情報の共有 (5) ──極論のレトリック (2) 

池田信夫の「虚論」 

かりにも大学教授の書いたコラムを「土俵にすらあがってない」でカタすなんて、何様のつもりじゃい! と気がとがめてきたので、せめてひとつは根拠を述べておきます。

残念ながら、黒沢も溝口も小津もこの世にないから、彼らの創作意欲がこれによって高まることはありえない。では、今後はどうだろうか。50年後に生きている作家は少ないし、映画会社やゲーム会社は存在するかどうかも疑わしい。延長の効果は、せいぜい権利を相続した孫の小遣いが増えるぐらいだろうが、文化庁はこれが競争力を高めると本気で信じているのだろうか。

たとえば、前回「極論のレトリック」でも検討したブロック。
「レトリックがどうあれ、主張自体に耳を傾けるべきだ」という人もいるでしょう。ごもっとも。
だけど……

第二十九条 映画の著作物(第十五条第一項、次項又は第三項の規定の適用を受けるものを除く。)の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する
著作権法・第29条著作権情報センターにリンク。強調引用者)

映画の著作権は「映画製作者」(プロデューサー=映画会社や出資者など)に帰属し、監督に著作権はないんです。
国際的にも、いろいろ議論はあるみたいですが(ベルヌ条約第14条が大混乱!)。

ハッスルしない監督に権利はいらない、と池田は主張します。
でも、監督に法的権利はないので、存在しない権利を奪え! と主張してるわけで……。まして、存在しない権利を「相続」するなんて無理な芸当。
「死んだペットに人権が必要だと、本気で信じているのだろうか」とか詰め寄られてもなー、って感じ。

つまり、これは極論どころか「虚論」。
著作権法について語るんなら、まず当の法律を踏まえた上で語らないと、土俵に上がったとはいえませんよね。



ちなみに法律はともかく、実際の映画界は、「監督の権利」をとっっても大事にしてます。
けど、それは映連や監督協会といった業界団体が、話し合って決めた業界ルールであり、監督という職業に対する尊敬の念のあらわれ。
亡くなった監督の孫に「小遣い」とやらを払ったとしても、それは映画業界が勝手に、良心としてやってることで、法律も文化庁も関係ありません。



(なんか、これ以上かかわるのはイヤになってきましたが)
映画の著作権がだれにあるにせよ、著作権問題を「創作意欲」(著作者・著作権者がハッスルするかどうか)の問題として切りとる池田の視点自体が、否定されないのはもちろんです。

「インセンティブを高めるために、保護を強化せよ」という人あり、「インセンティブを高めない保護は撤廃せよ」という人あり。
どっちの派にも大流行! 時代は著作権インセンティブ論! って感じですけど、これって、はたして妥当なのでしょうか。

著作権問題の焦点のひとつクサいので、次は、そこにスポットを当てて検討してみましょう(イヤだけど)。 

金 - 7 月 9, 2004 at 01:02 []