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アメリカとイスラエルのための狂騒組曲
「新世界秩序」

[第4楽章:1994年]




放射能人体実験「CIAも関与」 53−67年 報告書に記録
【ワシントン4日=大塚隆】米政府が放射能の被ばくの人体実験を行っていた問題で4日、米中央情報局(CIA)が実験に関与していたことが明らかになった。米国ではこの問題をめぐって熱心な報道が続き、冷戦時代の最暗部を掘り起こす動きとして注目を集めている。
CIAの関与は、1975年、当時のロックフェラー副大統領が責任者としてフォード大統領に提出した連邦政府の報告書に、ソ連(当時)の「洗脳」に対するCIAの対策の1つとして「薬物や放射性物質を使った実験、電気ショックを与える実験、心理学実験などを行っていた」と記録されていたことから分かった。
報告書を見つけた米科学者連盟によると、実験は53年から67年にかけて実施された。報告書には「現在、入手可能な記録はほんのわずかしかない。73年にすべての記録は破棄するよう命じられた」とも記されている。
CIAのスポークスマンは4日、「(実験へのCIAの関与について)調査中で、まだ何の証拠も見つかっていない。退職者にも事実を照会している」とコメントしている。(朝日新聞 1994/01/05)

患者を使い被ばく実験「72年まで」 米紙が報道
【ワシントン6日=大塚隆】米シンシナティ大の研究者が、核戦争が起きた場合、被ばく兵士にどれだけ戦闘能力があるかを調べる目的で、大学病院の患者に大量の放射線を浴びせる実験を行っていた、と6日付の米紙ロサンゼルス・タイムズがワシントン発で伝えた。米政府は3日、同じような被ばく人体実験究明のため、閣僚会議設置を決めたが、米国では、1940−50年代を中心に行われた実験に関する報道が続いている。
同紙によると、実験を行っていたのは放射線医学研究者で同大名誉教授のユージン・サンガー博士。同大の若手教員組織の72年時点での調査によると、この年までの十数年にわたり、82人以上の治療費の払えない低所得者が対象になった。国防総省は実験に65万ドルを支出したという。(朝日新聞 1994/01/07)

米で黒人がん患者に人体実験 基準の10倍 放射線を照射
【ロサンゼルス6日共同】6日付の米紙ロサンゼルス・タイムズは、1960年から72年にかけて米オハイオ州のシンシナティ大学医療センターで、黒人のがん患者らに大量の放射線を照射する「人体実験」が行われ、実験後2カ月以内に25人が死亡していたと報じた。
それによると、実験は国防総省の資金援助で実施され、放射線によって兵士の活動がどれだけ影響を受けるかを調べる目的で行われた。実験対象となった人たちは、回復の見込みがないとされたがん患者82人で、うち61人が低所得の黒人だった。ほとんどの人は毎日働くなど外見上は「元気」だったという。
照射した放射線は安全基準の10倍もの量(250ラド)に上った。最初の5年間、患者は軍事目的の実験であることを全く知らされず、放射線照射は「治療の一環」と信じ込まされていた。
米政府は昨年、放射性物質による人体実験が「40−50年代にかけ、600人を対象に行われた」ことを認め、真相究明に乗り出しているが、放射線照射という形で70年代まで実験が続いていたことが明るみに出たのは初めて。(中日新聞 1994/01/07)

市民4000人が“被害”名乗り 米の被ばく人体実験
【ワシントン11日=大内佐紀】米エネルギー省は11日、1940−50年代にかけ米政府が実施した放射能の被ばく人体実験問題で、被害者数が当初発表された600−800人よりも多くなる見込みと明らかにした。
同省報道官によると、同省に設置された市民相談ホットラインには、これまでに約1万2000人以上から電話が寄せられた。このうち、約4000人が人体実験にさらされた可能性があると訴えているという。
米政府はエネルギー、国防などの各省からなる作業委員会をこのほど設置、被ばく人体実験の全容解明をめざしている。また、被害者に対する補償を検討することを約束している。(読売新聞 1994/01/12)

軍人も被害に 米「放射能人体実験」 ビキニ環礁などで実施
【ワシントン15日河野俊史】冷戦時代、米政府主導で行われた「放射能人体実験」問題で、15日までに公表された資料や議会報告書から、市民のほかに多数の軍関係者や復員兵が“実験台”になっていた構図が浮かび上がった。国防総省や復員軍人省は当時の内部資料の調査を進めている。
その1つが、水爆のキノコ雲が人体に与える影響を調べる実験。下院エネルギー保全小委員会が1986年10月に作成していた報告書によると、人体実験は西太平洋のビキニ、エニウェトク両環礁で56年5月から7月にかけて行われた一連の水爆実験(レッドウイング作戦)の際に実施された。
米空軍の5機のB57が、水爆爆発後20分から78分の間に27回にわたってキノコ雲の中を横断飛行、乗員の被ばくの状態が測定された。この実験で乗員7人が許容被ばく線量(年間5レントゲン)を超えたとして復員軍人局(復員軍人省の前身)の病院で特別検査を受けたとされる。(毎日新聞 1994/01/16)

CIAが「洗脳」人体実験
【ワシントン16日=時事】17日発売の米週刊誌USニューズ・アンド・ワールド・リポートによると、米中央情報局(CIA)は1950年代にソ連に対抗する「洗脳」技術を開発するため、米国内で数千人を対象に幻覚剤や電気ショックなどによる実験を実施していた。
CIAの洗脳実験は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で米兵捕虜が洗脳されているという報告に触発されて行われた。一例では、女性精神病患者が30回の電気ショック治療を受けたあと、56日間も薬で眠らされた。
また、米政府はロボトミー(前頭葉切除手術)による洗脳も検討したようだ。52年の政府秘密文書は「ソ連共産党政治局員にこの手術を実施できれば、ソ連の脅威はなくなる」と指摘していた。(朝日新聞 1994/01/17)

CIA、麻薬で人体実験 大学や監獄で数百人にLSD 米誌報道
【ワシントン16日=大内佐紀】冷戦時代の被ばく人体実験が大きな問題となっている米国で、やはり冷戦時代に麻薬や催眠術が人間の行動にどのような影響を与えるかを探る人体実験が行われていたことが、USニューズ・アンド・ワールド・リポート誌の調査で明らかになった。
同誌1月24日号によると、中央情報局(CIA)が中心となった実験は暗号名「MKULTRA」。旧ソ連との情報合戦が激化するとともに、朝鮮戦争で捕虜となった米兵が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で洗脳されているとの情報がもたらされたことに危機感を抱いたCIAが、1951年9月、大学、監獄、精神病院などに資金援助をし、同実験は開始された。
被験者に中毒性の高い麻薬LSDを与え薬がどのような影響を及ぼすかを観察、電気ショックと睡眠薬を交互に与えるなどの実験が行われたという。
実験にかかわった米政府心理学実験センターが52年にまとめた報告書は、共産勢力による洗脳を「人類に対する重大な危機」と定義する一方で、「ソ連政治局のメンバーを洗脳することができれば、ソ連は我々の敵ではなくなる」などとしている。
同誌は、クリントン政権はもう1つの冷戦の遺物である「MKULTRA」の被害者については、歴代政権同様、無視する方針を変えていないと指摘している。(読売新聞 1994/01/17)

米軍部などが放射能放出実験 1948年から13回
1948年から52年にかけて、米原子力委員会(当時)と米軍部が放射能を意図的に環境中に放出する実験を延べ13回行っていたとする米会計検査院の報告書を市民団体の原子力資料情報室(高木仁三郎代表)が入手、18日、発表した。
テネシー州オークリッジでは、ガンマ線源1000個を野外に配置して周辺の放射線量を調べた。ユタ州ダグウェイでは、飛行機から放射能を含んだ球を投下して弾道や分布を測定する実験を行った。また、ワシントン州反フォードやニューメキシコ州ロスアラモスでは、大気中に放射能を放出した。(毎日新聞 1994/01/19)

日本の使用済み核燃料 英の核兵器開発に使用?
グリーンピースが報告書

【ロンドン17日共同】国際的環境団体「グリーンピース」は17日、日本の使用済み核燃料が英国の核兵器計画に使用された可能性があるとの報告書を発表した。
報告書によると、英国は英核燃料公社(BNFL)の核燃料再処理施設で、英国、日本(日本原子力発電東海発電所)、イタリアのガス冷却型炉の原子力発電所から出た使用済み核燃料を再処理しているが、英政府は燃料の一部を英国防省に渡した。報告書は、この燃料の一部が「英国の核兵器開発に利用された」としている。
英政府は1979年から使用済み核燃料の一部を研究のために国防省の管轄に移したことは認めている。しかし、英核燃料公社は、日本のすべての使用済み核燃料は国際的安全保障措置の合意に基づき処理しているとして、使用を否定した。また英国防省スポークスマンは「核兵器開発については一切、論評できない」と述べた。(毎日新聞 1994/01/19)

何も知らされず、不自由な体に 遺族の娘、涙の証言
米政府主導のプルトニウム人体実験 下院公聴会

【ワシントン19日河野俊史】「父はヒーロー(英雄)なんかじゃありません。国家のギニー・ピッグ(実験台)でした」――。冷戦時代、米政府の主導で行われた放射能人体実験の犠牲になった元鉄道ポーターの娘が18日、米下院エネルギー・電力小委員会の公聴会で初めて証言した。「医学に貢献したヒーロー」と言われたことに反発、悲惨な日々を送った家族の苦悩をとつとつと訴えると、傍聴席は静まり返り、すすり泣きがもれた。
証言したのは、エルメリン・ホイットフィールドさん。鉄道ポーターをしていた父のエルマー・アレンさん(当時44歳)は1947年7月18日、サンフランシスコにあったカリフォルニア大病院で左足にプルトニウムの注射を受けた。
車両から落ちてけがをした足の治療が目的だったが、3日後にその足は切断され、放射線医学の研究施設に送られた。アレンさんはプルトニウムについて、いっさい知らされず、体の不自由なまま3年前に死亡。その後、エネルギー省の情報公開で「CAL−3」という識別番号をつけられた放射能人体実験の対象者になっていたことがわかった。
娘のホイットフィールドさんは約20分にわたり父の生涯と家族の生活を詳細に再現。最近、科学者から「お父さんは医学に尽くしたヒーローだった」と言われたことに触れ、「ヒーローですって?」と強い調子で疑問をぶつけた。
父が廃人同然になった後、女手一つで家族を支えた母や幼かった弟を思い出しながら「食べ物を買うお金がなくて支払いをつけにしてもらったり。ガレージで何時間もボーッと座っているだけの父。それでも父はヒーローですって?」。
ホイットフィールドさんは、こう結んで証言を終えた。
「父はただのギニー・ピッグでした。そして私たちの父は(プルトニウム注射を打たれた)47年7月18日に死んだのです」(毎日新聞 1994/01/20)

北朝鮮のミサイル「命中精度は低い」 米の軍縮団体報告
【ワシントン26日=時事】米国の軍縮推進団体「憂慮する科学者連盟」は26日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が開発を進めている「労働」ミサイルについて、信頼性に欠けるほか、命中精度も低く、軍事的にどれだけ意味のある兵器であるかは疑問だとする報告を公表した。(朝日新聞 1994/01/27)

日独の常任理事入り容認 軍事参加が条件 米上院決議
【ワシントン28日=吉田慎一】米議会上院は28日、日独両国が国連平和維持活動(PKO)に軍事活動を含めて参加できるようになるまで、両国の安保理常任理事国入りは認めるべきでないとする決議を発声投票による事実上の全会一致で可決した。完全に責任を果たせない常任理事国が国連軍事行動の決定に加わると、安保理をかえって弱めることになるとするもので、共和党のウィリアム・ロス議員が提案した。米政府を拘束する性格の決議ではなく、両国に「国内法上の制限を撤廃するよう」(同議員)促すのが狙いだ。
決議は、両国の安保理入りを基本的には支持しながらも、「両国では現在、常任理事国の責任を完全に果たすことは禁じられているとの見方が大勢で、かつ、(PKO)完全参加の能力を持つために必要な変革は乗り気でない」とし、この状態での安保理入りに反対を打ち出した。米政府はすでに、両国の安保理入りを支持する姿勢を打ち出しているが、具体的な行動を起こしてはいない。
提案説明の中でロス議員は、日独両国が自国の軍隊の不参加を前提にしながら、米軍を危険にさらしかねない国連の軍事活動に賛成するような事態は「安保理をばらばらにする」と警告。さらに「日独両国の憲法はPKO参加をとくに禁じてはいないが、伝統的に解釈で禁止されているとしてきた」とし、「両国は常任理事国の責任能力を持てるようにしようともしないで、なぜ、理事国入りを求めているのか」と疑問を投げかけた。(朝日新聞 1994/01/29)

「日本に核武装の能力」
【ロンドン30日=林修平】30日付の英紙サンデー・タイムズは、日本が核兵器製造に必要なすべての部品をすでに保有しているうえ、さらに濃縮プルトニウムを組み込むだけで完成する爆弾を製造した可能性もあるとする英国防省の秘密報告が昨年12月、内閣に提出されていたと伝えた。
同紙は、英国防省が首相官邸に対し、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核・ミサイル開発をめぐる危機によって、日本が非核政策を放棄する恐れがあると警告したとしている。
秘密報告は、日本はプルトニウムや電子起爆装置などを含めた核爆弾の製造に必要な構成要素を持ち、極めて速やかに核兵器を保有するための専門知識もあると指摘。一方、現段階で日本が核爆弾開発計画の推進を決定したり、核不拡散条約(NPT)に違反した証拠はないと強調しているという。(朝日新聞 1994/01/31)

米の放射能人体実験 次々崩れた機密の壁 地方紙記者が追跡6年
がん患者へのプルトニウム注射、治療費の払えない患者への大量の放射線照射−−放射能人体実験という核兵器開発の最暗部が一連の新聞報道で明るみに出て米国を大きく揺さぶっている。実験は、ソ連と激しい核開発競争をしていた1940年代から70年代初めにかけて米政府が極秘に実施、その後も最高機密とされてきた。しかし、真相究明を求める世論が高まり、エネルギー省は、人体実験を含むかなりの核関係機密書類を今年6月に公開する方針を囲めた。(ワシントン=大塚隆)

秘密を暴く口火を切ったのは、ニューメキシコ州のアルバカーキー・トリビューンという地方紙だ。女性記者のアイリーン・ウエルサムさんは、原爆開発のマンハッタン計画の一環として、原爆の原料となるプルトニウムの毒性や体への吸収率を調べるための人体実験が、45−47年に行われていたことを87年に知った。被験者は18人。記録にはコード番号しか記されていなかったが、6年がかりで5人を突き止め、昨年11月に報じた。

●遺灰まで研究材料
「CAL1」と記されたアルバート・スティーブンスさん(当時58)の場合はこうだった。サンフランシスコの病院で「胃がんで余命半年」と診断され、広島、長崎への原爆投下直前の45年5月、本人に無断で、大量のプルトニウムを注入された。4日後、胃の3分の2と肝臓を切除する大手術を受け、患部は研究材料として持ち去られた。
しかし、スティーブンスさんは66年1月まで生き、79歳で亡くなった。遺体は火葬されたが、75年、その遺灰は残存放射能を調べるためシカゴにあるアルゴンヌ国立研究所に送られた。
核戦争勃発(ぼっぱつ)を想定した実験も明らかになった。ロサンゼルス・タイムズは、50年代から72年ごろまで、被ばく兵士の継戦能力を調べる目的で、シンシナティ大の研究者が治療費を払えないがん患者80人余に大量の放射線を浴びせる実験を行ったと報じた。
当時、25レム以上の照射は骨髄に危険と考えられたが、一部の患者にはこの10倍も照射された。
米国防総省への実験報告にはこう記されているという。「実験で8人の死期が早まった可能性がある」「200レムまでの被ばく線量であれば継戦能力はかなり維持できる」

●児童の食物に混入
50年代初め、軽い知的障害があった児童に、マサチューセッツ工科大の研究者が放射性物質入りの食べ物を「ビタミン入りの栄養食」などと言って食べさせた実験も暴露された。
反響は大きかった。エネルギー省が昨年暮れ設置した人体実験ホットラインヘの電話は1カ月で1万5000件を超えた。手紙も1000通以上にのぼる。手紙の分析では、3分の1は自分や家族が知らないうちに被験者にされていたのではないか、さらに3分の1は核工場や核実験場の近くにいたために被ばくしたという訴えだった。残り3分の1は真相究明への支持や励ましが大部分だったという。
議会も動き始めた。1月25日には上院政府活動委員会が、初の公聴会を開いた。米エネルギー省のオリアリー長官は民間出身で、核機密の情報公開に取り組んでいる。その長官が証言に立った。「あえてパンドラの箱を開いたのは、実験の詳細をはっきりさせ、秘密主義という悪癖から抜けだすことでしか、実験への疑念をはらせないからだ」。会場から大きな拍手が起き、委員からも絶賛を浴びた。

●肩身狭い核科学者
最近は、核兵器工場の相次ぐ放射能漏れ事故などでエネルギー省や関係者の評判はがた落ちだった。そんなところへ人体実験が暴露され、核兵器開発の先頭に立ち、冷戦時代を支えてきた栄光の核科学者たちは、一転、窮地に立たされている。
1月半ば、サンフランシスコで開かれたエネルギー省主催の核問題についての公聴会に、「水爆の父」とよばれるエドワード・テラー博士(86)が出席した。
レーガン元米大統領が現職当時、宇宙防衛計画を進言するなど政権に強い影響力を持ち続けた同博士は、公聴会を「ヒステリックでバランスを欠く」といい、「一連の人体実験報道も誇張が多い」と批判したが、会場からは逆に「大うそつき」とやじられた。オリアリー長官が反対派からも大きな拍手で迎えられたのとは対照的だった。
同省が機密解除を検討中の文書には広島・長崎への原爆に関する報告書も含まれている。
半世紀近い歳月を経て、核大国の暗部が白日の下にさらされる。(朝日新聞 1994/02/01)

「米国は世界一の死の商人」 共和党上院議員 兵器輸出制限法案を提出
【ワシントン1日田村雄司】米議会上院のハットフィールド議員(共和党)は1日、「米国はいまや世界一の死の商人となった」として、発展途上国への兵器の輸出を制限する法案を提出した。法案は人権抑圧、民主主義無視などの国を対象としているが、国務省報告書で他国の人権政策を批判しながら兵器輸出を拡大する、クリントン政権の矛盾した姿勢を突いている。
ハットフィールド議員は記者会見で、ソ連の崩壊後、「米国が兵器の売り込みに最も熱心で、世界一の死の商人であるのは否定できない事実だ」と述べ、第1段階として人権を抑圧したり、非民主主義的な政治を行っている国への兵器輸出を禁止すべきだと主張した。
議会調査局によると、1992年に発展途上国に輸出された兵器は、米国からが135億ドルと最も多く、フランス38億ドル、英国24億ドル、ロシア13億ドルを大きく上回っている。
クリントン大統領は先の一般教書演説で「これ以上の国防費削減はしない」と明言し、併せてイスラエル、サウジアラビアなどへの戦闘機輸出も積極的に後押ししている。
同議員はクリントン政権の政策を「兵器の拡散防止、人権重視をうたいながら、実際には国内の軍需産業保護、雇用の確保の方を優先させている」と強く批判した。同議員の提案には70人余りの人権、軍縮団体が賛同した。(中日新聞 1994/02/02)

米放射能人体実験 被害で集団訴訟 「錠剤で子供がん死」など
【ロサンゼルス1日=岩田伊津樹】米国では核開発過程での放射能人体実験が明るみに出て問題になっているが、テネシー州ナッシュビル市のバンダービルト大学病院で1940年代に、人体実験目的で妊娠中に放射性物質の錠剤を飲ませられ子供ががんで亡くなったなどとする女性らが1日、同大学や当時の原子力委員会(AEC)議長などを相手取ってナッシュビル連邦地裁に損害賠償請求の集団訴訟を起こした。
昨年11月のニューメキシコ州の地方紙の報道をきっかけに明るみに出た同人体実験事件では、AECを引き継いだ米エネルギー省が実験を承認していたことを認めている。原告代理の弁護士によると、被害者は827人おり、訴訟への参加を呼びかけている。
訴状によると、原告のエマ・クラフトさんらは45年から49年にかけて妊娠して同大学病院に入院中、放射性物質の錠剤を知らずに飲まされたとしている。
その後の同大学の部内調査では、少なくとも3人の子供が、放射能が原因でがんや白血病になり死亡しているという。原告らは被害者や家族への損害賠償とともに、被害者の特定や障害の認定のための記録の公開を求めている。(読売新聞 1994/02/02)

米人体実験 妊婦にも放射性物質 被害者ら集団訴訟
【ロサンゼルス1日=共同】1945年から49年にかけ、米テネシー州の大学病院で多くの妊婦に対して放射性物質による人体実験が行われ、子供ががんで死亡するなど数多くの被害を受けたとして、「実験台」となった女性らが1日、当時の原子力委員長らを相手にナッシュビル連邦地裁で損害賠償請求訴訟を起こした。
原告側弁護士によると、当初の原告は、当時被ばくした女性2人とその娘2人(うち1人は既に死亡)だが、一連の人体実験関連では初めて集団訴訟の形をとっており、実験台となった800人以上の女性に訴訟参加を求めている。
損害(請求)額は明記していないが、当初の原告だけで数百万ドルに上るとみられている。
訴えによると、バンダービルト大付属病院では当時、栄養剤の名目で妊婦に液体状の放射性物質「鉄59」が投与されていた。妊婦は放射性物質の摂取を全く知らず、実験期間を通じて、妊娠中の被ばくが原因で子供3人が死亡していたとする同病院の研究結果も知らされていなかった。
実験は大学と原子力委員会(エネルギー省の前身)が協力して実施した。放射性物質の胎児に与える影響などを調べる目的だったとみられる。(中日新聞 1994/02/02)

韓国の防衛で米軍が新方針 北朝鮮侵攻に反攻
【板門店5日=ニューヨーク・タイムズ特約】朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が韓国に侵攻した場合の防衛計画について、米軍は、北朝鮮軍を退けるにとどまらず、平壌制圧と金日成政権打倒を目的として激しい反攻をかける――との新方針に転じたことを、米政府筋が明らかにした。
方針の見直しは、北朝鮮が核関連施設への査察を拒否しているのに加え、軍事境界線付近に通常兵器と部隊を増強している情勢を受け、在韓米軍のラック司令官らが進めた。クリントン大統領、アスピン国防長官(当時)らも朝鮮半島政策の一環として議論したという。(朝日新聞 1994/02/07)

死の灰、旅客機で運ぶ 英、50年代に「極秘」で 英紙報道
【ロンドン6日=尾関章】英国が中部太平洋のクリスマス島で1950年代に行った水爆実験の後、キノコ雲から採取した高レベル放射性の死の灰を、ひそかに民間の旅客機で英国に運んでいた、と英日曜紙オブザーバーが6日伝えた。
この報道は、英政府が長く「極秘」扱いにしていた資料などに基づく。それによると、当時の水爆実験では、直後に英空軍機が雲の中を飛んでちり状の灰を採取した。このとき搭乗員が浴びた放射線は、当時の安全基準の30倍を超える量だった。
これらの灰は、外交官用の荷物として持ち出され、オーストラリアに拠点を置くカンタス航空の旅客便で、ホノルル、サンフランシスコ、ニューヨークを通ってロンドンに運ばれた。
航空会社にも知らされていなかったが、米政府には内々に知らされた、という。(朝日新聞 1994/02/07)

米の秘密人体実験 冷戦時代の暗黒部分にメス
米国は冷戦時代の1940年代から50年代にかけて放射性物質を使ってさまざまな秘密人体実験を行ってきた。人体実験と言えば、旧ソ連が50年代にウラル地方で実際に核兵器を爆発させ、放射能が兵士の人体にどのような影響を与えたか調査した例が有名だが、米国の場合は多数の一般市民もそれと知らされずに、実験の対象にしている。クリントン政権は現在、この歴史の暗黒部分に光を当てる作業を進めており、これに伴って全米各地で秘密実験の被害者たちが政府に補償を求める動きが表面化している。(アメリカ総局・関口宏)

▼6機関が調査
クリントン政権は昨年12月、冷戦時代に行われた人体実験について、エネルギー省が中心になって総合調査することを正式に決定した。調査にはエネルギー省のほか、国防総省、復員軍人省、中央情報局(CIA)など6つの政府機関が参加している。結果は6カ月以内に大統領に報告される。
政府の調査計画が発表されて以来、人体実験の対象にされた人たちが各地で名乗りを上げている。議会での公聴会も行われ、これまで秘密にされてきた人体実験の一端が明らかにされつつある。

▼知らされず…
今年1月中旬、この問題を取り上げた上院労働委員会で、マサチューセッツ州に住む2人の男性が小学生時代の1950年代に放射性物質による人体実験に供されたと証言した。2人は当時、知的障害の生徒約120人を収容した州立の特殊学校で学んでいた。「ある朝、何人かがほかの生徒とは別の部屋に呼ばれ、コーンフレークとミルクの朝食を食べさせられた。あとで腹痛が起きたが、医者も原因が分からなかった。当時はもちろん、人体実験などとは知らされていなかった」
2人のうちの1人、工場作業員のオースチン・ラロークさんは、当時のもようをこう語った。
この実験は政府の委託を受けて、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者が実施したものだった。ミルクの中に少量の放射性物質を混ぜて、カルシウムと鉄分が摂取される代謝のメカニズムを調べるため行われたという。
このほか海軍が67年にワシントン州ハンフォードの原子力施設で14人の志願者に放射性物質の溶液を飲ませ、あるいは注射した例や、40年代から50年代に潜水艦勤務者の水圧による耳鳴りを防止するため、数千人の新兵に鼻孔からラジウムを注入したケースも明るみに出された。

▼1000万ドル要求
政府を相手に補償を要求する被害者も相次いでいる。サンフランシスコに住むリチャード・リースさん(59)は「10歳の時の45年から2年間、放射性物質の濃縮液を注射された」として、エネルギー省を相手取り、1000万ドルの補償を求める訴訟を起こした。リースさんも知的障害の少年だった。
また45年から49年にかけてテネシー州ナッシュビルのバンダービルト大学付属病院で妊娠中に人体実験の対象にされ、放射性物質を投与されたという2人の女性とその2人の娘(1人は死亡)が、大学当局や当時の原子力委員会委員長など関係者を相手取って損害賠償を求める訴えを起こしている。
実験は放射性物質が胎児にどんな影響を与えるか調べるのが目的とされ、当時、約750人の妊婦が対象にされた。彼女たちが出産した子供のうち3人が5歳から11歳でがん、白血病で死亡しているという。
核実験などに伴う軍関係者の放射能被ばくも改めて論議されている。1月下旬、上院政府活動委員会で国防総省高官が明らかにしたところによると、50年代に行われた大気圏核実験で20万5472人が放射能を浴びた。また、原爆投下後に広島と長崎に駐留した米兵のうち19万5753人が放射能に身をさらしたと報告されている。もっとも、国防総省は「放射能は低レベルで人体への影響は少ない」と説明している。

▼パンドラの箱
今回の人体実験調査の先頭に立つエネルギー省のオレアリ長官は、ミネソタ州の電力会社副社長からクリントン政権入りした黒人女性。同長官は議会の公聴会で「最近までなお200件の実験が続けられていた」との事実を公表すると同時に、今回の調査について「パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない」と述べた。
彼女はもともと環境問題に関心が深く、政府に不利な事実が出てくるのを覚悟で冷戦時代の暗黒部分にメスを入れている。調査が大規模に展開されているのは、彼女の努力に負うところが大きい。(中日新聞 1994/02/11)

米からイラクへ細菌輸出
【ワシントン9日=共同】リーグル米上院議員(民主)は9日の上院本会議で、米政府が1980年代に炭そ菌やサルモネラ菌など細菌兵器開発につながる微生物のイラクへの輸出を許可していたと明らかにした。
同議員は、この細菌を利用して開発されたイラクの生物兵器が、湾岸戦争から帰還した米兵が今も苦しんでいる「湾岸症候群」の原因となった可能性もある、と指摘した。(朝日新聞 1994/02/11)

住民に「死の灰」 米は承知で実験 公聴会で証言
【ワシントン24日=坂口智】住民に「死の灰」の被害が及ぶ風向きだったのを承知の上で米政府は実験を強行した――1954年のビキニ水爆実験について、突然の風向きの変化によって風下のロンゲラップ環礁の住民などに予期せぬ被害が出たとする、これまでの米政府の説明を覆す政府文書の存在が24日、明らかになった。
文書を発見したのは、ビキニの島民を代表する弁護士のジョナサン・ワイスガル氏。情報公開法を利用して関連文書を入手した。
同氏は、この日行われた米下院天然資源委の公聴会で証言し、「風向きが変わったのを知って、米海軍艦船を危険区域から移動させながら、住民の安全には構わず、実験を延期しなかった」と米政府の対応を厳しく批判した。議員の中からは、「事実上の人体実験」という声も出た。
ビキニ実験が及ぼした被害については、米政府が地元住民に約1億8000万ドルの補償金を払って一応決着を見ている。が、双方は、新事実が明らかになった場合は、この決着を見直すことで合意している。今回、米政府が事実を隠していたことが濃厚になったことで、今後一層の補償措置が問題となる可能性が出てきた。(朝日新聞 1994/02/25)

“原爆の父”が人体実験要求 米エネ省研究所がメモを公開
【ワシントン16日=山口勉】米エネルギー省ロスアラモス研究所(ニューメキシコ州)は15日、「原爆の父」と呼ばれる故ロバート・オッペンハイマー博士(1904−67年)が原爆開発の早期から放射性物質による人体実験の必要を示唆していたことを示すメモを公開した。
同省の核開発をめぐる情報公開の一部として、同研究所の資料公開チームのゲイリー・サンドラ博士が発表したもので、44年8月16日付のオッペンハイマー同研究所長がヘンペルマン同研究所医学部長にあて、プルトニウムの動物実験、出来れば人体実験が必要なこと、実験は同研究所以外の場所で行われるべきことがメモに記されている。
その上で、45年3月ヘンペルマン博士が動物実験では必要なデータが得られないことを報告、「シカゴかロチェスター(ニューヨーク州)の病院で1から10マイクロ・グラムのプルトニウムを患者に注入、患者の死後その器官見本をロスアラモスに集めて研究する」計画が立案され、昨年来、問題化している18人の市民にプルトニウムが注入された。(読売新聞 1994/03/17)

「北朝鮮が南進したなら反撃し平壌を占領」 米韓新戦略
【ソウル24日=清田治史】朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が本格的な南進に出た場合、韓国軍は米軍とこれを阻止するとともに一気に北進し、平壌を占領、国土統一を目指すとの新戦略を米韓両軍の間で立てていたことが24日、明らかになった。92年に決定済みの戦略がこの日公表された背景には、核問題を巡る緊張で北朝鮮の「暴発」をあらかじめけん制しておこう、との狙いがあるものとみられる。
24日に韓国の新聞、聯合通信などがいっせいに報道した。「新作戦計画5027」と名付けられたこの新戦略は、北朝鮮軍の進攻を首都ソウルの北方で阻止すると同時に、空軍力などで北朝鮮内の主要戦闘力をたたく。その上で北進に転じ、大規模な上陸作戦などもあわせて平壌を占領、最終的に全土を統一する、というものだ。
70年代半ばには「不可避の場合、首都を放棄し、米本土などからの増援を待って段階的に反撃し、休戦ライン以北へと敵を撃退していく」との戦略が立てられた。その後は防衛ラインもソウル北方へと変更されたが、92年に米韓両軍部間で、統一までをにらんだ新戦略が採用された。(朝日新聞 1994/03/25)

パトリオット配備反対デモ ソウルで学生500人
【ソウル2日AP】米国が韓国にパトリオット地対空ミサイル配備を計画していることに対し、ソウルの大学生約500人が2日、市内の公園で抗議行動を繰り広げた。学生らはペリー米国防長官の似顔絵やミサイルの模型を燃やし、「ミサイルはいらない」と書いたドクロの仮面をかぶって、「ミサイル配備は朝鮮半島の緊張を大きくする」と米国を非難した。(中日新聞 1994/04/03)

「現状まるで朝鮮戦争前夜」 北朝鮮国営通信が報道
【RP】5日の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国営朝鮮中央通信(KCNA)は朝鮮半島情勢について論評を伝え、米韓合同演習「チームスピリット94」実施、韓国へのパトリオット・ミサイル配備が報じられていることなどに触れ「事実は(現在の)朝鮮半島情勢が朝鮮戦争前夜に似ていることを物語っている」と指摘した。
同論評は(1)米国と韓国は1950年6月25日に朝鮮戦争がぼっ発する前の3年半の間に、部隊を急速に増強し、北朝鮮を「威嚇」した(2)当時、米大統領特使として韓国を訪問したダレス氏が38度線を視察、その場で「北侵計画」を承認し、これを基準に米国は北朝鮮への「侵略」を行った――などと、朝鮮戦争前の状況を紹介し、現在と対比させた。(中日新聞 1994/04/06)

「仮に核開発しても日本けん制のため」 北朝鮮の駐印大使
【ソウル6日=前川恵司】韓国の聯合通信によると、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の車奉周駐インド大使は6日、ニューデリーで同通信記者と会見、「日本の核武装はもはや秘密でない」と述べたうえで、「われわれはこれに備える必要がある。仮に核兵器を開発しても、同民族が暮らす朝鮮半島や太平洋を越えた米国に対して使うだろうか。第一義的には日本をけん制するため」と報じた。
日本と米韓の共同歩調が強まる中で、その離反を狙った発言とみられる。(朝日新聞 1994/04/07)

半年後も核開発継続なら米、対「北」攻撃も 国務長官表明
【ワシントン10日共同】クリストファー米国務長官は10日、米NBCテレビとの番組で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題について、半年後に北朝鮮が核開発を継続していることが分かれば軍事行動の可能性を否定しない、と述べた。
長官は先制攻撃はないのかとの質問に「長期的にはあらゆる可能性を否定しない。北朝鮮が核開発を続けていることが分かれば別の行動をとることになる」と強調した。(中日新聞 1994/04/11)

「原爆の父」オッペンハイマー博士ら 製造情報 ソ連に提供
米誌報道 元スパイが回顧録

【ニューヨーク17日武藤芳治】第2次大戦中に米国が原爆を開発した「マンハッタン計画」の責任者で「原爆の父」といわれるロバート・オッペンハイマー博士らが、核戦争回避のため力のバランスをつくり上げようと自らの原爆製造情報を当時のソ連スパイに秘密裏に提供していた事実が明らかになった。
18日発売の米誌タイム(4月25日号)が元ソ連スパイの大物、パベル・アナトリエビッチ・スドプラトフ氏(87)の回顧録の抜粋で紹介したもので、戦後の「冷たい戦争」も「核抑止力による平和」も、実はこれら科学者たちが“演出”したものだったことになる。
スドプラトフ氏は現在は引退してモスクワに住むが、大戦当時はソ連の欧州・北米担当情報網の責任者。スターリンによるトロツキーの暗殺計画も担当した大物スパイ。
タイム誌が抄録した同氏の英語版新著「特殊任務−望まれない証人の回顧録」によると、原爆製造情報の秘密提供に参加したのはマンハッタン計画の責任者でロスアラモス研究所所長のオッペンハイマー博士のほか、1938年のノーベル物理学賞受賞者で39年にイタリアから米国に亡命したエンリコ・フェルミ博士、さらにニールズ・ボア博士ら。3博士らとも熱心な戦争反対論者として知られるが、スドプラトフ氏によれば、「原子力の秘密情報を米ソが共有することで力のバランスをつくり上げ、核戦争を回避しようとした」のが動機という。
ソ連は広島、長崎に原爆が投下される以前の45年初めに米国の原爆設計図を入手。33ページにわたるこの設計図がその後のソ連製原爆の基礎となった。ソ連は49年に最初の原爆爆発テストに成功している。(中日新聞 1994/04/18)

ベルリンの壁 開放秘話 機密文書を独紙報道
「経済援助を」「自由化が条件」 東西ドイツ間に交渉
【ボン1日=共同】1日付のドイツ紙、ウェルト日曜版は、1989年11月9日のベルリンの壁開放は、コール首相の旧東ドイツ指導部に対する強い外交姿勢によって、直接的にもたらされたことが旧東ドイツ政府の機密文書から明らかになった、と報じた。
同紙が入手した文書によると、市民の大量脱出などで経済破たんに直面した当時のクレンツ東ドイツ国家評議会会議長は89年11月6日、コール首相に総額150億マルクの経済援助を要請した。
しかし、首相は翌7日、東ドイツ指導部が一党支配体制の放棄と一定期間内の自由選挙実施を約束しない限り、援助はできないと回答。これが東ドイツ指導部を追い詰め、2日後の壁開放に直結したという。(朝日新聞 1994/05/02)

プルトニウム大量残量 動燃東海の製造工程 IAEAが注意
動力炉・核燃料開発事業団のプルトニウム燃料工場(茨城県東海村)の製造工程の機器に、操業開始から5年半で約70キロという、予想を超える大量のプルトニウムが残留していたことが9日明らかになった。動燃は核拡散防止のうえで直ちに問題とされる行方不明分ではないとしているが、国際原子力機関(IAEA)は、査察の信頼性を揺るがしかねない残留量だとして動燃に注意を促した。
この工場はプルトニウム燃料第3開発室といい、1988年10月に運転を始めた。プルトニウムとウランの各酸化物の粉末から、高速増殖原型炉「もんじゅ」などの燃料棒を製造している。
プルトニウムが残留していたのは、グローブボックスと呼ばれる密閉箱。この中で粉末を混ぜたり固めたりして、燃料棒に詰めるペレットをつくっている。4月に運転を始めた「もんじゅ」の燃料製造で、最近、残留量が増えたのではないかとみられる。
動燃はプルトニウムの受け入れ量と工程から出した量の差から、残留量は約70キロとIAEAに申告。IAEAも査察で残留が同量であることを確認した。
IAEAが問題にするのは、残留量が多いため、査察での計測誤差を考慮すると、核爆弾を製造できる量(有意量)を見過ごす恐れがあるためだ。計測の誤差は10−15%とされており、仮に10%とすれば、残留が70キロにもなると7キロ紛失しても把握できない可能性がある。プルトニウムの有意量は8キロとされている。
動燃は「計測上、行方不明量が出ることはあるが、今回の残留量はそれとは違う」と説明しているが、予想を上回る量だったことから「プルトニウムの回収やグローブボックスの更新で、残留量を減らしたい」としている。(朝日新聞 1994/05/10)

米の最新鋭戦闘機21機 イスラエル供与 売却に同意
【エルサレム15日=村上宏一】イスラエルの首相広報官(国防問題担当)は15日、米政府が最新鋭戦闘機F15 21機をイスラエルに売却することに同意した、と発表した。クリストファー米国務長官が先月末から今月末にかけて、イスラエル、シリア両国を訪れた際、イスラエル側は、米国に兵器や高度の探査機器・施設の供与を要求していた。今回の米国の決定は、この要求にこたえたものと見られる。シリアとの和平交渉では、イスラエルのゴラン高原撤退が焦点となっているが、イスラエル側は撤退した場合の安全保障措置を問題にしている。
クリストファー長官は15日にシリア、16日にイスラエルを訪れる。両国の和平交渉の促進が主な狙いだ。(朝日新聞 1994/05/16)

核兵器の使用「国際法に違反せず」 政府、国際司法裁へ陳述準備
政府が「核兵器の使用は国際法上、必ずしも違法とは言えない」とした意見陳述書を用意し、オランダ・ハーグの国際司法裁判所に提出する準備をしていることがわかった。政府はこれまで、自衛のための必要最小限の核兵器保有は憲法に反しないとしてきたが、使用についても国際法上違反しないとの踏み込んだ見解を示したもので、法解釈によるものとはいえ、最初の被爆国の「核兵器使用容認」には連立与党内からも反対の声が出るなど、内外で大きな波紋を広げそうだ。

陳述書は、世界保健機関(WHO)が昨年5月の総会で「核兵器の使用が健康や環境上の観点から国際法上違反かどうか」について国際司法裁判所の判断を求める決議をしたことを受け、同裁判所が各国に「6月10日までに陳述書を提出できる」と通知している。日本はWHOの決議は棄権した。
陳述書について外務省の寺田輝介外務報道官は、3日の記者会見で、「提出に向けて内容を検討中だが、政府の法律的な考え方は従来と変わらない」としたうえ、日本の従来の立場として「核兵器の使用は国際法の人道主義の精神には合致しないが、純粋に実定国際法上の評価として言えば、諸国の慣行や学説などを客観的に判断した場合、実定国際法に違反するという判断が国際社会の法的認識として成立するに至っているとは言えない」と述べた。
外務報道官の見解は、人道主義には反するが、現在の国際社会で認められている慣習法や条約などに照らして見る限り、核兵器の使用が禁止されているとは言えない、というものだ。
外務省は2日の連立与党政策幹事会で、「核兵器の使用は国際法上必ずしも違反とは言えない」とした陳述書の概要を口頭で説明した。その際、連立与党側から、「それはおかしい」「承服しがたい」と反対の声が上がった。
日本は非核3原則で核兵器保有を否定しており、原子力基本法や核不拡散条約(NPT)でも一切の核兵器を持てないことになっている。
一方で、自衛的な核兵器の保有は法的には認められるとの見解を示しており、昨年12月には、当時の細川護煕首相が立木洋参議院議員(共産)に対する答弁書で「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度のものであれば保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」「広島市及び長崎市に対する原爆投下も含め、核兵器の使用が国際法上違反であるとは言いきれないが、人道主義に合致しないもので国際法の精神に反する」などとしていた。(朝日新聞 1994/06/04)

科学者にLSD人体実験 CIA、50年代に
遺体発掘し死因解明へ

【ワシントン3日=伊熊幹雄】米中央情報局(CIA)が50年代にLSDなど幻覚剤の人体実験を行った際、実験台にされた科学者の遺体が2日、首都ワシントン近郊のメリーランド州フレデリックの墓地から掘り起こされた。死亡当時は自殺とされていたが、CIAに抹殺された可能性もあり、正確な死因を調べるのが遺体発掘の目的だ。
遺体が発掘されたフランク・オルソンさんは、CIAに勤務していた生化学者で、生物化学兵器関連の研究に従事する一方で、LSDなど幻覚剤の人体への影響も探り、自ら実験台になっていた。
53年11月、ニューヨークのホテルの13階から飛び降りて自殺したことになっていたが、その後、CIAがオルソンさんらCIA職員を実験台にしていたことが発覚し、オルソンさんの死因についても「人体実験の秘密を知り過ぎていたので、CIAに殺されたのではないか」「幻覚剤の影響で死んだのでは」など疑惑が再燃した。
遺体発掘が実現したのは、オルソンさんの遺族が発掘に同意したため。発掘と遺体鑑識は、政府の依頼を受けたジョージ・ワシントン大の法医学チームが行う。同チームは過去にもヒューイ・ロング元上院議員(暗殺死)など歴史上の人物の遺体鑑識の実績を持ち、今回も1カ月程度で鑑識結果が出せるとしている。
米国では冷戦時代にエネルギー省が行った人体へのプルトニウム注入実験を始め、極秘実験の実態が次々と明るみに出ている。(読売新聞 1994/06/04)

北朝鮮「核」に対処 議会調査局報告書
自壊待ちや施設攻撃案 米 6つのシナリオ 制裁なら日本混乱

【ワシントン3日今里義和】米議会調査局は3日までに、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑への対応策として、北朝鮮政権の崩壊を待ち続ける慎重策から攻撃的な核施設破壊案まで6つの選択肢を報告書にまとめた。

報告書では、北朝鮮の軍事行動を阻止するために必要な費用は日韓両国にも負担を求めるとしており、その一方で日本が「経済制裁には不承不承で米政権が制裁を追求するうえで障害になっている」と批判的な目を向けている。
報告書が指示した選択肢は(1)北朝鮮政権の自壊を待つ(2)米朝関係正常化を交渉材料として包括的に解決する(3)国連安保理で経済制裁を決議する(4)地域内の軍事的抑止力を強化する(5)北朝鮮の核施設を攻撃する(6)在韓米軍の撤退と引き換えに核開発放棄を迫る――の6つ。米国にとって衝撃度の小さい方から順に記載している。
このうち包括的解決は、先月末ごろまで米政府が目指していた案。北朝鮮との高官協議で経済、政治的関係の正常化を話し合う用意を示すほか、米韓合同軍事演習(チーム・スピリット)の中止など、安全保障面でも一定の譲歩を与える構想だった。
経済制裁案は、外交努力が不調に終わった場合「最も可能性が高い措置」とされ、報告が想定した通り3日午後、緊急開催の国連安保理非公式協議で検討される。報告書は日本の態度は「不本意ながら支持」と予測しているが、中国は不支持と想定している。
さらに経済制裁が決議された場合、日本は「国内が政治的危機」になると見通し、安保理決議の枠外で制裁が行われたり、軍事行動が自衛隊を巻き込んだ形になる場合は、日本は「憲法上の重大局面」になると観測している。
また中国が安保理決議に拒否権を発動せずに棄権しても、制裁に参加しなければ効果が薄まると強調。北朝鮮が制裁を乗り切って自信をつければ対決色がさらに強まり、最悪の場合には軍事的報復を招きかねないともみている。
軍事的増強案は、経済制裁に報復する北朝鮮の軍事行動を抑止するため、北東アジアや北東太平洋の地域で(1)韓国に戦術核を再配備する(2)第7艦隊艦艇に核兵器を再搭載するといった対策を検討するもの。必要となる費用の多くは、日韓両国にも負担を求める。
核施設攻撃案は「最後の手段」として想定される選択肢。空爆だけでなく特殊部隊を北朝鮮内に潜入させ、原子炉の破壊などによる放射能汚染を避ける発電施設などを標的にするケースが例示されている。
在韓米軍の撤退は、北朝鮮が望む最大の譲歩を与える案だが、国連安保理がまひ状態に陥り、さらに米国内の世論が「国益がない」という認識に至るなど、米政府が厳しい環境に囲まれた場合にのみ考えられるとしている。
議会調査局の報告は上下両院の議員らに強い影響力があり、報告の選択肢は米政府が既に検討しているものとみられる。(中日新聞 1994/06/04)

「違反と言えぬ」を削除 核兵器使用の陳述書で政府
政府は8日、国際司法裁判所に提出するため準備している核兵器使用の法的解釈に関する陳述書のなかで、政治問題化した「今日の実定国際法に違反するとまでは言えない」とする部分を削除することを決めた。同日の衆院予算委員会で、自民、社会、共産各党が「唯一の被爆国の国民感情にあわない」などと修正や撤回を求め、柿沢弘治外相が同委で削除する方針を表明した。野党の追及に加え、閣僚や連立与党内からも再考を促す声が強まり、修正を余儀なくされた。ただ、政府高官はこの削除にあたって「従来の法解釈を変えるものではない」としており、政府の核兵器に対する見解をめぐる論議はなお尾を引きそうだ。
政府は8日の同委員会に、当初国際司法裁判所に提出を予定していた陳述書の「概要」を提出したが、それによると、「核兵器使用の国際法上の評価」について、「純粋に法的観点から言えば、諸国の国家慣行や国際法学者の学説等を客観的に判断した場合、今日の実定国際法に違反するとまでは言えないが、その絶大な破壊力、殺傷力の故に国際法の思想的基盤にある人道主義の精神に合致しないものであると言える」とされていた。
政府が8日になって削除を決めた個所は、このうち「純粋に法的観点……」から「……違反するとまでは言えないが、」の部分。この結果、核兵器の使用に関する国際法上の判断には直接言及しない内容となった。
8日の衆院予算委では、当初の陳述書内容に対して、「核抑止力の肯定論だけが独り歩きする」(社会党の中西績介氏)、「核兵器使用は実定法に明文がないから違反とは言えないというが、明らかに(無差別爆撃の禁止などを規定した)ハーグ条約違反ではないか」(自民党の江藤隆美氏)など批判が続出した。
柿沢外相は「核兵器が大量殺りく兵器になる、非戦闘員を巻き込む、という意味では(ハーグ条約の)規定に非常に近いものがあるが、外務省が従来とってきた実定法上の違法性との関連では、(ハーグ条約を)引用していなかった」などと答弁したが、野党側は納得せず、審議は約1時間中断。政府側は検討の結果、問題の部分の削除を決めた。
今回の陳述書の内容が明らかになって以来、与野党や市民団体の間などから、(1)日本は唯一の被爆国として、核兵器の廃絶を訴える立場にある(2)国際法と核兵器との関係について「原爆投下は実定国際法違反」とする東京地裁の過去の判例があるなどとして、修正を求める声が相次ぎ、政府内でも石田幸四郎総務庁長官ら閣僚から、見直しを求める声が出ていた。

核兵器使用についての政府陳述書概要

外務省が8日衆院予算委員会に提出した、国際司法裁判所に出す「陳述書」の「概要」は、以下の通り。
(1)核兵器使用の国際法上の評価
今回のWHOの勧告的意見に係る国際司法裁判所の管轄権問題については慎重な検討が行われるべきと考えるが、核兵器使用に関する我が国の考えは次の通りである。
核兵器の使用は、(純粋に法的観点から言えば、今日までの諸国の国家慣行や国際法学者の学説等を客観的に判断した場合、今日の実定国際法に違反するとまでは言えないが、)その絶大な破壊力、殺傷力の故に、国際法の思想的基盤にある人道主義の精神に合致しないものであると言える。
この日本政府の見解は、これまで再三明らかにされてきている。
(2)核廃絶に対する我が国の考え方
唯一の被爆国であるわが国としては、核兵器が2度と使用されるようなことがあってはならないと考える。わが国は、非核3原則を堅持するとともに、今後とも核軍縮、核不拡散の推進に努力し、核兵器の究極的廃絶に向けて努力していく。

注:( )はもとの陳述書から削除する部分。(朝日新聞 1994/06/09)

米軍が空自基地調査 朝鮮半島有事想定 後方支援も要請か
核開発疑惑が持たれている朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への制裁論議が高まりつつあるが、米軍が最新鋭戦闘機の使用可能な航空自衛隊基地の調査を進めていることが16日明らかになった。朝鮮半島有事を想定しての調査とみられ、既に千歳、三沢、松島、小松の4カ所を適地として選定したもよう。朝鮮半島有事の際、米本土から戦力増強のため飛来する米空軍戦闘飛行隊の臨時基地に充てるとみられ、その場合、航空自衛隊が米軍から後方支援を要請される可能性もある。集団的自衛権の行使につながる問題だけに論議を呼ぶのは必至とみられる。
防衛庁筋によると、極東有事の際、米軍が日本への派遣を想定しているのはF16戦闘攻撃機を主力とする戦闘飛行隊。AWACS(早期警戒管制機)や空中給油機もセットになっている。
その際、米軍から空自に給油、銃弾の補給など後方支援を要請される可能性がある。現行法の範囲内では難しいものの、政府部内で検討中とされる物品役務融通協定(ACSA)の緊急時限立法化が実現すれば、自衛隊が米軍の戦闘行動を後方支援する場面も出てきそうだ。

候補に上った程度
畠山蕃・防衛事務次官の話 米軍が航空自衛隊の基地を調査しているのは知っていたが、将来、起こりうる事態に備えて幅広く検討していると理解している。仮にいくつかの空自基地が合格したとしても、候補リストに上ったという程度だと思う。(中日新聞 1994/06/17)

「日本は核兵器持つ能力ある」 首相 政府見解と異なる発言
羽田孜首相は17日、国会内などで記者団に「確かに日本は核兵器を持つ能力はある。(科学技術や経済など)すべての面で」と語った。同日の参院予算委員会の質疑に関連した記者団の質問に答えた発言だが、政府が日本の核兵器保有能力を認めたことは、「過去に例がない」(防衛庁筋)。
熊谷弘官房長官は同日夕の記者会見で「日本の原子力は平和目的に限られており、(軍事利用の)ノウハウはない」と打ち消したが、海外で「日本核武装論」が根強くささやかれているときだけに、首相の発言は「舌足らず」(熊谷氏)にとどまらず、国際社会に波紋を広げる可能性もありそうだ。
首相はこの日の参院予算委で、自民党の大木浩議員に「日本も本当のことを言えば核兵力を持つ能力は持っているが、あえてそれを抑えて核不拡散に協力していると理解しているが、間違いないか」と問われ、「まったく同意見です」と答えた。
首相はこのあと真意をただす記者団に「本当にそんなこと言ったかなあ。覚えていない」と弁明しつつ、日本の核兵器保有能力そのものは肯定。続けて「能力はあるけれども、非核ということを強調したということなんだよ。核兵器は今後も一切持たない。これは間違いない」と、保有の「意思」は否定した。
政府は従来、核兵器保有について、「仮に自衛のための必要最小限度の範囲内にとどまるものがあるとすれば、憲法9条の下でも許される」との解釈を取ったうえで、実際には非核3原則を掲げて、一切の核兵器を保有しないという「政策的選択」の立場をとってきた。
また、「能力」については「原子力利用は原子力基本法で平和目的に限定されているうえ、これを国際原子力機関(IAEA)の保障措置で担保しており、軍事転用はできない」(外務省当局者)と否定してきた。
首相はこうした公式見解を踏まえないで、「能力」に言及したとみられるが、発言は政府見解を変更するものと受けとられかねない。まして朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題の緊迫や日本のプルトニウム政策にからんで、「日本は核武装の能力も意思もあるのではないか」という疑心暗鬼が国際社会に広がり、今年2月には細川護熙首相(当時)が米国の講演で、核保有の意思がないことを改めて明確にしたばかりだった。
このため、外務省などは首相発言に当惑しており、熊谷長官は「(国際社会の視線があるからこそ)一層厳しい姿勢でなければいけない。首相には厳しく言っておかなくちゃ」と苦しい表情だった。(朝日新聞 1994/06/18)

北朝鮮に核兵器ない ロシア原子力相
【モスクワ17日陸口潤】ロシアのミハイロフ原子力相は17日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核疑惑について「北朝鮮は少量のプルトニウムを製造しているだろうが、核兵器をつくる能力があるかどうかは疑問だ。現在、北朝鮮に核兵器はないと思う」と語った。
タス通信が伝えたもので、ミハイロフ原子力相はプルトニウムを持つことと核兵器をつくることの間の技術的理由を挙げた。(中日新聞 1994/06/18)

韓国、米CNNに抗議
【ソウル17日共同】韓国政府は17日、韓国で15日に実施された民間防衛訓練の報道などに関連、朝鮮半島危機説などをあおっているとして米CNNテレビに正式に抗議した。
広報庁はCNNソウル支局に対し「15日に実施された定例の民間防衛訓練をあたかも韓国が本格的な戦争準備をしているかのごとく、わい曲報道するなど朝鮮半島危機説を誇張し、あおっている」と抗議した。(中日新聞 1994/06/18)

米空母に海自一佐 リムパック統一指揮の疑い浮上
【ホノルル17日共同】ハワイ周辺での環太平洋合同演習(リムパック94)で、海上自衛隊の参加部隊指揮官の1人が、演習期間を通じ米空母インディペンデンスへ乗り組み、米側部隊との作戦実施に直接関与していた可能性が高いことが、17日分かった。
リムパックでの指揮権問題について、防衛庁は「参加国が個別に責任を持ち、相互乗り入れなどによる統一した形はとらない」としてきた。
しかし、演習関係筋は「日本が派遣した指揮官は、日米一体で対潜水艦作戦などの指揮、命令に携わっている」と指摘しており、政府が違憲とする集団的自衛権の行使の問題と絡んであらためて注目されそうだ。
関係筋の話を総合すると、インディペンデンスに乗った指揮官は海自参加部隊の1つ。第46護衛隊の司令(一佐)とみられている。(中日新聞 1994/06/18)

朝鮮戦争 開戦前に中ソが承認 聯合通信伝える
【ソウル20日石原俊洋】1950年6月25日にぼっ発した朝鮮戦争で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金日成主席が開戦前に、ソ連のスターリン首相や中国の毛沢東主席の承認を受けていたことが明確になった、と聯合通信が20日伝えた。韓国の金泳三大統領が今月初めの訪ロでエリツィン大統領から伝達された約200件の文書資料の分析で、中国軍の戦争介入も金主席の要請だったとする。
聯合通信はこれら分析結果を単独入手。それによると、50年5月14日、スターリン首相が電報で金主席ら北朝鮮指導者に「国際情勢の変化から(朝鮮半島の)統一に着手する提唱に同意」した。同じ日時に毛主席が北朝鮮援助を表明した文書も存在し、3首脳が事前に綿密な計画を立てて戦争に臨んだ決定的資料だとしている。
当時平壌駐在の旧ソ連大使らの記録文書などから、開戦時期は、ソ連軍側7月開戦を主張したが、金主席は「7月は梅雨入りなので、6月末が適切」とし、天候予測から変更されたことが分かるという。
一方、同年9月15日の国連軍による仁川上陸作戦の成功で優勢だった北朝鮮側がソウルを奪還されると、金主席が直筆でスターリンあての緊急援助要請を送っていたことも判明。書簡では戦況を悲観してソ連軍の出動を求め「それが不可能なら中国などで国際義勇軍を組織して支援を」としており、中国介入につながったと紹介している。(中日新聞 1994/06/21)

商用プルトニウムで核兵器製造 米が62年実験成功
エネルギー省 公表し危険性アピール

【ワシントン27日共同】米エネルギー省は27日、米国が1962年に民間用原発から取り出した商業用プルトニウムで核兵器が開発できるかどうかを試すためネバダで地下核実験を実施し、成功していた事実を公表した。
実験成功の事実は77年に秘密指定を解除されていたが、一部専門家にしか知られていなかった。同省は、商業用プルトニウムが持つ核拡散の危険性を広く知らせるため公表を決めたと説明している。
同省によると、実験は英国が提供した商業用プルトニウムを使い、爆発の規模は20キロトン以下だった。
核兵器に使うプルトニウムは普通、核分裂を起こすプルトニウム239が93%以上含まれるが、この実験によって、同位体のプルトニウム240を7%以上含んでいるため核反応が不安定とされる商業用プルトニウムでも核兵器ができることが立証された。核兵器開発への悪用を防ぐため、詳細は今後も秘密指定が続くという。(中日新聞 1994/06/28)

放射能 1200人に人体実験 米政府が情報公開
【ワシントン28日=大塚隆】米コロラド州のロッキーフラッツ核兵器工場で1957年と69年の2回、大火災が発生し相当量のプルトニウムが行方不明になったり、米政府が40年代から89年にかけて48件、約1200人を対象に放射能の人体実験を行っていた事実が27日、米エネルギー省の核機密情報公開で明らかになった。
それによると、ロッキーフラッツ工場の火災で、57年には6キロのプルトニウムが行方不明になった。69年には、火災後に回収したとされるプルトニウムが火災前の記録より約100キロ多くなる食い違いが起きた。プルトニウムの一部は環境中に放出、住民が被ばくしたこともあったという。
人体実験のうち、テネシー州バンダービルト大では42年から49年にかけ放射性同位元素の鉄59を健康な妊婦819人に投与、胎児への吸収状態を調べた。追跡した子供634人のうち3人ががんになっていた。(朝日新聞 1994/06/29)

人体実験で“犠牲”の被験者 新たに妊婦ら1200人
【ワシントン27日=山口勉】冷戦時代の米国で核開発とともに進められた放射性物質の人体実験問題で、米エネルギー省は27日、新たに48件、1200人が実験の対象になっていたとの中間調査結果を明らかにした。
これは86年の議会「マーキー報告」の被験者約800人を上回り、この中には妊婦や精神病者も含まれている。
昨年末から同省の情報公開を進めているオリアリー長官が記者会見を開き明らかにしたもので、このうち同省の前身・原子力委員会が行った「サンシャイン計画」ではひん死のがん患者にストロンチウム85が注射され、その死後に遺体の各部分の検査が行われたほか、妊婦、胎児なども実験の対象になった。
長官は「こうした人体実験の多くが本人の同意なしに行われた」とし、人体実験関連資料1万1000ページを公開したことを明らかにした。また同省人体実験問題室のエリン・ワイス室長は「最終的に被験者数は全体で数千人にのぼる」との見通しを明らかにした。同省は今秋までにこの問題で報告書をまとめホワイトハウスに提出、補償問題などが検討される。
また同長官は併せて、過去の核実験回数などについての資料を公開した。これによると、さる68年12月12日に複数の核爆弾を同時爆発させる方法で計95発の爆発を秘密にしてきたことを明らかにした。この結果、米国の核実験総計は1149発となった。
また長官は会見で、さる62年には英国が供給した商業用原子炉から抽出したプルトニウムで核爆弾を製造、爆発実験を成功させていたことも初めて明らかにした。
さらに同省は、オハイオ州ポーツマスとテネシー州オークリッジの核施設でこれまでの推計量の1.5倍の計994トンの濃縮ウランを生産、現在259トンを備蓄していることも公表した。
オリアリー長官は「政府の情報公開義務と国家安全保障の間には巨大な緊張関係がある」と情報公開の難しさを語りながら、今後も公開を続けていく方針を強調した。(読売新聞 1994/06/29)

米のプルトニウム人体実験 遺族、医師らを提訴
【ワシントン1日=共同】米政府が1940年代に実施した放射能人体実験で、プルトニウムを注入された男性(故人)の家族が、説明なしに実験台にされたと、医師や病院を相手取り損害賠償請求訴訟を起こしていたことが1日、明らかになった。
訴訟を起こしたのは、元鉄道会社職員エルマー・アレンさん(91年に80歳で死去)の遺族。テキサス州ダラスの連邦地裁への訴えによると、アレンさんは47年に左ひざのけがで、カリフォルニア大学病院に入院中、マンハッタン計画所属の医師らにプルトニウムを注入された。
3日後にアレンさんは左足を切断され、退院後、実験台にされたと周囲に話したが、だれも信用しなかったという。
訴えは請求額を明示していないが、遺族はエネルギー省に対し、行政手続きによる6700万ドルの賠償を要求している。(朝日新聞 1994/07/02)

軍需産業王者ロッキードに 日本は三菱重工など9社 米専門誌の100社番付
【ニューヨーク21日=時事】米軍事専門誌、ディフェンス・ニューズ最新号(18日発行)は、恒例の売上高で見た世界の軍事メーカー100社番付を掲載、1993年の首位は積極的な合併を推進した米ロッキードとなった。
前年3位だったロッキードは、ゼネラル・ダイナミックスの戦闘機部門などを買収した結果、93年の軍事関連の売上高が101億ドルに達し、2位のマクドネル・ダグラスを11億ドル上回った。
マクドネル・ダグラスは長年守ってきた首位から転落。3位はゼネラル・モーターズ(GM)の子会社のGMヒューズ・エレクトロニクスとなった。
一方、日本勢は三菱重工業(21位)を筆頭に、9社が名前を連ね、新たに3社が番付入りを果たした。
円高の進展に伴い、ドル換算の防衛関連部門の売上高が増加したため、とみられる。(朝日新聞 1994/07/22)

SDI実験の成功、「まやかしだった」 米議会当局が報告書
【ワシントン22日=ニューヨーク・タイムズ特約】米レーガン政権時代の戦略防衛構想(SDI)の「スターウォーズ計画」で、ミサイル迎撃実験が3回失敗した後、4回目の実験を成功させるために、担当官がこっそりと命中率を倍加させる「補強措置」をとっていたことが、米議会調査当局の報告書で明らかになった。報告書は「ミサイル防衛計画の技術が実際よりも進んでいると、当時のソ連に思わせるために、まやかしの計画を行っていた」と述べている。
4回目の実験は1984年に行われ、標的のミサイルに命中した。報告書によると、標的のミサイルに熱を加えることによって、迎撃ミサイルのセンサーが感知しやすくなる措置が取られた。さらに、正面からの衝突を狙っていた過去3回の実験方法を改め、標的ミサイルの側面が見えるように飛行させて、標的の範囲を広げた。これで迎撃に成功する確率は2倍以上になったという。
初めの2回の実験では、標的のミサイルに爆弾を埋め込み、迎撃に失敗しても爆発させる計画を立てた。しかし、「他人をだますには、あまりにも2つのミサイルが離れ離れだった」と、ニアミスにさえできなかったために、この方法を断念したとしている。(朝日新聞 1994/07/24)

指揮者の故バーンスタイン氏 FBI、長年の身辺調査
【ニューヨーク29日=共同】29日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、米連邦捜査局(FBI)が長年にわたり、米国の著名な指揮者・作曲家の故レナード・バーンスタイン氏(1918−90)の身辺を調査、共産主義者や「破壊活動分子」との関係を調べていたと報じた。
ロサンゼルスの市民団体が情報公開制度に基づいて入手したFBI文書によると、調査は1940年代から70年代まで及んだが、氏が共産主義者であると断定するには至らなかった。
バーンスタイン氏はベトナム戦争に反対していたほか、黒人の公民権運動にも積極的にかかわった。70年にはニューヨークの自宅で黒人運動組織ブラックパンサーの資金調達パーティーが開かれたが、FBIはマスコミに情報を流し、氏のイメージを傷付けようと画策したという。
バーンスタイン氏は、クラシックとポピュラー音楽の境界を越えて活躍した音楽界のスーパースターだった。指揮者としては58年から69年にかけ音楽監督を務めたニューヨーク・フィルとの縁が深く、マーラーなどの作品を得意とした。大ヒットしたミュージカル「ウエストサイド物語」の作曲家としても知られる。(朝日新聞 1994/07/30)

父の痛みはヒロシマの痛み プルトニウム人体実験 被害者の娘、語る
「被爆者の方は、私の父の痛みがよくわかると言ってくれた。父のことともにヒロシマのことを訴えていきたい」。第2次大戦直後、米国政府によるプルトニウムの人体注射実験を受けた犠牲者の娘、エルマリン・ウィットフィールドさん(48)は3日、広島市で開かれている原水爆禁止世界大会の国際会議(社会党系の原水禁主催)に出席、前日の被爆者の女性との「生涯忘れられない出会い」を語り、「核物質が根絶されるまで問い続けたい」と述べた。
エルマリンさんの父、エルマーさんは、1940年代の原爆開発計画として、極秘で行われた放射線実験で、原爆の材料であるプルトニウムを注入された19人の1人。左足を傷めて、カリフォルニアの病院に入院中の47年7月、「治療」という名目で注射され、3日後に左足を切断され、調査に出されたという。
エルマリンさんは、2日午後、平和公園で、「ヒロシマを語る会」の語り部、沼田鈴子さん(71)と会い、沼田さんも被爆した左足を切断していることを知った。
「父は少なくとも麻酔をして切断された。でも、彼女は、原爆投下直後の混乱の中で麻酔もされなかったという。それなのに、米国に対する恨みも言わず淡々と話してくれた」。最後は抱き合って泣いてしまった。
国際会議のパネリストの1人で、「広島、長崎への原爆投下には、人体実験の側面もあった」とみる、米国のエネルギー環境研究所所長、アージュン・マキジャニ博士は実験の目的について(1)放射性物質を使った武器の開発(2)核戦争の戦場での兵士たちへの影響調査(3)放射性物質の代謝や人体内での動きの追跡――などと分析。核保有国は政治体制が違っても、核に関しては国民に対し、秘密政策をとる、と指摘した。(朝日新聞 1994/08/04)

第3世界武器取引、70%は米国
【ワシントン3日=ロイター】3日公表された米議会調査局の世界の通常兵器取引に関する報告書によると、米国が1993年の第3世界を市場とした兵器売却契約額の70%を占め、4年連続で世界第1位となった。
米国の取引額は、92年の142億ドルから93年は148億ドルと微増だったが、世界の全取引額に占める割合は55.8%から72.6%へ急増した。93年の主な輸出先はサウジアラビアとクウェート。
かつて第3世界への主な武器輸出国だったロシアの93年の取引額は18億ドル(8.8%)で第3位。中国は3億ドルで第6位。(朝日新聞 1994/08/05)

誤爆で8人死亡 レバノン南部 イスラエルが謝罪声明
【カイロ5日=川上泰徳】レバノンからの報道によると、4日夕、イスラエル軍の爆撃機がレバノン南部のデイル・ザフラ2村を爆撃し、住宅にミサイルが命中、子ども2人を含む民間人8人が死亡し、13人がけがをした。その後、イスラエル軍は、民家への爆撃はテロ組織を標的にしたミサイルが軌道をそれて生じたミスであると、異例の謝罪声明を出した。(朝日新聞 1994/08/05)

原爆投下は「人体実験」 原水禁アピール採択
原水爆禁止日本国民会議(原水禁、社会党系)などによる「被爆49周年世界大会」は6日午前、広島市で広島大会閉会総会を開き、「ヒロシマアピール」を採択した。
アピールは、原爆投下を「国際法違反はもちろん、人体実験であった」と初めて明確に規定し、「国家補償の精神に基づく被爆者援護法の制定」を要求。また、「(商業利用も含めた)核絶対否定」を訴え、(1)核不拡散条約(NPT)は期限付き延長とし、核保有国が直ちに第3次戦略核兵器削減交渉に入ること(2)包括的核実験禁止条約を成立させること(3)侵略戦争への反省と、一日も早い戦後補償−−などを各国政府に求めている。(朝日新聞 1994/08/06)

「核武装化推進」と日本を非難 平壌放送
【RP6日東京】朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌放送は6日、広島への原爆投下49周年にあたり、「広島と長崎の惨禍は繰り返されてはならない」と題する論評を伝え、「日本は地球上から核兵器を完全に廃棄するうえで当然、先頭に立つべきだ」と主張する一方、「日本当局はそれとは正反対の道を歩んでおり、非核3原則に反して全領土を米国の核基地として提供しているだけではなく、彼らと合同して核戦争演習を頻繁に繰り広げている。それだけではなく自国の核武装化も急速に進めている」と非難した。(毎日新聞 1994/08/07)

「プルトニウム1キロで原爆可能」 管理強化求める 米研究機関
【ワシントン22日=大塚隆】米の民間研究機関自然資源防衛評議会(NRDC)は22日、「最新技術を使えばプルトニウム1キロで原爆が作れる」と警告、国際原子力機関(IAEA)が核物質管理の基準にしている量をプルトニウムの場合、8キロから1キロに減らして管理を徹底するよう求め、IAEAと米エネルギー省に書簡を送ったと発表した。ドイツで続発している核物質摘発を契機に、核拡散の防止を実質的なものにするのが狙い。NRDCは核兵器保有国だけでなく、日本の動力炉・核燃料開発事業団(動燃)などの再処理にも同様の管理強化を求めている。
NRDCの核兵器専門家トーマス・コクラン博士らが最新の技術を検討、核爆弾製造可能量を計算し直した結果をまとめた。最新技術を使えばプルトニウム1キロで大都市なら数千人以上を殺傷する1キロトン級原爆ができ、多くの国が持つ中程度の技術でも1.5キロで原爆ができるという。NRDCはやはり核兵器の材料になる高濃縮ウランについても、25キロを8分の1の3キロにするよう求めている。
IAEAは核爆弾が製造可能な核物質の量を「有意量」として核物質管理の指標にしている。プルトニウムの場合、長崎に落とされた原爆に6.1キロのプルトニウムが使用されたことから、製造ロスを見込んで8キロを有意量にしたという。
しかし、コクラン博士は当時でもプルトニウムが3キロあれば小型原爆の製造は可能だったとし、「基準は時代遅れ。核物質がブラック・マーケットに流れる現状を考えると基準強化が緊急課題」と指摘する。
提言通りプルトニウムの有意量が小さくなれば、再処理やプルトニウム燃料製造などの各段階で工場設備の大幅な改善のほか、細かい運用を迫られるなど負担を強いられることになる。
同博士は日本の再処理にも触れ、「動燃東海工場では70キロを超えるプルトニウム残留があった」と非難、日本を規制強化の標的のひとつにしていることを明言した。(朝日新聞 1994/08/23)

人体実験 原子力ロケット開発でも 「市民多数が被ばく」
65年の実験、米議員調査

【ワシントン26日=伊熊幹雄】冷戦時代のプルトニウム人体実験が大きな問題になった米国で、原子力ロケット開発の過程でも意図的な環境破壊や人体実験が行われていたことが、26日までにエドワード・マーキー下院議員の調査でわかった。同議員はヘーゼル・オリアリー・エネルギー長官に書簡を送り、「原子力ロケット開発実験も人体実験として調査するよう」求めた。
同議員の調査及び同日までに公開された機密文書によると、問題の原子力ロケット実験は、1965年1月12日にネバダ州ジャッカース平地にある原子力ロケット開発場で行われた。この時の実験は、実際に原子力ロケットを飛ばすのが目的ではなく、エンジンの原子炉を意図的に爆発させて原子炉の反応及び「爆発で生じた放射能の環境への影響」(ロスアラモス研究所の報告文書)を探るのが目的だった。
この爆発は「まれに見る大量の白熱光線」(同)を生じるとともに、大量の放射能をふりまき、死の灰をもたらす雲が300キロ以上離れたカリフォルニア州の太平洋岸、ロサンゼルスやサンディエゴにまで到達した。これらの地域での放射能は、現在の安全基準値を下回ってはいるものの、マーキー議員は「核爆発が意図的なもの」であるうえ「多数の市民が放射能を浴びた」と批判している。
このほかにも60年には、やはり原子力ロケットのエンジンの原子炉爆発現場に、米軍の航空機を飛ばした上、乗組員がどの程度放射能を浴びるかを探る実験も行われた。マーキー議員は「これは人体実験」とし、65年の爆発実験と併せエネルギー省に徹底調査を求めている。
米国の原子力ロケット開発は、60年代以降たびたび実験が行われながら、現在は中断状態だ。今回の機密文書発掘は、「夢のロケット」とされる原子力ロケット開発の暗部を示したもので、今後の開発復活の動きにも影響を与えよう。
米国では、昨年オリアリー・エネルギー長官の就任以来、同長官のイニシアチブで核兵器開発の暗部を暴く作業が始まり、プルトニウム人体実験の事実が発掘される一方で、実態調査する大統領の諮問委員会も発足している。今回の実験を暴いたマーキー議員は、民主党所属で共和党政権時代から核実験の被害問題に取り組んでいた。(読売新聞 1994/08/28)

プルトニウム 日本の備蓄過剰と指摘 韓国議員
日韓議員連盟と韓日議員連盟の合同総会が6日、東京都内のホテルで開かれた。総会の前の「安保・外交委員会」で、韓国側は日本のプルトニウム備蓄について「過剰に備蓄している日本の核エネルギー政策は理解に苦しむ面がある。しかも核兵器の製造に必要なあらゆる部品と技術を保有しているから、いつでも核兵器の製造が可能だ。こういう政策を再考すべきだ」と指摘した。日本側は「日本はあくまでもプルトニウムを平和利用しているし、非核3原則があるから安心してほしい」と応じた。(朝日新聞 1994/09/07)

CIA、自民に数百万ドル援助 50−60年代 左翼の弱体化狙う
【ワシントン8日=ニューヨーク・タイムズ特約】米ソ対立の冷戦時代にあった1950年代から60年代にかけ、米中央情報局(CIA)は、主要秘密工作のひとつとして日本の自民党に数百万ドル(当時は1ドル=360円)の資金を援助していた。米国の元情報担当高官や元外交官の証言から明らかになったもので、援助の目的は日本に関する情報収集のほか、日本を「アジアでの対共産主義の砦(とりで)」とし、左翼勢力の弱体化を図ることだった、という。その後、こうした援助は中止され、CIAの活動は日本の政治や、貿易・通商交渉での日本の立場などに関する情報収集が中心になった、としている。
55年から58年までCIAの極東政策を担当したアルフレッド・C・ウルマー・ジュニア氏は、「我々は自民党に資金援助した。(その見返りに)自民党に情報提供を頼っていた」と語った。資金援助にかかわったCIAの元高官1人は、「それこそ秘密の中心で、話したくない。機能していたからだ」と述べたが、他の高官は資金援助を確認している。
また、66年から69年まで駐日米大使を務めたアレクシス・ジョンソン氏は、「米国を支持する政党に資金援助したものだ」と述べ、69年まで資金援助が続いていたと語った。
58年当時、駐日米大使だったダグラス・マッカーサー2世は同年7月29日、米国務省に送った書簡の中で、「佐藤栄作蔵相(当時)は共産主義と戦うために我々(米国)から資金援助を得ようとしている」と記している。
マッカーサー2世は、インタビューに対し.「日本社会党は否定するが、当時、同党はソ連から秘密の資金援助を得ており、ソ連の衛星のようなものだった。もし日本が共産主義化したら、他のアジア諸国もどうなるかわからない。日本以外に米国の力を行使していく国がないから、特に重要な役割を担ったのだ」と語った。
自民党の村口勝哉事務局長は、そのようなCIAの資金援助については聞いていない、としている。
朝鮮戦争(50年−53年)当時、CIAの前身である米戦略サービス局(OSS)の旧幹部グループは、右翼の児玉誉士夫氏らと組んで、日本の貯蔵庫から数トンのタングステンを米国に密輸、ミサイル強化のためタングステンを必要としていた米国防総省に1000万ドルで売却。これを調べている米メーン大学教授の資料によると、CIAは280万ドルをその見返りに提供したという。(朝日新聞 1994/10/10)

栄養失調が250万人にも イラク配給減で
【ジュネーブ12日=二村克彦】国連児童基金(ユニセフ)は11日、イラク国内で食糧配給が減らされたため、子供や女性ら250万人が栄養失調の危険にさらされているとの報告を明らかにした。(朝日新聞 1994/10/12)

CIA、58年に特別班 日本向け選挙資金担当
【ワシントン12日=五十嵐浩司】米中央情報局(CIA)が1950年代から60年代にかけ、当時日本の政権を担当していた自民党に、極秘の資金援助を行っていたと疑われている問題で、CIAが58年4月に日本向けの選挙資金工作を担当する特別グループを作っていたことが12日に朝日新聞が入手したCIAの内部文書で明らかになった。また、これとは別に米国務省の内部文書によると、58年7月に当時の佐藤栄作蔵相が、在日米大使館を通じ選挙資金援助の要請を行った際、自民党の川島正次郎幹事長とみられる「カワシマ氏」を「窓口」に指定し、秘密のうちに慎重に取り扱うことを求めていた。米大使館はこの時には、資金援助を断った模様だが、CIAによる特別グループの設置は、これとは別に資金援助が行われた可能性を示している。
CIA文書は今年4月に「極秘」扱いを解かれたもので、50年代半ばから末にかけ、反共活動支援の目的で、フランスやフィリピン、ギリシャなど世界各国で選挙資金の援助工作をしていたことを記している。具体的な援助策は各国ごとに作られた「計画調整グループ」「特別グループ」で行われていた。日本担当のグループは58年4月11日に設置した、としている。
グループ設置が直ちに「援助の実施」を意味するものではないが、日本では同年5月に衆議院選挙が行われており、これに照準を合わせた動きだったとみられる。翌月には、米側の信任が厚かった岸信介氏を首班とする第2次岸内閣が発足した。
国務省文書によると、岸氏の弟でもある佐藤氏の「選挙資金援助要請」は、これを受け同年7月25日に行われたもので、59年6月に予定される参議院選挙用の資金調達が目的だったようだ。
同文書は、佐藤氏と会った当時のカーペンター米大使館1等書記官が国務省に送った「メモ」などで、これによると会談は佐藤氏が要請し、「報道陣を避けるため」東京グランドホテルで2人だけで行った。
佐藤氏は、日本共産党や日教組などの「脅威」を指摘すると同時に、「共産主義勢力」がソ連(当時)や中国から資金援助を受けている、と説明した。
一方、「これら過激分子と戦っている」政府と自民党は、支持者・企業から資金を集めており、また経済界の一部指導者たちが「結成も活動も報道されていない秘密のグループ」を通じて資金提供を図っているが、衆院選の後だけに「資金不足」と窮状を訴えている。
このうえで米側に「保守勢力が共産主義と戦うための資金援助の可能性」を打診した。窓口として「カワシマ氏」の名前を挙げており、当時の川島正次郎・自民党幹事長とみられる。
佐藤氏は、もし米国が援助に同意しても、「米国が困る立場にならないよう、極秘に行う」と提案している。
「メモ」に付けられた当時のマッカーサー大使からパーソンズ国務次官補(東アジア担当)にあてた書簡によると、佐藤氏は前年も同様の打診を行っていた、という。(朝日新聞 1994/10/13)

イラク制裁解除は困る?
ウィーンに本部を置く石油輸出国機構(OPEC)が、イラクに対する国連経済制裁の解除を一番恐れているのは周知のことだ。
OPECでは、だぶつき気味の石油の価格が下落するのを防ぐために、加盟国別に生産枠を設定し価格維持に必死。そこにイラクが復帰して、輸出用生産を開始すれば、どこかの国の生産枠を削る必要が出てくる。
湾岸危機(1990年)以前、イラクはOPEC加盟国内では、サウジアラビアに次ぎ、生産ではイランと2位を競ってきた。さらに、イラクは設定枠以上にヤミ生産していたとされる“要注意国”だ。
制裁解除となれば、中小の産油国は最大枠を持つサウジアラビアに大幅削減を迫るとみられる。さらにクウェートは、湾岸危機で破壊された国家再建を急ぐため、少しでも生産を増やしたいと考え、昨年のOPEC総会では生産上限の引き下げに反対している。
制裁解除はこの2カ国に大きな経済的打撃を与えるのは必死だ。これを避けるには、国連で米国に反対してもらうのが近道だ。
国際原子力機関(IAEA)は、制裁解除の条件であるイラクの核開発能力をほぼ破壊したとする報告を先月の総会で採択。国連に通知した。もう一つの条件である大量破壊兵器に関してもモニター設置で合意。イラクは、今度こそ制裁が解除されると踏んでいた。
ところが、米国と北海原油の利権者である英国が反対を表明。今回の事態に至った。
湾岸危機はイラクとクウェートの石油の利権争いから発生し、石油利権に関係の深い米国、とりわけテキサス出身のブッシュ大統領(当時)が湾岸地域への米国の影響力増大を狙い介入した。今回も国際戦略商品である石油をめぐる各国の思惑がちらつく。(ウィーン・松川貴)(中日新聞 1994/10/16)

米国家安全保障局 ハトの胸にマイク埋め込み盗聴 元カナダ情報員暴露
【ワシントン1日=共同】1日付の米紙ワシントン・タイムズによると、米国家安全保障局(NSA)がワシントンの旧ソ連大使館に住むハトに小型マイクを仕掛けて盗聴するなどのスパイ活動を行っていたことが明らかになった。NSAと共同作戦を実施した元カナダ情報機関員がこのほど出版した本で暴露した。
1990年までカナダの通信安全保障局(CSE)要員だったマイケル・フロスト氏の新著「スパイワールド」によると、NSAは旧ソ連大使館の窓枠に巣を作っていたハトを捕らえ、胸にマイク、羽にアンテナを埋め込んで大使館員の会話盗聴に利用していた。特に夏は窓を開けていたことが多かったため「極めて良い結果」が得られた、としている。
一方、NSAはワシントン郊外のカレッジパークにショッピングセンターを装った盗聴基地を運営。レストランやクリーニング店などが並ぶセンターの一角に盗聴基地を設置していた。この基地は約2年前に閉鎖され、NSA本部近くに移転したという。(朝日新聞 1994/11/03)

米の機密文書公開に「待った」 「対日外交に影響」国務省
「核」寄港合意・CIAの資金援助疑惑  ケネディ政権下の資料
【ワシントン6日=梅原季哉】米ケネディ政権(1961年−63年)下でつくられた公文書の中に、日米両国政府の間に核兵器を搭載した艦船の日本寄港に関する合意があったことを裏づける複数の資料があり、米中央情報局(CIA)による自民党への秘密資金援助を示す公文書と共に、この8月の機密解除の最終的な法的期限が過ぎても公開されていないことが、朝日新聞社の調べで6日、わかった。公文書は原則として30年後までに機密を解かれるが、解除文書を取り込んで編集される同政権期の対日外交文書集が、いまだに刊行が決まっていない。
歴史・法学者らからなる米国務省の「外交史料諮問委員会」は「問題となった日本関係の公文書が非公開のままなら、正確な歴史は反映できない」と、日本関係の章の刊行自体の取りやめを勧告するという異例の措置までとっている。
問題になっているのは、米国務省が機密解除期間の30年をめどに逐次発刊している史料集「合衆国の外交」の中の章「日本・1961年−63年」に収録する予定の公文書。
朝日新聞社が入手した同諮問委の非公開討議の抄録によると、「日米安全保障条約の履行とそれに関連する軍事的問題、及び当時の日本の国内政治」の3つに関係した複数の公文書について、委員会側が機密の解除を求めた。しかし、国務省の政策担当者やCIAなどの反対で、いまだに実現していない。
抄録によると、「60年安保条約に関係し」「ライシャワー大使の回想録にも出てくる」問題についての文書公開が否定された。国務省の日本担当者は「今も対日外交関係を損なう恐れがある」と説明している。
核搭載艦船の日本寄港を認めた故ライシャワー駐日大使は81年、60年代前半に池田政権の大平外相と会談し、「核の持ち込みとは、陸揚げ及び貯蔵であり、寄港は意味しない」との日米間の口頭了解が、安保条約改定時からあったことを説明し、了解された、と発言。「会談は国務省からの訓令に基づき行われ、命令と報告の公電もあるはずだ」としていた。
また、当時の極東担当国務次官補、ロジャー・ヒルズマン氏(75)も先月末、朝日新聞記者に「63年春、その了解事項を日本側に再確認する決定にかかわった。公文書は残っているはずだ」と語った。
一方、CIAの自民党資金援助に関連した討議の抄録によると、国務省の日本担当者は昨年11月の時点で「自民党はまだ日本最大の政党で、政権に復帰する可能性もある」と公開に反対した。
同諮問委の-キムボル委員長は「守秘義務があり、内容は明かせないが、日米関係に関する複数の文書公開を委員会が求め、これについての国務省の決定が遅れているのは確かだ」と話している。(朝日新聞 1994/11/07)

「核開発可能だが持てぬ」 佐藤内閣、68・70年に秘密研究報告書
外交・財政から判断 非核3原則裏づける

冷戦さなかの1967年から約2年半にわたって、当時の佐藤内閣が日本の核武装の是非について、蝋山道雄上智大教授(当時、国際文化会館調査室長)をはじめ著名な国際政治学者、科学者ら十数人を集めて秘密研究をし、68年と70年の2回に分け報告書をまとめていた。朝日新聞が入手したこの研究報告書は、日本は(1)プルトニウム原爆の少量開発は可能(2)だが、核武装すれば周辺国の疑いを招き、外交的孤立は必至(3)わずかな核兵器で抑止力を維持するのは困難(4)財政負担も巨額(5)国民の支持が得にくい、などとして「核戦力は持てない」と明確に結論づけている。これは同政権が打ち出した非核3原則を理論的に裏づけたとみられ、佐藤栄作首相も内容を知っていたと関係者は証言している。

「日本の核政策に関する基礎的研究」と名づけられた報告書は、内閣調査室が外郭団体の社団法人「民主主義研究会」に委託する形で作成。旧海軍幹部や防衛庁、大蔵省の幹部、兵器産業関係者らの意見も聞いた。
報告書によると、この研究会は「独立核戦力創設の可能性」を検討した。技術の面では、当時日本にプルトニウムの再処理施設がなかったことなどの事情をあげながらも、起爆技術の開発がたやすいことや、8年程度で誘導装置の実用化が可能になるとの見通しを示した。
一方、技術者らの動員、また国民の支持を得るのにも困難があると指摘。財政面でも、核兵器に関する国連報告の試算に基づいて、当時、国際的に最小限の抑止力とみられた核戦力を持つのにも、当時の金額で10年間で年平均2000億円余りを要するとして、至難であるとした。
戦略面では、日本が中途半端な核武装をすれば、抑止力のバランスが崩れて中国やソ連(当時)の核攻撃を受ける可能性にも言及。米国の影響力排除をめざして政治的な意図から核武装したフランスと異なり、日本が核武装すれば外交的に孤立し、「安全保障が高まることにはならない」と指摘している。
研究が行われたのは、ベトナム戦争で東西対立が激化した時期。国内では67年末に佐藤首相が非核3原則を表明する一方で、核不拡散条約(NPT)の調印や沖縄の「核抜き」返還問題などを抱え、核政策の節目を迎えていた。研究メンバーの1人は「NPTに入って経済成長への原子力エネルギーを確保しなければならない、という切迫した事情もあった」と話す。
また、第2報告書は結論部分で「核兵器の所有が大国の条件であると考えうる時代はすでに去った」とも説いている。
報告書の作成時と比べ、日本を取り巻く核環境は変わった。プルトニウムを抽出する再処理工場が70年代に完成して稼働中で、技術面では報告書当時の障壁はほとんど乗り越えられている。このため、プルトニウム貯蔵と利用計画に国際的な疑念の目が向けられるなど、日本も核拡散問題の当事国とされている。期限切れに伴うNPTの再検討会議を来春に控え、軍縮専門家らは、能力はあっても核保有の選択を否定するとした報告書が「わが国における、冷戦後の新たな核政策づくりの原点ともなる」と話している。(朝日新聞 1994/11/13)

がん患者に放射線照射実験 40年代から30年間 全米で1000人、軍が資金
【ワシントン14日=大塚隆】米で1940年代半ばから74年にかけて約1000人のがん患者に、放射線の全身照射実験が行われていたことが明らかになった。核戦争での兵士の戦闘能力などを調べる目的もあったと見られている。冷戦時代の秘密人体実験を調べている大統領諮問委員会が14日、明らかにした。
諮問委員会のゲイリー・スターン調査員によると、実験が行われていたのはテキサス、ニューヨーク、カリフォルニアなど全米の10病院。テキサス州ヒューストンの病院では51年から56年にかけて263人のがん患者に放射線の全身照射を行った。当時、開発が計画されていた原子力推進飛行機の放射能が乗員にどう影響するか調べるのが目的だった。
この場合は空軍が資金を提供、放射線照射前と照射後の患者の運動能力などを比較したという。患者に実験の危険が説明されていたかどうかははっきりしない。照射の効果がないと考えられた種類のがん患者も含まれていたという。
国防総省は40年代後半には人体に危険と考えられた全身照射は実施しないことにしていたが、実験はこれに反した可能性が高い。
諮問委員会は放射線医学や医療倫理の専門家で構成され、今春からこの調査を続けている。組織的に行われたのか、照射線量はどのくらいかなどの調査が進められている。
米国では昨年暮れ、プルトニウム注入人体実験が明るみに出たのをきっかけに冷戦時の人体実験の調査が続いている。今回、明るみに出た実験のうち、過去に知られていたのは60年から71年にかけてシンシナティ大で行われた人体実験だけだった。(朝日新聞 1994/11/15)

「イスラエルの核兵器は約200発」 衛星写真を分析 専門家見積もり 英軍事誌が伝える
【ロンドン16日=尾関章】核保有のうわさの絶えないイスラエルの核兵器開発の状況を、「衛星写真をもとにつかむことができた」とする論文が英軍事誌「ジェーンズ・インテリジェンス・レビュー」11月号に掲載された。核関連施設やミサイルの試射場などの位置を推定、これらをもとに「すでに200発程度の核兵器を持っている」と見積もっている。
論文の筆者は、米国を拠点にしている軍事問題の専門家H・ハフ氏。過去5年間のフランスとロシアの衛星写真を分析、(1)核兵器の材料を得るための原子炉とプルトニウム抽出用と思われる施設は、南部のネゲブ砂漠にある(2)核兵器の設計をしたとみられる研究施設とミサイルの試射場は地中海沿岸にある(3)核ミサイルや核爆弾の地下貯蔵庫と推定しうる施設が、エルサレムに近い石灰岩質の丘陵地帯にある――としている。(朝日新聞 1994/11/17)

反体制派に細菌兵器使用
【ロンドン15日=AP】人権擁護団体の「国際キリスト教連帯」は15日、ロンドンで記者会見し、ミャンマー政府が反体制派の少数民族「カレン族」に対し、細菌兵器を使用し、300人以上が死亡した「極めて有力な状況証拠」があると明らかにした。
会見したのは、英上院のコックス副議長らで、同組織が現地で聴いたカレン族の居住地の住民の証言によると、ミャンマー軍機は数十の「白い箱」付きのパラシュートを夜間に投下、この直後からコレラや真性赤痢に似た伝染病が発生した。
国際キリスト教連帯側は、「白い箱」の投下直後から、ミャンマー軍はこれらの村落への進攻を中止し、商人にも立ち入り禁止を命じており、軍隊は何を投下したか知っていたと指摘している。(朝日新聞 1994/11/17)

モスレム勢力に米が軍事支援 ボスニア問題で英紙
【ロンドン17日=時事】17日発売の英週刊紙ユーロピアンは欧州筋の話として、先にボスニアに対する国連武器禁輸措置の監視停止を一方的に発表した米国が、実はボスニアの政府軍(モスレム人勢力主導)を現地で支援、事実上“参戦”しており、戦闘の成り行きに影響する可能性もあると報じた。同紙は、米中央情報局(CIA)の要員チームが、少数ながら、ボスニアのセルビア人勢力と戦っているモスレム人勢力に対し、戦術的な作戦行動を訓練していると伝えている。(朝日新聞 1994/11/19)

米は「関与」を否定
【ワシントン18日=アメリカ総局】米国防総省は16日、英・ユーロピアン紙が米中央情報局(CIA)要員がボスニア政府軍に訓練や情報提供で協力していると伝えたことに対し、「米軍は人道援助活動を行っているだけ」(ウッド報道官)と、訓練や情報提供を強く否定した。(朝日新聞 1994/11/19)

国連総会委「核廃絶」決議を採択 日本が単独で提案
【ニューヨーク18日=佐藤吉雄】日本が提出していた「核廃絶」をうたった核軍縮決議案が、18日の国連総会第1委員会(軍縮・安全保障)で採決され、賛成140、棄権8で採択された。国連総会でも、正式に採択される。国連外交筋によれば、軍縮の分野で日本が単独で決議案を国連総会に提出したのは初めて。総会決議は拘束力を持つものではないが、「核廃絶」を掲げる決議の採択は、国連史上初めてという。
採択されたのは「核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮に関する決議」。決議は前文の冒頭で「冷戦後、核戦争の恐怖のない世界の創造の可能性が増した」と述べ、米国とロシアの核軍縮への取り組み、核実験全面禁止条約締結に向けた進展を歓迎すると表明した。
そのうえで、(1)核不拡散条約(NPT)の未加盟国に対し、可能な限りの早期加盟を要請する(2)核兵器廃絶を究極の目標とする核軍縮の努力を呼び掛け、すべての国に対し、大量破壊兵器の不拡散、軍縮への約束履行を呼び掛ける――ことを求めている。
米国、英国、フランスの核保有国のほか、ブラジル、インド、イスラエル、キューバ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が棄権した。核保有国以外の5カ国は北朝鮮を除けばいずれもNPT未加盟国だ。核保有国のうち、ロシアと中国は賛成に回った。
国連外交筋によれば、核軍縮決議は何度も、国連総会で採択されているが、核兵器全廃をうたう「核廃絶」決議は核保有国の抵抗が強く、冷戦後も採択されたことはなかった。
今回も米国、英国、フランスなど核保有国は日本の動きに強く反発して決議案の撤回を求めたが、日本が「唯一の被爆国として、どうしても採択させたい」と繰り返し説得した結果、「反対はしない」という態度に変わったという。(朝日新聞 1994/11/19)

CIA秘密人体実験 41年後の新証拠「被験者は殺された」
【ワシントン28日河野俊史】41年前、米中央情報局(CIA)による「LSD」の秘密人体実験の“実験台”になっていた男性がホテルから転落死した事件をめぐり、先端技術を駆使した法医学者チームが28日、幻覚による自殺とした米政府の結論に疑問を投げかけ、「他殺の可能性が強い」とする調査結果を発表した。同事件では1975年にフォード政権が男性の遺族に公式に謝罪、75万ドルの和解金を支払っているが、他殺説が強まったことで、「秘密人体実験の口封じ」との疑惑が浮上している。
調査結果を明らかにしたのはジョージ・ワシントン大のスターズ博士(法医学)らのチーム。男性の遺族の依頼を受け、今年6月にメリーランド州の墓地から遺体を掘り出し、コンピューターやCTスキャンを駆使して調査していた。
この男性は当時、軍の生化学者だったフランク・オルソン氏で、53年11月28日、滞在先のニューヨークのホテルの13階から転落して死亡。米政府は22年後、オルソン氏がCIAによる「LSD」の人体実験の被験者だったことを遺族に伝え、事件の9日前に「LSD」の投与を受けたオルソン氏がホテルでフラッシュバック現象を起こし、飛び降り自殺した、と断定していた。
しかし、スターズ博士らの調査によると、オルソン氏の遺体には窓ガラスでできた傷が一切ないうえ、左目の周囲に転落でできたとは考えられない打撲痕が確認された。スターズ博士らは「打撲痕は転落前に第三者の攻撃でできたと考える方が自然」と結論、オルソン氏がホテルの窓から突き落とされた可能性を示唆して、米政府に事件の再捜査を要請した。

<LSD> リゼルギン酸ジエチルアミドの略称。強い幻覚症状を起こすのが特徴の薬物の一種。(毎日新聞 1994/11/30)

兵器輸出のシェア 米、70%占める 米タイム誌報道
【ニューヨーク支局5日】「もし、ロシアがイランにもっと多くの潜水艦売却を決めても、米国のペリー国防長官は『やめろ』と言えない。米国は武器売却ではナンバーワンなのだから」――5日発売の米国のタイム誌は、世界の兵器市場での米国のシェアが、「(冷戦期の)1986年には13%にすぎなかったのが今では70%に達している」と新たな“兵器輸出大国”ぶりを報じた。
「急増する兵器取引」という4ページの記事の中で、同誌はクリントン大統領の選挙運動では、兵器輸出の抑制が唱えられながらも「政権発足後、国務省は正反対に、在外大使館に対して農産物や薬品の輸出でもあるかのように兵器輸出の後押しをしている」と、そのひょう変ぶりを指摘した。
さらに、ブラウン商務長官が93年に米兵器メーカーに対し「われわれは世界市場であなたたちの製品(兵器)の買い手をみつけるために働くだろう」と述べたことなどを引用し、産軍複合体的な面も強調。
ペリー国防長官が最近の南米歴訪中に、ブラジルやアルゼンチンから米戦闘機F16の購入申し込みがあることを示唆した発言など、空・海兵器の今後の取引増加も予測している。
米兵器の購入国・地域(90−93年実績)としては、サウジアラビアがトップ(304億ドル)、次いで台湾(78億ドル)、エジプト、クウェート、韓国、日本(36億ドル)の順と成っているデータを紹介している。(朝日新聞 1994/12/06)

核兵器使用、21カ国が「違法」 NGO調査
陳述書提出は35カ国に

核兵器使用の違法性をめぐり、国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)が各国政府の見解を求めていた問題で、最終的に35カ国が陳述書を提出していることが5日、わかった。国際反核法律家協会(IALANA、国際事務局・ハーグ)などの調べでは、このうち21カ国が「国際法違反」と主張している。これだけ広範に陳述書が集まったのは、1946年の国際司法裁判所開設以来初めて。
国際司法裁判所は世界保健機関(WHO)から「司法判断」の要請を受け、今年9月を期限に各国の陳述書を集めた。しかし、内容が公表されないため、法律家グループらが独自に各国の情報を集め、分析した。
それによると、核兵器の違法性を主張したのは、非同盟諸国を中心に21カ国。違法とした理由は「無差別殺りくなどを禁じた多くの国際条約に反する」(インド)、「健康と環境の観点から国際法上の義務違反」(モルドバ)など。
米国、英国、ロシア、フランスの核保有4カ国をはじめフィンランド、オランダなどの計9カ国は「WHOには核兵器について国際司法裁判所の意見を求める権限がない」など、司法判断に否定的だった。
また、「実定法上、違法とまでいえない」との表現を削除しつつも、違法性の明記をしなかった日本について、国際反核法律家協会などでは「違法かどうかの判断を巧みに避けている」とみて「あいまいな態度」に分類した。ノルウェー、ニュージーランドも同じ。他の2カ国は「態度不明」。

陳述書を出した35カ国(IALANAなどの調べ)
「核兵器使用は違法」はアイルランド(消極支持)、イラン、インド、ウガンダ、ウクライナ、カザフスタン、コスタリカ、コロンビア、スウェーデン、スリランカ、ソロモン諸島、朝鮮民主主義人民共和国、ナウル、西サモア、パプアニューギニア、フィリピン、マレーシア、メキシコ、モルドバ、リトアニア、ルワンダ
「司法判断などに反対」はアメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリア、オランダ、ドイツ、フィンランド、フランス、ロシア。理由は「核兵器は政治的問題」「WHOは裁判所に意見を求める権限がない」など
「あいまいな態度」は日本、ニュージーランド、ノルウェー
「態度不明」はアゼルバイジャン、サウジアラビア(朝日新聞 1994/12/06)

北朝鮮、ドイツ型統一に徹底抵抗 対米合意後も核開発やめない 米政府分析
【ワシントン5日共同】朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の閉鎖的政治体制は今後10年存続する可能性があり、新たな指導者となった金正日書記は韓国が北朝鮮を吸収して南北朝鮮を統一するという「ドイツ型再統一」を拒否するため徹底的に抵抗する、と米国防情報局(DIA)が分析していることが5日明らかになった。
国防総省の情報機関であるDIAはまた、たとえ核開発問題で米国と合意しても、北朝鮮は譲歩を引き出す手段として核を利用し、「政権存続を保証する最後の切り札」として核開発を継続するとの見解を示しており、ジュネーブで調印した米朝の枠組み合意は、クリントン大統領がDIAの「警告」を抑えて政治解決を図ったことを示している。
クラッパーDIA局長はこの中で、金日成主席の死去に伴う金正日書記の政権継承問題について「書記は父親に比べ軍部からの信頼が薄く、クーデターの可能性は否定できない」としつつも「革命第1世代の長老の権益を守る限り自身の任期は全うできるだろう」と述べている。
朝鮮半島統一については「金日成主席はドイツ式の再統一によって吸収されることを深く懸念していた」と指摘、「このため金正日書記はこうした展開をあらゆる手段で防ぐ責任を負っている」と分析した。(中日新聞 1994/12/07)

TMD構想 産業界で割れる評価
米国が提案している新しい防衛構想である戦域ミサイル防衛(TMD)構想について、防衛庁が新年度予算で調査費2000万円を要求するなど具体的な動きが出てきたのに伴って、その評価が割れ始めている。産業界では、ビジネスチャンスが広がる、という期待論とともに、縮小傾向にある防衛予算がTMDに取られて他の装備受注が減る、との警戒論も高まっている。また、軍事的な実効性を疑問視する見方も根強い。予算論議のなかで、TMD構想はひとつの焦点になりそうだ。

「システム全体の費用は兆円単位」といわれるTMD構想をにらんで、9月に発足した「防空システム研究会」を作る重工・電機メーカー8社は、全体システム、センサーなど4つの専門部会を設け、既存の機器・システムの利用方法や、システム構築の費用などの研究を進めているが。12月下旬に3回目の全体会合を開き、中間報告にまとめる予定だ。
従来の迎撃ミサイルが敵ミサイルの近くで爆発するのに対し、迎撃ミサイルで敵ミサイルを直撃することを目指すTMD構想では、ミサイル自体は米国メーカーが開発を進め、迎撃のタイミングなどをコンピューターを駆使して計算する技術や、センサー精度の向上などが課題とされている。
こうした技術は専ら電機メーカーの得意分野だ。研究会に参加する大手電機メーカーの担当者は「ビジネスチャンスとしては電機メーカーにある」と意欲を見せる。
また、パトリオットの制御システムや発射装置などをライセンス生産している三菱重工業も、「ミサイル自体にも研究の余地はある」(日根野穣常務)と前向きの姿勢を示している。改良型のパトリオットを使うTMDでライセンス生産を得るためには、日本側も何らかの貢献が必要、というのが三菱重工などの基本的な考えだ。
一方、他の重工メーカーは、「戦車も戦闘機もいらない。TMDだけあればいい、というものではないはず」(川崎重工業・筒井良三専務)と慎重論が大勢を占める。航空分野では、AWAKS(空中警戒管制塔)2機を購入した94年度、国内メーカーの受注額は1828億円と90年代の半分程度にまで落ち込んだ。防衛受注に7割を依存する航空機産業にとってTMDに予算を取られることは大きな打撃になる。
SDI(戦略防衛構想)では、日本メーカーも米国政府の予算で研究を進めた。しかし、TMD構想は、米国本土の防衛ではなく、米軍が展開している同盟国周辺での防衛を目指すこともあって、米国は日本にも出費を求めている。さらに、米国の防衛産業も国防予算が削られていることから、TMDを始め、日本への売り込みは強まる、との見方が防衛関係者の間では支配的だ。

負担増を恐れ大蔵は消極的
TMD構想の調査費として2000万円の予算を要求している防衛庁は今年9月、米国と共同研究することで合意しており、何としても獲得したい構えだが、構想参加となれば将来の負担も巨額にのぼるため大蔵省は消極的だ。
防衛庁防衛局は「TMD構想への参加はまったく白紙。調査費は、参加すべきかどうか訪米調査団を作ることなどが目的」という。ただ、先端的な軍事技術の開発構想には、何らかの形で関与しておかないと取り残されるとの危機感がある。
これに対し、与党の社会党は、5日の経団連との懇談で、「軍縮の立場を堅持したい」と社会党色を打ち出したい考えを表明し、大蔵省内にも「単なる調査なら、既存の費用の範囲内でできないのか」という声がある。

巨額な割に有効性低い
軍事評論家・野木恵一氏の話 米国が主導するTMD構想は、率直に言って、巨額なカネを投じる割には有効性は低いと考えている。
湾岸戦争では多国籍軍はパトリオット・ミサイルでイラクのスカッドミサイルを迎撃したが、弾頭を撃ち落とすことには失敗した。あの段階のパトリオットは、敵ミサイルの近くで爆発して撃ち落とすタイプだったが、直撃させる改良などは容易ではない。100%の確率で撃ち落とすことは技術的に不可能だ。
日本での展開は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を念頭においているようだが、そもそも北朝鮮が深刻な脅威だ、とは思わない。エレクトロニクス技術が遅れている北朝鮮に対応するために、巨額なハイテクシステムが果たして必要なのか。根本に立ち返って考えるべきだろう。(朝日新聞 1994/12/08)

朝鮮戦争の初期 米が北朝鮮軍に原爆投下を計画 米秘密文書公開
【ソウル13日共同】ワシントン発聯合通信が13日報じたところによると、朝鮮戦争(1950−53年)初期の50年、米極東軍司令部(当時)が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)軍に致命的打撃を与えるため、韓国内の北朝鮮軍占領地域への原爆投下を検討していたことが、12日公開された米国防総省の秘密文書で明らかになった。
「朝鮮半島内での戦術的原爆の使用」というこの文書は、米ジョンズホプキンズ大の専門家チームが作成、50年12月22日に同軍司令官に提出した。
専門家チームは、50年11月25日に北朝鮮軍が占領していた韓国中部の都市、大田一帯に原爆を投下したと想定。北朝鮮軍2万人中1万5000人に壊滅的打撃を与えることができると、その効果を強調している。
しかし実際には、この当時、北朝鮮軍は9月の米軍仁川上陸などで38度線より後退しており、専門家チームは大田が占領されていた7−8月ごろの状況を基に想定したとみられる。(中日新聞 1994/12/14)

朝鮮戦争休戦後 対中核攻撃 米国が検討 「侵略」を想定、秘密文書で明らかに
【ワシントン13日=五十嵐浩司】朝鮮休戦協定調印から間もない1954年、米軍の統合参謀本部が、中国の「共産主義勢力が朝鮮半島で侵略を再開した場合」、中国に対し核兵器の使用を検討していたことが、このほど解禁された米国防総省の秘密文書で明らかになった。文書では、旧仏領インドシナ(ベトナム、ラオス、カンボジア)に中国が「侵略」した場合も、同様の措置を取るよう求めており、開戦当初、劣勢に立たされた朝鮮戦争への「反省」から、米軍が当時、先制攻撃を真剣に検討していたことを示している。
文書は、54年4月17日付で統合参謀本部のカーンズ准将から「合同戦略立案委員会」に示されたメモで、「朝鮮半島における軍事行動の可能性の分析」と題されている。11月にクリントン大統領が解禁を命じた第2次大戦、ベトナム戦争時の秘密文書約4400万ページに含まれており、ワシントンの国立公文書館が「秘密文書の一例」として報道陣に配った。
メモに含まれる中国による「侵略」への対応草案では、「核兵器と通常兵器を併用し、朝鮮半島の軍事目標と、半島での軍事行動を直接支援する旧満州、中国の軍事目標に用いる」と規定している。
また、これらの原則は「中国の共産主義者が、インドシナに対し明白な侵略を行った際にも適用される」と規定している。(朝日新聞 1994/12/15)

国連総会「核廃絶」決議を採択 日本提案、国連史上で初
【ニューヨーク15日=佐藤吉雄】日本が提案した「核兵器廃絶」をうたった核軍縮決議が15日の国連総会で、賛成163、反対0、棄権8で正式に採択された。核兵器保有国では中国、ロシアが賛成、米国、英国、フランスは棄権した。核兵器全廃を掲げる「核廃絶」決議の採択は、国連史上初めてという。
決議は、「冷戦後、核戦争の恐怖のない世界が創造される可能性が増した」とし、(1)核不拡散条約(NPT)の未加盟国に対し、可能な限りの早期加盟を要請する(2)核保有国に対し、核兵器廃絶を究極の目標とする核軍縮の努力を呼び掛ける(3)すべての国に対し、大量破壊兵器の軍縮と不拡散の約束履行を呼び掛ける――ことを求めている。
核保有国以外の棄権はブラジル、インド、イスラエル、キューバ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で、北朝鮮を除けばいずれもNPT未加盟国。
核軍縮決議はこれまで何度も採択されているが、「核廃絶」には核保有国の抵抗が強く、冷戦後も採択されたことはなかった。国連総会第1委員会(軍縮・安全保障)にまず提出された日本の決議案に対して、米国、英国、フランスなどは強く反発して撤回を求めたが、日本は、「唯一の被爆国」の立場を強調して納得したという。(朝日新聞 1994/12/16)

国連総会、核使用の違法問う決議採択 日本は棄権
【ニューヨーク15日=佐藤吉雄】核兵器の使用、威嚇が国際法に違反するかどうかについて、国際司法裁判所(ICJ)に勧告的意見を求める決議が15日の国連総会で、賛成78、反対43、棄権38で採択された。日本は棄権した。
この問題では、世界保健機関(WHO)の同様の要請を受けて、ICJが各国の見解を求め、日本など35カ国が陳述書を提出している。核保有国の米国、英国、ロシア、フランスなどが「WHOには核兵器について意見を求める権限がない」と主張していることを受け、インドネシアなど非同盟諸国が、国連総会が国連機関であるICJに要求する形で、同じ問題の諮問を行うことを提案していた。(朝日新聞 1994/12/16)



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