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アメリカとイスラエルのための狂騒組曲
「新世界秩序」

[第3楽章:1993年]




大韓機撃墜の一因は旧ソ連レーダー故障 亡命パイロット“新証言”
【ワシントン3日=AFP時事】1983年にサハリン上空で発生した大韓航空機撃墜事件は、旧ソ連側のレーダーが故障していたのが原因――。米CBSテレビは3日、旧ソ連のパイロットとのインタビューを放映した。
このパイロットは89年に西側に亡命したアレクサンドル・ズエフ氏。同氏によると、当時サハリン一帯の軍事空域をカバーしていたレーダーは、事件が起きる10日前に装置の故障により停止していた。
ズエフ氏は、事件当時サハリンで航空管制官をしていた友人から、モスクワがレーダーの修理をできるだけ急ぐよう、せかせてきたと聞いていると述べた。カムチャッカ半島の軍当局者たちはこの時、レーダーは部分的にしか直っていないのに修理されたと虚偽の報告をした。このためソ連軍は大韓機を同半島上空で捕そくできず、通常のように強制着陸させることもできなかった。これら軍当局者たちは、自分たちの失敗を隠すため、同機の撃墜を決めたのだという。
ズエフ氏はまた、サハリンの防空軍は、事件前の4月に米海軍機が挑発行為をしたことで好戦的になっていたと指摘した。(朝日新聞 1993/01/05)

米、大戦中に人体実験 化学兵器対策で6万人に
【ワシントン6日=共同】第2次世界大戦中に米政府が6万人以上の米軍兵士らを対象に、化学兵器用防護服や治療法の開発を目的として実施した大規模な人体実験の全容が6日、全米科学アカデミー医学研究所が発表した調査報告書で明らかになった。
実験の事実は戦後45年以上も秘密にされてきたが、最近になり、がんや呼吸器疾患の後遺症に苦しむ実験参加者や家族が救済を訴えて明るみに出た。
報告書によると、実験は米政府の科学研究開発局による化学戦準備の一環として、メリーランド州エッジウッド弾薬しょうなど9カ所で行われ(1)汚染を防ぐ薬剤開発のための化学剤塗付実験(2)防護服とマスクを着けた兵士らに毒ガスを浴びせ防護性能を確かめるガス室実験(3)汚染地域で行動させる野外実験−に分かれていた。このうち、2500人以上が参加したガス室実験は通常1回1−4時間。兵士らは防護服などのすき間から入ってくる毒ガスで皮膚に赤い斑点ができるまで何日も実験を受けさせられた。(朝日新聞 1993/01/07)

武器調達の代理店 イランが英に開設
【ロンドン20日=時事】英国内通信(PA)は20日、イランが武器買い付けの「代理店」をロンドンのイラン国営石油会社事務所内に設立したと伝えた。同国はロシアや中国から潜水艦、ミサイルなどを購入しているが、今後、代理店を軸に国際武器市場からの調達を拡充することになりそうだ。
代理店の名称はエビエーション・テクノロジー・アフェアーズで、表向きは航空機部品の購入を目的としている。しかし、すでに英国の有力企業が軍事関連物資の売り込みを図っており、武器売買の商談に関与しているのは間違いないとされる。
イランは以前にもロンドンに武器買い付け事務所を構えていたが、イラクとの戦争が続いていた1987年9月に、イランが英国の船舶に砲撃を加えたため、英側が報復措置として強制的に閉鎖させている。(朝日新聞 1993/01/21)

“有事”訓練 陸自学校、占領下を想定 蜂起/破壊工作/家族の名で新聞投稿
陸上自衛隊の調査学校(東京都小平市)で、外国に占領された場合を想定し、宣伝文やアジ演説によって民衆の蜂起(ほうき)を促したり、破壊工作や盗聴などの非正規戦訓練を行っていたことが27日、関係者の証言や内部資料で明らかになった。「心理戦防護課程」と呼ばれる教育課程の一環で、実習では、他人の名前を使って自衛隊に有利になるような投書を新聞に投稿する訓練も行われていた。
調査学校は、外国語の習得と情報教育を目的に1959年に設立された。心理戦防護課程は同校に10ある情報教育課程の1つ。期間は15週間で、三佐以下の陸上自衛官が対象。受講者は毎年10人前後で今年度は8人が在籍している。
有事に仕掛けられる心理戦に備える目的をもつが、防衛庁はこの教育課程について、自衛隊法施行令で調査学校の目的を「情報関係部隊の運用等に関する調査研究を行う」と規定している以外は、その内容を明らかにしてこなかった。
同課程の内容を明らかにしたのは、10年ほど前に受講した幹部自衛官。平時に左翼思想から自衛隊を「防護」する教育に加え、「日本が他国に占領された時に、敵の後方に潜入して対抗勢力を組織し、扇動により蜂起させる訓練」も行われたという。
また受講生が終了時にまとめた文集や受講生OBの機関紙「青桐」などによると、1日8時限で座学と実習に分かれ、「欺騙(きへん)」「扇動」「偵察」など科目ごとに専門教官が担当している。
座学では、旧北ベトナム軍などの非正規戦活動や組織作りなどを題材に、侵略された場合に民衆に紛れてひそかに扇動や破壊を行う方法などについて学ぶ。
また実習では、暗やみでの書類撮影など特殊カメラ技術の習得や、民衆に蜂起を促すような内容のアジ演説の草稿を自分たちで実際に作って演説する訓練なども行われたという。
この中では、全国紙の投書欄の傾向を分析し、実在する隊員の家族の名前を使って、自衛隊に有利になるような投書をするものや、駐屯地を利用して民間人を装い、建物内部に侵入して宣伝ビラを張ったりする訓練も含まれていた。卒業文集には、当時の受講生が全国紙に投稿して掲載された6つの投書記事も載っている。
この幹部隊員は新聞投稿の訓練について「どうすれば載るか工夫して投稿するが、互いに掲載回数を競うこともあった。名前を借りた相手にはきちんと断った」と言っている。
こうした訓練が現在も続けられているかどうかについて、防衛庁教育訓練局では「至急確認しているが、明確に答えることはできない」と話している。(朝日新聞 1993/01/27)

核兵器使用想定し自衛隊が幹部教育 昭和30年代 関係者証言で裏付け
昭和30年代、陸上自衛隊の上級指揮官や幕僚ら「制服組」のトップを養成する陸上自衛隊幹部学校(東京都新宿区)で、核兵器の使用を想定した図上演習などの教育が行われていたことが、共同通信が入手した当時の「部外秘」訓練資料と、教育を推進した同学校教官や資料作成者ら当時の関係者の証言から20日までに分かった。
証言などによれば、こうした教育は自衛隊発足直後の29−30年から30年代いっぱい、一貫して続けられたとみられる。
自衛隊の核兵器使用教育については、これまで国会などで度々追及されたが、政府は「核教育は防護面だけ」と答弁していた。
推進した当時の幹部学校教官は「米国留学の経験から、自衛隊でも核の技術的、戦術的事項の教育は必要と考えた」と証言している。
教育は具体的に核攻撃を想定した図上演習を中心に続けられたが、旧陸軍出身の学校幹部(当時)が米軍方式の教育に反発。政治情勢の変化もあり、40年代以降は専ら核攻撃からの防護を研究、教育する方針に変わったという。
入手したのは、米軍テキストの翻訳と、陸自が独自に作った文書の計13点で、30年に幹部学校第1期指揮幕僚課程で使われたとされる資料。
幹部学校と陸上幕僚監部の発行で、陸自独自の文書では、原爆の効力や放射能汚染の除去方法を説明。翻訳テキストでは、各種原子兵器の紹介と攻撃方法などを解説しており、防衛庁広報課は、当時の訓練資料であることを認めている。(中日新聞 1993/03/21)

米軍が先住民に人体実験 冷戦時にアラスカで放射性の丸薬投与
【アトランタ(米ジョージア州)】米CNNテレビは3日、米ソの冷戦が続いていた1950年代に米空軍が、北極圏で米兵が生き残れるかどうかを研究するために、アラスカの健康なイヌイット(エスキモー)やインディアン102人に放射能を含んだ薬をひそかに投与し、人体実験をしていたと報じた。
CNNが入手した文書によると、米空軍の研究者らは、アラスカの先住民らが極寒の地で生活できるのは、その甲状腺(せん)に秘密があるのではないかと考えていた。これを調査するため、50−57年にかけてイヌイットやインディアンに少量の放射性ヨード入りの丸薬を飲ませ、甲状腺への影響を調べたという。
イヌイットの1人はCNNに対し、米軍からは丸薬投与の目的について説明を受けておらず、ダイエットの医学的調査と思っていたと答えている。
これに関し、アラスカ州選出のマカウスキ上院議員(共和党)は連邦政府の事実関係の調査を求めている。
実験を行った医師の1人(ノルウェー在住)は、CNNの電話インタビューに応じ、イヌイットたちは旧ソ連の原爆実験によってもっと多くの放射能を浴びていたと思うと述べ、米空軍による実験は全く安全だったと回答した。(中日新聞 1993/05/04)

ディズニーは『黒い王子』!? 米で近く暴露本
『左翼情報をFBIに…』 政府文書で確認

【ニューヨーク6日武藤芳治】ミッキーマウスやディズニーランドで知られる米国娯楽産業の一大帝国を築いた、故ウォルト・ディズニー氏が生前、米連邦捜査局(FBI)ロサンゼルス支局の重要な秘密情報提供者だったとする暴露本が来月発刊される。「ウォルト・ディズニー、ハリウッドの黒い王子」と題する非公認の自伝で、著者は大衆文化関連の著書を持つマーク・エリオット氏。本に書かれた情報や引用は、政府文書によって確認されたものとしている。
同書によると、ディズニー氏の情報提供は1940年当時から死去する66年まで。当時から右翼思想家として有名だったが、41年にディズニー・スタジオでアニメーション作家らのストがあった際、リーダー数人を「共産主義者」として密告。マッカーシズムの“赤狩り”吹き荒れる50年代にもハリウッドの映画作家、監督、プロデューサー、俳優らの「左翼思想」情報を次々とFBIに提供していたとしている。
また、同書は47年当時、映画俳優組合の委員長だったレーガン元大統領も「T-10」というコード名の重要情報提供者と指摘したうえ、50年近くFBI長官を務めた故ジョン・エドガー・フーバー氏とディズニー氏の長年にわたる関係も暴露。ディズニー氏がFBIの要請で映画のシナリオ変更に応じたりしていたという。(中日新聞 1993/05/07)

「核兵器開発なら北朝鮮は消滅も」 米大統領が警告
【ワシントン9日=共同】クリントン米大統領は9日夜放映の米NBCテレビとの会見で「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が核兵器を開発したり使用したりすれば、米国は直ちに圧倒的戦力で報復し、北朝鮮という国がなくなることになるだろう」と、強い調子で警告した。
大統領は、北朝鮮は米国が報復攻撃を確実に実行することを知っているはずだとし、米国の安全保障上の決意を北朝鮮に改めて明確に示し核不拡散条約(NPT)に引き戻すと延べた。
NBCはまた、米情報機関の推定として、北朝鮮が1−5個の核兵器を造るのに十分なプルトニウムを保有していると報じた。
クリントン大統領は、韓国訪問に向かう前に東京でインタビューに応じた。(中日新聞 1993/07/10)

第3世界へ兵器売却 米が3年連続トップ シェア57%、136億ドル
【ワシントン20日=坂口智】米議会調査局が20日発表した報告書によると、1992年の第3世界への通常兵器売却合意額は計239億ドルで、同調査局が調査を始めた84年以来最低の数字となった。この中で米国は、136億ドルと前年の49%から57%へシェアを広げ、最大の売り手となっている。米国が首位を占めるのは90年以来3年連続。この3年間で、米国の売却額は全世界の総額の半分を占めた。
92年の米国からの売却は、台湾(64億ドル)、サウジアラビア(42億ドル)、クウェート(11億ドル)の3国・地域からの新規兵器購入注文があったことが大きかったとしており、この3国・地域で米国売却分の86%を占めた。
89年まではソ連が首位だったが、その後シェアを急速に落とした。92年のロシアの売却合意額は13億ドルで、フランス(38億ドル)、英国(24億ドル)に次いで第4位だった。(朝日新聞 1993/07/21)

輸出した武器でもう米兵殺すな 下院議員111人が大統領に抑制要求
【ワシントン31日竹内正昭】バーマン米下院議員(カリフォルニア州選出、共和党)ら下院議員111人は30日、連名でクリントン米大統領に書簡を送り、「米兵士が輸出した兵器で殺されるのはもうたくさん」として、発展途上国などへの米国の武器輸出を抑制するよう要求した。
同議員によると、米国は世界で使われている武器の6割近くを輸出。この結果、米兵士は湾岸戦争やソマリア、パナマなどでの戦闘の度に自国製の武器と立ち向かっている。
書簡では、こうした武器輸出政策は、民主主義や政治の安定、世界的な経済成長を望む米国の国益に反すると警告し、政策の再考を促している。(中日新聞 1993/08/01)

米の対日計画 原爆投下 京都も標的 米軍資料から解明
広島、長崎に原爆が落とされて48年目−−。厚いベールに包まれていた米国の対日原爆投下計画の全容が、樟蔭女子短大(奈良県香芝市)の吉田守男助教授(47)ら研究者たちの手でほぼ解明された。これによると、米軍は終戦前日まで日本上空から「模擬原爆」を投下してリハーサルし、京都をはじめ主要都市に原爆投下の構えでいたことが判明。「米国は文化財保護で古都の爆撃を避けた」という、いわゆる“ウォーナー伝説”を覆した形だ。(編集委員・黒住隆興)

吉田氏が原爆投下問題の究明に取り組むようになったのは20年前の京大大学院生のとき。「米国は空襲を避けた」とされた京都にも、実際は「迷い子」のB29が2回も空襲、米軍資料で伏字にされていることに強い疑問を抱き、同じ伏字の米軍原爆投下部隊・509混成群団の存在も知った。
その後も、米軍の資料を集めて米国の対日原爆投下計画の大筋をつかんだ。昨年5月には、吉田氏の調査を裏付ける同部隊の極秘を解かれた文書が米国で見つかった。「徳山の空襲を語り継ぐ会」メンバーで、徳山高専教授の工藤洋三さん(43)が米国アラバマ州マックスウェル空軍基地のシンプソン歴史センターから入手したものだった。509混成群団の「作戦任務報告書」と「野戦命令書」で、愛知県の市民グループ「春日井市の戦争を記録する会」の金子力さん(43)=春日井市東部中教諭=が独自に調査した資料を加え、別掲の「509混成群団の作戦行動」一覧表(※江原注:割愛)がまとまった。
一覧表では、1945年7月から8月までの作戦行動を「1」から「18」まで番号をつけ、「13」が広島、「16」が長崎への原爆投下。残る16の作戦が模擬原爆の投下になっている。
つまり、米軍は8月14日までの1カ月足らずの間に、延べ50機のB29で49発(1発は海上投棄)の1万ポンド(約4.5トン)の巨大爆弾を投下。日本の上空1万メートルをゆうゆう飛んで、その高度から原爆投下の“リハーサル”をしていたことになる。
模擬原爆の投下目標は、目標都市としての京都、広島、小倉、新潟の4エリアに分けられた。京都は当時、原爆投下の対象からはずされていたにもかかわらず、広島の原爆後から終戦の前日にかけて集中的な投下ぶりが目を引く。
もともと、京都は原爆投下の第1目標と決められていた。米政府は目標選定委員会を45年5月に開き、京都、横浜、小倉、新潟を投下目標都市とし、京都は広島と並んでAA目標として「予約」、通常の爆撃禁止命令も出された。
京都の投下は京都駅西1キロの現JR梅小路機関車庫を爆心地として、航空写真も用意され、直径3マイルの円も描き込まれた。
その後、候補地は差し替えがあって二転、三転。京都もスチムソン陸軍長官が「京都に原爆を落とせば、日本人の反発を招き、戦後の占領政策がうまくいかなくなる」と唱える政治的理由で7月22日、対象からはずされた。
にもかかわらず、509混成群団のグローブズ少将は空襲禁止リストから京都をはずさず、実戦部隊は、あくまで原爆目標として「温存」、リハーサルも繰り返されていた。
模擬原爆のリハーサルで注目されるのは、天皇を殺害して英雄になろうとしたパイロットが皇居を爆撃しようと東京へ投下したケースも含まれている。

509混成群団
日本へ原爆を投下する部隊として、1944年12月、マンハッタン計画(原爆製造計画)の総指揮官だったグローブズ少将によって編成され、テニアン島を基地に改造B29が15機配備、総兵力1767人が配属された。グアム島の米第20航空部隊に所属、その行動は長くトップ・シークレット。47年7月に解散。

ウォーナー伝説
ハーバード大付属フォッグ美術館東洋部長で日本研究家のランドン・ウォーナー博士(1881−1955)が京都、奈良、鎌倉の文化財を守るため、米政府へ爆撃しないよう進言、空爆除外に成功したとされる。日本では「日本文化の恩人」として、それらの古都など6カ所に記念碑が建てられ、勲二等まで授与されている。(中日新聞 1993/08/05)

ブッシュ前大統領 戦犯に加担? 日本の救命ボート 編隊機が機銃掃射
【ワシントン7日UPI=共同】第2次大戦中、太平洋戦線で米軍爆撃機のパイロットだったブッシュ前大統領が、日本の非武装の救命ボートを攻撃する戦争犯罪に加担した可能性があることを強く示唆する海軍機密文書が見つかったと、米月刊誌ハーパーズマガジン9月号が7日伝えた。
掲載された海軍文書によると、1944年7月25日に南太平洋パラオ諸島で、当時少尉だったブッシュ前大統領らの乗った米軍機の編隊が日本のトロール船を撃沈し、非難する乗組員らが乗った救命ボートに機銃掃射した。
しかし同誌はブッシュ前大統領自身や同乗機が実際に攻撃したかどうかや、非武装船への攻撃が戦争犯罪とならないような状況だったかは不明だとしている。
同誌の問い合わせに対し、テキサス州ヒューストンのブッシュ事務所は、前大統領がコメントすることはないとしている。
昨年の米大統領選挙運動期間中に、米紙ロサンゼルス・タイムズ、米週刊誌USニューズ・アンド・ワールド・リポートなどはこの文書の存在に気付きながら掲載しなかったという。(中日新聞 1993/08/09)

「SDIにニセ実験 ソ連と米議会欺く」 NYタイムズ
【ワシントン18日=ニューヨーク・タイムズ特約】レーガン政権時代の複数の政府当局者が明らかにしたところによると、いわゆるスターウォーズ計画――戦略防衛構想(SDI)の担当者が不正なやりかたでミサイル迎撃実験を操作したうえ、他のデータも改ざんして、当時の仮想敵国ソ連と米議会をだましていた。この不正な計画は当初、SDIの実験が成功しているようにソ連に思わせることが狙いだったが、米議会から多額の予算を獲得するための説得材料にも使われるようになったという。
これらの政府当局者によると、不正な実験計画は当時国防長官を務めていたワインバーガー氏も承認していたとされる。これに対して同氏は承認したかどうかについては確認を避け、「議会をだましたことはない。しかし、敵に偽情報を流すのは常道だ」などと述べた。
偽情報の具体例として関係者が挙げた実験は、1984年6月に行われた。カリフォルニアから発射された標的のミサイルを、太平洋上から打ち上げたミサイルで迎撃するものだった。しかし、最初の3回が失敗したことで、「議会で多額の予算が認められなくなるのを恐れた」(実験を担当した科学者)ため、4回目の実験を偽ったという。
この科学者によると、標的のミサイルに特定の周波数を発信する無線標識を取り付け、受信機をつけた迎撃ミサイルが用意に捕そくできるように仕組んだ。結果は「見事に命中し、議会も疑問を持たなかった」と話している。(朝日新聞 1993/08/19)

SDI 迎撃実験成功はウソ? 米紙が報道 事実調査へ
【ワシントン20日関口宏】スターウォーズ計画の別名で知られた米国の壮大なミサイル迎撃システム、戦略防衛構想(SDI)は今年5月にアスピン国防長官が開発打ち切りを宣言して、忘れられた存在となりつつあったが、「開発の行方に大きな影響を与えた1984年の迎撃実験成功の報告には虚偽の内容が含まれていた」とするニューヨーク・タイムズ紙の報道が米マスコミにSDIという文字をよみがえらせた。アスピン国防長官は「重大な問題」と受け止め、事実関係の調査を命じている。

SDIは旧ソ連の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が米本土へ向けて発射された場合、これを宇宙空間で迎撃、撃破するシステムで、レーガン政権時代の83年に開発計画が打ち出された。ニューヨーク・タイムズ紙が取り上げたSDI実験は84年6月に行われている。
この時の実験の目的は、赤外線センサーを搭載した迎撃ミサイルを地上から打ち上げ、その赤外線センサーが宇宙空間を飛来する弾道ミサイルの弾頭追尾に有効かどうか確かめることにあった。
迎撃ミサイルは2段ロケットを使って西太平洋クエゼリン島の米陸軍ミサイル発射実験場から打ち上げられた。一方、模擬弾頭を装備した標的用のミサイルはカリフォルニア州バンデンバーグ空軍基地から発射された。
迎撃ミサイルは標的ミサイルに命中、実験は成功した。過去3回にわたる失敗を経て4回目にようやく実験成功にこぎつけたもので、迎撃ミサイルが飛行中の長距離弾道ミサイルの弾頭を撃破したのは、ミサイル開発史上、これが最初のケースだっただけに、SDIの前途を明るく照らす材料となった。
しかし、ニューヨーク・タイムズ紙(18日付)が匿名を条件とするレーガン政権時代の4人の実験関係者の話として報じたところによると、この時の実験成功は、実際は「成功を装った」ものであり、「他のデータも改ざんした」ものだったという。
同紙は「SDIの前途を保証するため、実験をごまかした」という関係者の話も紹介した。その方法は、標的ミサイルに特定の周波数を発信するビーコンを搭載し、迎撃ミサイルにはそれをキャッチする受信装置を取り付けた。これによって、迎撃ミサイルは確実に標的ミサイルを撃破できたというわけである。
偽装の上に成り立つ実験成功は、当時のワインバーガー国防長官も了承し、結果的に旧ソ連に米国が真剣にSDI開発と取り組んでいることを印象づけ、同時に米議会にSDI予算を認めさせる効果をもたらしたと同紙は報じた。
4人の関係者のうちの1人は「偽装工作は冷戦時代の文脈の中でとらえるべきで、だまし合いは米ソ双方の武器だった」と同紙に語っている。
こうした報道に対してワインバーガー元国防長官は「全くナンセンスだ」と述べ、「議会をだます理由なんて何もないし、旧ソ連はわれわれが何をやっているのかちゃんと知っていた」と反論した。
また当時、陸軍弾道ミサイル防衛システム司令部の司令官だったユージン・フォックス退役少将は「迎撃ミサイルには何の受信装置も搭載していなかった。だから迎撃ミサイルは標的ミサイルと直接、通信する方法はなかった」とニューヨーク・タイムズ紙の報道内容を否定した。(中日新聞 1993/08/22)

ケネディ大統領暗殺事件 非公開の政府文書80万ページを公開
新事実なく?「謎」解けず

【ワシントン23日=坂口智】ワシントンの米国立公文書館は23日、1963年のジョン・F・ケネディ米大統領暗殺事件に関する、これまで非公開だった政府文書80万ページ以上を公開した。同事件の調査にあたったウォーレン委員会は64年、暗殺は逮捕後に射殺されたリー・オズワルド容疑者の単独犯行との公式結論を出したが、これを疑問視する声はいまだに根強い。犯罪組織やソ連、キューバ、米中央情報局(CIA)などの関与を主張する諸説が後を絶たず、2年前には、米政府内の陰謀説を示唆する「JFK」が公開され話題を呼んだばかり。
この日公開された文書のうち、特に関心を集めたのは約9万ページにわたるCIAの文書。この中には、ソ連から亡命して当時CIA顧問を務めていた旧ソ連国家保安委員会(KGB)職員が書いた、事件はKGBの陰謀によるとする報告書が含まれていた。しかし、この報告書はソ連の関与を疑うべき理由を並べただけで推測の域を出ず、結局、驚くような新事実は出なかった模様。ケネディ暗殺事件は依然「謎(なぞ)」として米国民の話題に上り続けることになりそうだ。
今回の文書公開は、去年10月に成立、事件に関する政府の記録を原則としてすべて公開するよう求める「ケネディ大統領暗殺記録収集法」という法律に基づく措置。ただし、関係する個人に「相当の害が及ぶ」場合は公開の例外とされており、まだ相当量の文書が政府の手に握られている。
同法は、公開から除外すべき文書の審査などのため、政府から独立した委員会の設置を定めているが、一部の研究者などからは、依然として政府は全面的な情報公開に消極的との指摘も出ている。(朝日新聞 1993/08/24)

朝鮮半島に紛争発生なら自衛隊を派遣も 韓国紙に小沢氏表明
【ソウル23日時事】新生党の小沢一郎幹事は23日付の朝鮮日報とのインタビューで、朝鮮半島で紛争が発生した場合の自衛隊派遣の可能性について「韓国が賛成することを前提に、国連の一部として行動することはできる。国連の一員として日本も協力しなければならないと考える」と述べ、国連軍の一部として自衛隊が参加することはあり得るとの見解を表明した。(中日新聞 1993/09/24)

撃破率9% パトリオット神話“落下” 米会計検査院報告
スカッドミサイルを次々に空中で撃破するパトリオット――。湾岸戦争で生まれた対空ミサイル“パトリオット神話”だが、実際のスカッド撃破率は9%にすぎないと、米国会計検査院が報告書に記載していたことが27日、防衛庁関係筋の話で分かった。両ミサイルの残がいが落下し、むしろ被害が広がった事実も確認されている。訪米中の中西啓介防衛庁長官は27日、米国のアスピン国防長官と会談するが、パトリオットを組み込んだ戦域ミサイル防衛(TMD)構想の日米協議に重大な影響を与えそうだ。
湾岸戦争ではスカッドと呼ばれていたが、正式にはイラクの技術で手を加えたスカッド改良型中距離弾道ミサイル「アル・フセイン」。これに対して、米軍は地対空ミサイル「パトリオット(PAC2)」で迎撃した。その光景は全世界にテレビ中継され、パトリオットが「夢のハイテク兵器」であるかのような印象を与えた。
イラクが発射した「アル・フセイン」は88発。これに対し、米軍は158発のパトリオットを発射した。米軍は当初、96%を破壊したと発表していたが、1992年4月の議会への最終報告ではイスラエルで40%、サウジで70%の成功率だったと下方修正した。
米会計検査院の報告書によると、スカッドは落下途中で爆薬の詰まった弾頭と推進部に分かれるため、弾頭部分の破壊が必要。だが、弾頭破壊が確実に行われたのは9%にすぎず、16%はパトリオットがスカッドの近くを通ったものの弾頭破壊の証拠がない、という。
また、この報告より前、米国の専門家が「市街地に落ちたスカッドやパトリオットの残がいで、負傷者は50%、アパート損壊は3倍に増えた」と発表した。
米国では“神話”はすっかり地に落ちている。(中日新聞 1993/09/27)

在日米軍基地から核兵器発射は可能 CIA59年の機密文書公開『日本政府の同意確信』
【ワシントン8日時事】日本が直接外国の軍事的脅威を受けた時、日本政府は在日米軍基地から、核兵器を発射することに同意するだろう――。1959年当時、日本の米軍基地からの核攻撃や攻撃機の出動を日本政府が間違いなく容認すると分析した中央情報局(CIA)の機密文書の存在が明らかになった。
これは、4日から一般公開が始まったCIA機密文書のうち「国家情報評価―自由世界の意味と核能力を増強し続ける共産圏」と題した文書の中で詳述されている。
59年に作成された同文書は、日本は米国の抑止力に依存し続けており、今後も米国の同盟国として西側陣営にとどまるとの意思を弱めることはないと指摘。そのうえで「核兵器に対する一般大衆の強い嫌悪感および核攻撃に対する対抗手段の欠如から、日本政府は核兵器の持ち込み反対など、日本が関与する危険を極力少なくするための措置を取ることを余儀なくされてきた」と強調している。
しかし、文書は「にもかかわらず、日本の指導者は日本自身が直接の脅威にさらされたと感じた際に、航空機攻撃や核兵器発射のために在日米軍基地を使用することに同意するものと確信している」と分析、CIAが在日米軍による有事の核使用は可能と判断していたことを明らかにした。(中日新聞 1993/10/10)

韓国侵攻は米への攻撃 米大統領が北朝鮮に警告
【アメリカ総局7日】クリントン米大統領は7日、米NBCテレビの番組「ミート・ザ・プレス」に出演。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発疑惑に関して、「北朝鮮の核開発を許してはならない」と強い懸念を表明し、北朝鮮が韓国に侵攻した場合は、米国への攻撃とみなすと警告した。
大統領は、「韓国には駐留米軍がいる。北朝鮮も韓国への攻撃が米国に対する攻撃となることを理解しているはずだ」と述べた。
また、米国が北朝鮮の核開発疑惑のある施設に先制攻撃をかける可能性については、「いま特定の選択肢についていうべきではない」と述べるにとどまった。(中日新聞 1993/11/08)

朝鮮戦争 米が生物・化学戦準備 兵器の備蓄 日本に想定 機密文書明るみ 
1950年6月に始まった朝鮮戦争の時期に、米国が細菌、毒ガス兵器を使った生物・化学(BC)戦の準備を具体的に進めていたことを裏付ける米国防総省の最高機密文書のコピーを、常石敬一・神奈川大教授(科学史)が、13日までにワシントンの米国立公文書館から人手した。文書は(1)開戦後、空軍参謀総長が「報復のみに使用する」というBC兵器に関する従来の政策を、放棄するよう提案した(2)米国内で陸軍が神経ガス工場の建設や、ペスト菌の野外実験をした(3)BC兵器の備蓄場として池子(神奈川)や呉(広島)が想定されていた−−などの新事実を明らかにしている。
朝鮮戦争では当時、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)側が、細菌戦を実行したと米国を非難したが、真相は不明になっている。研究者らは、「実行に向けた米国の意図を示す貴重な資料」と指摘している。
文書は「統合参謀本部(JCS)1837」など計600ページを超え、75年からは機密解除になり、細菌戦研究をしている常石教授が請求、入手した。
参謀本部の機関決定をまとめた「1837」によると、BC兵器の研究が具体化するのは48年後半で、使用については「(敵の攻撃に対する)報復手段としてのみ」認め「防御」が前提だった。
だが、開戦直後の50年6月30日付「特別委員会報告書」では、国防長官の諮問機関である同委員会が「『報復のみ』という政策は米国の安全保障に有害」と提言、BC兵器の攻撃能力の重要性を訴え、これまでの政策放棄を主張した。
また、バンデンバーグ空軍参謀総長も統合参謀本部への52年7月3日付文書で「報復のみ」の政策放棄を提案。統合参謀本部も同意して政策変更を促した。これは戦局の行き詰まりを背後に、方針を転換する意図をうかがわせている。だが、その後の過程は、触れられていない。
コリンズ陸軍参謀総長のメモ(52年2月25日付)などによると、陸軍がそのころ、神経ガス工場の建設をロッキー山脈で開始したほか、ユタ州でペスト菌などの野外実験を本格化したという。
東京駐在のクラーク国連軍司令官がワシントンの陸軍省へ送った52年10月15日付交信では「化学兵器の備蓄場は日本が望ましい」として、米軍弾薬庫があった池子や呉の地名を挙げて、極東地域への化学兵器の輸送を促している。

戦場での試験を切望
常石敬一・神奈川大教授の話 朝鮮戦争での生物戦の実行を考える際、これまで不明だった点の1つは米側の意志や意図だった。この資料は、米軍が生物・化学(BC)兵器を全兵器体系の中に位置付けるため、戦場での試験(トライアル)を切望していたことを明確に示している。空軍参謀総長の提案も、当時生物戦を理由に北側に捕らえられた兵士の多くが空軍パイロットだったことと関連して興味深い。

『BC戦免責』裏付け
占領史に詳しい粟屋憲太郎・立教大教授(日本近現代史)の話 日本に化学兵器を運ぼうとしていたというのは全く新しい事実で、私にとっても大きな驚きだ。東京裁判で米国は日本軍のBC戦を免責しているが、それは自分たちもBC兵器を使用したかったからではないか。今回の資料はそういった事実を裏付けたといえる。

朝鮮戦争
1950年6月25日にぼっ発、朝鮮半島全域を舞台とした戦争。北緯38度線で韓国軍と対じしていた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)人民軍が南下して始まったとされる。開戦直後に米国は軍事介入を決定、国連にも働き掛け、安全保障理事会で国連軍の派遣を決議した。50年10月には、中国人民義勇軍が北朝鮮を支援して参戦。53年7月27日に休戦協定が調印された。
52年2月、北朝鮮側が米軍機による細菌戦の実行を非難。写真資料などでその非人道性を国際世論に訴えたが、北朝鮮が第3機関による調査団の派遣を拒否して、真相は確認されなかった。(中日新聞 1993/11/14)

プルトニウムで人体実験 原爆開発 米医師ら
【ワシントン17日共同】原爆を開発した米マンハッタン計画の医師らが、1945年から47年にかけてプルトニウム溶液などの放射性物質を人体に注入する秘密実験をしていたことをニューメキシコ州の地元紙アルバカーキ・トリビューンが突き止め、その被験者の身元や当時の詳細な模様を15日からの連続特集で掲載した。プルトニウムによる人体実験が行われていたことが分かったのは初めて。
実験はプルトニウムなどが体内のどこに蓄積されるかを調べるのが目的。被験者は18人で全員が死亡しているが、うち5人の身元が判明した。5人は元鉄道会社員のエルマー・アレンさん(91年死亡)ら。
アレンさんは47年7月、左足に骨がんがあると診断され、サンフランシスコのカリフォルニア大学病院で治療中に医師らの訪問を受け、左足のふくらはぎにプルトニウムを注射された。3日後に左足は切断され、医師らが運び去った。
10年以上生きる見込みがない病人らを選んだがアレンさんら5人は20年以上存命した。アレンさんは形式的な同意書が残っているが被験者に十分説明した形跡はないという。(中日新聞 1993/11/18)

「パトリオット 迎撃率低い」 湾岸戦争時「ほぼゼロ」 イスラエル元国防省発言記録
【ワシントン20日=坂口智】湾岸戦争でイラクのスカッド・ミサイル迎撃に効果を上げたとされる対空ミサイル「パトリオット」について、戦争当時のイスラエル国防相モシェ・アレンス氏が「ほとんど役に立たなかった」と判断していることが、朝日新聞が入手した同氏の発言記録で明らかになった。米国が日本に対し開発協力を提案している戦域ミサイル防衛(TMD)構想では、パトリオットの改良型が迎撃ミサイルシステムの有力候補となっている。
アレンス氏は今年9月上旬、マサチューセッツ工科大のセオドア・ポストル教授らから成る研究チームのインタビューに対し、「正確な統計はないが、迎撃成功率は極めて少ない。実際無意味(なほどの数)だ」と発言。改良計画にも強い疑念を表明していた。
戦争直後、米国は100%に近い迎撃成功率を主張していたが、その後サウジアラビアでの迎撃成功率は約70%、イスラエルでは40%と下方修正した。また、米会計検査院は、「迎撃成功の証拠があるのは9%」との報告を出すなど、諸説が流れているが、イスラエルの軍事情報を掌握していた人物がパトリオットの「無能性」を公にしたのは初めて。
アレンス氏は、パトリオットが本来、対航空機用に開発されたシステムであり、「スカッドのようなミサイルを迎撃できる可能性は非常に低いことを知っていた」と発言。同氏は「(戦争開始後)最初の数日で、迎撃効果はゼロに近いことがはっきりした」と断言した。(朝日新聞 1993/11/21)

地雷つけ釈放 敵陣で爆破 捕虜のイスラム教徒を「人間爆弾」に 英紙報道
【ロンドン24日共同】24日付の英紙タイムズは、ボスニア・へルツェゴビナ内戦でクロアチア武装勢力が捕虜のイスラム教徒を「人間爆弾」に仕立て爆破したと批判した。
同紙によると、場所はボスニア中部のノビトラブニクでクロアチア武装勢力は捕虜にしたイスラム教徒3人の体に対戦車地雷をロープで縛り付けた上、起爆させるための電線をつないだまま釈放。歩いてイスラム教徒勢力のざんごう近くに戻ったところを爆破した。
同紙は事件のあった日時について触れていないが、1カ月後にボスニアで人道援助促進おため展開する英兵士が遺体や破裂した爆弾の一部を回収したという。(中日新聞 1993/11/24)

ダミー代わりに死体 独で車の衝撃テスト
【ベルリン23日=AP】ドイツの名門ハイデルベルク大学医学部のライナー・マッタルン学部長は23日、1975年から自動車事故の衝撃テストにダミーの代わりに人間の死体を使用し、89年に中止するまで子供8人を含む200人の死体を使っていたことを明らかにした。
マッタルン学部長は、子供の死体を実験に使う際には両親の了解を得ていたと指摘。大人の死体に関しては路上生活者など身元の不明なものは使わず、使用に際しては家族の了承をとっていたと述べた。
同日付の日刊紙ビルトが1面で衝撃テストの観点から死体の使用は許されないとの声が上がった。またZDFテレビは、衝突が人体に与える影響を調べるためにドイツ自動車業界がハイデルベルク大学に研究を依頼したと伝えた。(朝日新聞 1993/11/24)

JFK暗殺から30年 オズワルド単独犯行 米大統領『信じる』
だが国民の85%は『ノー』

【ワシントン22日竹内正昭】ジョン・F・ケネディ元大統領がテキサス州ダラスで暗殺されて22日で30年になるが、クリントン米大統領は同日、同元大統領の暗殺は、犯人とされるリー・オズワルドによる単独犯行だったと信じると述べた。しかし、AP通信の世論調査では、米国民の71%が依然、陰謀説を信じるなど、ナゾは深まるばかりだ。
クリントン大統領は記者団に「暗殺事件はオズワルドの犯行だったと思うか」と聞かれ、「オズワルドの単独犯行とした(ウォーレン委員会の)判断に満足している」と語った。また、当時の大統領護衛官たちの働きについても努力を認める発言をした。
ケネディ暗殺では、これまで「軍部タカ派とジョンソン副大統領(当時)の共謀説」「マフィア説」「旧ソ連国家保安委員会(KGB)説」「キューバ関与説」など、多くの推測が出ているが、真相は不明。同調査でもオズワルドの単独犯行とみる米国民は15%しかいない。
また、米連邦捜査局(FBI)などの一部文書がこの夏、公開され、KGB関係者から事件関係の資料が流れているが、82%の国民は「真実を知らされていない」と感じている。(中日新聞 1993/11/24)

米の大学でも遺体使用判明 車の衝撃テスト
【ワシントン24日=大塚隆】ドイツの大学で死体を使った自動車の衝撃テストが行われていたことが分かったが、米国でも50年以上にわたり、同種のテストが政府機関や自動車会社の委託を受け、大学で行われていることが24日、明らかになった。(朝日新聞 1993/11/25)

日独の暗号文 チャーチルは知っていた 秘密文書を公開
【ロンドン27日時事】英公文書館は26日、第2次大戦中に同国秘密情報機関が収集ないし暗号解読し、チャーチル首相(当時)に毎日提出していた秘密文書を一般公開したが、そこには日本やドイツなど敵国はもとより、第3国の極秘の外交交信記録も含めて解読されており、改めて英国など旧連合国側の情報収集・暗号解読能力の優秀さを印象づけている。
特にチャーチルは、日独伊の3国同盟関係がそれほど緊密ではなく、互いに疑心暗鬼になっているのを解読された文書から読み取り、一部を当時のルーズベルト米大統領に知らせていた点が注目される。
例えば、太平洋戦争が始まり、日本軍の快進撃がまだ続いていた1942年2月28日、トルコの駐日大使は「東京では、ドイツの状況が極めて大きな憂慮をもってフォローされており、日本は自らが置かれた状況の困難さを感じ始めている」と本国に報告した。これは、独ソ戦でのドイツの苦戦を知った日本側の動揺を伝えたものとみられるが、解読されたこの報告を読んだチャーチルは大きな興味を抱き、「私からの情報だ、と彼(ルーズベルト)に伝えよ」と、赤いインクで注釈して側近に指示している。(中日新聞 1993/11/28)

過去204回秘密核実験 プルトニウム人体実験も認める 米エネルギー省
【ワシントン7日江尻司】米エネルギー省は7日、米国が過去204回に及ぶ核実験を公表せず秘密にしていた事実など、機密になっていた米国の核実験の実態を明らかにした。米政府は核爆弾製造施設の縮小を進めており、同省は冷戦終了で機密にしておく必要がなくなったためと公表の理由を説明している。
同省によると、冷戦が本格化した1951年以来、米国はネバダ実験場で925回の地下核実験を実施。核軍備増強を競っていた旧ソ連に情報を入手させないため、そのうち204回は実験の事実を公表しなかった。アラスカや太平洋を含めた米国の全実験は1051回に上る。
秘密とされた実験の大半は1960−70年代に集中、最近では90年の実験が公表されなかった。
また同省は、米国が過去89トンの核兵器用プルトニウムを製造。現在33.5トンを貯蔵していることも明らかにした。

【ワシントン7日時事】米エネルギー省は7日、40年代に原爆開発のためのマンハッタン計画に従事していた18人を対象に、プルトニウムを体内に注入、その影響を調べるという人体実験が行われていたことを確認した。この人体実験については、既に米国内でも一部の新聞が報道していたが、被験者にきちんと情報を与えたうえで事前に同意を得たかどうか疑問で、同長官自身、「報告にショックを受けた」と述べた。
この18人は既に全員が死亡している。このほかにも、40年代以降、約800例の放射能人体実験が行われたという。(中日新聞 1993/12/08)

キング牧師暗殺で真犯人 英紙報道
【ロンドン12日=時事】12日付の英紙オブザーバーは1面トップで、米国の黒人運動指導者、故マーチン・ルーサー・キング牧師暗殺事件(1968年)の真犯人が近く明らかになり、牧師暗殺の犯人として99年の禁固刑に服しているジェームズ・アール・レイ受刑者の無実が証明されると報じた。
同紙によれば、真犯人を雇った米テネシー州メンフィスに住む白人男性が訴追の免責を条件に事件の真相を法廷で証言する。この男は、マフィアと関係があるとみられる地元の有力実業家(既に死亡)ら2人の男から10万ドルの報酬でキング牧師の暗殺を依頼され、狙撃の名手だと地元で評判の男を雇って殺人を実行させたという。(朝日新聞 1993/12/13)

人体実験は300人余 米核兵器工場 地元紙が報道
【ワシントン23日=大塚隆】米国で23日、ワシントン州にあるハンフォード核兵器工場が10種もの人体実験を行っていたと地元紙が報じた。米エネルギー省は核の機密に関する情報の一部公開を決めたが、人体実験情報のすべてが記録に残されているわけではない。このため同省は同日、人体実験に関する情報を集めるための無料の専用電話を設置した。
ハンフォード核工場に近いオレゴン州の地元紙のオレゴニアンが報じたのは、同工場の運営を1965年にゼネラル・エレクトリック(GE)社から引き継いだバッテル社の研究所が、51年から75年までに実施していたと明らかにした一連の実験。少なくとも319人の患者や従業員などが参加させられていたという。たとえば、63年から翌年にかけて、リン32を5人の患者に注射し、体内への吸収率を調べた。これは同工場の原子炉の冷却水によって魚介類が汚染されたため、これらを食べた時の影響を調べるためだった。
赤血球への影響を知るために、130人の患者やボランティアに放射性の鉄やクロムを注射したこともあったという。また、工場の運営に当たっていたGEの従業員15人が、職場での被ばくを防ぐためにトリチウムが含まれている水蒸気をかぐ実験もしていた。
一連のこれらの実験はエネルギー省の前身である原子エネルギー委員会や厚生省などが実施していた。しかし、実験に参加した患者らが、どういった影響を受けたかは明らかではない。(朝日新聞 1993/12/24)

精神障害児に放射性の食品 米大学で実験の報道
【米マサチューセッツ州27日=ロイター】ボストン・サンデー・グローブ紙は26日、1946−56年にかけて、ハーバード大とマサチューセッツ工科大(MIT)の研究者らが、放射性物質を含む食品を、少なくとも49人の精神障害児に食べさせる実験をしていたと報じた。
同紙によると、消化能力などを調べる目的で放射性物質を含むカルシウムや鉄入りの食品を食べさせ、血液などへの影響も調べた。当時、少年たちの親に多少の説明はしたが、放射性物質のことは告げていなかったという。
マサチューセッツ州政府によると、医師団がその後の影響を調べる予定だという。(朝日新聞 1993/12/28)

北朝鮮 核兵器は保有せず 韓国大統領が見解示す
【ソウル28日城内康伸】韓国の金泳三大統領は28日、青瓦台(大統領府)担当記者との懇談会で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核兵器開発疑惑について、「開発に強い執念を持っているが、現在保有しているとはいえない」と述べた。米国紙の一部は最近、北朝鮮が既に核爆弾を保有している可能性があると伝えたが、金大統領は否定的な見解を示した。
また金大統領は同問題をめぐる北朝鮮の態度に変化の兆しがみえると指摘。北朝鮮がニューヨークで続いている米朝間の実務協議で、解決に向けた前向きの姿勢をみせていることを示唆した。
さらに「来年には南北関係の重要な契機が訪れるだろう」と展望。中断している韓国と北朝鮮との対話が再開される可能性が高いことを示唆したとみられる。
金大統領はこのような見通しの理由について、「わが国は正確な情報を持っている」と強調、米国と緊密な情報交換と協議を行っていることを説明した。(中日新聞 1993/12/29)

自衛隊が『交戦規則』 有事を想定 文民統制の逸脱も
陸海空の3自衛隊が、今秋実施した過去最大規模の統合演習に当たって、武力行使の条件や限界など軍事行動の基本的枠組みを定めた本格的な「交戦規則(ROE)」を作成し、演習に適用していたことが30日、明らかになった。防衛庁内局は「あくまで研究が目的」と説明、内容は一切明らかにしていない。しかしROEは文民統制(シビリアンコントロール)を確立するための根幹であり、自衛権がどの範囲まで行使できるかなど憲法問題とも直接かかわる性格を持つだけに、制服組主導の在り方は今後論議を呼びそうだ。
防衛庁はこれまで、領空侵犯に対する措置や国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の武器使用について、事実上のROEを個別に決めた例はあるが、有事を想定した全自衛隊レべルでの導入は初めて。
ROEは、米国など西側を中心に確立した。政府が国際危機や紛争で軍事力を使う際、文民統制を徹底、武力の行使を管理していく役割を果たす。
各国とも政府の指示で軍当局が作成しており、軍事関係者によると、一般的には危機や紛争に応じた政府の総合的な情勢判断と対応策をまず明記。次いで軍事作戦の目的、方針から、指揮統制の方法、敵と味方、中立国の区別などについて詳細に規定されるという。
防衛庁筋によると、今回の統合演習は、日本周辺の軍事緊張が高まり、大規模な侵略を受けるシナリオで進められた。ROEは反撃作戦を想定し、演習を主催した統合幕僚会議が各自衛隊とともにまとめた。
演習では「戦闘状態に入る前に、日本や同盟国の艦船、航空機が国籍不明の相手に攻撃された時、どんな自衛措置が許されるのか」などが具体的に設定されたもようだ。

交戦規則(ROE)
「Rules of Engagement」の訳語。米統合参謀本部は「軍が戦闘を開始、または継続する条件や限界を明確に定めた政府の指示」と定義している。
平時、戦時を問わず、政府が軍への「シビリアンコントロール」を維持。行き過ぎた武力行使による紛争の拡大などを防止し、危機管理を図る重要な役割を担う。軍事的条件に加え、外交など国の基本政策や国内、国際法の法的要素を総合して策定される。(中日新聞 1993/12/31)



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