ビョークとオノ・ヨーコ



いつか世界が本当に平和になり 「平和」という言葉が忘れられる日を望むわ そのために誰が何をしたかは忘れられてもいい

─オノ・ヨーコ(『ジョン・レノン&オノ・ヨーコ イヤー・オブ・ピース』)


先日、2つの国際現代美術展を見てきた。「エゴフーガル:イスタンブールビエンナーレ東京」(東京オペラシティ・アートギャラリー)と、「横浜トリエンナーレ2001」(パシフィコ横浜&赤レンガ1号倉庫)である。ビエンナーレは2年に1度、トリエンナーレは3年に1度開催される祭典という意味。「イスタンブールビエンナーレ東京」はイスタンブールとの同時開催ということで映像作品が多いのは仕方ないにしても、「横浜トリエンナーレ」で映像作品が多いのには正直言って辟易した。どれも皆退屈な作品ばかりだったから、余計そう思えたのかもしれない。しかしそのなかで感銘を受けた作品もあった。

まず「イスタンブールビエンナーレ東京」の方では、クリス・カニンガムのビデオクリップ作品『Come to Duddy』(1999年)と『All is Full of Love』(1999年)。前者はエイフェックス・ツインの、後者はビョークのビデオクリップなのだが、そのインパクトある映像感覚がラディカルで衝撃的だった。とりわけ、『All is Full of Love』は圧巻だった。

“アイスランドの歌姫”ビョークを初めて知ったのはわりと遅く映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だったから、映画が公開される少し前に作られたこのビデオクリップのことは知らなかった、と知人に話したら、当時テレビではMTVなどでよく放映されていたそうで(つまり話題騒然だった)、うかつにも知らないでいた自分を恥じねばなるまい。ちなみに評価がわかれて賛否両論だった『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、私は名作だと思っている。

で、その『All is Full of Love』だが、ビョークの歌とカニンガムの手がける映像とが見事にマッチして、実にエロティックであった。下の画像はその一シーン。


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いくらCG合成のエフェクトだとわかってはいても、ビョーク演じるアンドロイドがいとなまめかしく、まるでそこに本当に生命を吹きこまれて存在しているかのような表情、しぐさ、その鮮烈なビジュアルが美しい。やがてアンドロイドは愛情を通わせるようになり…

このビデオクリップ、2000年度のグラミー賞「Best Short From Music Video」と、MTVビデオ・ミュージック・アワード「Breakthrough Video」「Best Special Effects」をそれぞれ受賞するなど高い評価を受けており、こちらのGlassworks Archiveサイトで見ることができる(シングルDVD『All is Full of Love』収録、下記YouTube参照)。


■Bjork - All Is Full Of Love


さて、まったく印象に残らなかった「横浜トリエンナーレ」だったが、ひととおり2会場を見終わって、辺りも薄暗くなり、赤レンガパークの倉庫を出たところ──かつてそこは「横浜港駅」と呼ばれ、今は引き込み線が残っているだけの空間──に、オノ・ヨーコのインスタレーション作品『貨物車 Freight Train』は置かれていた。


freight_train.jpg
Photo: (C) 黒川 未来夫


かつてメキシコ移民たちが貨車に押しこまれ、放置されたあげく窒息死した事件があり、それに触発されてこの作品のテーマになったのだという。昨年ベルリンで展示されたときには、ユダヤ人のホロコーストを連想させるということで賛否渦巻いたとも。しかしこの1940年代のドイツ貨車そのままのオブジェは、いろんな意味で20世紀の象徴的な作品なのだろうと思う。

鳥の鳴き声、あるいは人のうめき声のような音が重厚なビート音とともに流れるなか、車体に蜂の巣状に撃たれた無数の弾痕の穴から幾筋もの光が外に漏れ出、天井からは一条のサーチライトが天空に向かってどこまでもまっすぐに伸びている。これは「希望」だろうか。

車体に近づくと、オノ・ヨーコのメッセージが日/英/独語で掲示され、そこにはこう書かれていた──


貨物車

この作品によつて

我々が廿世紀に体験した

悲劇と不正に抵抗し、

痛みを癒し、

未来に向けての希望を

表現したい、と思いました

オノ・ヨーコ

1999-2001


私は、この貨物車を、20世紀という歴史の「証言車」としてこの地に永久保存してほしいと願っている。(※注)


【2001/11/09 江原・記】




(※注)オノ・ヨーコの『貨物車』は、「横浜トリエンナーレ」終了後、引き続き赤レンガパークに展示が延長されることになったが、2002年7月14日をもって撤去された。



【関連記事】

レノンさんへの監視活動 FBI、内部文書を公開
【チャールストン(米サウスカロライナ州)25日=河野博子】元ビートルズメンバーの故ジョン・レノンさんに対し70年代に行われた米連邦捜査局(FBI)の特別監視活動にからんで大学教授が内部文書の公開などをFBIに求めていた訴訟で、このほど和解が成立し、文書の大半が原告側に示された。文書は、レノンさんが過激な活動へのかかわりを避けていた様子を詳細にリポートしており、原告側の市民グループは「監視活動の不当さがかえって明らかになった」としている。
訴訟は、カリフォルニア大アーバイン校のジョン・ウィーナー教授(歴史)を代理する形で、全米自由市民連合(ACLU)が83年に起こし、その後、92年に連邦最高裁がFBIの上告を棄却、カリフォルニア州ロサンゼルスの連邦地裁に差し戻されていた。このほど、FBIが(1)10のファイルを除き、要望のあった文書をすべて公開する(2)原告側の弁護士費用20万4000ドルを支払う──ことで、和解に合意した。
一連の文書は、ベトナム戦争が続いていた72年ごろ、反戦的な音楽活動を続けていたレノンさんと妻のオノ・ヨーコさんを国外追放しようとしていた米政府の方針を浮き彫りにしている。
「レノンはラジカルな傾向があるが、常時麻薬におぼれていて真の革命家とは思えない」などとしたうえで、麻薬関連の容疑での摘発を目指し、監視を強めるべきだとの記載もある。(東京新聞 1997/09/26)

オノ・ヨーコさん「(レノン)射殺犯を釈放しないで」
【ロンドン1日=共同】元ビートルズのジョン・レノン氏の夫人、オノ・ヨーコさんが、レノン氏を射殺したマーク・チャップマン受刑者の仮釈放を認めないよう求めた文書を、ニューヨーク州当局に提出していたことが1日、明らかになった。
同日付の英日曜紙サンデー・タイムズによると、1980年12月にニューヨークで射殺事件を起こした同受刑者は今月上旬、初の仮釈放審査を受けるが、ヨーコさんは自分と2人の息子の安全のため、引き続き服役させるよう求めている。
ヨーコさんは、元ビートルズのジョージ・ハリソン氏が昨年末、自宅に侵入したストーカーに刺されて以来、身の安全に特に敏感になっているという。
チャップマン受刑者は現在、ニューヨーク州北部の刑務所で服役中。面会したジャーナリストに「もう人殺しはしない。墓の中のレノンは許してくれたと思う」と語っている。(産経新聞 2000/10/01)

John and Yoko: 'Imagine ... peace'
NEW YORK (AP) -- The full-page ad in The New York Times carried a simple message:"Imagine all the people living life in peace."
The John Lennon lyric, carried on page 29 of Sunday's paper, was a message from his widow, Yoko Ono, in the wake of the September 11 terrorist attacks on the World Trade Center, her spokesman confirmed Tuesday. The eight-word quotation from Lennon's "Imagine" was unaccompanied by any photos or text. Ono decided not to sign the ad because "she felt it would be more effective if her name wasn't on it," explained spokesman Eliot Mintz.
"This is one of the ways she makes her feelings known," Mintz said. "The message is in the ad."
Ono, 68, also plans to erect a Times Square-area billboard with another message from Lennon's lyrics: "Give peace a chance."
Lennon was murdered by a deranged fan outside his Manhattan apartment building in December 1980. (CNN 2001/09/26)

故ジョン・レノン「イマジン」の歌詞 NYタイムズ紙に
ニューヨーク(AP)故ジョン・レノンさんの名曲「イマジン」の歌詞の一部が、23日付のニューヨークタイムズ紙に掲載され、妻のオノ・ヨーコさん(68)が仕掛けた平和を呼びかける広告だったことが分かった。オノさんの広報担当が25日、明らかにした。
同紙29面に掲載されたのは、「Imagine all the people living life in peace(=みんなが平和な人生を送っていると思ってごらん)」という一節のみ。写真や他の文章などは一切なく、署名もなかったため、当初誰が掲載主なのか憶測を呼んでいた。
オノさんの広報担当は、「あえて名前を出さないほうがメッセージとして効果的」と考えたオノさんの意図を紹介し、「彼女流の表現方法」と説明している。
オノさんは今後、ニューヨーク市の中心部にあるタイムズスクエア周辺に、「Give peace a chance(=平和を我等に)」とだけ書かれた広告看板を出すことも検討しているという。(CNN 2001/09/27)

オノ・ヨーコさん:ジョン・レノンの「イマジン」NYタイムズ紙に掲載
故ジョン・レノンの夫人オノ・ヨーコさんがレノンの代表曲「イマジン」の一節を1行だけ白地のページに載せた全面広告を25日付のニューヨーク・タイムズ紙に掲載した。
広告にオノさんの名はなかったが、オノさんの広報担当者にAP通信社が確認した。
この広告は「人々が平和に暮らすことを想像しよう」という、わずか8語の詩だけ。米同時多発テロの後、企業、団体がこぞって愛国心や連帯を打ち出す全面広告を出す中で、スポンサー名や写真などは一切ない。
Imagine all the people living life in peace(人々が平和に暮らすことを想像しよう)──世界中の音楽ファンになじみ深い歌詞が、新聞広告に何の予告もなく掲載された。白地のページにわずか8語の一文だけ。スポンサーを表す名前や写真は一切ない。AP通信が確認をとったところ、亡き夫に代わってヨーコが放ったメッセージだった。
「イマジン」はビートルズ解散後の71年に発売された曲。ベトナム戦争の真っただ中に反戦活動を繰り広げた夫妻にとって、国境、宗教、人種などの違いによる対立のない平和な世界を望んだ“希望の歌”だった。その30年後、卑劣なテロの発生時にヨーコはニューヨークの自宅にいた。被害こそなかったが、罪のない犠牲者たちに対して胸を痛めた様子。ヨーコは広報担当者を通じて「広告に名前を出さない方が効果的と感じたから。伝えたいメッセージはすべてこの広告の中にある」と匿名広告の理由を説明。地元では「企業、団体がこぞって愛国心や連帯を打ち出す全面広告を出す中、平和を強調した点で異彩を放っている」との反響が出ている。
オノさんはニューヨークの繁華街タイムズスクエアにも、同じレノンの歌「ギブ・ピース・ア・チャンス(平和にチャンスを)」を引用した大きな屋外広告を出すことを検討しているという。(ニューヨーク共同)(毎日新聞 2001/09/27)

Yoko Ono pleads "Give Peace A Chance" on 9/11
Yoko Ono on Tuesday pleaded with the world to "Give Peace A Chance" with the release on the MTV music channel of a short film to mark the first anniversary of the September 11 attacks.
John Lennon's widow said in a statement: "Let's create peace, unity and light. I think John's words are needed just as much now as when they were written -- 'Imagine all the people living in peace' and 'Give Peace A Chance.'"
The film starts with the viewer trailing down a dark corridor to reach a door with light pouring through it. Yoko Ono greets the viewers and takes them up a ladder to read the words "Give Peace A Chance" written on the ceiling.
"Like all of us, I'd like to see the human race survive, living in health and in love with each other," said the Japanese artist whose Beatle husband was gunned down in front of their New York apartment in 1980.(Reuters 2002/09/11)

オノ・ヨーコ、米同時多発テロ1周年に平和呼びかけ
【ロンドン10日ロイター】元ビートルズの故ジョン・レノン夫人、オノ・ヨーコが、米同時多発テロ1周年を前に、音楽専門局MTVで短編映画を発表し、世界に平和を呼びかけた。
この作品は、暗い廊下を光が差し込む扉に向かって進み、あいさつするオノに導かれてはしごへを上ると、天井に“Give Peace A Chance”の言葉が記されているという内容。
オノは、声明の中で「平和、団結、光をつくり出そう。“Imagine all the people living in peace”“Give Peace A Chance”というジョンの歌詞が今、書き下ろされた当時と同じくらい必要な時期だと思う」とコメント。
また、「私もみなさんと同じように、人類が存続し、健康で互いに愛し合う生活を望んでいる」と述べた。(ロイター通信 2002/09/11)

「今こそ平和を」オノ・ヨーコさんが反テロ声明
【ロンドン11日=渡辺覚】「想像してごらん みんなが平和に暮らしているところを」──。英国の人気ロックバンド、元ビートルズ・メンバーだった故ジョン・レノン氏の妻オノ・ヨーコさんは、米同時テロの発生1年に合わせ、世界に向けたメッセージを発表した。
同時テロと同じニューヨークで1980年、凶弾で夫を失ったオノ・ヨーコさんは、声明の中で、「今こそ平和と協調、光を産み出しましょう。人々が健康に暮らし、互いの愛に満ちて生きていくことを、すべての人々とともに、心から望みます」と述べ、テロ攻撃と報復の軍事作戦をともに批判する考えを強調した。
オノ・ヨーコさんは、同時テロ以降、ニューヨーク、東京、ロンドンの世界3大都市で、世界平和を象徴するレノンの名曲「イマジン」の歌詞を街頭に掲げるなど、反テロ・反軍事行動のメッセージを発信する活動を続けている。(読売新聞 2002/09/11)

オノ・ヨーコ、イスラエルとパレスチナの芸術家に助成金
【国連9日ロイター】元ビートルズの故ジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコからイスラエルとパレスチナの芸術家に5万ドル(約610万円)の助成金が贈られた。
これは新設された“平和のためのレノン・オノ助成金”で、イスラエルのツビ・ゴールドステインとパレスチナのカリル・ラバーが初代受賞者となった。
オノ・ヨーコは、政治情勢が緊迫しているにもかかわらず創作活動に取り組んでいる2人を激励。ビートルズの代表曲から「Give Peace a Chance(平和にチャンスを)」と訴えた。
授賞式は国連本部で、レノンの62回目の誕生日である10月9日を選んで行われた。レノン・オノ助成金は紛争下の芸術家のみに贈られるという。(ロイター通信 2002/10/10)

ジョン&ヨーコさん世界平和DVD発売
元ビートルズの故ジョン・レノンさん(享年40)と夫人のオノ・ヨーコさん(69)の平和活動を記録したDVD「ジョン・レノン&オノ・ヨーコ イヤー・オブ・ピース」が12月5日に発売されることが14日、明らかになった。69年3月にオランダ・アムステルダムのヒルトンホテルで約1週間、2人がベッドで過ごし、世界平和を訴えた貴重な映像を収録。アメリカやヨーロッパではすでに発売され注目されている。
DVDには現在のヨーコさんが登場しており、当時の活動について「人にばかにされて少し傷ついた。そんなに笑われると思わなくて…。でも、すぐそういうものだと理解しました」と振り返っている。ベッド・インは結婚後初の2人の共同プロジェクト。白い服に身を包んだ2人がホテルのベッドの上で眠り込んだ。「平和」を訴えていく前衛的な表現として、痛烈な批判を含め大きな反響を呼んだ。その時にレコーディングした名曲「ギブ・ピース・ア・チャンス」も収録されている。
平和を訴え続けているヨーコさんは「いつか世界が平和になり『平和』という言葉が忘れられる。そのためにだれが何をしたか忘れられてもいい」とコメント。約30年の期間を経て、ジョンとヨーコがもう1度、世界平和を訴える。(日刊スポーツ 2002/10/15)

世界は家族、平和な未来を 命日にヨーコさんが訴え
1980年にニューヨークで凶弾に倒れた故ジョン・レノンさんの命日に当たる8日、来日中の夫人オノ・ヨーコさん(69)が共同通信のインタビューに応え、「幼い子どもまでが『イマジン』を歌うなど、22年たってもジョンの魂は世界中で生きている。世界情勢は緊張しているが、私たちは大きな家族。平和な世界を実現させよう」と呼び掛けた。
ヨーコさんは、毎年12月8日はニューヨークの自宅で迎え、訪れるファンと一緒に過ごしてきた。9日にさいたま市のさいたまスーパーアリーナで開催される「ジョン・ レノンスーパー・ライヴ」に出演するため、今回初めてニューヨークを離れて命日を迎えた。(共同通信 2002/12/08)

「世界の平和に力を」 オノ・ヨーコさん訴え
元ビートルズのジョン・レノンの夫人オノ・ヨーコさん(69)が9日、レノン追悼のチャリティーライブに先立ち、さいたま市のさいたまスーパーアリーナで記者会見し「世界情勢が緊迫する中、平和のために力を入れてがんばりましょう」と呼び掛けた。
ヨーコさんは毎年、レノンが射殺された12月はニューヨークの自宅で静かに過ごす習慣だが、今年は「みんなを勇気づけるために」来日を決めたという。日本のファンへの思いを「ジョンがいなくなってから、一緒に苦労した親近感がある。友人に会いに来た感じ」と語った。
追悼ライブはヨーコさんの呼び掛けで昨年から始まり、収益の一部はアジア・アフリカ地域の学校建設に充てられる。(共同通信 2002/12/09)

オノ・ヨーコさんが反戦広告 「イマジン・ピース」
【サンフランシスコ12日共同】故ジョン・レノンさんの妻オノ・ヨーコさんが12日付の米紙サンフランシスコ・クロニクルに反戦を訴える全面広告を掲載した。広告には「イマジン・ピース(平和のことを考えて)」とだけ掲げ、緊迫するイラク情勢を前に平和への思いを新たにするよう呼び掛けている。「イマジン」はレノンさんが1971年に発表したヒット曲のタイトルで、曲は世界の人々が平和に暮らす日を想像してみようと訴えていた。同紙によると、オノさんは4万2000ドル(約500万円)を広告料として支払った。(共同通信 2003/03/13)

オノさんが平和メッセージ ピースイベント呼び掛け
故ジョン・レノンの夫人オノ・ヨーコさんが14日、誰でもいつでも参加できる平和のための行動に取り組もうとの呼び掛けを「ジョン・レノン音楽祭」のホームページ(HP)でスタートさせる。文中に直接表現はないが、米国のイラク攻撃への反対の意思が込められている。世界に向けても同じようなメッセージを送るという。「ジョン・レノンに捧(ささ)げるピース・イベント」として、HPには日本語と英語で詩的な文章が書かれている。旅先、家、心を踊らせること−の3つに分かれており「中東を訪れる」「世界中の人たちが平和に生きているのを想像する」「人々の声を聴く」といった、誰でも1人でできることを提案。「自分自身が平和でいることで、あなたはすでに平和な世界の一部」とつづっている。それぞれの取り組みについて、メールでHPに送ってほしいとも呼び掛けている。アドレスはhttp://www.dreampower-jp.com/peace
オノさんは2001年9月と今年2月にも、平和を訴える全面広告を米紙ニューヨーク・タイムズに載せている。(共同通信 2003/03/13)

平和運動「あきらめるのはまだ早い」 オノ・ヨーコさん
「開戦を止められなかったけれど、あきらめるのは早い。指導者を見張っていれば、戦争を終わらせることができる」。故ジョン・レノンさんの妻オノ・ヨーコさんが26日、イラク戦争終結へ向け、平和運動を更に盛り上げようと呼びかけた。朝日新聞とのインタビューで語った。
「大変なことを始めてしまった。でも、戦争をやめさせるという意思を持ち続けなければいけない。それでこそ、政治家も神経を払わざるをえなくなる」と語った。戦争支持が多い世論調査と裏腹に、「米国でも反戦派が増えている」と見る。
ジョンと2人でベトナム反戦を訴えた70年代と比べ、インターネットを通して運動が世界へ広がる早さに驚いているという。「中東を訪れる」といった行動を世界中に促す「ジョン・レノンにささげるピースイベント」を続けている。電子メールなどで、実践したと連絡してきた人はこれまで、約500人に達した。
ヨーコさんは昨年、ジョンが少年時代を過ごしたリバプール市内の家を買い取り、歴史建造物などの保存を目的とするナショナル・トラストへ寄贈した。この家の公開にあわせ、リバプールを訪れた。(朝日新聞 2003/03/28)

「イマジン」はジョンとヨーコの合作 英紙報道
31日付の英日曜紙サンデー・タイムズは、故ジョン・レノンさんの名曲「イマジン」が、妻のオノ・ヨーコさんとの合作であり、第2次世界大戦中の日本で少女時代を過ごしたオノさんのより良い世界への願いを反映したものだと報じた。曲の由来を、英BBCが9月20日にドキュメンタリー番組で放映する。
同紙によると、フレーズの「イマジン」は、オノさんがレノンさんと出会う前につくった詩から取り入れられた。レノンさん自身も死の2日前のインタビューで、「イマジンは、レノンとヨーコの業績とされるべきだ」と認め、オノさんの貢献を公にするのは男の体面にかかわると考えていた、と話したという。
オノさんは、空襲に見舞われる日本で恐怖や飢えの苦しみを和らげようと、当時12歳の少女がどんなに想像力を働かせたかを説明。「ひもじい弟のため(食事の)メニューを想像してあげると、弟はほほえみ始めた。イマジネーションの力はとても強いのです」と話している。 (朝日新聞 2003/08/31)

イマジン:レノンとヨーコの業績?
31日付の英日曜紙サンデー・タイムズは、故ジョン・レノンさんの名曲「イマジン」が妻のオノ・ヨーコさんとの共作で、レノンさん自身も死の2日前のインタビューで「イマジンはレノンとヨーコ・オノの業績とすべきだ」と語っていた、と伝えた。
タイトルの「イマジン」は、ヨーコさんの著書「グレープフルーツ」から採用。
同紙によると、ヨーコさんはこれまで「イマジンはレノンの夢や理想主義、本当に言いたかった話を具体化した作品」と説明してきた。
曲の大半は1971年にロンドン郊外で作られたが、ヨーコさんは知人に「残りは旅行中の飛行機の中で作った」と、曲作りに関与したことをほのめかしていたという。
イマジンの曲の由来は、9月20日に英BBCのドキュメンタリー番組で放映される。(共同)(毎日新聞 2003/08/31)

オノ・ヨーコ、「カット・ピース」で平和を訴え
パリ(ロイター)オノ・ヨーコさん(70)が15日、フランス・パリのラヌラグ劇場で平和を訴えるパフォーマンス「カット・ピース」を披露した。観客にオノさんが着ている洋服を少しずつ切り取らせるもので、最後は下着だけを身に付けた姿となった。
オノさんはこれまでにも、様々な形で反戦や平和を訴えており、対イラク戦争が始まる前には、複数の主要新聞紙に全面広告を掲載し、「イマジン・ピース」とメッセージを送っている。
オノさんは観客に向かって、着ている黒いタイトな上着と長いスカートを切り、その布きれを愛している人に渡すよう求めると、「決して愛を忘れないで」と訴え、ステージ上の椅子(いす)に腰を下ろした。
夫で元ビートルズの故ジョン・レノンさんとの息子、ショーン・レノンさんが初めに袖にはさみを入れると、様々な年齢層の観客が舞台に上がり、オノさんの洋服を切っていった。
舞台後、オノさんは「少し怖かった」「愛を持ってやったので、不安にはならなかった。たくさんの愛があると思っている」などと述べた。
オノさんは約40年前の1964年、日本で「カット・ピース」を披露している。オノさんは「1960年代は、怒りのあまりやっていたが、今は愛のためにやっている」とコメント。「みんなで世界の平和を実現したい」とも語った。(CNN 2003/09/16)

オノ・ヨーコさん、約40年前のパフォーマンスをパリで再演
【パリ15日ロイター】故ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコさん(70)が15日、パリ市内の劇場で、着衣を観客らに切り刻ませ、最後に下着姿になるアートパフォーマンス「カット・ピース」を行った。
オノさんが1964年、戦争反対を訴えて東京で行ったパフォーマンスの再演で、観客はオノさんの服から切り取った布地を愛する人に贈るよう求められる。初演当時は、オノさんが最後に全裸になることで話題を呼んだ。
今回黒ずくめの服で舞台に登場したオノさんは「愛を忘れないで」と観客に呼びかけ、椅子に座った。
息子のショーンさんがそでに穴を開けたのを最初に、幅広い年齢層の観客が舞台に上り、オノさんの服を少しずつ切っていった。オノさんはほとんど身動きせず、まっすぐ正面を見据えていた。
終演後、オノさんはロイター通信に対して「少し恐かったが、パフォーマンスに愛をこめようとしていたので、恐怖心はそれほど大きくならなかった。わたしは年老いたけど、世界平和のためにパフォーマンスをしているのだと思った」と語った。(朝日新聞 2003/09/16)

オノ・ヨーコ「レノンはいつも私のそばにいる」
【ロンドン14日ロイター】元ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの死後23年たったが、未亡人であるオノ・ヨーコは「今も2人で協力し合っている」と確信している。
新DVD「レノン・レジェンド」発売に先だって、ロンドンに滞在中のオノ・ヨーコは、ロイター通信とのインタビューに応じ、ジョンと自分は戦場で行進している2人の兵士のように感じると述べ、DVD製作中にはジョンがそばにいるような気がしたと語った。
さらに「ジョンの愛と平和というメッセージは、特に今、とても重要なもの。私が声高に唱えなくても、広がりつつある。彼の言葉と音楽が若者たちに伝わるということは本当に重要だと思う」と述べた。(ロイター通信 2003/10/15)

オノ・ヨーコさんから平和メッセージ
水戸芸術館現代美術ギャラリーで、40年にわたる活動を振り返る「YES オノ・ヨーコ」展を開催しているオノ・ヨーコさんから、新年を迎えるにあたって、平和を願うメッセージが届きました。本文中の「War Is Over(戦争は終わった)」というメッセージは、同館の屋上にも巨大な看板作品として展示されています。(水戸会場は1月12日まで。その後、広島、東京、鹿児島、滋賀へ巡回)(朝日新聞)


オノ・ヨーコから、新年を迎えるにあたっての平和メッセージ


私の友人たちへ

激動の年がまた過ぎようとするなか、みんなが想いをひとつにし、鮮明なビジョンをもって年の終わりを迎えることを提案したいと思います。

全ての人々が平和な生活を送っている姿を想像しましょう。十秒。一時間。一日中。場所はどこでもいいのです。そして、その日のどの時間でもいいのです。

平和な世界へのビジョンを、最も鮮明な形で抱きましょう。そしてそれを、楽しみと喜びの精神でやってみましょう。怒りや恐怖からやるのではなく。

私たちにはネガティブな考えを抱く余裕はありません。歌って、踊って、互いに抱き合って、新年と、そして、ともにやって来る新しい世界を迎えましょう。

私たちのこの星が、美しい星座の一部をなしていることに対する喜びを宇宙に報告しましょう。

なぜなら愛の反対は憎悪でなく恐怖であり、知恵の反対は愚かさでなく混乱であり、二点間の最も短い距離は、私たちの希望と揺るぎない信念なのです。

ですからあなた自身の心臓の鼓動を聴いて、思い出してください。
「War Is Over If You Want It あなたが望めば、戦争は終わるのです」


2003年12月
愛をこめて、オノ・ヨーコ


オノ・ヨーコの足跡と芸術…初の本格的回顧展
元ビートルズのメンバー、故ジョン・レノンの妻として世界に知られるオノ・ヨーコ(70)。一方で前衛芸術家、作家、詩人、映画製作者、平和活動家としての足跡も大きい。そんな彼女の初の本格的回顧展「YES オノ・ヨーコ」が17日から東京都現代美術館で開催(6月27日まで)、度肝を抜く企画も多い。
出品作は60年代から近年までの約130点。66年にロンドンの展示会でジョンと出会うきっかけになった《天井の絵/イエス(YES)ペインティング》などのオブジェや、舞台に座るオノの洋服を観客が、はさみで切っていく実験的映像、会場に置かれた電話機でNYにいるオノと会話できる参加型企画なども。
現代美術館の建物を生かし、天窓から床まで吹き抜けの空間に100本のロープをつるす《モーニング・ビームス》の初披露も期待大。ガラス張りのホールに大中小100個の棺おけが並ぶ《エクス・イット》は“窓”の部分に生木が1本植えられ、「死と再生」を表現する。
美術館関係者は「まさに太陽の光(希望)で、本質的な平和を思い起こさせてくれる『モーニング・ビームス』など、この時代(戦争やテロ)にタイムリー。その時々で意義あるメッセージを残してきたアーティストとしての姿勢を感じてもらいたいです」と話す。
2000年にNYなど北米6カ所で約50万人を動員した同展。日本では昨年10月の水戸を皮切りに東京、10−12月の滋賀まで5カ所で開催に。
50年代に渡米し、独自の洞察力と好奇心に満ちた作品が早くから紹介されてきた彼女。共同制作者としてジョンも名を連ねてはいるが、これぞオノ・ヨーコの集大成といえそうだ。
問い合わせは現代美術館TEL03−5245−4111へ。(ZAKZAK 2004/04/03)

テーマは1964年、NYで芸術家“ヨーコ・オノ”の展覧会
【ニューヨーク=斉藤真紀子】舞台に置かれたイスに無表情で腰かける小野洋子(オノ・ヨーコ)。彼女の指示に従い、観客がひとりずつ、ハサミで洋服を一部切り取る。淡々と同じことが繰り返される──。
世界に広く名を知られる芸術家“ヨーコ・オノ”の1964年をテーマにした珍しい展覧会がニューヨークで始まった。オープニングの2日は300人が訪れる盛況ぶり。大画面に映し出された冒頭の作品「カット・ピース」に見入っていたローウェル・ボジャーさんは、「シンプルな表現なのに考えさせられる」と思わずうなった。
『グレープフルーツ:1964年の小野洋子』は、初期のインストラクション(指示)作品を集める。観客が指示の意味するところを自ら解釈して初めて作品が成り立つ。展覧会場では、「カット・ピース」などのパフォーマンスを若手アーティストが再現。言葉によるインストラクション作品集『グレープフルーツ』のメモなども公開する。
「『グレープフルーツ』は彼女の後の作品の起点になった」。同展を主催した山村みどり氏は、64年にオノ・ヨーコの原点があると考えた。60年代前半、前衛芸術家として活動していたオノ・ヨーコに、日本の批評家は冷たかった。「女は黙ってかわいらしく座っていればよい」と言われたことが「カット・ピース」のヒントになった。日本社会とのあつれきが精神をむしばみ、「あのころ、消え入りそうな自分を確認するように言葉を連ねた」という。
63年に離婚、再婚、長女の出産を経て、作品を『グレープフルーツ』にまとめ、心が軽くなった。翌年、2年暮らしただけの日本からニューヨークに戻ることを決断。「オノ・ヨーコの作品に触れると、がんじがらめの社会通念から解放されて、やさしい精神状態になる」(山村氏)。その後は69年に結婚したビートルズのジョン・レノン氏とともに、アートを通じた平和活動で世界的に有名になった。
「40年を経てどこか保守的な今の時代、人々はグレープフルーツの癒やしを求めているのではないでしょうか」と山村氏。オープニング会場にオノ・ヨーコが突然現れた。観客との談笑に応じながら、サングラスの奥の目が楽しそうにきらきらしていた。(日本経済新聞 2004/04/09)

オノ・ヨーコさん来日、反戦語る 17日から回顧展
東京都現代美術館で17日から始まる「YES オノ・ヨーコ」展にあわせ、アーティストのオノさん本人が来日、16日に同美術館で記者会見を行った。
初期から最新作まで、約130点にのぼる作品を一堂に集め、半世紀にわたる創作の軌跡を振り返る大規模な回顧展を、出身地で行うとあって、オノさんは「少しナーバスになっています」。さらに「この緊急の時代にアートがどれほど大事かしみじみ感じる。何かの助けになれば、と思っています」と、故ジョン・レノンの思い出も交えて、反戦への思いを静かに、熱を込めて語った。(朝日新聞 2004/04/17)

「平和祈願」−「YES オノ・ヨーコ」展
故ジョン・レノンの未亡人で前衛芸術家、オノ・ヨーコ(70)が16日、「YES オノ・ヨーコ」展(4月17日〜6月27日)を開催する東京・江東区の東京都現代美術館で会見した。
ヨーコは「立場のある政治とは違い、芸術は誰とでもコミュニケートできる。何かの足しになれば」とあいさつ。緊迫するイラク情勢を憂いでか「ジョンも私も戦争は嫌だと心の底から思っていた。私の夢は人類が存在し続けること。絶対に頑張ろうと思っている」と生涯、平和運動を行っていくことを明言した。
同展には、はしごを上って虫眼鏡で天井を見ると小さな「YES」の文字がある「天井の絵/YES」など約130展を展示。ヨーコは会見後、報道陣を引き連れて壁や床に「平和祈願」などの文字を書くパフォーマンスも行った。(サンケイスポーツ 2004/04/17)

Yoko Ono Awards Peace Grant to Hersh, Vanunu
NEW YORK - Yoko Ono has awarded peace grants to journalist Seymour Hersh and Israeli nuclear whistle-blower Mordechai Vanunu, men she says epitomize her late husband John Lennon's song, "Gimme Some Truth."
Hersh and Vanunu will each receive a $50,000 LennonOno Grant for Peace, according to a statement Thursday by Ono's publicist, Elliot Mintz.
Ono said the 2004 honorees are "people who have spoken out for the benefit of the human race by overcoming extreme personal difficulties and, in doing so, have allowed the truth to prevail."
"My hope is that the awards will not only honor the two recipients for their incredible courage but ask others to follow their example to take a stand for truth," she said in the statement.
Hersh and Vanunu will be honored at a private dinner at the United Nations on Oct. 7, two days before the anniversary of Lennon's birthday. Lennon was killed in 1980 outside his Manhattan apartment building. He would have been 64 on Oct. 9.
Vanunu, a former technician at an Israeli nuclear reactor, served 18 years in prison for divulging information about Israel's nuclear secrets.
Hersh, a writer for the New Yorker magazine, has published a series of investigative articles about the Abu Ghraib prison scandal in Iraq, compiled in a new book, "Chain of Command: The Road From 9/11 to Abu Ghraib."
Ono established the biennial grant program in 2002. The first winners were Palestinian artist Khalil Rabah and Israeli artist Zvi Goldstein. (Associated Press 2004/09/16)

「世界は真っ暗ではない」 オノ・ヨーコさん
ニューヨーク在住のアーティスト、オノ・ヨーコ(71)が10月来日した。東京・日本武道館で開かれたコンサート「ジョン・レノン スーパー・ライブ」に出演するためだ。ジョンの未発表音源などを集めたアルバム「ラヴ〜アコースティック・ジョン・レノン」を編集したヨーコに「今、ジョンの歌を聞く意味」を聞いた。
アルバムの収録曲は、保存する膨大なジョンの音源から、ヨーコ自身で選んだ。あらためてまとまった量を聴き、「ジョンはうまい人だった」ことを再認識した。
「自分の欠点をさらけ出し、人間的な面が強調されるけど、ミュージシャンとしてどれほど達人だったか。声がやはりいいですね。ビートルズのメンバーが部屋の外で雑談していても、ジョンの声だけ通った。人とコミュニケートする声なんです」
アルバムには「イマジン」のライブ版も収録されている。ジョンの代表曲だが、01年の同時テロの時、この曲を流さないよう米の最大手ラジオネットが系列局に指示したことがあった。ヨーコはすぐに、ニューヨーク・タイムズ紙にイマジンの歌詞を全面広告で掲載した。
「私の反骨精神。あの時ほどイマジンが必要な時はないと思った。大メディアは沈黙で応えましたが、道を歩いていて黒人のおじさんに『ありがとう』と手を握られることもあったんです。アメリカ人全員が好戦的と誤解して欲しくない」
同時テロは自分の目の前で銃に撃たれたジョンの死と二重写しになった。
「それはまた東京で第2次大戦の空襲下に生きたのと同じ気持ちでもある。爆撃のズブ、ズブという音が間近に迫ってくる。その時の祈るような気持ち」
テロの後、米国はアフガンを空爆し、イラクに侵攻した。
「死ぬ理由も殺す理由もなく、みんなが平和に暮らすのを想像してごらん」と歌うイマジンの歌詞は、今、ますます夢想家的に響くのでは? そう聞くときっぱり首を横に振った。
「戦争も現実ですが、日本武道館でイマジンを合唱する人があれだけいたのも確かな現実。世界が真っ暗になったわけではない。絶望している人、シニカルになっている人、死のうとさえ思っている若い人に、そこを見て欲しい。現実は、その把握の仕方で変わる。あなたたちの未来は輝かしいんです」 (朝日新聞 2004/11/12)

オノ・ヨーコさん収録 英国の女性事典
【ロンドン15日共同】15日のロイター通信によると、社会的影響力を持つ女性が収録されている英国の“女性事典”の最新版に、元ビートルズのメンバー故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさんが、収録されることになった。
担当者は「オノ・ヨーコは真の概念芸術家だったが、ビートルズ解散で非難され(評価が)失われてしまった」と述べた。
最新版には女優のメリル・ストリープさんも追加。ライス米国務長官や、ベストセラー小説「ハリー・ポッター」シリーズの著者J・K・ローリングさんも収録されている。事典には、料理人や女王ら2000人を超える女性の伝記が収録されており、5年ごとに改訂されるという。(共同通信 2005/02/16)

「イマジン・ピース」ヨーコさんが演説 NPT再検討会議
国連本部で開かれている核拡散防止条約(NPT)再検討会議で4日午後(日本時間5日未明)、ビートルズの元メンバー、故ジョン・レノンさんの妻で、芸術家のオノ・ヨーコさんが「イマジン・ピース(平和を想像してみて)」と演説した。
12歳のとき、広島や長崎の原爆被害を知ったというオノさんは、「被爆者は勇敢に自らの経験を『ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ』という世界への警告へ変えた。今ほど彼らの警告が重要な時はない」と強調。レノンさんが残した名曲「イマジン」の歌詞を踏まえて、「1人で見る夢はただの夢だけど、みんなで一緒に見る夢は現実だ」と呼び掛けた。(共同)(産経新聞 2005/05/05)

ミュージカル「レノン」、ブロードウェー開幕後6週間で終了
【ニューヨーク15日ロイター】ジョン・レノンの生涯を描いたミュージカル「レノン」が、ブロードウェーでの開幕後6週間で終了することになった。プロデューサーが15日に発表した。
レノンの未亡人のオノ・ヨーコさんも制作に関わったミュージカルは、サンフランシスコで最初に上演された。その後大幅な見直しを経てブロードウェー上演にこぎつけたが、ニューヨーク・タイムズは「オノ中心」の見方などと批評。評判はかんばしくなかった。
8月15日のブロードウェーでの開幕以来、観客は減り続けており、最近では座席の40%程度しか埋まらない状況だという。プロデューサーは、「レノン」の最終公演は9月24日、と発表した。
ミュージカル「レノン」では、ビートルズがポピュラー音楽に革命をもたらした時代にあたるレノンの初期のキャリアがカットされている。また、レノンがヨーコさんに会い1970年にビートルズを解散する以前の初婚と息子についても、ほとんど重点が置かれていない。(ロイター通信 2005/09/16)

現代アート 素材は廃屋 清水でオノ・ヨーコさん制作
【清水】故ジョン・レノンさんの妻で、アーティストのオノ・ヨーコさん(72)=ニューヨーク在住=が2日、十勝管内清水町の体験観光施設「十勝千年の森」を訪れ、敷地内の廃屋民家の壁などにメッセージを記す現代美術作品を制作した。廃屋にはこの作品を含めオノさんの作品6点が並び、8日から一般公開する。
作品は、廃屋の壁や天井に「この部屋は雲と同じスピードで動いている」など16編のメッセージを書き記した「青い部屋のイヴェント」。他の5作品は、建物から500メートルほど離れた場所で撮影した上空の生映像を、廃屋内に設置した15台のテレビ画面に流す「SKY TV」などで、オノさんの構想を基に代理人らが事前に展示していた。
オノさんは作品制作に先立ち、近くのレストランで記者会見し、「以前から北海道の空や大地にあこがれていた。作品の受け止め方は見る人それぞれの感性に委ねます」と話していた。(北海道新聞 2005/10/03)

ジョン没後25年…オノ・ヨーコさん初の単独パフォーマンス
故ジョン・レノンを敬愛する日本のアーティストによる恒例の「ジョン・レノン スーパー・ライヴ」(7日後6・30、日本武道館)を前に4日、ジョンの未亡人、オノ・ヨーコさん(72)が東京・有楽町のニッポン放送イマジン・スタジオで記者会見を開いた。
今年はジョンの生誕65周年、そして没後25年にあたる特別な年。さらに今公演も5回目を迎え、売上金からアジア・アフリカ諸国に建設してきた小・中学校の数も、今年の8校で目標の50校に到達する。
今年は忌野清志郎(53)、奥田民生(40)、小泉今日子(39)、小柳ゆき(23)、LOVE PSYCHEDELICO、PUFFYら13組が出演。ジョンのソロやビートルズナンバーをトリビュートする。
ヨーコさんは「ジョンはよく『ポールの曲に比べて、僕の曲はカバーされない』とこぼしていましたが、このコンサートが10年20年と広まって行く気持ちがして、『あなたの歌、すごく歌われてるわよ』と言ってあげたいです」などとユーモアを交えながら話した。
また、ヨーコさんも5回目で初めて、単独でパフォーマンスを行う。曲は家庭内暴力をテーマにした「I Want You To Remember Me」で、女性や子供たちが置かれる厳しい現状を訴えかける。
さらに、ヨーコさんは5日、「Yahoo!JAPANライブトーク」に初出演。午後1時30分から30分、ネット利用者とチャットで交流する。(サンケイスポーツ 2005/10/05)

レノン殺害「どうにも止まらなかった」=犯人が動機詳述
【ニューヨーク15日】1980年にニューヨークで起きた元ビートルズ、ジョン・レノン(写真)の射殺事件から12月8日でちょうど25年。殺害犯のマーク・チャップマン受刑者(50)は、NBCテレビが近日放映するドキュメンタリー番組の中で、「レノン殺害は自分の人格を見出す上で、止めることのできないミッションだった」などと、犯行の動機を生々しく語っている。
チャッマン受刑者は25年前、ニューヨーク・マンハッタンのダコタ・ビル前で、銃の引き金を5回引いてレノンを撃ち、絶命させた。
番組の中でチャップマン受刑者は、「射殺は完全に強制されたものだった。わたしは自分を救うためにはこれしかないのだと確信した。そう、100%の確信だった」と話した。
「わたしはまるで列車のようだった。停車することのない暴走列車のようだった。何があってもわたしを止めることはできかっただろう」とも振り返った。
さらに、チャップマン受刑者は犯行に及んだ心の動きを詳しく説明した。「いわば、世界を鎖につなぐことに成功した連中がいた。でも、わたしはその鎖にはつながっていなかった。わたしは人格を持たない人間だった。すると、わたしの内部で何かが破れた。わたしのアイデンティティーはジョン・レノンを殺害することで発見されると考えたんだ」
「そう、これが彼なんだ。信じがたい感情だった。頭の中で声が聞こえた。声は『やれ、やれ、やれ』と繰り返した。だから、レノンが通り過ぎたとき、わたしは銃を取り出し、背中を狙って続けざまに5回ぶっ放した」
チャップマン受刑者は現場で逮捕され、終身刑判決を受けて服役中。これまでに3度、仮釈放を申請しているが、「犯行の動機は凶悪で、仮釈放は法の尊厳を踏みにじるものだ」という理由でいずれも却下されている。
レノンの妻オノ・ヨーコさんは、チャップマン受刑者は今も一家にとって危険な人物であると心配し、仮釈放を認めないよう当局に働きかけている。〔AFP=時事〕(時事通信 2005/11/16)

レノン一家の人生はシェークスピア悲劇のようとヨーコ
「(レノン一家の人生は)シェークスピアの戯曲のようなものね」。21日発売の米誌ニューズウィーク最新号は、ビートルズのジョン・レノンさん没後25年を機に、妻オノ・ヨーコさんらが夫の死後にたどった苦悩の人生を紹介した。
レノンさんは1980年12月、ニューヨーク市内の自宅アパート前で射殺された。ヨーコさんは、自分や2人の息子のその後の人生を「ハムレット」や「マクベス」などの悲劇で知られるシェークスピアの作品になぞらえ、それぞれが「何がしかの本当につらい思い」をしたと述懐した。
レノンさんは、最初の妻シンシアさんとの間にジュリアンさんをもうけたが離婚。再婚したヨーコさんとの間にショーンさんが生まれた。(共同)(ZAKZAK 2005/11/21)

平和祈る「光の塔」制作 オノ・ヨーコさん
【レイキャビク10日共同】英国のロックグループ、ビートルズの中心メンバーだった故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさん(73)がアイスランドの首都レイキャビクに世界平和を祈念するモニュメント「イマジン・ピース・タワー」を制作することになり、レノンさんが存命なら66歳の誕生日に当たる9日、現地で起工式が行われた。
モニュメントは直径約10メートルの台座にレノンさんの代表曲「イマジン」の歌詞が刻まれ、中心部から直径約1メートル、高さ20−30メートルの「光の塔」が特殊な照明によって浮かび上がる。来年の10月9日に完成の予定。
オノさんは「私たちは恐怖の暗闇、環境汚染の混乱の中に生きており、希望の光を今こそ必要としている」と制作の意義を語った。
台座の下には、これまでに寄せられた90万人以上の「願いのメッセージ」が収められる。レイキャビクに同モニュメントの郵便私書箱を設置し、今後も世界中からメッセージを受け取る計画だ。(共同通信 2006/10/10)

ヨーコさんが癒やしの言葉 レノンさん命日前に
【ニューヨーク26日共同】英国のロックグループ、ビートルズの中心メンバーで1980年12月8日にニューヨークで射殺されたジョン・レノンさんの妻オノ・ヨーコさんが26日付の米紙ニューヨーク・タイムズに「私たちを許して」と題した全面広告を掲載、理不尽な暴力に苦しむ人々に癒やしの言葉を送った。
ヨーコさんは広告で、レノンさんの命日に合わせて世界中から追悼の手紙が寄せられていることに謝意を表明。その上で、戦争や犯罪などで命を落としたり、虐待やいじめを受けたりしている人々に「悲劇を食い止められず許して」と訴えた。
ヨーコさんは、射殺犯を許せる日が来るかどうか分からないと、夫への愛をにじませながらも「世界で今、早急に必要なのは癒やし」と指摘。毎年12月8日を「耐え難い苦しみを経験した人々に許しを請う日」にしようと呼び掛けた。(共同通信 2006/11/27)

米連邦捜査局、ジョン・レノンの「機密情報」を開示
ロサンゼルス──米大学の歴史研究者が米連邦捜査局(FBI)に公開を求めていた、ビートルズのメンバー、故ジョン・レノンさんに関する機密文書の最後の10ページが、このほど開示された。ロサンゼルス・タイムズ紙が20日、報じた。開示された資料には政府が脅威とみなすほどの事実は見当たらなかった。
今回公開されたのは、1970年代にレノンさんが左翼組織や反戦団体とかかわっていたとされる新たな情報を含む資料10ページで、カリフォルニア大学アーバイン校で歴史研究に携わるジョン・ウィーナーさんが、レノンさんについての本を執筆する目的で、25年前の1981年に最初に開示を求めていた。
英国の左翼組織が、ロンドン市内で経営する書籍店や閲覧室への資金提供をレノンさんに求めたが、レノンさんが応じなかった、と記した調査報告書や、レノンさんが「破壊活動の目的」で資金を提供した「確証は無い」などの記録などがあった。
ウィーナーさんは、「このような記録を開示したからといって、英国のブレア政権が武力で米国に報復するとはとても思えない。今にして思えば、25年前にFBIが国家の安全にかかわると見なした事柄が、そもそもいかにばかげたことだったかが良く分かる」と述べている。
81年当時、一部の記録は入手できたものの、FBIは国家の安全にかかわる情報が含まれているとして、記録の多くを情報公開法の適用外としていた。これまでに開示された情報から、FBIがレノンさんを密接に監視していたことは分かっていた。
ウィーナーさんは米国政府を相手取って訴訟を起こし、97年にFBI側と和解が成立、情報はさらに開示されたものの、司法当局は最後の10ページの開示を拒んでいた。2004年に連邦裁判所が情報開示を命じていた。
FBIは、これまで情報開示に応じてこなかった理由について、匿名の外国政府筋による情報が盛り込まれ、米国の外交、政治、経済上、好ましくない影響を及ぼす恐れがあったためとしている。(CNN 2006/12/21)

「桜に平和の願いを」=オノ・ヨーコさん
【ワシントン2日時事】米首都ワシントンの春の風物詩「桜祭り」の一環として、アーティストのオノ・ヨーコさんが2日、桜の枝に平和の願いを込めた短冊を結ぶ「ウィシュ・ツリー運動」を開始した。
オノさんは、世界平和を祈る人々の気持ちを表現しようと、1990年代からこの運動を続けている。今回は、桜祭りを機会に、イラクやアフガニスタンで戦い続ける米国の中枢を運動の場所に選び、ポトマック河畔に置かれた鉢植えの桜の枝に、子供たちと一緒になって短冊を結んだ。
オノさんは「イラクで続く戦闘で米兵もイラクの市民もたくさん殺され、とても残念です」と、一刻も早い平和の訪れを訴えていた。(時事通信 2007/04/03)

「反戦活動家」ジョン命日に実録映画
元ビートルズのメンバーで、1980年に凶弾に倒れたジョン・レノン(享年40)のドキュメンタリー映画「THE US VS JOHN LENNON(邦題/ジョン・レノンは誰に殺される?)」が命日の12月8日に公開される。音楽活動を中心に軌跡を追った作品は過去にもあったが、今回は初めて反戦活動家としての顔に迫った。オノ・ヨーコ夫人(74)は字幕を監修するなど全面協力し「ジョンの思いが詰まっている」と感無量の様子。この冬にかけてジョン再評価の動きが高まりそうだ。
メガホンを取ったデヴィッド・リーフ監督は「35年前のジョンの事件を語ることで今の米国にも関連性のあるドキュメンタリーができると思った」と意図を語る。
70年代初め、ジョンは米国でベトナム戦争反対運動を展開。当時のニクソン大統領はその影響力により再選できなくなることを恐れ、ジョンの国外追放をもくろみ、FBIに監視を命じたとされる。「なぜ米政府はジョンを標的にしたのか、なぜ彼を脅威だと思ったのか、そこから僕らは何を学べるのか。この映画は、ひとつの冒険物語だ」とリーフ監督は説明する。
作品の軸となるインタビューは多岐にわたった。ジョンの監視作戦に加わっていた元FBI捜査官、ニクソン政権のスタッフ、民主党候補だったジョージ・マクガヴァン氏、CBSニュースキャスターだったウォルター・クロンカイト氏ら。
ヨーコは貴重な未公開映像や曲も提供。大麻所持で懲役10年を言い渡された詩人ジョン・シンクレア氏の救済コンサートに夫妻で出演するシーンや、グリーンカード取得後のインタビューなどが初公開される。計39曲のジョン作品も流れるが、このうち「ジョン・シンクレア」「アッティカ・ステート」と、「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」のインストゥルメンタルバージョンは秘蔵音源だ。
ヨーコは日本語版字幕も監修。「この映画には世界平和を願う真実の姿が映っている。ジョンについてのドキュメンタリーは数多くあるが、これは彼の愛すべき作品」と重要性を訴えている。
今年は9月9日にジョンと親交のあったベーシストのクラウス・フォアマンの著書が発売され、ジョンの誕生日の10月9日にはアイスランドに「イマジン・ピースタワー」が完成、点灯式も行われる。また、この映画のサウンドトラックも11月に発売される予定で、命日に向け関連行事が目白押しだ。(スポニチ 2007/08/15)

オノ・ヨーコさんの平和の塔完成 アイスランドで除幕式
【レイキャビク10日共同】故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさんが制作した世界平和を祈念するモニュメント「イマジン・ピース・タワー」がアイスランドの首都レイキャビクに完成し、除幕式が9日夜、行われた。
タワーは円筒形の台座から天上に向かってライトが照らされ、「光の塔」が浮かび上がる仕組み。台座には24カ国語で「イマジン・ピース(平和を想像してごらん)」とメッセージが刻まれ、周囲に世界中から届いた約50万通の「願いのメッセージ」がカプセルに入れて埋められる。
世界最北に位置する首都から「平和の光」を発信し、世界を包み込むという意味を込めたという。オノさんは記者会見で「世界の人々の心が、この光を思い起こすことで1つになれれば」と話した。
この日はレノンさんが存命していれば67歳の誕生日。除幕式にはビートルズ元メンバーのリンゴ・スターさん、故ジョージ・ハリスンさんの妻オリビアさんらが駆けつけた。
オノさんは1960年代、作品の中で光の塔の構想を披露。興味を持ったレノンさんが67年に詳しい内容や作り方を質問し、以来、2人の生涯の夢として実現を願っていたという。
毎年10月9日からレノンさんの命日の12月8日までの期間と、大みそかなどに点灯される。(共同通信 2007/10/10)

イマジン・ピース・タワー:オノ・ヨーコさん会見 ミャンマー僧侶へ「尊い命大切に」
イマジン・ピース・タワーの除幕式に先立ちオノ・ヨーコさん(74)は8日、毎日新聞と会見。ミャンマー軍事政権に抗議する僧侶らに向け「精神的に高いところにいる僧侶は存在していることが大切。命がどれだけ尊いものか考え、抗議行動で自分を危険な立場に置かないで」と呼びかけた。【藤好陽太郎】

オノさんは、イラク戦争や専制国家の圧制を念頭に「この瞬間にも牢屋(ろうや)にいたり、拷問を受けている人がいる。ただ、国家が力で(民衆の善意を)ねじ伏せられない世界になりつつある。苦しい時でもピース・タワーの平和への思いを支えにしてほしい」と語った。
日本では12月に映画「ピースベッド アメリカVSジョン・レノン」が公開される。ベトナム反戦運動のシンボルとなった「ジョンとヨーコ」が「いかに戦ったか」を描いたドキュメンタリーだ。
「当時に比べ世界は平和になったのか」との問いに、オノさんは「残念ながらそうは思わない。武器が非常に発達したり、暴力の連鎖も止まらない」と答えた。
米同時多発テロ後、米国が始めたテロとの戦いも、憎しみが憎しみを呼ぶ連鎖を止められない。「『テロとの戦い』というタイトルや考え方が間違っている。テロに力で立ち向かってはいけない」と語る。
ただ「米国はイラク戦争を起こしたが、それでも非常に多くのアメリカ人が平和のために立ち上がった。底力のある米国を敬う気持ちを抱いている」。
日本で、いじめが深刻な問題になっていることも気掛かりだ。「いじめなどで、引きこもりになった子供たちに手を差し伸べたい。子供たちは、まるで高僧が瞑想(めいそう)するように、さまざまなことを考えていて、大きなエネルギーを抱えている。大人が批判せず、視点を変えてあげれば、世の中のためにそのエネルギーを生かせるようになる」と指摘した。(毎日新聞 2007/10/10)

子どもたちに本物の音楽体験を=オノ・ヨーコさんが新バス披露−米
【ラスベガス(米ネバダ州)7日時事】子どもたちに本物の音楽を体験してもらおう−。元ビートルズの故ジョン・レノン氏の夫人、オノ・ヨーコさんらは7日、当地で開催中の家電見本市、国際コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)会場で、「ジョン・レノン教育ツアーバス」に使う新型バスを披露した。
ツアーバスは、民間団体が約10年前にオノさんの協力を得てスタート。楽器やレコーディング機器を満載した大型バスを北米各地に巡回させ、子どもが実際に楽器演奏や録音を体験し、音楽の楽しさに触れる場を提供してきた。米国では、音楽教育を十分に受けられない子どもが多いという。(時事通信 2008/01/08)

自閉症支援の「壁画」国連で公開 オノ・ヨーコさん製作
【ニューヨーク2日共同】自閉症で苦しむ人たちを支援しようと故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさん(76)が制作した「壁画」が2日、ニューヨークの国連本部で公開された。2日は国連が定めた「世界自閉症啓発デー」で、作品を啓発のシンボルに支援の輪を広げるのが狙い。
オノさんは公開に立ち会い、兄(10)が自閉症で苦しんでいる少年(5)と一緒に「障害に苦しむ人たちへの理解と治療法発見に向け支援を」と訴えた。
作品は「約束」と名付けられ、高さ約2.1メートルの壁面にジグソーパズルのようにアクリル製の破片67が組み合わせられ、青空の模様にデザインされている。ただし2つの破片が抜かれ、治療法が見つかっていない現状を象徴させている。国連によると、世界で6700万人が自閉症で苦しんでいるという。
破片はインターネット競売にかけられ、売上金は支援団体に寄付される。競売開始価格は1片当たり1000ドル(約9万9000円)。
自閉症は先天的な脳の機能障害とされ、発達障害の1つ。コミュニケーションを取るのが困難、同じ行動を繰り返すなどの特徴がある。(共同通信 2009/04/03)

自閉症啓発でオノ・ヨーコさんが作品=国連
【ニューヨーク2日時事】国連が定めた「世界自閉症啓発デー」の2日、故ジョン・レノンさんの妻のオノ・ヨーコさん(76)が青空と白い雲を描いた壁画風作品「約束」を国連本部で発表し、「わたしたちは新たな時代の中におり、自閉症の治療法を見つけられないわけがない」と訴えた。
同作品は世界の自閉症患者が6700万人に達することを踏まえ、67個のピースを使ったジグソーパズルになっている。各ピースは啓発活動資金などに充てるため、今月中旬まで最低入札価格1000ドル(約9万9500円)で個別にインターネットで競売に付される。(時事通信 2009/04/03)

オノさんに金獅子賞 ベネチア・ビエンナーレ
【ベネチア6日共同】イタリア・ベネチアで開催されている現代美術の世界的祭典、第53回ベネチア・ビエンナーレで6日、各賞の授賞式があり、生涯業績部門の金獅子賞が、ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさん(76)に授与された。
オノさんへの授賞は「最も影響力のあるアーティストの1人。日本と欧米の双方で永続的な痕跡を残してきた」ことが主な理由。
授賞式でオノさんは「ベネチアには何回も来ているが、今回は特別。歴史があり敬意を払われているビエンナーレでのこの受賞は自分にとってだけでなく、家族のためにもうれしい」と語った。
国別参加の部門ではブルース・ナウマンさんの作品を展示した米国館が、企画展の個人部門ではドイツのトビアス・レーベルガーさんが最高賞の金獅子賞に選ばれた。
美術作家やなぎみわさんの作品を展示した日本館は受賞しなかった。
ビエンナーレ美術展でのこれまでの日本人作家の受賞は、棟方志功、池田満寿夫の両氏がともに版画部門で国際大賞を獲得した。
展覧会の一般公開は7日から11月22日まで。(共同通信 2009/06/07)

オノ・ヨーコ 23年ぶりに著作、音楽活動も本格化
前衛芸術家のオノ・ヨーコが最近、精力的な活動を展開している。「プラスティック・オノ・バンド」名義での本格的な音楽活動に、23年ぶりの著書『今あなたに知ってもらいたいこと』(幻冬舎)も今月刊行した。唯一無二のスタイルを貫き、衰えを知らぬ76歳のいまを聴いた。
息子ショーン・レノンや小山田圭吾らを従え、9月にアルバム「ビトウィーン・マイ・ヘッド・アンド・ザ・スカイ」(Pヴァイン)を発表した。80年のジョン・レノンの死後、同バンド名義での活動はなかったが、アルバム制作だけでなく、11月には東京、大阪でコンサートも開いた。
「音楽も頭のなかでバンバンできてたんだけど、暇がなかった。でも、息子にレコードを作ったらと言われ、じゃあやろうか、ってことにね」
「音楽とはバイブレーションよ」と語るように、東京国際フォーラムの公演で、オノは2時間にわたり、身をくねらせて舞台を動き回り、時にはいつくばり、叫び続けた。
「苦しい」では広島の被爆者の痛みをおえつするかのような声色で表現し、「平和を我等に」は新聞記事の朗読を交えて、世界の現状と平和を訴えた。仁王立ちで拳をふりあげた「女性上位万歳」は会場をおおいに沸かせた。
ステージでも体現した平和や性差別撤廃の思いなどもつづったのが、『今あなたに知ってもらいたいこと』だ。04年の日本での講演を編集者がまとめようと打診すると、自ら書き下ろしを希望し、5年ごしで出版に至った。幼少期の東京大空襲、女性芸術家への世間の偏見、ジョンの急死。様々な苦難を通じて感じたメッセージを込めた。
「ビートルズを解散させた」など多大なバッシングを浴びながら、自分を貫くのは難しくなかったか問うと、「貫かなければならなかったから、そうしていた。小さいときから孤立していたし、自分だけが頼りだったこともあった」。必要なのは「弱者の知恵」という。「人間も国もほとんどが弱い。弱者であると意識することで、生きながらえることができる」
「美とは何か」「自分が愛していること」。最近、お気に入りなのはツイッターで、そんなやりとりを交わしたという。「女性だから、日本人だから、と孤立することがあり得る社会だったから、ツイッターはすごくいいものだと思う」と、新しいメディアでもメッセージを発信し続ける。
「お互いに分かち合うのが大切なこと。わたしの経験による知識を分かち合うために、いまも色々な活動をしているのよ」と笑って言った。(宮本茂頼)(朝日新聞 2009/12/09)

オノ・ヨーコさん、大使に任命 NYで自閉症の支援団体
【ニューヨーク共同】国連が設けた4月2日の「世界自閉症啓発デー」に合わせ、故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさん(77)を初代の啓発大使に任命する式典が3月31日、ニューヨークで行われた。
自閉症の国際支援団体「オーティズム・スピークス」が主催する式典にはオノさんも出席。「大使に任命され光栄。アートはこうした問題で世界に関心を呼び起こすのにすばらしい手段だ」とあいさつした。
オノさんは昨年の啓発デーには自ら制作した「壁画」を発表、破片をインターネットで競売に掛け、売上金を寄付するなど熱心な活動で知られている。
国連によると、自閉症は先天的な脳の機能障害とされ、発達障害の1つ。コミュニケーションを取るのが困難、同じ行動を繰り返すなどの特徴がある。近年、増加傾向にあるといわれ、米国などで支援活動が活発化している。(共同通信 2010/04/01)

J・レノンの指紋カード、競売直前にFBIが押収
【ニューヨーク7日ロイター】今月開催のネットオークションに出品される予定だった元ビートルズのジョン・レノンさんの指紋カードが6日、米連邦捜査局(FBI)によって競売元から押収された。
このカードは、レノンさんが1976年に米国の永住権を取得するために作った申請書類で、最低落札価格10万ドル(約820万円)で出品される予定だった。競売元の「Gotta Have It」が同日、オークションを前にニューヨークで報道陣に公開していた。
レノンさんは英リバプール出身で、1970年代前半に反戦活動をしたため、FBIの捜査を受けたこともある。
「Gotta Have It」のピーター・シーゲル氏は、FBIの対応などを受けて、「30年も前に亡くなった素晴らしい人物だ。国家の脅威になるような品物ではない」とコメントし、戸惑いを隠さなかった。
一方、FBIのスポークスマンは、「どういう経緯でこの書類がコレクターの手に渡ったのか調べている。明らかに政府の文書であり、売買されるようなものではない」と話している。(ロイター通信 2010/10/08)

オノ・ヨーコさん、批判の背景に「性差別や人種差別」
ニューヨーク(CNN) 元ビートルズの故ジョン・レノンさんの妻、オノ・ヨーコさんは19日に放送されたCNNの番組で、かつてビートルズ解散の原因が自分にあると責められた背景には、人種差別や性差別があったと語った。
オノさんはインタビューの中で「私はスケープゴートとして利用された。極めて安易なスケープゴートだった。日本の女性であることとか」と話し、司会者のアンダーソン・クーパー氏に「性差別や人種差別があったと思いますか」と質問されると、「性差別、人種差別」と応じた。しかし「米国と英国は第二次世界大戦で日本と戦った。それから間もない頃だったので、ある意味でその感情は理解できる」としている。
自分に向けられた敵意は遠いもののように感じていたといい、「ジョンと私はとても仲が良かったから。互いのことと仕事に夢中だった」と振り返った。
レノンさんの生誕70周年に当たる10月9日、オノさんはアイスランドでレノンさんを追悼した。番組では2人が初めて会った時の思い出や、30年前にレノンさんが殺害された時のことなどを振り返り、レノンさんの生き方と精神を忘れないでほしいと呼びかけた。(CNN 2010/10/20)

「心は一つ」とオノ・ヨーコさん 米TVで被災者ら励まし
【ニューヨーク共同】元ビートルズメンバー、故ジョン・レノンさんの妻オノ・ヨーコさんは14日夜、米CNNテレビの番組に出演し、東日本大震災の被災者らに「われわれの心は一つ。(難局を乗り切るため)持ち前の底力とエネルギー、知恵や回復力を発揮すべき時だ」と励ましの言葉を贈った。
オノさんは太平洋戦争中の爆撃で焦土化した東京が復興再建を遂げたことを挙げ、大震災の被災地も「今後そうなっていく」と断言した。
オノさんはニューヨーク市在住。大震災のニュースに「(被害が)あまりにもひどく、信じられない」と語った。(共同通信 2011/03/15)

オノ・ヨーコさんら支援訴え=NYで慈善コンサート−東日本大震災
【ニューヨーク時事】ビートルズの故ジョン・レノンの夫人でアーティストのオノ・ヨーコさんらニューヨークなどで活躍するミュージシャンが27日、東日本大震災の被災者を支援しようと、同市内で慈善コンサートを開いた。
コンサートは世界的ミュージシャン、ジョン・ゾーンさんの呼び掛けで実現。オノさんのほか、息子でミュージシャンのショーン・レノンさんやロックバンドのソニック・ユース、矢野顕子さんも舞台に上がり、パフォーマンスを披露。満席の700人近い聴衆を熱狂させた。収益は全額、義援金として寄付される。
オノさんは声明で「愛と共に届ければ、それがどんなに小さなものでも、相手の心に響く」と訴えた。会場に足を運んだ大学生アンドルー・ハウザーさんは「僕たちにできるのは募金と祈ることだけ。復興を心から願っています」と語った。(時事通信 2011/03/28)

ヒロシマ賞にオノ・ヨーコさん 美術通じて平和に貢献
現代美術を通じて平和に貢献してきた作家に贈られる第8回ヒロシマ賞(広島市、朝日新聞社など主催)の受賞者が、米ニューヨーク在住のオノ・ヨーコさん(77)に決まった。同市が22日発表した。
オノさんは東京出身。1950年代からニューヨークで前衛芸術活動に取り組んできた。69年にビートルズのジョン・レノンさんと結婚し、2人でさまざまな平和運動を積極的に繰り広げてきた。
80年のレノンさんの死後も「愛と平和」のメッセージを発信し続け、核不拡散条約(NPT)再検討会議で核廃絶を訴えるなどの活動が評価された。
ヒロシマ賞は89年創設で、3年に1回授与されている。日本出身者の受賞は第1回のデザイナー三宅一生氏以来。オノさんは「ヒロシマとナガサキの悲劇は人間が自ら作り出したもの。その根源を断ち切る叡智(えいち)の力で世界を救いましょう」との談話を出した。(加戸靖史)(朝日新聞 2011/10/22)

オノ・ヨーコさん:「モンブラン国際文化賞」受賞
芸術や文化の発展に貢献した人に贈られる「モンブラン国際文化賞」の授賞式が22日、都内で行われ、故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさん(78)が受賞した。
長年の平和活動などが評価され、副賞の万年筆が贈られた。祝福に駆けつけた友人の樹木希林(68)は「ちっとも変わってなくてステキ」と祝った。
一方、希林は肺がん闘病中のジョー山中(64)に病院を紹介。数日前に一時心肺停止状態となっていたことが分かり「(年上の)私と(内田)裕也さんが先に逝かなきゃいけないんですけどね」と話した。(スポニチ 2011/07/23)

オノさんが原爆資料館見学 「広島の苦しみ共有を」
元ビートルズのメンバー、故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさん(78)が29日、ヒロシマ賞の授賞式出席のため訪れた広島市で、平和記念公園にある原爆資料館を見学した。
オノさんは「広島がどんな苦しみをしてここまで来たか、世界の人に分かってほしい。(原爆の悲惨さを)目にする責任がある」と感想を述べ、福島原発事故に関連して「(放射性物質による被害が)2度も起きた国はない。悔しい」と話した。
資料館では、被爆者の写真や熱線で人影が残った石の前で前田耕一郎館長の説明に熱心に耳を傾け、時折「ひどいねぇ」と驚きの声を上げた。(共同通信 2011/07/29)

オノ・ヨーコさん慰霊碑参拝
世界的な現代美術家で、反戦運動を通じて「愛と平和」のメッセージを発信しているオノ・ヨーコさん(78)=米ニューヨーク在住=が29日午前、広島市中区の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に花を手向けた。
オノさんは現代美術の分野で平和に貢献したアーティストに贈られる第8回ヒロシマ賞(広島市など主催)に選ばれ、授賞式と記念展のために来日した。
松井一実市長の先導で慰霊碑を訪れた後、原爆資料館に移動。前田耕一郎館長の案内で見学後、「ヒロシマや東日本大震災という悔しいことがあったが、われわれは、希望の道を歩まねばならない」などと語った。
オノさんは同日夕方、南区の市現代美術館である授賞式に出席する。同美術館で30日から10月16日まで、受賞記念「オノ・ヨーコ展 希望の路(みち) YOKO ONO 2011」を開催。ヒロシマとナガサキ、東日本大震災への鎮魂と希望のメッセージを込めた新作を披露する。(中国新聞 2011/07/29)

ヒロシマ賞にオノ・ヨーコさん 美術通じて平和に貢献
現代美術を通じて平和に貢献してきた作家に贈られる第8回ヒロシマ賞(広島市、朝日新聞社など主催)の受賞者が、米ニューヨーク在住のオノ・ヨーコさん(77)に決まった。同市が22日発表した。
オノさんは東京出身。1950年代からニューヨークで前衛芸術活動に取り組んできた。69年にビートルズのジョン・レノンさんと結婚し、2人でさまざまな平和運動を積極的に繰り広げてきた。
80年のレノンさんの死後も「愛と平和」のメッセージを発信し続け、核不拡散条約(NPT)再検討会議で核廃絶を訴えるなどの活動が評価された。
ヒロシマ賞は89年創設で、3年に1回授与されている。日本出身者の受賞は第1回のデザイナー三宅一生氏以来。オノさんは「ヒロシマとナガサキの悲劇は人間が自ら作り出したもの。その根源を断ち切る叡智(えいち)の力で世界を救いましょう」との談話を出した。(加戸靖史)(朝日新聞 2010/10/22)

オノ・ヨーコさん「世界がみんなを応援」 被災地訪問
故ジョン・レノンさんの妻、オノ・ヨーコさん(78)が6日、原発事故で避難中の児童が学ぶ福島市の佐原小学校を訪れた。「世界がみんなを応援している」と励ました。
佐原小には、東京電力福島第一原発に近い福島県南相馬市の30人が通っている。オノさんは一人ひとりを抱きしめ、世界各地の言葉で「平和を想像しよう」と書かれたバッジなどをプレゼントした。児童たちが歌を披露すると、オノさんが歌に合わせて踊り出す場面もあった。最後に、世界中が福島を応援しているとの意味を込め、「世界祈念」と筆で書き上げた。
家族5人で避難している6年生の佐久間遥香さん(12)は「世界で活動している人に応援してもらい、交流もできて楽しかった」と話した。(朝日新聞 2011/12/06)

オノ・ヨーコさんにオーストリアの芸術賞
【12月22日 AFP=時事】前衛芸術家で平和活動家のオノ・ヨーコ(Yoko Ono)さんが、オーストリアの芸術賞「オスカー・ココシュカ賞(Oskar Kokoschka Prize)」を受賞することになった。オノさんには2万ユーロ(約200万円)が贈られる。
オノさんは3月に行われる授賞式に出席する。「傑出した芸術家としての個性」が評価されたという。
同賞は、オーストリアの画家オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka)にちなんで創設された。(AFP 2011/12/22)



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