『パッション』



 サンシャイン劇場にて、『パッション』 を観る。
 監督のメル・ギブソンが27億円の私財を投じ製作した、キリストの処刑までの最後の12時間を映画いた作品だ。本作は、ある程度聖書を理解している人間が観るコトを前提として作られているように思う。その証拠に、キリストが奇跡を起こしたり教えを説いたりするシーンはほとんどない。ただひたすら、皮膚がべろんとはがれるまでムチで叩かれ続け、いばらの冠をグリグリ冠らされ、十字架を背負ってゴルゴダの丘を上らされ、その十字架に手の平と足の甲を釘で打ち付けられる残酷描写が続く。
 聖書に精通している人間からは「事実と反する」という反論が続出したそうだし、コレを観てショック死した人間もいるそうだが、南無阿弥陀仏な日本人にはそこまでの衝撃は感じないかもしれない。ただ、あれだけの血の量と残酷なムチ打ちや張り付けなどの描写を延々を見せられると、痛さは十分に伝わる。釘で打ち付けられるだけでなく、そのまま十字架をひっくり返され、裏から飛び出た釘の先を打たれるのだ。この描写はあまりにも痛々しいリアリティがあった。
 キリストとてあまりの痛さに悶え叫ぶ。釘を打ち付けられながらも、天に向かい「この者たちは知らないだけなのです!」と叫ぶのだが、そんなコト言ってる場合じゃないだろうと思う。よくプロ野球の解説者が、デッドボールがあると、「当たった方も痛いが、当てた方も痛い」などとたいして上手くないコトを口にするが、当たった方が痛いに決まっている。この映画でも、キリストに刃を向けるという罰当たりなコトをした人間も悲惨だろうが、やはり張り付けになったきしると本人の方がもっと悲惨だ、と感じる。
 信者が観ればまったく違う感想になるのだろうが、徹底的にショッキングさにこだわった映像を観るとそんな印象を受けてしまう。確かに賛否は分かれるだろうが、ただ、これまでいくつも存在したキリスト映画は、あまりに美しく描きすぎたのではないか、と思えてくる。

Posted: 水 - 6月 1, 2005 at 03:26 午後         | |


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