情報の共有 (7) ──著作権はインセンティブ? (2) 

紀元前1世紀。8年間のガリア戦争を戦ったユリウス・カエサルは、ゲルマン人の風習を報告します。 


どんな人でも、一定の畑なり固有の所有地なりを持っていない。各地区や各郷の指導者が、一年ごとに(略)土地を分け与え、次の年には、また別な土地へと移ることを強制するのである。そのわけを、指導者はいろいろと説明する。たとえば、一所に住みつづけると、土地に慣れ愛着を覚え、戦争への熱意を失い、農耕にくらがえしてしまうからだとか、(略)要するに、党派や葛藤を生み出す根源の金銭欲が芽ばえるからだという。
カエサル、國原吉之助・訳『ガリア戦記』(講談社学術文庫)1994、第6巻22節

戦功に応じて、一年の期限つきで私有地を分配される。この制度によって、ガリア人(ケルト人)に対する戦意を保ちつづける。
こうしたゲルマン人の制度に、カエサルは一定の評価をくだします。

ゲルマニア人は、今日でも依然として昔のまま、欠乏と困苦に耐えて暮らし、食物や衣服や住居など同じ状態であるが、ガリア人のほうはローマの属州に近く、海外の商品なども知り、様々の日用品に恵まれ享受している。そして、たびたびの合戦で敗北をかさね(後略)……
同24節

ゲルマン人の強さは、この制度によって、ハングリー精神を高めてることに由来するというわけ。


ゲルマニアと日本


土地私有を期限つきで認めて、なんらかのインセンティブを高めるという考えかたは、もちろん日本にもあります。

かつて日本の律令時代に「三世一身の法」という制度(荒地を開墾して田畑をつくった人は、孫の代までその土地を自分のものにできるという制度)があったが、これが著作権に似ている。
岡本薫『著作権の考え方』(岩波新書)2003、強調引用者

この2つ、期限がちがうだけのように見えて、じつはベクトルがまったくちがいます。

三世一身の法は、一定期間の土地私有を認めて、土地を開墾させるのが狙い。
古代ゲルマン人は、一定期間に土地私有を制限することで、ハングリー精神を高めるのが狙い。

律令制のもとでは、まず《農地はすべて国有》というタテマエがあって、それでは立ち行かなくなってきたので、タテマエに対する例外を設けた。
つまり、こっちは規制緩和策
一方、ゲルマン人が何かタテマエを持っていたかどうかは不明ですが(後述)、《戦争に勝つ!》という当座の目的のために制度を設けた(すくなくともカエサルはそう解釈した)。つまり、こっちは規制策


インセンティブは何のため?


著作権インセンティブ論は、どっちの派にも大流行! といいました。

思うに、著作権保護を強めることで著作者をハッスルさせて、競争力を高めるんだい! タテマエだけじゃやってけないぜ! ってのは、三世一身の法タイプ。
で、著作権はインセンティブのためにあるのだから、最低限の保護にとどめて、著作者を苦しめるべし! ってのはゲルマン人タイプ。

いろいろイデオロギーを持ち出しちゃう人もいますが、じつはタテマエは関係ない。
何が目的? が問題です。

財産権は、これを侵してはならない。
日本国憲法第29条

著作権を、財産権としてみるなら(って財産権ですが)、確実にタイムリミットのある財産権は著作権(と特許権)だけ。

財産権なら、どーしてこんなにひどい目にあうの? ってのが、著作権保護派の主張。資産には税金が山ほどかかっても、だれも一気に身ぐるみはがれちゃうなんてことはないのに、著作権だけは別。
一方、著作権に財産権をみとめるな! ってのが、反対派の主張。

ホントは《著作権は財産権なの?》ってのが、議論の根っこにある。
けど、これを追求すると、「財産って何?」「公益って何?」って話になって、話が大きくなりすぎます。インセンティブ論が大躍進してるのは、そこをついて、ブレイクスルー風に見えるからではないかと。

けど、どんなインセンティブ論も同じ穴のムジナなのは、《イヤなことを無理やりやらせる》って発想なんですよね。

正当な報酬がなければイカン、という保護派。報酬などなくてもやるんだから報酬はイラン、という反対派。
どっちも、《報酬》って観点でしか見てない

そんな悲しい見方が、どーして横行しちゃったのさ!

ってことで、次回は、アメリカ合衆国憲法の話(もーイヤ)。 

日 - 7 月 18, 2004 at 03:14 []