不幸のエセ科学



ほとんどの科学というものは、一般大衆はもとより圧倒的多数の現場の科学者が無批判的に受け入れている考え方の上に建っている建造物に、もうひとつ付け加えられた煉瓦(れんが)程度のものにすぎないのである。自然科学においては、ある種の十分に定義された実験的・客観的な環境が満たされねばならないのだが、それゆえ、これらの科学には少なくともある種の内部整合性がある。だが、いわゆる社会「科学」の分野では、こうした要請さえも存在しないから、神話と幻想で巨大構造物を構築することが可能であり、それがダマされやすい一般大衆の前に〈真理〉だとして通用させられることになる。

─オマール・アリ医学博士


世界には「根拠」というものがない。生きることにすら「意味」はない。人間はこの上もなく不安なものだから、およそ根拠のないところに「根拠」を構築し、意味のないところに「意味」を付与しようとする。かくして虚構としての“物語”はデッチあげられる──

とまア、とかく人間というのはダマされやすいんですネ。裏返せば、人をダマすのはあっけないくらい簡単というわけでもあるんですが。まったく根拠のないウソやデタラメを、さももっともらしく「真理」であるかのように“科学的”だの“常識的(定説)”だのと理論武装し、「権威」や「名声」ある学者がホラを吹いたりすれば、もういけません。ホントかウソかも判断できず、やみくもに信じかねない。で、ダマされないようにするためには先入観などいっさい捨て、すべてを疑ってかかることが肝腎です。たとえそれが「権威」や「名声」ある科学者の学説であろうと、根拠のないものは別に信用しなくてかまわない。うっかり過信せず冷徹な判断で「事の本質」をとらまえてほしいと思う。かのヴォルテールも言ってんですから──「物事を疑うのは愉快ではないが、信じるのは馬鹿げている!」とネ。

Mr.マリックの「超魔術」ははたして超能力なのかマジックなのか、という真贋論争がかつてありました。たとえ「タバコが硬貨を貫通するところをこの目で見た」、だから「確かに超能力だ」と断言されても、タネがバレないようにうまく見せるのがプロのマジシャンのテクニックでもあるのだから、目があっても節穴同然ではどうしようもない。ちなみに、この手品はマジックショップで容易に手に入れることができます(※注1)。ではダマされないためにはどうすればよいか──それにはトリックを見破ればよい。

ま、Mr.マリック(本名:松尾昭)の履歴にはしっかりと「日本奇術協会会員」とうたってあるので信じる人はあまりいないだろうけど、これが世界的に有名なユリ・ゲラーともなるとチト様相が変わってくる。ユリ・ゲラーがよくやる、スプーンを曲げたり壊れた時計を動かすといった“超能力”はつまるところトリックであって、彼の正体も結局のところイカサマ師でしかない(※注2)。そんな人物が世間の目をあざむき“活躍”できる背景には、ナント科学者が大きな役割を果たしてくれているのである。というのも、ユリ・ゲラー参加のもとカリフォルニア州スタンフォード研究所が“科学的な”超能力実験をおこない、すぐさま「彼の超能力は実験結果からホンモノであると実証された」とあっさり認めてしまったからだ。こういうことからも安易に科学者を信用してはいけません。科学者でさえ過ちはあるし、学会で認められたいという功名心や大企業・政府からのカネほしさに実験データを偽造したりデッチあげもやったりする。そんなエセ科学者・御用学者にはくれぐれも惑わされぬよう。

そう言えば、世界には“三大エセ科学”というのがあるそうです。カール・ポッパーという科学者によれば「マルクス主義」「精神分析」「占星術」がそれにあたるそうで、言われてみればそんな気もしないことはない。「マルクス共産主義」は旧ソ連の崩壊が何より物語ってるし、コカイン常習者だったフロイトの「精神分析学」はデタラメもいいところで、ほとんど“新興宗教”の世界に近いといってもいいのでは? 精神分析をやってる学者のなかには「占星術」を取り入れてる人もけっこう多いと聞く。けど、日本でも状況は似たり寄ったりで、「血液型性格判断」というハッタリが世間でまかり通っているご時世だ。私はこういうエセ科学を全然受け入れないし、こんなデマかせを平気でぺらぺら口にして、何とも思わないヤツの気がしれない。これってけっこうヤバイ信仰の世界だと思うしネ。確か日本大学の大村政男教授(心理学)が、「血液型性格判断」には3つのトリックが隠されているとして「ラベリング効果」「インプリンティング効果」「フリーサイズ効果」というのをかかげ、その根拠のなさを明白なまでに暴露してくれました。さすが科学者の良識ですネ。

さて本題に入りましょうか。カリフォルニア州ソーク研究所(さっきも似たような研究所を紹介したなア)の神経学者サイモン・ルベイというお人が、さる『サイエンス』誌上で同性愛に関する新学説を発表した。なんでも「同性愛者19人を含むエイズで亡くなった41人の死体の脳を解剖した結果、視床下部にある神経核が、同性愛の男性は異性愛の男性の半分以下(つまり女性の持つ神経核と同じ大きさ)か、ほとんど消えている」ことが新たに発見されたのだという。

『ニューズウィーク』誌上でもこの新説が大々的に取り上げられたけど、ところでこの『ニューズウィーク』誌、原書と日本版とでは表紙のニュアンスがいくぶん異なる。どちらも赤ん坊が目をこちらに向けてジッと見つめるという顔写真のアップでそこは変わりないのだが、コピーの文面が前者は「この子はもしかするとゲイ?」とあり、で後者は「同性愛の科学」となってる。ホントこの見事な対訳には感心しちゃったナ。

それはさておき、このルベイの学説をどう見るかなんだが、こういった学説が一時期発表されると、まるで「それみたことか!」と勝ち誇ったように高い評価をくだし、とたんに自分の業績ででもあるかのように世間に主張する人間が少なからず出てくるものです。ホラいるでしょ、「権威」ある名誉教授でサルの学問に大変お詳しい…あの方ですネ(※注2)。もちろん私は、こういった正当な根拠なきシロモノはまったく信用してません。少なくとも「科学的な態度」をもつ理知的な人間であるなら、「他人の追試によって検証・確認されないかぎり、その学説を認知することはできない」し、また「むやみに決して認知してはいけない」のです。科学界におけるデータ偽造や研究者の自己欺瞞など不正行為がひんぱんに横行するなかで、まして同性愛の原因が「生物学的要因」にあるなどという根拠さえ不明確なものならなおさらだ。ルベイがゲイであろうと、同性愛差別に“奉仕”するゲイの研究者は決まって存在するし、アパルトヘイトのもと白人側に立って黒人差別をおこなう黒人だっていたわけで、だいたい人間の脳を片手に持ってポーズをとってるような(『ニューズウィーク』誌掲載の写真)無神経な神経学者なんて信用できると思う?

ルベイがセンセーショナルな学説を発表したことでむしろ喜んでいるのは、実は異性愛者たちにほかならない。なぜならこの学説が“証明”したのは「ホモは器官は男性のものだが、脳のそれは女性だった」という、これまでさんざん語られてきた“脳の女性化”を説明したにすぎないからだ。それなのに、インテリ馬鹿の大島清などは、最近の著書で「現代の文明社会は真性ホモを量産する原因となっている」とか「ホモの半数以上は、女脳の持ち主である」とか何とかいい加減なホラばかり吹いててこれでも学者かと、心底疑わざるをえない。つまりルベイの学説は差別を解消するどころか、より助長させるだけで、まさに百害あって一利ナシなのだ。

さらにルベイの学説が同性愛の原因を何も解明できてないのは、大脳生理学でみるように人間の性行動は、「視床下部ではなく大脳によって決定される」ことからもすでに明らかである。また同性愛の原因としてよく引き合いに出されるのが〈遺伝説〉と〈環境説〉。どちらも大して根拠はないが、いまだに根強く信仰されている。

かつて「IQ論争」というナンセンスな対立があって、「知能は遺伝するか、それとも環境に影響されるか」を科学者が大マジメで論じてたりしたんだけど、結局このIQをめぐる論争は、知能テストの悪用によって黒人差別が生み出され、どっちつかずとなってしまった。おそらくこれは同性愛の場合でも大した違いはないと思うヨ。だいたい「同性愛になるかどうかは遺伝的な要因によって決まる」(ルベイ)なんてホラ吹くけどさア、それがもしホントなら、ゲイは子孫繁栄と無縁なわけだから、そういう受け継がない遺伝子があったとしたらとうに自然淘汰されてしまってると、私なんかは“遺伝学的に”思うんだけど実際そうじゃないわけだしネ。ところが今度は「利己的遺伝子」なんてのを持ち出して説明したがるアホもいるからよけい始末に負えない。

いったいそんな研究などから、はたして同性愛に対する差別や偏見はなくなるものだろうか。こういった研究は単にレトリックにすぎないのではないかと私は思う。今後たとえ科学が発達し進展していくにしろ、同性愛の原因を「きっと何か要因があるにちがいない」と思いこみ研究すること自体すでに同性愛差別観を形成している、ということになかなか気づこうとしない。反対にこういった学説を好意的・肯定的にそのままスンナリと受け入れてしまったりする。いわく「同性愛になる原因が精神的な欠陥でなく生物学的な要因であると科学的に解明・立証されれば(同性愛者と異性愛者とは脳の差異により本質的に異なり、その違いもきわめて正常なものだと立証できれば)、異性愛者の理解も得られ、やがては同性愛者に対する差別はなくなるだろう」などと無知まるだしの幻想を抱きたがる。マイノリティ(少数者)に対する差別史観を学べばすぐにでも判りそうなものだが、「皮膚の黒い(醜い)人種がなぜ生まれるのか生物学的に解明・立証されれば、白人の理解も得られ、黒人差別はなくなるだろう」と本気でお思いか? ではそれと同等になぜ「白人の皮膚」は問われないのか? なぜ「異性愛になる原因」は研究されないのか?

実はそういった研究の目的は、ただ黒人を、そして同性愛者をこの世から排除・抹殺し、“生物学的に”生まれ出ないようするためにのみ方向づけられているのではないのか。ドイツの神経内分泌学者ダーナーが、同性愛になる原因を母体のストレスからくる性分化の歪み(ホルモンの異常)と決めつけたとき彼は何をしたか──この説にのっとって同性愛者にホルモン注射をし異性愛者へ転換させようと“治療”をおこなったのである。同じことが遺伝子操作で起こりえないという保証はどこにもないし、現に「同性愛遺伝子」なるものを発見しようとすでに研究されている。かつてのナチスの残虐行為が「優生思想」に基づいて実行された、という事実からあまりにも私たちは何も学んでいない。

何よりも同性愛者に対する差別や偏見をなくすには、「性の対象を除いて同性愛者が全体として異性愛者と異なるという証拠は何一つなく、もちろん同性愛者に精神病理学的な異常所見も、生物学的欠陥をも見出すことはできない」(精神医学者・作田明氏の証言から引用)と、良識ある科学者の正当な批判こそが今如実に求められている。そして科学者でも何でもない私たちにとって理にかなったまっとうな批判は次の一言で事足りる、

「よけいなお世話だ!」

──とまア、とかく人間というのはダマされやすいんですネ。まだまだ私たちにはダマされてることがいっぱいありすぎるほどある。たとえば「ノストラダムスの大予言」や「UFO」。何も予言を適中させたわけではなく、宇宙人や空飛ぶ円盤を自分で目撃したわけでもないのに、周囲(多くはマスメディア)から流布される「予言が当たった」「UFOを見た」といったようなアイマイな情報(ニセ情報)をうのみにして、そのあげく「1999年7の月に人類は滅亡」し、「宇宙人や空飛ぶ円盤は実在する」ものだとすっかり信じこんでしまう。実際ノストラダムスの“予言した”とされるものはただのありふれた四行詩でしかなく、アイマイな詩なので解釈が幾通りも可能となる。そこが研究者につけ入るスキを与え、メシのタネとなる。

また昨年(1991年)、某テレビ番組のなかで「宇宙人の死体」と称してその生々しいカラー写真が取り上げられたことがあった。が、その後ほどなくしてあるUFO研究家の指摘で「あれはロウ人形で作った、アメリカのUFO研究家によるイタズラ写真」と判明している。おそらくもしこういった指摘がなければ、これを見た人たちの多くが結局ダマされたままとなってしまっただろう。ま、これに一役買ってるのがUFOスペシャル番組でおなじみの矢追純一(この人、ユリ・ゲラーを紹介した人でもあるんだけど)なる人物でペテン師もいいところですから、この人の出る番組や著書は絶対信用しないでおきましょう。

この程度ならダマされたとしてもまだ何とかなるが、これがダマされて生命に危険が及ぶとなると私たちも黙って見すごすわけにはいかなくなる。そのいい例が「原子力発電」。原発なんて危険に決まってるわけなんだけど、それを「石油に代わるエネルギー」だの「クリーンで安全なエネルギー」だのと電力会社や原子力専門家が平気な顔してウソをつく。しかも当人たちには何ら自覚症状がなく、まったく疑問にも思っていない。日本でもしどこかの原発がひとたびチェルノブイリ級の大事故を起こせば(事実、事故が起こる可能性は高いけれども)、それだけで日本人の多くは放射能汚染でガンや白血病にたおれ、やがては日本という国そのものが崩壊する恐れさえある。なのに日本人はダマされていて(知らされないで)何も気づかない。事故が起きて気づけば、時すでに遅し──

どうかくれぐれもダマされて殺されてしまわぬよう、日々気をつけていただきたいと思うわけです。


【1992/04 江原・記】




(※注1)2006年11月16日、「現役マジシャンら4人が、貨幣損傷等取締法違反容疑で逮捕された」とのニュース報道があった。彼らはマジック用のコインを販売するために本物の硬貨に細工を施すなどして“変造硬貨”を作っていたわけだが、その記事にはこうも書かれていた、「500円硬貨などに穴を開け、たばこなどが貫通するようにしたり、指輪のリング部分に縁を削った硬貨をはめ込んだ商品を約6000円で販売していた」。このギミックコイン自体は海外で「シガレット・スルー・コイン」として昔から知られているが、Mr. マリックはそれをあえて日本の硬貨で実演していた。

(※注2)イスラエル出身のマジシャンであるユリ・ゲラーのスプーン曲げを目の前で見せてもらったMr. マリックのコメント──「いやあ驚きましたね、あまりにヘタすぎて(笑)」。同業者として技術の稚拙さを皮肉ったわけだ。今やスプーン曲げのマジックもさらに進化を遂げ(?)、手を触れずにスプーンが勝手に曲がっていくという「形状記憶合金」を利用した新ネタも披露されているようである。

(※注3)サルの生殖生理学の研究分野で高名な大島 清氏(京都大学名誉教授、医学博士)については、たとえば『imidas』(集英社刊、1990年版)における同性愛差別・偏見というものがあった。彼の書いた〈性と社会〉「同性愛(ホモセクシュアル homosexuality)」項目に、「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い」といった記述がみられ、のちに「動くゲイとレズビアンの会(アカー)」からの申し入れによって1994年版でようやく削除され、「同性愛も異性愛も、人間の性のあり方の一つと考えるのが妥当だろう」と書き改められた。
翻って彼の本には同性愛に対する並々ならぬ無知と偏見に根づいた誤った知識ひけらかしが顕著である。およそ不確実な学説をそのまま無批判的に受け入れ紹介する所以であろうが、たとえば彼の著書『ヒトはなぜヒトを愛するのか』(PHP研究所)の第五章「エイズは『ゆがんだ性』への神の警鐘なのか」は糞飯ものだ。同性愛にさも寛容であるかのような書き方をしつつ、同章「ホモはこれからもふえつづけるのか」では臆面もなく「ホモが氾濫する」と書き立てる。このほか、「ホモ人口は、全人口のほぼ一割と相場が決まっていて(中略)そのうち真性のホモはおそらくその一割に満たないだろう」(『脳と性欲』共立出版)だの、「何十人となく相手を変えて、しかも、肛門性交によって、射精快感を得ようとする男のホモ」(『オスはどうして男になったか』筑摩書房)だのといった不正確で無責任きわまりない即断で論じていたりする。
しかるにこの大島 清というヒト、「子供のころに見たオカマの印象がよっぽど強かった」(『ヒトはなぜヒトを愛するのか』)そうだから、一度精神分析医に、幼児体験がのちの精神形成に及ぼす深層心理について診てもらった方がよいのではないかしらん?



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