わが国に護憲派や改憲派はいても、「修正条項派」なんてのはいない。
米憲法の修正条項って、つまり、本文に一字一句手を加えないために、正誤表で済ませようってことですよね。 無理してんなーと思います。 これに関しては、以前からフシギに思ってて、「聖書と憲法、パッケージ(断片)」なんてメモも発掘したりして。 ついでに、米憲法について補遺。 日本では、独占権である著作権を正当化する理論について、定まった考え方があるとはいえない。ところが米国では、(略)産業政策理論が憲法で明示され、(略)産業政策理論が著作権法の指導原理として機能している。
山本隆司『アメリカ著作権法の基礎知識』(太田出版)2004(強調引用者)
ってことで、アメリカでは著作権をめぐる論争には、議論のための基盤があるし、レッシグのような憲法学者がどんどんしゃしゃり出てくる。 けれども、アメリカで著作権が憲法に明記されたのは、 アメリカ植民地は、イギリスから独立するまでは、イギリスの著作権法(1710年アン制定法)の適用を受けていた。1776年の独立宣言後、(略)各州の産業はイギリスの産業に市場を席巻されてしまった。そこで、1789年に、連邦憲法を制定して、(略)大陸諸州の市場を統一するために著作権法や特許権法を連邦政府の立法権限とした。
前掲書(強調引用者)
っていうような、200年以上前のアメリカにおける事情が背景にある。 「時代遅れ」というのは言いすぎでも、そのまま現代の日本における議論に輸入したって、互換性なくない? と。 わたしが危機感を持ってることのひとつは、映画やキャラクターやプログラムといった、「著作物」と総称されるものをめぐる議論が、法律論にせよ経済論にせよ、当事者ではない人たちばかりによって語られてる気がする現状です。 それを、アメリカの影響下でやるものだから、それこそ《インセンティブ》論みたいに、すべてが《産業政策》という観点に染まっていく。 インセンティブ論の笑っちゃうところは、「儲かるからやる!」って決めつけてるとこ。 儲からなくてもやるけど、儲からなかったらやれませんって! スタッフ&キャストはみんなそう。 そういえば「ハングリーな競走馬のニンジン」は、なんとなく、ハルウララを思い浮かべながら書いてました。「勝てない馬は死ね!」という議論に見えて仕方がないのです。最近の著作権論争は。 トラックバックって面白い、かも。Haloscan よありがとう、かも(東條悟風)。 で、おそれいりますが、テキストエンコーディングは UTF-8 でお願いいたします。
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