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9/11トリック─「テロ」は起きなかった

マック・レイカー





「われわれはテロについて真実を語らなくてはならない。9/11攻撃に関するとんでもない謀略説を断じて容認してはならない。それはテロリストたちから非難の矛先をそらし、その犯罪から遠ざけようとする、悪質きわまりない嘘なのだ」 ("We must speak the truth about terror. Let us never tolerate outrageous conspiracy theories concerning the attacks of September the 11th; malicious lies that attempt to shift the blame away from the terrorists, themselves, away from the guilty." by George W. Bush- RealPlayer Movie)

─ジョージ・W・ブッシュ(2001年11月10日、国連総会での大統領演説より)


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QuickTime Movie (Deconcept, 1.1MB)


2001年9月11日にニューヨークとワシントンで相次いで起きた「米中枢同時テロ」なるものは、言われているような「自爆テロ」などではなかった。実体はアメリカとイスラエルによって緻密に遂行された自作自演のテロ擬装工作、つまりは“世紀の茶番劇”であった。テロリズムとは本来「国家権力による恐怖政治」を意味するものであるから言葉の定義に則せばテロは現実に起きたわけだが、アメリカ国務省が定義するところの「テロ」(Patterns of Global Terrorism)は起きなかった。

いわゆる「テロ首謀者」のアル・カイダとオサマ・ビン・ラディンとは、「テロ」を口実にして侵略を正当化するための“敵役”を演じる両国の諜報機関CIAとモサドのアセット(資産)にほかならない。オサマ・ビン・ラディンはCIAから「ティム・オスマン」というコードネームで呼ばれていた(OrlinGrabbe.com, "When Osama Bin Ladin Was Tim Osman"- Document)。彼の母親はシリア系ユダヤ人で、彼女の身内はイスラエルに居住している。イスラエルのメディアはオサマがユダヤ人であることを知りつつも、公表せずにわざと伏せている(イスラエル人ジャーナリストの報告による)。またサウジアラビア国防大臣スルタン・ビン・アブドルアジズ王子は、サウジ首脳会談の席上でこう発言した、オサマは「ユダヤによって送り込まれた」と(WorldNetDaily, "Saudi official: Bin Laden sent by Jews")。


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Enlargement & Source: Prison Planet.com


もともとブッシュ一族とビン・ラディン一族とは25年にもわたる腐れ縁の仲で、言わば石油&軍事ビジネスにおける盟友、パートナーであった。1977年6月、現大統領ジョージ・W・ブッシュが石油掘削会社アルブスト・エネルギーを設立した時の共同出資者がジェームス・R・バスという人物で、彼は1978年オサマの長兄サレム・M・ビン・ラディンと米国での代理人契約を結び、アルブスト社に5万ドルを出資していた。これが縁でビン・ラディン一族はブッシュのお膝元テキサス州へ足しげく訪問するようになる。だがサレムは1988年、パパ・ブッシュことジョージ・H・W・ブッシュが大統領に当選した年に、テキサス州サン・アントニオ近くで軽飛行機“事故”により不慮の死を遂げる(Texas Observer, "The Bush-bin Laden Connection"/Allnews.Ru, "Lenta.Ru Investigates Bush's Family Relations With Osama Bin Laden"/"Trust Agreement, Harris County, Texas, signed by Salem M. Binladen, July 8, 1976"- Document)。

ビン・ラディンとのビジネス・パートナーはブッシュだけにとどまらない。「石油王」として知られるスタンダード石油創設者の曾孫でネルソン・A・ロックフェラー副大統領の叔父ことジョン・D・ロックフェラー四世の妻シャロン・パーシー・ロックフェラーの一族もパートナーである。ビン・ラディンのいわゆる「隠し口座」はシカゴのハリス銀行にあるとされ、シャロン・パーシー・ロックフェラー一族との共同口座になっているという(Sherman Skolnick's Report, "America's Reichstag Fire")。

またビン・ラディン一族は、サン・フランシスコに拠点を置く世界最大手の総合建設会社べクテル・グループの子会社フレモント社(旧ベクテル・インベストメンツ)へも1000万ドルの投資を行っていた。べクテルおよびフレモント会長兼CEO(最高経営責任者)のライリー・P・ベクテルはブッシュ大統領の「輸出諮問委員会」メンバーであり、ドナルド・H・ラムズフェルド国防長官の「国防政策諮問委員会」メンバーであるべクテル上級副社長ジャック・シーハンともどもブッシュ共和党政権に深く癒着し、全世界のエネルギー開発を一手に握っている。1983年から84年にかけてラムズフェルドが中東和平特使としてイラクを表敬訪問し、べクテルの石油パイプライン・プロジェクトをフセイン大統領に持ちかけた話はあまりにも有名である(New York Times, "And the Winner Is Bechtel"/New Yorker, "Dept. of Connections; The Contractors"/CNN,"The Bechtel-bin Laden connection"/Public Citizen, "Bechtel: Profiting from Destruction"- PDF Document)。

さらにビン・ラディン一族は、「カーライル・パートナーズ II」というファンドにも初期投資で200万ドルを融資していた。このファンドを運営する米投資顧問会社カーライル・グループは軍需産業と密接に関わり、会長には元CIA副長官および元米国防長官のフランク・C・カールッチ、上級顧問には元CIA長官および元大統領パパ・ブッシュと元米国務長官ジェイムズ・A・ベイカーが就任し、かつては現大統領ブッシュもカーライル社の理事だった。ワシントン・ポスト(2003年3月16日)の記事によれば、9/11事件前日から当日にかけての2日間、カーライル社は首都ワシントンDCのリッツ・カールトン・ホテルで年次投資家会議を主催しており、その会議にはオサマの異母兄シャフィグ・ビン・ラディンが出席、10日の会議にはパパ・ブッシュもシャフィグと並んで同席していたという(Washington Post, "Connections and Then Some: David Rubenstein Has Made Millions Pairing the Powerful With the Rich")。

またパパ・ブッシュは同10日夕、何の打ち合わせか、ホワイトハウスの大統領執務室でリチャード・B・チェイニー副大統領とも会っていた。この2人こそ「湾岸戦争」を仕掛けた時の大統領と国防長官という間柄であったが、その戦争でリーダーシップを発揮し勝利へと導いた貢献と功績によりチェイニーは1991年7月3日、大統領自由勲章を授与されている。その後チェイニーは1995年から副大統領に就任する直前の2000年までテキサス州に本社がある石油関連企業ハリバートン社(カーライル社の主要投資先)の会長兼CEOを務め、副大統領になってからもハリバートン社から報酬を受け取るなど癒着をものともせず、イランやイラクとのオイル・ビジネスに精通したキーパースンである(Reuters, "Cheney Took in $178,437 from Halliburton in 2003"/CBS News, "Doing Business With The Enemy")。

そして事件直後の数日間、航空機の飛行が全面禁止されていた中で、米国内にいたサウド王家関係者とビン・ラディン近親者24人がFBIの取り調べも受けずサウジアラビア国籍の特別チャーター機で密かに出国していた事実は、その癒着ぶりをより際立たせるものとなった(国外退去許可を与えていたのはチェイニー副大統領)(New York Times, "Fearing Harm, bin Laden Kin Fled From U.S."/New York Times, "New Details on F.B.I. Aid for Saudis After 9/11"/House of Bush, House of Saud, "The Bush-Saudi Files")。

一方、オサマ・ビン・ラディンはと言えば、9月11日の前夜、パキスタンのラワルピンディにある軍病院で腎臓透析治療を受けていたことがパキスタン情報筋によって明かされた(CBS News, "Hospital Worker: I Saw Osama")。病院職員が目撃したというこの有力な情報は、AP通信(2000年3月24日)が伝えた西側諜報機関職員による「ビン・ラディンは腎疾患と肝疾患で重病にある」との報告や、オサマが事件2か月前の7月4日から14日にかけてパキスタン経由でアラブ首長国連邦(UAE)のドバイにあるアメリカン病院へ腎臓病治療のために入院し、そこへビン・ラディン一族、サウジ諜報機関の最高責任者トゥルキ・アル・ファイサル王子(翌8月31日に解任された)、さらにはCIAのドバイ支局長ラリー・ミッチェル(翌15日CIA本部へ呼び戻された)までもが面会に訪れていたというフランス・フィガロ紙(2001年10月31日)の報じたスクープとも符合する(Associated Press, "Bin Laden Reportedly Ailing"/Guardian, "CIA agent alleged to have met Bin Laden in July')。この時すでにオサマは重度の腎不全にあったが、同年12月ひっそりと息を引き取った。エジプトのアル・ワフド紙(2001年12月26日)が「ビン・ラディンはアフガニスタンのトラボラで10日前に埋葬された」と葬儀の模様を伝えたのをはじめ、FBIテロ対策本部長デイル・ワトソンとパキスタンのムシャラフ大統領も彼の死を追認するに至り、2001年12月14日付の遺言がアラブのニュース雑誌アル・マジャラによって公表された(Welfare State, "Why won't U.S. report the proof that bin Laden is dead"/CBS News, "FBI Official Thinks Bin Laden Is Dead"/CNN, "Musharraf: bin Laden likely dead"/World Tribune, Israeli intelligence: Bin Laden is dead, heir has been chosen"/CNN, "Magazine runs what it calls bin Laden's will")。


james_hatfield.jpg1999年10月、実に興味深い本『幸運なる二世 ジョージ・ブッシュの真実』(Soft Skull Press, "Fortunate Son: George W. Bush and the Making of an American President" by James H. Hatfield)が大手出版社のセント・マーティンズ社から発売され、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストにたちまちランクインした。ところが、「1988年に殺人教唆の共謀を働き(未遂)、刑期5年の有罪判決を受けた」という著者の犯罪歴なるものが持ち上がり、わずか1週間たらずで出版を差し止められ、2万部はお蔵入りのまま、7万部が書店から回収され、すべて焼却されるに至った。本の著者ジェームズ・H・ハットフィールド(=写真)は自ら犯した過ちを認めつつも、本を弁護することだけはしっかり忘れなかった、「私が書いた真実は、私の過去より重みがある」。その後この“発禁本”は、弱小のソフトスカル・プレス社から新版として2000年1月復刊。騒動の顛末はドキュメンタリー映画(Horns and Halos, 邦題は『解禁!ジョージ・ブッシュ伝 噂の真相』)にもなり、ブッシュ陣営の圧力にひるまず健闘する著者の姿をそこに見ることができる。

ところでこの本は、ブッシュ大統領の生い立ちから大統領選出馬表明までを追った伝記本であるが、その内容はスキャンダラスにまみれ、たとえば1972年州兵時代にコカイン所持の罪で逮捕されたブッシュが父親のコネで罪状却下され逮捕歴がもみ消された一件をはじめ、祖父プレスコット・S・ブッシュがナチスのスポンサーとして資金援助していたことや、クー・クラックス・クラン(KKK)、統一協会(ムーニーズ)、ビン・ラディン一族とのつながりなど、ブッシュ家の暗部を白日の下にさらすものであった。さらに圧巻は、これまでソースの秘匿を厳守していた情報提供者の名前が、2001年6月発売の第二版から実名で書かれたことだ。誰あろうそれは、「ブッシュを大統領にした参謀」カール・C・ローヴ大統領上級顧問と、ブッシュの友人クレイ・ジョンソンで、この2人がブッシュのコカイン所持・逮捕歴を証言していたのである(Salon News, "Book: Bush was arrested for cocaine in 1972"/Democracy Now!, "Full Interview with Bush Biographer J.H. Hatfield Who Died"/"G. W. Bush's Military Record"- Document)。

2001年1月20日、ブッシュが大統領の座を「クーデター」(チェイニーはエドワード・N・ルットワークの著書『クーデター』を手本にした。ブッシュの実弟、フロリダ州知事ジョン・E・ブッシュも不正投票に関与)によって手中に収めると、その半年後の7月18日(第二版が出た1か月後)、ハットフィールドは、アーカンソー州スプリングデールにあるモーテルの一室で死体となって発見される。享年43。「遺書」が残されていたことから警察は「処方薬の過剰服用による自殺」と発表。検死は行われず、3日後に埋葬された。生前、彼は1931ページにも及ぶFBIのファイルを保有していたが、2002年3月12日FBIはわずか234ページ(12%)を公表しただけで、全面的な開示を拒絶している(SanderHicks.com, "Jim Hatfield Info")。彼が亡くなる間際に書き上げた遺稿のタイトルは「なぜオサマ・ビン・ラディンはかつてのビジネス・パートナーだったブッシュを殺したいと思ったのか?」というものであったが、この一文で特筆すべきは、ブッシュへの攻撃として「プラスチック爆弾を搭載した航空機の遠隔誘導による空爆」を事件2か月前に紹介していたことである(Online Journal, "Why would Osama bin Laden want to kill Dubya, his former business partner?" *1)。

*1 Dubyaとは、George W. Bushのニックネームで、ブッシュがWを「ドゥブヤ」とテキサスなまりで発音することに由来する。

何も不審な死を遂げたのは彼だけでなかった(Global Complexity, "Death by Association"/The Bush Body Count)。パパ・ブッシュ暗躍のBCCIスキャンダルを暴いた本『タコ』(The Octopus)の執筆中にあったジャーナリストのダニー・カサラロは1991年8月10日、ウエストヴァージニア州マーティンズバーグにあるシェラトンホテルの浴室で手首を切り死んでいるところを発見され(彼が調査した証拠資料は紛失していた)、ブッシュ家の犯罪コネクションを綿密に描いたドローイング作品『グローバル・ネットワークス』で知られるアーティストのマーク・ロンバルディは2000年3月22日、ニューヨークのウイリアムズバーグにある自宅アトリエで首吊り死体として発見され、『ラスベガスをやっつけろ』(Random House, "Fear and Loathing in Las Vegas" by Hunter S. Thompson)で知られるジャーナリストのハンター・S・トンプソンは、9/11事件が内部犯行であることに気付き、WTCビルの倒壊が爆発物によって引き起こされたという確たる証拠を公表しようとしていた矢先の2005年2月20日、コロラド州アスペンの自宅で銃口を口にくわえ死んでいるところを発見された(彼は生前「彼らは自殺のように見せかけるつもりでいる」と打ち明けていた)(Libertythink, "Hunter S. Thompson thought 9/11 an inside job"/Globe and Mail, "Alexander Pope in a prose convertible")。

しかし警察発表は、いずれのケースも自殺によるものと断定し片付けた。


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(from left to right) Mossad "sayan" Ronald Lauder, David Rockefeller,
Gov. George Pataki, Mayor Michael Bloomberg. | Source: New York State


本当の首謀者、真の黒幕とは、欧米のエスタブリッシュメント、超エリートら(Global Elites)による策謀である。端的に言えばそれは、1991年6月ドイツのバーデン・バーデンで開催された「ビルダーバーグ会議」(Bilderberg Conference)におけるロックフェラー財閥総帥デイヴィッド・ロックフェラーの発言に集約される。彼はその席上でこう表明した、「もしその当時公表されていたならば、われわれは世界計画を展開することなど不可能であったろう。だが、今や世界はより高度化し、世界政府へ向けて進展させる態勢が整った。知的エリートと世界銀行家たちによる超国家的な支配権は、過去数世紀にわたって実施されてきた国家の独立主権よりも確実に望ましい」("It would have been impossible for us to develop our plan for the world if we had been subjected to the lights of publicity during those years. But, the world is now more sophisticated and prepared to march towards a world government. The supranational sovereignty of an intellectual elite and world bankers is surely preferable to the national auto-determination practiced in past centuries." by David Rockefeller)。

このロックフェラーの言を待つまでもなく、ビルダーバーグの創設自体、2012年までに「世界政府」を実現させることを最終目標としている。周知のようにニューヨーク国連本部の敷地を寄贈したのはジョン・D・ロックフェラー二世であるが、その国連が「世界政府」を念頭においたものであることはアメリカ・ユダヤ人委員会の機関誌『コメンタリー』(1958年11月)において明確に述べられている、「国連とは、その法制上の飾りを剥ぎ取れば、実質的にはアメリカとソ連が一体となって活動する世界政府である」(American Jewish Committee's Official Magazine 'Commentary', "The International government of the United Nations, stripped of it's legal trimming, then, is really the International Government of the United States and the Soviet Union acting in Unison.")。

テキサス州選出の共和党下院議員ロン・ポールは、対テロ戦争の狙いは石油利権だと下院議会で演説した数少ない勇敢なる人物であるが(Congressman Ron Paul, House of Representatives, November 29, 2001: "Keep Your Eye on the Target")、これまで表立っては語られて来なかった「世界政府」創造という国際的な共同謀議が存在するかという問いに対して彼は、「独裁権力」(Dictatorship)は確かに存在すると言明した(Propaganda Matrix, "Congressman Ron Paul Admits Conspiracy to Create World Government" RealPlayer Movie)。


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U.S. Dept. of Defense; DARPA's Information Awareness Office
Source: Memory Hole, "IAO Website Deletes Its Logo."


今回の策謀は世界制覇へ向けての契機であり、すでに10年以上も前から立案・計画されていたものだ。プロジェクトを成功させるために予備実験が繰り返しテストされ、1999年にはユーゴスラヴィアでこの雛形となる同様のビル破壊まで行われた。そして2001年5月、スウェーデンのゴッテンブルグで開かれた「ビルダーバーグ会議」で最終合意が取り交わされ、スパコンによる周到なシミュレーションを経て決行されたというわけである。それが成功した暁は、演出された世界的な危機のもとで戒厳令発動と軍政移管を契機にアメリカの国家主権を終焉させ、「北米連合」(NAU)を発足。ついで各国を「世界連合」(Global Union)へと統合し、食糧資源とエネルギー資源を制して地政学的覇権を成し遂げる。“ロックフェラー家の代理人”たるヘンリー・A・キッシンジャー元米国務長官はかつてこう述べたことがある、「食糧供給を支配する者が人々を支配し、エネルギーを支配する者が全大陸を支配し、通貨を支配する者が世界を支配できる」("Who controls the food supply controls the people; who controls the energy can control whole continents; who controls money can control the world. " by Henry A. Kissinger)。その行き着く先とは、いみじくもジョージ・オーウェルが『1984』で予見してみせた、ごく一部の巨大な富と権力を持つ「偉大なる兄弟」(Big Brother)が寡頭的専制によって支配するプライバシーなき監視社会であり、ブッシュ政権の政策決定に重要な役割を果たしているアメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のマイケル・A・レディーンが唱えるところの、創造的破壊による「ユニヴァーサル・ファシズム」到来である。

9/11事件を契機にまず当面の目的としては、第一に石油・天然ガス、武器、麻薬などの権益を狙ったエネルギー資源の独占と軍産複合体の復活がある。とくにアフガニスタン攻略は、『USニューズ&ワールド・レポート』が4兆ドルと見積もった広大なカスピ海海域に眠る約500年分もの価値ある手付かずの天然ガス・石油資源を、アフガニスタンからパキスタンを経由してインド洋まで運ぶパイプライン計画のため、といっても過言ではない。まだチェイニーがハリバートン社の会長兼CEOだった1998年当時、彼はカスピ海海域のエネルギー資源についてこんなスピーチを行っている、「カスピ海ほど突然浮上して戦略的に重要になった領域は、いまだかつてない」(Guardian. "America's pipe dream")。そのため、アフガニスタン首相(その後アフガニスタン大統領に就任)に指名されたのが、カリフォルニアの石油企業ユノカルの元コンサルタント、ハミド・カルザイだった。「傀儡」としての彼の役割は、ユノカルの事業であるパイプライン計画を滞りなく円滑に進めることにあった。それと同時に、CIAの後ろ盾でソ連と一戦を交えたアフガン内戦にかかわる極秘作戦の「証拠」を消しておく必要もあった。また、何よりアフガニスタンは世界最大のケシ栽培産地、麻薬ビジネスを行うには絶好の機会到来であろう(Gglobal Research, "Unocal Advisor Named Representative to Afghanistan")。


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Two Sides of the Same Coin | Source: RandomPottins


そして第二に、イスラエルの生存と勢力拡大に基づいた「拡大中東構想」=「中東支配計画」(Greater Israel)、すなわち宿願の「ユダヤ国家」樹立という目的がある。彼らシオニストの野望とは、旧約聖書の一節「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人の土地を与える。」(創世記15:18-21 邦訳は日本聖書協会『聖書 新共同訳』による)という「神の契約」を実現させることにある。そのためアメリカとイスラエルは結託して中東一帯の土地を略奪・占領し、敵対する「ならず者国家」(Rogue States)はことごとく軍門にくだり異民族もろとも殺戮・迫害されることになる(George W. Bush - Terrorist in the White House, "The War For Israel"/Media Monitors Network, "Israel's Grand Design: Leaders Crave Area from Egypt to Iraq"/Institute for Advanced Strategic and Politcal Studies, "A Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm")。元来シオニズムはナチズムと表裏一体の関係を形成し、本質的に「反ユダヤ」(Anti-Semite *2)である。それゆえ、正統派の立場に立つユダヤ教団体ネトゥレイ・カルタはシオニズムを異教とみなし、ユダヤ教の本質から逸脱したものとしてイスラエル建国には反対の姿勢をとっている(Neturei Karta - Orthodox Jews United Against Zionism/jewsnotzionists.org, "Jews Not Zionists")。

*2 Anti-Semiteは、今日的には「反ユダヤ」で用いられるが、語源的には「反セム族」でアラブ人も含まれる。


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Operation Northwoods Document (13 of 15)
Source: National Security Archive- PDF Document


ナチス独裁の契機となったベルリンのライヒスターク(帝国議会議事堂)炎上事件とは、共産党の仕業に見せかけるためナチスが仕掛けた「自作自演の放火」であったが、今回もそれと同様の手口、イスラムの仕業に見せかけるための「自作自演テロ」にほかならない。1962年3月、アメリカ統合参謀本部(議長はライマン・L・レムニッツァー)はキューバへの軍事侵攻を正当化する口実として自作自演テロ「ノースウッヅ作戦」(Operation Northwoods)を極秘に立案・計画したが、実行寸前まで行ったところでジョン・F・ケネディ大統領に却下され、あえなく頓挫。『米国によるキューバ軍事侵攻の正当化』(Justification for U.S. Military Intervention in Cuba)と題されたそのシナリオとは、キューバ軍の軍服を着て変装した特殊工作員たちにグアンタナモ米軍基地を攻撃させ、グアンタナモ湾やキューバ海域にあるアメリカ船舶を爆破。マイアミ地区・フロリダ各市・首都ワシントンなどアメリカ本土においてもキューバ難民への襲撃やキューバ難民を乗せた貨物船(嘘でも本当でもかまわない)を爆破して撃沈。入念に選んでおいた場所をプラスチック爆弾で爆破させ、「キューバ工作員」を逮捕し、前もって準備しておいたキューバ関与の立証となる偽造文書を発表してキューバ政府の無責任さを印象づける。こうした“挑発行為”に乗じる形で、「リメンバー・メイン(米西戦争)」のスローガンと「共産主義キューバ・テロ」のキャンペーンを掲げ、キューバ・カストロへの報復攻撃を仕掛けようと画策するものだった。

とりわけこの作戦で刮目に値するのは、無人の民間旅客機と替え玉のニセ旅客機とをあらかじめ用意しておき、フロリダ南部で待ち合わせて両機をすり替え、入念に選ばれた偽名の乗客たちを乗せたダミー機の方はフロリダのエグリン空軍基地へ、遠隔操縦の無人旅客機の方はキューバまで飛ばして自爆させ、「キューバのミグ戦闘機によって撃墜された」との緊急事態発生(May Day)の無線交信を最後に消息を絶つというシナリオまで立てていたことである(ABC News, "U.S. Military Wanted to Provoke War With Cuba"/Emperor's Clothes, "U.S. Military Schemes: Ominously Like 9-11")。



PNAC Members: (from top left) Vice President Cheney, Florida Gov. Jeb Bush,
Defense Secretary Rumsfeld, Deputy Defense Secretary Paul Wolfowitz,
Cheney Chief of Staff I. Lewis Libby, Undersecretary of State John Bolton,
Undersecretary of Defense Dov Zakheim, Author Eliot Cohen.


要するに今回の企ては、その未遂に終わったプランをあらためて焼き直したものであり、その口火を切って米軍協力のもと2001年5月に絶妙のタイミングで封切られたのが、ディズニーらしからぬ国策映画『パール・ハーバー』だった。「リメンバー・パールハーバー」は中東への侵攻を抵抗なく受け入れさせるためのマインド・コントロールとして、彼らの言葉を援用するなら「新たな真珠湾攻撃のような、破局的な変化を引き起こす事件」("Further, the process of transformation, even if it brings revolutionary change, is likely to be a long one, absent some catastrophic and catalyzing event - like a new Pearl Harbor." by PNAC, Sept. 2000 *3)を画策するプロパガンダとして役目を果たしたのである。

*3 PNACが作成した文書『アメリカの防衛再建』("Rebuilding America's Defenses"- PDF Document)の中の一文で、その青写真は1992年すでにチェイニーによって構想されていた。PNACは略称で、正式名称は"Project for the New American Century"(「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」)と呼ばれるイスラエル・ロビーの政策シンクタンク。ブッシュ政権中枢にいるPNAC発起人には、チェイニー副大統領を筆頭に、リビー副大統領主席補佐官、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官、ファイス国防次官、ロドマン国防次官補、アーミテージ国務副長官、ドブリアンスキー国務次官、ボルトン国務次官、パール国防政策諮問委員長、エイブラムス国家安全保障会議(NSC)中東担当上級部長らが顔をそろえ、ブッシュ大統領の実弟ジェブ・ブッシュ(フロリダ州知事)も加わっている。

ディズニーと言えば、20年来ディズニーCEOの座に居座り続けたマイケル・D・アイズナーは、イスラエル建国を支持する熱心なシオニストとして知られるユダヤ人である。そして顧問は元米国務長官のヘンリー・キッシンジャー(彼はまたユノカルの顧問でもあった)。そのディズニーは1999年10月、フロリダで開催された「ウォルト・ディズニー千年紀博覧会」で、エルサレムをイスラエルの首都として公に提示した。そのイベントのバックアップに、イスラエル外務省が180万ドルの寄付金を出している(BBC News, "Disney drops Jerusalem plan")。よく知られたところでは、カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞したドキュメンタリー映画『華氏911』(Fahrenheit 911)の配給を阻止しようとしたのもディズニーであった。CNNとのインタヴューで、マイケル・ムーア監督はこう打ち明けている、「1年ぐらい前、映画を撮り始めた後になって、ディズニーのマイケル・アイズナー会長がうちのエージェントにこう言ってきたんだ。この映画を製作したミラマックスにはムカついている、ミラマックスを所有しているディズニーとしてはこの作品を配給するつもりなんかないんだと」(CNN, "Moore: Anti-Bush film will be seen")。むろんアイズナー自身ブッシュ批判の映画を認めるわけにはいかなかったろう、ブッシュの選挙キャンペーンへ個人献金を行っている私情ゆえに…(NEWSMEAT, "Michael Eisner's Federal Campaign Contribution Report")。


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Gov. Nelson Rockefeller (left), with Mayor John Lindsay


世界貿易センター(WTC)ビルは1960年代初め、デイヴィッド・ロックフェラー(弟)が発起人となり、当時ニューヨーク州知事だったネルソン・ロックフェラー(兄)の強力なバックアップによって建設された。ゆえに一対のタワーは、彼ら兄弟の名を冠して「デイヴィッド&ネルソン」と呼ばれる。「貿易による世界平和」を託し、日系人建築家ミノル・ヤマサキが尖頭アーチ型のイスラム様式を採り入れて設計したものであったが、それが標的として狙われた理由の1つは、テナント数の減少や老朽化に伴う維持費の高騰、それに建材に大量使用されている有害物質アスベスト(石綿)除去のコスト高対策といった同ビル自体が抱え込んでいる問題をあらかじめ見越した上での一石二鳥の解決プラン、彼らの言葉で言うところの「都市再開発事業」だった。そこに2機を続けざま時間差攻撃で突入させたのは、人の記憶に強く印象づけるためのすぐれて軍事的なターゲット・エスカレーションを企図したもの。それと併行して用意周到にスタンバイされたライブ中継、通信衛星を使った衝撃映像の世界配信もまた、マスメディア操作による心理戦争の定石だったのである。

それではなぜ、24時間臨戦態勢にあるはずの迎撃戦闘機がどの空軍基地からもいっこうに緊急出動しなかったのか? 出遅れたのか? 万一民間旅客機がハイジャックされたり、規定の飛行進路をそれて管制塔からの呼びかけに答えなかったりした場合、米連邦航空局(FAA)はただちに米軍と北米防空司令部(NORAD)に通報し、戦闘機を緊急発進させる手続きをとる。にもかかわらず、スクランブル発進指令、緊急対応システムはその時だけ解除されていた。なぜかと言えば、9月11日当日の朝、事件前から事件が起きていた真っ最中にかけて、少なくとも5つの(実際には35もの)大規模な軍事模擬演習がタイミングを合わせ実施されていたからである。その中には、あたかも9/11事件を想定したかのような「米国家偵察局(NRO)本部ビルへの旅客機突入」も組まれていた。NROのスポークスマンの話では、事件発生後、必要最小限の要員だけを残し、局の本部で働く3000人のほとんどは帰宅を命じられたという。事件当日、軍事演習に参加していた者たちにとっては現実に起きていた「本番」も演習の一環でしかなく、この日の演習のために戦闘機がみな遠方へと出払ってしまい、緊急時には用をなさなかった。それらの演習を計画立案し、ホワイトハウス地下の大統領緊急作戦センター(PEOC)で陣頭指揮を執っていたのは、2001年5月8日大統領令によって対抗演習および作戦訓練を統括指揮する最高責任者としての権限を与えられたチェイニー副大統領であったが、米中央軍(CENTCOM)元軍曹ラウロ・チャヴェスの証言によると、「チェイニーはNORADにスクランブル解除の命令を下していた」という。ゆえにNORADの航空安全・防衛システムはその時だけ都合よく“機能麻痺”していたというわけである(CNN, "Cheney recalls taking charge from bunker"/Boston Globe, "Agency planned exercise on Sept. 11 built around a plane crashing into a building"/USA Today, "NORAD had drills of jets as weapons"/Veterans for 911 Truth, "Sergeant Lauro 'LJ' Chavez, 9/11 Whistle Blower Speaks Out to the Editor of the Cincinnati Post")。

事件後、ホワイトハウスの首脳たちは「旅客機が兵器として使われるなんて思いもよらなかった」とまるで寝耳に水であったかのようにとぼけてみせたが、その裏では旅客機を兵器として用い標的となるビルに激突させる模擬演習を計画、遂行しようとしていたのである。しかもNORADはすでに2年前の1999年、ハイジャックされた旅客機が標的となるWTCビルとペンタゴンに突入し兵器として使われるというシミュレーション訓練に取り組んでおり(USA Today, "NORAD had drills eerily like Sept. 11 Pentagon, Trade Center among imagined targets")、ついで事件3か月前の2001年6月にも、政府内のならず者もしくは何者かが巡航ミサイルと無人標的機をハイジャックしてテロ攻撃を仕掛けるというシナリオで「アマルガム・ヴァーゴ 01」(Amalgam Virgo 01)と呼ばれる“9/11予行演習”を敢行していた。そしてその演習マニュアルの表紙を飾ったのが、オサマ・ビン・ラディンであった(U.S. Department of Defense, "NORAD-Sponsored Exercise Prepares For Worst-Case Scenarios")。


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Amalgam Virgo 01 | Source: NORAD- PDF Document


さらに米国防総省ペンタゴンも2000年10月と2001年5月、民間旅客機ボーイング757型機のペンタゴン激突と大量死傷者救助という緊急事態をシナリオとして想定した「マスカル」(Mascal)と呼ばれる机上シミュレーションを行い、またユナイテッド航空93便が墜落したとされる現場の隣郡ウェストモアランドでも2001年6月16日、ショッピングモールが爆破されたという想定のもとに「モール攻撃2001」(Mall Strike 2001)と呼ばれる対テロ攻撃の模擬演習が展開された。ちなみにこの演習の緊急チームは、「93便」の現場へもすばやく配備されていた(U.S. Army Military District of Washington, "Contingency planning Pentagon MASCAL exercise simulates scenarios in preparing for emergencies"/Let's Roll Forums, "Pentagon Casualty Exercises Planned for the 9-11 Hit?"/Cooperative Research, "Profile: Mall Strike 2001")。


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Pentagon Mass Casualty Exercise [MASCAL]
Source: Military District of Washington


むろんブッシュ大統領は、すべてを掌握していたわけではないにしろ先刻承知していた。それをもっともよく象徴しているシーンが、WTCビルに2機突入する間、彼のとっていた挙動である。自身の所在とステートメントを報道させるため、あらかじめ好都合なロケーションとして選んでおいたのがフロリダ州サラソタのエマ・E・ブッカー小学校で、リーディングの授業に参加するため小学校を訪れた彼は、まだ教室に入る前、外で待機していた時に航空機がWTCビルに激突するところをテレビで見たと、事件直後ではなく、事件から数か月も経ってからフロリダ州オーランドで開かれたタウン・ミーティング(2001年12月4日)で発言している。まだテレビで中継されてもいなかった1機目の突入シーンを、である(Presidential Speech, "I was sitting outside the classroom waiting to go in, and I saw an airplane hit the tower -- the TV was obviously on." by George W. Bush- MP3 Audio | RealPlayer Movie/Guardian, "Bush reveals first thought: There's one terrible pilot")。よほど強調しておきたかったのか、2002年1月5日カリフォルニア州オンタリオのタウン・ミーティングでも、彼は再度同じ発言を繰り返している(Presidential Speech, "well, first of all, when we walked into the classroom, I had seen this plane fly into the first building. There was a TV set on."- MP3 Audio)。

ブッカー小学校のグウェン・T・リゲル校長は後日インタヴューの中でこの件に触れ、「絶対にありえません。だって廊下や教室付近のどこにもテレビなんてなかったんですから」と答え、教室で教えていたサンドラ・K・ダニエルズ教師も当時を振り返り、シークレット・サービスが教室に駆け込んできて授業を中断させると「テレビはどこにあるのか?」質問を受けたと述懐している(What Really Happened, "Propaganda Matrix: Message 8180 of 8182"/New York Post, "Tragic Lesson")。またMSNBCの記事によると、リゲル校長は授業開始前に控室で大統領と話す機会があり、彼から初めてこう聞かされたという、「飛行機が世界貿易センターにぶつかったよ、民間旅客機が」(MSNBC, "a plane had hit the World Trade Center and that it was a commercial plane." by George W. Bush)。

実はブッシュの一見錯綜したように見える発言の真意とは、彼が1機目の突入をいつの時点で知ることになったかを「消す」ためのミスディレクション *4 にほかならなかった。彼が実際に事件を知ったのは、小学校へ到着してからではない。ABCニュースの特別リポートによれば、ホテルを出て小学校へ向かおうとするブッシュに対して、随行していたリポーターのジョン・コクランが「ニューヨークで何が起きているかご存知ですか?」と問いかけると、彼はすでに知っていて「それについては後で何か話すつもりだ」と答えたという(Bill St. Clair's Home Page, "ABC News Special Report: 'Planes crash into World Trade Center' ")。

*4 ミスディレクション(misdirection)とは、マジックの技法にある心理的な常套テクニックの一種。マジシャンが知られたくないある秘密の動作を行う時、誤った指図で観客の注意や視線を他へそらし、都合のよい方向へ巧みに誘導すること。


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Source: AFP

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Source: AP


にもかかわらずブッシュは意に介すことなく、さも何事もなかったかのように予定どおり小学校を訪問し、教室に入って授業に参加する。しかしそれはとりもなおさず、シークレット・サービスもまた事前に「テロ攻撃」を知りながら要人警護をわざと怠って見過ごしていたということを意味する。午前9時05分、授業中しばらくして大統領主席補佐官アンドリュー・H・カード・ジュニアがブッシュのそばに歩み寄り、「2機目の飛行機がタワーに衝突しました。アメリカは攻撃を受けています」("A second plane has hit the tower, America is under attack." by Andrew H. Card, Jr.)とわずか「3秒間だけ」耳打ちする。さてブッシュのリアクションはどうであったか? 報告に一言も問い返すことなく、顔色1つ変えず、生気のない表情で目を泳がせ、なおも10分以上授業に没頭していたのである。ようやく彼が正式なステートメントを発表したのは午前9時30分、カードの報告を受けてから25分も経ってのことだった(子どもたちをバックに勢ぞろいさせたのも予定された演出)。国家の大事より授業の方がよほど大事だったのか、緊急非常事態にも動じないブッシュの態度はもう立派というほかはない(Killtown, "Was Bush complicit with the 9-11 attacks?"/Emma E. Booker School September 11th Video)。

前述したオンタリオのタウン・ミーティングで、事件についてコメントを求められたブッシュはこんな感想を返している、「とにかく、興味深い日だったよ」(Presidential Speech, "Anyway, it was an interesting day." by George W. Bush)。


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NASA & FAA Controlled Impact Demonstration (CID), 1984 | Source: NASA


今回の軍事テロ作戦で利用された航空機は、いずれも「自爆テロ」によってではなく、外部からの遠隔操作でリモート・コントロールされていた、というのが事の真相である。英国航空の元社長ロバート・エイリングはロンドン『エコノミスト』誌(2001年9月20日)のインタヴューで、「ハイジャックが起きた時に航空機を地上または空中から乗っ取って自動操縦することは可能」(Economist, "Aircraft could be commandeered from the ground or air and controlled remotely in the event of a hijack." by Robert Ayling)と答えている。またニューヨーク・タイムズ(2001年9月28日)によると、ブッシュ大統領も事件後しばらくして、「たぶん遠い将来、航空管制官のリモート・コントロールによって遭難機を着陸させるための新技術が可能になるだろう」と発言(New York Times, "Bush to Increase Federal Role in Security at Airports")。もっとも「遠い将来」とわざと煙に巻き欺いているが、この遠隔自動操縦システムはとうに実用化の域に達している。NASAとFAAは共同プロジェクトで1984年12月、ボーイング720型機を使った遠隔自動操縦による衝突実験をカリフォルニア州エドワード空軍基地内のNASAドライデン航空研究センターで行ったほか(NASA, "Controlled Impact Demonstration (CID) Aircraft")、ペンタゴン国防高等研究計画局(DARPA)もハイジャック対策として「ホーム・ラン」(Home Run)と呼ばれる最先端技術をボーイング社と共同開発、ボーイング757型機と767型機にはタキシングから離陸〜飛行〜着陸までの全航行を完全自動操縦で行える遠隔制御可能な「フライト・コントロール・システム」(FCS)が組み込まれていた(Vialls Investigations, " 'Home Run' Used To Electronically Hijack World Trade Center Aircraft"/Sianews, "Planes of 911 Exceeded Their Software Limits")。

そもそも遠隔自動操縦による“テスト飛行”が行われたのは1999年10月31日、アメリカのマサチューセッツ州沖の大西洋に急降下して墜落、乗員・乗客217名全員が死亡したエジプト航空990便(ボーイング767型機)の「事故」がそれであった。表向きは副操縦士が自殺を図って故意に墜落させたことになっているが、真相はそうではない。回収されたコックピット・ヴォイス・レコーダー(CVR)には、パイロットらのアラビア語の会話に交じって、機内の誰ともちがう聞き覚えのない英語で「コントロールせよ」(Control it)/「油圧系」(Hydraulic)という音声記録が残されていた(National Transportation Safety Board, "EgyptAir 990: Cockpit Voice Recorder Transcript")。これは、外部からのアクセスによってFCSが「電子的にハイジャック」され、油圧系統を制御できる遠隔操縦に切り替えられたことを示唆している。その英語の音声があった直後に、機体はコントロール不能となり(コントロールされ)、海面へ突入した。エジプト政府とエジプト航空が自殺説に異を唱えたのも無理はない。その990便にはエジプト軍の上級幹部が多く搭乗していたのだから。折しもその990便に指示を与えていたニューハンプシャー州ナシュア空港の航空交通管制官が、WTCビルに突入した2機の「ハイジャック機」をモニター監視していたのは、偶然ではない(Telegraph, "FAA worker says hijacked jeltiners almost collided before striking World Trade Center")。

なお付け加えておけば、ペンタゴン最高財務責任者(CFO)ドヴ・ザクヘイムが1997年から2001年にかけてCEOを務めていたシステム・プランニング社(SPC)は、一度に8機のハイジャック機をオペレータが地上または空中から「ハイジャック」して遠隔自動操縦で安全輸送できる精巧なテクノロジー、「コマンド・トランスミッター・システム」(CTS)および「フライト・ターミネーション・システム」(FTS)をすでに開発している。ザクヘイムはユダヤ教会のラビで、アメリカとイスラエルの二重国籍を持つシオニスト。前述のPNAC文書『アメリカの防衛再建』のメンバーリストには彼も名を連ねている(System Planning Corproation, "Command Transmitter System"/Truth Seeker, "The Mastermind Behind 911?"/Truth Seeker, "Dov Zakheim and the 9/11 Conspiracy")。


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Boeing KC767 Global Tanker | Source: Boeing


WTCビルが標的にされた理由の2つめは、地上建造物としてどのビルよりも超高層にそびえて当てやすかったからである。そして驚くべきことに、WTCビルに突入した航空機はいずれも米軍基地から飛び立ち民間航空機に見せかけた無人のダミー機だった。胴体底部にミサイルポッドを装備し、遠隔誘導されたダミー機はビル壁面に照射された誘導用レーザーマーカーの反射光を探知しながら攻撃目標に命中、しかも突入する寸前にミサイルまで発射していた(かねてからボーイング社は民間旅客機をベースにミサイル装備の哨戒爆撃機を製造する準備を進めていた)。ビル壁面に照射されたレーザー光スポットはカメラプラネットやMSNBCのビデオ映像で、またミサイルが発射されたことを示すオレンジ色の閃光は、フランス人カメラマンが撮影した有名な「消防士ビデオ」(消防士に変装した特殊工作員誘導のもと偶然を装って撮影させた)やドイツ・シュピーゲルTVのビデオ映像などで明瞭に確認できる(Prison Planet.com, "Were 'Pod Missiles' Used in the World Trade Center Attack?"/batcave911, "WTC 911 South Tower Plane Video Stills. Flight 175"/Breaking News, "911 Plot Uncovered"- mirror site/Mysteries of 9/11/911 Foreknowledge, "Jules Naudet's 9/11 Film was Staged")。

2機目の衝突を目撃したFOXニュースリポーターのマーク・バーンバックはこう証言する、「確かに民間旅客機のようには見えなかったし、機体側面に窓がなかった」「空港で見たことのある通常のフライトではなかった」「機体前部に青色のロゴがあり、この辺では見かけない飛行機だった」(How fortunate for leaders that men do not think, "FOX News reporter Mark Burnback, describing the second World Trade Center impact live")。

元米空軍大佐ジョージ・F・ネルソンは航空機整備の分野において30年のキャリアを持つエキスパートだが、航空機事故調査委員会メンバーをも歴任した彼は数多くのビデオクリップや写真を精査した上で次の見解を述べた、「南棟タワーにぶつかった飛行機はユナイテッド航空175便ではない」「それは民間旅客機ではなく、替え玉である」と。また、20年以上の熟練パイロット、グレン・スタンディッシュも「胴体の底部に余分な装置が取り付けられているように見えるところから、ユナイテッド航空175便ではありえない」と述べ、やはり20年以上の経験を積んだ定期航空パイロットのニラ・サガデヴィンも、崩壊したWTCビルの現場で見つかったエンジンの写真を検証し、「世界貿易センターで見つかったエンジンはCFM-56というもので、それはボーイング767型機で使われているものではない。南棟タワーにぶつかったのはユナイテッド航空175便ではなく、別の航空機とすり替えられたものだ」と答えている(PRWeb, "High Ranking Military Officers and Airline Pilots agree that the South Tower was not hit by Flight 175"/Amics21, "The plane that hit the South Tower was not Flight 175")。


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Source: Rob Howard, New York Magazine

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Source: Pavel Hlava

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Source: ABC


Flash Movie (Google Video) | Source: CameraPlanet

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Source: MSNBC

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Left: WTC1- QuickTime Movie (questionsquestions, 1.3MB) | Source: NDR/Naudet
Right: WTC2- QuickTime Movie (questionsquestions, 3.6MB) | Source: CNN

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Left: WTC1- QuickTime Movie (911blimp, 680KB) | Source: NDR/Naudet
Right: WTC2- QuickTime Movie (questionsquestions, 940KB) | Source: Spiegel TV


そうなると、実際に就航していたはずの民間航空機はどうなったのかという疑問が残る。これを解くカギはアメリカ運輸統計局(BTS)の「航空機離発着記録」にあった(記録が抹消されたため、それを確認することはできない)。当局の公式発表によれば、WTCビル1号棟に突入したアメリカン航空11便(ボーイング767-223ER型機、92名)はボストンを出発、ペンタゴンに突入した同航空77便(ボーイング757-223型機、64名)はダレスを出発し、ともにロサンゼルスへ向かったことになっているのだが、実際はどうだったか? 通常11便と77便は定期便として就航しているが、なぜか9月11日だけ記録が抜け落ちており(No data found)スケジュールになかったことが、BTSの「航空機離発着記録」から判明したのである(ただし11便と77便の代わりに、臨時便と思われる記録のない航空機がそれぞれ離陸している)。

BTSデータベースによると、事件前日の9月10日、11便と同じ機体登録番号(N334AA)を有するアメリカン航空198便がサン・フランシスコからボストンへ向けて出発したことになっているが、翌11日のデータを確認してみると到着時表示が「0」になっており、198便はボストンに到着していなかった。同様に、77便と同じ機体登録番号(N644AA)を有する民間旅客機も、8月と9月、ボストンとダレス、そのどちらともBTSデータベースにリストアップされてなかった(ただし8月終わりから9月初めにかけて77便は機体登録番号N624AAを有することが多く、9月10日は181便としてボストンに就航している)。以上からしても、11便と77便は事件当日就航していなかったことになる。通常、破損した航空機は24時間以内に登録が取り消されるが、11便と77便の機体登録番号(N334AA/N644AA)にかぎっては、2002年1月14日に登録が取り消されていた(Brad's Team 8 Plus, "BTS data and tail numbers"/Sydney Indymedia, "What really happened to American Airlines Flights 11 and 77 on Sept 11, 2001"/Killtown, "9/11 Hijacking & Military Response Chart")。

また、2号棟に突入したユナイテッド航空175便(ボーイング767-222型機、65名)はボストンからロサンゼルスへ、ペンシルヴェニア州ピッツバーグ郊外で墜落したユナイテッド航空93便(ボーイング757-222型機、44名)はニューアークからサン・フランシスコへ飛び立ったことになっているが、なぜかBTSデータベースにはどちらも滑走路上で約25分間待機した後、到着地変更(Diverted)になっており、どこへ向かったかは記録に残されていない。では到着地変更された93便と175便はいったいどこへ行ったのか?

ここに興味深い記事がある(GlobalFreePress, "911: The Cleveland Airport Mystery")。それによると、9月11日午前10時10分に69名の乗客を乗せたデルタ航空1989便が、ついで午前10時45分には200名の乗客を乗せた「謎の旅客機」(Flight X)がオハイオ州クリーヴランド・ホプキンス空港に緊急着陸したという。175便と同じボストン発ロサンゼルス行のデルタ航空1989便は通常の滑走路に着陸したが、なぜか「謎の旅客機」の方は通常の滑走路ではないNASA施設内のまだ計画中だった滑走路に着陸した。午前11時15分、後に到着した「謎の旅客機」の乗客から先に解放され、1989便の乗客は着陸2時間20分後の午後12時30分になってようやく機内から解放された。それから1989便の乗客はFAA空港ビルに移ったが、「謎の旅客機」の乗客らはNASAグレン研究センターへと連れて行かれ、FBIエージェントによるインタヴューを受けている。空港内にいた人たちはただちに帰宅するよう命じられ、自分の車やバスを利用することも禁じられた。マイケル・R・ホワイト市長は記者会見で、「爆発物を積んでいる恐れのあるボストン発ボーイング767型機をクリーヴランド・ホプキンス空港に緊急着陸させた」「空港の安全なエリアに移動し、避難させた」と述べたが、結局爆弾は見つからなかった。AP通信が伝えた記事によると、ユナイテッド航空の見解として「その飛行機は93便と判明」「もう1つのフライト、175便についても深く憂慮している」、つまり93便は安全に着陸し、175便はWTCビル突入から2時間経っても依然行方不明のままだという。しかし後になって、この記事は「不正確な事実だった」と撤回、削除された(WCPO-TV, "Plane Lands In Cleveland; Bomb Feared Aboard")。


Sept 10th 2001
Flight 0078 (591UA) arrives in Newark from SFO (San Fransisco) at 6:54 wheel on time
Flight 0507 (591UA) departs Boston Logan for ORD (Chicago) at 7:39 wheel off time


BTSデータベースによると、事件前日の10日、93便と同じ機体登録番号(N591UA)を有する民間旅客機が2機、同時間帯に存在していたことになっている。1機(78便)はサン・フランシスコからニューアークに午前6時54分到着、もう1機(507便)はボストンからシカゴへ向けて午前7時39分に離陸していた。その日ボストンにN591UAが到着したという記録はなく、ニューアークの方だけ午後7時40分に離陸した記録が残されている(Portland Indymedia, "Flight 93 (or was it) backtracking tail #'s the 2 591's")。また、社会保障死亡者索引(SSDI)とFAAデータベースを調べていたTeam 8+メンバーのデュルセ・デコラムは奇妙なことに気付いた。すでに亡くなったはずのパイロットがまだ何人か生存しており、93便と175便の機体登録番号(N591UA/N612UA)と同一の民間旅客機が事件後もずっと運航しているというのだ。その機体登録番号は2005年9月28日まで有効だったが、その後登録抹消された(Democratic Underground, "The pilots and the planes")。


FLIGHT 11
John Alexander Ogonowski, pilot, apparently STILL ALIVE.
Thomas Francis McGuinness Jr, copilot, apparently STILL ALIVE.
N334AA Serial 22332
Registration: Cancelled/ plane destroyed on 1/14/2002

FLIGHT 77
Charles Frank Burlingame, pilot, DECEASED as of September 11, 2001
David Michael Charlebois, copilot, apparently STILL ALIVE.
N644AA Serial 24602
Registration: Cancelled/ plane destroyed on 1/14/2002

FLIGHT 93
Jason Matthew Dahl, pilot, apparently STILL ALIVE.
Leroy Wilton Homer Jr, copilot, apparently STILL ALIVE.
N591UA Serial 28142
Registration: Valid/ PLANE STILL ABLE TO FLY.

FLIGHT 175
Victor Saracini, pilot, DECEASED as of September 11, 2001
Michael Horrocks, copilot, DECEASED as of September 11, 2001
N612UA Serial 21873
Registration: Valid/ PLANE STILL ABLE TO FLY.


これらのデータから読みとれるのは、公式に伝えられている「ハイジャック機」の飛行経路や航空管制レーダー情報には大きな疑問符が付くということである。1973年にペンタゴン入省、2003年まで30年間にわたって米政府に在籍し、テロ対策・安全保障担当の大統領特別補佐官も務めたリチャード・A・クラークは、著書『爆弾証言すべての敵に向かって』(Simon & Schuster, "Against All Enemies- Inside America's War on Terror" by Richard A. Clarke)の中でこう書き記している、「9/11事件でシークレット・サービスは、FAAのレーダースクリーンをリアルタイムで見ることができた」と。具体的には、マサチューセッツ州クインシーに拠点を置くコンピューター・ソフトウェア企業ピーテック社の開発したバックドア型スパイ・プログラム「プロミス」(Promis)を使えば、FAAのネットワーク・システムに侵入し、見せかけの輝点(False Blips)を誤表示させるなどレーダースクリーンに介入することさえ可能である。この「プロミス」は、ホワイトハウス、シークレット・サービス、米空軍、FAAのシステムに組み込まれ、それらすべてのデータベースにリアルタイムでアクセスできる仕組みになっていた。ピーテック社創設時の投資家の1人、サウジアラビア実業家のヤシン・アル・カディは、米財務省作成の「特別国際指名手配テロリスト」にリストアップされるなどアル・カイダへの資金援助が濃厚に疑われている人物。事件後のインタヴューで彼はこんなことを話している、「私は(サウジアラビアの)ジェッダで、当時国防長官だったチェイニー副大統領と会ったことがある。彼とは長時間話し合った。今でも親密な間柄だ」(From The Wilderness, "PTECH, 9-11, and USA-SAUDI TERROR PART II"/Conspiracy Planet, "Israel - Mossad- RSA Security & Ptech Run US Govt Computers")。

なお付け加えておけば、ブッシュの弟マーヴィン・P・ブッシュは1999年から2002年にかけて航空保険引き受け会社HCCインシュランス・ホールディングスの重役を務め、また1993年から2000年にかけてはWTCビル、ワシントンのダレス空港(77便)およびユナイテッド航空の電子セキュリティ・システムを請け負っていたセキュラコム社の重役でもあった。セキュラコム社はその後ストラテセック社に社名変更し、2002年10月アメリカン証券取引所のリストから外れることになるが、その会長兼CEOを務めていたのはハート・D・ウォーカー三世、マーヴィン・ブッシュの従兄弟である。そしてボストンのローガン空港(11便と175便)とニュージャージーのニューアーク空港(93便)のセキュリティ管理を任されていたのが米ハントレー社(モサドのフロント会社)で、その親会社はオランダ・アムステルダムに拠点を置く航空および輸送の警備会社ICTSインターナショナルNVだった。主に2人のイスラエル人によって経営されており、オーナーの1人はメナヘム・J・アツモン。かつて彼はイスラエルのアリエール・シャロン首相やベンヤミン・ネタニヤフ元首相らの右派リクード党に資金援助していたイスラエル開発基金(IDF)の社長を務め、1996年違法な資金調達により有罪判決を受けていた。そしてもう1人は、モサド共同創設者および秘密警察シン・ベト初代長官のイッサー・ハレルと同じ名を冠するエズラ・ハレル。ICTS職員にモサドやシン・ベトの元担当官が多いのはその縁故か。主要なビジネス・パートナーには、IDFのスティーヴン・L・フリードマンや、米化粧品会社エスティ・ローダー会長で世界ユダヤ人会議(WJC)やユダヤ民族基金(JNF)などシオニストとしても精力的に活動するロナルド・S・ローダーらがいる(Common Dreams, "Bush-Linked Company Handled Security for the WTC, Dulles and United"/Truth Seeker, "All 911 Airports Serviced by Same Security Firm"/SF Indymedia, "Illegal U.S. Funding of Sharon's Likud"/Information Clearing House, " 'Frauds-R-Us' The Bush Family Saga")。


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F15-MPEG Movie (AttackOnAmerica.net, 1.8MB) | Source: FOX News

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JASSM | Source: Federation of American Scientists


今回の軍事テロ作戦では、万一衝突に失敗した場合のことも念頭に入れ、2機編成のF-15戦闘機が追尾してステルス巡航ミサイルJASSM(AGM-158 Joint Air to Surface Standoff Missile)を発射した。むろん航空機がビルに衝突するのを阻止するためではなく、突入に失敗し不時着した場合を考えてのこと。そして予測どおりビルに衝突するとわかった瞬間、ミサイルは軌道を上方にとり、東方の厳戒態勢の海域に着弾、米海軍の誘導ミサイル駆逐艦によって極秘裏に回収された。あとは爆弾処理班によって事前に仕掛けられた軍用高性能プラスチック爆薬(C4)および軍用高性能テルミット爆薬(TH3)を、外部からの無線遠隔操作で制御発破させる手筈になっていた。WTCビル2号棟97階にある投資顧問会社フィデュシャリー・トラストのオフィスに勤務していたスコット・フォーブスの証言によれば、事件直前の9月8日から9日の週末にかけて、WTCビルのコンピューター帯域幅を増加させるための「情報通信配線改修工事」が、ニューヨーク州港湾管理局の通達により実施されていたという。ビル上層階は前例のない36時間もの電力供給停止措置がとられ、停電によってドアのセキュリティ・ロックや監視カメラシステム、ID管理システム、上層階へのエレベーター稼働はパワーダウンとなり、その間ふだん見かけたことのない「つなぎ服姿のよそ者たち」が建設ギアや道具箱などを運び込んで自由に出入りしていた、とフォーブスは述懐する。むろん改修工事に先立つ9月5日には爆弾探知犬が排除され、監視カメラのテープやメンテナンス記録は事件とともに行方不明となった(Global Research, "Pre-9/11 World Trade Center Power-Down"/Killtown, "Scott Forbes Interview"/Prison Planet.com, "Another Ignored 9/11 Clue: Bomb Sniffing Dogs Removed From WTC Days Before Attack")。

WTCビルの「制御解体」であるが、まず地下にあるエレベーター・シャフトの底部から発破をかけて土台を脆弱にし、ついで主体構造であるセンター・コアを指向性爆薬で完全に骨抜きにする。あとは上層階から数階おきに順次発破、そのままビルの質量をうまく利用して自重崩落へと至らせた。要はWTCビルの構造メカニズムを知りつくした上で効率的に倒壊させたわけである。ただ想定外だったのは、WTC2号棟に衝突した航空機が中心よりも右側に逸れてしまったため、ジェット燃料の大半が大気中へばらまかれ、先に衝突した1号棟よりも早く火が消えかかっていたことだった。それでやむをえず急きょ計画を変更して、2号棟の方から先に倒壊させることにしたわけだ。おまけに、爆破によって230フィート(70メートル)も水平方向へ木っ端微塵に噴き飛んだコンクリートや鋼鉄梁、下層階の至るところからフライングで噴き出した爆煙が写真や映像にしっかり撮られてしまったことも誤算だった。手がかりとなる痕跡を残す愚を犯したのだから…(Prison Planet.tv, "Strategic Explosives In The Twin Towers: The Evidence"/911 We Know, "9/11 Mysteries" Flash Movie)。


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Left: WTC1- QuickTime Movie (250KB) | Source: CBS
Right: WTC1 | Source: Richard Lethin

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WTC2- MPEG Movie (9-11 Research, 4.4MB)| Source: Unoriginal.co.uk

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WTC2- MPEG Movie (9-11 Research, 4.9MB) | Source: ABC

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事実、仕掛けられた爆弾による爆破を裏付ける有力な証言がある。WTC1号棟の地下4階で保守管理要員として働いていたホセ・サンチェスは、航空機がぶつかるのと同時に地下で爆弾のような爆発がしたのを聞き「ビルの中で爆弾が爆発したぞ」と叫んだのを覚えていて、貨物エレベーターから噴き出した火の玉で自分の髪が焼け、救助した同僚も足を負傷した、という。同じく保守管理要員としてWTC1号棟地下1階の事務所にいたウィリアム・ロドリゲス(=写真 William Rodriguez's Website)も「航空機がぶつかる直前に地下でものすごい爆発音を聞いた」と話し、居合わせた職場の同僚14人とも皆そう感じたという。最後の生還者でもあったロドリゲスは、独力で15人を救助したことによりホワイトハウスからその英雄行為を称えられ、祖国プエルト・リコからは「国民の英雄」なる称号も受けているが、9/11調査委員会で先の爆弾証言を行うと一転して無視され、最終報告書にそれが記載されることはなかった。決然と彼は応える、「亡くなった犠牲者、愛する人を失った家族のために、真実がつまびらかにされるまでずっと語り続けていく」と。事件から3年後の2004年10月22日、ロドリゲスは米政府を「組織犯罪処罰法(RICO法)」違反で提訴した(Arctic Beacon, "Second WTC Janitor Comes Forward With Eye-Witness Testimony Of 'Bomb-Like' Explosion in North Tower Basement"/Idaho Observer, "Official 9/11 story crumbling under foundational eyewitness testimony"/Conservative Voice, "William Rodriguez, a 9-11 Survivor"/911FortheTruth, "RICO - Rodriguez vs. Bush")。


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ロドリゲスの証言が無視されたのも無理からぬことだった。なぜならこの9/11調査委員会 *5 こそ、むしろ調査が必要とされる真相隠蔽のための組織だったからである。この調査委員会の事務局長フィリップ・D・ゼリコウは第一次ブッシュ政権誕生と同時に国家安全保障会議(NSC)政権移行チームのメンバーとして、9/11事件後はホワイトハウスの大統領外交諜報諮問会議(PFIAB)に属するなど政権中枢に身を置き、「イラク侵攻の主たる理由は、中東の信頼できる同盟国イスラエルに対する脅威を取り除くことにあった」という見解の持ち主である(IPS, "IRAQ: War Launched to Protect Israel - Bush Adviser")。言わば「目付役」として調査委員会をコントロールしていたのがこのゼリコウだったわけだが、ニューヨーク・タイムズのワシントン支局記者フィリップ・シェノンが出した告発本『委員会:9/11調査の検閲されざる歴史』(Twelve, "The Commission: The Uncensored History of the 9/11 Investigation" by Philip Shenon)によると、調査報告書の作成にあたってゼリコウは、コンドリーザ・ライス国家安全保障担当大統領補佐官(ゼリコウとは共著書もある旧知の仲)やカール・ローヴらと連絡を密に取り、ブッシュ政権の責任が問われないよう水面下で画策していたという。そのゼリコウを筆頭に、トーマス・H・キーン委員長とリー・H・ハミルトン副委員長を含めて委員の約半数はデイヴィッド・ロックフェラーが名誉会長の米シンクタンク・外交問題評議会(CFR)メンバーで、ことにキーン委員長は、アル・カイダに資金援助を行っているオサマの義兄カリド・ビン・マフーズとかつて石油ビジネスでパートナーを結んでいた。だから調査の結論はその顔ぶれを見れば出来レースも当然だったのである、かつてケネディ大統領暗殺事件でウォーレン委員会が幕引きを図ったように…(Scoop, "UQ Wire: Who's Who on the 9/11 Commission"/Scoop, "9-11 Inquiry Chair Tied To Osama's Brother In Law"/Global Research, "The 9-11 Cover-up Commission")。

*5 9/11調査委員会の委員長には当初ヘンリー・キッシンジャーの就任が決まっていた。しかし議会がそれに強く反発、彼が代表となっている国際コンサルタント会社キッシンジャー・アソシエーツの顧客名簿提出を要求したところ、頑としてそれに応じようとせず、わずか2週間余で降板するに至った。キッシンジャーもCFRメンバーの1人。

実際のところ現場へ駆けつけたニューヨーク市消防局(FDNY)スタッフの間でも、爆弾によるビル爆破の報告は相次いでいた。その1人、ハーレム地区第47団消防隊のルイ・カッチオーリ消防士はこう話す、「私たちは飛行機が突入したあと最初にWTC2号棟に入っていきました。働いている人たちを避難させる指揮に当たるためエレベーターで24階に上がり、仕事にとりかかろうとした矢先に爆弾が爆発したのです。ビルに爆弾が仕掛けられていたと私たちは思っています」。ちなみに前出のロドリゲスもWTC1号棟の20階から34階の間で爆発音を何度も聞いている。またあるFDNYスタッフは「何人かを救出しようとしていた時に2次爆発があり、その結果倒壊した」と事件当日収録されたビデオで語り、FDNY安全局長アルバート・チュリは「2次装置の1つはビルの中に、もう1つはタワーに衝突した飛行機の中にあったかもしれない」「それらの2次爆発であまりにも多くの人が亡くなった」と報告、消防司令補エヴァンジェリスタと消防コミッショナー補佐スティーヴン・グレゴリーはともに「ビルが倒壊する前に2号棟の下層階で複数の閃光を目撃した」「その閃光はビルを爆破する時に見たようなものだった」と答え、緊急医療隊(EMS)隊長カリン・デショアは「WTCビルの中層階あたりでオレンジと赤色の閃光が放たれ、最初は1つだったのがビルの端から端まで閃光が弾けていき、爆発が始まった」「爆発はますます大きくなり、建物全体へと広がっていった」と発言している。これら「爆発音を耳にした」「閃光を目撃した」という重要な証言は、WTCビルから脱出した生存者をはじめ、FDNYスタッフ、CBSニュースチャンネルやMSNBCの現場リポーターなど数多く報告されているにもかかわらず、9/11調査委員会の最終報告書に一切取り上げられることなく、当局や主流メディアは事実上それを無視した(People, "NY Fireman: There were 'BOMBS IN THE BUILDING!' "/911blimp, "FDNY collapse survivors"- QuickTime Movie/911blimp, "FDNY man says 'explosions' "- QuickTime Movie/Prison Planet.com, "NBC: FDNY Chief of Safety Reported Bombs Both Within the Towers and on the Planes on 9/11"/SF Gate, "World Trade Center Task Force Interview"- PDF Document/Prison Planet.com, "CBS News Channel Eyewitness Describes 'Secondary Explosions' in the WTC"/American Free Press, "Some Survivors Say 'Bombs Exploded Inside WTC' "/911 Review, "Witnesses to the Towers' Explosions"/Medium Records, "Explosion Sounds and the World Trade Center - Twin Tower Collapse"/PlaguePuppy's Caf, "First-hand Accounts of Underground Explosions In The North Tower"/What Really Happened, "Eyewitness Reports Of Explosions Before WTC Collapses"/What Really Happened, "Evidence of Demolition Charges In WTC 2")。

ことに興味深いのは、ニューヨーク州コロンビア大学のラモント・ドハーティ地球観測所(LDEO)の地震計が示す観測記録である(Original Record)。地震計は、WTC1号棟に航空機が突入した午前8時46分40秒(公式記録)の14秒前にあたる午前8時46分26秒(マグニチュード0.9)と、2号棟に航空機が突入した午前9時03分11秒(公式記録)の17秒前にあたる午前9時02分54秒(マグニチュード0.7)にそれぞれ振動が記録されている。また、午前9時59分04秒(マグニチュード2.1)と午前10時28分31秒(マグニチュード2.3)には地震波のピークが記録されており、前者は2号棟が、後者は1号棟が「崩れ始めた時」、つまりビル自体の崩落が地面を打つ寸前に最大エネルギーのスパイクが地面に入った瞬間を示している。これらの説明できない地震データは、WTCビルの倒壊が爆破によって引き起こされたということを実証的に裏付けるものである(American Free Press, "New Seismic Data Refutes Official Explanation")。


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火災にも衝撃にも耐える構造を持つはずのブラックボックスがいまだに公表されていないのはなぜか? 公式の報告では「発見できなかった」とされるWTCビルのブラックボックス、すなわちフライト・データ・レコーダー(FDR)とコックピット・ヴォイス・レコーダー(CVR)は、4つあるうちの3つが、実はFBIとニューヨーク消防隊員らの捜索活動によって2001年10月、崩壊したWTCビルの瓦礫から見つかっていた(Philadelphia Daily News, "2 say they found 9/11 'black boxes' ")。しかしFBIエージェントは2人の消防隊員マイク・ベロンとニコラス・デマージに「口外するな」と箝口令を敷き、結局ブラックボックス回収が公表されることはなかった。FBIとFDNYのスポークスマンはいずれも回収を否定、9/11調査委員会の報告書も「アメリカン航空11便とユナイテッド航空175便のCVRおよびFDRは見つからなかった」と結論づけた。だがデマージは、その後出版された追悼記録文集『舞台裏:グラウンド・ゼロ』(TRAC Team, "Behind the Scene: Ground Zero")の手記ではっきりとそれを証言した。ではいったいなぜFBIは公表に二の足を踏んだのか? むろん公表されるとまずいことがあったからにほかならない。彼らにはわかっていた、回収されたブラックボックスには何も記録が残されていなかったということが。なぜなら外部からの遠隔操縦コードが働くと、緊急事態を伝えるトランスポンダー(CODE 7700)のスコーク発信は遮断されてしまい、CVRへの電源も切れ、データは空白となる仕組みだからである。国家運輸安全委員会(NTSB)の公式見解によれば、ブラックボックスはWTCビル倒壊にも十分持ちこたえられる状態にあるはずだという。またNTSBのスポークスマン、テッド・ロパトキェヴィチは「レコーダーが回収できなかったことはきわめて稀なことだ」「これまで見つけられなかったという他のケースについては記憶にもない」とコメントしている(American Free Press, "Black Box Cover-Up"/Arctic Beacon, "FBI Tells 911 Rescue Worker to 'Shut Up' Over Finding Airplane "Black Boxes."/Summer of Truth, "Firefighter Said Black Boxes Were Found at Ground Zero")。

このほかにも倒壊したWTCビルの残骸、とりわけ鋼鉄製の中心支柱47本と周辺梁240本は重要な物的証拠として見逃すことはできない。本来なら現場の保存および証拠物保全に努めなくてはならないそれらの建築資材が、わずか数時間後には現場から手際よく撤去されていき、あるいは計略的に盗まれ、まるでスクラップ同然にスタテン島のゴミ埋め立て処分場やリサイクル工場へと散財していった。つまりは瓦礫や残骸から爆薬による痕跡、硝煙反応(亜硝酸塩)が検出されたりしないよう、証拠保全・現場検証は怠りなくないがしろにされたわけである。そんな芸当ができるのも何のことはない、WTCビル爆破と瓦礫撤去の“マッチポンプ”を請け負っていたのが、オクラホマ連邦政府庁舎ビル爆破事件(1995年4月19日)にも絡んでいたコントロールド・デモリション社(CDI)という高層ビル爆破解体の専門会社で、オクラホマでも同様の手口で証拠隠滅を図るなど、まさしく名は体を表すとおり「計算どおりの解体」… になるはずだったが、ビル爆破解体のエキスパート、マーク・ロイゾーCDI社長は事件後に現場を視察し、アメリカン・フリー・プレスのインタヴューに応じる形で意味深長なコメントをいくつか残している、「(地下7階にあるメインタワーのエレベーター・シャフト底部で)熔鋼による高温のスポットが見つかった」(American Free Press, "AFP asked Loizeaux about the report of molten steel on the site. 'Yes', he said, 'hot spots of molten steel in the basements.' These incredibly hot areas were found 'at the bottoms of the elevator shafts of the main towers, down seven [basement] levels,' ")、「WTC7号棟でも熔鋼が発見された」(ibid., "He said molten steel was also found at 7 WTC, which collapsed mysteriously in the late afternoon.")、「もし私がタワーを倒壊させようとしたら、ビルの重さを利用して構造物を破壊させるため地下(基底部)に爆弾を仕掛けるだろう」(ibid., "If I were to bring the towers down, I would put explosives in the basement to get the weight of the building to help collapse the structure." by Mark Loizeaux)。

このロイゾー社長の発言でとりわけ重要なのは、WTCビルのメインタワーはもとより、航空機がまったく突入してもいない7号棟の地下においても熔鋼が観察されていた点である。英国構造技術者協会(IStructE)の最高責任者キース・イートン博士は機関誌『Structural Engineer』(2002年9月3日号)の中で、「事件の数週間後になってもまだ赤く熱せられた熔鋼から厚さ4インチ(10センチ)の鋼鉄が大惨事で剪断され折れ曲がったものまで及ぶ、数多くの興味深いスライドを現場視察の時に見せてもらった」と書き記している(Structural Engineer, "ranging from molten metal which was still red hot weeks after the event, to 4-inch thick steel plates sheared and bent in the disaster" by Dr Keith Eaton)。またWTCビルの構造設計を担当したエンジニア、レスリー・E・ロバートソンの報告においても、「崩落後21日経過しても火は燃え続け、鋼鉄はまだ熔融していた」とある(SEAUNews, "As of 21 days after the attack, the fires were still burning and molten steel was still running." by Leslie E. Robertson- PDF Document)。これら3つのビル地下(基底部)で発見された熔鋼に関して、米連邦危機管理庁(FEMA)、米国立標準技術研究所(NIST)、9/11調査委員会のいずれもが言及すらしていない。


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Source: CameraPlanet

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Source: Frank Silecchia

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ニューヨーク&ニュージャージ州港湾管理局のコンストラクション・マネージャー、フランク・A・ディマティーニはWTCビル倒壊の犠牲となり亡くなったが、2001年1月25日にビデオ収録された生前のインタヴューで、「WTCビルは、燃料を満載したボーイング707型機が衝突したとしても持ちこたえるように想定して設計されている。それは当時としては最大の旅客機だった。おそらく複数のジェット旅客機の衝撃にも耐えうると私は信じる。なぜならこの構造は、強度のある格子状になった網戸の防虫ネットに似ていて、さしずめジェット機はその防虫ネットに突き刺した鉛筆のようなもので、防虫ネットには大して影響がない」と語っていた(Prison Planet.com, "WTC Construction Manager: Towers Were Designed to Take Numerous Plane Crashes")。また先のレスリー・ロバートソンも、1966年当時最大の旅客機だったボーイング707型機がぶつかったとしてもその衝撃を吸収し耐えられるようにタワーは設計されており、それより大きい767型機でさえ持ちこたえることができた、と話している。ただし、鋼鉄を脆弱させ壮大な建造物を破壊させるほどの何千ガロンものジェット燃料の猛火に対処できる高層ビルは経済的・機能的に実現不可能だったとも付け加えた(MSNBC, "Painful and Horrible")。そしてこんな感想すら漏らしている、「ビルを壊す時にダイナマイトを仕掛け、コンピューター・コントロールして壊すのをテレビで見ることがあります。ビルが真っすぐ下に壊れていくのですが、今回はそれに似ています。あまりにも似ているので、爆薬を仕掛けられたのではという話も出たくらいです。しかし、あれだけすべてが壊れることがあるのでしょうか?」。

ペンシルヴェニア州ドイルスタウンにある爆破解体業協会(NADC)の事務局長マイケル・R・テイラーは、「WTCタワーの崩壊は典型的な制御解体のように見えた」と述べ(New Scientist, "Design choice for towers saved lives")、やはり同じ爆発物のエキスパートでビル・飛行機・その他の建造物の爆破影響を研究しているニューメキシコ鉱山技術研究所の副所長ヴァン・ロメロも、自分の意見はビデオテープをベースにした判断だがと前置きした上でこう語っている、「航空機がWTCビルに突入した後、ビルの中にあった爆破装置が両タワーの崩壊を引き起こした」「航空機が突入して起きた偶然の結果というには、建物の崩壊があまりにも秩序立っていた」「古い建物を取り壊す時に使われる制御された内破に似ている」「もし爆発がタワーの倒壊を引き起こしたとすれば、重要なポイントは、比較的少量の爆発物を仕掛ければ倒壊させることができる」と(Albuquerque Journal, " 'Explosives Planted In Towers,' New Mexico Tech Expert Says.")。だがそれから10日後、ロメロは自説をいきなり撤回し、航空燃料の引火した高温熱が鋼鉄の強度を脆弱化させ、過重に耐えられなくなって圧壊したという説へと変節を遂げる(Albuquerque Journal, "Fire, Not Extra Explosives, Doomed Buildings, Expert Says.")。

それと歩調を合わせるかのように、FEMAもWTCビル倒壊の原因は熱圧壊であったとする「トラス理論」(Truss Theory)なるものを公式見解として報告。しかし、この理論にはすでに批判も出ている(Vancouver Indymedia, "The World Trade Center Collapse Hoax 'The Truss Theory' ")。たとえば消火技術の専門誌『Fire Engineering』は、「今回のWTCビル倒壊には問われなくてはならない非常に多くの疑問点が残っている」「いくつかの疑問は政治的なもので、いくつかは技術的なもの、そのほかは哲学的なものだ」「航空機のジェット燃料による爆発的な火災でツインタワーが倒壊した、とするだけでは説明は不十分」「耐火性のある鋼材がなぜWTCビルでうまく機能しなかったのか、もっと包括的で詳細な調査を行うべきだ」とFEMAに対し要求している(Fire Engineering, "WTC 'Investigation'?: A Call to Action")。またニューヨーク・タイムズ(2002年4月8日)は、WTC倒壊原因について新たな疑惑を報道。コンピューター・シミュレーションではなく、実地テストとして建築資材の熱抵抗試験を熔鉱炉で行った結果、鉄骨柱もコンクリートの天井も2000F(1093C)の高温域に耐えられるものであったという(New York Times, "Towers' Collapse Raises New Doubts About Fire Tests")。

あるいはまた、電気や火災の危険に対して製品を試験する目的で設立された、世界で最も古く権威のある安全試験および製品検定証明機関のアンダーライターズ・ラボラトリーズ(UL)は広く「UL規格」で知られ、その耐火規格は世界的な安全基準のスタンダードになっているが、そのULでWTCビルに使われている建築鋼材を検査・認証した当のケヴィン・R・ライアンは、NISTのフランク・ゲイル所長に対して文書で異議を申し立てている、「2000Fにもなる航空燃料の火災がWTCビルを崩壊させたというが、耐火性のない鋼材ですら3000F近い高温に達するまで熔けなかったほどだ」「WTCビルの鋼材は航空燃料の火災に十分耐えられるものであり、2000Fの環境にさらされたサンプルでの耐火試験ASTM E-119にも合格している」「構造用鋼が柔らかくなったか熔けたかのいずれにせよ、ジェット燃料の火災でWTCビルが崩壊するなんてことには合意できない」と(911Truth.org, "UL Executive Speaks Out on WTC Study"/Boston Globe, "Steel type in WTC met standards, group says")。もっともライアンの内部告発は当のULによってすぐさま否定された、「もともと彼はその仕事には就いておらず、NISTの要請でテストを委託されているUL防火部署とも関係していなかった」と。ULはWTCビルを調査しているNISTを全面的に支持すると表明、ライアンは庇護されることなく突然解雇された。


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Source: FEMA


しかし興味深いと思われるのは、NISTのWTC首席調査官シャイアム・サンダーが「ジェット燃料はおそらく10分以内に燃え尽きた」と発言している点である(Firehouse.com News, "A Look Inside a Radical New Theory of the WTC Collapse")。FEMAの見解によれば、航空機が突入したフロアはジェット燃料による火災によって鋼鉄が脆弱になるほど高温高熱に達していたとされている。そんな「灼熱地獄」の中、WTC1号棟の航空機突入口にたたずんで助けを求めている1人の女性エドナ・シントロン(=写真)の姿を現場写真で確認することができる。また、WTC2号棟の航空機突入口78階にたどり着いたFDNY消防大隊長オリオ・J・パルマーは、ビル崩落直前の午前9時52分、息切れした声でこんな無線連絡を入れていた、「火災が2か所まばらに出ている。(消火ホース)2本で退治できそうだ」(The Memory Hole, "We've got two isolated pockets of fire. We should be able to knock it down with two lines." by Orio J. Palmer- MP3 Audio)。

結論から言えば、ジェット燃料は燃焼するのが早く、酸素不足のためにわずか数分で燃え尽きたため、ビルの構造部分に深刻なダメージを与えることはなかった。酸素が十分にある状態でジェット燃料が燃焼した場合でも最高温度は1517F(825C)、まして標準的な構造用鋼の熔解温度である2750F(1510C)には遠く及ばない。また火災自体もっとも発熱の度合いが低い(Diffuse Flame)ものであったことは、多量の黒煙から証明されうる。ジェット燃料の火災によってビル倒壊が引き起こされたとする仮説がいかに不合理なものであるか、はからずもシントロンとパルマーの存在がそれを教えてくれたわけである。仮説は、それが追試・検証される中で再現されてこそ有効性を持つ(GlobalFreePress, "New NIST WTC Fire Test didn't provide clear answers")。先の「トラス理論」をもって今後も超高層ビル火災で同様の現象が起きるなら、救助や消火活動を行う消防士にとってはたまったものではないだろう。


steven_jones.jpg9月11日を機に、権力の走狗たる御用学者たちはローテクな試験結果よりもハイテクな計算シミュレーション解析の結果を支持する側に回った。だがそうではない独立した研究者も少なからずいる。米ブリガム・ヤング大学の物理学教授スティーヴン・E・ジョーンズ(専門は核融合および太陽エネルギー=写真)は、「爆発物が3棟すべてのビルにあらかじめ仕掛けられていたのはしごく理にかなっている」として、根拠を示した研究論文を発表している *6 (Journal of 9-11 Studies, "Why Indeed Did the WTC Buildings Collapse?"- PDF Document 邦訳はD Spectator, 『本当はなぜWTCビルが崩壊したのか?』)。

*6 ブリガム・ヤング大学は2005年11月、ジョーンズ博士の仮説と解釈を疑問視するステートメントを正式に発表。2006年9月7日、ジョーンズ博士は大学当局から「有給休暇」の勧告を受け休職扱いとなり、翌10月20日退職するに至った。

「9/11の真相をめぐっては“似非科学”(Junk Science)の陰謀説なるものまであったが、しかし爆発物による制御解体仮説については再現テストと節約原理をより良く満たしており、ゆえに“ジャンク・サイエンス”として退けることはできない」「政治的な意向や制約によらない、真に独立した、国際的に組織された委員会のもとで、観察結果と計算に基づいた科学的な調査による結論が導き出されるべきである」と彼は反論する。ジョーンズ博士は2005年9月22日、ブリガム・ヤング大学のセミナーで約60人の教官や専門家らを前にこの異論を発表、議論は約2時間にわたって活発に行われた。彼の主張に対してただ1人だけが賛同を示さなかったものの、翌日にはその反対者もさらなる調査が必要であることに同意した(Deseret Morning News, "Y. professor thinks bombs, not planes, toppled WTC"/MSNBC, "Questioning what happened on 9-11"- Flash Movie)。

そのジョーンズ博士を筆頭に、総勢150名以上の錚々たるメンバー をしたがえて「9/11の真実を求める学者たち」(Scholars for 9-11 Truth)なる組織が結成される運びとなり、「米政府の公式報告はまったくのデタラメである」と訴えている *7 Scholars for 9-11 Truth, "Experts Claim Official 9-11 Story is a Hoax")。主要なメンバーには、共同創設者のミネソタ・ダラス大学哲学科名誉教授ジェームズ・H・フェッツァーをはじめ、第一期ブッシュ政権の労働省首席エコノミストだったモーガン・レイノルズ、米「スター・ウォーズ」宇宙防衛計画の元ディレクターで元米空軍中佐のロバート・M・ボウマン、元ドイツ国防副長官および元ドイツ科学技術大臣アンドレアス・フォン・ビューロー、元米国防総省国家安全保障局(NSA)諜報部員ウェイン・マドセン、元米海軍諜報部員ケニヨン・ギブソン、カナダ・グウェルフ大学哲学科教授およびカナダ王立協会フェローのジョン・マクマートリー、西オンタリオ大学コンピューター・サイエンス科名誉教授および数学者・環境科学者のA・K・デュードニー、『ニュー・パールハーバー』『9/11調査委員会の報告書:省略と歪曲』の著者で米クレアモント神学大学および同大学院教授のデイヴィッド・レイ・グリフィンらがいる。

*7 その後ジョーンズ博士は、方向性の相違からフェッツァーとたもとを分かち、2006年12月「9/11の真実を求める学者たち」を脱退。翌2007年1月、元ULマネージャーで化学者のケヴィン・R・ライアンらとともに「9/11の真実と正義を求める学者たち」(Scholars for 9-11 Truth & Justice)を新結成した。

なお付け加えておけば、ジョーンズ博士のもとに2006年1月29日付で、爆発物処理専門家として米空軍に10年間勤務したマイケルと名乗る退役軍人から以下のメールが寄せられた、「私はWTCタワー倒壊に関するあなたの論文を読み、それに同意するものです。軍用テルミット[反応促進剤として硫黄を含む]だけが唯一、崩壊の何週間も後に見つかった熔解スラグを説明できます。V型成形爆薬リニア・シェイプト・チャージ(LSC)を併用したテルミット炸薬が、WTCタワーを崩落させるのに使われたでしょう。これからもご健闘あらんことを」(Scholars for 9-11 Truth, "Comments")。


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FEMA, "Emergency Response to Terrorism" Book Cover, June 1999


「トラス理論」ばかりか、FEMA自体についても疑惑が取り沙汰されている。ブッシュ政権には「影の政府」(Shadow Government)と呼ばれる政府高官約100人からなる秘密地下組織があり、これは陰謀論どころか、米政府もその存在を認めるところである(Washington Post, "Shadow Government Is at Work in Secret")。その「影の政府」とFEMAは実質上同義とされる(Free America, "FEMA: The Secret Government")。FEMAは1979年3月、大統領令によって創設され、国家安全保障会議(NSC)の下に置かれた。戦争や核テロといった有事によって国家が緊急事態になった時に、FEMAはすべての行政命令を遂行できる権限を持ち、戒厳令を敷いて全指揮権を掌握する。そのFEMAのジョー・M・オルボー長官は、2000年大統領選でブッシュを支えた政策アドバイザーで「鉄の三角形」と呼ばれたうちの1人、言わばブッシュの側近中の側近として知られる(Washington Post, "Bush's 'Iron Triangle' Points Way to Washington")。

FEMA都市捜索救助隊(US&R隊)のトム・ケニー隊長がCBSニュースのインタヴューで語ったところによると、ケニー率いるUS&R隊は9月11日朝から活動できるよう、前日の9月10日夜にはニューヨークへ到着していたという("We're currently one of the first teams that was deployed to support the city of New York in this disaster. We arrived late Monday night and went right into action on Tuesday morning." by Tom Kenney- MP3 Audio)。この発言は物議をかもしたが、FEMAはこれを全面否定。おそらく彼は単に混乱していてチームの到着日付を言い誤ったのだろうとコメントし、今後発言を控えるよう釘を刺した。だがFEMAのチームが前夜ニューヨークへ出向いていたのは本当で、その目的とは9月12日に予定されていたニューヨーク市&司法省共同による「トライポッド II 作戦」(Operation Tripod II)と呼ばれる対バイオテロ緊急訓練に参画するためであった。むろんこの作戦訓練も、先の9/11軍事模擬演習の一環としてチェイニー副大統領が仕組んだことだったのである(What Really Happened, "FEMA Were in New York the Night Before 9-11"/American Patriot Friends Network, "911 And FEMA Official's Slip"/Scoop Media, "FEMA in NYC prior to 9-11 for Project TRIPOD terror drill, scheduled for 9-12")。


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WTC7 | Source: 911 Research


ところでFEMAの公式見解によると、WTC7号棟だけはツインタワー崩壊による巻き添えではなく、下層階からの出火が一因なのだという。考えられる要因として、地上階に置かれた緊急発電用タンクのディーゼル燃料が漏出し、それに引火したのではないかという「分析」も示されてはいるが(New York Times, "Engineers Suspect Diesel Fuel in Collapse of 7 World Trade Center"/New York Times, "Burning Diesel Is Cited in Fall of 3rd Tower")、その緊急発電用タンクの危険性について事件前から消防署の警告があったにもかかわらず、指摘された6000ガロン(2万3000リットル)の容量をはるかに上回る4万2000ガロン(16万1000リットル)ものディーゼル燃料をあえてビル内に持ち込んでいたのは、ニューヨーク市長ルドルフ・W・ジュリアーノだった(New York Times, "THE TRADE CENTER; City Had Been Warned of Fuel Tank at 7 World Trade Center")。映画・テレビの視覚効果スペシャリストであるマイケル・リヴェロは7号棟出火の写真を観察し、こう疑問を投げかけた、「それらの火災は、さもビルが火事であるかのように見せかけた、わざと仕組んだ火災のように見える」「確かに火事は起きているし、実際に燃えてはいる。だがそれらの火災はすべて窓付近にあって、ビルの奥で出火しているようには見えない。本当の火災なら、タワーからトンネルへ吹き抜け、エレベーター・シャフトを上って中心から広がっていっただろう」「写真にあるこれらの火災を見れば見るほど、ビルの倒壊理由として意図的に創作されたものだと感じる」(Prison Planet.com, "Photo Suggests Building 7 Fires Staged?")。仮に出火自体が相当深刻なものであったとすれば、スプリンクラー・火災報知機・排煙設備・消火自動ポンプ・耐熱耐火材など防災システムはうまく機能していなかったのか? NISTによれば、WTC7号棟をモニターしていた火災警報システムは、この日午前6時47分から8時間にかぎって、メンテナンスや検査のため「テストモード」に切り替えられ、システム作動のいかなるアラームもオペレーターのディスプレイに表示されることなく無視された状態にあったという(NIST, "Progress Report - Chp 1")。

では崩落したビルの地下で瓦礫の山となった鋼構造部材の一部に蒸発が観察されたのはどういうわけなのか? 鋼材が蒸発するには5180F(2860C)もの温度が必要とされるが、ディーゼル燃料の火災でそのような高温を発生させるのは不可能、5432F(3000C)に達するテルミット反応だけがそれを可能にする。しかも同ビルの23階フロアにはジュリアーノ市長が指揮を執るための緊急作戦センター(EOC)が置かれ、爆弾・ハリケーン・停電にも耐えうるよう特別に強化された最新設備を誇っていたにもかかわらず、その鉄骨フレーム構造の47階建て近代高層ビルが「航空機の衝突もなく」「火災だけで」「完全崩落に至る」とは前代未聞の珍事、空前絶後の出来事であり、常識的にも到底考えにくい。そのうえ全壊したツインタワーからは少し離れた位置にあり、7号棟と隣接するビル群はまったく何の影響も受けず倒壊すらしていない中で、当該ビルだけがまるで狙われたかのごとく「6.5秒の自由落下速度で」「垂直倒壊」したのである(WTC7.net, "The hidden story of Building 7"/Killtown, "Was the WTC 7 pulled?")。

その7号棟が実際に倒壊した時刻は、午後5時20分。ところが奇妙なことに、倒壊する1時間以上も前の午後4時15分にCNNのリポーターが「(7号棟は)崩落したか、崩落しかけている」といち早く伝え、続いてBBCニュース24も倒壊26分前の午後4時54分に「もう1つの巨大なビル、47階建てのソロモン・ブラザーズビル(7号棟)が倒壊した」と先んじて一報を伝えていた。これらフライング報道は、CNNとBBCがすでにコントロール下にあったことを伺わせる(Jones Report, "CNN, BBC 24 Reports Conclusively Prove Media Prior Knowledge and False-Start Scripting of Building 7 Controlled Demolition")。

出火原因はおろか、本当に全壊させるほどの出火だったかも疑わしいところに、なんと仰天すべき証言がにわかに出てきた。事件のわずか6週間前、2001年7月24日に地主のニューヨーク&ニュージャージー州港湾管理局から32億ドルで99年間にわたるWTCビルの借地権を得たばかりのラリー・A・シルバースタイン(シルバースタイン不動産オーナー兼ユダヤ文化遺産美術館理事)が、2002年9月報道された米公共放送局PBSドキュメンタリー番組『アメリカの再建』(America Rebuilds)のインタヴューで次のように語った。FDNY局長から電話が入り「鎮火できそうにもない」と言われ、彼にこう返事をした、「おびただしい数の人命が失われてしまいました。おそらく賢明な方策はそれを引き倒す(Pull) *8 ことでしょう」。そうして解体することが決まり、ビルの倒壊を一緒に見届けたのだという(Infowars.com, " 'We've had such terrible loss of life, maybe the smartest thing to do is pull it.' And they made that decision to pull and we watched the building collapse." by Larry A. Silverstein- MP3 Audio)。

*8 シルバースタインが発言した「Pull」とは、建設業界の専門用語で「爆薬を用いた制御解体」を意味する。これに対して、当のシルバースタインは「何か他の意味だった」(meant something else)とだけコメントし沈黙。シルバースタインのスポークスマンであるダラ・マックィランは2005年9月、「ビルに残っている消防士を引き上げる」という意味で用いたと代弁したが、しかし消防士たちは退避命令によって午前11時30分までに撤収しており、シルバースタインがFDNY局長と話し合ったのは午後すぎのことだった。この「Pull」の意味をコントロールド・デモリション社(CDI)に確認したところ、やはり「倒壊させる」という意味で正しかったことが裏付けられた(Killtown, "CDI: 'Pull It' Means 'Pull It Down' ")。

だが、ビルの制御発破には前もって爆薬を仕掛けるための入念な計画と下準備、高度な専門技術が必要とされる。まして倒壊する6時間前に早々と消火活動を断念して消防士をみな退避させなくてはならなかったほど困難な状況下で、いったいどうやって「安全に」「すばやく」「垂直倒壊できるように」爆薬をセッティングすることができたのか? つまりシルバースタインの発言はそれが偽証でもないかぎり、9月11日以前に爆破解体のプランがあったことを白状したに等しい。シルバースタインと言えば、彼がWTCビルの新しい所有者としてまず着手したのは、ビルのセキュリティ会社を変更することだった。その雇い入れた会社というのが、前出のマーヴィン・ブッシュが重役を務めるセキュラコム社(後のストラテセック社)。そして今回のWTCビル崩落でもっとも大きな「利益」を得たのも、ほかならぬシルバースタイン当人であった。損失どころか、彼には総額で44億ドルもの巨額な保険金が支払われ、復興再建のための資金もすべて保険金で調達できる公算だという。シルバースタイン不動産は事件当日の朝、WTC1号棟88階のオフィスで会議を開く予定になっていたが、1人欠席者がいるからとの理由で取りやめた。その会議では「テロ攻撃にどう対処すべきか」討議することになっていた。当のオーナーであるシルバースタインはちょうどその日、皮膚科医と会う約束になっていたためオフィスを不在にし、危うく難を逃れていた(New York Times, "A DAY OF TERROR: THE INSURERS; Reinsurance Companies Wait to Sort Out Cost of Damages"/New York Observer, "Mike Sees City Taking Control At Ground Zero")。

なお付け加えておけば、このWTC7号棟の抵当権を有していたのがブラックストーン・グループという最大手の米投資会社で、その共同創業者にして会長はピーター・G・ピーターソン、CFRの理事長としても知られる人物である。そして同ビルには米証券取引委員会(SEC)と米雇用機会均等委員会(EEOC)のニューヨーク事務所がテナントとして入居し、ビル倒壊によってまだ調査中だった3000〜4000もの重要ファイル、とくにSECの機密ファイルが大量に紛失した。それらの中には、ハイテク・ブームの好況で投資銀行が一般公募した新規株式の分配方法を記録した調査ファイルや、モルガン・スタンレーに対するセクハラ訴訟の文書なども含まれていた(New York Lawyer, "SEC & EEOC: Attack Delays Investigations")。

7号棟の倒壊が爆薬による制御解体であった何よりの証拠は、CBSニュースのビデオ映像がそれを如実に語っている。オランダの爆破解体専門会社ジョウェンコBVのオーナー、ダニー・ジョウェンコは、7号棟倒壊のビデオを見ながら明瞭にこう断言した、「これは制御解体だ」「間違いなく内破によるもの。ベテラン・チームが請け負った仕事だ」(911Blogger.com, "This is a controlled demolition." "Absolutely, It's been imploded. This was a hired job, A team of experts." by Danny Jowenko)。7号棟が崩壊した原因について、9/11調査委員会の最終報告書はまともに言及することを避けた。ただFEMAの最終報告書が出火したことに触れたものの、「崩壊した原因の詳細は現時点において不明であり」「さらなる研究、調査および分析が、この問題を解明するのに必要である」と結んで終わっている。


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WTC7- MPEG Movie (9-11 Research, 1.6MB) | Source: CBS News


WTCビルに1機目が突入してわずか数分後に大勢のFBIエージェントが現場へ駆けつけたのは、そして事件発生から48時間後にFBIが19人の「犯人」とオサマ・ビン・ラディンの関与を発表できたのは、万事申し合わせどおりだったからである。「テロ実行犯」「イスラム原理主義者」のレッテルを張られた彼ら19人は搭乗さえしておらず、公表された「搭乗者リスト」にも名前の掲載はなかった(Global Research, "The Perplexing Puzzle of the Published Passenger Lists")。「ケネディ暗殺犯」という役回りを担がされたCIA工作員のリー・ハーヴェイ・オズワルド同様、単にスケープゴートとして利用されたにすぎない("Central Intelligence Report on the Assassination of John Kennedy"- Document)。サウジアラビア外相のサウド・アル・ファイサル王子は2001年9月20日、ワシントンでブッシュ大統領との会談を終えた後、アラブ報道陣に対して「サウジアラビアの調査によってFBIのリストのうち少なくとも5人は事件と無関係と判明した」と語り、ついで同国内相ナエフ・ビン・アブドルアジズ王子も2001年9月23日、「7人は事件に関与しておらず、サウジ国内で連絡が取れた」とCNNのインタヴューで語った。

ところで、ナエフ内相には実に興味深い発言がある。彼によると、「9/11事件の背後にはユダヤ人がおり、テロリストのネットワークは外国諜報機関とリンクし、その親玉はイスラエル・モサドだ」というのである(Western Herald, "Saudi interior minister: Jews behind 9-11")。

ナエフ内相と同様、パキスタン諜報機関ISIのハミード・グル元長官もUPIのインタヴューで、「9/11事件は明白に内部犯行であり」「イスラエル・モサドとアメリカにいる共犯者の仕業だ」と述べた(United Press International, "UPI Interview with Gen. Hameed Gul")。

イラン革命防衛隊のヤハ・ラヒム・サファヴィ将軍も、9/11事件は「中東を支配するための戦争挑発を目論んでアメリカとイスラエル・モサドが実行したものだ」と軍司令官に伝え、彼のコメントはイラン国営通信ISNAによって報じられた(Iran Focus, "Iran says U.S., Israel ordered September 11 attacks")。

イギリス諜報機関MI5のエージェントだったデイヴィッド・シェイラーも、「アル・カイダが行っているテロ活動のほとんどは、MI6(対外諜報機関)とCIAによってアレンジされたものだ」と明かした。シェイラー自身、イギリス政府が政治的暗殺のためにアル・カイダへ多額の資金援助を行っている事実を公然と暴露。その結果、公職機密法違反の罪で投獄されたが、彼もまた「9/11事件は内部犯行」と主張している(Voltairenet.org, "David Shayler: 'I quit the British secret service when the MI6 decided to fund Osama bin Laden's partners' "/Prison Planet.com,"Former MI5 Agent Says 9/11 An Inside Job")。

米ハリウッド映画俳優ダスティン・ホフマンも「9/11事件を操作したのはブッシュ政権」と語り、また同映画俳優チャーリー・シーンも、「9/11公式報告には多くの疑問があり、ブッシュ政権は事件の真相を隠蔽している」として「政府から真に独立した調査機関によって真相究明が行われるべきだ」と公に発言した(Contactmusic.com, "Hoffman: 'Bush Manipulates 9/11' "/Prison Planet.com, "Actor Charlie Sheen Questions Official 9/11 Story")。

映画『華氏911』のマイケル・ムーア監督もインタヴューに応じて、「『華氏911』以来ずっとこのかた私は、多くの消防士たちから爆発音を耳にしたという声を聞いた。彼らは知らされている以上にもっと多くの情報があると信じているんだ。私には公式調査が完全な真実を伝えているとは思えないし、まだ真実の半分も伝えてはいない」と語った(Prison Planet.com, "Michael Moore: 9/11 Could Be Inside Job")。

米カントリー・ミュージック界の大御所ウィリー・ネルソンも、「ツインタワーの崩落を見、ラス・ヴェガスでビルの爆破解体を見たことがあるが、両者はあまりに酷似している」とWTCビル内部爆破の可能性を指摘した(FOX News, "Willie Nelson: I Question Official Sept. 11 Story")

「9/11の真実を求める学者たち」メンバーの1人、フォードおよびカーター大統領のもとで「スター・ウォーズ」ミサイル防衛計画のリーダー格を務めていた元米空軍中佐ロバート・M・ボウマンも、「9/11公式報告こそ謀略説であり」「攻撃の計画立案をした主要な容疑者はチェイニー副大統領である」と表明した(911Lies.org, "Former CIA Official -Head of 'Star Wars' Program Say Cheney"/Prison Planet.com, "Former Head Of Star Wars Program Says Cheney Main 9/11 Suspect")。

ドイツのヘルムート・シュミット政権元閣僚で国際諜報活動に詳しいアンドレアス・フォン・ビューローも、「9/11公式報告はまったくの誤りであり」「サウジアラビアとパキスタンの諜報機関から支援を受けたCIA部内の最少グループによる内部犯行」と自説を展開した(Prison Planet.com, "Former German Minister Says Building 7 Used To Run 9/11 Attack")。

元CIAアナリスト(勤続16年)レイ・マクガヴァン、元CIA高官(勤続28年)ビル・クリスティソン、そして元海兵隊将校および元CIAエージェントのロバート・D・スティール、この3人ともが「9/11事件は内部犯行」と認め、テロ対策のスペシャリストであるスティールは「チェイニー副大統領とネオコン一派は起訴されてしかるべきだ」とさえ述べている(Prison Planet.com, "28-Year Career CIA Official Says 9/11 An Inside Job"/Infowars.net, "Ex CIA and Marine Intel Officer: 9/11 Was An Inside Job")。

映画『シリアナ』(Syriana)の原作『CIAは何をしていた?』(Three Rivers Press, "See No Evil" by Robert Baer)の著者として知られる元CIA工作員(勤続20年)ロ