9日目、永遠の都ローマ!(その2)
(激写日:2002/7/23)

 

トレビの泉にコインを投げろ!

トル公:

ヴァチカンにコロッセウムというローマに来たら必ず見ておかなければならないモノを見た後、ツアー一行は、これまたローマに来たら必ずやらなければならない「後ろを向いてコインを泉に投げ入れる」儀式のためにトレビの泉へ!
そして自由時間を使ってローマの街をウロウロしてみたのでありました。

 

 

 

 

トル公:

教皇クレメンス13世の命により1762年に完成したトレビの泉。水は古代ローマの時代に作られた水道から引いてきており、途中改修工事を受けたりしたが、長い年月絶えることなくこんこんと水をあふれさせ続けている。流石はローマまさに永遠の都。壁面の彫像は海神ネプチューンと馬をひくトリトーン。水にちなんだ神々で、泉にはふさわしい。幾世紀もの時を越えて水を湛え続けるのは、まさにネプチューンのご加護でありましょう。とか思ってみたけど、作らせたのはキリスト教の教皇様。ネプチューンは余裕で異教の神ですが?

 

 

 

トル公:

トレビの泉は映画ファンにとって印象深いイタリアの観光スポットかもしれない。フェリーニの「甘い生活」ではトレビの泉に飛び込むシーンがあるし、「愛の泉」はまさにこの泉が舞台で、「願いがかなう」と言う伝説が知れ渡ったのもこの映画からなんだっけ?
ローマ随一の観光スポットの一つだけあって、当然泉の前には観光客がイッパイ!皆さん当然のごとく後ろ向きになってコインを投げ入れる。コインを右手に持って左の肩越しに泉へコインを投げ入れる。一枚投げれば再びローマを訪れることが出来る、二枚投げれば願いがかなうという(諸説アリ。一枚投げればローマ再訪、二枚投げれば恋がかなう、三枚投げれば離縁する等)。ちなみに「トレビ」とはすなはち、Tre vie(トレ ヴィエ= 3つの小道の意)だそうですな。昔は三つの小道がぶつかるところだったのかな。
この「コインを投げる」っていう儀式が良い。日本人にとってはおさい銭を投げるのと同じ感覚で、親しみやすく、なんとなく楽しくなる。そういえば、日本の地方なんかに行くと、観光地の池や泉にはよく小銭が投げこまかれてますな。トレビの泉の影響なのか、それとも水源にはおさい銭を投げ込まないと気が済まないという、民族的何かがあるのでしょうか?

 

ローマのカルボナーラを食べてみた

 

トル公:

お腹が空いてきたので昼食。カルボナーラを食べた。
ベーコン、チーズ、卵に黒胡椒がパスタにからんで美味い。
ローマでは観光客はカルボナーラを食べなければならないと決まっている!
なぜならカルボナーラの故郷はローマだから。
このカルボナーラ、ルーツについて二つの説を聞いた。
もともとカルボナーラはチッチァリーア地方の炭焼き職人達の伝統的なパスタで、山にこもることの多かった職人達がベーコンやチーズなど保存が出来る材料で作ったパスタがカルボナーラ。第二次世界大戦で戦火を逃れたローマの人々がチッチァリーア地方でカルボナーラに出会い、戦後ローマに帰ってこれを広めた。カルボナーラとは「炭焼き職人風」の意。
もう一つの説は戦後占領軍のアメリカ人向けに考え出された料理で、ちりばめられた黒胡椒が炭っぽく見えるから「炭焼き職人風」と名付けられたとの説。
後者の説がホントっぽい。チーズ、ベーコン、卵という材料がアメリカ人好みって気がするしねえ。
あ、コーヒーはエスプレッソね。

食後、ツアーコンダクターのS嬢の案内で、紛失したクレジットカードの仮発行をしてもらいにJCBのローマ支局を訪れました。これで財布を無くした私もどうにか安心してお買い物が出来るようになったのです。

 

国立バルベリーニ美術館

 

 

トル公:

国立バルベリーニ美術館。バルベリーニ家の宮殿。残念ながら撮影禁止。構わずカメラをもって入場しようとすると、美術館のオジサンが優しいスマイルを浮かべながら「カメラを持って中に入ることは出来ないんだ、下のフロアーにロッカーがあるからそこに入れておいで」というようなことを言ったのです。この言い方がとても優しげ。おとなしくロッカーにカメラを保管して再び入場するとオジサンはまたまた優しい笑顔を浮かべて「OK、OK」と言って通してくれたのでした。ホルバインのヘンリー八世、ラファエロの恋人と噂されるフォルナリーナ、カラヴァッジョのユディトーナルキッソス、マティスのエラスムス先生など、もう歴史に名を残す作品がそこら中にかけてあったのです!ああ、もっとじっくり見たかった!いくら時間があっても足りないくらいだ!!

 

ローマのモニュメントあれこれ

 

トル公:

この巨大な白い建物はヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂。イタリア統一を記念して建造されたそうな。目の前の交差点はバンバン車が走っていて、自分が古代のローマではなく現代のローマに居るんだと思いださせてくれるのです。そのせいか、他の遺跡と比べると、見ててもいまいちワクワクしない。「ローマの休日」でも出てきましたな、この建物。と、いうかこの旅行記にアップしてるトコはほとんど映画にも出てきてるけど。
ところで、ローマで見た信号機はなぜか赤だけとてもデカイ。日差しが強いから、色弱の人が多いから、皆がちっとも信号を守ろうとしないからとか、いろんな理由があるそうですが兎に角、赤だけが大きく目立ちます。

 

 

トル公:

マルクス・アウレリウス帝の記念柱。柱の表面には哲人皇帝マルクス・アウレリウス帝のサルマシアの戦い、ゲルマニアの戦いが彫り込まれている。てっぺんにはかつてマルクス・アウレリウス帝の像が載っていたらしいんだけど、教皇シクストゥス五世によって聖ピエトロにすげ替えられたそうな。まれに、柱は公開され、柱の中の螺旋階段をてっぺんまで上ることができるという。

 

 

トル公:

ここはポポロ広場オベリスクと奥に見えるのが双子の教会、で下段がポポロ広場側から見たフラミニア門(ポポロ門)。このオベリスクは、かつてエジプトの都にラメセス二世らをたたえ、太陽神殿前におっ建てられていたものを、アウグストゥス帝がエジプトを落としたとき、「せっかくだから」と思ったかどうか知らないけど、ローマに持って帰ってきたもの。
こんなにも巨大で、おまけに余裕で祟られそうなものを平気で持ち帰るなんて、ローマ帝国恐るべし!
双子の教会は道を挟んで対称に造られた可愛らしい小さな教会。フラミニア門はローマの北の玄関口。フラミニア街道を南下してローマを訪れた人たちは、この門をくぐって広場に着いたとき初めて「ああ!ローマに着いたんだ!!」ってホッとしたという。
このフラミニア門の右にある建物がサンタ・マリア・デル・ポポロ教会。キリスト教徒の迫害で悪名高い、暴君ネロの霊が取り憑いたクルミの木を切り倒した跡に建てられたとか。死して尚ローマを不安に陥れるとは、暴君ネロ恐るべし!(そう言えば、コロッセウムという呼び名もネロ縁のモノ、やはりただ者ではない)このポポロ教会の建築費用をローマの市民が負担したので、ポポロ教会と名付けられたとのこと(ポポロ popolo とは「市民」の意)。そしてこのポポロ教会の名が、そのままポポロ広場という名の由来となったという。
ところで、ポポロ広場に連なるフラミニア街道は現在イタリアの国道3号線。敷設したのはフラミニウスと言う古代ローマの政治家で将軍。あのカルタゴのハンニバルに負けて戦死した人。そんな大昔に造った街道が国道として現在も生きているということは、よっぽど使い勝手の良い場所を選んで敷設したうえで、人々に忘れられることなく、利用され続け、メンテされ続けてきたということ。道一つとってもまさに永遠の都ですな。ローマ帝国恐るべし!

 

その3、準備中


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