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図6(1967)
様式化はさらに進む。黒人の子供は幾何学模様になる(顔は三角形,帽子は赤の正方形,房は青の長方形)。コピーは相変わらず印刷されている。当時,コピーは人気ラジオ番組で取り上げられ,そこでは“オイチィ?”という問いかけに“バナニア”と答えなければならなかった。
当時,私は高校生だったが(68年5月のちょうど一年前),コピーが卑劣きわまりなく,あからさまに人種差別的に響いていたのを覚えている。
図7(1977)
コピーは(やっと)消えた。その代わりに舌なめずりをする“人種的特徴のない”顔が描かれている。“美味しい”という視覚的メッセージは,1930年の顔と同様にダイレクトに伝わってくる。だが,この顔にはもはやいかなる論争の余地もない。
もはやセネガル狙撃兵は,商品名の上を飾るロゴマークでしかない。
図8(1987)
1915年に始まったセネガル狙撃兵の広告からは残っているものといえば,巧みに利用され続けている色の暗号だけである。
バックはお決まりの黄色である……活字の配置は軽やかになったものの,商標「バナニア」は相変わらず青である…… 上ぶたと,開封箇所を示す赤い部分だけがかつての帽子を思い出させる。
アングロサクソンの影響により,食習慣も変わった。今やバナニアのパッケージは,1912年同様,原料に加わったあらたな食材(たとえば蜂蜜,シリアル)を強調する必要に迫られている。
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80年代にバナニアの箱がたどった変化は,フランシス・フクヤマの分析を裏づける。わたしたちは“歴史の終焉”に立ち会っていたのだ。20世紀の大きな歴史の展開−−戦争,植民地帝国,人種差別−−への言及は,“パッケージ”から徐々に消え去った。最後まで残ったのは色の暗号だけである。イデオロギー色の強かった,ブランドのアイデンティティは唯一デザインだけになった。この事例は,一般的に認められているのとは反対に,広告が社会風俗の一歩先を行っている訳ではまったくないことを示している。バナニアが自社イメージを変え,しぶしぶキャッチ・コピーを取り下げたのは,進歩する社会の圧力に屈したからにすぎない。(同様に,石油会社が環境問題を取り上げるのも,汚染スキャンダルの後でしかない。自動車メーカーが安全を語るのも,交通事故が社会的災害として受取らるようになってからのことだ。タバコ会社が話し方が変わったのも,法律の制約を受けたからにすぎない。)
“ブランドのアイデンティティー”という観点からみれば,バナニアの歴史は,コミュニケーションにおける“シニフィエ(signifié)”に対する“シニフィアン(signifiant)”の優位を裏付けている。メーカーがアイデンティティーを守ることができたのは,長年に渡って獲得されたデザイン上の規則=シニフィアンを保持したからである。ところが,歴史的現実についての言及=シニフィエは,すべて消え去ってしまった。また,変革の必要性が意識されはじめた60年代後半,色の規則を破ったパッケージも試みられたが,試みは完全な失敗に終わった(図8,青のモルヴァン)。
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“歴史の終焉”は,もちろん歴史が止まったことを意味するのではない。きわめて“ポスト・モダン”的な方法で,かわいい“セネガル狙撃兵”は1997年のCMに“カムバック”を果たし,注目を集めた。
図10-17(1998)
“ポスト・モダン”の特徴の一つは,メタフィクション,引用,シンボルの流用を頻繁に駆使することである。このCMではまさしくそれが行われている。“セネガル狙撃兵は”は,私たちが幼年時代に見たバナニアの“懐かしき”宣伝のシンボルとして復活している。この1998年のテレビ・コマーシャルでは,1959年のイラストが使われている(モルヴァン)。また,テーマはかつてのバナニアの伝統的な作り方である。もちろん当時のキャッチ・コピーは現われない。
“昔の味”へのこだわりをうたいながら(今日の商品のように直接お湯に溶かすのではなく,“温めて作る”),テレビCMは,90年代に出現した新しい飲み方を取りあげている。商品は“朝食”のお供としてではなく,友だち同士でいつでも飲める“スナッキング”や“コクーニング”のお供として紹介されているのだ。
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