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アメリカとイスラエルのための狂騒組曲
「新世界秩序」

[第7楽章:1997年]




アイゼンハワー元大統領『有事には核攻撃』 1950年代に指針、米文書で判明
【ワシントン5日時事】東西冷戦が激化していた1950年代末、当時のアイゼンハワー米大統領が核戦略をめぐる国家安全保障会議(NSC)の討議で、東アジアで中国軍の台湾攻撃があった場合と第2次朝鮮戦争が起きた揚合には、限定的な核攻撃を実施するとの戦略指針を示していたことが、国務省がこのほど解禁した58−60年のNSC議事録で明らかになった。またこの議事録から、58年の時点で既に沖縄に米軍の核兵器が配備されていたことも判明した。
50年代末はソ連の核戦力増強を受け、米国が大量報復戦略から限定核戦争の概念を採用する方向に移行し始めた時で、NSCでは地域的な核使用について激しい議論が展開されたが、アイゼンハワー大統領は59年7月2日の会議で、「中国の共産主義者が台湾攻撃を決断するなら、われわれは核兵器で台湾を支援する」と言明した。
同大統領は同9日の会議でも、「中国の共産主義者が(金門、馬祖など)沿岸の小さな島々を攻撃しても核攻撃は必要ないが、台湾への総攻撃は全面戦争につながる。6億の人口を持つ巨大な中国に核兵器を使わずに攻撃を加えるのは意味がない」と述べた。前年の58年には、金門島をめぐる台湾海峡危機が発生している。
また、朝鮮半島情勢について同大統領は同2日の会議で、「朝鮮でわれわれが攻撃を受けたら、米国は核兵器を使用する」と表明。60年10月6日の会議でも、「敵側が朝鮮戦争の休戦を拒否した場合の核兵器使用方針が53年にNSCで決定された」ことを想起した上で、第2次朝鮮戦争がぼっ発すれば、敵側の空軍基地に対する限定核攻撃が必要になるとの認識を示した。(中日新聞 1997/01/07)

梅毒実験被害者に米大統領が謝罪 1930年代から40年間、黒人対象に実施
【ワシントン16日立尾良二】米政府が1930年代から40年間も貧しい黒人を対象に実施した梅毒の生体実験について、クリントン米大統領は16日、同実験の被害者をホワイトハウスに招き、初めて公式に謝罪した。生存者8人のうち5人が同席したセレモニーで、大統領は実験が「明らかに人種差別によるものだった」「米国は恥ずべきことをした。本当に申し訳ない」と頭を下げた。
生体実験は32年から72年まで、米公衆保険局がアラバマ州タスケギーの黒人399人に実施した。被害者は小作人や日雇い労働者が大半で、抗生物質による治療が可能だったにもかかわらず、梅毒の進行状況を研究するため治療せずに放置した。米政府は74年に生存者と被害者の家族に総額1000万ドルを慰謝料として支払ったが、公式謝罪はなかった。
クリントン大統領は「米国民は、犠牲者と何年も苦しんでいる被害者におわびする。みなさんは何も悪いことをしていないのに、虐待された」と述べた。同大統領は、事件を風化させないために、地元に生物倫理学と健康保険のセンター建設を支援すると約束した。
被害者の1人(94)は「信頼を回復するのに遅すぎることはない」と語った。(中日新聞 1997/05/17)

ロンドンで細菌戦実験 英国防省が極秘に 英紙報道
【ロンドン2日共同】2日付の英日曜紙サンデー・テレグラフは、英国防省が1963年から77年にかけて、ロンドンをはじめ同国南部で微生物をばらまくなど、極秘で細菌戦の実験を行った、と報じた。航空機や船舶からの大量散布も実施された、と伝えている。
同紙は、当時の国防省所属の科学者が記した政府の秘密資料を入手。それによると、微生物はウオータールー橋などロンドン中心部や南部海岸線で散布された。人体に影響を与えずに細菌の広まり方を調べるため、大腸菌O162やセラチア属の腸内細菌など3種類の「模擬細菌(兵器)」が使用された。
この実験について、国防省は「満足できる結果を得られた」と評価した、という。
ポーティロ国防相は昨年夏、これらの細菌戦実験に関する労働党議員の問い合わせに対し、手紙で実験が実施されたことを認め、「使われた菌は人体には危険を及ぼさない」と強調した、という。
しかし、同紙は微生物学者らの話として、「一部の菌は急性肺炎などを引き起こす可能性がある」と報じている。(中日新聞 1997/02/03)

米軍が劣化ウラン弾誤射 鳥島射爆撃場に1520発
【東京】外務省は10日、米海兵隊岩国基地所属の垂直離着陸機AV8Bハリアー部隊が一昨年12月と昨年12月、沖縄本島西方の米空軍鳥島射爆撃場で行った実弾発射訓練中、放射性物質である劣化ウランを使った特殊銃弾計1520発を誤って発射する事故があったことを発表した。日本政府への連絡は今年1月16日になって初めてあったという。米側は人や環境への危険はないと説明しているが、外務省は米側に遺憾の意を表明。県へは10日に連絡されたが、県への通報の遅れについて外務省の林貞行事務次官は記者会見で「十分でなかった」と非を認めた。米国の訓練管理システムの不手際と、外務省の公表遅れは強い批判を呼びそうだ。
外務省によると、95年12月と96年1月に計3回、ハリアー機部隊が劣化ウランを含む徹甲焼夷弾(25ミリ)をその表示が不適切だったために誤って搭載、使用した。劣化ウラン弾は米国本土の特定の射爆撃場でのみ使用することが米軍の内部規則で定められ、特に日本国内では使用を禁じていたという。
米軍は昨年3月と4月に事故調査と銃弾の回収を行ったが、無人島である鳥島の土壌での放射線含有量は米国原子力規制委員会の改善要求レベル値の10分の1より少なかったという。
銃弾は192発しか回収されていない。米側は劣化ウランを摂取しない限り健康への危険はなく、残りのウラン弾も環境や海洋生物へ影響を与えないと説明しているが、今後も定期的に調査するとしている。
米軍は日本政府への連絡が遅れたのは、通知義務のない訓練中の事故であり、環境上も影響がないためと説明しているという。
外務省は先月、折田正樹北米局長からデミング在日米臨時代理大使らに対し、事故や通報の遅れに対し遺憾の意を表明。日本側としても事故を分析するために米側調査の詳細などの情報提供を求めた。
外務省では米側のデータを基に科学技術庁などとの間で詰めた上で、環境調査や回収の必要性を検討するとしている。
林次官は事故や米側からの通報の遅れに遺憾の意を示したうえで、発表が米側の連絡から3週間余も遅れたことに関し「米側が環境への恐れがないと言っており、日本が立ち入りを認められている地域でもないので、もう少し詳細なデータや事実関係を把握した上で公表したいと判断したため」と釈明した。

<劣化ウラン弾> 劣化ウラン弾は通常兵器と分類されており、米国内の承認された射爆撃場で使用されている。劣化ウランは鉛に似た毒性を有する重金属で、衝撃に際してより大きな力を発揮し、装甲など硬化された標的を貫通できることからいくつかの種類の弾薬に使用されている。今回の25ミリ劣化ウラン弾には放射性物質である劣化ウランが約147.4グラム含まれている。(琉球新報 1997/02/11)

琉大教授が放射能汚染の可能性指摘 劣化ウラン弾事件
米軍による鳥島での劣化ウラン弾事件で、琉球大学の矢ヶ崎克馬・理学部教授は、「鳥島周辺への放射能汚染はない」などとする報告書をまとめた米国・アームストロング研究所の調査結果について、「結論されていることは信頼できない」として環境や人体への放射能汚染を強く懸念している。矢ヶ崎教授は、発射訓練が行われた1995年12月、96年1月の鳥島周辺の風向きなどを考慮した上で、「エアゾール(微粉末)化した劣化ウランの放射能により、久米島をはじめ、慶良間諸島や沖縄本島も汚染している可能性が高く、長期的に見れば原爆に劣らない環境汚染となる」という。
劣化ウラン弾に含まれる金属ウラニウムはエアゾール化した状態が最も危険。室温でも容易に活性化し、酸素、水、窒素と結び付く。呼吸などで体内に取り込んだ場合、増血細胞を破壊しガンを誘発するなど「被爆効果のある」放射能物質だ。
現在、矢ヶ崎教授が最も懸念するのは、エアゾール化し、陸に降ったウラン。呼吸や飲水により体内に取り込まれる確率が非常に高い。一方、水に極めて溶けやすい性質であることから、「海に落ちたウランは海流に乗りすでに流されており、海水や生物に被害を及ぼすことはないものと考えてよい」という。
米国ブルックス空軍基地のアームストロング研究所が96年3月および4月にまとめた調査報告書は、安全性を印象付ける一方で、エアゾール化したウランの危険性についてはまったく触れていない。
また、矢ヶ崎教授は「徹甲焼夷弾の爆破威力は通常兵器と見間違える程度のものではないのではない」として、3回にわたり劣化ウラン弾が撃ち込まれたことを疑問視している。(琉球新報 1997/02/21)

『UFO墜落』50年ぶり否定 米空軍の気球だった
【ワシントン24日朽木直文】米空軍は24日、ニューメキシコ州ロズウェル近郊で1947年夏に起きたとされる「未確認飛行物体(UFO)墜落事件」について「墜落したのは旧ソ連との核戦争に備えた実験用の気球だった」と断定する最終報告書を発表、UFO墜落説を50年ぶりに正式に否定した。
同事件は、これまで地元の目撃者などの証言から「UFOが墜落し、死んだ宇宙人とともに米軍によって回収された」と信じられ、軍当局の否定にもかかわらず「軍が事実を隠している」と言われ続けてきた。
この日の発表は国防総省で行われ、報告書は231ページもの厚さ。
報告書によると、当時、ニューメキシコの砂漠で、空軍は、旧ソ連の核爆発やミサイル発射探知のため、音響探知機器などの各種機材とともにプラスチック製の実験人形を乗せた気球を約2500個打ち上げて回収しており、こうした実験が誤って“目撃”されたとしている。記者会見では、当時の気球打ち上げの模様も映像で紹介され、これまで軍当局が詳細な説明をしてこなかったのは、軍事実験のため、機密扱いになっていたからと説明した。(中日新聞 1997/06/25)

100大軍需企業 日本勢も9社 1位は米ロッキード 96年番付米誌発表
【ワシントン23日時事】23日発表の米軍事専門週刊誌ディフェンス・ニューズ最新号は独自の調査を基に、昨年の世界の軍需関連企業上位100社の番付を公表した。トップは総合軍需企業に発展した米ロッキード・マーチン社で、昨年の軍事関連収入は143億ドル。100大軍需企業の中に、日本企業も9社がランクされている。
番付によれば、2位は米マクドネル・ダグラス社(101億ドル)、3位は英ブリティッシュ・エアロスペース社(90億ドル)、4位は米ノースロップ・グラマン社(67億ドル)で、10位内を6社の米企業が占めた。
日本勢では、トップの三菱重工業が16位で、昨年の軍事関連収入は28億ドル、総収入に占める軍事部門の内訳は10.5%。以下、三菱電機(30位)、川崎重工業(43位)、石川島播磨重工業(49位)、NEC(66位)、東芝(69位)、日立造船(82位)、小松製作所(92位)、三井造船(97位)。
100大企業の国別内訳では、米国の44社がトップで、フランス(12社)、日本(9社)、英国(9社)、ドイツ(6社)の順。同紙は日本企業については、「自衛隊からの防衛契約が中心」としている。(中日新聞 1997/07/24)

湾岸サリン被害者 5倍の9万9000人 米国防総省が修正
【ワシントン24日立尾良二】米国防総省は24日、1991年の湾岸戦争に従軍した米兵のうち、神経ガス・サリンにさらされた可能性のある被害者数を、当初発表の2万人から「約5倍の9万9000人」と修正した。同省は昨年11月、視力や記憶力の低下を訴える帰還兵の「湾岸戦争症候群」と化学兵器との因果関係を初めて認めたが、その後の調査でサリンガスが広範囲に拡散していたことが分かったという。
国防総省によると、湾岸戦争後の91年3月10日、米軍がイラク南部のカミシヤ武器弾薬庫を爆破した際、2トンのサリンなど神経ガスが漏れ出た。当初は、現場から半径50キロ圏内に展開していた米兵約2万800人に被害の可能性があるとしたが、今回サリンガスの拡散範囲を現場から南側と西側に各約500キロと訂正。ガス発生から4日以内に同地域に展開していた部隊9万9000人に被害の可能性を認めた。
湾岸戦争に従軍した米兵約70万人のうち、約6万人が視力や記憶力の低下などを訴えていた。(中日新聞 1997/07/25)

50−60年代の核実験 “死の灰”全米に拡散 国立がん研究所報告
【ワシントン25日時事】米ネバダ砂漠で1950年代から60年代初めにかけて行われた核実験の際、放射性同位体ヨウ素131が風に流され、全米各州に降雨などとともに降り注いでいたことが国立がん研究所の報告でこのほど明らかになった。
同報告では住民への健康被害の程度は明らかではないが、汚染された牧草を食べた牛のミルクを飲んだ当時の子供たちへの影響が懸念されるという。
同研究所がまとめた報告は、9月下旬にも正式に公表される。25日付の米紙USAトゥデーによると、核実験に伴う放射性物質の拡散はネバダ砂漠に近いネバダ、ユタ、アリゾナ3州にとどまらず、中西部穀倉地帯やロッキー山脈山岳地帯、遠くは東部のニューヨーク州にまで届いていた。
ネバダ州などの周辺住民は以前から核実験とがん発生について因果関係があるのではないかと主張しているが、同報告ではこの点について結論付けていない。しかし放射性物質が全米に広く拡散したことが明らかになったことで、核実験の人体への影響があらためて問題となりそうだ。(中日新聞 1997/07/26)

多数の子供に発がんの恐れ 50−60年代の米核実験被ばく
【ワシントン30日共同】米国が1950年代から60年代初めにかけてネバダ核実験場(ネバダ州)で実施した大気圏核実験の影響で放射性物質が大気に放出され、汚染した牛乳を飲んだ多数の子供が、発がんの危険があるとされる1グレイ(100ラド)を超える被ばくをしていた可能性が強いことが30日、米国立がん研究所がまとめた調査報告書案の概略で明らかになった。
過去の放射能実測、気象データを基に当時の米本土人口約1億6000万人を対象に甲状腺(せん)の推定被ばく線量を解析した結果、平均値は0.02グレイに達していた。自然放射線による甲状腺の被ばく量に比べて異常に高く、米国内に核実験による隠れた被ばく者が多数存在することを示唆する初の公的調査結果として注目される。
同研究所は年内の報告書公表に向け最後の作業を急いでいるが、共同通信が入手した報告書案概要や関係者によると、ネバダ核実験場で120回以上実施された大気圏核実験で放射性同位体ヨウ素131が風に流され拡散した。
これによる甲状腺の吸収放射線量の推定値は調査対象となった48州、3071郡で平均0.02グレイ。核実験場に近い地域や一部東部地域では0.05から0.16グレイだった。
特に汚染牛乳を多く飲んだとみられる3カ月から5歳の子供の被ばく線量はこの10倍に達するとの解析結果が出され、相当数の子供が最大1.6グレイも被ばくした可能性があると推測した。
日本の専門家によると、被ばく線量が1グレイを超せば、甲状腺のがんや機能低下症が起きても不思議はないという。
同研究所は州ごとの推定被ばく線量などは明らかにしていないが、関係者は、被ばくが多い州は実験場に近いユタ州などのほか、ニューヨーク、ノースカロライナ、マサチューセッツなど東部の州も含まれるとしている。
調査は米議会の議決により1983年に米厚生省が中心になって開始。国立がん研究所は51年から62年まで実施した大気圏核実験の際の全米95カ所の放射能観測データを基に、記録に残る実験時の風力や風向き、降水量データをコンピュータで解析し、住民の吸収被ばく線量を推定した。

甲状腺(せん)の被ばく
放射性物質のヨウ素131は、体内に取り込まれると甲状腺に蓄積され、被ばく線量が1グレイを超すとがんや機能低下症になりやすく、特に子供への影響が大きいとされる。チェルノブイリ原発事故では、被ばくから5−10年で、子供を中心に500人を超す甲状腺がんが発生した。グレイは物質が放射線から受け取るエネルギーを表す吸収線量の単位で、1グレイは100ラドに当たる。(中日新聞 1997/07/31)

7万5000人に発がんも 米核実験被ばく
【ワシントン1日共同】米国立がん研究所は1日、米国が1950年代から60年代にかけてネバダ核実験場(ネバダ州)で行った大気圏核実験の被ばく調査の中間報告書を公表。当時15歳以下の子供を中心に推定1万−7万5000人が、放射性物質や汚染牛乳の影響で甲状腺(せん)がんになった可能性があることを明らかにした。
同研究所はまた、放出された放射性同位体ヨウ素131の市民1人あたりの推定吸収線量を郡単位で分析した地図を発表。ネバダ州に近いアイダホ、モンタナ各州の一部地域で最大0.16グレイ(16ラド)と推定するなど、風による拡散や汚染牛乳による被ばくが、中西部を中心に米本土の広範囲な地域に及んでいることを示唆した。
同研究所は、ヨウ素131の吸収と発がんリスクの関係など「まだ不確定な要素が大きい」として、チェルノブイリ原発事故を経験したウクライナ、ベラルーシの研究者との共同研究など調査を続けるが、今年10月の最終報告書発表を前に、政府の責任追及や損害賠償を求める動きが広がることも予想される。
報告書は、生後3カ月から5歳以下の子供が牛乳を多量の飲む上、ヨウ素131が蓄積される甲状腺も小さいため、最も被ばくの危険が大きいと指摘。これらの子供たちは平均値の3−7倍も吸収する可能性があるとしている。この結果、子供は最高で、一般に発がんの可能性があるとされる1グレイ以上の線量を吸収したことになる。
報告書はまた、放射性物質の拡散に関連して発がんした可能性があるとされる最大7万5000人は、大部分が当時15歳以下の子供としその4分の3は5歳以下と推定。甲状腺の被ばく線量を地域別に示した地図によると、当時の米国の平均値である0.02グレイを上回るのは、モンタナ、アイダホ各州となっている。(中日新聞 1997/08/02)

イラン・イラク「2重封じ込め」を見直せ
スビグニュー・ブレジンスキー カーター政権・国家安全保障担当大統領補佐官
ブレント・スコークロフト ブッシュ政権・国家安全保障担当大統領補佐官
リチャード・マーフィー 外交問題評議会・中東担当上席研究員
米国の湾岸政策の目的は、「同盟諸国の安全を守り、石油の流れを間違いなく保障すること」であり、イラン、イラクを含むすべての関係諸国はこの点を理解すべきだし、米国政府もこれを再確認する必要がある。経済政策と軍事監視からなるクリントン政権のあまりに厳格な「2重封じ込め」政策は、同盟諸国間の亀裂を広げる危険を伴い、事実このためにすでに政策目的からのずれが生じ始めている。サダム・フセイン政権に対しては厳格な姿勢を崩すべきではないが、経済制裁に派生するイラクの民衆の人道上の問題に十分に配慮し、ポスト・サダム・フセイン政権との交渉の可能性も視野に入れておくべきだし、イランに対しても、封じ込めから、厳格な条件を課した上での関係改善路線へと軌道修正を図るべきだろう。米国の利益だけでなく、同盟諸国との協調路線を回復するためにも、また対イラン・イラク政策の費用対効果を高めるためにも、新政策は、同盟諸国との協議や合意を踏まえたものでなければならない。(月刊『中央公論』8月号 1997/08)

UFOの正体は米空軍スパイ機 飛行実験隠す
【ワシントン3日AP】「1950年代後半から60年代にかけて、米国で目撃されたUFO(未確認飛行物体)の大半は、実は米空軍が当時、極秘プロジェクトとして開発中の有人スパイ機だった」。米空軍の情報組織「国家偵察局」の歴史学者、ジェラルド・へインズ氏が中央情報局(CIA)の資料を基に書いたこんな論文が、このほどCIAの雑誌に掲載された。
へインズ氏によると、空軍は当時、スパイ機の「U2」や「SR71」の飛行実験を行っていたが、初期のU2の機体は銀色で日の出や日没時には太陽の光を反射、地上からは「ギラギラ光る物体」に見えたという。U2の機体はその後、黒に塗り替えられた。
空軍では56年までに、UFO目撃情報の96%がスパイ機の実験飛行に関するものと一致するという内部説明が行われていたが、国民にこの情報を公開しなかった。
へインズ氏によると、スパイ機開発の発覚を恐れた空軍は、UFOの正体について外部に「氷の結晶などの自然現象」などと、ごまかしてきた。(中日新聞 1997/08/04)

米は今も核兵器開発・改良 民間団体が公文書入手
【ワシントン18日共同】米政府が冷戦終結や包括的核実験禁止条約(CTBT)締結後も、核爆弾やミサイル核弾頭の新鋭化などで、事実上核兵器の開発・改良を進めていることを示す文書を米民間軍備管理団体「天然資源保護協会」(NRDC)が18日までに入手した。
米政府は「貯蔵弾頭の信頼性維持のためで、新たな兵器開発でない」と説明しているが、NRDCは核拡散防止条約(NPT)やCTBTなど核軍縮条約の精神に反すると指摘しており、米政府は非核保有国や反核団体からの国際的な批判も浴びそうだ。
NRDCが入手したのは、核兵器の開発・管理を行っている米エネルギー省防衛計画部作成の「兵器貯蔵・管理計画」(1996年2月29日付)。
NRDCによると、15年間にわたる同計画は(1)ネバダ核実験場の新規施設建設やコンピューターを使った3次元実験の開発で核兵器技術を高める(2)保有核兵器への新たなレーダー、起爆装置、運搬装置の組み込み(3)改良した核物質を使った兵器の再製造(4)核弾頭の容器の新鋭化−−などを進めている。
具体的な核兵器の開発・改良の対象は、航空機搭載のB61爆弾のほかMXミサイル搭載のW87や潜水艦発射ミサイル搭載のW76、W88の各弾頭などが対象。米政府は核兵器の開発・改良に年間40億ドルを使う予定という。
NRDCの主張に対して、エネルギー省のスタフィン副次官補(研究・開発担当)は「計画は貯蔵兵器の信頼性維持のためで、新たな兵器、弾頭を造るものでなく、軍事的な威力も増えない。核軍縮条約の精神に合致している」と反論している。(中日新聞 1997/08/19)

米が改良核爆弾50個配備 冷戦終結後初めて 反核団体明かす
【ワシントン21日共同】米国が戦略爆撃機用の核爆弾を改良した新しいタイプの地下直撃型B61−11核爆弾を、既に米国内の空軍基地に約50個配備していることが21日分かった。国防総省やエネルギー省の内部情報を入手した複数の米反核団体関係者が明らかにした。
米国の新しい核爆弾配備はソ連が崩壊、冷戦が終わった1990年代では初めてで、イラクなどの地下司令室破壊を想定している。
国防総省は「既存核爆弾を改良しただけ」と強調しているが、反核団体は「事実上の新型で、新型核兵器開発を禁止している包括的核実験禁止条約(CTBT)の理念を損ねる」と批判。臨界前核実験の強行とともに米国の核戦略に批判が高まりそうだ。
内部情報を入手したのは、米国の核研究所の情報を収集している米シンクタンク「天然資源保護協会(NRDC)」と民間団体「ザ・ロスアラモス・スタディグループ」、国際環境保護団体グリーンピース。
NRDCなどによると、国防総省はことしに入ってからB2ステルス爆撃機などに搭載される新しいB61−11の配備を開始。配備数について同省は「最高軍事機密」としているが、開発関係者から得た内部情報から、既存の地下施設攻撃用核爆弾B53とほぼ同数の約50個が米ミズーリ州の空軍基地に配備されていることが判明した。
国防総省は、共同通信の質問に対し「爆発力や(保管時の)安全性を高め、地下への突入を可能にしているが、既存の(地上施設破壊用の)B61−7の改良型で今後B53と交代する。CTBTは核兵器の改良は禁止していない」との回答書を寄せている。(中日新聞 1997/08/22)

放射線人体実験は2389件 米国防総省が全容発表
【ワシントン27日共同】米国防総省は27日、人体への放射線を使用した実験に関する調査報告を公表した。実験の総数は2389件。このうち1944年から74年に約500件、75年から94年にかけて約1900件が実施された。
報告は、米国でかつて行われた放射線に関する実験が幅広く盛り込まれ、大気圏核実験に伴う研究についても2章を割いて説明している。
その中には、核実験で発生するせん光による視覚障害に関する陸軍の研究や、放射線の危険度や機体の放射能汚染に関する空軍の調査などが含まれている。空軍の調査は、きのこ雲の中の浮遊物質採取を目的とした飛行に関連して行われた。
大気圏核実験に関連する実験には2000−3000人の軍関係者が被爆者となっているが、これ以外にも多くの軍人らが参加しており、被験者との線引きは困難だという。
国防総省は大気圏核実験に伴う実験は、62年にはすべて中止されたと説明している。
今回の報告は、過去の実験の全容を明らかにすることによって「人体実験批判」に対応しようとのクリントン大統領の指示に基づく措置。
コーエン国防長官は「ほとんどのプロジェクトは通常の医療行為だが、公開の精神に基づき、あらゆる実験を含めた」と強調、次回の報告では今回間に合わなかった資料も提供すると約束している。(中日新聞 1997/08/28)

汚染の不安残し米軍撤退 パナマ
用地内で化学兵器実験 跡地開発に影落とす

パナマ運河の管理権が米国からパナマに移る1999年末に向け、米軍の撤退が徐々に進んでいるパナマで、基地や演習地の跡地が化学兵器などで汚染されているのではないか、との懸念が高まっている。運河周辺が米軍の支配下にあった1世紀近い間に、2度の世界大戦やベトナム戦争があり、東南アジアと似た熱帯性の気候を利用してさまざまな兵器や装備の実験が行われたためだ。汚染の程度によっては跡地の再開発計画に影を落としかねず、パナマ政府も米軍に関連資料の提出を繰り返し求めているが、実態をつかめずに苦労している。(パナマ市=萩 一晶)

「ほら、ここに砲弾の破片らしいものがある」
森林調査員のゴメスさんが、ごろりと転がった鉄片を指さした。パナマ運河の西側にある米陸軍の元演習場。昨年8月に返還された約2000ヘクタールを、今はパナマ政府の両洋間地域庁(ARI)が管理している。植生を調べて回るのがゴメスさんの仕事だ。
熱帯林の中に、赤土がむき出しの一角が残る。「なぜ、ここだけ木がないのか」とゴメスさん。建物を壊した後の土台もある。「気をつけないと、何が落ちているかわからないよ」

調査員が告発
パナマ側が警戒を強めたのは、今年8月、米側の調査員が「20年代以降の爆発物が残っている」「化学剤もまだ貯蔵されている」と告発したのがきっかけだ。米軍も化学兵器貯蔵の事実は認めたものの、「すでに船で本国に運んだ」と説明した。
ARIによると、パナマ政府側は汚染の有無や撤去について証明するよう何度も米軍に求めたが、回答はいつも「そんな事実はない」。しかし、パナマ側は「漏れたりしていた化学兵器は5、6カ所に分けて埋められた」(外務省)と見て、場所も特定しつつある。
「日本軍が中国で化学兵器を使い続けたら、我々も徹底的に報復する」。こんな書き出しの40年代の米軍機密文書を、パナマの民間研究機関が今年初め入手した。 旧日本軍に対抗する形で、パナマ湾のサンホセ島で化学兵器の実験をしたことが記されていた。
ベトナム戦争のころには米軍基地にある熱帯試験場でも、多くの兵器が実験されたと見られている。10月に返還される空軍基地では、米側の書類になかった地下燃料タンクが事前調査で次々に見つかった。
「基地のどこで何をしたのか、確認する資料が必要だと米軍側もわかってきたようだ」(パナマ外務省幹部)
一方、米南方軍司令部は「演習場の75%は安全。一部に汚染の可能性があるのは事実だが、あっても微量で、危険な汚染は責任をもって除去する」という。

日本でも同じ
「もう時間がない」。ARIのグリマルド環境部長は焦る。米軍完全撤退まで2年余り。「直前に汚染の実態がわかっても遅すぎる」というのだ。
中南米をにらむ米南方軍が、本拠をパナマから米マイアミに移すのは今月末。これで、残る米兵は約4400人と、かつての4割になる。米軍支配地域も4分の1が戻り、残る2万6000ヘクタールの土地も99年末までに返される。運河の風景を見晴らすホテル建設や、米軍宿舎を再利用した住宅建設など再開発計画も進む。
「ただ、政府としては安全を確信できない土地は開発できない」とグリマルド部長。汚染の心配のある演習場の大部分は、調査後に緑化を進め、当面手をつけない方針だ。「日本も将来、沖縄などの基地が返還されると、私たちと同じ経験をするはずだ」(朝日新聞 1997/09/26)

レノンさんへの監視活動 FBI、内部文書を公開
【チャールストン(米サウスカロライナ州)25日=河野博子】元ビートルズメンバーの故ジョン・レノンさんに対し70年代に行われた米連邦捜査局(FBI)の特別監視活動にからんで大学教授が内部文書の公開などをFBIに求めていた訴訟で、このほど和解が成立し、文書の大半が原告側に示された。文書は、レノンさんが過激な活動へのかかわりを避けていた様子を詳細にリポートしており、原告側の市民グループは「監視活動の不当さがかえって明らかになった」としている。
訴訟は、カリフォルニア大アーバイン校のジョン・ウィーナー教授(歴史)を代理する形で、全米自由市民連合(ACLU)が83年に起こし、その後、92年に連邦最高裁がFBIの上告を棄却、カリフォルニア州ロサンゼルスの連邦地裁に差し戻されていた。このほど、FBIが(1)10のファイルを除き、要望のあった文書をすべて公開する(2)原告側の弁護士費用20万4000ドルを支払う――ことで、和解に合意した。
一連の文書は、ベトナム戦争が続いていた72年ごろ、反戦的な音楽活動を続けていたレノンさんと妻のオノ・ヨーコさんを国外追放しようとしていた米政府の方針を浮き彫りにしている。
「レノンはラジカルな傾向があるが、常時麻薬におぼれていて真の革命家とは思えない」などとしたうえで、麻薬関連の容疑での摘発を目指し、監視を強めるべきだとの記載もある。(東京新聞 1997/09/26)

中央アジアにおける天然ガス・パイプラインプロジェクトへの参加について
(国際石油開発 1997/10/25)

Taleban in Texas for talks on gas pipeline(BBC NEWS 1997/12/04)



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