Fri - November 21, 2008
オスモ・ヴァンスカ指揮読売日本交響楽団(サントリー・ホール)
ベートーヴェン交響曲、完全制覇への道
- ベートーヴェン: 序曲「コリオラン」
- ベートーヴェン: 交響曲第4番
- ベートーヴェン: 序曲「命名祝日」
- ベートーヴェン: 交響曲第8番
ベートーヴェンの交響曲全9曲を生で聴く、というのが私のささやかな野望だったりします。ロンドンでは1、3、5、7番に接し、残りはあと5曲。そんな私にとって、この日は、おあつらえ向きのプログラム。4番も、8番も好きですし、おまけにコリオラン序曲まで!(なお、命名祝日序曲は一度も聴いたことがありません)。指揮者はシベリウス交響曲全集で名を馳せ、現在進行中のミネソタ管とのベートーヴェンも評判がいいらしいヴァンスカさん。これを逃す手はありますまい。しかも、コーラス席だと2,000円なのですよ(←これはかなり重要)。会場の入りは6-7割といったところでしょうか? ちょっと寂しめ。魅力的なプログラムだと思うのですが...。演奏は、流石若い指揮者※だけあって、新緑が目に浮かぶような、生き生きとした力強いベートーヴェン。熟成されたという形容は当たりませんが、ことベートーヴェンの交響曲に限っては、パッションというか勢いで聴かせてしまうというのもアリかと。少なくとも私は、こういうのも好きです。コーラス席なので、日本が誇るサントリー・ホールの音響の是非をうんぬんすることは出来ませんが、ステージが間近だと、視覚的にも飽きません。両翼配置のバイオリンの掛け合いなんか、「おお、なるほど!」と思わされる場面が何度かありました。ベートーヴェンを戦後配置(左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ...と音程の高い順に並べるオーケストラ配置)で演奏するなんて、どう考えたって間違っていると確信させられました。【注釈】※...若いといっても50代半ばですが、ことこの職種に限ってはまだまだ中堅です。
Thu - November 13, 2008
MacBookに乗り換え
さらばiBook...
6年近くiBookを使い続けてきましたが、またしても故障。前回
と同じく、左のパームレストをゆがめると正常に作動するという状態。ということは、ロジック・ボードの故障=45,150円(税込)コースということでしょうか? ちょっと前から光学ドライブもDVDが読めなくなっていたこともあり、潔く諦めました。しかしプロセッサが800MHzから2GHz、しかもCore
2
Duoになると、別次元の速さです。呆れるほどです(まあ、どうせすぐにこの速さにも慣れて、当たり前になってしまうのでしょうけども)。問題は、ソフトのアップデートにどれだけお金がかかるかですね。やれやれ。
Wed - November 12, 2008
田母神さん
平和の代償
2.26事件が引き合いに出されたりしているようです。2.26的手法を肯定する気は毛頭ない私ですが、いやそれっていくらなんでも、という気がします。彼ら青年将校に失礼だろうと。
「陛下は我々の行動を理解して下さるはずだ」という見込みが甘かったにせよ、自分たちの行動が死に直結しかねないという覚悟が彼らになかったとは思えません。それに引き替え我らが田母神さんは、政府見解を真っ向から否定しながら、悪びれるまでもなく「退職金はいただきますよ」ですから、なにをかいわんやです。
国の現状を案ずるあまりの止むに止まれぬ行動、という点では一致するとするにしても、あまりにその重みが違いすぎます。
そもそも、青年将校たちが憂いたのが、困窮する国民という目の前の現実であったのに対し、田母神さんの場合は、歴史認識という、見る角度によって形を変える、さまざまな解釈が可能なものであり、そもそも、その根拠となる事実認識事態が、歴史学者(例えば秦郁彦さん)から、「問題外」という扱いを受けてしまっていますし。
彼の意図が、「こんな軽率な人物がトップだなんて、自衛隊って大丈夫なのかな?」という印象を国民に与ることであったなら、大成功なのでしょうけど、いくらなんでも違うでしょう(その点で、今回の件の一番の被害者は自衛隊員かもしれません)。
恐らく彼は、今の日本は政治も教育も劣化していると心底憂いているのでしょうし、それに異論はありません。ただ、平和で豊かな時代が長らく続くと、それは避けられないことなんじゃないかと、最近は思うようになりました。
私自身、仮に戦前、戦中に生まれ育っていたとしたなら、今よりずっと、知的であること、勤勉であることを求められ、恐らくは現状よりずっとマシな人間であったことでしょう。でも、それはないものねだりです。一億総劣化なのです。
ただ、そうした負い目もなく、「俺は正しい。周りは馬鹿ばっかりだ」みたいな態度をとられると、「要するに、あなたは自分を肯定したくて仕方がないのですね」という印象しか抱けません。
そんなの、誰だったそうでしょう。誰だって自分を特別な存在だと思いたい。でも、そこで抑制を効かせないと、客観性も自制心もない、ただの馬鹿だと思われかねないから、ほとんどの人はそうしない訳で。
何だか、電撃辞任した中山成彬大臣とだぶって見えてしまいます(もちろん、いい意味ではありません)。
Sat
- October 4, 2008
「悪い奴ほどよく眠る」(1960日本)
無垢であるということ
引き続き黒澤映画です。政官業一体となった汚職がテーマ。十年一日と申しますが、半世紀前も前にこんな映画が作られつつ、未だに何も状況が変わっていないのには、正直、驚くというよりむしろ、辟易とせずにはいられません。
主人公(三船敏郎)が、父を死に追いやった悪徳役人への復讐を画策する物語。ここで核を担うのが、香川京子さん演ずる悪徳役人の娘。彼女は主人公を愛していてるのですが、その純真さ、無垢さゆえに、主人公を窮地に追い込んでしまいます。いや、窮地に追いやるどころか、死に至らしめます。彼女の無垢さ故に、主人公は復讐を果たせぬまま悪徳役人の一味に殺され、物語は悲劇として幕を閉じます。観る側にはやり切れない、苦い味わいが残ります。
でも、そこにこそ、黒澤監督の意図を感じない訳には行きません。無垢さがしばしば破滅を招くのは、歴史を振り返るまでもないことですし、それに目をつぶってハッピーエンドにしてしまっては、束の間観客に心地よい思いをさせたとしても、このウンコのような現実を変えるよすがにはなりませんから。
Sat
- September 6, 2008
「七人の侍」(1954日本)
打ちのめされました
映画の凄さにはもちろん、40年近く日本で生きていながら、これほどの映画を観過ごしてきた自分の愚かしさに、打ちのめされたのです。
高水準のエンターテイメント性を保ちつつ、ここまで深く人間を描くことが出来るとは思っても見ませんでした。映画の持つ可能性の大きさを知らしめられた、と言ったら大げさでしょうか?
この映画で印象的なのは、美学に重んじ、死をもいとわぬ侍と、みっともなかろうが何だろうが、生き残ることにこそすべてをかける農民との対比です。どちらにも肩入れせず、淡々と描いたのが本当に素晴らしい。
黒澤作品くらい、ちゃんと観よう...。
Sun - August 3, 2008