Winny
開発者逮捕に物申す
5月10日、京都府警が「著作権法違反幇助容疑」で、P2P
ソフト Winny
の開発者(以下47氏)を逮捕するという事件があった。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0405/10/news008.html 私は、いわゆる DVDISO や、MPEG4 ファイル(DivX avi とか)という形で、大量に違法コピーが出回る状況については、深刻な被害を受けている側の立場の人間だけれども、この逮捕劇には、断固として反対意見を述べなければならない。 ここは、あくまでも「個人的な思考実験」の場だが、それでも「テレビ番組制作者の blog」ではあるので、揺るがせにはできない問題だ。 4つの、大きな前提がある。私の意見を述べはじめる前に、まず、それを理解していただかなければならない。 今日は、1つめの前提を述べる。 (1) 違法コピーは番組をほろぼす違法コピーの流通は、「著作権者の利益をそこなう」とかいう、単純な問題にとどまらない。 たとえばヒーロー番組(にかぎらずドラマジャンル)でいえば、はっきりいって、死活問題である。 まず、日本の民間テレビ放送の収益構造の特殊性がある。 ものすごく図式的にいうと、「広告収入」をベースとしている民放は、「広告塔としての価値がなくなる」か、あるいは「広告費が減る」かすれば、たちまち崩壊してしまう。 現在の民放が活況を維持しているようにみえるのは、「(1) 地上波テレビ放送が圧倒的に視聴されている」「(2)各企業が潤沢な広告費を拠出できる」「(3) その地上波放送を少数のチャンネルが寡占している」という、3つの条件が重なった幸運に因る。 しかし、多チャンネル化や Web の普及により、個々の番組の広告塔的価値は目減りし、不況によって広告費のパイは縮小。しかも、地上波デジタルへの移行にともなう設備投資という、莫大な支出を迫られているのが現状だ。 各局が映画の制作に積極的なのは、それらが直接的な収入が見込める、要するに「有料コンテンツ」だからである。 視聴率至上主義とか、よく批判されるテレビ界だけれども、視聴率がどんなによくたって、直接的に収入に結びつくことはない。ただ、それによって、広告塔としての価値が上がったかのように見えるから、少ないパイを少しでも多く分けてもらえるチャンスが生まれるかもしれない、というだけの話だ。 現在の無料放送を維持するために、各局とも賢明な企業努力をしているのだ。 無料放送でも、その番組が有料コンテンツとして二次利用できる「ビデオ化」は、「コンテンツ自体の価値が収入に直結する」という意味で、映画ビジネスに近い。 しかし、ビデオ化して一定の収入が見込めるのは、アニメとドラマジャンルだけだ。アニメは、ずいぶん前から、ビデオ化による収入を見込んで制作し、いわばCMとして放送する……という逆転現象も起こっている。 この構造には功罪ある。けれども、最大のメリットは、まず「(1) 広告収入が少なくても、その番組の放送を成立させうる」ことであり、つぎに、「(2) 放送にとどまらない価値のあるコンテンツを制作できるようになる」ことだ。 アニメ以外のドラマも、しだいにこのビジネスモデルに参画できるようになってきたことは、きわめて重要な意味を持つ。 広告費が全体的に縮小傾向にあり、かつ、多チャンネル化で番組数が増えるなら、当然、1コンテンツあたりの制作費は減らざるをえない。 しかし、別の収入源が見込める番組であれば、放送にともなう広告収入以上の制作費を投下する道がひらける。 いまのところ、そうした可能性のある番組ジャンルは、「ビデオセールス可能なアニメやドラマ」の他には、テレビショッピングと、バレーのようなスポーツ興行しか発見されていない。 もともとドラマとは、ビッグニュースがあったりすると、裏のニュースに視聴者を根こそぎとられてしまうような、弱いジャンルだ。 当たってもコケても、3ヶ月で終わる「1クールドラマ」が大半を占めているのは、ドラマのそうした弱さに対する、リスクヘッジの意味もある。 何クールか失敗がつづくと、ドラマ番組枠そのものが消滅してしまう。 この状況下で、まだドラマ枠が残っているのは、たまにヒットドラマが出るからということもあるけれど、テレビ局やスポンサーの人たちの愛着も大きい。テレビ局や、企業の広報部に所属している人たちのなかに、ドラマを見てテレビが好きになった人たちがいるからだ。 要するに、温情によって活かされているのが、ドラマジャンルといえる。 世界にこれだけ多くの国々があるのに、日本で放送される舶来のテレビドラマが、実質的にアメリカと韓国に限られているのは、ふしぎに思わないだろうか。 これは、これらの国が、同じ放送方式(NTSC)を採用しているからでもある。 NTSC が、世界的に見れば少数派なのは、カラーテレビ放送としては、あんまりよろしい技術ではないからだ。この方式のメリットは、「カラー放送が白黒テレビでも見れる」ことしかない。逆にいえば、カラー放送開始時点で、すでに白黒テレビが十分に普及していた国でしか、採用する意味はなかった。 当時すでに白黒テレビが普及していたほど、経済力があった国でなければ、テレビドラマを輸出するどころか、有料放送か国営放送でしか、ドラマを制作することさえできないのが現状だ。 わが国において、無料の民放で、ドラマが、しかもこれだけのクォリティで制作されつづけているのは、その経済力に端を発している。 それは、どれほどの僥倖に恵まれてのことか。 いまや、ヒーロー番組は増加傾向にあり、NHK さえ劇中劇でヒーロー番組を制作するご時世だけれども (^^;、これがどれほど時流に逆らった、ありうべからざる状況であることか。 マーチャンダイジングによる副収入が、これまでのヒーロー番組の制作費を支えてきたのは周知の事実。しかし、ここ数年間、ヒーロー番組がかつてに比べて格段にレベルアップしたのは、制作者の能力や「イケメンヒーローブーム」などとは別次元で、別の収入源が開けはじめ、さらなる制作費を投下できるようになったからに他ならない。 ひとことで言えば、ビデオセールスによる収入が、現在のヒーローものや、ドラマ・アニメを支えている。 その収入源が断たれれば、番組のクォリティが落ちるどころか、たちまちジャンルそのものが消滅する。 「消滅の危機に瀕する」のではない。 確実に消滅する。 どれほど個人的な愛着があろうと、社会的な責任があろうと、収入が支出に見合わない行為を、民放という営利企業がすることは許されない。 現在のビジネスモデルが絶たれれば、アニメも含めてドラマジャンルは、諸外国と同じように、映画か有料放送のような、直接的な収入を得られるメディアにかぎられざるをえない。 現在の収益構造は、消費者の好意や思い入れにすがる、ある意味バブルな体制だ。 きわめて不自然な形で、かろうじて成立しているのが現状だからこそ、一石を投じてしまうと、もともと不自然な構造であるがゆえに、元も子もなくなる。 「好きだから」と違法コピーを交換するのは、「好き」なはずの消費者が、自分で自分の首をしめることになるのだ。 だが、その一方で……というわけで、なるべく早く、P2P というか、メディアというインフラの話をしたいのですが。 「4つの前提」と称する前提の、タイトルだけ、あらかじめ順番にあげておくと、
という感じです。
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Total entries in this category: Published On: 2008.09.02 00:41 |