“イケメンヒーロー”をめぐる報道について(断章) 

(2002年、『仮面ライダー龍騎』公式サイトにアップロードしようとして、やめた文章↓) 

昨年『アギト』のスタート時点、「もうメッセージは書かない」と申しましたが、ひとつだけ。

ますます取材が増えつづける『龍騎』。
本家本元のテレビ朝日より、他局のほうが扱いが大きかったりする昨今。もはやパブリシティではなく、「社会現象」として報道されていることを実感します。

ただし、報道とは、目的をもって取材するもの。
たとえば「主婦層に大人気!」と報道するために、取材の方がイベントに見えるとします。
取材班は、まず“主婦”を探しますが、主婦のかたがいないイベントもあります。その場合、「お子さん連れの主婦のかたはいませんかー??」と探しに探し、探しつくし、やっと探し当てて、初めて報道が実現します。

個人的にも、何回も取材を受けました。
私が取材されるのは、「主婦層にアピールしようと、“イケメン”を揃えました!」とかコメントする“仕掛人”の顔が欲しいから。でも、それは事実ではない。だから私は、「“イケメン”なんて知りませんが、魅力ある俳優さんです」とか答えます。
それは、報道的には面白くない答えです。「社会現象」とやらを、何も説明しない。だから、そうした受け答えが報道されることはない。
「イケメンですよね〜(でも、うんぬんかんぬん)」とかいえば、前半の数秒が使えるのに、そうは言わないので、取材陣には恨まれてるみたいです。(^^;


報道が、事実を報道していないのではなく、事実を報道するのは、報道の目的ではないのです。


「大ニュースはなかったから、一面トップはなし」なんて新聞はない。「モンスターが出なかったので、今回はアクションなし」なんて『龍騎』が許されないのと同じことです。
まず、読者や視聴者が、どんな“出来事”を期待するかが大前提。それに当てはまる事実を、足で探すのが報道であり、それに当てはまる虚構を、頭でこしらえるのがわたしたち。ニュースやドキュメンタリーと、ドラマは、その目的に変わるところはありません。
でも、原因と結果とを、取り違えてはいけない。

危機感を抱いているのは、2つ。

(1) “特撮ヒーロー”というカテゴライズが、ふたたび浸透して来たこと。
(2) 各キャストが、“イケメン”という観点でのみ語られること。

『仮面ライダー龍騎』は、仮面ライダーシリーズであり、特撮ヒーロー番組です。
が、そんなカテゴライズは、視聴者にも出演者にも関係ない。
それよりもなにより、まず「2002年に放送されている、子供層をコアターゲットとするテレビ番組」であることを最優先しています。

原因と結果を、すり替えてはいけない。
事実を伝えるのは報道の目的ではないが、伝えられる内容は事実でなければならない。それと同じように、『龍騎』は結果として、「主婦層に大人気のヒーロー番組」や「革新的な仮面ライダー」といった成果をもたらしたかもしれませんが、それはけっして『龍騎』の目的ではありません。
須賀さんや松田さんたち、龍騎ライダーズがイケメンか? といわれれば、当代最高のイケメンでしょう。
1971年に、藤岡弘さんが最高のイケメンだったように──。
けど、仮に“イケメン”という言葉を使うなら、彼らにご出演いただいているのは、女性層にアピールするためでも、仮面ライダーの伝統にふさわしいからでもなく、単に当代最高の“イケメン”だからです。

報道合戦が過熱しておりますが、『龍騎』をご覧のみなさまには、原因と結果を混同されませんように。 

日 - 8 月 15, 2004 at 02:24 []