母の視線

それまで丈夫で、元気で、大きな病気とはほとんど縁がなかった夫が、まさか食道癌
になるなんて思ったこともありませんでした。

だから、夫から、パンを食べるとつかえる気がすると言われた時、フランスパンを焼
き過ぎて硬すぎたのかしら...ぐらいにしか考えませんでした。それでも、夫が、
何回か同じことを言ってくるので、一度カメラでも飲めば落ち着くだろう、もともと
神経質な人だから、と思い、検査をすすめたのでした。

検査結果がわかった直後もその後も、夫がそんな大変な病気という現実感がほとんど
なく、言い方は悪いけど、テレビドラマでも見ているような、あるいは、自分がその
中で演じているような、そんないやな感じがずーっと続いていました。

そして、手術が終われば、すべてが良い方向へ行くに違いないし、そうなるはずだ、
と今から思えばそうなるはずもないのに、なぜだかそう思っていました。

でも、術後、外見も含めて、食事のたびに苦労している夫をみていると、後遺症がこ
んなにひどいなんて考えてもいなかったので、かなり私自身、どう対応していけばい
いのか、悩みました。とくに、病気をする前は、神経質なところはあったけど、あま
り細かいとこに固執する人ではなかったのが、病後は、変に細かくなり、とても神経
質になり、くどくどと言うようになったしまったので、はじめはそれで私の受けるス
トレスがとても大きかった。ただ、私がめぐまれていたのは、子供たちが、そんな私
を受け入れてくれたことでした。私も子供たちに正直に話すことで、夫のことを理解
し、割り切れるようになっていきました。子供たちが私に力をくれて、勇気を与えて
くれたと思う。

元気なときは、バリバリと仕事をこなし、おいしいものには目のなかった夫が、今は
一番自分自身、つらいはずなんだ、と思えるようになり、そんな夫の力に少しでもな
れて、家族で一体となってこれからも病気と闘い、家族でこれからの生活を少しでも
穏やかに歩いていけたら...と今は思えるようになりました。