「事実上の世界標準」というマヤカシ



そのときの彼ら(報道メディア)には、ゲームの質と勝敗とは、基本的に別のものだという認識が欠けていた。勝てば良いプレーだ、というのは誤りなのだ。

─アーセン・ベンゲル(『勝者のエスプリ』)


アップルとマイクロソフトとの提携を伝えるマスコミ報道でよく目についたのが「事実上世界標準の…」(defacto standard)という言い回しである。きわめて政治的な言動であるが、えてしてこういう風に鼓舞されると、それをそのまま鵜呑みにする人がいるから始末に負えない。確かにパソコンの出荷台数にかぎっていえばそれはそうかもしれない。しかし一方で、家庭や学校でのシェア(米国)は依然としてアップルが大きなウェイトを占め、また職業分野別にみても、印刷、出版、デザイン、イラスト、デジタルビデオ編集、音楽、建築、設計、医学、医療分野などではMacintoshが圧倒的なシェアを獲得している。

「事実上世界標準の…」というヤツは当然ながら「世界標準」の側の勢力を利するわけで、そうでない勢力にとっては不利この上ない。しかもこういう無神経な言い方は、これまた当然ながら「世界標準」の側の勢力に立つ人間がよく使いこそすれ、そうでない勢力は絶対に使わないものだ。よく言えば、それは「マジョリティ」と「マイノリティ」が存在するに過ぎず、もしそこで「事実上世界標準の…」と持ち出すならば、それはよほどの無知か、あるいは「マイノリティ」である勢力を貶めたいという何らかの魂胆があるにちがいない。

また「シェアの上ではすでに勝敗は決着している(だから悪いことは言わんからそのうち消えてなくなるMacOSなんかやめて世界標準の方を選択しておいた方が身のためだよ)」とことさらに言いはやす輩がいるのも困ったものだ。たとえばあなたがある車をどうしても欲しかったとしよう。ポルシェでもBMWでもフェラーリでもランボルギーニでも何でもいい。そのときシェアが小さいということが、購入のときにどれだけ意味を持つだろうか? ある車がどうしても欲しければ、シェアなど気にしないのである。シェアがそれほど気になるなら、トヨタ車やニッサン車でもどうぞ、と申し上げたい(笑)。

ほとんどすべてといってもいいが、MacユーザーがMacintosh(Mac OS)を購入する時、シェアを重要視する馬鹿はいない。Macに魅力を感じているからこそMacを買い求めるのである。たとえ「マイノリティ」ではあってもBeOSやNEXTSTEPを選択するユーザーに私は敬意を表するし、シェアの大小ではない、すぐれてデザインがいい、性能がいい、使い勝手がいいと判断したからそれを使うのであって、「事実上世界標準の…」という言い回しは、だからまったくナンセンスというほかない。「マシンの質と勝敗とは、基本的に別のものだ。勝てば良いマシンだ、というのは誤りなのだ」。

そのマシンの真価を知っていれば、何も動じることはないのである。


【1997/09/03 江原・記】




(江原注)アップルCEOのスティーブ・ジョブズが、2004年1月27日付、ITmedia PCUPdateの記事『Mac生誕20周年:スティーブ・ジョブズ氏が語る、Macの「誕生」と「現在」』の中で、マーケット・シェアについて、しごくまっとうな意見を述べているのでそれを紹介しておきたい。
彼はこう切り返している──「もう何年も、メディアとアナリストはマーケットシェアのことばかりに集中してきた。しかし、Macの市場占有率は比較的少ないけれどもAppleは利益を生んでいるし、業界全体に影響を与えるような製品を作り出している。Appleのシェアは、BMWやMercedesやPorcheよりも大きい。BMWやMercedesにどんな問題がある? だから、現在のAppleにはとても満足しているはずだ。われわれも楽しんでる。Appleのユーザーは、わが社の製品をほんとうに気に入ってくれてると思う。それに、われわれはよりよいものにしようと、常に努力している。Appleは業界をリードしているし、今はうまくいっていると思うよ」。



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