草が日に三本になると書いてある。七本から三本になるのだ。
        *
 安南帝国、独立を宣言。


(高見 順『敗戦日記』中公文庫刊)



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