リヴァー・フェニックス逝く



リヴァー・フェニックスが死んだ、死んでしまった……

この突然の訃報にショックを隠しきれず何ともいたたまれない気持ちだが、しかしもうこの世に彼はいない。去る10月31日(1993年)深夜のことである。カリフォルニア州ウエスト・ハリウッドのクラブ「ザ・ヴァイパー・ルーム」でロックのライブステージに出演し友人らと飲み明かしていたとき、突然喘ぎ出したかと思うと、七転八倒のたうちまわってよろけながら店を出たところで卒倒、意識不明のまま病院に運ばれたが、回復の見込みもなく50分後に死亡が確認された。23歳という若さだった。その後検視の結果、遺体から致死量のコカインとヘロインが、またマリファナ・エフェドリン・精神安定剤ベイリウム(ヴァリウム)も検出されるなど、彼の死因は「麻薬の過剰摂取による事故死」と診断された。

それにしても早すぎた。リヴァー・フェニックスが死んでしまった今となっては口惜しいかぎりだが、今回は追悼の意をもって彼の死について書くことにする。私はリヴァー・フェニックスを尊敬している。麻薬中毒だと報道された今でもその気持ちに変わりはない。つまりひとりの人間として彼を尊敬している。それにしても、いったい彼はどうして死んでしまったのだろうか…

今、私は、リヴァー・フェニックスの死についてこう考えている、いや確信を持っている。これは「麻薬中毒死」に見せかけた毒薬物混入の暗殺だったのではないのか、と。あえて私なりのうがった見解をここで提起しようと思う。彼が生粋のベジタリアンなのはよく知られているが、来日した折も自然食レストランに足をのばすなど、動物性のものはダシ汁からすべて一切口にしない、といったほど徹底していた。そんな彼が麻薬に手を出す? だが百歩ゆずって麻薬に手をつけていたにせよ、共演者のサマンサ・マシス、弟リーフ、妹レインといっしょに飲んでいる席上で、急になぜあのような理不尽な死に方をしたのだろうか? 本当に彼はドラッグを吸引・服用していたのだろうか? 本当に致死量の薬物をほしがるほど中毒症状だったのだろうか? しかも彼の遺作となった『ダーク・ブラッド』がまだ撮影期間中であったにもかかわらず、である。いったい彼のドラッグ常用を、そのとき現場にいた人たち、また友人や家族の人たちは目撃したことがあるのだろうか? さらにはJFKの検視が捏造であったことからして、今度のロス保安当局による検視は本当に信用のおけるものだったのだろうか?(※注1)

かつてジョン・レノンが殺されたという訃報に接したとき、世界で誰よりもいち早く暗殺だと見抜いた人間と自負する私はそう推理している。ジョン・レノンがなぜ暗殺されたかの克明な調査についてはフェントン・ブレスラー著『誰がジョン・レノンを殺したか?』(学習研究社M文庫刊)に詳しいが(※注2)、ジョン・レノンはきわめて高度で政治的な表現活動(必ずしも音楽活動とはかぎらない)を再開しようと大変意気込んでいたにもかかわらず、その矢先、機先を制するかのごとく殺されてしまった。彼の人びとへの影響力を推し量れば、暗殺は必定であったと言えなくもない。やはりマルコムXが(決してネイション・オブ・イスラムの仕業ではなく)当局によって暗殺されたのも同様の仕打ちである。根本的に世界を変革しようと影響力を行使すべく立ち上がった人物はみなことごとく消されていった。

では、リヴァー・フェニックスのケースはどうだったのであろう。リヴァー・フェニックスもまた俳優業ばかりでなく政治的なアクションにかなり執心していた。反戦平和集会、アムネスティ・インターナショナルの人権活動、ソロモン諸島の熱帯雨林保護キャンペーンといった自然環境保護など。彼自身、パナマとコスタリカの国境沿いに800エーカー(100万坪)の森を購入し、それを国家の永久自然公園にしようとしていた。またPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)への支援活動を通じて、「動物実験」にも強く反対をしていた。「動物実験」から連想されるのは、いみじくも「生物兵器創造」である。今後、めざましいバイオテクノロジーの分野において「動物実験」は欠かすことのできないものとなる。おそらく「動物実験」を活性化したい勢力にとって、リヴァー・フェニックスの存在はきわめてジャマなもの、と映って見えていたはずである。そのリヴァー・フェニックスは歳若くして社会的な問題意識を持ち、かつ政治的にもめざめていた。今となっては何を言っても遅いが、そのことが彼の人生にとって命取りとなってしまった気がする。死ぬ少し前、彼はインタヴューでこんなことを答えている。


──君にとって、アメリカとは何?

「アメリカだけじゃなく、世界は政府の多国籍間協力でつながった、三大勢力に支配されているんだ。それが国境を引いたり、人を戦争に駆り出したりするのさ」

──自分が大事にしていることって何?

「世界全体に影響を与えたり、関係してくる出来事や状況かな…。自分のキャリアより、世界の出来事の方が、大事な問題だよ。そういう話をつきつめて考えると、健康な惑星に住めなきゃ、俳優業なんて何の意味もないよ。今、地球はとてもデリケートな状態にあるんだ。本来一番優先されるべきことに、人間はあまり興味を持とうとしていないし、システムも、期待ほどうまく働いてないからね。この通り、状況は悲惨だけど、僕は決して希望を捨ててしまってるわけじゃないさ。ただ言いたいのは、僕らひとりひとりが、この惑星での生活を、少しでもマシになるよう気にし続けることが大事だと思うんだ。それには、僕だけじゃなくて、ひとりずつの責任が問題になってくるね。今、我々みんなが将来の悲惨な状況の可能性を真剣に話し合えば、もしかしたら、今からでも回避できるかもしれないんだしね」

(『Movie Star』)


このような思慮深い潔癖な人間が、思想信条を自ら裏切って、似ても似つかぬ麻薬中毒に陥るとは到底考えられない。そもそも彼は「煙草も酒も好きじゃないし、薬なんてアスピリンにさえ触ったことないよ」とはっきり断言していたし、麻薬におぼれるほどに「希望を失って」もいなかった。まして不審な点だらけであっては、「麻薬の過剰摂取による事故死」などとすんなり受け入れるわけにはいかない。むしろ彼の精神(スピリット)と相容れない、彼の言動やライフスタイルと矛盾した不自然な死に、ダーティーなレッテルをはって彼を葬ってしまおうという巧妙な暗殺の手口さえ気配を匂わせる。見知らぬ客とも意気投合しては飲み物を振る舞ったそうであるから、お返しに客を装った暗殺者が毒薬物混入のドリンクをリヴァー・フェニックスに振る舞った、もしくは気づかれないようにさりげなく混入したとも十二分に考えられる。

それにである。彼には殺されてもおかしくない合理的な理由というものが必要充分にある。きっといつか必ずや誰かが、リヴァー・フェニックスの死因に不審を抱き、真相を究明してくれるであろう。そうでなければ、彼の死が無念にすぎる。今あらためて、遺志となってしまったリヴァー・フェニックスのメッセージを、彼に代わって書き留めることにしたい。


" I' m in love with the human race and this planet we live on. I see life as very fresh and beautiful. Go on and No fast food."


リヴァー・フェニックスとはもうスクリーンの中でしか会うことはできない、けれど君は、「不死鳥フェニックス」として私の心の中にずっと生き続けよう──


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【1993/12 江原・記】




(※注1)リヴァー・フェニックスの伝記本『リヴァー・フェニックス 翼の折れた天使』(ジョン・グラット著、キネマ旬報社刊)が1996年に上梓された。しかしこの伝記本は、とんだ噴飯物であった。もしリヴァー本人がこの本を読んでいたら、「なんて下らない、いい加減な本だ」と憤慨したことだろうと私には想像できる。しかしこの本を読んだ多くの読者には、間違いなくリヴァーに対する「誤った認識」をされてしまうであろう。それがとてもくやしく残念でならない。たとえば、序章にこんなことが書かれている、


「神の子供たち」の教えに従い、リヴァーが4歳にして教団メンバーからセックスを教えられたことは間違いない。セックスによって、子供は、時代遅れと考えられる道徳観から解放され、同時に人生をより愛するようになる、と教団の指導者は説いていた。だが、リヴァーはこのために、生涯、性的混乱に苦しむのである。


とんでもない。リヴァーは否定しているのだ。あるインタビューで、「4歳で童貞をなくしたと『ディテイル誌』に告白して、新聞各紙のヘッドライン(トップ記事)になったこと」について彼はこう言い返した(『Movie Star』)、


インタビュアーにいい加減に言っただけさ。自分の私生活について訊かれた時にはそうしたくなるんだ。


リヴァーは私生活について訊かれると、よく嘘をついていたようだ。彼いわく、「インタビューで話したことは、すべて全然違う発言に変えられて活字になるんだ」「僕の家族のことを書いた記事で、ウンこの通りだった、そう思うやつを読んだことはないよ。どれもこれもセンセーショナルに書き過ぎてあるんだから」と(『Movie Star』)。
また、この伝記本の中で、リヴァーが麻薬常習者であったかのようなデタラメを書き連ねているが、リヴァー本人は公然と否認している。その発言のいくつかは同書でも紹介されている。「麻薬には手を出さないよ。話題にするのさえ嫌だな」(『ヴォーグ誌』1990年5月号)はともかく、次の発言はどうか。


別の記者には、ハリウッドの麻薬問題に対する意見を求められ、こう述べた。
「僕はいつもハリウッドのいかがわしい部分から遠ざかってきた。麻薬なんてやらないよ。そんなことしなくても十分ハイになれる生活だもの。僕は至ってまともな人間で肉も食べない。飼い犬だってヴェジタリアンなんだ」


ところが、この一文のすぐ後に、「インタビューでは真実を語っているのか」という質問に対するリヴァーの返事を挿入している。


「いい加減な奴らが多いからね。そういう奴らに真実を話す気にはなれないよ。何を言っても、全部でたらめに書くんだから。だから、かえって、嘘を言ったほうが、事実を書いてもらえるよ」


こう書かれると、「麻薬なんてやらないよ」という彼の発言は「嘘を言った」までだというふうに誤って読解されてしまう。それは違うだろう。この伝記本はほとんど確信犯的に事実をねじ曲げてセンセーショナルに書かれている、と私は思っているが、しかし一箇所だけ彼の死因に触れた核心部分があり、それを紹介する。死の直前、「ザ・ヴァイパー・ルーム」での出来事である。


すると麻薬ディーラーがリヴァーに近付き、自分たちの麻薬を試してみないかと誘った。リヴァーは、彼らとトイレに消えた。零時45分、あるミュージシャン仲間がリヴァーに『やってみろよ。すごくハイになれるぜ』と言って高純度のペルシャ・ブラウン・ヘロインを手渡した。
それを嗅いだリヴァーはたちまち洗面台の前で体を震わせてよろめきだし、
『何だこれは、一体何が入っているんだ!』と、その友人に叫んだ。


そのとき彼と一緒だった3人、共演者のサマンサ・マシス、弟リーフ、妹レインはリヴァーの麻薬使用について「何も知らない」と供述している。だが、サマンサはあとで「クラブでの様子がおかしかったから、誰かがリヴァーにヴァリウムを飲ませたのだ」と述懐。以上の観察から私は、リヴァーが毒薬物投与で暗殺された可能性が十分あることをいっそう確信した。

終わりに、1993年11月24日付のロサンゼルス・タイムズ紙に掲載されたリヴァーの母親ハート・フェニックスのメッセージ(一部抜粋)をここに紹介しておきたい。

検死報告は、彼の死因は麻薬によるものだったと述べています。彼の友人たち、仕事仲間、そして残された私たち家族は、リヴァーが麻薬常用者でなかったことを知っています。


(※注2)ジョン・レノン暗殺の背景を探る文献としてほかに、ジョン ウィーナー著『ジョン・レノンの真実 FBI監視記録DE-4〜HQ-33』(角川書店刊)、フィル・ストロングマン&アラン・パーカー著『ジョン・レノン暗殺 アメリカの狂気に殺された男』(K&B パブリッシャーズ刊)などがある。



【関連サイト】

RIVER PHOENIX FOREVER(日本語サイト)

The River Phoenix Pages

"Who Killed River Phoenix?"

The River Phoenix Encyclopedia

WE ARE THE WORLD by River Phoenix

THE FBI VS. JOHN LENNON



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