日 - 10月 30, 2005

恋とiPodと満員電車


 先日、酔っぱらいで箱詰めになった終電間際の満員電車に乗った。
 私の目の前にはハタチ前後のカップルがいて、必要以上に体を寄せ合っていた。腰は密着し、頬と頬もくっつく寸前。キミらは雪国の猿か、と心でツッコミながら眺めていたワケだが、やがてそれだけ密着している理由がわかった。彼らは、1台のiPodのひとつのイヤフォンを2人で聴いていたのである。カレシの右耳とカノジョの左耳に、白いイヤフォンがひとつずつ入っていたのである。
 何とも微笑ましい光景であったが、このカレシの方は音楽なんて耳に入っていない様であった。ハタチの男子といえば、発情期のネコもビックリの性春……、いや、青春まっただ中。これだけ女のコと密着していて心も体も穏やかでいれるなら、悪いコトは言わぬ、今すぐ俗世から離れて禅寺へでも行って出家するコトをオススメする。
 カレシの右手は、最初はつり革をつかんでいたが、列車が3分も走らぬうちにカノジョの腰に手を回し始めた。更にその手をそぉっと、まるでルパンが宝石を盗むかのような慎重さで尻へと伸ばしてイッたのである。こっそり触ればバレないとでも思ったのだろうか。
 さて、今私の目の前で尻をまさぐられているカノジョ。コーディロイのジャケットにフレアスカートという上品ないでたちで、原田三枝子を3日間水につけふやかして色気をヌイたような、お嬢様風のなかなかの美人。カノジョがどんな反応をするか固唾をのんで見守っていたのだが、意外な反応に驚かされた。
「イヤ〜ン! エッチィ! どこ触ってるのぉ!!?」
 メチャクチャ声がデカいのである。周りの観客は、きっとカノジョが痴漢に遭ったとでも思っただろう。
 そう、カノジョは耳にイヤフォンを装着していた為、声がデカくなっていくコトに気づかなかったのである。誰もが一度は経験がある、あの現象である。本人はカレシにしか聞こえないような小さな声で話しているつもりなのだろうだが、その声は隣の車両の乗客にまで聞こえるほどデカかった。その車両の中で2人の声がデカいコトに気づいていないのは、当のカレシとカノジョの2人だけだった。カレシは続けてこう言った。
「ちょっと太ったか!!?」
 またまた声がデカい。そして、その問いに対するカノジョの答えに、同乗した酔っぱらいサラリーマンたちは一斉に酔いを覚まさせられるコトになる。
「今日、毛糸のパンツ履いてるんだもん!!!」
 毛糸のパンツ。毛糸のパンツ。毛糸のパンツ……。乗客の頭に、この言葉が響き渡った。この、いつも成城石井で買い物してるような、吉野家なんて行ったコトがないような、週末にはお母さんとお父さんと隠れ家的レストランでイタリアンのランチコースを食べているような、そんな上品なカノジョが、毛糸のパンツ、毛糸のパンツ、毛糸のパンツ……。
 そういえば、めっきり朝晩冷えて来たなぁ……。そろそろ冬物のコートでも出すかぁ……。季節の変わり目を、見知らぬカノジョの毛糸のパンツで知るコトとなった。

Posted at 09:18 午前     | |

水 - 10月 26, 2005

刑期について考える


 まだプロ野球が華やかし頃、昭和30〜40年代。巨人・大鵬・玉子焼きとうたわれた通り、猫も杓子もON(王、長嶋)に夢中だったようで、子供たちは銭湯の下駄箱を、ONの背番号である1と3を我先にと使いたがった、というのは有名なお話。
 かの私も、幼少の頃か我が阪神タイガースの掛布雅之が大好きで、小学校の時、「僕の出席番号を掛布の背番号である31番に変えてくれ」と担任の松田先生に直訴したコトがある。松田先生は「理由がなければダメだ」と言うので、私は胸を張って答えた。「今の出席番号の7は、僕の大嫌いな読売ジャイアンツの柴田の背番号だから嫌です」と。ところが松田先生は「そんなのは理由にならない」と一蹴するのだった。
 松田先生はわかっていない。たかだか背番号と思ったのだろうが、その数字ひとつで、小学生がどれだけ学習意欲を削がれ、ポテンシャルを引き出す妨げとなったかを。もしあの時、先生が私に31番を与えていれば、私の成績は2〜3レベルはアップしたハズである。何しろ、毎朝学校へ行き、授業前に出席を取られたワケだが、「7番、○○!」と呼ばれるたび、「あぁ、俺はあの柴田と同じ7なんだ……」と落ち込んでいたのである。朝からブルーになっている小学生に、授業を聞いて学習せよ、という方が無理な相談である。
 こんなニュースがアメリカから届いた。
『憧れのスポーツ選手にあやかって、刑期を3年延長志願した男』
 強盗殺人を犯したこの男。懲役30年という判決に異論を申し出た。彼はNBAの大スター、ラリー・バードの大ファンで、その背番号である「33」にあやかり、懲役も33年にして欲しい、と願い出たのである。こうして、前代未聞の刑期延長処置がとられるコトになった。
 記事によると、判事は「彼はムショ入りして落ちぶれるなら、ラリー・バードのユニフォームも道連れだと言っていたので、この上なく喜んでいます」とのコト。
 この判事もわかっていない。この犯人は、強盗殺人を犯した凶悪犯なのである。どうしてそんな人間の願望をわざわざかなえてやるのか。もし、こいつが「33番」の大ファンだとわかったら、あえて刑期は「32年」にするのが正しい裁判官の判断ではないか。「あぁ、俺の大好きな『33』だぁ〜」と幸せな気持ちで33年刑務所で過ごすのと、「どうして1年足りないんだぁ!」と、悶々とした気持ちで32年過ごすのと、どちら凶悪犯に相応しい刑罰か、考えずともわかるだろう。
 これからは、裁判所は刑期を、初犯だから5年とか、殺人だから20年とかいったように杓子定規で決めるのではなく、罪人それぞれのパーソナルなデータに照らし合わせて決めるべきではないか。例えばラッキーナンバーが7の人間には懲役6年11ヶ月を、占いで字画が悪いと改名した人間には、元の画数の年月を求刑する。ヨン様ファンには5年、二郎さんファンは3年、ついでにサブちゃんファンは死刑でどうだ!? 

Posted at 06:49 午後     | |

木 - 10月 20, 2005

未知との遭遇


 私ほど、幽霊やUFOの存在を信じていない者はいないのではない。
 何故なら、私ほど幽霊やUFOに一度で良いから遭遇したいと願っている者がいないからである。道を歩くときは、空にUFOが飛んでいないかと絶えず視線を空に向けているし、暗闇に行くと、どこかに幽霊がたたずんでいないかと目を凝らして探す。そんな努力を日々重ねながら30年以上生きて来たが、たった一度も空飛ぶ円盤にも幽霊にも出会ったコトがない。たった一度も、である。その結果、やはり幽霊やUFOは存在しない、という結論を導き出さざるを得ないのである。
 よく、UFOに拉致されて宇宙人に謎の手術を施された、という話を耳にするが、出来れば私もやって欲しい。もし宇宙人がそんなに人間で実験をしたいのなら、私がいち早く立候補する。どうぞUFOで拉致してくれ。私の所在地が知りたいなら、コメント欄にカキコしてくれ。
 幽霊も、誰かの前に化けて出たいのなら、こんなにあなたのコトを想っている私の前に出れば良いのに、と思う。どうして人一倍恐がりの人間の前にばかり出てくるのか。不公平である。できれば20年前に死んだ祖母に出て来て欲しいが、ここまできたらワガママはいわない。どんな幽霊でも結構である。24時間お待ちしている。
 なぜ私の前に現れないのか、と思ったら、本日、こんなニュースを目にした。
『小金沢昇司、UFOの激写!?』
 あの、歌手の小金沢君(一体この人はいつまで「君」付けで呼ばれるのか)が、UFOを激写し、新曲の発売と同時に発表するのだとういう。
 記事の中に、こんな一文があった。小金沢君は25年前にもメキシコでUFOを目撃し、昨年も函館の露天風呂で3つの謎の光に遭遇しているそうで、「UFOのは縁がある」そうだ。
 これが本当だとすれば、私にはUFOにも幽霊にも「縁がなかった」というコトになる。昔、いつか2人きりで遭遇したい!と願っていた女のコから「縁がなかったと思って諦めて」と言われたコトがあるが、まさか幽霊とUFOにも縁がなかったとは……。女も幽霊も、願いが強すぎてはイケない、というコトなのだろう。

Posted at 04:02 午後     | |

月 - 10月 10, 2005

10月10日という日


 10月10日といえば何の日かご存知だろうか。体育の日(ハッピーマンデー導入の2000年以降は10月第二月曜日になったが)。正解である。目の愛護デー。それも正しい。具志堅用高がファン・ホォセ・グスマンを破り世界ジュニアフライ級チャンピオンに就いた日。新宿の歌声喫茶「灯」が閉店した日。それもこれも正解だ。
 しかし、もっと重要な一日であるコトを、我々は忘れてはイケない。それは、多くの子供たちが性の目覚めと人間の神秘について考える日である。
 我々は小学校高学年にもなると、ある事実を知るに至る。いかなる行為と仕組みで子供ができるのかというコト。そして、そうやって仕込まれた子供は、十月十日で産まれてくるコトを。
 赤ちゃんは結婚すればコウノトリが自然に運んで来てくれる、と真剣に信じていた者にとって、これはサンタクロースの正体が実は我が親父であるというコトを知るのと同じくらい、アイドルが公表しているスリーサイズは結構いい加減だというコトを知るのと同じくらい、衝撃的な事実なのである。
 そしてこの二つの事実が頭にインプットされた瞬間、子供たちは幼い頭をフル稼働させ考える。受精、妊娠、トツキトオカ……。こうして熟考の末、ある結論が導きだされるのだ。「というコトは、10月10日生まれのヤツは、親が元旦に……」
 思春期を終えた人間にとっては、まったくどうだってイイことなのだが、これは子供にとってみれば衝撃的な事実である。「みんながこたつで隠し芸大会を観ながら雑煮を食っている時に、こいつの親ったら!」というワケだ。
 こうして、クラスに1人はいるであろう10月10日生まれの人間は、みんなから一斉にこの言葉を投げつけれる。「お前は親が正月にヤッてデキたんだぁ」と。
 私の同級生だった10月10日生まれの井上君も、クラスのみんなから言われていた。10月10日生まれの有名人、野坂昭如も風見しんごも栗山千明も、そして元X JAPANのTOSHIも、きっと一度や二度は言われたコトがあるだろう。ヘタをすると、10月9日生まれの人間は、「お前の親は紅白観ながら……」なんて言われたコトがあるかもしれない。
 そんなコトを言われても、10月10日生まれの人間は困ってしまうだろう。なぜそんなコトで小馬鹿にされたような言い方をされなければイケないのか。正月だなんて、考えようによっては非常にめでたい事実とも言えるではないか。それでも子供たちは、声に出さずにはいられない。そんなコトを言ったり考えたりしてイクうちに、人間誕生の意味や尊さを学んでイクような気がする。
 10月10日生まれのみなさん、お誕生日おめでとうございます。

Posted at 05:57 午前     | |

火 - 9月 13, 2005

「で」がないといけない、「で」が。


 ご存知の通り、東京は田舎者の集まりである。
 私も十数年前に京都から東京へやって来て、いろんな地方から人間が来ているコトに驚いたのだが、最も感心したのは、狭い日本と言いながら、地方によってこれほど文化が違うのか、というコトである。
 例えばジャンケン。上京早々、関東出身の友人とジャンケンをする機会があったのだが、できないのである。呼吸が合わないのだ。あの、グーとチョキとパーを出す、最もシンプルなゲームの一種であるジャンケンが、同じ日本人同士なのにできないのだ。
 具体的に言うと、関東の人間は、「ジャンケンポン!」とまくしたてるように言って手を出す。はなはだ乱暴である。ところが京都出身の私は、「じゃぁ〜いけぇ〜んで、ほぉ〜い」と言って出す。非常に優雅である。優雅と乱雑では、リズムが合わない。関東のヤツに言わすと、「で」がわからないという。「じゃいけんほい」で良いじゃないか、というワケだ。ヤツらは、なぜ「で」が入るのか、と問うてくる。理由は知らない。
 しかし、ジャンケンは2人以上、時には10人近くでやるゲームだ。「で」が入るコトでどれほど大勢が参加しても、呼吸が合うのだ。その証拠に、京都では、例えば引っ越しの時に2、3人でタンスか何かを持ち上げる時のかけ声は、「せ〜の〜、で!」で持ち上げる。「で」が重要なのだ。「で」がないと、持ち上がらない。ところが関東では「で」が入らない。これでは引っ越しにならない。
 だから、「ジャンケンポン!」と乱暴に言われても、「で」がないので、手が出ないのだ。シャレじゃない。もっと驚いたコトに、関東の一部の地区(私の知人は千葉だったが)出身の人間は、「ジャンケンポン!」ではなく、「ちっけった!」と言い。何だそれは。ゲームの名前が「ジャンケン」なのに、かけ声は「ちっけった」だ。しかも、「あいこ」の時は、「あいこでしょ!」ではなく、「った!」と言うのだ。無茶苦茶である。あいこが続くと、「ちっけった! った! った! った!」と叫び続けるのだ。もはや日本語とは思えない。
 ちなみに、「だるまさんが転んだ」という遊びも、京都と関東では違う。関東では目隠しして、「だーるーまさーんがころーんだー」と言って振り返り、動いたものを指摘するのだが、京都のかけ声は、「坊さんが、屁をこいだ」である。更に続けて「匂いだら、臭かった」という。数えてみると、どちらも10文字なのだ。「インディアンのふんどし」というのもあったが、これは全国区なのだろうか。
 文化の差で、逆に関東の人間を驚かせたのが、のこぎりである。関西の人間は、のこぎりを手にすると、必ず「お〜ま〜え〜は〜、あ〜ほ〜かぁ〜」と歌う。間違いなく歌う。歌い飽きているのに、体が勝手に反応して歌ってしまうのだ。これは、横山ホットブラザーズのギャグ である。もしこの歌がわからなければ、近くにいる関西人に、そっとのこぎりを渡してみると良い。会議中だろうが葬式中だろうが、彼(彼女)は間違いなく歌ってしまうだろう。「お〜ま〜え〜は〜、あ〜ほ〜かぁ〜」と。

Posted at 11:53 午前     | |

水 - 7月 27, 2005

遠くへ飛ばすというコト


 陸上競技で最もスリリングな競技は、投擲競技ではないかと思う。ハンマーや槍をえいやっと投げ、遠くに飛ばした者の勝利。この上なく単純ながら、我々を魅了してならない。「何かを遠くへ飛ばす」という欲求は、人間のDNAに刷り込まれた本能に違いない。
 その証拠に、我々はいろんなモノを遠くへ飛ばす。先日は、高知県でニラ飛ばし大会が行われた。キムチ鍋や餃子に入っている、あのニラである。ネギでも大根でも良さそうなモノだが、おそらく大会が行われた場所が名産地なのだろう。それなら、ニラの早食いでも大食いでも、あるいは「ニラ写生大会」でも良い。「ニラ剣道」でも「ニラサッカー」でも良い。各地のニラを食って産地を当てる「利きニラ」でも、ニラを見て笑ったヤツが負ける「ニラめっこ」でも良い。それでも人は、ニラを遠くに飛ばしたがる。
 記事によると、ニラ飛ばし大会はすでに13回目だという。私がまだ女の扱い方を知らなかったニキビ面の頃から、遠く高知の人々はニラを飛ばし続けていたのだ。この大会が「幼児の部」や「女性の部」、そして「国際の部」に別れて行われているというコトからも大会規模の大きさが伺える。優勝者が11.5メートルという前人未到の大記録だったコトにも驚かされるが、更に驚愕させられるのは、この記録がギネスに申請させるというコトである。というコトは、日本の高知だけではなく、世界のどこかでもニラを飛ばしている人々がいる、というコトである。そうでなければ、「国際の部」なんて設置されるワケがない。きっとこの大会に出場するニラ飛ばし選手たちは、餃子やニラレバを食うたびに、「あぁ、このニラ、飛ばしてぇ!」と思っているに違いない。恐るべき、人類の「遠くへ飛ばしたい」願望。
 遠くへ飛ばす大会といえば、さくらんぼの種飛ばし大会が有名だが、こちらはジャパングランプリ が毎年行われているらしい。この日の為に毎日毎日種を飛ばし続け、鍛え抜かれた強者たちが全国から一同に会し、己の技とプライドをかけてさくらんぼの種を飛ばしあうのである。壮大なロマンと言わずしてナンと言おうか。
 ジャパングランプリというコトは、この競技にも世界大会があるに違いない、と思って調べてみると、やはりあった世界大会。こちらはすでに32回も行われている。私がまだ女の扱い方はおろか、トイレの扱い方も知らないよちよち歩きの頃から、世界の片隅で人々はさくらんぼの種を飛ばし続けていたのである。しかも記事によると、ディフェンディングチャンピオンは「ヤングガン」の異名を持つブライアン・クラウゼさん。彼の父のリックさんも元チャンプで、あだ名は「ペレットガン(空気銃)」。更に今大会の女性部門では妻のマレーネさんが、5歳以下の部門では次男のコール君が、6-8歳部門では長男のブラーデン君が優勝している。彼ら「クライゼ一家」は、この世界では知らぬ者のいない偉大なる一家らしい。いうなれば、さくらんぼ種飛ばし界のグレーシー一族である。
 ちなみに、さくらんぼ飛ばしを自宅や職場でも簡単にできる種飛ばしキットが発売されいてる。しかもこのキットには、さくらんぼが入っていない。どこまでもどん欲な人類の遠くへ飛ばしたい願望である。
 考えてみれば、私も幼い頃が遠くへ飛ばすコトに関しては、人並み以上の魅力を感じていた。それは、小便の遠くへ飛ばす大会である。
 まだ立ち小便が許された幼稚園児の頃。私たちは友人たちと連れたって、誰が小便を一番遠くへ飛ばすコトができるか、毎日のように競い合っていた。この大会で優勝するのは、決まって私か、同級生の「さっかん」こと坂口クンのどちらかだった。我々二人は、みんなのあこがれの的だった。
 遠くへ飛ばすコツは、限界ぎりぎりまで小便をガマンするコトである。「さっかん」より早く準備を始める為、朝から大量に水を飲み、小便をチャージする。幼稚園に行く前に放水してしまっては水の泡。ガマンにガマンを重ねる。時には脂汗をかくコトをあった。「さっかん」も青い顔をして限界まで耐えている。お互いトイレに駆け込まない理由は、男のプライド以外にはない。
 満を持して放射された私と「さっかん」の放水は、それはそれは遠くへ飛んだ。慣れてくると、少し上向きに放水すれば、尚、距離が伸びるコトがわかった。しかし、風の強い日に上を向けすぎると、自分に返ってくるという悲劇を見るコトになるので要注意だった。小便の描く放物線は、勝利への架け橋だった。
 こうしてしのぎを削り合った私と「さっかん」であったが、ある日、「さっかん」がガマンしきれず教室で放出してしまい、それが1分以上止まらないという大惨事が起こったコトから、この大会は泣く泣く中止するコトとなった。小便飛ばし大会がオリンピックの正式競技なら、私と「さっかん」で金銀独占に違いない、と今でも思う。ま、野球ですらオリンピックから外されるんだから、ムリに決まってるか!

Posted at 12:47 午後     | |

月 - 7月 25, 2005

意外なトコロにまで及んだ地震の影響


 東京で暮らし始めて15年以上経つが、先日の地震ほど大きな地震 は初めて体験した。 私はちょうと新宿のとあるビルの10階に居たのだが、ビルが「ミシッ」と音を立て、大きく揺れた。ビルの上というコトで、地上より揺れが大きかったのだと思うが、体より、脳が揺れるのをはっきりと自覚した。酒を飲んだような、車に酔ったような、ヴァンダレイ・シウバのパンチを食らったような(実際には食らったコトはないけれど)、そんな脳の揺れを感じたのである。実際、少し気持ち悪くなった。
 地震発生直後、都内の電車はほとんど止まっていたが、私が乗り込んだ京王線は、その日調布花火大会が行われる為、意地でも動かさなければイケなかったのか、「安全の確認はとれておりませんが、徐行しながら走りまぁす」と呑気なアナウンスをして走り出した。ナンジャタウンのお化け屋敷もビックリのスリルである。しかも、花火大会に遅れるワケにはいかないせいで、車内は浴衣ギャルでいっぱい。押すな押すなの大盛況。あっちの浴衣娘はせっかく結わいた髪がバラバラになり、こっちの浴衣娘は胸の辺りが色っぽく乱れる始末。様々な不安とドキドキを乗せ、電車は西へと走り続けた。
 家に帰ると、心配していた通り、床に山積みにしていた本が崩れていた。途方に暮れながら散乱した本を眺めていると、一番上にある本のタイトルが目に入った。それは、引っ越しの騒動でどこかにまぎれ、何年も探していた一冊であった。いやはや、「災い転じて福となす」とは、まさにこのコトではあるまいか、と、脳が揺れたせいなのかぼんやりとした頭で考えた。ま、無事でナニより。

Posted at 05:27 午後     | |

火 - 7月 19, 2005

スター・ウォーズ燃え尽き症候群


『スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐』を観て以来、公私ともヤル気が起こらず、虚脱した毎日を送っている。
 考えてみれば、それも仕方あるまい。8歳で初めて『スター・ウォーズ』を観た時、上映開始後ものの数分で虜になってしまった。頭の上から飛んでくるバカでかい宇宙船。とても人間が入っているとは思えないユニークな大小のロボット。不気味な息づかいでのっしのっし歩く黒い兜の男。太陽が二つ浮かぶ惑星……。今観直しても胸が高まる物語に、子供が興奮しないワケはない。
 あれから27年。様々な映画を観たり、飯を食ったり、恋をしたり、飲んだり、吐いたり、また飲んだり、また吐いたり……。そんなコトをクリ返し、自分も大人になったと思っていた。そして観た『エピソード3』。ご存知の通り、コレは27年前に公開された『エピソード4』につながる物語である。ラストでは、27年前に瞳を輝かせて観た映像、シーン、そのままのモノがそこにはあったのである。映画館で横を見ると、8歳の自分が座っていてもおかしくないような錯覚に見舞われた。まるで27年前にタイムスリップしたかのようであった。
 一体私の27年間はナンだったのだ、と考えてしまう。あの映画からスタートし、必死に何かを追い求めて走り続けて来たら、たどり着いたトコロには、27年前の自分がいたのである。
 今は、スター・ウォーズが完結したという喜びと、自分の半生のちっぽけさに打ちのめされ、全身脱力感に見舞われている。ダース・ベイダーになって自分を奮い立たせたり、これまでのスター・ウォーズ5作をDVDで見返したりもしているのだが、それでもやはりパワーが出ない。
 そんな今の自分をイラストにしてみると、こんな感じ……。


 真っ白に燃え尽きた!

Posted at 11:18 午前     | |

月 - 7月 11, 2005

愛の歌


『スター・ウォーズ エピソード3』の公開を目前に控えた5月23日、映画字幕翻訳家の岡枝慎二氏が亡くなった。岡枝氏といえば、『スター・ウォーズ』旧三部作の字幕を担当した方で、「フォース」を「理力」と訳した素晴らしい翻訳家であった。
 他にも、『惑星ソラリス』から『プラトーン』、『エル・トポ』から『ブレイドランナー』まで、数えきれない作品の字幕を手がけた。中でも我々の印象に残るのが、『エマニエル夫人』である。
 ある年代に産まれた者にとって、『エマニエル夫人』で性の目覚めを知った男子は少なくない。フジテレビの土曜ゴールデン洋画劇場で放映された『エマニエル夫人』を、親の目を盗みながら、それこそ死に物狂いで観たモノである。そういえば関西のあるTV局は、確か1983、4年ごろだったと思うが、年の瀬の12月29日、30日、31日の深夜、三夜連続で『エマニエル夫人』『続・エマニエル夫人』『さよならエマニエル夫人』3部作を放映して我々を驚かせた。もっと驚いたのは、年が開け新学期、学校へ行ってみると、クラスの3分の2の男子が3作とも欠かさず観ていたコトである。
『エマニエル夫人』をあそこまでエロティックにさせたのは、あの有名な歌によるトコロが大きい。ムーディーなメロディに、フランス語でささやくように「♪ふぉわにゃふぉあにゃのなのなんにゃえまにぃえ〜るぅ♪」と歌うあのテーマ曲である。これほどまでに官能的な歌は他に見当たらず、この歌を聞いて育った現在30代から40代の男子は、あのメロディを耳にしただけで下半身が穏やかでなくなるように刷り込まれている。
 さて、岡枝氏である。英語作品だけではなく、フランス語やイタリア語、ロシア語の作品も翻訳していた氏は、エマニエル夫人のテーマ曲を、このような官能的な日本語に訳したのである。
「愛の歌 歌うエマニエル 心が求めるのです
 愛の歌 歌うエマニエル 体がうずくのです」
 さぁ、あのメロディにのせて歌ってみると良い。いかに胸が高まるか。
 我々は、偉大なる翻訳家を失ってしまった。

Posted at 03:44 午後     | |

金 - 7月 8, 2005

雨の日、人類の進化について想う


 いろんなモノが発明され、世の中は随分便利になっただって? そんなコトを言うヤツは、一体どこに目をつけているのだ? 私に言わせれば、現代はまだまだ不便な物事が多過ぎる。中でも最も不便だと感じるモノは、傘である。
 地球上に雨が降り出して何年になるか知らないし、現状の傘が発明されてどのくらい経つのかもわからないが、一体人類は、どれだけあの不便な傘を使い続けるつもりなのか。人類はある程度進化したのを良いコトに、あぐらをかいていしまっているのではないか。
 現状の傘には、大きく分けて3つのいかんともしがたい欠点がある。
 まずは、雨をよける為とはいえ、差している時に片手が塞がるのは納得がいかない。人類は、両手を自由に使う為に四つ足から二足歩行に進化したハズである。それなのに、わざわざ片手を潰してしまうとは、進化に逆行する愚行としか言いようがない。
 続いては、畳んだときの持ちにくさである。柄の部分は、だいたいが丸いJの字型か、折りたたみ傘のようなIの字型であるが、どちらにしても持ちにくい。Jの字型は、どこかに引っかけやすい形ではあるが、手に持ってみると、非常に収まりが悪い。一番すっきりする持ち方は、Jの長い部分を握る方法だろうが、そうすると、ななめ後方に傘の先が突き出る形になる。試しに、その体勢で手を振って歩いているといい。まるで後ろの人間を刺し殺そうとしているとしか思えない。私も何度か、駅の階段で前を歩く馬鹿人間に刺し殺されそうになったコトがある。雨の日は、前を歩く人間に刺されないように神経をは張りつめながら外出しなければいけない。
 最後に、これは決定的欠点だと思うのだが、「置きにくい」というコトである。
 例えば雨の日に喫茶店やファミレスに入ったとしよう。入り口に傘立てがあればそこに差しておけばようにだが、我々日本人には、盗まれるのが怖いという小心者が多い為(それが100円ショップの傘であろうと、だ)、ほとんどの人間は自分の席まで持って行く。モチロン、各席は傘を置くコトなど想定せずに作られている為、傘の置き場などない。椅子の背に引っ掛けてもよいのだが、そうすると通路に傘が放り出されるカタチになり、他の客や店員の通行の邪魔になってしまう。
 そこで、多くの者はテーブルの端にチョンとひっかけるのである。テーブルの高さは傘の長さより短いため、傘の先は床につき、柄の部分はひっかかりの無いテーブルに申し訳なさそうに引っかかっていて、傘全体は非常に不安定な状態で斜めになっているのだ。そこで傘に少しでも触ったり、テーブルを揺らしたりしたらどうなるのか。傘は間違いなくバタン!と床に倒れる。一度倒れたら、それに懲りて床に倒したままにしておけば良いモノを、何故か再び持ち上げテーブルの端に引っ掛ける者が多いのだ。そんなコトをしたら、結果は見えている。3分も経たないウチに、またバタン! また引っ掛けて、またバタン! バタン! バタン! こんな愚か者が隣の席に座ろうものなら、耳障りで仕方ない。傘がバタン!と倒れる音だけで、ストレスがたまり、胃潰瘍になってしまう。大げさではなく、あのバタン音の連続はは奈良の「引っ越せぇー!」おばちゃんと同じくらい、周りの人間の心身にダメージを与えるのである。
 電車の中でも、バタン!バタン!している乗客は多い。唯一、倒さずにいる客は、席の一番端に座り、手すりのバーに引っ掛けるコトができる客だが、その客は、圧倒的に傘を忘れる可能性が高い。それでは本末転倒である。
 例えば、傘の先に吸盤が付いているとか、三脚のようになってとかして、どこでも立てかけるコトができるようにはできあにモノだろうか。私の寿命を縮めない為にも、一刻も早く、差しやすく、持ちやすく、そして置きやすい傘が発明されるコトを、切に願うばかりである。

Posted at 10:53 午前     | |



























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