『埋もれ木』 試写にて、『埋もれ木』
を観る。小栗康平監督の9年ぶりの新作である。
先日の『スター・ウォーズ エピソード3』の興奮冷めやらぬまま、正反対の映画を観てしまったので、脳内リズムを「小栗モード」にスイッチするのに、しばらく時間がかかってしまった。とにかく、テンポもテーマも撮り方も、何から何まで正反対の作品だ。『スター・ウォーズ』に比べ、カットは10分の1くらい、台詞の数は50分の1くらい、役者の動きは100分の1くらい、制作費は、一体何分の1なのか。観客動員は? 小栗監督とルーカスの収入差は? ……、ま、そんなコトはどうでも良い。興行収入や年収で映画の善し悪しが決まるワケではない。 女子高校生のまちが、友人2人と物語をリレー形式で考えていく、という遊びを始める。物語の空想の世界と、田舎町の現実世界が、ものすごくゆったりとしたリズムで描かれる、(監督曰く)ファンタジーである。ラストの神秘的な祭りのシーンは、フェリーニの「8 2/1」のようで嫌いではないのだが、坂本スミ子演じる老婆が老人ホームに入れさせらえそうになり抵抗する、なんて生々しいエピソードが混じり込んで来て、いきなり現実の世界に引き戻され、ファンタジー色が薄れるような気になるのが残念だった。 ストーリーがよくわからない、という意見もあるだろう。正直、よくわからない。ただ、映画というのは物語を追いかけるだけでなく、映像や雰囲気から、夢を見たりや空想を描いたりするような体験をするコトも可能だというコトではないだろうか。いずれにせよ、絵画のような美しいロングの映像(あまりにロングの映像ばかりで、結局主人公の少女の顔がよくわからなかったが)と、リアリティを排除した台詞まわしや演技、よくわからないがゆったりとしたストーリー運びなどが相まって、懐の深い作品であった。 『スター・ウォーズ』は、スリルから恋愛まで、何でもあったが、『埋もれ木』は、そんなモノは何もない。まったくない。ぼんやりと観ていれば良いのだろうが、人間、何もないモノを前に1時間半もちんまり座らされていると、何かを探そうと非常に頭を回転するようだ。結局、『スター・ウォーズ』と違ったタイプではあるが、やはり疲労感を感じてしまったのである。 Posted: 水 - 6月 22, 2005 at 03:39 午後 | | |
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