複雑な親心 先日、とある番組で俳優の保阪尚輝が、幼い子供を育てるにあたり、犬のコトを「ワンワン」とか、車のコトを「ブーブー」とかいう風に、いわゆる「赤ちゃん言葉」を教えるのはまったくバカげている、というコトを主張していた。
実は私も、まったく同意見であった。何故こんな言葉を教えなければいけないのか。子供の立場になって考えてみると良い。「これはブーブーだよ、ブーブーっていう乗り物だよ、ブーブー、ブーブー!」と教えられ、「そっか、ブーブーか」と思って必死に覚え、やっと「ブーブー、ブーブー」と言えるようになったかと思ったら、ある日突然、「違うよ、あれは自動車っていうんだよ」と言われるのである。子供にしてみれば、「どっちやねぇん!」とツッコミたくなるハズである。 そんな面倒くさいコトをするなら、最初から正確な日本語を教えれば良い。ついでに言えば、多くの者が成長してから英会話をマスターしようと苦労するのだから、どうせなら最初から日本語と一緒に英語も教えれば一挙両得ではないか。まだバブバブ言っている赤ちゃんをだっこしながら、このように教えるのである。「ほらサキちゃ〜ん、あれが『自動車』、あるいは『Car』だよぉ〜」「ほらナオく〜ん、あれが『飛行機』、あるいは『airplane』だよぉ〜」「ほらほらユウちゃ〜ん、ああいう人のコトを『自暴自棄になる』、あるいは『become desperate』だよぉ〜」という風に。 モチロン、最初は何を言ってるかわからないだろうが、きっとほかの子供と比べても、かなり早めに正確な日本語、おまけに英語も話せるようになるに違いない。教育学的にも、要領の良さから考えてみても、これは最善の方法のように思われる。 私はまだ子供がいないが、子供を育てるコトになったらこの方法を採用したいと思っていた。この素晴らしいアイディアを是非ほかの人たちにも知って欲しく、1歳の子供を持つ知人に提案してみた。すると、彼は言った。「でも、早く喋ってくれるのを見ると、カワイイんだよなぁ」と……。 「自動車」あるいは「自暴自棄」なんて単語を、1歳や2歳の子供が発音できるハズはない。ところが、「ブーブー」や「ニャンニャン」だったら、ちゃんと話せるのである。少しでも早く子供とコミュニケーションを取りたいと願う親心は、遠回りとわかっていながら赤ちゃん言葉を教えていたのである。親心は、教育学や要領をも超越する、複雑な愛情でできていた。 Posted: 金 - 5月 27, 2005 at 11:03 午後 | | |
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