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[熊本・長崎を旅する]2

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☆熊本城☆撮影=1998年10月
1601年(慶長6年)加藤清正の手によって築城された日本3名城のうちのひとつ。
「銀杏城」とも呼ばれる美しいお城です。
熊本市の中央、茶臼山にある。
宇土櫓、月見櫓とともにこの城の石垣は必見です。
ライトアップされた夜の熊本城は最高でした!!
広さ 約98万平方メートル
周囲約5、3Km
加藤家2代(44年)
細川家11代(239年)にわたり居城となりました。
本丸の中心に位置する大天守閣と小天守閣
西南の役で焼失しましたが1959年に再建されました。大天守閣5層6階
小天守閣3層4階
6階部分が展望台
49の櫓の中で必見の「宇土櫓」
「小西行長」の居城であった
「宇土城」の天守閣を
加藤清正が移転して「櫓」として使用。
重要文化財である。
☆阿蘇山☆
北側の町宮地町から見た阿蘇山
噴火によって出来た小さな山
「米塚」
阿蘇山の北側
南阿蘇からタクシーでロープウェイ火口駅までのぼり頂上までロープウェイで行くつもりだったが天候が悪くあきらめました。反対側の北を宮地町までバスでくだる途中に「米塚」がありました。世界一のカルデラを形成する複式活火山で周囲120kmにわたって連なる外輪山の眺めはそれは雄大なものでした。
☆原城趾(長崎県島原)☆
天草から有明海をフェリーで長崎県の口之津まで渡り
島原港へ行く途中に原城趾はありました。
★島原の乱
 1637年キリシタン弾圧に耐えかねた信者たちは、天草四郎を先頭に立てて、領主と幕府に反抗した。
当時廃城だった原城に90日間たてこもった信者らの数は3万7千、そのうち1万数千の女や子どもだった。
やがて食べ物がなくなり農民側は全滅したが、いまでも周囲の畑を耕すと刀などの武器が出て来ると言う。
今はおとづれる人影もなくひっそりと静かな城跡にめずらしい黄色いコスモスが咲き乱れていた。
天草四郎の像
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