人が人を愛するというのは、宇宙の法則「理」にかなった自然な振る舞いである。にもかかわらず、同性愛を「自然の摂理に反する」と考えている輩のなんと多いことか。私が尊敬してやまない美輪明宏氏(以下、美輪様 ※注)は、こうした時代錯誤の考えをこう一蹴している(『週刊金曜日』1998年10月23日発行 第240号所収 「異性愛(ヘテロセクシュアル)とは何か」より)、
異性愛も同性愛も人間が人間を愛しているだけよ。
なんと簡潔で適確なコメントだろう(笑)。また美輪様はこうもおっしゃっている(前掲サイトより)。
男も人間なら女も人間でしょう。そうしたら、男が男を愛し、女が女を愛しても、人間が愛し合うという図式には変わりがないわけです。それが、男が男を愛したら人間ではなくなるような言い方は、理屈に合わないんですよ。(中略)
同性愛だろうが異性愛だろうが、天に星、地には花、人には愛、仲よきことは美しき哉(かな)。人が愛し合っていればいいじゃないの。そうでしょう。犯罪を犯しているわけじゃない、物を盗んだわけじゃない、人を殺したわけじゃないんですよ。悪いことは何もしていない。
ついでに、とあるサイトにあった雄弁な言葉もここに紹介しておこう(「Cool Conversation」より)、
自然の摂理に反している? そもそも人間そのものが反しているではないか。 幾多の種を絶滅させ、自然を歪め、破壊し続ける存在が、今更何を言う。子供を生まぬ夫婦もいる。子を虐待し殺めるものもいる。自分たちの勝手で、 新しい命を流す者もいる。我が子の殺人をしないだけ同性愛者は救われているではないか。
そのような人間に比べたら、人を純粋に愛しようとする同性愛者の方が、 はるかにましではないか。
ところで意外なことだが、動物行動学的にも同性愛は決して「不自然」ではないことが今日知られるようになってきた。1999年に出版された "Biological Exuberance : Animal Homosexuality and Natural Diversity" (by Bruce Bagemihl, Ph.D./New York: St. Martin's Press, 1999) はその先鞭をつけた生物学の本として知られ、TIME誌などでも紹介された。この本によれば、自然界には実に多様な性行動が見られ、生殖を目的としない同性同士の求愛行動が霊長類や海棲哺乳類をはじめ、鳥、爬虫類、昆虫など478種の生物において認められるという。現在明らかにされている性的結びつきと行動の判っている種がおよそ2000種であることからして、この478種というのはきわめて豊富といっていい。しかもオスとメスのペア以外に、オスとオス、メスとメスといった同性同士の性的結びつきが普通に見られ、それらは決して短期的なものではなく長期に継続され、生涯にわたるケースもあるというのである。むろん、これをただちに人間のケース(ホモセクシュアル)に当てはめてよいかどうか生物学研究者の間で論争が巻き起こっているのは事実としても、まだ生物界のことはあまりよくわかっていない現状を踏まえれば、とても有意義な報告であることは疑いない。
動物行動学的にも同性愛が「不自然」なものではなく「自然の摂理にかなっている」とすれば、「自然の摂理に反している」などというアナクロニズムはそもそもどこに起因しているのだろうか?
おそらくその典型は、西洋ではキリスト教圏やイスラム教圏の社会だろう。彼らの社会では、セックスは子孫を作るための行為であって、その神聖な行為に快楽を求めたり快感を得たりすることは罪悪だとされているのだから。たとえばキリスト教を例にとれば、彼らの教典である「聖書」の教義そのものが同性愛に対して非寛容である。聖書にはこうある──
女と寝るように男と寝てはならない。それは厭うべきことである。(旧約聖書レビ記18章22節)
女と寝るように男と寝る者は両者ともにいとうべきことをしたのであり、必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪に当たる。(旧約聖書レビ記20章13節)
みだらな者、偶像を礼拝する者、姦通する者、男娼、男色者、泥棒、強欲な者、酒におぼれる者、人を悪く言う者、詐欺師は、決して神の国を受け継ぐことができません。(新訳聖書コリントの信徒への手紙I 第6章)
むろん宗派や教義の解釈によっても違うだろうし、聖書自体がキリストの言葉を忠実に書き留めたものではないといった議論もあるわけだが、少なくとも今日のキリスト教の価値観では、同性愛は罪悪視され、容認できないという立場が支配的なのは否めない。また同性愛者が罹ったエイズについても、「ソドムとゴモラ」(旧約聖書創世記19章)になぞらえて「快楽にふけって堕落したのだから神の天罰」と、まるで自業自得だと言わんばかりの仕打ちである。そうなると、慈悲深き「神の愛」とはいったい何なのか? 愛というのはもっと「寛容で情け深い」(コリントの信徒への手紙I 第13章)ものだと思えるが、キリスト教の教義ではどうも同性愛者だけは例外であるらしい。もっとも「死刑」などという不寛容きわまる野蛮な行為が「神の愛」と矛盾しないものか不思議な気もするのだが…。
聖書の言葉をそのまま「真理」と受け容れ(鵜呑みにし)、「進化論」を否定し「天地創造説」を信仰する(信じ込む)のと同様、同性愛者は性欲的な快楽だけしか求めず、子孫繁栄もできず、したがって同性愛は「人間の堕落」であり「神の意思に反する」から「倫理的に悪い」という。それではなぜ異性愛は善くて、同性愛は悪いのか? 性欲的な快楽は男女間でも(教義上は否定的であれ)現に行われているわけだし、子どもを産める産めないは「能力」の問題であって「是非」を論じる次元ではない。ただ好きになった相手が異性でなく同性であるという、たったそれだけの違いでその愛をいとも簡単に否定してしまえるものかどうか。そもそも「神の前において人はみな平等」と説教をたれ、「敵を憎んではならない、隣人を愛しなさい」と説く神経は並みではない。矛盾もいいところである。つまるところキリスト教は、聖書に書かれた誤りによって同性愛者を差別する、不寛容きわまる無慈悲な宗教と言えるだろう。“菩薩”の美輪様がそんなキリスト教に対して、こんな言葉で切り返したのが何とも面白い(前掲サイトより)。
キリスト教の牧師さんと言い合いをしたときも、牧師さんは結婚して子供がいるんだけど、生殖以外の性行為をすることは不道徳だというから、じゃああなたは国のため、人類繁栄のためという言葉を聞いたら勃起するんですかと言ったの(笑)。大変ですね、ご苦労さまって(笑)。
では、そういった宗教とはおよそ無縁のこの日本で、「自然の摂理に反する」といったアナクロニズムにとらわれるのはどうしたわけか?実はそういった同性愛を「不自然」とみなす考えは、西洋文明(キリスト教思想)が流れ込んできた明治維新以降の近代に形成されたものだという。それ以前は、同性愛(男色)に対してとても大らかで寛容な社会であったと。キリスト教の倫理観のみならず、やがて戦争が勃発するようになると、やれ「富国強兵」だの「産めよ殖やせよ」だのといった国策や国威発揚、道徳教育が席巻・浸透していくなかで、家族を形成せず子孫を作らない同性愛は否応なく「反社会的」なものへと貶められていったわけである。つまりは宗教と同じく「子孫繁栄」という大義名分の“国家イデオロギー”にすぎないものであったわけだ。
なかには「子孫繁栄」を人間の本能と思い込んでいる人もいるようだが、そもそも人間は本能の壊れた動物にすぎない。だから発情期すらない、快楽にふけったセックスが年がら年中できてしまえるし、平気で同種族(わが子まで!)を殺めてしまえる。子孫繁栄できないから同性愛は「不自然」なのだと頑なに言い張る御仁は、私に言わせれば、生存を脅かされることに対する防衛本能とまではいかないにせよ、一種の“強迫神経症”ではないかと思われる。せいぜい美輪様の以下の言葉を噛みしめてもらいたいものだ(前掲サイトより)。
男同士じゃなくても、男と女の夫婦でも子供が産まれない不妊症のご家庭はたくさんあります。そういう人たちに、同じセリフを吐けるかというの。それに、子供が産まれたから幸せなんですかと言うの。子供を育てそこなったり、自分の老後の面倒を見させるために産んだら、所帯を持ったから親の面倒なんか見てられないと言われて子供に裏切られたとか。親子で憎しみ合ったり殺し合ったりしているじゃないですか。みんな、「子どもができなくてかわいそうね」って言うけれど、子どもができたために不幸になった人もいっぱいいる。子供を持つことが幸せに通じるなんて、どこにそんな保証があるんだ、と言いたいのね。楽あれば苦あり。どれがよくてどれが悪いということは言えないんです。異性愛者でもサディストもいればマゾヒストもいる。異性愛だからまとも、同性愛だからまともじゃないなんて言えないの。
美輪明宏語録には傾聴に値する言葉がいくつもあるが、次の一言などはさすがに溜飲が下がる思いである。
同性愛をバカにする連中は無知なゴキブリみたいなもんよ。
そう、まさしく無知以外の何ものでもない。異性愛/同性愛にかかわりなく、ヒトがヒトを愛するのはしごく自然な振る舞いであり、普遍的な宇宙の法則である。終生その真理に気がつかないのは、美輪様の言葉を援用するなら──
「知性とか理性に縁のない人ね」
愛する権利(訳詩:美輪明宏)
| この地球の常識など 愛の宇宙じゃ小さなもの どこの国の神も法も 愛を禁じる権利はない 裁く事は出来やしないさ 人が人を愛する事は悪ではない罪ではない 男と女が 女と女が 男と男が 年寄りと若者が 異国人同士が愛し合っても 人間同士が愛し合う事に変わりはない 殺したわけでも 盗んだわけでもないのだから 人は誰も 幸福になる権利がある 私も又 孤独と戦い 人生に傷つき 血を流して 代償を払った どんな力も奪えるものか この権利を守り抜くのだ やっと手にした愛の権利を 貴方を愛する権利を |
【2002/03/20 江原・記】
(※注)「尊敬してやまない」と書いたが、別に信奉者ではないので念のため。ちなみに、テレビ朝日の番組『オーラの泉』に出演されている美輪様が、共演者のスピリチュアル・カウンセラー江原啓之氏のことを「彼は本物。そんじょそこらの人とは違う」と肯定的に発言されたことに関して、そもそも「霊能力」なるものについて私はすこぶる批判的である。良く言えば“辻説法”、悪く言えば“霊感商法”の類いと認識しているので、この点では美輪様を「尊敬できない」。なお、江原スピリチュアルを徹底批判した好著に、「火の玉博士」としてよく知られる理学博士/早稲田大学名誉教授・大槻義彦氏の『江原スピリチュアルの大嘘を暴く』(鉄人社刊)がある。
【関連記事】
類人猿に“同性愛”行動 進化の歴史に残る
群れでの受け入れ儀式? 雌への関心の副産物? 人間に引き継がれる
同性愛をテーマに取り上げた小説やテレビ番組が増え、話題を呼んでいる。人間社会ではタブー視されがちだが、チンパンジーなどの類人猿(人間に近い高等なサル)では、同性愛的な行動が比較的ひんぱんに起きることが観察されている。生物が生きていく大きな目的の1つである繁殖に反するような性愛形態が、なぜ起こり、進化の過程で残ってきたのか。動物行動学の研究から、サルと人間の同性愛の起源を探ってみた。新入りが頻繁に
東海大学医学部の榎本知郎助教授はアフリカのザイールで、大型類人猿のボノボ(ピグミーチンパンジー)を観察し、主に雌同士の同性愛行動を目撃した。発情時に赤くはれた尻の皮を互いにこすり合わせる行為で、通称「ほかほか」と呼ばれる。榎本助教授は「社会的つながりを深めるためのコミュニケーション手段ではないか」と推測する。
ボノボの雌は大人になると生まれた群れから出て、他の群れに入る。本来は“よそ者”同士だった雌たちは、やがて1つの群れの中で強く結束するようになる。「ほかほか」は、新しい雌が群れに入ってきた時に、他の雌たちに受け入れてもらうための儀式ではないかというのだ。実際、新入りの雌は群れに入りたてのころ、ひんぱんに群れ内の雌を同性愛行為に誘う。
また、雄のボノボも何らかの緊張を感じた時に同性愛行動をしていた。榎本助教授は「ボノボのように、人間の同性愛も昔はコミュニケーションや集団の連帯感を強める意味を持っていたのでは」と想像している。
同性愛はたくさんの子孫を残すという生物の目的と反する。また、同性しか愛さない個体は子孫を残さないから、同性愛的形質をもたらす遺伝子は後代に残らず、長い進化の中で淘汰(とうた)されたはずだ。害にならぬ遺伝形質
しかし、今日まで同性愛が存在するということは、「同性愛行動がかつては何かの役に立っていた」と考える方が自然という。同性愛的な形質は「同性しか愛さない」個体だけではなく、より一般的なものだったと見ることもできる。
人間は5万年ほど前に言語や絵画表現を獲得、これらが優れたコミュニケーション手段として発達したため、同性愛行動はしだいに意味をなくしていった。しかし、その遺伝形質は人類にとって特に害にならないため、完全には消えずに残った。そんなストーリーが考えられる。
一方、同性愛行動そのものに意味はなく、環境や生活形態の中から副産物として生まれてきたという説もある。京都大学霊長類研究所の山極寿一助手は、1980年から82年にかけてアフリカのルワンダに滞在し、世界で初めて野生のマウンテンゴリラの同性愛行動を観察した。
ゴリラは通常、一頭の雄と数頭の雌が群れを作って暮らす。ところが、山極助手は雄だけの珍しい群れを発見した。そこでは雄同士が一定距離内に近付いた時に、片方が相手の背中に乗るマウンティングという交尾行動がよく起こった。山極助手は「この場合、緊張を緩和するといった意味はなく、単純な性衝動の現れだろう」と解釈する。子ザルと同じ遊び
雄のゴリラが性衝動を起こしやすい素地の1つとして、雌のゴリラの発情期が短く、いつ発情しているか分かりにくいことがある。雄は雌の発情を知るため、常に性的関心を持ち続ける。このため、雌からのはっきりした発情サインがなくても交尾が可能だ。これはサルの中でも高等な部類に特有で、原猿類と呼ばれる下等なサル(ロリス、キツネザル、メガネザルなど)は雌からの発情サインがなければ交尾できない。
また、ゴリラは大人になっても子供の時と同じような「遊び」をする。子ザルが遊んでいる時に交尾のまねをするように、大人も遊びの延長として交尾に似た行動をする。これが性衝動に裏打ちされているかは分からないが、少なくとも外見上は同性愛に見える行為が伝承されていくことになる。
こうした性質や習性が強まって、「相手が異性でなくても性的に興奮できるという素質ができあがり、人間にも引き継がれてきたのだろう」と山極助手は説明する。人間では精神的な性愛の要素が加わり、同性愛が起きやすくなったと見ている。
真相は分からないが、両氏とも同性愛が決して特殊な行動ではないという意見では一致している。類人猿の行動学から見ると「同性愛が生物として異常というのは偏見」(榎本助教授)で、「宗教や社会的規制を受けなければ、人間にもある割合で存在して当然」(山極助手)という。(日本経済新聞 1994/04/27)第4話サルとヒト(5)「性」を見つめタブー再考
京大霊長類研究所助手の山極寿一(43)は82年7月、東アフリカ・ルワンダの森の中でゴリラの生態調査を進めていた。ゴリラの行動を熟知する山極は、いつものように群れの中に入って、観察していた。
近くで昼寝を始めた「パティ」と呼ぶ1頭に何げなく目をやった時だった。山極は、その股間(こかん)を見て初めてパティがオスだと気付いた。「あまりの驚きにめまいを覚え、耳鳴りがした」。
それまでの観察では、パティは群れのオスと交尾をしており、オスだけの群れに紛れ込んだ唯一のメスだと思い込んでいた。しかしパティには「ついていた」。ゴリラの性器は少し離れると全く見えず、体の小さい若いオスとメスは区別がつきにくい。
これが世界初のゴリラの同性愛的交渉の発見だった。その後、この群れではパティだけでなく、他のオス同士の交渉も見られるようになった。
他のサルにもあるオス同士の性行動は緊張を和らげるためと言われるが、ゴリラでは射精があるなど性的高まりがあり、人間の同性愛と共通する。「ゴリラやチンパンジーは人間性を映す鏡」と考える山極は、人間の同性愛にも研究の対象を広げるようになった。
日本の医学界では同性愛を「異常」と見なすことが多い。しかしゴリラなどの類人猿にも見られ、人類でも同性愛をタブー視しない社会が多く見られたことなどから「進化史的に見て、人間の同性愛は異常ではない」と、あごひげをなでながら語る。
「性交渉の目的が子づくりに限定されるのは、近代社会の生産性を重視する考えを反映したもの」。男女の境があいまいになり、異性間の交渉でも子づくりが目的にならないことが多くなったことに、山極は「今後、同性愛者への偏見が少なくなるのでは」とみている。
霊長研教授の加納隆至(57)は、「性的な動物」と言われるアフリカのボノボ(ピグミーチンパンジー)の生態調査を73年にザイールで始め、すぐにこのユニークな動物に魅せられた。
加納が驚いたのは、ボノボの性行動の多様さだった。オスとメス、オス同士、メス同士、大人と子供、子供同士というあらゆる組み合わせで性関係を結ぶ。オス同士で一方が他方の尻(しり)に乗る「マウンティング」、後ろを向いて尻をこすり合わせる「尻つけ」、メスが向かい合ってする「性器こすり」などがある。
「ボノボの性行動は、あいさつ代わり」。けんかが起きそうになると、様々なパターンの性行動をとって緊張を和らげてしまう。性を利用して争いを避け、平和な社会を築いている。争いがないため体の大きなオスがのさばらず、メスが強い。
「日本も女性が強くなってボノボ社会に似てきたが、もし日本がボノボ社会のように争いのない国になったら外国との競争に負ける。ボノボ式が日本の理想ではなく、もっと男が強くならなければ」とは、加納流“男の復権”論だ。
ザイール国内が混乱して渡航自粛勧告が出たため91年以来、ボノボの現地調査は休止中。欧米の研究者はすでに再開しており、日本の研究は後れを取っている。「早く勧告を解除して戻れるようにしてほしい」。物静かなボノボ学者は遠くを見ながらつぶやいた。(敬称略)(日本経済新聞 1995/07/15)ハエの同性愛から分かること
「心の性」決める遺伝子の存在? 人間との共通点探る
三菱化学生命科学研究所の山元大輔さんは、科学技術振興事業団の「山元行動進化プロジェクト」で、キイロショウジョウバエの突然変異体から、ハエにも「同性愛」や「性同一性障害」があるなど、さまざまな性行動異常を見つけた。異常をもたらす遺伝子は人間にも共通するものがあるという。ハエの“同性愛”から何が分かるのか──。(吉田 薫)山元さんの研究は、ハエの遺伝子のいろいろな場所を壊し、変異体をつくって、行動を観察することから始まる。
雌に興味を示さない雄の変異体は、satori(悟り)と名付けられた。実は悟っているわけではなく、雄と交尾をしようとする同性愛の群れだった。サトリたちは、互いのおしりに頭をくっつけようとして輪になってしまう。
またspinster(スピンスター=未婚女性)と名付けられた雌の変異体は、雄をけったり自分の体を曲げたりして、雄を受け入れようとしない。このほか6種の変異体を分離した。
サトリの体は、神経系に支配されたある筋肉の異常を除いては、正常な雄。しかし、言い寄る相手は雄であり、人間でいう同性愛の状態だ。よく調べると、サトリの変異は、すでに発見されていたfru(フルートレス)遺伝子の変異が原因だった。
ハエの体の性は、dsx(ダブルセックス)という遺伝子が決めることが分かっている。fru遺伝子は神経、つまり人間でいう「心の性」を決めるのにかかわっているのではないか──。山元さんはそう考える。
人間にはfru遺伝子に相当する塩基配列は、見つかっていない。人間の場合は、母親の胎内でホルモン・シャワーを浴びることから男性としての脳がつくられていく、というのが定説。その過程に遺伝子の変異が1枚かんでいるのかどうか、いずれ解明されそうだ。
研究グループは、ハエの脳内のどこでfru遺伝子が働いているかを調べ、性志向をつかさどる神経細胞を突き止めることを狙っている。
一方、スピンスター遺伝子は、人間、線虫、マウスに、いずれも似た配列があることが分かった。スピンスターの行動からみると、この遺伝子に異常があると、幼い行動パターンがそのまま保存されるようだ。「外から送られてくるホルモンを組織に取り込む物質と関係しているのでは」と、山元さんはみている。この遺伝子を壊したマウスをつくり、機能を探ることにしている。(中日新聞 1999/03/23)ペンギンに同性ペア多い? 国内水族館などで調査
飼育されているペンギンでは同性同士とみられるペアが珍しくない―。こんな調査結果を、立教大理学部の上田恵介教授(行動生態学)らが25日までにまとめた。
「性別判定が難しいため野生での状況が分からず比較できないが、飼育下だと同性ペアをつくりやすくなる可能性がある」と上田教授。施設ごとの平均飼育数が20羽程度と少ないため雌雄のバランスが偏り、同性ペアを組みやすくなっていることなどが考えられるという。
国内で最も多く飼育されているフンボルトペンギンは、大きな群れで飼う方が死亡率が低く、ひなもよく育つとの調査もあり、水族館関係者は「国内のペンギン飼育の現状は望ましいとは言えない。費用など難しい点があるが、改善を進めるべきだ」と指摘している。
上田教授や同大大学院生の酒井嘉子さんらが、国内の主な水族館などに同性ペアの有無を質問した結果、16施設の8種20組程度が該当するとの回答があった。(共同通信 2004/12/25)ドイツ ペンギンのゲイ検査に抗議殺到
【ベルリン11日ロイター】ドイツの動物園で、同性愛の疑いがあるペンギンの性的嗜好を調査しようとしたところ、ゲイ・レズビアン団体からの激しい抗議が殺到した。団体では、動物園側が、ペンギンをストレート(非同性愛)に強要させるのが目的なのではないかと懸念している。
「ゲイやレズビアンといった様々な同性愛者団体が、Eメールや電話で抗議をしてきています」とブレーマーハーフェン市の北西にある動物園の広報が金曜日に明らかにした。
この広報によると動物園では、他のオスと交尾しようとしたオスのペンギンや、石を卵のように温めてヒナを孵化させようとしたペンギンを同性愛の可能性があるとみなしたという。
しかしドイツのマスコミが、メスのスウェーデン・ペンギンを使って、動物園がこの推論が正しいかどうかをテストしようしていると報道したところ、抗議の電bが鳴り始めた。
「誰も同性愛カップルのペンギンの仲を引き裂こうとしているわけではありません。オス同士の3組のペンギンが同性愛なのか、メスが不足しているために、ただ一緒に居るだけなのか確かめようとしただけです」と動物園のハイク・キューック園長は公共放送NDRに語ったという。[日本語訳・D姐](ロイター通信 2005/02/12)ペンギン、雄同士3ペア 独の動物園「温かく見守る」
ドイツ北部にあるブレーマーハーフェンの市営動物園で、飼育しているペンギンに雄同士の同性ペアが見つかった。「雄と雌のバランスが悪い」と考えた同園は、雌を倍に増やしてみたが、ペアは離れようとしない。「同性愛の可能性もあるが、とても仲良しなので温かく見守っていく」という。
独紙ターゲス・ツァイトゥングなどによると、ペンギンはフンボルトペンギン。14羽のうち5組のペアができた。卵を産まない組があったので、DNA鑑定で性別を調べたら、3組が雄同士だった。ペンギンは雌雄の区別が難しく、見ただけではよく分からないという。新たに雌4羽を増やしたが、3組の雄同士は離れようとせず、雌とも接触しない。「雄・雌」ペアと同じように巣穴をつくり、侵入者を威嚇。互いにおじぎや首ふりなどのしぐさを見せ、交尾もしようとするという。
欧米などの動物園で同性ペアが確認されることは少なくない。5組のうち3組が同性ペアだったことに同園は注目。行動や飼育環境などを多面的に研究する方針だ。動物の同性愛などについて研究する米国の生物学者ブルース・ベージミルさんは、「ペンギンの同性ペアも不思議ではない。同性ペアの鳥が繁殖時に一時的にペアを離れ、元通りになった事例もある。動物の世界も『同性愛』が自然な感情と考えられるのではないか」という。
同園には同性愛者らからペアを引き離さないように求める電話やメールが殺到。キューック園長は「ペアの仲を引き裂くようなことは絶対にしない」と説明している。(朝日新聞 2005/02/20)ペンギン:同性ペアが相次ぐ 北海道登別市の水族館
ペンギンパレードが人気を集めている北海道登別市の水族館「登別マリンパークニクス」で、キングペンギンが同性同士で相次いでペアを作り、飼育員を悩ませている。同性ペアを引き離し、雌雄間でのカップリングを試みているが、専門家は「飼育下で性別が偏ったことが原因ではないか」とみている。
同館のキングペンギンは98年の飼育開始以来、雄の数が雌を上回る状態が続いており、現在は雄8羽、雌3羽、性別不明1羽の計12羽を飼育している。03年に初めて雄同士が交尾をした形跡が見つかり、昨年は雌2羽がいつもペアで行動するようになった。今年は雄同士のペアがさらに1組誕生し、計3組が同性ペアとなった。
同園は5月から同性ペアの雄と雌各1羽を別室に隔離した。当初は名残惜しそうに古巣を見つめていた2羽も、現在は交尾するなど変化の兆しをみせ始めている。飼育員の堀江純子さん(31)は「原因は分からない。同じ場所で生活し、決まった時間に同じ物を食べる環境が繁殖行動に影響を与えたのだろうか」と困惑している。
北海道大大学院水産学研究科の綿貫豊助教授(海洋生態学)は「野生のペンギンでは、同性間のペアはめったに発生しない。飼育下で雌と雄の数のバランスが崩れたのが原因でないか。人間と同じようにペンギンにも個体間で相性や好みがある。(隔離して)繁殖能力のある雄と雌の数を均等にするのが妥当な解決策だろう」と話している。【大谷津統一】(毎日新聞 2005/06/08)ゲイのペンギン、メスとの交尾を拒否=独の動物園が嘆き節
【ベルリン9日】北ドイツのブレーマーハーフェンの動物園は8日、フンボルトペンギンのオスが同性同士のカップルをつくり、昨年、スウェーデンから移送されたメスとの交尾を拒否し続けていることを明らかにした。
動物園によると、オスのペンギン10羽は同性同士で集まるのを好み、カップルもできている。動物園側は昨年、繁殖のため、メスのペンギン6羽をスウェーデンから運んだ。一時はこれがきっかけで別れるオス同士のカップルも出て、動物園側は期待を高めていた。
しかし、スウェーデンから来たメスもシャイで、交尾に向けた最初の行動を起こさないため、これまで交尾は成功していないという。
こうした試みは同性愛者団体からの強い抗議を招いている。動物園側は「われわれは異性間の交尾を強制しているわけではないし、同性同士のカップルも受け入れている。だが、一組でも異性のカップルができ、赤ちゃんが誕生すれならこれに勝る喜びはない」との声明を出している。〔AFP=時事〕(時事通信 2006/02/09)鳥やハチにも同性愛の可能性=ノルウェーの博物館
【オスロ12日ロイター】ノルウェーのオスロ自然史博物館では12日から、世界で初めて「生物の同性愛」をテーマにした展示が行われる。
同博物館は「Against Nature」と題した展示会で、キリンやペンギン、オウム、クジラやカブトムシなど、数多くの動物や昆虫にみられる同性愛的行動を例に挙げ、人間の同性愛も不自然ではないと結論付けている。
同展示会のプロジェクトリーダーはロイターに対し「同性愛的行動が確認された動物は1500種以上あり、そのうち500種の同性愛が立証されている」と語った。
同博物館によると、この展示会は一部のキリスト教徒らから非難を受けているという。(ロイター通信 2006/10/13)フラミンゴのゲイカップルが「念願の子育て」
【5月22日 AFP】南西部ブリストル(Bristol)近郊のスリムブリッジ(Slimbridge)で、フラミンゴのゲイのカップル、カルロス(Carlos)とフェルナンド(Fernando)が、「捨て子」を養子に迎え念願の親となった。英国水禽湿地協会(Wildfowl and Wetlands Trust、WWT)が21日、発表した。
カルロスとフェルナンドがカップルになってから6年間。「子ども」を熱望する2羽は、他のフラミンゴを巣から追い立て、卵をふ化させようと自身らで温めるなどしていた。
だが前週、オオフラミンゴの巣に卵が放置されているのが発見され、ふ化させる能力の高さで知られるこのカップルに卵を預ける案が持ち上がった。カルロスとフェルナンドは、口移しでミルクを与えて子育てをすることもできる。
WWT広報のJane Waghorn氏は、「意外にも卵をふ化させるのが得意なカルロスとフェルナンドを生まれた雛の『代理親』とするのは名案だ」と嬉しそうだ。
Waghornさんは「『同性愛』のフラミンゴは珍しくない」と語る。メスの数が足りなかったり、気に入ったメスがいない場合には、オス同士でペアになるのだという。(AFP 2007/05/22)
![]()
![]()