| BACK | HOME | NEXT |


通常業務を逸脱──チェイニーとCIAの関係

レイ・マクガヴァン




通常業務を逸脱──チェイニーとCIAの関係

レイ・マクガヴァン
米オルタネット

2003年6月30日


ディック・チェイニー副大統領がイラク戦争前に何度もCIAへ足を運んだのは、異例どころか、はっきりいって前代未聞だ。私がCIAに勤務した27年間、実務で向こうから訪れてきた副大統領は一人もいない。

80年代には、父ブッシュ副大統領をはじめ政府高官に一日おきの朝のブリーフィングをしたが、かならずこちらから出向くもので、副大統領もCIA本部を訪れることなど思い浮かばなかったろう。ブリーフィングで政権担当者の関心を知り、情報収集や分析の微調整ができたから、政府高官がCIAに出向く必要はなかった。副大統領がCIAの分析に手を貸すなんて想像もつかない。諜報職員は、政権担当者の在席という圧力なしに仕事することを望むものだ。

チェイニーは諜報業務そのものにも口を出した。2001年に、イラクがニジェールからウランを入手しようとしているとの報告があると、副大統領の事務所はただちにその確認を求めたので、2002年2月には大使経験者を送り込んだが、疑惑を裏づける材料は見つからず、かえって情報の信憑性に多くの疑問が生じた。ところが、ブッシュ政権は夏には対イラク開戦を決定し、8月26日のスピーチでチェイニーは、サダム・フセインが核兵器取得の努力を再開したと述べた。

当時、CIAとペンタゴン(国防総省)は、この問題をめぐって激論を戦わせていたが、CIAの核専門家も、米政府系研究所やIAEA(国際原子力機関)の科学者も、イラクが核兵器計画を再開したとの証拠はつかんでいなかった。しかし副大統領のスピーチは影響力が大きく、CIAの「国家情報判断」と呼ばれる重要な年次報告書にイラクの核兵器計画再開が書き込まれた。

イラクが取得しようとしたアルミ管についても疑惑が投げられたものの、結局、通常兵器の部品と判明した。あとは、フセインが核科学者と頻繁に会合を開いたり、イラクが国連査察団への情報を小出しにしたりといった状況証拠的な材料しかなかった。イラクの核開発を監督する立場にあり、1995年に亡命したフセインの娘婿が、取り調べに対して、図面以外は91年にすべて破壊したと証言したにもかかわらず、その事実はほとんど無視された。(証言記録は今週、アメリカ側に提供された。イラクの科学者によれば、図面があるほうが有利だが、核計画再開の命令は出されなかったし、もし命令が出ていても、核兵器製造には何年もかかったはずだという。)

とにかく、昨年9月の時点で、イラクが核兵器に手を伸ばしつつあるというチェイニーの主張を裏づける材料はほとんどなかった。議会の開戦支持決議にはもっと大きな脅威が必要だったので、お蔵入りしていたニジェールからのウラン密輸という虚報を持ち出したのだ。

ホワイトハウスは、これが捏造にもとづく“機密情報”とバレる前に、議会の承認を得て開戦し、勝利できると踏んだ。ここへきて、チェイニーが捏造を知らされていなかったという話が政府関係者から流れはじめたが、最近まで国家安全保障会議(NSC)にいた高官はそれを否定する。副大統領からNSCへの質問にはきちんと回答する手続きが定められていて、チェイニーの事務所が最初にイラク=ニジェール報告の確認を求めた以上、その結果を聞かされなかった可能性などありえないというのである。

ブッシュ大統領自身、議会の開戦支持決議を得るための情報がでっち上げられたものだと知っていたかどうかはわからない。しかし、そのどちらがよかったのか、優劣をつけるのも難しい。


[レイ・マクガヴァンは、1964年から90年までCIA分析官として勤務し、81年から85年のあいだは「大統領日例指示」向けに副大統領その他政府高官へのブリーフィングを担当。現在はワシントンで、サーバント・リーダーシップ・スクールというスラム地区向けのボランティア団体共同理事を務める。]


(抄訳=星川 淳/TUPメンバー 「TUP Bulletin」HPより)


原文:Not Business as Usual- Cheney and the CIA
http://www.alternet.org/story/16283/



btn_back.gif  btn_home.gif  btn_next.gif

| BACK | HOME | NEXT |