
6月23日(日本時間24日)、サン・フランシスコで開催の「WWDC 2003」(Worldwide Developer's Conference 2003)で、アップルは、64bitプロセッサ「PowerPC G5」を搭載した世界初のパーソナル・コンピュータ「Power Mac G5」を発表した。Power Mac G5は、メッシュ&メタリックを基調とした、無駄を極力削ぎ落としたスタイリッシュなデザインである。従来からの「重力からの解放」「浮遊感」は今回もまた引き継がれている。チーフ・デザイナーのジョナサン・アイブいわく、「シンプルに保つことがG5の全体的なデザインの哲学」なんだそうである。そのデザイン哲学「Simple is Best」は何もPower Mac G5だけに限らない。わが愛機のPower Mac G4 Cubeにもそれは言えることで、これとは末永くつきあう間柄ゆえ、むしろ個人的な関心としては、同時に発表されたMac OS X 10.3(開発コード名:Panther)の方が大いに気になるところだ。Mac OS X 10.0が「チーター(Cheetah)」、10.1が「ピューマ(Puma)」、10.2が「ジャガー(Jaguar)」、10.3が「ヒョウ(Panther)」、そして今回リリースされた純正ブラウザの正式名称が「サファリ(Safari)」と、このところアップルはアフリカの草原を想起させるネーミングですっかり勢いづいているようだ。いかにもジョブズらしいなと思ったのは、基調講演の中でまずは黒ヒョウの画像を、次いで長角牛の画像を見せたところで「(次期メジャーリリースについて)われわれは2003年だが、あちらは2004年だったのが2005年に、いや2006年頃とも…」と、かましたのであった。長角牛(Longhorn)とはむろん次期Windowsの開発コード名のことだ。なんとまあ相変わらず敵愾心を隠さそうとしない人で(笑)。(※注1)
さて、超高速Macブラウザ「Safari」はとにかく速い。Internet Explorerよりも3倍高速というのがウリで、しかもインターフェイスのデザインがきわめてシンプルなので、見た目にもスッキリした印象だ。Google検索がブラウザに統合されたことや、細かいことだが「お気に入り」ではなく「ブックマーク」を採用した点はアップルの粋を感じるし、URLアドレスバーがそのままプログレスバーの役割を兼ね、白い枠内がダウンロードバーさながらに青く満ちていく視覚的効果などは秀逸だ。折りしもアップルがSafari正式版をリリースする直前、マイクロソフトは「Internet Explorer 5.2.3 for Mac OS X」の公開を最後にMac用の開発から撤退すると発表した(「Microsoft、Mac用IEの開発を停止」=リンク切れ)。それに対するアップルのコメントはこちら→「MicrosoftのMac版IE開発停止にAppleがコメント」=リンク切れ。 ゆくゆくはマイクロソフト製品からの完全離脱(自立)をめざす魂胆なのであろうが、一Macユーザからすればまこと結構なことである。とくに独占的体質のあるマイクロソフトは、アメリカ共和党・ブッシュ独裁政権を支援する献金企業であり、そしてまたイスラエル軍(したがってパレスチナ占領・虐殺)をも支援しているのだから、そんな穢れた企業の製品などは使いたくもないのが本望というもの。そうした意味で、これまでマイクロソフト製のブラウザが主流だったなかでのSafariの正式リリースは、ながらく待ち望んでいた、とても興味深い出来事と言える。
今回、基調講演のストリーミング放送(録画)を見るにつけ、まことに感慨深いものがあった。とくにそう感じさせたのがアップルの新製品、高性能な映像と音声によるビデオコンファレンスを実現した「iChat AV」のデモンストレーション。その光景は、かつてアップルがコンセプトマシンとして構想した「ナレッジ・ナビゲータ(Knowledge Navigator)」を彷彿とさせてくれるものであったから。
Knowledge Navigator
ナレッジ・ナビゲータとは1988年1月、アップルの元CEOジョン・スカリーが描いて見せてくれた未来の知的インターフェイスのことである。MacPower編集部編『マッキントッシュ用語事典 まーぱのコトテン』(アスキー刊)にはこんな説明書きがある。
1988年、Apple社の2代目CEO、ジョン・スカリーが、21世紀までに開発することを目標として提示したコンセプトマシン。ノートサイズで、タッチ・パネルと音声により操作できる知的インターフェースを備える。MacintoshやNewtonなどApple社の製品はすべてナリッジ・ナビゲータに至るまでの過渡的な製品と位置づけられた。1990年に発表されたプロモーションビデオでは、エージェント(電子秘書)が画面に現われ、スケジュール管理やネット検索などを行なっていた。
つまりナレッジ・ナビゲータは、当時アップルが考えていた「コンピュータの未来」だった。言葉で説明するよりも、こちらのサイトにあるビデオクリップ『The Knowledge Navigator』(要Quick Time 15MB/61MB)をご覧になってもらった方がわかりやすいだろう。21世紀を迎えた今の時代からすれば、きっとそのビデオクリップを見ても意外な驚きというのは概してないかもしれない。そこに描かれたテクノロジーのいくつかはすでに実現されてしまっているからであろうが、それでもやはり当時とすればインターネットすら普及していない時代であり、ましてノート型の携帯コンピュータは1991年のPowerBook発表まで待たなくてはならなかったわけだから、今日のネットワーク社会を予見した「先見の明」は、さすが技術革新をめざすアップルならではだ。たとえば、ビデオに登場する電子秘書「エージェント」の音声合成および音声認識技術は「Text-to-Speech」「Speech Recognition」として、またエージェントが手助けするスケジュール管理やネット検索(あいまい情報検索)は「iCal」や「Sherlock」へと今日受け継がれている。電話回線を通じた相手との会話のやりとりも「iChat AV」のリリースでようやく実現するに至った。とくに、アップルが自ら製品開発したマイクロフォン内蔵ビデオカメラ「iSight 」などは、取り付け型とはいえナレッジ・ナビゲータの搭載カメラそのものだ。ナレッジ・ナビゲータのビデオクリップは他にもいくつかのバージョンが作られたようであるが、私がアップルのプレゼンテーションで見たものでは壁面の投影スクリーンをディスプレイに見立てたものがあった。また未見ではあるが、「VistaMac」と呼ばれる作品では究極のパーソナル・コンピュータとも言える「メガネ装着型のMac」が未来の製品として描かれているという。そうした未来世界を、アップルは今もって自社実現、ひいては社会変革をも成し遂げようとしている。現にジョブズ自身「世界を変えていく」のだと息巻いているし、であるからこそ、たかが道具ではない「文明としてのMac」に心惹かれるのだろう。
1968年、いち早く未来のパーソナル・コンピュータ「ダイナブック(Dynabook)」のイメージコンセプトを提唱したアラン・ケイ博士が語るように、パーソナル・コンピュータはすでにたどり着いて完成したものではなく、未だ進化の途上にあると言えようか。(※注2)
「未来を予測する最良の方法は、それを創造してしまうことである」
"The best way to predict future is to invent it."─アラン・ケイ
【2003/06/25 江原・記】
(※注1)2003年11月6日付、ZDNet NEWSの記事「『Intelプロセッサへの乗り換えに興味なし』とジョブズ氏」によれば、スティーブ・ジョブズはこう語ったという──「Appleは、Longhornの開発にまだ数年分の作業を残しているMicrosoftよりも革新で上を行っている」「当社がJaguarで到達したところに、Microsoftは2006年にたどり着きたいと望んでいる。そのときまでに、当社はもういくつかのリリースを出しているだろう」。そしてMacintosh誕生20周年を祝うインタビューでは「80年代、Macはパーソナルコンピュータ業界を革新し、90年代にMicrosoftがそれを真似て大きな成功を収めた。そして、われわれはようやくMac OS Xで再びリードすることになった。将来それをMicrosoftが真似ることになると思うが」(Macworld: Steve Jobs on the Mac's 20th Anniversary)と答え、ついにはMac OS X 10.4(Tiger)発売を控えた年次株主総会の席上で「(Microsoftは)臆面もなくわれわれを模倣している」「模倣品を作っているのに作業が遅い」(CNET News記事「S・ジョブズ:「LonghornはTigerの模倣品」)とまで豪語するほどであった。模倣との指摘に対して、Microsoft側は「模倣というのは間違いだ」「追い抜かれただけだ」と苦し紛れのコメントを寄せている。いやまったくもって、ジョブズの“舞い上がり”はとどまることを知らないようだ(笑)。(※注2)最先端ロボット技術を採り入れればMacは格段の進化を果たすと思えるが、いかんせんアップルがやる気を見せないので(苦笑)、自ら開発してナレッジ・ナビゲータを実現してしまおうと試みている人たちがいる。Mac OS X用人工知能インタフェース「Newt On Project」がそれで、 とりわけ日本語音声認識コマンドセンター「符令韻投句(ぷれいんとーく)」はナレッジ・ナビゲータを彷彿とさせてくれる。まさしくアラン・ケイの言葉どおり、未来を自分たちの手で創造してしまおうという、本来ならアップルが率先してやるべきところを個人の力でやっているところにMac文化の真髄を感じる、実に頼もしいプロジェクトである。
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