敵に塩を送るというか、敵でも味方でもないから言うんだが、『ケータイ刑事』はスゴい。
『銭形泪・2nd』の後期だったか、「シベリア超特急刑事」とか言い出した段階で、行き着くところまで行ったかと思った。ところが、現行『銭形零』はもはやそんな次元も越えて、物語の本質までえぐりつつある。
見ていない人のために解説すると、一言で言えば「内輪受け」の極致。
内輪受けはどこまで追求できるかを、各脚本家がしのぎを削るという域に達している。
(以下ネタバレふくむ)
各シリーズ第1話で、決まって被害者役にキャスティングされてることを恨みに思った女優(宝積有香さん)が、局プロデューサーを殺害する回。
ラジオドラマを演じることになった登場人物たちが、『ケータイ刑事』のフォーマットをなんとか守ろうとする回。
テレビ朝日『富豪刑事』に出演したい刑事たちが(ちなみに他局だ)、「デカキング」を競って「刑事まつり」を催す回。
BS
フジに勝ちたい BS-i
社員が、うっかり自分の罪状をネタにしてしまい、放送事故を隠れみのに脚本家を殺す回。
そんなエピソードの数々があって、先日の『演技が出来ずして演出ができるか!〜連続監督殺人事件』は極めつけだった。
歴代『ケータイ刑事』の監督11人が集まったさなか、つぎつぎと監督が殺されていく。TBS
社員監督、制作会社ドリマックスの社員ディレクター陣、フリー監督陣(劇中では「映画監督」)たちのあいだの確執が浮き彫りにされていく中で、真犯人の動機は——ってお話。
個人的には『シャンゼリオン』36話で、この手の番組づくりにはこりごりしているが、『ケータイ刑事』はさらにその先に向かって果敢に突き進んでいる。
視聴者には「内輪受け」にしか見えないだろうし、制作者もたぶんそのつもりでお気楽にやってるんだろうと思いたいが、いまいちばん《物語》というものの本質に近いところにいるのがこの番組かもしれない。