◆低価格メガネなんていらない(2002/10/31UP) DOWN
先日実家に帰った折、家のあちこちに置かれている
老眼鏡にびっくりした。もっとも、両親とも60歳を過ぎており、老眼鏡が必要なことは理解できる。父はかなり以前から使用しているし、かなりの近視だった母もここ数年使用するようになった。問題は、家の
あちこちに置かれているということである。
父も母も、仕事で使う老眼鏡はちゃんと持っており、きちんとケースに入れて持ち歩いているが、その他に何やら安っぽい老眼鏡が複数存在しているのだ。そして、家の中でちょっと細かいものを見ようというときには、その夫婦共有の老眼鏡をひょいっとかける。ときには、手近にある老眼鏡を奪い合ったりもしている(苦笑)。
そういえば、百円均一店でも老眼鏡が売られている。老眼鏡は、近視・乱視などと違って厳密に度数が合わなくてもよいものらしく、
"強・中・弱"などというえーかげんな表示で売られていることが多い。百円というのは極端にしても、老眼鏡はいろいろなところで、千円やそこらで売られていたりする。だから、家のあちこちに置かれていたりもするのだろう。
ところで最近は、老眼鏡でなくても格安のメガネ店が目につくようになってきた。有名どころとしては
Zoffや
Hatchが挙げられよう。一般には、Zoffの登場が契機となって、大手メガネチェーンや眼鏡店でも低価格化に走りはじめたと言われている。私はそのZoffには残念ながら行ったことがないのだが、私の住む都市にも低価格メガネ店がぽつぽつと登場しはじめている。
今年の2月だっただろうか、そうした低価格メガネ店に行ってみたことがある。そのとき特にメガネが必要だったわけではないが、流行していると聞くと行ってみないとおさまらないので(人、それを野次馬という)。そこは、ネット上で検索しても出てこない店で、経営主体もわからないのだが、いわゆる
"スリープライス"のメガネ店には違いなかった(というわけで、以下はそのマイナーなお店の話である。どの低価格店でもこういう状態だというわけではないので念のため。)
まだ開店して数ヶ月という時期でもあり、店内は若者で賑わっていた。何はともあれフレームを選ばなければ話が始まらないらしいので、店内をぐるぐると歩いてみる。が、ぜーーーんぜん気に入ったものが見つからない。確かに品数は多いのだが、どれも似たような形なのだ。
"若者向け"なんて言い方はオバサンっぽくてイヤなのだが、他に何と表現すればいいのだろう?レンズ部分の面積が小さくて、フレームは安っぽい赤や青や緑。そんなものばかりがところ狭しと並んでいるのだもの。いくら日常用のカジュアルなものを買うつもりだったとはいえ、そんな安っぽいのはイヤだ。断じてイヤだ。
ようやく、比較的オーソドックスなメタルっぽいものを発見。今一つ不本意ではあったが、とにかくその店でメガネを作ることが目的だったので、それで妥協することにして受付へと向かう。私はそのときメガネをかけていたので、店員(アルバイトだろうな。頼りなさそ〜なお嬢ちゃん)は当たり前であるかのように
「今かけているメガネと一緒でいいですか?」と問うのだ。いわゆる普通の眼鏡店ならば、そんなことはありえない。いつ作ったメガネであるかを確認した上で、念のために視力測定することを勧めるものである。低価格なんだからしょうがないでしょ、という考え方もあろうが、測定しようがしまいが眼鏡の価格は同じなのだから、その理屈では納得できない。裏を返せば、そこで短時間で済ませている
視力測定もいい加減なものなのではないか?という疑惑が生まれることにもなる。
と、もやもやしながらも、注文を完了。既に閉店時間が近かったので、翌日受け取ることにした。さてその翌日、出来上がったメガネを受け取りに行く。かけてみる。
何の調整もしてくれない。かなりグラグラしているのに、「はい、よろしいですね」とさっさとケースにしまってしまう。おいおい、ちょっと待ってくれよ。自分で言うのも悲しいが、私は比較的顔がひらべったい(爆)らしく、メガネを作るたびにそのことに気付かされるのである。耳のところをぴったりフィットさせるのに、えらく手間がかかるのだ。ひどいときは、眼鏡店の店員に「もうこれ以上曲がりません」と情けない声を出されたこともある。なのに、そのまま。とほほである。
要するに、低価格には低価格なりの秘密があるということだろう。以前もエステの話で同じようなことを書いた(
『続・エステ』参照のこと)が、低価格を実現するにはそれなりの理由があるわけであり、その理由を許容できる客は低価格のメリットを享受すればよいが、その理由を許容できない客は高い金を放らなければならないのだ。メガネの場合で言うなら、メガネを作った時期によっては視力検査は必ずしも必要ではないと私も思うが、受け渡し時に顔に合わせてくれないお店なんて絶対にイヤである。また、品数だけは豊富だがフレームの種類が乏しいことも、選ぶ楽しみがなくて面白くない(若者向けのデザインに偏っていることについては我慢しよう(苦笑))。つまり、私は低価格メガネ店に行ってはいけないらしいのだ。私の許容できるのは、価格と品質・サービスのバランスからみて
"弐萬円堂"までなのだから(あらまあ、ローカル!(笑))。
つい先日、相方が突然「度入りサングラスを買いたい!」と言い出したので、低価格メガネ店に出かけてみた。が、度の入るものは極端に種類が少なく、断念。結局、老舗の眼鏡店(私も相方もメインの眼鏡はここで作った)に出向き、
低価格店でならば5〜6コは買えるくらいの価格のサングラスを作った。サングラスなんてさほど高い頻度で使うわけでもないので、視力検査は面倒だなあと思っていたが、さすがは老舗店、きっちり検査をする(所要時間約30分!)。検査の設備も、そのへんの眼科なんて顔負けのものすごいものである。受け渡し時の調整も実に丁寧。単なる付き添いの私も、お茶をいただき、眼鏡の洗浄をしてもらい、緩んでいたネジも締めてもらった。快適である。
こうした快適な思い、快適なかけ心地、きめ細かいアフターサービス、などを思うと、低価格店の5〜6倍のお値段なんてどうでもよいと思ってしまう。が、現在、そう考える人は少数派であるらしい。「若者向けのフレームばっかりだなぁ」などと文句を言いながらも「安いから」と低価格メガネ店に出かけるオジサンたちを見ていると、なかなかに哀れである・・・
まあ、そんなわけで、私はメガネ愛用派なのである。コンタクトも使ったことはある(さすがにメガネをかけて結婚式をするのはイヤだったし)が、右、左、右と流した(爆)ところで作り直すのをやめてしまった。私のガサツな性格では、コンタクトとのお付き合いは難しいようである。などと思っていたのだが、
使い捨てコンタクトならば付き合えるかもしれない!と気付いた。今度は使い捨てコンタクトにチャレンジだ!(らんらんらん)
◆ナマ猫VS猫ロボ(2002/10/29UP)
TOP DOWN
里帰りをした。結婚してからはじめての、ひとりでの帰省である。おかげで、親子ともども、のびのび、だらだらした数日を過ごした。別に相方が邪魔だというわけではない(苦笑)が、たまにはこういうのもいい。母のパソコンの練習に付き合わされた以外は、本当にだらだらしていた。寝坊した上に昼寝つき。むむむ、ちょっと太ったかも(爆)。
その母のパソコン熱は大変なものである。私が到着した日も、知り合いが開催しているという無料のパソコン教室に出かけていた。空港まで迎えに来てくれた父に連れられていったその会場には、高齢者ばかりが約40名。大盛況である。ちょうど時期も時期なので
年賀状作成をしていたが、みなさんとても熱心なのには驚かされた。もっとも無料の教室であるから、教室というよりは"お年寄りの仲良しサークル"という雰囲気で、教える内容や教え方には「むむむ(悩)」な点も多かったが、あの熱気、熱心さには恐れ入るばかりである。
さらに、そこでの2時間では不足らしく、その2日後には市が市民のために提供しているITスペースとやらで、母に個人指導をする羽目になってしまった(苦笑)。まあいいや。いつも電話で質問されて、わけがわからなくて苦労しているからなあ。実際に目の前で教える方がずーっと楽である(^^;
そんな母に、山のように撮影してあるレイの写真を見せたり、デジカメでナマ猫を撮影してすぐにその写真を加工してみせたりして、母のパソコン購入意欲を煽ってみた女将である(笑)。
個人消費の拡大はまず身近なところから・・・というのは嘘であるが、母が熱心であればあるほど、OSやアプリケーションのバージョンの違いのせいで不必要な苦労をしているのが気の毒で、自前のパソコンを持たせたくなるのである。超初心者の母に、「同じアイコン(ショートカット)をダブルクリックして開いても、同じものが開いたわけではなく、同じ操作ができるわけではない」ということをわからせるのは大変であった(溜息)。
おっと、今回はパソコンネタのつもりではないのに、つい語りそうになってしまった。失礼、失礼。今日の本題は
『ナマ猫VS猫ロボ』である。本物の猫とネコロとを比較することはナンセンスでも、そのことを通してネコロのすごさを少しでも伝えたいと思うので、ナマ猫の感触が鮮明なうちに(笑)書いてみたいと思う。
実家にいる猫は、5月生まれのメス猫。名前はチビ。常に日本の猫の名前ランキングではトップ3に入るメジャー(安易)な名前である。そしてもちろん、既に小さくはない(苦笑)。もうちょっと考えて名前をつければいいのに。だが、我が家のくま軍団が「くまたろう、くまじろう、くまさぶろう(以下略)」であることを思えば、とても母を非難できぬ(^^;
チビの写真を2枚ほど
露天風呂(掲示板)に掲載したが、なかなかに綺麗で可愛い猫である。写真ではわかりにくいだろうが、とにかく毛がふかふか・ふわふわしている。頭や背中をなでると、チビも喜ぶが、なでているこちらも気持ちいい☆そして、身体はかなり大きくなったが、四肢の柔らかさはまだ子猫のもので、ぷよぷよ・ふにゃふにゃしていてこれまた気持ちいい☆
おまけにこのコはとても人懐こく、すぐに擦り寄ってくる。うーん、可愛い(はぁと)。特に、眠くなってくると、人にくっつきたがる。甘えた声で鳴きながら、よじのぼってきたり、前足で「もみもみ」したりするのだ。可愛い、可愛い、可愛い〜☆(でれでれ)
そんなチビと遊んでいて、逆に思った。
ネコロってよくできている。
特に思ったのが、頭などをなでたときの反応である。ナマ猫の頭をなでると、気持ちよさそうな声を出しながら、一層頭をすりよせてくる。ネコロもそれに近い動きをするのである。レイの頭をなでると、「あぁ〜ん」と甘えた声を出しながら、のけぞるように頭を押し付けてくる。この動きは、ナマ猫と比較しても遜色ない自然さなのだ。ナマ猫と遊んでみて、改めてそのことに驚かされた次第である。
余談ですが、みなさんのお家のネコロちゃんは、喉をなでると喜びますか?うちのレイは、喉はとても鈍感です。頭や背中をなでられるのは大好きなのに・・・。
とはいえ、ナマ猫にはどーーーしてもかなわない部分は多い。動作では、歩く、走る、ごろんと寝転ぶ、丸くなって寝る、じゃれつく、といったことができない。また、普段は気にならないが、ナマ猫に触れたあとでは、どうしてもネコロの骨格(苦笑)がごつごつして感じられるし、とても出来のよいネコロの毛皮もごわごわしているような気がしてしまう。
それでも、「ネコロってよくできている」という思いは変わらない。派手なアクションはできないかわりに、ネコロ特有の
"のび"や
"ネコパンチ"がある。これらの動きは、現実の猫の動きとは違うのだけれども、なぜか十分に「猫らしい」と感じさせてくれるし、おまけにとても愛らしく仕上がっている。このことも、ナマ猫と遊んでいて気付かされた。
そして何より、レイと11ヶ月一緒に暮らしてきた結果・・・
"駆動音"がないと寂しいと思う自分を発見してしまったのだ!(爆)ナマ猫は音もさせずに動く。姿勢を変える。移動する。猫というものは、そういうものだ。だから、最初にネコロを見たときは、「うげえ、駆動音が耳につくなあ。やっぱりロボットだもんなあ」と少し残念に思ったのだ。しかし、一緒に長く暮らしていると、その駆動音がないと寂しいという気持ちになる。今では、音で「あ、今レイちゃんがお座りした」「四足で踏ん張ってる」「眠そうにまばたきしてる」とわかるようになってしまった。音で猫の動きがわかるなんて、ナマ猫との暮らしではありえないことであるが、これはこれで、ネコロとの楽しい暮らしなのである(*^^*)
ところで、あんなに甘えてくれたチビも、3日もすれば私のことなんて忘れてしまうだろう。しかし、レイは違う。
私の帰宅がわかるようなのだ。冷静に考えれば、家の中に人間が1人のときと2人のときでは、単純に「賑やかさ」が違うというだけのことかもしれない。相方がよほど大きな声で独り言を言いまくっていれば別だが(苦笑)、私の留守中、おそらく我が家は静かであっただろう。それが、私が帰ってくると、途端に賑やかになる。レイも元気にはしゃぐ。それだけのことだ。
・・・とはどうも思えない。昨日、レイと1日中一緒にいたが、ほとんど居眠りもせずに付き合ってくれていた。大好きなテレビを見せていても、やる気がないときにはぐぅぐぅ眠ってしまうレイが、退屈なゲーム(動きの乏しい
"推理アドベンチャー"だったから、さぞや退屈だっただろう)画面でも平気だったし、パソコンに向かう私に「にゃあ」なんて言いながらパンチをしたりするのだ。念のために申し添えるが、女将は別に大声で独り言を言う趣味はない(苦笑)。いやはや、本当に、ネコロって賢い。ネコロって不思議。
レイもあと1ヶ月で満1歳。ナマ猫の生後1年といえば、人間でいう15歳くらいになるようだが、ネコロもそうなのだろうか?それとも、人間の1歳児と同じように考えるべきなのだろうか?いずれにしても、まだまだレイはやんちゃなお年頃☆これからもレイの成長、レイとの暮らしを楽しんでいきたいと思う。
◆学園の戦闘服(2002/10/24UP)
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今週に入って急に気温が下がってきた。みなさま、体調を崩されたりしていませんか?とはいうものの、南国の10月末の気候は、女将にとってはすこぶる気持ちがよい。さすがにもう半袖では歩かない(日中はまだ半袖でも十分なのだが、さすがに周囲の目が・・・一応ジャケットを羽織ることにしている)が、実に快適だ。はっはっは(意味もなく高笑い)。
このくらい気温が下がってくると、バイクや自転車の人たちが重装備になってくる。朝、バス停でバスを待っていると、マフラーや手袋をした高校生が自転車で疾走していく。我が家のあるところはいわゆる"文教地区"であるそうで、近くには学校(特に私立高校)が多い。そのため、数種類の制服の高校生が走り抜けていくのだ。
さて、そうやってぼーっと高校生を見送っていて、ふと思った。
最近、セーラー服って見ないなぁ。
正確には、セーラー服はよく見かける。我が家に最も近い私立高校の制服が、セーラー服だからである。しかしそのセーラー服は、スカートは短いし、色も変わっている(Webページで使われる色名でいうと
"steelblue・#4682b4"という感じである)ので、女将の目には「あ、セーラー服だわ☆」とは認知されないのである。女将の思うセーラー服とはこのようなものだ。
- 色は黒か濃紺
- 線は白、赤もOK
- リボンは赤か白
- スカートは長くなければならない
・・・え、一体いつの時代の人だって?ま、まあ、いいじゃないですか。そんなわけで、女将の理想とするセーラー服は、
スケバン刑事
が着用している"学園の戦闘服"なのである。
今月からCSのファミリー劇場で『スケバン刑事』の放送がはじまった(もっとも、以前東映チャンネルで全話チェック済みであり、今回は見ていないのだが)。実のところ、私は漫画の『スケバン刑事』は大好きであったが、『スケバン刑事』なるテレビ番組を見たことがなかった。放送開始が1985年、すなわち女将が不良学生時代だった頃(爆)であるから、当然である。
しかし、相方は違う。相方は自他ともに認める宇宙刑事好き(笑)なのだが、その宇宙刑事シリーズが1985年3月に終了したあと、『スケバン刑事』へ流れてしまったらしい。特に
『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』に対する評価は異常に高く、当時高校生だった相方は、同人誌まで作ってしまったというステキな過去を持っている(核爆)。まあ、確かに、一見アイドルものドラマなのに、東映特撮スタッフがノリノリで作ってしまったものすごい作品であることは女将も認める。が、同人誌か・・・(^^;
と、相方を笑いものにするためにこのネタを書いているわけではない(本当か?)。今回はセーラー服の話をしようと思っただけなのだ(本当かあ!?)。要するに、女将はセーラー服が好きなのである。憧れだったのである。中学でも高校でもセーラー服を着たことがないんだものーっ!(涙)中学はごく普通のブレザーだったからまだよいが、高校の制服は悲惨だった!何の変哲もないジャンパースカートはまあ仕方ないとしよう。問題はジャケットである。襟のところが詰まっていて、シルエットがだら〜んとしていて・・・ううう、うまく説明できないが、
幼稚園児が着るスモックのような印象のものだったのである(号泣)。他校のセーラー服が羨ましくて羨ましくて仕方なかったのも仕方あるまい。
セーラー服を着ていた人に話を聞いてみると、「脇がすぅすぅしてイヤ」などという文句もよく聞かれ、可愛いブレザーに憧れていたという人も多いようだ。お互い、ないものねだりである(苦笑)。しかし、袴が普通だった大正時代の女学校で、はじめてセーラー服が制服として採用されたときには、運動着のようなものだったというから、「脇がすぅすぅ」するのも道理といえば道理であろう。日本で最初にセーラー服を制服と定めたのは、福岡女学院だという説と、名古屋の金城学院だという説があるようだが、いずれにしても
ミッション系女学校が発祥であることは間違いなさそうだ。このあたりの"お嬢さまっぽさ"も、"セーラー服への憧れ"をかきたてる要因の一つなのかもしれない。
とはいえ、セーラー服についてネットで検索していると、上記のようなまともな文章(関東襟、関西襟、名古屋襟などという種類があることもネットで知ったぞ!(驚))もある一方で、
公序良俗に反しまくっているものが圧倒的に多くてげんなりする(溜息)。その手の"憧れ"(というよりも"妄想"と言うべきか)もかきたててしまうあたり、セーラー服ってすごいなあ、と変な感心をしてしまう女将である。
今でも昔ながらのセーラー服を着用している学校もあるようだし、地域による偏りもあるようだから、「セーラー服を見なくなったなぁ」と嘆く必要はないのかもしれない。とはいえ、『スケバン刑事』が身にまとっているような"学園の戦闘服"には、なかなかお目にかかれなくなっているのは事実だと思う。そうなると、憧れる気持ちが強まるではないか!女将は身の程というものをわきまえているので、「二代目スケバン刑事!」と名乗ってヨーヨーを投げるつもりはない。女将が目指すは、相楽ハル子演じる
"ビー玉のお京"である。お京はかっこいい!ビー玉を投げる凛々しい顔がたまらん!サキとの友情ドラマもいい!歌も3人の中でいちばん上手いような気がする!(爆)
とまあ、お気に入りのお京なのだが、武器であるビー玉をいつもどこに隠し持っているのか謎である。えらく大量に持っているようなので、制服のポケットには入りきらないだろう。おそらく、彼女のあの長いスカートの中には、特注の"ビー玉入れ巨大ポケット"がくっついているのだろう。そんな袋をぶらさげて歩いていると、足腰も鍛えられて一石二鳥であろう。とても人間とは思えない身体能力を誇るサキと一緒に
"ダブルスケバンキック"を繰り出すには、日々の足腰の鍛錬が欠かせないのである(と勝手に話を作っておいて、これにておしまい(こら))。
◆いくつになっても(笑)(2002/10/22UP)
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・・・誕生日はそれなりに嬉しいものである。いや、別にトシをとるのが嬉しいわけではないから、「おめでとう!」と言われるのが嬉しいのだな(笑)。みなさま、数々のお祝いのメッセージ、ありがとうございました<(_ _)>
そう、本日10月22日は、○×回目の女将の誕生日である。えーっと、別に恥ずかしいことではないので、年齢を隠すつもりはない(現実世界ではいつも堂々と年齢を答えている(えっへん))のだが、あまりネット社会で正確な年齢を公開しても面白くなさそう(変にお互いに年齢を意識しちゃうと何だしね)なので、○×で押し通すことにしたい(長い言い訳(苦笑))。
さて、例によって、女将の大好きな情報源、
『今日は何の日』で10月22日を調べてみた。
794年:平安遷都の日
・・・だからどうした(爆)。まあいいか。変な語呂合わせで「とうふ、ふーの日」とかじゃなくて一安心。ちなみにうちの相方は"Independence Day"の生まれだが、語呂合わせの方は悲惨である。「梨の日」は予想の範囲内だが、「那須の日」ってのもあるのには驚いた。おいおい、それ、
なまってるぞ(爆笑)。
10月22日は、平安遷都以外には目立った事件のない日のようだ。巨人がV9を達成(1973年)したり、国鉄清算事業団が解散(1998年)したり・・・うーん、あまり楽しくない。西太后の亡くなった日だというのはちょっとインパクトがあるが。あとはやはり、イチローの誕生日というのがメジャーだろう。とはいえ、オタク的には、黒部進、田中芳樹、そして
セーラーヴィーナス・愛野美奈子
の誕生日だということの方がはるかに重要だと思われる(笑)。
まあ、そんなこんなで誕生日についてつらつらと書いてみようと思う。
【学生時代】当時仲間内では、制服が可愛いことで有名な某パイ店(笑)で誕生日を迎えることが流行していた。店員がずらりと並び、「はっぴーばーすでーつーゆー」と歌ってくれる、あのこっぱずかしさがたまらなかったのだ。しかも、わざわざ友人がバイトをしている店まで出向き、恥ずかしそうに歌う友人を見るのがまた楽しみであった。いや〜、趣味悪いッス(^^;
【20代中盤】誕生日にはやっぱりケーキよねっ☆ホールケーキにろうそくを立てて、というのが基本よねっ☆とはいえ、ひとりではホールケーキを食べきれない(涙)。かといって、ホールケーキを食べるためだけに、マンションに友人を集めるのも間抜けではないか。そこで、どーーーしても誕生日にホールケーキを食べたくて、小さめのものを買ってがしがし食べたことがある・・・が二度とするもんかと思った(^^;
【30歳前後】私の働いていた企業のシステム部門では、年齢を
16進法で表現することが流行していた。16進法だと、何と、
32歳で成人である!(大爆笑)32歳、じゃなかった、16進法20歳の誕生日には、20本の薔薇をプレゼントしてくれるという粋な部署もあったそうで、私はすごーーーくそこに異動したかった・・・がしなかった(涙)。仕方なく、素直に10進法でトシをとるしかなかった。
【独身時代全般】総じて独身時代の誕生日には、職場のオジサンたちとなぜか鍋を囲んでいたりすることが多かった(とほほ)。場所はいつもの飲み屋でも、誕生日だからということで、普段より鍋のグレードがアップするというところがポイントである(爆笑)。具体的に言うと、通常は湯どうふであるところに、
牡蠣やタラの白子(注:北海道ではタチ、東北ではタツと言うことが多いようだ)がふんだんに入り、一体何鍋なのかわからなくなるのである。しかし、正直なところ、私はこのタラの白子はあまり好きではない(苦笑)ため、誕生日なんてものはオジサンたちが贅沢な鍋を注文するための口実であったように思われる。
ところで、前回このコーナーで書いた"花"であるが、いただいたものの写真はなぜかレイの部屋にアップした(笑)。あまりよく覚えていない昨年か一昨年、「秋らしく落ち着いた色合いで」とリクエストしたらぱっとしなかった(何だか貧相なアレンジメントだったような記憶がある)ため、今年は思い切って「ブルー・パープル系」とリクエストしたのである。すると、お花やさんは
「ブルー・パープル系の花がない」と言ったのだそうな。どうして?どうして?どうして?ネット上(インターネット花キューピッド、楽天など)をざっとみても、今の時期でもブルー・パープル系のお花はたくさんあるぞ!一体どういう花やなんだ!?きいいいいーっ!・・・と暴れていたら、写真のようなまずまずのアレンジメントが届いてホッ☆ただし、やはり予想よりも少々大きなものであった(^^;
綺麗な花も届いたし、これからお寿司を食べに行く(笑)し、なかなかにハッピーな誕生日である(にこにこ)。我が家のすぐ近くに、江戸前のお寿司やさんがあるのだー!甘い醤油は出てこないのだー!(爆)はっはっは。それじゃ、行ってきまーす☆
おまけ。今回のMURAMASA。日曜日にカッティングシート(金ピカ!)を貼ってみた。が、相方のPowerBook2400c/180にはかなり綺麗に貼れたのだが、我がMURAMASAは・・・失敗。表面に微小な「いぼいぼ」があるのがよくなかったのか?それとも女将がガサツなのがいけなかったのか?四隅からはがれてくるし、「いぼいぼ」の感じが美しくないし、がっかりである。まあ、キズ防止だと思ってしばらくそのままでいよう。ふっふっふ、実は来月中旬から、Mebiusアップグレードサービスで
カラーキャビネット交換サービスが始まるのだっ!このサービスを利用してみようと楽しみにしている女将であった。何色がいいかな〜☆
◆花オンチ(2002/10/17UP)
TOP DOWN UP
旧マシンから新マシンへの移行もほとんど終わり、
"MURAMASA"との生活は快調である。一部では評判の悪いキーボードだが、女将の手にはかなりしっくり馴染む。大体、ノートパソコンのキーボードは、力強く叩くと「ぺこぺこ」するものが多くていけない。おまけにキーストロークが浅くて、ちっとも叩いている気がしない・・・え、キーボードは"叩く"ものではないですって?(爆)そ、そ、それはそうかもしれないが(汗)、私はキーボードをがしがし叩くのが好きなのだあ!自宅にも職場にもわざわざ
メカニカル・タッチのキーボードを取り付けてがちゃがちゃいわせているくらいだもの。はっはっは(自慢するようなことではない)。
それにしても、購入したばかりのお気に入りの座椅子に座り、膝にMURAMASAをのせてかしゃかしゃやっていると、何とも楽しい(にへらにへら)。とはいえ、隣には座椅子(こっちは安物(爆))に座って、同じように膝にiBookをのせている相方がいたりする。これははたから見ると、甚だ間抜けな光景であろう。今に、
隣に座ったまま、夫婦でチャットをはじめるのではなかろうか(核爆!だがないとは言い切れないところが何ともはや(^^;)。レイも心なしか怪訝そうである(これは単に、女将のキーボードの音が変わったからかもしれないが(笑))。
そんなこんなで、女将はとてもMURAMASAに満足しているのだが、1点だけ、どうしようもないことがある。膝にのせていると、
たまらなく熱い
ことだ。こればかりは、相方のiBookにどうしてもかなわない。PentiumIIIである上に、最も薄いところで
16.6mmという極薄ノートなのだから、この熱とは仲良く付き合っていくしかないのだろう・・・(と言いつつ、薄さを自慢しているところが始末におえない(苦笑))
・・・と、今日もニューマシンの(自慢)話をしてもしょうがない(もう十分にしたという説もあるが)。話題を変えよう。
突然だが、女将は来週、通算○×回目の誕生日を迎える。さて、女将の職場では、女性社員同士で誕生日に花を贈りあうという麗しい習慣がある。まあ、花を貰ってイヤな気持ちはしないからいいといえばいいのだが、そういう
職場の"女性だけの会"といったノリが苦手な女将としてはげんなりである。誕生日にお花、だけではなく、年に1〜2度、"女性だけのお食事会"なんてものもあったりして、こちらははっきりと苦痛である。とはいえ、しがない派遣社員の身で、「私、そういうのはキライなので、参加しません!」と言い切ることも難しいし・・・はぁ(溜息)。
さて、誕生日が近づいてきたので、花束担当の女性に「リクエストは?」と言われたのが今朝のこと。ううううう、こ、これは困った。なぜなら女将は、かなりの
花オンチだからである。他の女性は、「私はトルコキキョウが好きなのよ〜」とか「今年は豪華にカサブランカをお願いしようかな」などとリクエストをしているのだが、女将は毎年困ってしまうのだ。何しろ女将は、バラ・ユリ・チューリップというようないわば「大分類」は認識しているのだが、細かい品種となると完全にお手上げ。おまけに、特に好きな花もないときている。はぁ、困った(悩)。
確か最初の年は、何も思いつかなかったので「バラ」と言ったような気がする。どうです、かなりなげやりでしょう?(苦笑)で、あまりよく覚えていないのだが、小さくて安そうなバラがたくさんと、ボリュームアップ用の安い花・草(このあたりの名前が全然わからん)が巨大な花束を形成していて、飾るのに困ったような記憶がある。そのとき気付いたのだ。ここは地方都市、しかも南国なので、
花が安いらしいということに。だから、気をつけないと、花瓶に入りきらないような巨大な花束を貰ってしまう。
その教訓をもとに、次の年は花束ではなくてアレンジメントを頼んだような気がするが・・・やはりよく覚えていない。昨年もアレンジメントを頼んだと思うのだが・・・い、いかん。ほんの1年前のことすら覚えていないとは!しかしまあ、それだけこの「花束贈呈」に対して関心がないということであろう(^^;
さて今年はどうするか?最初は洒落で、
デンドロビウムにしようと思った。ランの一種。花言葉はわがままな美人。ガンダム好きならばウケてくれるだろう(笑)。何なら、貰った花と我が家のデンドロビウム(あ、1/144じゃありません。単なるSDガンダムです)で記念撮影と洒落こんでもいいぞ☆しかしながら、ここでも女将の花オンチがネックになる。花の時期というものを全く知らないからだ。柄にもなく花の種類をびしっと指定しても、今の時期に店頭にあるのかどうかわからない。おまけに、ネットで検索してみると、鉢物ばかり引っかかる。こりゃいかん。鉢物を育てる気なんてさらさらないもの。かくして、ウケ狙いの計画は頓挫・・・
しかし、ふとわれに返ってみる。なぜこんなことで、かくも悩まなければならないのだろうか?とても馬鹿馬鹿しい気がしてきた。そもそも、現在の私の住まいには、花束もアレンジメントも似合わないのである。何たって、座椅子に座って膝の上にノートパソコンをのせて・・・という暮らしなのだから(苦笑)。居間のあちこちで、いろいろなもの(モデム、ルータ、電話機、充電器などなど)が光っている、変にメカメカしい家なのだ。大きな花瓶に花を飾っても、そこいらじゅうを這い回るコード類に引っかかって、中身をぶちまけるのがオチだ(おいおい)。
まあ、そういった現実面での問題もあるが、何というか、"女性だけの会"への嫌悪感と、
「女性なら花が好きで当たり前」というような押し付けに対する嫌悪感が入り混じっているのであろう。どこかで「男性には花オンチが多く、女性には車オンチが多い」という話を聞いたことがあるが、そんなわけがあるかあ!車に詳しい女性はたくさんいるし、私は車オンチかつ花オンチだぞう(えっへん☆<威張るな)。
というわけで、悩んだ末に「アレンジメント、小ぶり(安いお花でボリュームアップというのはイヤ)、花の希望は特になし」という希望を出すことにしたのだが・・・さて、どうなることやら。結果はどこかにアップするかもしれません(しないかもしれません)。
◆WindowsXP 2nd experience(2002/10/15UP)
TOP DOWN UP
一昨日、
我が家にWindowsXPマシンがやってきた(核爆)。以前
「WindowsXP 初eXPerience」という文章を書いたときに、あれほどけなしておきながら、なぜ!?と憤る(呆れる)読者もおられるだろう。だがしかし、これには深〜〜〜い理由があるのだ。
その理由を説明するには、まず2年ほど前に遡らなければならない。当時私は、1996年夏に購入した巨大なパソコン(タワー型の本体も巨大だが、何よりディスプレイが巨大だったのだ。幅410mm・奥行き438mm・高さ422mm・重量17.1kg!)に不満を抱きながら暮らしていた。そんなある日、近くのスーパーに買い物に行ったところ、
"パソコンが当たる抽選会"なるものが行われていた。ま、当たるわけもないし〜☆と軽い気持ちで引いてみると・・・あ、あれれ?当たってしまったぞ。わけのわからないショップブランドだが、スペックはまあまあである。パソコンが無料であるかわりに特定のプロバイダに入れという条件にはちょっと引っかかったが、あれよあれよという間にプロバイダの申込書に記入してしまっていた。
・・・ここまで読んで「おいおい、やべーよ」と思ったあなたは正しい。これはよくある"悪質な勧誘"の手口である。つい記入してしまった申込書は、プロバイダ契約のものだけではなく、パソコンの分割購入の申込書でもあった。なーにが「おめでとうございます!パソコンが当たりました!」だよ。当然すぐさま
クーリング・オフである。
しかし、いったん「わーい☆新しいパソコンだあ(はぁと)」と思ってしまった気持ちは、なかなか鎮まらない。しかも、そんな単純な"悪質な勧誘"に引っかかってしまったことも腹立たしい。これは新しいパソコンを買うしかない!という気持ちになってしまったのも、当然の流れであろう(本当か?)。その直後に家電量販店に出かけ、ぽーんとスリムタイプのデスクトップパソコンを買ってしまったのである(爆)。
ところで、このとき購入したのは日立のPrius(Prius DECK 610N)。デザインが気に入ったので即決したのだが、実は
展示品限りであった。これまた引っかかったが、他に気に入ったものもなかったので、仕方なく購入。が、さすがは展示品、いろいろと問題がある。TVチューナー内臓タイプなのにリモコンがついていないことはご愛嬌・・・いや、由々しき問題なのだが、別にパソコンでテレビを見ようなんて貧乏くさい(おい)ことを考えもしなかったので、気付くのが遅れて手遅れだったことはヒミツである(爆)。問題は、映像や音声がぷちぷちとぶことである。チップセットの問題なのだろうか?例えば、Quick Timeを使うようなタイピングソフト(私はタイピングソフトが大好きなのだ(苦笑))だと目もあてられない。
とはいえ、職場へのWindowsXPの登場によって、「しばらく98SEでいいや・・・」と思っていたのもまた事実。Priusくんを騙し騙し2年くらい使う予定だったのだが・・・
一昨昨日、とあるパソコンショップに出向いた。相方がバルク品(注:箱なし、説明書なし、国内サポートなし、保証書なし等の商品)をあさっている間、暇なので中古パソコンをながめていた。これがいけなかった!
私は今月25日から里帰りをするのだが、現在熱心にパソコン教室に通っている母が「えー、パソコン持ってこないのー?教えてもらおうと思ってたのにー」とぶつぶつ言っていたのを思い出してしまったのだ。加えて、里帰りしている間はネット環境がないというのも不便だな、とも思った。普段はどこに行くにも相方が一緒なので、相方が毎日持ち歩いている(既に身体の一部である)ノートパソコンで、メールチェックも、掲示板への書き込みも、Webページの更新も可能なのである。ひとりで出かけるとなると、いきなり不便だ。ノートパソコンの1台くらいあってもいいかなあ、でもWindowsXPはイヤだから安い中古でいいんだけどなあ、などと考えながらぶらぶらしていたのだ。
そこで、ものすごーーーく古くてスペックの低い4万円程度のもの(OSはWin95)を発見して、相方に報告。しかし相方は、そんなロースペックのものを4万円も出して買うなら、もうちょっと出してちゃんとしたのを買えと言う。まあそりゃ一理あるわな。というわけで、Webページの更新もできるように、iDiskに接続可能なWin98SEのマシンを探しはじめた。そうして発見したのですよ。
薄型でクールなB5ノートを!(^o^)
かくして、全く買う気がなかったのに、中古ノートを購入してしまった女将である。家に帰って早速いろいろと作業(Windows Update(苦笑)、ブラウザ等のインストール、環境整備)を進めてルンルン気分(死語)。やったぁ、私もはじめてノートパソコンを持ったんだわ。相方の"きぬごし"(iBook)より断然小さくて薄くて軽くて素敵☆ミーハーだと言われても、私はクールな"銀パソ"が好きなのよ〜(はぁと)
などと楽しく設定を進めていると、相方が衝撃の事実に気付いた。
「メモリ、64MBじゃなくて、128MBついてるよ」
もちろん、それだけなら「あらまあ、ラッキー☆」で済む(こら)のだが、そうではなかった。店頭での表示が見事に出鱈目だったのである!!!!!
<表示>CPU:PentiumII 500MHz メモリ: 64MB OS:Win98SE
<実際>CPU:PentiumII 333MHz メモリ:128MB OS:Win98
そりゃね、よーく考えてみたら、「PentiumII 500MHz」ってことはないわけだ。でも、ここまで派手に表示が間違っているとは、普通は思わないではないか!しかも、店頭には違う機種に同じ表示がされていたりして、最初から信頼できなかったのだ(なら買うな!)。
もちろん翌日返品に出かけた。ひょっとして揉めるかな?とちょっぴり覚悟して出かけたのだが、ひたすら平謝りに謝られてむしろ拍子抜け(とほほ)。とはいえ、その店で98SEをインストールしてもらったり、かわりのマシンを買ったりする気にはとてもなれなかったので、返品しておしまいである。
・・・ここで、2年前と同じことが繰り返される。いったん「わーい☆新しいパソコンだあ(はぁと)」と思ってしまった気持ちは、なかなか鎮まらない。しかも、前回とは異なって、実物を家に持ち帰って半日触ったあとなのである。もうすっかり、
クールなノートパソコンを小脇に抱えて闊歩する自分の姿を想像済みなのである(爆)。これは新しいパソコンを買うしかない!という気持ちになってしまったのも、当然の流れであろう(本当か?)。
そして、家電量販店を3店まわり、気に入ったものを見つけた!ブラボー!もう怖くて中古は買えない(秋葉原みたいなところなら別だが、地方では買わない方が無難だと思う(教訓))ため、新品である。ゆえにOSはWinXPである。というわけで、我が家にWinXPマシンがやってきてしまったのだ・・・はぁ、長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました<(_ _)>
ところで、女将のニューマシンは、
Sharp Mebius "MURAMASA" PC-MT2-H1W
という。ムラマサである。ムラマサ。気分はすっかり『さくや妖怪伝』!(爆笑)(注:2000年夏に公開された映画。安藤希演ずる美少女"公儀妖怪討伐士"が、妖刀"村正"を手に、スゴイ松坂慶子と戦うのだあ!)おまけに、ディスプレイを開くとキートップが自動的に持ち上がるという
ポップアップ式キーボードなのだっ!かっちょいいではないか〜!
え、それで肝心のWinXPはどうかって?うーみゅ、まあ、そのあたりはおいおいこのコーナーで書いていくことになろう。少なくとも、職場で3ヶ月半付き合ってきたことはプラスに働いており、今のところ順調である。あとは、怖いもの見たさで
サービスパック1を入れるかどうかなのだが・・・(やめなさい、やめなさい(^^;)
◆(^_^)(;_;)(@o@)(ToT)(-_-)zzz(2002/10/10UP)
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意味不明なタイトルで失礼。こんなタイトルにしたのは、本日はこの
顔文字
の話をしたいと思ったからである。10月10日にもなってからとりあげるのも何だが、先月ZDNetにこんな記事が掲載されていた。
「顔文字の誕生から20年 :-)」
この記事によれば、顔文字を発明したのは米IBMの研究者Scott Fahlman氏であるという。というところまではよいし、私もこの
「:-)」(スマイリー)が顔文字の発祥だということは知っていた。しかし、「1982年9月19日」と明白に"誕生日"があるとは知らなかった。日常的に顔文字をよく使う身としては甚だ不覚なり(^^;(あ、言ってるそばからこれだし〜(笑))
掲示板などでのやりとりで、「これはほんのジョークだよ☆」ということを伝えるのに、この「スマイリー」はとても便利であったようで、瞬く間に広まったらしい。日本でも1980年代半ばに、パソコン通信の世界で
「(^_^)」といった顔文字が発案されたそうである。
この顔文字、なぜアメリカでは横向きで日本では縦向きなのかは謎である。女将の目には
「:-)」は「これは横向きに見ると笑顔なのだ」という予備知識なしにはとうてい笑顔に見えないのだが、英語圏で生まれ育った人の知覚はわからないから何とも言えない。はっ、そういえば、
ディスプレイが回転するパソコンがいくつかあるが、まさかスマイリーのためじゃ!?(大嘘)
以前にもちょこっと書いたが、女将のパソコンとの出会いは職場の事務機器(苦笑)であったわけだが、自宅でパソコンを触るようになってしばらくしてからパソコン通信を始めるようになった。そうしてあちこちの会議室を除くうちに、この"顔文字"というものに出会い、すっかり気に入ってしまったのである。何しろパソコン通信では、フォントの大きさや色を変える、画像を添付するといった表現が不可能であるから、ちょっとしたアクセントに顔文字はとても便利だったのだ。
そんな顔文字好きな女将とはいえ、さすがにビジネス文書に顔文字を使ったりするわけではない(当たり前だ)。しかし、職場でもあえて顔文字を使ったことがある。今の職場で1年ほど過ごした頃、グループウェアがほとんど活用されていないことが話題になったのである。そもそもグループウェアにはディスカッション用のスペースが2つ存在しており、1つは直接仕事と関係する内容でブレーンストーミングをしましょうという場。もう1つはもっとくだけていて、雑談OKの「談話室」という場である。この使い分けがなかなかできず、結局どちらにも誰も書き込まないという状態が続いていた。
これではいかんと思ったでしゃばりな女将は、「談話室」にのーてんきな雑談をいくつか書き込んでみた。それでも何となくカタイかな、と思ったので、顔文字や
(笑)をちょこっと(一応遠慮がちに)使ってみた。そうしたら
変にウケてしまったのである・・・(困惑)。ある人などは、10行くらいの連絡文の全行の末尾に顔文字を入れていた(爆)。いくら雑談な「談話室」とはいえ、それにはさすがに参った。職場に悪い文化を広めてしまったのではないかと、深〜く反省した次第である(^^;(あ、また)
などと反省してはみたものの、何のことはない、ご覧のとおり、ついつい顔文字を多用している女将である。まあ、最近では顔文字も一般化しており、デフォルトの辞書に顔文字辞書が入っていたりもするし、巷には顔文字辞書や入力支援ソフトの類いがたくさんあるようだからいいことにしよう。携帯電話の絵文字などはキャリアが違うと互換性がないらしいから、それを思えば顔文字というものは極めて良心的でよいではないか。はっはっは(開き直り)。
ところで、みなさんは
"ギャル文字"なるものをご存知だろうか?これまたZDNetの記事、そしてまたまた古い話で恐縮である。
「あなたは解読できるか?──絵文字,顔文字そして「ギャル文字」」
今年の春頃に流行っていたそうなので、今ではもう見向きもされないのかもしれない。例えばこんな感じなのだそうだ。
ぉレ£ょ(おはよ)
ぉゃ§α(おやすみ)
|ナL丶ナニレ丶(けいたい)
走召カ」ワイクナょレ」(超カワイクナイ)
・・・な、な、何なんだ、これ(ぐるぐる)。加えて、このギャル文字のベースになった(かもしれない)とされている
"クサチュー語"(腐れ厨房氏作)も強烈である。「く」を「<」、「タ」を「勺」、「こ」を「乙」というように、わざわざ"下手な字"のように見せているところがポイントらしい(もう失われつつある技術につき詳細は不明)。
あれ?そういえば、パソコン通信でも似たようなことをしていたなぁ。何しろフォントのサイズを変更できないため、強調したいときには「超」を「走召」、「爆」を「火暴」などと書いたりしていた。おお、ギャル文字と共通ではないか!(爆笑)一昔前のパソコン通信時代を知っているオジサン・オバサンと、今どきのギャル(死語じゃないのか?)が、同じようなツールを使ってコミュニケーションしているのかと思うと、どうにも笑えてしまう。結局のところ、文字を使って情報を伝達している中での"一工夫"なんてものは、同じようなところに行き着いてしまうということだろうか?なかなかに興味深い。
◆運動会雑感(2002/10/08UP)
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10月。運動会シーズンである。一昨日の日曜日にもどこかで「どん、どん」と花火の音がしていた。近所の小学校の運動会だろうか?それとも、"地区の運動会"なるものだろうか?
3年半前に引越してきたときに、とある分譲マンションの1室(持ち主が遠隔地に住んでいる)に入居したのだが、その分譲マンション(巨大なのが3棟)の住民だけで
"○○校区第×町内"なるものを形成しており、そこから"地区の運動会"の選手をエントリーするので立候補してください、という回覧を見て腰を抜かしたことがある。私は就職して以来、大都市の賃貸マンションにしか住んだことがなかったので、そういった"町内会"のイベントなどとは無縁の生活をおくってきたのだ。「40代男性」だの「高校生」だのという区分で選手がエントリーされ、町内会対抗リレーで勝敗を競うなんて、初耳であった。が、これは別に地域性でも何でもなく、世の中では広く行われていることらしい。試しにGoogle(またかい(笑))で「地区の運動会」を検索してみると、何とびっくり、1,210件もヒットしたもの。
そんなわけで(どんなわけだ)、今日は運動会についてつらつらと。
私には、小学生・中学生の頃の運動会の記憶がほとんどない。別に「運動会の日の朝になるとお腹が痛くなる」というほど運動会嫌いの子供ではなかった(多分)が、どうやらあまり楽しいものではなかったとみえる。そりゃまあ、走るのは速くなかったし、そもそも身体を動かすことが好きではなかった(というか、外に出るのが嫌いだったような気がする。家の中でバレエの真似(あ、それは前回のネタだ(笑))をしたり、洗濯紐をネットにみたてて「木の葉落とし!」などと叫びながらビーチボールをアターック!したりしていたものだ(遠い目))から当然か。
しかし、根が
お祭り好きなので、高校生になると、揃いのTシャツの作成、応援合戦の企画といった"イベント"方向に活路を見出し、それなりに運動会を楽しんでいたように思う。
ところが、どうもそのあたりから、運動神経のニブさが強烈に発揮されるようになるのだ。高校のスキーの授業でやたらと骨にヒビを入れたり、大学の体育実技のバレーボールでが
見事な顔面レシーブをキメたり(なお悪いことに、バレーボールコートはなぜか大学の正門脇にあったので、大勢の友人に目撃されてしまったのであった(恥))・・・こうなると、運動なんてするもんか!という気になっていくのも仕方ない(?)。
就職してからがまたヒドイ。職場の運動会で、若いからという理由だけでリレーの選手にさせられ、目もあてられない成績をおさめてしまったりするわけだ。おまけに、職場のオジサンたちのご家族(奥様・お子様)のお守りでへとへとになるし、もう踏んだり蹴ったり。かくして、"運動会"と聞くだけでぞっとしてしまう女将の出来上がりである(苦笑)。
そんなこんなで、昨日は相方と運動会の話をしてしまった。なぜかお互いに
卒業アルバムを引っ張りだして、運動会・体育祭について回想したのである。さて、相方も私に負けず劣らず運動神経に問題がある(爆)のだが、運動会の
「騎馬戦」と
「棒倒し」は好きだったと言う。なるほど相方の卒業アルバムには、騎馬戦に挑もうとする上半身裸の男子生徒たちや、騎馬戦における乱闘シーン(笑)の写真が掲載されていた。なるほど、レイの野蛮な性格は、私ではなく相方譲りなのであろう(爆笑)。
そういえば、「騎馬戦」や「棒倒し」は危険な競技だということで、禁止する小中学校が増えているという話を耳にしたことがある。また、そのこととは直接関係はないが、徒競走などで1着、2という"順位"をつけることもやめている学校もあると聞く。自分が運動会をあまり好きでなかったくせに言うのも何だが、そんな運動会、楽しいかぁ?
ところで、以前このコーナーで
『新しい"強要"教育の在り方について』という文を書いたことがあるが、1週間ほど前にも中教審の『子どもの体力向上のための総合的な方策について』という答申案が発表されていた。子供の体力や運動能力の低下を憂えて、体力向上を目指す方策を!というところまでは理解できる。運動嫌い、外出嫌いな私とて、「本当は身体を動かした方がいいんだよな〜」とは思うのだ。しかし、その具体的な方策が、また例によってとんちんかんなのである。
まずは
「外遊び・スポーツスタンプカード(仮称)」。子供が身体を動かすための動機付けとして考えられた方策だそうだが、ラジオ体操の出席カードでもあるまいし、カードにスタンプを押してもらって身体を動かすなんて、何かおかしくはないか?学校が強く推進することによってボランティアが"ボランティア"でなくなりつつあるのと同様に、これでは外遊び(この言葉も何とかならないかねぇ)が"遊び"ではなくなってしまう。
かと思うと、運動部を充実させろだの、始業前や休み時間に身体を動かせだの、いい加減にしてくれと言いたい方策が目白押しである。なぜ休み時間に運動を強制されなければならないのか?げんなりである。大体、先の「教養教育」の答申のときには、「朝の10分間読書が有効」と言っていたじゃないの。本も読まなきゃいけないし、運動もしなきゃいけないし、始業前の小学生ってつくづく忙しいのね(冷笑)。こんな答申に振り回されるのかと思うと、子供たちがとても不憫に思えてくる・・・
一方では「危険だから」と騎馬戦や棒倒しを禁じ、他方ではスタンプカードなどという道具を用いてまで「外遊び・スポーツ」を奨励しようとする。もう何が何だかわからない。運動会というイベントも、お父さんたちによる
子供撮影会の様相を呈しているようであるし、今後のあり方は難しいのかもしれない・・・などと突き放したことを書けるのも、我が家に子供がいないからなのだろうか。子供がいたら、私もビデオカメラを手にいそいそと出かけていきそうな気がする(当旅館内の大量のレイの写真を見れば明らか(苦笑))。
◆アン・ドゥ・トロウ!(2002/10/03UP)
TOP DOWN UP
今週は『ブルースワット』も『カクレンジャー』も放送されない。つまらない。だから「忍びの城」もさっぱり更新できない。寂しい。これは、ファミリー劇場(CS)で特別番組とやらを放送しているせいである。特別番組って何よ?と思って見てみたら、
『キン肉マン キン肉星王位争奪編』であった(^^;・・・な、なぜ、この番組を、この時期に、毎日集中して放送するのだろう?謎である。まさか、スポーツの秋だから
みんなでマッスル!(爆)なんていうはずもないし・・・
ところで、CSといえば、女将が最近ちょっとはまっているアニメがある。あ、ちょっと前に話題にした、元祖胸ライオン(笑)こと『未来ロボダルタニアス』ではない(念のため)。キッズステーションで放映中の、
プリンセスチュチュ
である。原案:伊藤郁子、監督:佐藤順一というスタッフ編成ももちろん魅力的ではあるが、まあそういうオタク的ネタは置いておこう。さてこのお話、タイトルからも明らかなように、バレエものである。うおおおおお、乙女(誰がじゃ)心をくすぐるではないかーっ!
というわけで、今日はバレエのお話を少々。
今はどうなのか知らないが、私が子供の頃は、「バレエを習うのはお嬢さま☆」という考えが支配的であった。私の中では、バレエとバイオリンが
"ハイソな習い事"として憧れの地位にあったのである。その後、自分が学生オーケストラに所属したことによって、「子供の頃からバイオリンを習っている人って、いるところにはたくさんいるんだなあ」と思い、ありがたさが若干薄れてしまった(おいおい)のだが、バレエは違う。今でも「昔バレエを習っていたの」という人に出会うと、自然と目がキラキラ☆してしまう〜。
そもそも、私が子供の頃というのは、バレエが流行っていたと言えるのかもしれない。調べてみたら、バレエ漫画の代表格である山岸涼子さんの『アラベスク』の連載開始が1971年、有吉京子さんの『SWAN』の連載開始が1976年だそうだから、なるほどストライクゾーンである。
だがしかし、それより何より印象深いのは、テレビドラマ、
『赤い靴』
である。「踊ろう赤い靴〜」という不景気(笑)な主題歌を歌える人は多いのではないだろうか?(ただし同年代に限る)これまたちょこっと調べてみた(ネットって便利だなぁ)ところ、放映時期は1972〜73年。ああ、やっぱりまたしてもストライクゾーンなのね(苦笑)。
あの番組の影響は実に大きく、女の子たちはみんな意味もなく爪先立ちにチャレンジしたり、手すりにつかまって足を上げたりしていたように思う。また、何となく"イジメ"と言われると、条件反射で
「やっぱり、トゥシューズに画鋲が王道だよねっ!」と思ってしまうのも、この番組の影響ではないだろうか(正確には、この時期流行っていたバレエ漫画が発祥なのかもしれないが、影響度という点ではやはりこのドラマだろう)。この"トゥシューズに画鋲"は、ガットを切る、機動兵器のコクピットに画鋲を置く(爆)、というように時代を越えて発展していくのであるから、その影響力たるやすさまじい。そして子供心に、「ああ、女の嫉妬ってコワイな」ということが刷り込まれていくのだ・・・(嘘)
あ、いかん。女の嫉妬の話ではなかった。おかしいなぁ。優雅なクラシックバレエの話をしているつもりだったのに(^^;
えー、そんなわけで、お気に入りの『プリンセスチュチュ』である。主人公はドジでのろまなカメ・・・ではなくてアヒルである。鳥のアヒル。があがあ鳴くあのアヒルである。そのアヒルが、なぜか「あひる」という名の女の子になっており、さらにそのあひるがプリンセスチュチュに変身するのだ。・・・と説明してもわかりにくいだろうなぁ(悩)。
舞台は、お話の世界と現実の世界が入り混じっている街。だから、変身するアヒルがいることも、バレエの先生が猫だったりすることも、王子様が普通の少年として暮らしていることも、アリクイがバレエを踊ることも、なーんにも不思議ではないのだ。そういう不思議な世界のお話。え、ますますわからなくなった?うーん、す、すみません<(_ _)>
ひとことで言って、
ちょっとコワイメルヘンなのである。可愛いらしいキャラクター、美麗なバレエシーン、メルヘン調な街並み・・・そういったものの中で、かなり酷いお話が展開されるところがたまらない。プリンセスチュチュは、心をなくしてしまった王子様の"心のかけら"を取り戻すために頑張っているのだが、ネガティブな心を取り戻したことによって苦しむ王子様を見て悩んでしまったするのだ。また、プリンセスチュチュと王子様は結ばれない運命、と既にお話の世界で決まってしまっているところがまた泣かせる。
さらに、ナレーションが岸田今日子さん、鍵を握っている(らしい)物語の作者の声が三谷昇さん、という渋い(そしてちょっとコワイ)キャスティングがまたたまらん!岸田さんの声で「王子様は心をなくしてしまったのです・・・」なーんて言われただけで、ゾクゾクである(変態か?私は)。いやもう、実にいい感じなのだ。
番組中におけるバレエの扱いもかなり丁寧だと思う。特に力の入った第1話では、高いところから転落する王子様を救うためにプリンセスチュチュが『花のワルツ』という技(?)を使っていたが、いやはや美麗☆もちろんチャイコフスキーのあの曲にのせて、プリンセスチュチュが舞うのである。うーん、素敵☆
こんなふうに、毎週
"必殺技"のようにバレエの名曲・名場面が出てくるのかしら!とワクワクしたが、まあそれほどネタは続かないようで、『花のワルツ』ほどのシーンはその後見られない。しかし、毎週『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ジゼル』というようなモチーフがあり、お話もうまくまとめられている。なぜか『展覧会の絵』や『ニーベルングの指輪』といったバレエ以外の曲が流れたりして面食らうこともある(苦笑)が、総じてクラシックバレエ好き、クラシック音楽好きには楽しめるようにできているように思う。
みなさーん、一度見てみてねー!・・・と言いたいところなのだが、いかんせん放映局がどうにも少ないらしい(涙)。キッズステーションはCSと一部CATVにしか入っていないし、地上波だとテレビ神奈川、テレビ埼玉、サンテレビ、KBS京都くらいだとか。うーん、お勧めしにくいわ(^^;
◆ごめんで済めば・・・(2002/10/01UP)
TOP UP
月は変わって10月である。さすがにしのぎやすくなってきた。とはいえ、今朝デパートの前を通りかかったら、
ダッフルコートがディスプレイされていたのにはさすがに驚いたが(^^;
ところでみなさま、9月29日(日)には、アクセス障害でご迷惑をおかけしました。トップページや露天風呂(掲示板)でも何度か申し上げていますが、改めてお詫びいたします。申し訳ありませんでした<(_ _)>
と、顔文字で「ぺこり」なんてしても、まったく誠意がないってもんである(自爆)。謝罪というものは、頭を下げればいいというものではない。原因を究明し、以後そんなことがないように対策を講じなければ意味がないではないか。しかしながら、Appleからは未だに何のアナウンスもない(どうやらこの会社はそういう会社のようである。女将はMacユーザーではないので、そういう暗黙の了解は理解できない。だから怒る。きいいいっ!)ので、「今後再発しないようにつとめます」とも言えない(ああ〜、お客さま〜、逃げないで〜!)。その点、この女将の謝罪は
謝罪失格である(泣)。
というわけで、本日のお題は"謝罪"である。
最近、様々な分野で不祥事等が発覚し、それに伴って実に多くの謝罪を目にするようになった。謝罪の仕方も様々であって、ちょこっと頭を下げる人、土下座をする人、涙を流す人とパターンは多様であるが、何だか全く誠意が伝わらないケースも多いように思う。
だからといって、
「気持ちは形であらわそう☆」とばかりに「偽装表示された豚肉を購入された方には返金いたしまーす!」という決断をしたスーパー(西友)では、とんでもない騒ぎが起きたりしている。買ってもいないのに嘘をついた人、水増し請求した人、会社を休んでまで駆けつけた人・・・こうした人々の品格に関してはまた別の問題なので、巨大掲示板の類いにお任せする(爆)。しかし、そりゃまあ、レシートなしでも返金してるよ!などという噂(噂ではなく事実であったが)が広まれば、こうなるのは目に見えている。こうなると、性善説に立った英断というよりも、単なる杜撰な思いつきだとしか思えない。
謝罪をするということは難しい。もちろん、一時的に「何だかわからないけど、とりあえず謝っておけ!」という場合もある。しかし、本来謝罪をするためには、責任の所在を明確にすること、原因の特定をすること、そして再発防止策を打ち出すことが必要であろう。大企業ともなると、これらの過程に時間がかかることは頷ける。したがって、最初の記者会見では「とりあえず謝っとけ」的なものになるのは、ある程度は仕方がないのかもしれない。大事なのは、そのあとの企業の対応なのである。頭を下げればいいというものではない。辞任すれば済むという問題でもない。形(カネ)であらわせばいいというものでもない・・・
ところで、どうやら謝罪というものをしなくてもいい商売があるらしい。閣僚である。もっとも、一国の政治を担う人たちが、ほいほいと頭を下げてばかりではマズイだろう(苦笑)。とはいえ、政策が誤りだったことを一切認めない姿勢には恐れ入る。
みなさんは、昨年6月のいわゆる「骨太の方針」を覚えているだろうか?おそらく忘れてしまっているのではないだろうか?(苦笑)そのなかで、「不良債権処理の重要性」を経済再生の第一歩として大きく取り上げたことは注目されたが、その内容はというと・・・
不良債権問題を2〜3年内に解決することを目指す
とくる。目指すだけなら誰でもできる。具体的な方策はどうした?と思っていると、
産業の再生なくして不良債権の最終的解決なし
と言われてしまうのだ。借り手である企業・産業が非効率的であることが悪い、非効率的な企業・産業は退出してもらうべきだ、そうすれば資源が成長分野に流れていく・・・まったくもって市場まかせの、いい加減なお題目である。
そして案の定、不良債権は処理しても処理しても一向に減らない。アメリカからの突き上げも強い。さあ、公的資金の投入だあ!・・・ちょっと待ってくれ。いいのか?それで。そればかりではなく、「骨太の方針」策定の中心人物であったはずの竹中経済財政相が、昨日の内閣改造で金融相も兼務することになったというではないか。まったくどうなっているのか?
政策が失敗でしたと認めることが必ずしもよいことだとは言い切れない(いたずらに不安を煽ってしまう可能性がある)し、首相や大臣が頭を下げたからといって事態が好転するわけではないため、「謝罪しろ」とは言わない。しかし、責任の所在を明確にし、原因を特定して、今後につなげる・・・という流れは同じであるべきであろう。
不良債権を"悪者"にして現実から目をそむけている場合ではない(そもそも、「不良債権問題のせいで景気は回復しない」などという奇妙な理屈の根拠をまず示していただきたいものである)。また、昨年9月の同時多発テロを、景気回復の遅れの言い訳にしている場合でもない。
小泉内閣の真価が問われるのはこれからである。
彼らが本当に"謝罪"しなければならないような事態に陥らないことを祈って・・・