1991年2月13日(産経新聞)
同性愛者の市民権 初の法廷論争へ
「施設利用拒否は差別」 団体が都を訴え同性愛者の団体であることを理由に、公的施設「青年の家」の利用を拒否するのは憲法が保障する法の下の平等、集会の自由に反するなどとして、その団体とメンバー3人が12日、東京都を相手取って総額649万7154円の損害賠償を求める訴訟を起こした。同性愛に市民権を求める訴訟でもあり、同性愛者の人権が法廷で争われるのはわが国では初めて。
提訴したのは、同性愛に関する正確な知識・情報の普及と差別・偏見の解消などを目的として活動しているアカー(OCCUR=動くゲイとレズビアンの会、永田雅司代表、会員約200人)と、同会の会員3人。
訴状によると、会員らは昨年2月11、12日に東京都の施設である「府中青年の家」=東京都府中市是政=で、同性愛者をとりまく社会問題について学習するために合宿。他の宿泊グループに同性愛者であることを告げて自己紹介した。すると「こいつらホモなんだよな」「オカマがいる」などとからかわれ、また用事がないのにドアをたたかれたり、部屋をのぞかれたりするなどの嫌がらせを受けたという。
同会は5月3、4日にも合宿を計画していたため、同青年の家所長や東京都教育委員会の課長と交渉したが、「他のグループに悪い影響を与える」「またトラブルがおきる」として、利用申込書の受理も拒絶された。
このため4月13日、教育委員会に直接利用承認を求める請願書を提出したが、同26日の定例教育委員会は正式に「利用不許可」を決めた。その理由については(1)秩序を乱す恐れがある(2)管理上支障がある−と回答した。
また、教育長は、「男女が同室で宿泊することは認めていない。同性愛の場合、異性に抱く感情が同性に向けられるのだから、複数の同性愛者が同室に宿泊することを認めることはできない」とのコメントを発表した。
アカー側は、利用拒否は同性愛に対する根拠のない偏見と差別であると反論。(1)都職員は同性愛者を侮辱し人権を侵害(2)施設利用拒否は裁量権を逸脱(3)同性愛者と異性愛者を不当に差別−などを理由に損害賠償を求めている。また、これまで同性愛は“風俗”のレベルでしか議論されず、その存在自体が否定され抑圧されていると主張。訴訟を通して、少数者である同性愛者に対する社会の理解を求めていきたいとしている。1991年8月31日(毎日新聞)
「同性愛は脳構造の違いから」【ニューヨーク30日田原護立】米国の神経学者が、同性愛は社会的条件により生まれるものではなく、脳細胞の構成の違いによる生物敵なものである可能性が高いとの研究結果を、30日発行の米科学誌「サイエンス」に発表した。
カリフォルニア州サンディエゴにあるソーク生物研究所のサイモン・リバイ博士の発表で、同性愛男性19人を含めエイズで死亡した41人の男女の脳を解剖し、一般的に男性の性行動を制御するとされる前部視床下部の神経核(INAH)を比較。その結果、4つあるINAHのうち、男性同性愛者の「INAH3」が異性愛者の半分以下か、ほとんど「消えている」ことを発見した。
リバイ博士は「(男性の)同性愛となったため脳構造が変わったのか、脳構造が違っているから同性愛となったのかとの疑問はある。しかし、他の動物実験などの結果を総合すると、私は脳構造の違いが同性愛をもたらした1つの要因だと確信している」と結論している。1992年7月16日(中日新聞)
権利要求強める同性愛者パワー
全米で2500万人 無視できぬ政治力米国の同性愛者たちが抱える大きな課題は、配偶者特権の法制化である。一般の夫婦に認められる相続や福祉特権を自分たちにも適用するよう要求している。約2500万人の同性愛者人口を持つ米国。この問題は接戦が伝えられる大統領選の3候補にとっても、大きなテーマだ。(ニューヨーク在住フリーライター、神尾恵理子)
同性愛者たちの権利要求の動きは、最近、加速されつつある。
ミネソタ州では、1983年に交通事故で半身不随となったレスビアンの女性をめぐり、同居中の女性と父親が保護者権を争い法廷闘争を展開し、91年に高裁が女性に軍配をあげた。
現在、ニューヨーク市では教職員が健康保険や雇用条件上の配偶者特権を求め、市を相手に法廷で争っているが、シアトル、サンフランシスコなど、すでに同様の特権を認めている地方自治体もある。
また人工授精や養子で得た子供を育てる家庭も急増、ニューヨーク周辺だけで1万5000世帯を超える。
同性愛者の人権運動やフェミニズムなどと歩調を合わせて全米に波及し、リベラル派の支持も得て米国では大きな政治力を持つに至っている。例えば、同性愛者が居住者の4分の1を占めるニューヨークのグリニッジ・ビレッジ地区では、昨年の市議会議員選で、ゲイでエイズ感染者であることを公表した候補が、保守派の対立候補を破り大勝した。
大統領選でも各候補の対応は関心が持たれている。
テレビ・インタビューで「同性愛者は閣僚に任命したくない」と語り大きな反響を呼んだのは、無所属の“第3の候補”ロス・ペロー氏。その後のテレビ公開討論会で「最高裁判事任命の際のトーマス・クラレンス氏のように、閣僚候補がスキャンダルの種になっては気の毒だと思っただけだ。閣僚の私生活に立ち入るつもりはない」と弁解に回ったが、「では同性愛者でも閣僚に登用するのか」との問いには口を濁した。
就任以来、エイズ対策の遅れなどで、同性愛者層の批判を浴びているのは共和党のブッシュ大統領。「家族の価値の復権、道徳観の強化」を提案、保守派取り込みに向ける今回の選挙戦では、言質を取られかねない同性愛者との会談を避けているといわれる。
リベラル派の支持獲得を狙い、選挙戦では同性愛者に好意的とも取れる発言をしているのは民主党のビル・クリントン候補。だが、アーカンソー州知事としては同性愛、エイズ問題には冷淡だったと彼らは批判する。
同性愛者は米国社会では、もはや無視し得ない存在だ。
素肌に黒い革のベストでハーレーにまたがったアマゾネス軍団。カラフルな女装で身をくねらせ歩く厚化粧の男たち。まるでリオのカーニバルのような陽気なにぎわいで、ゲイ・レスビアン・パレードが、先月28日、日曜の午後のニューヨーク5番街を6時間にわたって占拠した。
1969年、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジで警察官に暴行されゲイ・レスビアンたちが決起した抗議の暴動。それを契機に広がった同性愛者の人権運動の象徴として例年開催されている。
今年は、ニューヨーク周辺3州の同性愛警察官団体「ゲイ・オフィサーズ・アクション・リーグ(GOAL)の面々も約50人がユニフォームで行進、沿道の喝采を浴びた。
GOALを率いるエドガー・ラドリゲス巡査部長によれば、ニューヨーク市警に勤務する警察官の約10−15%、ダウンタウン管轄の第6分署では20%以上が同性愛者だ。
今年は主催者推定で約300団体、20万人が参加したゲイ・レスビアン・パレード。マンハッタン地方裁判所の判事、検事グループ、ブッシュ大統領の出身校イエール大学やハーバード大学の出身者グループ、医師の集団、ジャーナリスト、教職員組合、最大手の長距離電話電信会社AT&Tの社員グループ……。
社会の中枢を担うエリートたちの参加を見ると、同性愛者の人権運動の広がりが分かる。1992年8月18日(朝日新聞)
生まれつき?男性の同性愛 米で発表同性愛の男性と異性愛の男性では、脳の前交連と呼ばれる部分の大きさにはっきりとした差があることを、米カリフォルニア大ロサンゼルス校医学部のローラ・アレン博士らが突き止め、全米科学アカデミー紀要に発表した。
この研究で、同性愛か異性愛かの性行動を決定するのは環境や選択の問題ではなく、先天的なものであるとの考え方がかなり裏付けられた、としている。
死亡した同性愛の男性34人、異性愛男性75人の脳で、左右の側頭葉の間を連絡している前交連の大きさを比較した。その結果、同性愛者のほうが約34%大きかった。
約1年前には米ソーク研究所の研究者が、脳の視床下部にある神経核の大きさに差があるとの研究結果を発表している。(共同)1992年9月7日(日本経済新聞)
ゲイ差別者への寄付中止で波紋 バンカメ困惑【ニューヨーク6日=津川記者】ボーイスカウトへの寄付は是か非か──。大手米銀バンク・オブ・アメリカ(本社サンフランシスコ)が思わぬ騒動に巻き込まれ、預金者の突き上げにあっている。背景には大統領選挙を控えてにわかに脚光を浴びた「ファミリーバリュー(家庭の価値)」と、同性愛者の人権問題のどちらを優先させるかという問題があり、邦銀などは「米国での企業活動は難しい」と成り行きを見守っている。
発端はバンカメが6月にボーイスカウトの募金への寄付を打ち切ったこと。募金団体ユナイテッド・ウェー、大手銀行ウェルズ・ファーゴ、衣料大手リーバイ・ストラウスも同様の措置をとった。同性愛者がボーイスカウトのリーダー役を拒否されたことが明らかになり、「個人の性の志向で差別する団体への寄付は、寄付基準に合わない」という理由だ。
この決定に、ボーイスカウト関係者などが大反発した。バンカメ本社前に「預金者は通帳を燃やしカードを割れ。株主は株を売れ」と叫ぶデモが押しかけた。ほかの会社にも抗議電話や不買運動の圧力がかかった。
批判の声の高まりを受けてバンカメは8月18日、突然「ボーイスカウトは同性愛者にも平等だと判断した」として寄付再開を発表した。今度は同性愛者側が「裏切られた」と反発。「バンカメとの取引停止」を求めるデモが活発になっている。1992年11月21日(中日新聞)
軍隊の同性愛解禁 米で大論議
軍関係者は反発『士気に影響』『エイズ増える』アメリカの次期大統領クリントン氏が選挙中の公約に基づいて「軍隊での同性愛禁止」という1940年代以来の規則を取り払う意向を明らかにして、大きな論議を呼んでいる。
アメリカという多元化社会のなかで、人間に対するすべての差別は基本的に排除されるべきだ、というクリントン氏の哲学からいって、同性愛者にも平等に軍の門戸を開くというのは、いわば自然の流れ。今回の選挙でも、約900万人のゲイ票がクリントン氏に集まったといわれ、また同性愛者の支援団体は実に450万ドルもの政治資金を集めたとされる。
しかし、新政権がこの政策を現実化する気配が強まるにつれ、反対論が高まってきた。「同性愛と軍隊の規律は相いれない」「ゲイが増えればエイズも増えるのでは」「寝食を共にする特殊なライフスタイルの軍隊でゲイは不適切」など、抵抗を示す軍人・ペンタゴン関係者は依然多数派のようだ。元海軍作戦部長のトーマス・モアラー氏は「軍は民主主義をベースにした組織ではない。同性愛者を正式に認めるなど軍の士気にかかわる」と軍規を変えることには大反対。
選挙ではクリントン氏支援に力を尽くした上院軍事委員会のサム・ナン委員長(民主党)も「同性愛者でも優秀な軍人がいる」ことを認めながらも「難しい問題だ。軍隊は個人のプライバシーを認めにくい特殊な場所。性急に進めると失敗する」と慎重だ。
これまで、同性愛者であることが分かって軍を辞めた男女は過去10年間だけで約1万6000人。年平均1500人。
米議会会計検査院(GAO)は、これらの軍人に要した訓練費や代替要員の再訓練費用を計算し、被った損害額が4億9000万ドルに達すると報告している。
「ゲイであろうがなかろうが、軍人として不適切な行動を取れば、追放になるのは当然。しかし、同性愛者であるというだけで解雇になるのはおかしい」。今年5月にマスコミに同性愛者であることを発表し、いったん軍を追われその後、仮処分で復職した潜水艦レーダーの通信下司官、キース・メインホルドさんは訴える。
現在、北大西洋条約機構(NATO)参加の16カ国のうち、軍隊での同性愛を明確に禁止している国は米国以外では英国、ドイツなど少数だ。日本も含め明文化した禁止条約をもっていない国の方が多数派。しかし、なかには黙認しているケースも少なくないのが現状だ。
オランダのように、同性愛の軍人に対する偏見をなくすため、軍内で積極的教育プログラムを勧めているところもある。
湾岸戦争で名を挙げたコリン・パウエル統合参謀本部議長はゲイ解禁にかねてから強い難色を示している1人だが「(最終的には)最高司令官(大統領)の決定に従う」との意見だ。(在米ジャーナリスト・国陶ゆかり)1993年1月30日(朝日新聞)
アメリカの肖像 エイズ
ラリー・クレーマーさん(57)1人、また1人、グリニッチビレッジかいわいから人が消えて行く。きのう親しい笑みを見せたクレーマーの友人が、今日は新聞の追悼欄に、笑顔で載っている。
88年まで、亡くなった友人たちの記録をとり続けた。500人になったところで、ふっつりやめた。「広島か長崎のようなものだ。ここではだれもが死んだか、死につつあるんだ」
81年7月に新聞で、原因不明の難病症例を扱ったニューヨークの医師の話を読んだ。胸騒ぎがした。報告された41人の患者はいずれも同性愛者だった。すぐに医師を招き、自宅に80人の仲間を集めて話を聞いた。弁護士、財界人、芸術家。集まっただれもが、信じなかった。エイズをひき起こすHIV(ヒト免疫不全ウイルス)が、発見される前のことだ。
「それが、今では米国だけで20万人近い感染者になった。1分弱に1人の割合で感染者が増えている。エイズは避けられたはずの悪疫だ。政府は、同性愛者の病気だと軽んじて、ここまで野放しにしてきた」
86年、エイズ問題に立ち向かう急進的な団体「アクト・アップ」を設立する一方、ゲイ男性のための医療組織を作って積極的な発言を続けてきた。
本業は劇作家。85年には初のエイズ劇「ノーマル・ハート」が衝撃を呼び、世界各地で公演された。自伝の色濃い新作「わが運命」を、ビレッジで上演中だ。
作品では、HIVに感染して病院で治療を受けるゲイ活動家と、回想の中に登場する青年時代の主人公が、時に激突し、時に慰め合って物語を進める。初稿では、主人公はいつも憤怒に駆られる男の設定だった。上演中の劇では、何かを受容し、表情に疲れとやさしさがにじむ男に変わった。
実生活でも88年、血液検査で、自らがウイルスに感染したことを知った。「初めはつらかった。でも、残された時間が短いとわかって、仕事がはかどるようになった。エイズは健全な刺激だ」
10年がかりの小説「アメリカ人」の仕上げに没頭している。毎日医師のチェックを受け、残された秒針の刻みを測りながらの仕事だ。
18歳で兄に、31歳で母にゲイであることを告白した。頑固だった父には死ぬまで黙っていた。
「アメリカは好きだが、どこにも完璧(かんぺき)な場所なんかない。多様性を認めるにも限度があって、そこを越えればトラブルに巻きこまれる。今でも社会的な差別や圧力を恐れてゲイであることを隠す人が多い」
エイズは、それまで匿名の世界にいたゲイに、人間の顔を与えた、という。エイズ対策の遅れに憤った若者たちが、次々に運動に参加し、公然と政府を非難するようになった。
「ゲイが目に見えるようになったのは素晴らしいことだ。私がエール大に行った時は、自分に絶望し、自殺しようと思った。今ではエール大の週末の集まりに500人が参加する。もっとも、その代償は重過ぎた」
作品の成功で、名声は得た。だが、もう評価に心を動かされることもない。
「友人たちは先に逝ってしまった。私は、最後の生き残りだ」(敬称略)1993年2月6日(毎日新聞)
フーバー元FBI長官 マフィアに脅されていた!?
「同性愛」ネタに…【ワシントン5日AP】米連邦捜査局(FBI)のエドガー・フーバー元長官(故人)は側近との間で長期間にわたって同性愛関係にあったため、証拠写真をもとにマフィア組織から脅されていた──、と近く発売の著書の中で英BBC放送の元記者が明らかにした。
問題の本はアーサー・サマーズ氏の「エドガー・フーバーの秘密の生涯」。それによると、マフィアのボスであるフランク・コステロらがフーバー元長官とその側近のクライド・トルソン氏(故人)の同性愛を示す数枚の写真を極秘入手。これをネタにFBIがマフィアの一連の違法行為を取り締まりの対象にしないよう元長官に対し脅迫を続けていたという。
フーバー元長官は1925年に連邦検察局長に就任、61年から死去するまで長期間にわたってFBIのトップの座に君臨。在任中、マフィアによる組織犯罪の存在を否定し続けた。1993年2月17日(毎日新聞)
オランダ下院で同性愛者差別禁止法案を可決【ブリュッセル16日時事】米国では同性愛者の兵役禁止解除問題が激しい議論の対象となっているが、オランダ議会の下院は16日、同性愛者に対する差別を禁止する法案を圧倒的多数の支持で可決した。
1993年3月1日(朝日新聞)
同性愛解禁 当の米軍内では反対派が74%
ロスの新聞が世論調査【ロサンゼルス28日=杉本宏】クリントン米大統領が提唱している米軍での同性愛排除規則の撤廃について、28日付の米紙ロサンゼルス・タイムズは、現役米兵の74%が、撤廃に反対しているとの世論調査結果を掲載した。また、同規則が撤廃されれば、軍内部で同性愛者を対象とした暴力が横行すると懸念する軍人は8割を超した。
規則撤廃反対の理由(複数回答)としては、兵舎などを同性愛者と共有することに居心地の悪さを感じるが63%で最多。次いで、同性愛を不道徳と思うが40%、エイズ感染の恐れ28%──の順となっている。
また、陸、海、空軍、海兵隊のいずれも回答者の大半が禁止撤廃に反対だったが、特に海兵隊で反対が強かった。
調査は2月中旬、全国38カ所の軍事施設の周辺に住む軍人約2300人を対象に実施された。1993年4月17日(毎日新聞)
「百科事典に同性愛差別表現」 抗議受け2出版社、訂正へ百科事典の同性愛に関する表現に差別・偏見がある、と同性愛者の団体から訂正申し入れを受けた大手出版社が16日までに、記述の一部を訂正することを決めた。団体は「動くゲイとレズビアンの会」(永田雅司代表、本部・東京都中野区)で、TBSブリタニカ社「ブリタニカ国際大百科事典」▽小学館「日本大百科全書」▽学習研究社「グランド現代百科事典」の3社3百科事典に申し入れた。
指摘では、ブリタニカ事典には「性的異常の一形態」「異性が得られなかったり、異性に対する劣弱意識によって代償的に同性を求めるものがある」など6カ所▽日本大百科全書は「後天性免疫不全症候群(エイズ)の蔓延から……非難の声があがっている」など8カ所に、同性愛を否定的にとらえ、差別や偏見を助長しかねない表現があるとした。
このうちTBSブリタニカと小学館が、今後これらの記述の削除や訂正に応じると回答した。両社の編集担当者は「読者の誤解を招いてはいけない。認識不足だった」と話している。学習研究社の担当者も「前向きに回答したい」としている。
同会は1986年に結成。10−50代の約300人の会員がいる。1993年4月18日(毎日新聞)
米大統領、同性愛者と会談 日米首脳会談より注目集め【ワシントン16日中島健一郎】クリントン大統領は16日、宮沢首相と日米首脳会談をこなす一方、ホワイトハウスの大統領執務室でゲイやレズビアングループの指導者たちと1時間にわたって会った。現職の大統領が執務室で同性愛者と会談するのは米国史上初めてで、同性愛者団体は同大統領の「勇気と公民権への献身」をたたえた。
しかし保守的な米市民はショックを受けており、米テレビのニュース番組は、日米首脳会談以上の時間をさいて報道している。クリントン大統領は昨年の大統領選で同性愛者のうち72%の支持を得、選挙資金も得た。このため同性愛者の市民権確立に熱心で、軍における差別の撤廃を検討させている。この日の会談では、軍隊内の差別を禁止するための大統領令を出すことを再確認した。
ワシントンでは25日に100万人のゲイ・レズビアン大行進が計画されている。しかし、大統領がこれに参加することはあまりにも政治的リスクが大きいため、当日はボストンに行く予定だ。1993年4月26日(日本経済新聞)
同性愛者100万人デモ 権利保護訴える ワシントン【ワシントン25日=関口(和)記者】同性愛主義者の権利保護を訴えたデモ行進が25日、米ワシントン市内で行われた。同性愛についてのスローガンなどをTシャツに書いた同性愛主義者たちが全米から集合、主催者側によると100万人が米国の首都に集まった。ワシントンでのデモとしてはベトナム戦争時の反戦デモなどと並ぶ史上最大級のデモ行進となった。
デモは正午からスタートし、ワシントン記念塔や議会議事堂などをつなぐ中心部の通りを行進。互いに手を取り合ったゲイやレズビアンたちが、同性愛主義者の権利保護を呼びかけた。子供を連れた同性愛主義者の姿も見受けられた。また、エイズ撲滅を訴える別のグループもワシントン市内をデモ行進した。
同性愛主義者の権利保護を約束したクリントン大統領は同日、ボストンの米新聞協会で演説することを理由にホワイトハウスを留守にした。しかし米議員を通じて声明を発表。「私は平等な権利を得るために苦しんでいる全米国民の味方である」と表明。付かず離れずの姿勢で同性愛主義者を応援した。デモ行進が終わった後のワシントン市内のレストランはどこも同性愛主義者でごったがえした。1993年5月31日(毎日新聞)
ロシアが同性愛禁止規定を廃止【モスクワ29日飯島一孝】旧ソ連時代を含め世界でも数少ない男性の同性愛禁止国だったロシアが、このほど刑法から同性愛禁止規定を廃止したことが明らかになった。
西側の同性愛権利要求グループが記者会見して発表したもので、最高会議が廃止を決定、エリツィン大統領が4月29日に署名し発効した。
刑法121条では、男性同士がセックスした場合、5年以下の懲役、暴力または脅迫してセックスをした場合は8年以下の懲役とされていた。後者の規定は残されたが、最高刑が7年以下に引き下げられた。1993年6月29日(毎日新聞)
NYでゲイ・パレード「同性愛者に光を」すっかりニューヨークの年中行事となったゲイ・パレード。27日、マンハッタンの目抜き通りを数千人の同性愛者の権利確立を求める人々が行進しました。
パレードにオートバイで合流したのが女性同性愛者グループ「バイクに乗るレスビアン」のメンメン。「不道徳」と糾弾する人々と激しいやじ合戦。それを含めニューヨーク夏の風物詩になったようだ。1993年7月16日(朝日新聞)
同性愛に共通の遺伝子?【ワシントン15日=大塚隆】同性愛の男性の遺伝情報から、共通の遺伝子が存在する可能性が高いことが分かった、と米国立保健研究所のグループが、米科学誌サイエンス7月16日号に発表した。
ディーン・ハマー博士(生化学)らの研究で、2段階に分けて調べた。
まず、男性同性愛のボランティア76人の家族を詳しく調査した。すると、兄弟の13.5%が同性愛と分かり、その比率が一般より高いことを確認した。同性愛は、父方より母方の親族に多く出現することも家系調査でつかんだ。
そこで、2つある性染色体のうち、男性が母親から受け継ぐX染色体に絞り、同性愛の兄弟40組について、X染色体上に共通の領域があるかどうか調べた。
その結果、40組のうち33組で、X染色体の中のXq28と呼ばれる領域に共通遺伝子がある可能性が極めて高いことをつきとめた。博士らは、この領域に男性同性愛という性行動を支配する特定の遺伝子が存在すると推測している。1993年7月21日(読売新聞)
男性同性愛者の一部 母方からの遺伝傾向男性同性愛者の一部は母方の遺伝で起こり、その遺伝子の一部が性染色体の1つのX(エックス)染色体にあることを、米国立がん研究所(NCI)のグループが突き止め、米科学誌「サイエンス」に最近発表した。
NCIのディーン・ヘイマー博士らは、まず男性同性愛では兄弟とも同性愛というケースがケースが多いことを確認したうえ、兄弟だけでなく家系全体を調べた結果、母方の男性の親類に同性愛が多いことを突き止めた。
男性は、22組の常染色体(染色体は遺伝子の集合体)と2つの性染色体(XとY)を持つが、常染色体は父母から半分ずつ、Y染色体は父親から受け継ぐ。X染色体だけは母親から来る。
母親からの遺伝傾向が強いとなれば、X染色体が関係するわけで、同性愛の兄弟40組のX染色体を調べたところ、うち33組で、その一部に同じような構造があった。統計学的には、X染色体のこの部分に同性愛傾向を決める遺伝子が存在する確率は99%以上という。
しかし、父方からの遺伝と思われるケースもあるし、同性愛には環境の影響も指摘されており、話はそう単純ではないが、「将来、遺伝子治療で同性愛を根絶しようとする動きが出るかもしれない」と、心配する同性愛グループの代表者もいる。(ワシントン・竹村政博)1993年7月21日(朝日新聞)
米軍の同性愛者排除緩和へ
個人の性的傾向 追及を禁止【ワシントン19日=坂口智】クリントン米大統領は19日、米軍内で同性愛者を厳しく排除する現行規定の運用を一部緩和する新政策を発表した。同性愛者排除規定の廃止を大統領選で公約しながら、軍の強い反対で、結局玉虫色の妥協案を採用したと言える。
新政策は通常、「言わない、聞かない、捜さない」政策と呼ばれ、軍における同性愛者排除の原則は維持しながらも、軍が個人の性的傾向を聞くことを禁じ、「同性愛行動」の疑いに相当の根拠がない限り軍紀違反の調査を開始できないとしている。
ただし、「自分が同性愛者である」と公言することは「同性愛行動」を取っている、あるいはその意図がある、との推定を受けるため、同性愛者が軍隊にとどまるためには、自分の性的傾向について事実上口を閉ざし続ける必要がある。
クリントン大統領は、去年の大統領選で米軍の同性愛者排除規則の廃止を訴え、就任後直ちに行動をとる方針を明らかにしていた。
今回の発表は、公約からの大幅な後退であり、大統領選で圧倒的にクリントン支持に回ったといわれる同性愛者の団体などは「裏切られた」として強い反発を示している。大統領は、「完全な解決ではない。自分の目標とまったく一致するわけではない」と認めながらも、新政策は軍や議会の反対の中での「大きな前進である」ことを強調。「名誉ある妥協」との考えを示した。1993年7月30日(毎日新聞)
カンヌ受賞の中国映画やっと本国で上映
でも同性愛や体制批判はカット中国映画界のニューウエーブとして有名な陳凱歌監督が撮ったカンヌ国際映画祭グランプリ受賞の「霸王別姫」(邦題・さらば、わが愛)が28日、北京で初めて一部をカットして上映された。5月末の受賞以来、中国国内でも上映要求が強かったが、同性愛を描いた部分や非政治的な体制批判ともとられる部分に、保守的な文化官僚が許可を出さなかった。
上海市では8月から一般上映される予定だが、全国での上映日程はまだ決まっておらず、経済過熱による社会矛盾の激化に伴う保守派による締め付けがまだまだ強いことを示すものといえる。(北京・共同)1993年8月2日(日本経済新聞)
モスクワNOW 同性愛も日の当たる場所へ自称、小説家のドミトリー・ルイチョフ(23)が同性愛者であると自覚したのは12歳の時だった。「慎重で控えめな性格」だったが、軍隊に入ってからは、同性愛者であることを隠さなくなった。母親には軍に入る直前にすべてを打ち明けた。今はモスクワ郊外のアパートで、サーシャとユーラと3人で同居生活を続けている。
「嫌がらせの手紙や電話はあるけれど、気にしない」とルイチョフ。彼のもう1つの肩書きは雑誌「10分の1」の編集長だ。創刊は91年末。雑誌の発行や、街頭活動を通じて同性愛者の人権擁護を目指そうというのが狙いだった。
実はロシアには最近まで、男性の同性愛を罪とし、3年の服役を義務付ける法律が存在していた。スターリン時代の1933年に制定された。「気に入らない人を刑務所にぶち込むための法律だろう」とルイチョフ。公式統計はないが、数十万人が投獄されたといわれる。
ルイチョフと仲間は、この条項撤廃を訴え、エリツィン大統領と議会に合計8通の手紙を送った。集会や反対運動もした。大統領は今年5月末に条項の撤廃を決め、議会も承認した。「我々の勝利の第一歩だ」(ルイチョフ)。
独立系の同性愛者擁護組織「解放同盟」の共同代表を務めるエブゲーニヤ・デブリャンスカヤ(40)の人生も複雑だ。12歳の時に初めて女性に恋した。かつての夫との間に2人の息子がいるが、今は愛人のレーナと共同生活の日々。「男の支配意識と野望がいやらしい」と彼女は言う。
ゴルバチョフ政権下の90年から社会活動を始めたデブリャンスカヤに、国家保安委員会(KGB)が目を付けるようになった。
幸いだったのは人権運動家として監視していたこと。女性の同性愛は刑法罰の対象にこそなっていなかったが、「理由もなく精神病棟に入れられるケースが多かった」からだ。
民主化でルイチョフもデブリャンスカヤも公然と活動できるようになった。「社会的偏見の根絶へ活動は続ける」とルイチョフ。デブリャンスカヤは次の議会選挙に出馬すると意気込んでいる。(モスクワ=池田記者)1993年8月17日(中日新聞)
同性愛者協会が発足 社会的少数派の擁護訴え ロシア【モスクワ16日時事】「社会的少数派の権利擁護」を旗印に、ロシアでこのほど同性愛者のための協会が初めて発足、16日に同協会の代表がモスクワで記者会見を行った。「三角形」という名の同性愛者の協会は13日、14日の両日、創設大会を開いて発足したばかりで、記者会見ではホモ男性のための法律相談や、エイズ情報提供などを目的とする情報センターの設置計画などが明らかにされた。
ロシアでは、5月に最高会議が旧ソ連時代から重大犯罪とみなされていた男性の同性愛者を合法化する刑法改正を行い、エリツィン大統領が改正を承認していた。
インタファクス通信によれば、記者会見でホモ雑誌の編集者ドミトリー・リチェフ氏は、社会的少数者の問題への世間の関心を高めるため、男性パートナーとの結婚を行うと宣言した。
しかし、「社会的圧力のため、顔を見せられない」と書かれた紙袋をかぶって会見に臨む者もおり、同性愛者の権利が社会的に認めれられるまでにはまだ時間がかかりそうだ。1993年9月2日(日本経済新聞)
同性愛者対象に初の就職説明会 米マスコミ、10日から【シカゴ支局1日】米国で初めて同性愛者だけを対象としたマスコミの就職説明会が、9月中旬にニューヨークで開かれる。全米レズビアン・アンド・ゲイ・ジャーナリスツ協会の主催で、大手テレビ局、新聞社など16社が参加する。米国ではここ数年「私は同性愛者」と認める人々が増え、その発言力が強まっている。公正な報道のためには同性愛者の声も反映させる必要がある、という協会の呼び掛けにマスコミ側が応じたものだ。
参加するのは大手テレビ局のABCとNBC、新聞社はニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなど。各社から最低1人が出席し会場に設けたブースで約600人の就職希望者と面接する。マスコミ各社が会社説明をするほか、履歴書も受け取る。就職希望者が書いた文章を批評する講習会も開く。
開催は9月10日から3日間。各社とも何人採用するかは明らかにしていないが、全米の同性愛者が注目しているだけに、採用ゼロというわけにはいきそうにない。最近はゲイの軍隊入隊など同性愛をめぐるニュースが大きく報道されることもことも増えている。1993年10月5日(毎日新聞)
「同性愛」表現に「偏見」
平凡社 百科事典、書き換えへ平凡社は5日までに、自社が発行する百科事典に同性愛者に対する偏見があったことを認め、次の重版時に表現を書き換えることを決めた。同性愛者の市民権獲得のため活動している市民団体「動くゲイとレズビアンの会」の指摘に対して回答した。
会は、百科事典に「同性愛は医学的に異常性欲、性倒錯のひとつ」との趣旨で記載されていると、改訂を求めていた。回答書で同社は、編集の段階で1980年代初めまでの心理・精神医学の枠組みのなかで執筆されていた、としたうえで、「同性愛者への偏見と差別を助長するものとなっていることを素直に認めざるをえない」とした。
同会対外活動マネジャーの風間孝さんは「異性愛が正常で、同性愛は異常という古典的な認識、資料に基づいて書かれた内容だったが、それを改めるという今回の平凡社の姿勢は評価できる」と話している。1993年11月6日(読売新聞)
米で反同性愛運動拡大【ワシントン5日=伊熊幹雄】軍隊への同性愛者禁止規制緩和など同性愛者の権利拡大が進む米国で、「同性愛者の特権」を否定する動きが地方で目立ってきた。今月2日、オハイオ州の大都市、シンシナティが行った住民投票で、同性愛者保護の市条例廃棄を求めた反同性愛派が大差で勝ったのが、顕著な例だ。
シンシナティ(人口45万人)は、この1年間、同性愛者への差別を禁じた市条例を巡る論争で二分された。昨年11月に制定した条例によって住宅供給や雇用で同性愛者への差別を禁じたところ、キリスト教団体から「同性愛を是認する」と批判され、条例の是非を問う住民投票へと波紋が広がった。
住民投票の結果は5万6000対3万4000の大差で条例廃棄派が勝利。反同性愛派の「同権は結構だが、特権はノー」のスローガンが、同性愛団体や人権擁護団体の主張を完全に圧倒した。
地方での反同性愛運動は、昨年コロラド州でやはり同様の住民投票で反同性愛派が勝ったほか、メーン州やニューハンプシャー州の複数の小都市でも、同性愛者保護条例廃棄が決まっている。米国での同性愛運動は、中央レベルでは成果を上げているが、シンシナティの勝利で反同性愛運動にはずみがつくのは確実で、今後は全米に拡大しそうな雲行きだ。1993年12月6日(読売新聞)
チャイコフスキーの同性愛 正面から描いたバレエ上演今年没後100周年を迎えたチャイコフスキーが、ホモセクシュアルであったことは、かなり知られている。ボリス・エイフマン率いるサンクトペテルブルク・バレエ・シアターが、この問題に正面切って取り組んだ『分身に取りつかれたチャイコフスキー』を、パリのオペラ・コミック座で上演した。
チャイコフスキーが、幼児からバレエの舞台に親しみ、『白鳥の湖』を始めとするバレエ音楽の傑作を書いたこと、一方バレエ界には男性同性愛者が多く、ヌレエフやドンをエイズで失っていることを考え合わせれば、これはまことに当を得た着眼と言える。
作曲家の分身の役は、若いダンサーが受け持ち、ほぼチャイコフスキーの同性愛的傾向を代表している。さらに恋人の青年も登場し、3人の男性間で次々とパ・ド・ドゥが踊られるという、珍しいバレエとなった。エイフマンの振り付けは、クラシック・バレエの技法をベースにしながら、劇的な展開の場面では創意に富んだ現代的動きを加えている。
音楽はチャイコフスキーの交響曲が中心で、バレエ音楽は全く使用されていないが、踊りの方は『白鳥の湖』が引用され、白鳥は女性愛を象徴する。止み難い欲望と、ホモセクシュアルはご法度の当時の社会に対する体面との葛藤に引き裂かれて遂に結婚するものの、花嫁のヴェールが新郎の体を締め付け、破局が訪れる。
パトロンであったフォン=メック未亡人と、晩年の歌劇『スペードの女王』の伯爵夫人役を、同じダンサーが踊ったのは、興味深かった。希望を与えながら、幻滅させもする点で、両者には共通性がある。人生という賭けに敗れたチャイコフスキーは、歌劇の幕切れのように、ギャンブル台の上で死んでいく。(進)1994年1月25日(中日新聞)
ゴールデン・グローブ賞 陳作品は同性愛賛美
中国共産党、機関紙で批判【北京24日共同】中国共産党機関紙「求是」最新号は、22日に米ロサンゼルスでゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞を獲得した、中国の陳凱歌監督の作品「さらば、わが愛/霸王別姫」について、不健康な同性愛を賛美し、共産党の文芸政策を批判するもので「見終わった後、人を大いに失望させる映画だ」との論文を掲載した。
同映画は国内の保守派から批判を受けたため、細部を変更して昨年、上映がやっと認められ、中国でも人気を呼んでいる。
論文は映画の主人公の同性愛の描写について「同性愛は資本主義制度の社会的危機と精神的危機を反映する」と断じ、「わが国では解放後にとっくに一掃されているのに、精神文明の建設に努力している今日、どうして広範な大衆にこんな精神的なごみくずを押し売りする必要があろうか」と手厳しく避難している。1994年2月18日(中日新聞)
シルツ氏が死去 米エイズ対策の遅れ批判【ニューヨーク17日武藤芳治】米レーガン政権のエイズ対策の立ち遅れを厳しく批判するとともに、米国でのエイズ被害の進行を克明に記録した大著「そしてエイズは蔓延(まんえん)した」の著者でジャーナリストのランディ・シルツ氏が17日未明、サンフランシスコ北部ガーンビルの自宅で死亡した。死因は明らかになっていないが、自身もHIV(エイズ・ウイルス)に感染していた。42歳だった。
シルツ氏は米大手マスメディア界で初めて自身が同性愛者であることを公表したサンフランシスコ・クロニクル紙の記者で、1982年にはサンフランシスコの同性愛の市会議員ハーベイ・ミルク暗殺事件を扱った「カストロ・ストリートの市長」を出版。さらに87年には昨年、米ケーブルテレビでテレビ映画化され話題を呼んだ「そしてエイズは蔓延した」でベストセラー、最新作の「コンダクト・アンビカミング(不適当な行為)」も米軍隊の同性愛問題を扱いベストセラーになっている。
「そしてエイズは蔓延した」は「自分が書かなければだれも報道しない」との使命感に燃えた力作で、エイズの政治・医療・社会すべての現象を活写したドキュメント。同原稿の最後の言葉をタイプし終えたときに、自身も医者からHIV感染を知らされたという。ただし「HIV感染者と分かると、ジャーナリストとしての公正さが疑われる」との懸念から感染を昨年まで公表しなかった。
「コンダクト・アンビカミング」の最終章は病院のベッドで書き上げた。また第1作のハーベイ・ミルク暗殺事件は昨年からオリバー・ストーン監督によって映画化が進められている。1994年3月3日(中日新聞)
ランディ・シルツ氏の死 代弁、今後はだれかがニューヨークの街を歩いていると、必ず「私はエイズ・ウイルスに感染しています。助けてください」と書いたボール紙を抱えてうずくまるホームレスの人々に出合う。通行人の何人かは彼/彼女に小銭を渡し、何もなかったかのように通り過ぎて行く。
あるいはリンカーン・センターの近くにあるルーズベルト病院。エイズ患者が一般の内科病棟で隔離もされずに入院治療を受けている。医者も看護婦もほかの入院者も、文句を言うどころかときにはおしゃべりに病室を訪れたりする。
すでに20万人以上のエイズ死者を数えるアメリカ。たとえこれらの犠牲者の上に成り立ったものとはいえ、エイズとともに現在を「生きて」いる人たちへの「普通の」対応に関しては、日本は比較の対象にもならない。
同問題のトップ・ジャーナリストであり続け、自らもエイズ関連症で42歳で死去したランディ・シルツ氏は、米国エイズの歴史を「ロック・ハドソン以前と以後の、2つの時期に明確に区分される」と大著「And The Band Played On(邦題・そしてエイズは蔓延した)」で記している。米国の男性の象徴でもあった美男俳優ロック・ハドソンが、ゲイ(同性愛者)でありエイズにかかっていると公表した後に死んだのは1985年だった。彼の死後、エイズ患者は確実に差別されるべきものでは(少なくとも頭の上では)なくなっていった。そんなエイズを取り巻く米国ジャーナリズムの在り方を変えたのがシルツ氏だった。
シルツ氏は51年、イリノイ州オーロラに生まれ、オレゴン大学のジャーナリスト学校で学んだ当時から自分をゲイであると公表していた。81年、サンフランシスコで当時「ゲイの癌(がん)」と呼ばれていたエイズの流行が始まったとき、大手新聞サンフランシスコ・クロニクルがシルツ氏をエイズ問題専門記者として雇い、彼のエイズ報道が始まった。政治、社会、医療を網羅する徹底した調査と膨大なインタビューをこなし、圧倒的な事実を時間を追っていくつも並行させて展開したのが「そしてエイズは蔓延した」だ。
邦訳本(草思社)で上下2段組み800ページにも及ぶこの力作は、冷徹に事実を追いつつも鬼気迫る悲しみに満ちている。「ゲイの病気だから」といって捨て置いた当時のレーガン政権の無策ぶり。差別と偏見。予防啓発の遅れ。インタビューを重ねれば重ねるほど自分の知る死者たちの数が増えてくるというシルツ氏の悔しさは想像に難くない。その意味で、これはおびただしい死者たちの代弁の書であり、自らもそうだったゲイたちの弔い合戦の書だった。
昨年、同書が米ケーブルTVでテレビ映画化された。リチャード・ギアやウーピー・ゴールドバーグといった有名俳優たちが無償で出演したこの映画を、当時、カナダ人の友人といっしょに見た。終了間際、その彼が不意に号泣し始めた。ひとがこんなにも強く泣くのを見たのは初めてだった。彼はやはり何人もの友人をエイズで失っていた。「みんな、死なずに済んだんだ」と、彼は言った。
「エイズ撲滅」は「エイズ患者の撲滅」とは違う。エイズは怖いが、エイズ患者は怖くなどない。シルツ氏の死去に、今度はだれかが彼の代弁をしなくてはいけないのだと考えている。(ニューヨーク支局・武藤芳治)1994年3月23日(朝日新聞)
歓迎 ゲイ御一行様 JTB 米国ツアーを企画男性の同性愛者に対象を限った米国パックツアーを、大手旅行会社がこのほど企画、参加者を募集する。ツアー客はニューヨークで毎年6月に開かれる「ゲイ・プライド・パレード」に参加する。これまで無視されたり興味本位に扱われることが多かった同性愛者を顧客としてとらえた、旅行業界で初の試み。
ツアーを主宰するのは業界最大手のJTB(本社・東京)。6月25日に成田を出発し、翌日にパレードに加わる予定。同性愛者向けのレストランやバーを利用し、市内観光の運転手やガイドにも男性の同性愛者を手配する。ゲイパレードは、同性愛への差別反対や人権擁護などを訴えるため25年前から行われている。今年は米国内外から5万5000人の参加が見込まれている。ヨーロッパなどからはパックツアーで参加するのが一般的という。
ツアー企画では、JTB社内でも「風俗ものととられ、イメージダウンになるのでは」などの反対論もあり、また利用を断る航空会社もあったという。このため、1人参加の場合は個室を用意、女性の参加は断る、などの慎重策をとっている。
海外パック旅行は昨年から売り上げの伸びが鈍っており、業界では目的別の多様なツアーや、車いすの人向けなどこれまで対象とされなかった客層の取り込みに力を入れている。今回のパックもそうした需要喚起策の1つのようだが、JTB新宿支店の担当者は「同性愛の人にも、独自の旅行需要がある。孤立しがちな同性愛者同士の交流にもなれば」と話している。1994年3月30日(朝日新聞)
同性愛者に公共施設「貸さないのは違法」 東京地裁判決同性愛者の団体であることを理由に、東京都立府中青年の家が宿泊を認めないのは、施設利用権の侵害だ、として「動くゲイとレズビアンの会」(本部・東京)と会員3人が東京都を相手取り、約650万円の損害賠償を求めた裁判の判決が30日午前、東京地裁であった。原田敏章裁判長は「利用を認めないのは違法」として、都側が同会に約27万円を支払うよう命じた。会員の慰謝料請求は却下した。
裁判で都側は、「異性同士の同室は認めない」としている青年の家の規則をもとに、「同性愛の場合、異性愛者が異性に抱く感情が同性に向けられる。このため複数の同性愛者を同室に宿泊させると、性的行為で施設内の秩序を乱すおそれがある」と主張。これに対し原告側は「同性愛を異性の場合と同じように論じるのは、問題のすり替えだ」と反論していた。
判決で原田裁判長は「宿泊を拒否するためには、同性愛者が性的行動に出る具体的可能性がなければならないが、被告の都側はその可能性についてなんら検討していないうえ、当時、そのような可能性もなかった」と認定。「利用拒否をした都教委には過失があった」と述べた。
訴えによると、原告らは1990年2月に同施設に宿泊した際、「同性愛の団体です」と自己紹介したことから、他団体のメンバーから「ホモだ」などといわれた。同会がこの是正を求めた話し合いの中で、都側は「今後は施設の使用を許可しない」と表明したことから提訴に踏み切った。1994年4月13日(朝日新聞)
同性愛者宿泊拒否訴訟 賠償不服と都が控訴同性愛者団体であることを理由に、東京都府中市の都立府中青年の家が「動くゲイとレズビアンの会」(本部・東京)の会員らに宿泊を認めなかったのは違法だとして、東京地裁が東京都に約27万円の損害賠償を命じた裁判で、都は12日、判決を不服として東京高裁に控訴した。
1994年4月20日(朝日新聞)
トム・ハンクス、エイズと同性愛を語る
「違い」理由の排斥は非米国的エイズと同性愛を正面から取り上げた話題作「フィラデルフィア」で、エイズ末期の弁護士役を演じ、今年のアカデミー賞主演男優賞を獲得したトム・ハンクス。受賞のあいさつで妻という言葉を意図的に使わず、「愛人に感謝する」と述べ、現代社会に潜む偏見を戒めたと称賛された。「最愛の伴りょが女性か男性かは個人のプライバシー、という姿勢を印象づけたかった」と振り返る。23日からの日本公開を前に、ロサンゼルスで会った。(ロサンゼルス・杉本 宏)
これまで「スプラッシュ」(84年)など、コメディータッチの役柄が多かった。「エイズ裁判という深刻なテーマに今回、たまたま当たっただけ。人間性を映し出す作品であれば、コメディーでも社会派ドラマでも構わない」
役を勉強するため、カリフォルニア大医学部で医師や患者から体験話を聞いた。「患者たちと接するうちに、違いよりも共通点の方が多いことに気付いた。エイズであることを除けば……。どんなに努力してもエイズの進行は止められない。そういう人たちと話していると、題材にのめり込み、現実と映画づくりの違いを忘れてしまう」
エイズ対策の最大の問題点は「抽象的な争点になってしまったこと。論議はするが自分の問題ではないというふうにとらえられがちだ。今回の作品は、患者も人間の顔を持っていると訴えている」。
カリフォルニア州コンコード生まれ。高校時代、同性愛の教師と友人に巡り合ったことが人生に多大な影響を与えた。「当時はゲイとそうでない人との相違を区別できなかった。われわれはみな、多かれ少なかれ、違う。その違いを恐れる必要はない。人との違いを理由にした排斥が横行しているが、そうした排斥は非アメリカ的。学校で教え込まれた国の理念に反する」
女優リタ・ウィルソンさんと再婚、3児の父。「妻は私の愛人。うそでないでしょ」と笑った。1994年4月27日(日本経済新聞)
類人猿に“同性愛”行動 進化の歴史に残る
群れでの受け入れ儀式? 雌への関心の副産物? 人間に引き継がれる同性愛をテーマに取り上げた小説やテレビ番組が増え、話題を呼んでいる。人間社会ではタブー視されがちだが、チンパンジーなどの類人猿(人間に近い高等なサル)では、同性愛的な行動が比較的ひんぱんに起きることが観察されている。生物が生きていく大きな目的の1つである繁殖に反するような性愛形態が、なぜ起こり、進化の過程で残ってきたのか。動物行動学の研究から、サルと人間の同性愛の起源を探ってみた。
新入りが頻繁に
東海大学医学部の榎本知郎助教授はアフリカのザイールで、大型類人猿のボノボ(ピグミーチンパンジー)を観察し、主に雌同士の同性愛行動を目撃した。発情時に赤くはれた尻の皮を互いにこすり合わせる行為で、通称「ほかほか」と呼ばれる。榎本助教授は「社会的つながりを深めるためのコミュニケーション手段ではないか」と推測する。
ボノボの雌は大人になると生まれた群れから出て、他の群れに入る。本来は“よそ者”同士だった雌たちは、やがて1つの群れの中で強く結束するようになる。「ほかほか」は、新しい雌が群れに入ってきた時に、他の雌たちに受け入れてもらうための儀式ではないかというのだ。実際、新入りの雌は群れに入りたてのころ、ひんぱんに群れ内の雌を同性愛行為に誘う。
また、雄のボノボも何らかの緊張を感じた時に同性愛行動をしていた。榎本助教授は「ボノボのように、人間の同性愛も昔はコミュニケーションや集団の連帯感を強める意味を持っていたのでは」と想像している。
同性愛はたくさんの子孫を残すという生物の目的と反する。また、同性しか愛さない個体は子孫を残さないから、同性愛的形質をもたらす遺伝子は後代に残らず、長い進化の中で淘汰(とうた)されたはずだ。害にならぬ遺伝形質
しかし、今日まで同性愛が存在するということは、「同性愛行動がかつては何かの役に立っていた」と考える方が自然という。同性愛的な形質は「同性しか愛さない」個体だけではなく、より一般的なものだったと見ることもできる。
人間は5万年ほど前に言語や絵画表現を獲得、これらが優れたコミュニケーション手段として発達したため、同性愛行動はしだいに意味をなくしていった。しかし、その遺伝形質は人類にとって特に害にならないため、完全には消えずに残った。そんなストーリーが考えられる。
一方、同性愛行動そのものに意味はなく、環境や生活形態の中から副産物として生まれてきたという説もある。京都大学霊長類研究所の山極寿一助手は、1980年から82年にかけてアフリカのルワンダに滞在し、世界で初めて野生のマウンテンゴリラの同性愛行動を観察した。
ゴリラは通常、一頭の雄と数頭の雌が群れを作って暮らす。ところが、山極助手は雄だけの珍しい群れを発見した。そこでは雄同士が一定距離内に近付いた時に、片方が相手の背中に乗るマウンティングという交尾行動がよく起こった。山極助手は「この場合、緊張を緩和するといった意味はなく、単純な性衝動の現れだろう」と解釈する。子ザルと同じ遊び
雄のゴリラが性衝動を起こしやすい素地の1つとして、雌のゴリラの発情期が短く、いつ発情しているか分かりにくいことがある。雄は雌の発情を知るため、常に性的関心を持ち続ける。このため、雌からのはっきりした発情サインがなくても交尾が可能だ。これはサルの中でも高等な部類に特有で、原猿類と呼ばれる下等なサル(ロリス、キツネザル、メガネザルなど)は雌からの発情サインがなければ交尾できない。
また、ゴリラは大人になっても子供の時と同じような「遊び」をする。子ザルが遊んでいる時に交尾のまねをするように、大人も遊びの延長として交尾に似た行動をする。これが性衝動に裏打ちされているかは分からないが、少なくとも外見上は同性愛に見える行為が伝承されていくことになる。
こうした性質や習性が強まって、「相手が異性でなくても性的に興奮できるという素質ができあがり、人間にも引き継がれてきたのだろう」と山極助手は説明する。人間では精神的な性愛の要素が加わり、同性愛が起きやすくなったと見ている。
真相は分からないが、両氏とも同性愛が決して特殊な行動ではないという意見では一致している。類人猿の行動学から見ると「同性愛が生物として異常というのは偏見」(榎本助教授)で、「宗教や社会的規制を受けなければ、人間にもある割合で存在して当然」(山極助手)という。1994年5月26日(朝日新聞)
アメリカンドリームス ゲイの都
エイズに闘志を燃やすケーブルテレビで有名な観光都市、サンフランシスコはゲイ(男性同性愛者)の首都と言われる。米国でも、ゲイであることを公表するだけで軍を除籍されるなど、偏見や差別に苦しめられる。それがこの街では、1970年代に進んだ運動の成果で、ゲイはほぼ完全な市民権を獲得した。89年には同性愛者のカップルに夫婦と同等の権利を認める条例ができ、「結婚」も事実上認められた。
こうした自由な土地柄を慕って、全米から同性愛者が集まる。この国では人口の3%近くが同性愛の傾向を持つと言われるが、この街は人口72万人のうち6万人がゲイとの推測がある。その多くは自分がそうであることを公表し、パートナーとカップルで暮らす。
港に近いしょうしゃなマンションに住む弁護士のグリン・パームリーさん(47)もその1人。先輩弁護士のロバートと共同の事務所を設立し、パートナーとしても暮らした。
友人たちが原因不明の病気で倒れ始めたのは、市民権獲得が進み始めた80年代に入ってすぐだった。
ゲイを集中的に襲い、ゲイ関連症候群と呼ばれたこの病気で、83年までに15人の友人を失った。その後の3、4年にさらに約50人。ロバートも86年4月に死んだ。病気はエイズだった。
血液接触で感染するエイズは、不特定のパートナーとの接触が多かったゲイの性行動に乗じ、驚くべき早さで広がった。
「この町のゲイなら、大半が20人以上の友人を亡くしています」。サンフランシスコで生まれ、仕事がら友人が多かったために、亡くした友人や知人は150人を超えた。医師、弁護士、経営者。市の繁栄を支えてきた人材が次々に倒れた。市のエイズ死者1万2000人の8割強はゲイだ。
友人の看病に疲れ、自身の感染や発病への不安からゲイの多くが無気力に陥った中で、パームリーさんは決然と立ち上がった。
エイズ発見の翌82年に設立されたサンフランシスコ・エイズ財団の活動に参加し、情報提供を目的にしたホットライン作りに奔走した。正確な知識と実用的な情報は、患者や感染者の不安、無知や誤解を解くのに威力を発揮した。
受け付ける電話は年間10万件以上。90年代には献身的に患者治療に当たった医師らとともに、財団の功労賞を受賞した。
感染予防に向けた努力が功を奏し、新規感染者は80年代末以降、急激に減り始めている。だが、治療法開発のめどはつかず、自暴自棄になって危険なセックスに走る患者や感染者も少なくない。
昨年夏、高校教師だった親友がピストル自殺した。同性愛者だった彼は、病んだ自分を生徒に見せまいと命を絶ったのだった。
しかし、パームリーさんはエイズとの闘いに前にも増して闘志をかき立てる。
「ゲイは、社会の執ような差別との闘いを通して市民権を獲得してきた。こうした権利やゲイコミュニティーを守るためにも教育で行動を改めさせ、ひとりひとりが安全なセックスを心がけるしかない」
この街のゲイは、45%までがエイズウイルス(HIV)に感染している。だが、パームリーさんはいまも陰性だ。血液感染すると分かってからは、絶対に無防備なセックスをしない。
数年前から、パームリーさんには新しい楽しみができた。市内のダンスクラブで集2回、若者たちにカウボーイダンスと呼ばれる趣味のダンスを教える。若い友達が増えた。
「人生が円熟する40歳代に、80歳代にタイムスリップでもしたかのように多くの友人を失った。けれども、どんな苦境にいても力の限り生きる。それがぼくの人生だ」(サンフランシスコ 大塚 隆)1994年6月19日(日本経済新聞)
ゲイ、米で着々と市民権 NYで40カ国参加の“オリンピック”
イベント目白押し 専門誌から展覧会まで4年ごとに開催されるゲイ(同性愛者)のオリンピック、「ゲイ・ゲーム」が18日から始まった。ゲイを対象にしたニューヨークのガイドブックも初めて出版された。今年は米国でのゲイ人権擁護運動の発祥といわれる事件「ストーンウォールの暴動」から25周年ということもあって、ゲイの人権を再確認するための催しも目白押しだ。普通の夫婦と同じような権利が保証される「ドメスティック・パートナー(家庭パートナー)」制度が定められるなど、ゲイは着実に市民権を得つつある。(ニューヨーク=伴百江)
天井に取り付けたシャワーの水を浴びながら水着だけの黒人男性が踊る。、歓声をあげる観客は皆男性。右の耳たぶには決まってピアスが光る。ニューヨーク・チェルシー地区にあるゲイ専門バー「スプラッシュ」の店内は、ストーンウォール25周年を告げる垂れ幕や「ゲイ・ゲーム'94」のポスターで飾られている。
ストーンウォールの暴動は1969年6月27日、グリニッチ・ビレッジにあるストーンウォール・インというバーで警察官とゲイの人々が衝突したのを契機に発生した。他のお客の迷惑になるなどの理由で、警察官によって飲食店から追い出されるのが普通だったゲイのお客が反乱を起こし、ゲイの人権を初めて声高に主張した事件とされている。
「ゲイ・ゲーム'94」には日本を含む世界40カ国から1万1000人が参加する。82年から始まったゲイ・ゲーム史上最大規模だ。時期を合わせて、ゲイ文化のフェスティバルも開催する。エイズで亡くなったポップアーティスト、キース・へリングの作品の展覧会やゲイのメンバーで構成される室内管弦楽団のコンサートなど世界から集まったゲイの芸術家が作品を披露する。
26日にはゲイの人々が参加する史上最大の行進がある。その日ニューヨークの象徴ともいえるエンパイアステート・ビルはゲイのシンボルカラー、紫色の照明で照らし出される予定だ。
世界中から集まったゲイの人々のために、「ゲイ・アンド・レズビアン・ハンドブック・トゥー・ニューヨーク・シティ」という本も出版された。ゲイ専門のホテル、バーなどの紹介から始まって、雑誌、パソコンネットワーク、ゲイ専門パッケージツアー、電話相談などニューヨークのゲイに関するありとあらゆる情報を網羅した。
5月に発売され、すぐに1万5000部が売れ、増刷した。著者のリチャード・レアマーさん(33)自身もゲイ。「ゲイの文化はイコール、ニューヨーク最先端の文化でもある。ゲイの人だけでなく、ニューヨークの文化を楽しみたい人のためにこの本を書いた」という。
ニューヨークには推定150万人のゲイが住んでいるといわれる。ゲイ文化フェスティバル開催のためにボランティアをしているボビー・ゴッドフレイさん(45)は18年前にオクラホマ州からニューヨークに移り住んだ。「ニューヨークは他の地域に比べ僕たちゲイを受け入れやすい土地。毎日を楽しんでいるよ」と笑う。
「25年前のニューヨーク・タイムズでは、ゲイをばかにする見出しや非倫理的と批判する記述が目立ったが、今では経済面でゲイの消費者動向の記事を掲載するまでになった」とレアマーさんは、ゲイに向ける世間の目の変ぼうぶりも指摘する。
ニューヨーク市では「ゲイのオリンピック、文化フェスティバル開催に伴い、直接的・間接的に1億1000万ドルが消費される」と推定する。この金額は、社会全体でみても無視できない大きさにゲイの“社会”が広がってきたことを示しているようだ。1994年6月26日(中日新聞)
国連に同性愛差別撤廃訴え 今日50万人デモ
NY ゲイバー摘発から25年「同性愛」「ゲイ」「レズビアン」──日本ではいまでも「趣味の問題」で片付けられ、マスコミでも「変態」扱いされがちな同性愛者たちの人権運動が世界的なうねりを持ち始めて、実は今年で25年がたつ。ニューヨークのあるゲイバーの摘発がきっかけで始まったこの人権運動25周年記念に、世界中の同性愛者たちが先週から続々とニューヨーク入りをしている。いったいマイノリティー(社会的少数弱者)問題としての同性愛とは何なのか。(ニューヨーク・武藤芳治)
現代社会における同性愛者の人権運動は1969年6月28日未明、ニューヨーク市警がグリニッジビレッジのゲイバー「ストーンウォール・イン」を摘発したことに始まった。同性愛者の数夜に及ぶ抗議の大暴動に発展したこの事件は、当時の日本の新聞などではほとんど無視されたが、その後、欧米の同性愛者たちの自意識を覚せいさせ、毎年6月第4日曜はストーンウォール記念日として盛大に人権マーチなどが行われる。
アメリカ精神医学会が同性愛を性異常から除外したのは1974年。国連も同性愛者の人権団体「国際レズビアン&ゲイ協会(ILGA)」を非政府団体(NGO)として承認し、いまや同性愛者は異常でもなんでもないというのが人権先進諸国のすう勢となっている。米国の各種世論調査では人口の2−15%が同性愛者という数字がある。
もっとも、キリスト教の影響の強い欧米ではその分、反対勢力も大きく、同性愛者たちへの抑圧は必ずしも減ってはいない。事実、米国保健社会福祉省(厚生省)の89年調査では(1)いじめを含み、青少年の自殺者の30%までが同性愛への抑圧を苦にしたもの(2)同性愛青少年の自殺率は異性愛の青少年の2−3倍に上る、との結果が出ている。
「オカマ」とか「ホモ」「レズ」とかの短縮語が差別語であるという認識すらない日本では、その種の調査も一度も行われていないばかりか、教育現場での同問題への対応もないに等しい。
NGO承認だけでなく、国連に正式に同性愛者差別、エイズ差別をなくすための声明を出させようというデモがストーンウォール25周年の26日午後(日本時間27日未明)、全世界の同性愛者50万人以上を集めてマンハッタンの国連本部からセントラル・パークを練り歩く。『人権後進国』日本からも
同デモ参加で日本から30人のメンバーを派遣した「府中青年の家・同性愛者人権裁判」の原告「動くゲイとレズビアンの会」(本部=東京・中野)の新美広さん(29)は、同性愛がどうして日本で言われるような「趣味の問題」でないのかについて「あなたが異性を愛するのは趣味の問題ですか」と切り返す。
「もしあなたが趣味で異性を愛するなら、趣味で同性に手を出すのも可能かもしれない。しかし、それはふらちなことでしょう。ぼくらが同性を愛するのは同性を愛するように生まれたからで、それがぼくらの性的指向(セクシュアル・オリエンテーション)なのです。どの時代でもどの国でも、必然的にそういう人たちが生まれます。逆に言えば、人間は10%前後のそんな同性愛者と残りの異性愛者を足して初めて種として100%の存在になるのだと思う」
日本と違い、同性愛者たちが目に見える形で存在する欧米ではそれ自体が文化を伴った巨大な市場。米国トヨタやソニーなどの日系企業もゲイたちを対象にした広告を出しており、いわば「公認」の形だ。アップルコンピュータなどはゲイの従業員のパートナーにも夫婦同様の手当や保障を行っている。
国連デモの後、世界40カ国の同性愛者グループはそれぞれ母国の国連代表部に差別撤退のための申し入れを行う。
「動くゲイとレズビアンの会」と「ILGA日本」(南定四郎代表)も27日午前、国連日本代表部で堀内公使と面会し、小和田大使あての申し入れ書を手渡す予定だ。1994年6月27日(朝日新聞)
ゲイ行進、日本からも初参加
NYに世界から110万人集合【ニューヨーク26日=沢村亙】同性愛者による「ゲイパレード」が26日、ニューヨークで開かれ、全世界から約110万人の同性愛者(主催者発表)が集まった。パレードは、国連本部前からセントラルパークまでの約4キロを行進。今年は米国で同性愛者の人権運動が始まって25周年とあって、お祭り色が前面に。日本からも初めて同性愛者60人が参加、パレードに加わった。
この日、ニューヨークは同性愛者の人権運動を象徴する「レインボーフラッグ(虹色の旗)」で染まった。世界各国、全米各州から集まった同性愛者、エイズ感染者グループ、同性愛の「夫婦」たち……。行進の中でひときわ大きな拍手がわいたのが地元市警をはじめ全米から集まった同性愛者の警察官の一団だ。
鉢巻きにゲタばき姿で参加した「動くゲイとレズビアンの会」(アカー、本部・東京都中野区)のメンバーで予備校講師、風間孝さん(26)は「周囲の声援がうれしかった。日本ではとかく『物珍しい』『気持ち悪い』といった視線で見られるだけに、日本も同性愛者が自然な形で発言できる社会になってほしい」。1994年8月9日(毎日新聞)
「同性愛は性非行」と生徒指導書
文部省に使用中止を要請国際エイズ会議に出席のため来日中の同性愛者の国際組織「ILGA」(インタナショナル・レズビアン・アンド・ゲイ・アソシエーション)の代表らが8日午後、文部省を訪れ、岡崎トミ子政務次官と会談。教育政策の中で同性愛を正しく位置付けるよう要望した。特に同省が発行している生徒指導資料の中に同性愛を「性非行」とし、「専門機関による治療が望まれる」という記述があることを取り上げ、「見解を改め、指導書の使用を中止する」ことなどを盛り込んだ申し入れ書を岡崎政務次官に手渡した。会談したのは、ハンス・イェルペーショーンILGA共同事務総長、ジュリー・ドーフILGA行動局代表ら。
イェルペーショーン氏らが問題にしたのは、同省が1979年に発行した生徒指導の手引書の「生徒の問題行動に関する基礎資料−中学校・高等学校編−」。同性愛は「倒錯型性非行」として扱われており、「同性愛は(中略)社会的にも、健全な社会道徳に反し、性の秩序を乱す行為となり得るものであろう」(92年改訂版)という記述がある。1994年8月20日(日本経済新聞)
アメリカ犯罪大国の深層 狙われるゲイ
異文化を憎悪し暴力東カリフォルニアのゲイのメッカ、ウエスト・ハリウッド。市内を東西に走るサンタモニカ大通り沿いに、ゲイ専門のビデオショップや映画館が軒を連ねる。肌を大胆に露出し、すぐにそれとわかる男たちが、熱い視線を交わし合っている。今ここで、ゲイをターゲットにしたヘイトクライム(性・人権・宗教への憎悪による犯罪)が増えている。
「バーを出て歩いていたら、いきなり殴り掛かってきた。若い白人ばかりのグループで、3人組だったと思う。殺してやる。1人がそう叫んでいた」。被害者だというやせぎすの若い男は現場を案内しながら事件当日のことを話し始めた。
ちょうど夜中の1時ごろだったという。近くに駐車してあった車のボンネットに押さえ付けられ、すぐに顔面や腹を何回か殴られた。スキを見て通行人に助けを求めたが、気が付くと鼻がひん曲がっていた。
「なぜ自分が狙われたのかよくわからない。ゲイならだれでもよかったのだろう。でも僕は運がよかった。殺されるヤツだっているんだから。名前? また襲われるのは嫌だから、ジェイクとでもしておいてよ」
ウエスト・ハリウッドではここ1カ月でゲイに対する暴行事件が4件連続して発生、ゲイの人たちを震え上がらせている。そんな折りも折、フロリダ州のペンサコーラでとんでもない事件が起こった。堕胎に反対する長老派教会の元牧師ポール・ヒル容疑者(40)が、子供をおろす女性の手術をしていたベイヤード医師(69)をショットガンで撃ち殺したのだ。ヒル容疑者は取り調べに対し「これで罪のない赤ん坊たちがヤツの病院で殺されることはない」とうそぶいているという。この病院は以前にも爆弾を仕掛けられており、襲撃を受けた病院はほかにも多い。
こうした犯罪を起こす人間たちの“エネルギー”は憎しみだ。対象はある意味ではなんでもいい。自分の価値観に挑戦するものを嫌い、暴力で排除しようとする。
それは黒人やアジア系移民を排斥する人種嫌悪に始まり、同性愛、さらには堕胎、環境保護を巡る主義・主張の違いにまで広がっている。信条への独善的な傾倒が、憎しみを増幅させている。
南カリフォルニア大のウィルバー・フィンチ助教授(40)は、ヘイトクライムの背景にあるのは文化の多様性を拒む心理だと指摘。「新たに権利を主張し始め、その結果ある程度政治的な力を持つようになったグループが犯行の対象になりやすい」と分析する。確かにゲイはここへきて急速に市民権を得つつある。同時に反発も強まっているわけだ。
93年に全米で発生したヘイトクライムは約7600件に上る。しかし、移民国家の米国は常に異文化を受け入れ大きく包み込むことで、独自の文化を形成してきたのではなかったか。いくつかのあつれきはあったにせよ、異なる価値観を取り込むことは結果的に経済発展の活力につながり、ヒッピー、フェミニズムなど時代を画す先端文化もはぐくんできた。
いずれまた、米国の“逆バネ”が働く日が来るのだろうか。(米国社会取材班)1994年8月29日(朝日新聞)
同性愛者「差別しないで」 東京で日本初のパレード
1000人超す参加者が気勢 目立つ若者、名乗りOKも「お父さん、あなたの娘はレズビアンです」「お母さん、あなたの息子はゲイです」。こんなプラカードを掲げた人々が沿道にアピールする──同性愛者への差別や偏見をなくそうと訴える第1回レズビアン・ゲイ・パレードが28日、国際同性愛者連合(ILGA)日本支部の主催で、東京・新宿から渋谷まで行われた。日本では初めてのことで、当初50人程度と思われた参加者は、主催者発表では、イベントも含めて最終的には1130人以上になった。20代の若者がほとんどで、子供を連れた女性や外国人、高校生もいた。
午前10時。思い思いの格好で新宿駅西口の中央公園に集合した約550人が町に繰り出した。先頭のゲイグループには、派手な化粧やドレスで女装したり、革パンツなどマッチョな格好の男性もいるが、ほとんどがTシャツやジーパンなどの普通の服装。
北海道から来た男子学生(20)はボブカットにピンクのウエディングドレス姿。「目立とうと思って、わざと世間一般のゲイのイメージを演じたんです。いつもは普通の学生です」と笑う。東北地方から来た男性会社員(25)もウエディングドレス姿。「会社はちょっと心配だけど、親には、もしこれでばれたら、いい機会だからカムアウト(ゲイであることを告白すること)しようかな。声高に人権を言う気はないけど、ゲイの存在を認めてほしい」
一番気勢をあげていたのはレズビアングループ。サングラスをかけ、黒いシャツに黒のパンツ、網タイツ姿のダンスチームを先頭に、ディスコ曲に合わせ、旗や扇子を振りながら踊る。
「レッツゴー、レッツゴー、レズビアン」「カムアウト、カムアウト、レズビアン」。その迫力に、沿道を歩く人々が思わず足を止めて見入った。踊っていた1人、都内の大学4年生(21)は「就職はまだ決まってないんですけど。こんなとこ来ちゃってて、まずいかな」と苦笑い。両親にはレズビアンであることは内緒だが、「もし、これで分かってもかまいません」。
2人の男の子を連れていた平松美保さん(31)は既婚者だが、今回は女性の恋人と一緒に参加。「夫も子供も恋人のことを知ってます。いろんな形の人生があると知ってほしくて。今日は仕事を休んで来たけど、会社も大丈夫。みんなも名前を言えればいいのに。堂々と生きていける社会にしたいです」
都内の女子高校生(16)は「親には、ちゃんと話して来ました。学校の先生に何か言われたら? 別に悪いことしてるわけじゃないから」。
沿道では、珍しがってパレードを背景に記念撮影する夫婦もいる一方、「これは、なんだ」と警察官に文句をいう中年男性もいた。過激な衣装を見てにやにや笑っていた男性会社員は、しばらく見物するうちに「こんなにいるんだ」。千葉県の男性(21)は「うわさには聞いても、実際には同性愛者を知らなかったから暗いイメージだった。印象が変わった」と話していた。
パレードは渋谷・宮下公園で終わり、実行委員会のメンバーが「法律や職場、教育の現場、報道の中などでの同性愛者差別をやめよ」という内容のスローガンを読み上げた。
参加した女性編集者(26)は「自分もレズビアンではと悩んでいる人は、勇気が出たんじゃないかしら。まだ、カムアウトできる社会じゃないですけどね」と話していた。
相続・エイズ対策など権利保障を
実行委員会の南定四郎さんに聞く日本の同性愛者の現状について、パレード実行委員会でILGA日本支部代表の南定四郎さんに聞いた。
◇ 今回私たちは、同性愛者として生きることの誇りと権利を訴えました。後ろ暗いイメージを取り去るためにお祭り的なイベントを行い、パレードでは「差別しないで」とアピールしたのです。
同性愛者は人口の約1割といわれていますが、日本では「私は同性愛者だ」と表明している人は本当に少ない。それだけ差別の多い社会だという裏返しです。例えば大阪府はポルノコミックを規制する青少年健全育成条例の施行規則の中で、同性愛の描写を「変態性欲」と同列に取り締まりの対象にしています。
深刻なのは遺産相続をめぐる差別でしょう。ゲイは、家を飛び出したまま家族と疎遠になる人が多い。最期まで一緒に暮らし、看病もしてくれたパートナーに遺産を残したいと思っても、生前贈与はできません。死後、家族が遺体も財産も持って行ってしまいます。男女なら内縁でも認められる相続の権利が、同性同士にはないんです。
手術で家族の同意が必要な時も、同性のパートナーの同意が認められず、没交渉だった家族と連絡を取るはめになったケースもあります。
もう1つ、重要なのはエイズの問題です。当初「同性愛者の病気」といわれ、そうした偏見が今も尾を引いています。政府は性交渉による感染者については、生活費を補助してくれません。大勢のゲイの仲間がエイズがもとで亡くなっている中、政府による患者・感染者の救済は生存権にかかわる問題です。同じ痛みを持つ者として、ほかのHIV患者・感染者たちと一緒にエイズ差別と闘いたい。
アピールの中で一番訴えたいのは、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により……差別されない」という憲法14条に「いかなる理由による差別も認めない」という内容を加えてほしいということです。これを足がかりに、相続や婚姻についての民法の規定を変えていきたい。
パレードは参加者がとても多く、盛り上がりました。異性愛者も支持してくれたし、協賛する企業も出てきたほどです。私たちの予想以上に時代は変わっています。1994年11月25日(日本経済新聞)
同性愛差別の記述 生徒指導書から削除 文部省文部省が作成した教師用の生徒指導資料に、同性愛者に対する誤った記述があるとして、関係団体が抗議していた問題で、同省は24日、問題とされた個所を削除したことを明らかにした。
問題とされた指導資料は「生徒の問題行動に関する基礎資料」(79年発行)。この中では同性愛を「下着盗み」「のぞき」などと同じ「性非行」と位置付け、「現代社会にあっても是認されるものではない」などとし、「専門機関による治療が望まれる」と記述している。1995年1月27日(朝日新聞)
オズボーン氏は同性愛だった「怒れる若者」の代表として知られ、昨年12月24日に65歳で死去した英劇作家ジョン・オズボーンは同性愛者だった──。24日付の英夕刊紙イブニング・スタンダードは、同性愛の愛人の話をもとに、劇作家の隠れた人生を紹介した。
オズボーンは1965年、自著の中で「わたしは神に祝福されたことが2つある。1つは英国人として生まれたことであり、もう1つは異性愛者だったことだ」と宣言している。
愛人だったとされるアンソニー・クレイトン氏(72)は「オズボーンは偽善者だ。彼の自伝の中でもわたしの存在を無視した」と指摘。「彼の作品では同性愛をあざけりや軽べつの対象としているが、実やこれは自己嫌悪の表れでもある」と語り、作品を理解するには同性愛者の側面を知る必要があると指摘した。
クレイトン氏によると、2人の関係は50年代から約10年間にわたったという。(共同)1995年6月2日(日本経済新聞)
オーストリア ナチス被害者に賠償【ウィーン2日=為定明雄】オーストリア議会は1日深夜、第2次世界大戦中にナチスの被害にあった人たちへ賠償金を支払うための基金(総額5億シリング=約43億円)設立を賛成多数で可決した。オーストリアは93年まで大戦中のナチスへの協力を政府が公式に謝罪しなかったこともあり、被害者に対する補償が遅れてきた。今回対象となるのはユダヤ人だけでなく、共産主義者や同性愛者という理由で強制収容所に入れられた人や、迫害を逃れて国外逃亡し現在も国外に在住する人なども含む。総数は3万人程度と見込まれており、戦後50年で初めての本格的な補償になる。
1995年7月15日(日本経済新聞)
第4話サルとヒト(5)「性」を見つめタブー再考京大霊長類研究所助手の山極寿一(43)は82年7月、東アフリカ・ルワンダの森の中でゴリラの生態調査を進めていた。ゴリラの行動を熟知する山極は、いつものように群れの中に入って、観察していた。
近くで昼寝を始めた「パティ」と呼ぶ1頭に何げなく目をやった時だった。山極は、その股間(こかん)を見て初めてパティがオスだと気付いた。「あまりの驚きにめまいを覚え、耳鳴りがした」。
それまでの観察では、パティは群れのオスと交尾をしており、オスだけの群れに紛れ込んだ唯一のメスだと思い込んでいた。しかしパティには「ついていた」。ゴリラの性器は少し離れると全く見えず、体の小さい若いオスとメスは区別がつきにくい。
これが世界初のゴリラの同性愛的交渉の発見だった。その後、この群れではパティだけでなく、他のオス同士の交渉も見られるようになった。
他のサルにもあるオス同士の性行動は緊張を和らげるためと言われるが、ゴリラでは射精があるなど性的高まりがあり、人間の同性愛と共通する。「ゴリラやチンパンジーは人間性を映す鏡」と考える山極は、人間の同性愛にも研究の対象を広げるようになった。
日本の医学界では同性愛を「異常」と見なすことが多い。しかしゴリラなどの類人猿にも見られ、人類でも同性愛をタブー視しない社会が多く見られたことなどから「進化史的に見て、人間の同性愛は異常ではない」と、あごひげをなでながら語る。
「性交渉の目的が子づくりに限定されるのは、近代社会の生産性を重視する考えを反映したもの」。男女の境があいまいになり、異性間の交渉でも子づくりが目的にならないことが多くなったことに、山極は「今後、同性愛者への偏見が少なくなるのでは」とみている。
霊長研教授の加納隆至(57)は、「性的な動物」と言われるアフリカのボノボ(ピグミーチンパンジー)の生態調査を73年にザイールで始め、すぐにこのユニークな動物に魅せられた。
加納が驚いたのは、ボノボの性行動の多様さだった。オスとメス、オス同士、メス同士、大人と子供、子供同士というあらゆる組み合わせで性関係を結ぶ。オス同士で一方が他方の尻(しり)に乗る「マウンティング」、後ろを向いて尻をこすり合わせる「尻つけ」、メスが向かい合ってする「性器こすり」などがある。
「ボノボの性行動は、あいさつ代わり」。けんかが起きそうになると、様々なパターンの性行動をとって緊張を和らげてしまう。性を利用して争いを避け、平和な社会を築いている。争いがないため体の大きなオスがのさばらず、メスが強い。
「日本も女性が強くなってボノボ社会に似てきたが、もし日本がボノボ社会のように争いのない国になったら外国との競争に負ける。ボノボ式が日本の理想ではなく、もっと男が強くならなければ」とは、加納流“男の復権”論だ。
ザイール国内が混乱して渡航自粛勧告が出たため91年以来、ボノボの現地調査は休止中。欧米の研究者はすでに再開しており、日本の研究は後れを取っている。「早く勧告を解除して戻れるようにしてほしい」。物静かなボノボ学者は遠くを見ながらつぶやいた。(敬称略)1995年8月5日(日本経済新聞)
クラシックCDが誘惑 シックな響きに女性敏感「キスからベッドイン、そしてフィニッシュまでを、もっと激しく演出するために」と題したクラシックCDシリーズ「センシュアル・クラシックス」が6月末に発売され、若い女性の興味をひきつけている。
シリーズは「セックス」「エクスタシー」「ゲイ」の3枚で、タイトルは過激だが、収録されている曲はシューマンの「トロイメライ」やサティの「ジムノペディ」など、恋愛映画やテレビドラマで使用されたロマンチックな名曲ばかり。
価格は各2000円(税込み)。ワーナーミュージック・ジャパンから発売され、大型CD店で売られている。
「クラシックは静かで、BGMにしても無粋じゃない。気楽に楽しめると好評」(同社)で、すでに1万枚近くが売れている。
中でも、美しい男性同士のアヤシイ写真をジャケットに使用した「ゲイ」はチャイコフスキー、ショパンといった、同性愛の作曲家による音楽が中心で、米国ビルボード誌のクラシックチャートでも5位を記録した。日本での注目度も高く、「ゲイに興味を持つ女性が買っていくケースが多い」(同社)という。1995年8月5日(日本経済新聞)
オーストリア 同性愛者著名人を公表 差別的法律に反対【ウィーン4日=為定明雄】オーストリアで男性同性愛者のグループが、同性愛者を差別する法律に反対、法改正を求めて政界などに圧力をかけるため、各界著名人の中で同性愛者と判断される人の氏名を公表する作戦に出ている。
同性愛者のグループが問題にしているのは、同性愛者が「承諾年齢」(婚姻や性交に関する承諾、合意を法的に有効と認める年齢)の面で差別されているという点。オーストリアでは一般には14歳からと規定されているのに対し、同性愛者は18歳となっている。
これに抗議する「オプス・レイ」とよぶ同性愛グループは今月に入って、政界にも強い影響力を持つオーストリアのカトリック教会の16人の司教のうち「4人が同性愛者だ」とその氏名を公表した。さらに法改正に動かなければ9月1日には与党・社会民主党の政治家から3人、また10月1日には連立与党である国民党から3人の同性愛者を公表すると警告している。
こうした動きがあるものの、議会が法改正に動く気配はいまのところない。一方名指しされた司教やバチカンは事実無根と否定に躍起だ。
オーストリアのカトリック教会では今年春、最高指導者であるグロア枢機卿に「20年前、性的虐待を受けた」という男性が名乗り出て、同性愛疑惑が持ち上がったばかり。この時バチカンは枢機卿に職務代行者をたてて批判をおさめたが、これをきっかけにカトリック教会の自由化、改革推進を求める運動に発展、50万人以上の署名が集まった経緯がある。
今回の強引な“暴露作戦”については同性愛者の間からも「妥当なやり方ではない」との批判がでており、法改正につながるかどうかは流動的だが、教会改革を求める声がさらに強くなるきっかけにはなりそうだ。1995年8月16日(日本経済新聞)
ウィーン大司教「同性愛」で退任【ウィーン=共同】同性愛疑惑で教会の内外から強い批判を浴びていたオーストリア・ウィーン大司教のグレア枢機卿(75)は、ウィーン大司教を9月14日をもって退任する意向を明らかにした。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の了承も得られたという。
枢機卿は退任表明に当たり、ローマ法王には退任の希望をたびたび伝えており、希望がかなえられてうれしく思うとだけ語り、同性愛疑惑への言及は避けた 。1995年9月12日(朝日新聞)
アメリカの分裂 同性愛 市民権求め運動続く
ニューヨーク市議トマス・デュエインさん1991年のニューヨーク市議選は、前代未聞の戦いだった。マンハッタン西部地区から立候補したデュエインさんは同性愛者で、対抗馬の女性はレズビアンと公言していた。デュエインさんは土壇場で、エイズウイルスへの感染を公表した。これが初当選の決め手になったといわれる。
「感染の公表は両刃の剣だったけれど、世の中は随分変わったと実感した。ぼくは18歳のとき、ゲイだと家族に打ち明けた。20歳で社会的に公表して、それ以来、ゲイの権利のために闘ってきた。成果はあったが、まだ不十分だ」
「ニューヨークにはゲイ差別禁止法がある。しかし、ここでも男同士、女同士のカップルはアパートの入居をしばしば断られる。就職してゲイだと公言すれば、まず昇進できない。理由を告げなければ差別にならない。差別はより陰険になった」
80年代のエイズの流行初期、患者の大半は男性同性愛者だった。「ゲイがん」と呼ばれ、当局の反応は鈍かった。感染者はいま、全米で100万人を超える。
「エイズは、引きこもりがちなゲイの人々を組織的、政治的にした。自分たちが動かない限り、だれも助けてはくれなかったからだ。市民として対等の権利を求めるゲイの公民権運動は、こうして広がった」
「もし、異性愛の白人男性が最初にエイズにかかっていたら、予防や研究に惜しみなく金がつぎ込まれ、いまごろは治療法が発見され、私も発病の恐怖にさいなまれることはなかったろう。ゲイへの差別が、今日のエイズ危機を作ったのだ」
ニューヨークとサンフランシスコは、米国の「ゲイの都」である。そこに住む限り、露骨な差別を避けて暮らすことができる。日本など外国からも、安住の地を求めて、同性愛の人々が米国に集まる。
「しかし、攻撃も強まった。コロラド、フロリダ、オレゴン、アイダホ州ではゲイの権利を奪うための住民投票や、それに続く裁判が進められている。保守的なキリスト教団体に後押しされた共和党は、エイズ予算の削減を始め、ゲイの権利撤廃に動いている」
「米国社会は保守化し、『伝統的な家族』の価値が強調されている。なぜ、同性の結婚は認められないのか。なぜ、同性のカップルが養子を持てないのか。なぜ、『非伝統的な家族』があってはいけないのか」1995年10月28日(日経流通新聞)
上司気にする情報誌 同性愛、日本でも常識に!?「アメリカで一番売れている」と銘打ったレズビアン&ゲイ総合誌「Out」がこのほど日本に上陸し、情報に敏感な若者によく読まれている。
ファッションをはじめ、アート、音楽、政治、スポーツなど情報のジャンルは多岐にわたり、同性愛のアーチストへのインタビュー記事も多い。政治、社会への提言があり、個人の生き方が主張されるなど、日常的な題材を独特な切り口で表現している点が受けている。閉鎖的な感じはなく、だれもが楽しめるライフマガジンとなっている。
月刊誌で、価格は1200円。FREE P(東京・渋谷、チガ代表)が輸入、通信販売や一部の書店で売られている。
ゲイが生み出すファッションやアートは米国では早くから評価され、日本でも徐々に注目されている。「ゲイテーストは日本のトレンドをリードするようになる。社会の概念や常識にとらわれずに、個人はもっと自由に生きられるということを、雑誌を通じて一般の人々にも知ってほしい」とチガ代表。全国からの問い合わせも多く、販売部数は3万部を予定している。1月からはトップ記事の和訳も付ける。1995年11月17日(日本経済新聞)
古橋悌二、「芸術への問い」残し死去パフォーマンス集団「ダムタイプ」主要メンバーの1人、古橋悌二がエイズウイルス(HIV)に感染、免疫不全による敗血症のため35歳という若さで亡くなった。10日、残されたメンバーが都内で記者会見し、今後の活動について説明した。ワーク・イン・プログレス(進行中の作品)を基本方針としているダムタイプの活動は、今後も基本的には変わらない。1月に東京での上演が予定されている「S/N」も予定どおり上演する。
古橋が周囲の友人たちに感染を公表したのはほぼ3年前のこと。病気と作品の変化を直接結び付けるのはフェアではないかも知れないが、ここ数年、表現スタイルがより直接的なものへと変化してきたのは事実だ。例えば旧作「ph」のような、ダンスや映像を駆使した抽象表現の比重が下がり、エイズや同性愛などを正面から扱った近作「S/N」ではトークショーというもっとも直接的に言葉を発する方法論が選択された。
「ダムタイプというグループ名が示すように言葉は禁じ手だった。世にあふれる言葉の空虚さへの抵抗だったが、事態が変化したことでより直接的な表現が必要となり、言葉の意味を問い直す作業をはじめた」と、残されたメンバーの1人、小山田徹は語る。選ばれた言葉は、セクシュアリティーの背後に潜む制度や差別を暴き出す挑発的なものだった。
「S/N」では古橋の感染が明かされるという場面もあったが、痛切というよりは希望と愛をうたいあげる美しい作品だった。あるいはその美しさは、闘争のための「悪意」という方法論だったのかも知れない。生前の古橋はメンバーたちによく「芸術は可能か?」と問いかけていたという。今夏インタビューしたときも「作品が芸術か社会運動か自分の中でも未分化だ」と語っていた。
小山田は「1月公演は追悼公演ではない」とくりかえし強調していた。実際、小山田のいうように古橋の問いは今も投げ出されたままだ。「たまたま」生き残った私たちは彼の問いにどのような答えがだせるだろうか。1995年12月15日(日本経済新聞)
渚のシンドバッド──緊迫感ある青春映画自主映画出身の新鋭・橋口亮輔監督が、2年前に劇場公開された「二十才の微熱」に続いて撮った新作長編である。地方都市の高校に通う17歳の生徒たち数人の姿をとらえた学園ドラマ風の滑り出しだが、次第に登場人物の個性が鮮やかに描き分けられていき、見ごたえのある青春映画に仕上がっている。
主人公の修司(岡田義徳)は同級生の浩之(草野康太)に対し、特別な好意を持っている。男同士の友情というよりも、修司にしてみれば恋に似た感情なのだが、相手にそれを口に出して言えない。浩之の方も別に嫌っている様子は見えなかったものの、あくまで親友として付き合ってくれているようだ。
2人と同じクラスに、3カ月前に転校してきた女生徒・果沙音(かさね=浜崎あゆみ)がいた。なかなか友人ができず、同級生の中で孤立していたが、転校前に彼女の体験した忌まわしいレイプ事件の影響が心の傷となって残っていたことも原因らしかった。そんな果沙音と、自分自身の同性愛的な傾向を周囲に理解してもらえないで悩んでいる修司は、互いに孤独感を抱えた同士で親しくなる。
一方、浩之は果沙音にひかれ始め、どこか寂しげなところがある彼女を抱き締めようとして逆に動揺させてしまう。映画の前半で修司と浩之の間に割って入り、無邪気に動き回るひょうきんな同級生(山口耕史)など、他の数人の男女高校生たちを含めた群像劇に見えたものが、こんな具合に途中から少年2人と少女1人の心の動きを軸にした物語に変化する。単純な三角関係というよりも“3つどもえ”と表現した方が適切な形の人間ドラマに絞られ、次第に緊迫感を増していくのである。
終盤にダイナミックな動きをみせるカメラワークが圧巻だ。夏休みに海辺の町に滞在している果沙音のところへ、修司と浩之の2人が訪ねて行く場面あたりから盛り上がって、砂浜のシーンで頂点に達する映画的感興の高まり方は特筆に値する。2時間9分。(森本和延)1996年4月20日(日本経済新聞)
アトランタ五輪委 聖火リレーコース ゲイ批判の郡外す【ニューヨーク=小仲秀幸】27日に米ロサンゼルスをスタートするアトランタ五輪の聖火リレーで、米アトランタ五輪組織委員会は19日、同性愛者(ゲイ)に批判的な立場をとっているアトランタ市近郊のコッブ郡をリレーコースから外すことを決めた。
現地からの報道によると、同郡は3年前に「ゲイ社会のライフスタイルは郡の道徳的規範とあわない」とした行政上の決議を採択。リレーコース選定ではゲイ団体の関係者が「もしリレーが同郡を通過するなら、全米のリレーをデモ行進などで妨害する」と同委員会などに抗議していた。
コッブ郡は当初バレーボールの会場候補地にもあがっていたが、同様の問題で94年に他地区に変更された経緯がある。
コース変更をめぐって同委員会は「我々の目的は魅力的で記念に残るリレーを実施することであり、他の問題で混乱を招きたくない」と困惑の表情だ。1996年5月4日(読売新聞)
厚生省監修のエイズ症例集 外れてた“第1号患者” 班員も「極めて不自然」
『最重要』のはずだった同性愛者 編集段階で『患者じゃない』と認識?厚生省が1988年に監修したエイズ症例集から、日本で初めてエイズと認定された男性同性愛者の症例が外れていたことが、3日までに分かった。関係者からは「最も重要な症例が外れているのはおかしい」と指摘する声も出ており、薬害エイズの大きななぞとされる「第1号患者」をめぐる疑惑は、一層深まってきた。
問題の症例集のタイトルは「日本のエイズ症例」。エイズの診療体制の向上を目的に厚生省感染症対策室が監修し、財団法人「日本公衆衛生協会」から88年1月に出版された。
同省エイズサーベイランス委員会が87年春までにエイズと認定した約40症例のうち、血友病患者17例、男性同性愛者8例(外国人1例を含む)、その他5例(同3例を含む)の計30例の症状やその経過などが記されている。
それぞれの担当医の報告書を、当時、サーベイランス委員長だった塩川優一・順天堂大名誉教授が中心となってまとめたが、85年3月に日本で初めて認定された「第1号患者」の男性同性愛者の症例が、なぜか除外されている。
この「第1号患者」はもともと順天堂大で見つかったケースで、米国から一時帰国していた男性同性愛者が85年1月に受診、担当医が「エイズまたはプレエイズ(エイズを発症する前の段階)が疑われる症例」として、サーベイランス委員会の前身である同省エイズ調査検討委員会(塩川委員長)に報告。初の患者と認定された。
最近になって、当時この患者が、エイズ診断の前提となる重症な日和見感染症(免疫力低下に伴う感染症)が見られない、エイズ特有の症状が発症する前の感染者に過ぎないことが関係者の証言で判明したが、厚生省は国会の追及などに対し、あくまで発症患者だったと主張している。
症例集に「第1号患者」が含まれていないことについて、当時の同省エイズ研究班員の1人は「なるべく多くの症例を載せようという話だった。なぜ最も重要な症例が外されたのか、極めて不自然。編集段階でエイズ患者ではないと認識したのだろうか」と首をかしげる。
一方、83年7月の段階ですでに、エイズが疑われた血友病患者の症例が同省エイズ研究班で検討されたが、塩川氏らの反対で認定は見送られた。結局、男性同性愛者を「第1号患者」とした2カ月後に、この血友病患者はエイズと認められている。
問題の症例集では、この一度は見送られた血友病の症例が最初に記載されている。
認定に関する不可解な経緯については、先月の参院厚生委員会に参考人として出席した元研究班班長の松田重三・帝京大助教授は「(血友病患者の症例が)認定されると国内の製薬メーカーが大打撃を受ける。厚生省上層部が圧力をかけたことは想像に難くない」と指摘した。
今回明らかになった“症例集外し”について、東京HIV訴訟原告弁護団事務局次長は「だれもがエイズ患者と認定できる症例ではなかったので、詳細な患者のデータを症例集に掲載することができなかったとしか思えない。血友病患者をエイズ第1号と認定することを避けて、あえて同性愛者の患者を認定した厚生省の不可解な動きがますますはっきりしてきた」と語っている。
一方、塩川氏は家人を通じて、「8日の衆院厚生委員会に参考人招致されることになっており、それまで一切ノーコメント」と話している。
また、エイズ第1号と認定された男性同性愛者の患者の主治医は「(第1号症例は)医学的に重要な症例ではなかったので症例集に入れなかった」とし、当時の厚生省担当者は「症例は委員会をつくって、日本の医師の勉強になるものを選んだ。どの症例が国内のエイズ第1号かは問題にもならなかった」としている。1996年6月28日(日本経済新聞)
アトランタで催し、同性愛者らの人権五輪を機会に訴え【アトランタ27日=共同】五輪を機会に同性愛者や性転換者の権利を訴えるキャンペーンが、28日からアトランタで開かれる。30日までの3日間、パレードや講演会、音楽会などの催しがあり、主催者の「アトランタ人権祝福委員会」によると、アトランタ市の人口の半分に当たる20万人以上が参加する見込みという。パレードには競泳金メダリストでアトランタ五輪の水泳競技副責任者を務めるブルース・ヘイズ氏らが参加するという。
1996年7月1日(日本経済新聞)
同性愛者たちが差別撤廃を訴えるパレードが30日同性愛者たちが差別撤廃を訴えるパレード「第1回レズ・ビ・ゲイ プライドマーチ」が30日、札幌市内で行われた。小雨の中、約300人が奇抜なファッションで、すすきのや大通公園を練り歩いた。
東京や京都、仙台などからも参加、身体障害者や在日外国人、女性団体のグループなども加わり、プラカードを手に差別反対を訴えた。国内で、東京以外の都市での同性愛者のパレードは初めてという。
札幌出身で、現在東京で劇団員をしている男性(28)は、「以前は大通公園を歩くにも人目をはばかった。このような運動を通じ、自分たちが堂々と歩ける街になれば」と話していた。1996年7月12日(読売新聞)
エイズ第1号の同性愛者 昨年死亡、主治医認める
10年生存 「誤認定」疑い濃厚 衆院委参考人質疑薬害エイズ問題に関する衆院厚生委員会の参考人招致が12日午前行われ、1985年3月にエイズ第1号患者とされた男性同性愛者の主治医だった松本孝夫・順天堂大助教授(47)と、当時厚生省のエイズ対策の責任者の1人だった野崎貞彦・元保健情報課長(60)(現・日大教授)の2人が出席した。この中で松本助教授は、第1号患者が昨年死亡していたことを公式の場で初めて認めた。エイズを発症した患者が10年間も生きることは考えにくく、エイズ発症前の感染者を「エイズ患者」と認定していた疑いが一層強まってきた。
第1号患者をめぐっては、83年に設置された厚生省エイズ研究班が血友病のエイズ患者の症例について認定を見送り、85年3月になって米国在住の日本人男性同性愛者を第1号として認定。血友病患者のエイズ症例を意図的に隠したのではないかとの疑惑が指摘されていた。
松本氏は、第1号患者の症状について「医学的にはエイズ抗体陽性だったうえ、エイズ関連の疾患を発病していた」と述べた。しかし、当時の診断の手引で複数回行う必要があるとされていたリンパ球検査を1回しか行っていなかったことを認めた上で、「当時エイズ患者の認定は厚生省やエイズ調査検討委員会の責任で、私は情報を提供しただけ」として、認定に関する責任はないことを強調した。
この患者について、今年5月の衆院の参考人招致で、塩川優一・順天堂大名誉教授が、エイズの特有の症状の1つである「消耗性症候群」に該当するとの見解を示していたが、松本氏は「消耗性症候群と思っていない」と述べ、判断の食い違いが鮮明になった。
また、松本氏によると、感染の懸念を抱いたこの患者が一時帰国中に順天堂大を訪れたと説明したが、患者は診察後すぐに米国に戻っており、肝心の感染告知は米国にいる患者に電話で行うという異例のものだったことも明らかにした。
さらに、この患者について「昨年亡くなったとの情報を得ている」と述べた。
一方、野崎氏は84年11月、京都大で開かれた厚生省の「輸血後感染症研究班」の会議で栗村敬・鳥取大教授(当時)が国内の血友病患者22人中4人が「抗体陽性」となった報告について、部下から報告を受けたとしたうえで、「(患者たちが)エイズウイルスに感染していると認識していた」と認めた。
しかし、この検査結果を公表しなかったのは、「検査方法が未完成だったため」と説明した。検査法が完成したのは翌12月とし、85年3月に、栗村教授らから正式報告を受け、血友病患者163人中47人が「抗体陽性」である検査結果をエイズ調査検討委員会に報告するとともに、公表したと述べた。1996年7月14日(日本経済新聞)
フーコーをとらえ直す──生涯と思想の生成過程追う20世紀後半のフランスを代表する哲学者、ミシェル・フーコー(1926−84)の思想を平易に説いた入門書が相次ぎ刊行された。中山元著『フーコー入門』(ちくま新書)、桜井哲夫著『フーコー−知と権力』(講談社)の2冊は、フーコーの思想をとらえ直すヒントを与えてくれる。
フーコーといえば「アルケオロジー」「ディスクール」といった独自の用語、概念が飛び交う難解な思想家といったイメージが強かった。また、思想の変遷が全体像を見えにくくしてきたのも事実だ。それに対しこの2冊は、フーコーの全体像を一本筋の通ったものとして描き直す。
『フーコー入門』は『狂気の歴史』『言葉と物』など、ほぼ年代順に主要な業績を解読しながら、表面的な思想の変遷の影に隠れていた一貫したものを解き明かそうとする。中山氏は「フーコーの考えに付き合いながら、現代に生き、思考することの意味を探った」という。
中山氏はフーコーの思考の軌跡に「知」「権力」「主体」という3つの柱を見いだす。「知」や「権力」の起源を問うていくと、我々が自明の真理と信じていたものが、歴史的な根拠からつくり上げられたに過ぎないことが明らかになる。この問いは問いを発する「主体」の根拠のあいまいさをも照らし出す。
例えば権力論。まず『狂気の歴史』(1961)において「正常」と「非理性」を弁別し、「非理性」を抑圧する17−18世紀医学の政治性を暴く。その思考が、『監視と処罰』(1975)では権力は抑圧するだけでなく、服従する主体をつくりだす機能を持つという発見に至る。自ら服従するという形で人々に内面化された権力は、『知への意志』(1976)で、互いが互いを監視し差別する現代社会の成り立ちと関連付けられる。
暗い認識ではある。だが、そういった構造はたかだか近代がつくり出したものに過ぎず、普遍的なものではない。つまりいくらでも変えようがあるというのがフーコーの言いたかったことだ。中山氏はいう。「フーコーの特徴は、自身の認識を、思考のツール(道具)として提示したことだ。そして彼が生涯をかけて追究したのは自らの思想を生きようという倫理だった」。
『フーコー』はそのような思想を生き続けた人物の、生涯と思想の生成過程に迫る。エイズによるその死と、同性愛者である自身の存在に悩み続けた揚げ句、晩年にたどりついた朋友(ほうゆう)愛(アミティエ)概念の解説からこの評伝は説き起こされる。桜井氏は「文学論的な記述を排し、『著書は自伝の一部だ』と語ったフーコーの個人的な苦悩の意味を探った」という。
出生から始まり、規律に縛られた高等中学校時代の寄宿舎生活、高等師範学校時代に繰り返した自殺未遂事件などといった前半生は後の思想家がいかに形成されていくかを知るうえで興味深い。科学史や科学哲学、構造主義からの影響なども解き、テキスト読解が中心だった従来の「フーコー学」に欠けていた「人間フーコー」を丁寧に描く。
桜井氏は「なぜつらい寄宿舎生活に絶えねばならないのか、なぜ自分は同性愛者として差別されなければならないのか、といった素朴な疑問を生涯失わず、格闘し続けたのがフーコーだった」という。
「だが、そういった苦悩が近代の歴史的産物に過ぎないことがわかったときに、フーコーは自由を獲得した」。そして到達したのが、近代社会が個人を孤立させることでずたずたにしてきた共同体を再び取り戻す朋友愛の視点だった。
フーコーは、絶対的な真理などどこにもないことを喝破した。現在の「イデオロギー以後」の世界を予言していたともいえる。その状態を、寄る辺なき不安と取るのではなく、いかようにでもつくり替えられる豊じょうな大地ととらえたとき、海図なき未来を生きるためのツールとしてフーコーの思想が生きてくる。(文化部 堤篤史)1996年7月24日(日本経済新聞)
サーベイランス委、患者1号など再判定へ
85年当時の基準で厚生省エイズサーベイランス委員会は23日、国内のエイズ患者第1号認定に絡む疑惑を解明するため、当時の認定作業を見直すことを決めた。薬害エイズの国会審議で、血友病患者の症例を意図的に隠すために男性同性愛者が第1号に仕立て上げられたとの疑いが出てきたため。今後、早急に関係資料を収集、当時の判断基準に従って再判定する。
見直しの対象になる第1号症例は米国から一時帰国して85年1月に順天堂大学病院で診察を受けた男性同性愛患者。ただ、残された資料からこの症例だけを検討しても「結論を出すのは難しい」(山崎委員長)ため、認定作業を担当した同省エイズ調査検討委員会が取り上げた複数の症例や論文など全体を再評価。第1号の認定作業が適正だったかどうかを、当時の診断基準に照らして調べる。
一方、同委員会に今年の5、6月に全国の医療機関などから新たに報告があったエイズ患者とエイズウイルス(HIV)感染者の合計(血液製剤による患者、感染者は除く)は92人に上った。新たに委員会に報告された92人は前回報告(3、4月分)に比べ20人減少。内訳は日本人57人、外国人35人。日本人のうち47人が国内での感染で、国内での性的接触が主な感染経路になる傾向が依然として続いている。1996年9月25日(日本経済新聞)
「エイズ1号認定妥当」 厚生省委見解
85年の同性愛者、順天堂大症例日本のエイズ患者第1号認定をめぐる問題で、厚生省エイズサーベイランス委員会(山崎修道委員長)は24日、同委の前身であるエイズ調査検討委員会が85年3月に順天堂大の同性愛者を1号患者としたのは「当時の判断としては妥当」との見解をまとめ、発表した。順天堂大症例をめぐっては、血友病のエイズ患者発生を隠すための“でっちあげ”ではないかとの疑惑が出ていたが、それを否定した形となった。
この問題をめぐっては、順天堂大症例認定後の85年5月に認定された帝京大の血友病患者の症例(帝京大症例)について、「認定遅れ」を疑問視する見方が出ている。
この日のサーベイランス委は、調査検討委が85年2、3、5月に検討した7症例について、当時の診断基準にのっとり、再検討した。その結果、順天堂大症例と帝京大症例を含む3例について、「当時『エイズである疑いが極めて濃い』と判断されたことは、妥当」との結論に達したという。
山崎委員長は順天堂大、帝京大の両症例について、「発症は帝京大のほうが古いが、エイズ調査検討委に報告され、検討された順序では、順天堂大症例のほうが2カ月早い」と指摘。「報告された順で認定するのが世界的なやり方。帝京大から報告されていれば、帝京大症例が1号になった」として、当時、順天堂大症例が1号となったのはやむを得ないとの考えを示した。
ただ、帝京大症例をめぐっては、認定の約2年前の83年、厚生省のエイズ研究班が認定を見送った経緯がある。しかし、サーベイランス委員会ではエイズ研究班の見送りの是非については検討を加えず、血友病患者隠しの有無については、なお疑問を残した。
同省エイズ結核感染症課の岩尾総一郎課長は、エイズ研究班の帝京大症例未認定について検討しなかった理由について「(今回の再検討は)順天堂大症例を見直せという国会での指摘を受けて調査したこと」として帝京大症例見直しの指示がなかったためだとした。1996年10月26日(日本経済新聞)
英国国教会、同性愛教徒で揺れる 記念礼拝巡り分裂の危機【ロンドン25日=欧州総局】英国国教会が同性愛問題で揺れている。キリスト教徒の同性愛者で組織する「同性愛キリスト教徒運動」がロンドンの教会で来月予定している発足20周年記念礼拝を巡り、支持派と反対派の意見が衝突。信者の間では「教会分裂も」との声が聞かれる。
論争の発端は牧師の妻で小説家のアン・ワトキンズさんの同礼拝批判。今月初め、ラジオ番組で「聖書に基づき同性愛行為は罪とすべきだ」と述べた。国教会内の保守派団体「リフォーム」も「礼拝を中止しなければ献金凍結の可能性もある」と本部に警告。「同性愛行為に反対する主教が国内にいなければ外国から招く」との姿勢を示した。
教会内にはもともと対立の根があった。主教、牧師、信者で構成する運営委員会は87年、同性愛行為に反対する公式姿勢を打ち出している。だが、91年に44人の主教が「一般信者間の同性愛行為は関係が誠実なら受け入れる」と独自に声明。同性愛を公言する聖職者が現れたり、「同性愛の罪悪視は時代遅れ」との声も出て混乱した。
同性愛キリスト教徒運動は礼拝と同じ11月16日、米国で同性愛者を聖職に就けて批判されたライター元主教を招き、「聖書と同性愛」などのシンポジウムを開く予定。一方、リフォームなど反対派は当日、各教会で祈祷(きとう)会を開く方針。英国国教会は女性聖職者を認めた九四年に続き、再び分裂の危機にさらされている。1997年2月8日(朝日新聞)
米社会を映す、同性愛の歴史
映画「セルロイド・クローゼット」映画100年の歴史で、同性愛はどう扱われたか。わけてもハリウッド映画は、いかにゲイやレズビアンを描いてきたのか。いわば日陰の映画史として、これは貴重なドキュメンタリー作品である。
映画史家ヴィト・ルッソの同名の研究書をもとに、ロブ・エプスタインとジェフリー・フリードマンが共同で演出に当たっている。
引用される作品の数がおびただしい。1895年エジソン社製作のフィルムから、1993年の「フィラデルフィア」まで120本に及ぶ。
インタビューに応じる顔ぶれがまた、半端じゃない。トム・ハンクス、ウーピー・ゴールドバーグらのスターのほかに脚本家や監督ら。
ここで明かされる映画史は実に興味深い。
草創期には、同性愛者は笑いの対象にすぎなかった。3、40年代の黄金期には、それとなくほのめかすだけだった。あるいは友情という形で隠された。
価値観や生活様式の激変した6、70年代でも同性愛者はエイリアンだった。悪玉か弱者だった。「噂の2人」のように<魔女狩り>の犠牲になったりした。作家は「ベン・ハー」のように、ひそかなたくらみを仕掛けるのがせいぜいだった。
そして現代。ハリウッドは変わりつつある。しかし、いまだに同性愛と正面から向かい合うことはしていない。
映画は社会の鏡である。この作品がおのずと米社会の同性愛に対する差別と偏見の歴史になっていることは言うまでもなかろう。
映画は社会変容の道具でもある。この作品は、映画の影響力、作り手の姿勢について考えさせずにおかない。
といって、これは、したり顔のこわばった映画ではない。ユーモアもふんだんに、すこぶる面白く見せてくれる。(秋山 登)1997年6月19日(日本経済新聞)
「同性愛者びいき」ディズニーに抗議 米の新教宗派団体全米におよそ1600万人のメンバーがいる新教宗派団体、南部バプティスト会議(SBC)は、「同性愛者に過度に友好的な姿勢を示している」との理由から米ウォルト・ディズニーに対して抗議運動する。テーマパークや映画などを含む同社関連の商品のボイコットや、傘下のABCテレビやCATV番組などを視聴しないよう呼びかける。
ディズニー側はボイコットの影響に関するコメントを避けているが「恥ずべき点はなく、事業方針を変える計画はない」としている。
SBCはディズニーが同性愛従業員に対して「配偶者医療保険」適用を認めているほか、同性愛者団体がディズニーランドを借り切って「ゲイデー」開催を決めたことを問題視した。また、ABCテレビが自称ゲイの女優を起用して同性愛をテーマとする番組を放送したことなどを取り上げ、「反キリスト教」「反家族」のメッセージを大衆に送っていると非難している。(ロサンゼルス支局)1997年7月20日(朝日新聞)
同性愛“授業” カップル招いた公立中
[話聞く前]よくない、本当なの?
[聞いた後]差別・偏見はおかしい山口県の公立中学校で、性教育の一環として、男性同性愛者のカップルを招いて話を聞く試みが、このほどあった。2人は、同性愛者であることに悩んだ自らの体験をもとに、同性愛を人権の視点からとらえる動きが世界的に広がっていることを説明し、「正しい知識を得て差別・偏見をなくしてほしい」と呼びかけた。生徒たちの反応も、「ホモ」や「レズ」と呼んでからかいの対象ととらえがちだった同性愛者について、「私たちと変わらない」「心を傷つけていたことがわかった」などと素直に受けとめていた。
徳山市菊川中(福田隆登校長)で、2、3年生170人と父母が聴衆。5年前から性教育に取り組み、エイズ教育などを取り上げてきたが、資料などだけでなく直接話を聞こうと招いた。
講演したのは、千葉大非常勤講師(教育学)の伊藤悟さん(43)とフリーライター梁瀬竜太さん(34)。1年半前に共著「男と男の恋愛ノート」(太郎次郎社)を出版、最近も「同性愛の基礎知識」(あゆみ出版)を出した。同性愛者差別の解消を目指し、一般向けや、首都圏の4高校でも講演した。
まず伊藤さんが、生徒たちが同性愛に対して抱く悪いイメージを、事前のアンケートをもとに列挙した。「最悪、最低、よくない、気味悪い、かかわりたくない……」
会場の講堂がざわめく。「そして『信じられない。本当にいるのか』というのもありました──今、ここに、います」。笑い声が起きた。
同性愛者は「少なく見積もっても人口の3%、多く見積もると10%いる、といわれます。この学校にいてもおかしくない、ということです」。生徒は真剣に聴き入る。
次いで、なぜ人は人を好きになるのか──。「まだその理由はわかっていません。はっきりしているのは、気持ちが同性に向くか、異性に向くか、それとも両方に向くか。『性的指向』と呼びますが、自分ではなかなかコントロールできないものなんです」
伊藤さんは「同性愛は病気ではない」と強調した。自分が同性愛者だと気付いたときの耐え難い自己否定感は、「同性愛=異常」という思い込みと世間のあざけりが生み出した、と思うからだ。
人に知られまいと、時には寝言の中身まで心配したなど、同性愛者であることを隠し続けるのがいかに大変かを語り、さらに「自分で自分を笑うつらさ」を説いた。
「友人がだれかのことを『ホモだ』と笑ったとき、むっつりしていたり、『笑うなんておかしい』と言ったりすれば、『お前ホモなんじゃないか』と言われてしまう」
そして同性愛を「人権」からとらえる視点を紹介。5月に制定された南アフリカ共和国憲法で「性的指向によって人を差別してはいけない」という条項が織り込まれたことを説明した。
世界的な動向としては、アメリカで始まった解放運動を契機に、この20年余り同性愛者の地位は大きく向上し、北欧などでは同性の結婚も認められている。また、日本でも同性愛者の団体がいくつか生まれ、東京都府中市の公的施設を利用する権利をめぐって、いったん同性愛者の主張を認める判決が出て、現在控訴審が開かれている。
2人で1時間の講演後、生徒たちは感想を書いた。「同性愛は認めたくない」という生徒もまだいた。一方で、その中でも「最低、という気持ちが薄れてきた」など前向きの反応が目立った。
総じて多いのは、差別はおかしい、同性愛者の大変さがわかった、というもの。
「『最悪』と同性愛の人の気持ちを傷つけていた私の方が最悪だなあ」「2人は堂々としていて、同性愛はおかしなことではないと気付かせてくれた」などに交じって、「人がだれかのことを思うのはとても大切だと思った」との感想もあった。生徒たちが性を考えていく上で、きっかけのひとつになると受け止めていることをうかがわせた。
福田校長は「性教育を通して命の大切さ、人権の大切さを理解したい」と話す。多様な性を尊重する教育が重要
教師を中心に3000人を超す会員をもつ“人間と性”教育研究協議会の山本直英代表幹事の話 同性愛者のカップルが公立中学で話をするのは初めてではないか。同性愛について、学校の性教育では全くといっていいほど教えられていないのが現状だ。それぞれの多様な性のあり方を尊重する性教育は、これから一層重要になるでしょう。
1997年9月16日(朝日新聞)
同性愛者団体の宿泊拒否 高裁も「違法」の判決
府中青年の家「同性愛者の団体であることを理由に、宿泊を認めないのは施設利用権の侵害だ」として、「動くゲイとレズビアンの会」が、「東京都府青年の家」を管理する都に約440万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は16日、1審に続いて都の処分を違法とする判決を言い渡した。矢崎秀一裁判長は「都の運用では、結果として同性愛者の利用を一切拒否することになり、不当な差別的取り扱いにあたる」と述べたが、賠償額は1審よりも10万円減らして約17万円とした。
「青少年の健全な育成」を目的に設置された青年の家では、「性的行為の行われるおそれ」を理由に、男女が同じ部屋に宿泊することを認めていない。裁判では、同性愛者を男女と同列に扱うことの当否が争われた。
東京高裁は、「男女別室の原則をそのまま適用すると、同性愛者は多数の個室を持たない青年の家の施設を全く利用できなくなってしまい、著しい不利益を被る」と指摘。そもそもこの原則が守られるかどうかは、利用者の自覚に期待するしかなく、同性愛者の利用権を奪ってまで貫徹されなければならないものではない、とした。
そのうえで、判決は「行政当局は、少数者である同性愛者に対しても、無関心であったり、正確な知識がなかったりすることは許されない」と都の過失を認めた。1997年9月26日(毎日新聞)
同性愛団体宿泊訴訟 都教委は上告せず同性愛者団体が「都府中青年の家」(府中市)に宿泊するのを拒否したのは違法、とした16日の東京高裁判決について、都教育委員会は25日、上告しないことを決めた。
訴えていたのは「動くゲイとレズビアンの会」(中野区)。高裁判決は宿泊拒否は「同性愛者の利用権を不当に制限するもの」とし、都に約17万円の支払いを命じた。都教委は「民事訴訟法で決められている上告理由が憲法解釈の誤りなど限定されており、判決に照らすと上告は難しい」と判断した。
同会はこの日、都庁で記者会見し、「今後、都には青年の家の宿泊だけでなく、教育面全般での同性愛者に対するサポートを考えてほしい」と話した。1997年10月2日(毎日新聞)
ナチ迫害、同性愛者の悲劇を映画化「ベント」
ショーン・マサイアス監督に聞くナチスドイツで迫害された同性愛者の悲劇を映画化した「ベント−堕ちた饗宴−」が4日から東京・恵比寿ガーデンシネマで公開される。「ベント」は舞台劇として世界各国で上演されてきた。日本では昨年パルコ劇場で、役所広司主演で上演されている。映画はクライブ・オーウェン、ミック・ジャガーらが出演。怠惰な生活を送っていたホモセクシュアルの男性が、強制収容所に送られ、地獄のような体験をする。ショーン・マサイアス監督に聞いた。
監督は脚本家、舞台演出家として知られており、映画はこれが初監督。
「私は1990年に英国ナショナル・シアターで、『ベント』の演出をした。映画化の話はほかにもいろいろあったそうだが、アメリカの製作者がボクならば、ということで監督を引き受けることになった。自分自身ではあまり自信がなかったし、ボクがやるのでは金が集まるかも心配だった」
いかにも舞台関係者らしく優雅な身のこなしだ。
「ナチスドイツでは、同性愛者は収容所でピンクのマークを付けられ、あらゆる収容者の中でも最下位の扱いを受けていた。大体600万人のユダヤ人が殺され、同じぐらいの数の少数民族が殺されただろうという推測もある。相当な数の同性愛者が犠牲になったのだろうが、実態はわからない。記録されていない抑留所もあったようだ。もちろん資料は調べたが、最初からドキュメンタリーのようにはしたくなかった。イマジネーションのあるドラマにしたかった。歴史よりも現在の社会でも起こっていることとして、とらえてみたかった」と話す。
「今でも英米で差別がある。南アフリカだけが憲法で同等とうたっている」と、わりに強い口調で言うから、「差別反対の運動をしているのですか」と聞いてみた。「ボクは政治家じゃない。芸術家だよ」と一蹴された。
「ナチの時代、ピンクトライアングル(同性愛者)が非人間的に扱われていたこと、それにお互いの精神的なつながりを訴えたかった。心理的にあたかも強制収容所にいるようなつもりで、ずっと撮影していたので、気がめいって仕方がなかったよ」と、最後はリラックスした表情で答えていた。【野島孝一】1997年10月7日(朝日新聞)
「ベント」を映画化、マサイアス監督に聞く
同性愛者弾圧史に光1979年のロンドン初演以来、世界各地で繰り返し上演されてきた舞台劇「ベント」が映画化された。ナチスによる同性愛者弾圧という知られざる歴史に光を当て、人間の尊厳を問う。監督は、舞台演出家のショーン・マサイアス。「人間の残酷さ、愛の力の強さといった主題は、時代や国境を超えて意味を持つ。映画化によって、より多くの人とこの作品を共有したい」と話す。
ナチ政権下の弾圧というとホロコーストを思い浮かべるが、強制収容所に送り込まれたのは、ユダヤ人だけではなかった。政治犯や亡命者らが「劣性分子」とされ、それぞれ異なる目印の囚人服を着せられ、迫害を受けた。なかでも最下等扱いされたのが、ピンクの三角形が目印の同性愛者。数万人が収容所で死んだとされるが、戦後も残る偏見のため、実態究明は進んでいない。
マーティン・シャーマンの戯曲「ベント」は、この悲劇を告発した作品。同性愛者であることを隠すため少女をレイプし、ユダヤ人の目印の黄色い星を手に入れたマックスと、ピンクの三角形を隠さなかったホルスト。収容所で出会った2人の極限状況での愛の姿を描く。
「ナチスの同性愛者迫害の事実をこの作品で知った人は多い。各地で上演され、反響を呼んだ一方で、ナチの被害者から『ゲイと一緒にするな』という反発も起きた。虐げられた者が、さらに別の弱い者を踏みにじろうとする。作品で描かれた差別や偏見の構図が今も残っていることを図らずも示す形となったのです」とマサイアス監督は語る。
演出家として英国ナショナルシアターでこの作品を手がけた。原作のシャーマンの希望で映画版の監督にも選ばれたが、「歴史ある戯曲をどう料理するか、本当に悩んだ」。新機軸は狙わず、舞台での蓄積を生かすことにした。美術も俳優も舞台でなじみの人々。シャーマンを交えて1カ月間のワークショップで映画用に再構築し、さらに2週間のリハーサルを重ね、撮影に臨んだ。
一切の自由を奪われたマックスとホルストが言葉だけで愛を交わす場面が、強い印象を残す。想像力、プライド、愛情。人間の内面世界の豊かさこそが、生きる武器となることを伝える。
「捕らわれの身となって、マックスは初めて自分と向き合い、本当の愛を知る。私も自分が同性愛者だと打ち明けるのに悩んだ時期があっただけに、この作品から多くのことを学んだ。自分らしく生きることの大切さ、それを阻む抑圧の恐ろしさを考えてもらえればうれしい」
映画「ベント−堕ちた饗宴−」は東京・恵比寿ガーデンシネマで上映中。1997年11月10日(中日新聞)
同性愛者集会 現職として初の演説
クリントン大統領に賛否渦巻く【ワシントン8日立尾良二】クリントン米大統領は8日夜、ワシントンで開かれた全米最大の同性愛団体の資金集めパーティーに出席し、現職大統領として史上初めて公開で演説した。同性愛団体の政治的影響力が強まる中、会場前ではキリスト教団体などが抗議運動をし、賛否両論が渦巻いた。
クリントン大統領は「宗教や人種、性の好みなどによって差別するのは間違いであり、違法行為だ」「情熱や誠実さ、才能をこそ重視して、独断的な差別はやめよう」と演説し、同性愛者を職場差別から守る法律制定を議会に促した。
主催者の「人権キャンペーン」(会員20万人)のエリザベス・バーチ代表は、大統領の演説について「米国人はすべて平等という夢を夢を強く確約するものだ」と評価。故トルーマン大統領が全国黒人向上協会で初めて演説した後、黒人団体の政治参加が一般的になったように、同性愛者はクリントン大統領の演説を“歴史的偉業”とみている。
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