『下妻物語』『スパイダーマン2』



 池袋サンシャイン劇場にて『下妻物語』を、新文芸座に移動して『スパイダーマン2』を観る。
『下妻物語』だが、実は予告編などを観て「イマイチかな」と勝手に思い込んでいて、おまけに原作者の嶽本野ばら氏はテレビなどで見る限り「不気味なヤツだな」とこれマタ勝手に思い込んでいたので、この作品は敬遠していたワケだが、いざ観てみると、人や小説や映画は見た目で判断してはイケないと思い知らされた(そういえばこういう会話が本作でもなされていたのを思い出す)。スミマセンでした、原作も読んでみます。これは現代日本映画を代表する作品と言っても良いだろう。
 茨城県下妻に暮らすロリータファッションの桃子と、ヤンキーのイチゴとの友情を描く作品である。桃子は「人間は誰にも頼らず一人で生きていける」というのがモットーで友達なんて一人もいない。方やイチゴは、ヤンキーならではの「ダチ」や「仲間」との繋がりを重視する昔ながらの人情派。最初は毛嫌いしていたお互いが、次第に理解を深め合ってイク……、というと単純な友情モノだと思われそうだが、実は極めて現代的なテーマを含んでいる作品である。
 特に桃子の言うところの「人間は一人で生まれ一人で死んでいく」のかどうか、友情なんて必要ないのか、というテーマは、現代の日本の若者の最大の関心事であるようで(戦争やテロよりも遙かに大きい)、NHKをはじめとする各局が若者数人を集めて討論する番組がこぞって制作しているが(あれ、この上なく苦手なのだ!)、チャンネルを合わせるとこのテーマばかり語っているような気がする。
 結論として「やっぱり人間は一人じゃ生きていませんでした」という単純なトコロに持っていかないのがこの映画の秀逸な点である。ただ、「個」を持つというコトと一人でいるというコトは別だというコト。社会と個人との関係性を非常に清く描いている。ケータイに何百人のメルアドが登録されてるからって、それが一人じゃないという証拠になるのか。是非、ひきこもりクンや自殺志願者などに見てもらいたい映画で、国際映画祭にはたけし映画やアニメなんかより、こっちを出品すべきである。などとクドクド述べてしまったが、実は最高にバカバカしいギャグが連発するセンス抜群のコメディなのである。
『スパイダーマン2』は、前作にも劣らない痛快作であった。トビー・マグワイアの「童貞演技」はますます磨きがかかっていた。スパイダーマンになる大学生が童貞である点が、「スパイダーマン」の大きなポイントになっているのは言うまでもない。
 これは各所で指摘されているコトだが、あのピュッ!とでる白い糸は間違いなく射精のメタファーである。その証拠に、前作では、始めて糸が出た時は、まるでオナニーを覚えたての中学生のように、嬉しくてあちこちでピュッ!ピュッ!と発射しまくる。部屋でピュッ!ピュッ!していた時に、育ての親である叔母さんがいきなり入ってきて危うく見られそうになる場面なんて、まさしくそのまんまである。
 そしてパート2の本作でも、トビーは童貞のままでる。笑ってしまったのは、ずっと憧れ続けていた同級生のメリー・ジェーンに彼氏が出来たと知った時、ヤケに糸をピュッ!ピュッ!と出しながら街を飛び回るのだが、突然糸が出なくなり、上空から真っ逆さまに落ちてしまう。どれだけシコシコしても出ないのだ。女にフラれた精神的ショックで出なくなるなんて、これは典型的なインポテンツ、EDではないか!
 ヒロイン、メリー・ジェーン役のキルスティン・ダンストが、あまりにもヒロインというイメージからかけ離れたルックスだ!という指摘は、スパイダーマンを観た者なら誰もが感じるコトであるが、あの清純とは正反対の「淫乱フェロモン」が、童貞クンのハートをワシ掴みにするのだ。よって、スケベっぽい顔の彼女をヒロインにキャスティングしたのは当然だし、ずっとノーブラで演技させたのも、さすがサム・ライミ監督、心得てる!と言わざるを得ない。

Posted: 木 - 10月 28, 2004 at 07:06 午前         | |


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