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2008.0616-0719(3315)
自分史 13歳時(中学1年)
詰襟の制服を買いにいく。 町に母ちゃんといく。 黒の制服を着たわたしを みて、母ちゃん涙ぐむ。
襟にプラスチックの白襟 が入っていた。
ところで、父ちゃんは いったい何しよん。 父ちゃん、バイクで 川につっこんで おおごとしてた。 (たぶん飲酒で)
こんなんでも、当時は 寛容にゆるされる 熱い時代だった。
夏になると、テレビスター達が プールで泳いだり、はしゃいだり する番組があった。 スターの中に混じって、何人かの無名の 女優が胸をポロリとわざとだして いたが、今は・・・、ないよね。
みてたテレビ:野生の王国、座頭一、 野生のエルザ
2008.0529-0615(3231)
自分史 12歳時(小学6年)
小学時代、総括!
「遊び篇」 1.殺生。(バッタ、カエル) 実は、中学2年まで やってました。ごめん。
2.銀玉鉄砲打ち合い。 黒いプラスチック製の 拳銃に銀色の玉をいれて 打ち合う。当たると「いてっ」 て感じ。ライフルの空気銃も 買ってもらった。当時2千円。 シャトル状の小さい玉が 当たると、いてええ!、って感じ。
3.デパートでみつけた手品セット。 高いのでなかなか買ってくれなかった。 「勉強するけ、買って買って。」
4.近くの山に、祖父と犬の散歩。 道がないので、じいちゃんは 「ジャングル」と呼んでいた。
5.パッチン(メンコ) いまでも缶に保管してる。80枚くらい。 姉が「プレミアがつくから とっておきなさい」と。
6.映画。おじさんと 「燃えよドラゴン」 「グレイト・ハンティング」 「ジョーズ」 「大地震」・・超音波がででた
劇場の迫力、すごい。
7.有害本の立ち読み。 こそっと。
8.その他。 恥ずかしい!
9.コミックスを読む。 100冊そろっていた。 「バビル2世」の ロデム、ポセイドン、ロプロス、ヨミ。 悪役はだあれ? 10.カンチョー。 好きな人にやってた。
11.ゴルフゲーム。 親分に「これ買え」 と言われてお年玉で買う。 以外と、面白くて 家族ではまる。
12.テレビゲーム 当時、旅館のラウンジに あった。1回50円の テーブルテニスゲーム。
13.テレビ/ドラマ/アニメ 気になる嫁さん パパと呼ばないで キーハンター ありがとう・・石坂浩二、水前寺清子 奥様は18歳 あしたのジョー・・アニメ。リアルタイムでっせ。 力石との決着、「主人公が勝つと決まっとる」 という意見が多かったのではないか。コミックは 中学になって、はじめて読む。 巨人の星 猿の惑星・・感動! ベンハー
「勉強篇」 1.最高水準問題集 国語、算数、、 ストレスがたまり、バッタや ばあちゃんに当たってた。
2.読書。 小公女、小公子、十五少年漂流記、 ミレー、豊臣秀吉、勝海舟 3.作文 3年生のとき、クラスで 読み上げ披露させてもらう。 「自慢やのー」
2008.0509-0528(3187)
自分史 12歳時(小学6年)
学校の成績が上がり、 都会の塾に受講を申し込む。 優等生気分の私。
日曜の朝、 塾の初日、受付にて 「住所と名前を書いて ください」と言われ、 自分の住所を知らなかった 私。はずかしかったあ。
模擬試験会場に入る。 そうねえ、100人近くいた かなあ。 白い紙いっぱいに問題が印刷され ていた。
「さっぱりわからん」
レベルの違いを思い知らされた。
あせりつつも、汗ばんだ手で 鉛筆をにぎりしめ、適当に埋めていく・・・。 鉛筆箱は「赤き血のイレブン」
後は、紙のインクでも嗅いでいた。 それと、 理科の問題に数匹、ミツバチの絵図がならんで いたのがきれいで、見てた。 結果は100人中、95位? ぐらい。 わからんのは自分だけじゃないと 思いたかった。 「これわかる、ねえ、これ、これ」 と自宅で2人の友人に、例の 蜂の絵をみせてみた。
友人は「問題の意味がわからん」と。
答えがわかる、わからんの前段階で、あーでも ない、こーでもない。じれったい。 結局、問題自体がおかしい、と 一人が言い放っておしまい。 (みんな負けず嫌いだったね)
1年後、私立中学を受験・・・不合格。 「あーあ・・・しょぼん」。 でも、「ふーっ・・・受験から解放!」
その時の、入試問題、国語からひとつ。 括弧の中に適当な言葉を記入せよ。
猫のひたいのような( )庭。
私の解答(ふさふさした)
2008.0415-0508(3127)
自分史 11歳時(小学5年)
4から5人の遊び友達 の中に、私からお金を せびる人(以後、親分 と略称。実際、彼は 自分のことを戸川万吉 と言っていた)がいた。 おんぶ地獄といって、 休み時間には彼をおぶ って移動させられた。 このせいで足が伸びな かったのかもしれない。
どうしても彼に面と むかって言い返せない 私。 遊んでいてもおもし ろいわけがない。いつ も彼の機嫌をとっていた 私。
そんなある日、 ケツバット仲間(彼と 私は男先生にバットで しりをたたかれた間柄、 以後、ケツ友と略称) が、廊下でつかみあい の喧嘩をしている。 相手は親分。 ケツ友は渾身の一発を 親分のどこかに入れ、 なんと親分、クラスの みんなの前でわんわん 泣き出した。ケツ友の 圧勝。
このときから、暗雲 に光がみえてきた。
相変わらず、面と向かって 言い返すことはできない が、親分を無視することに 決めて、下校時は彼とは 帰らず、一人もしくは違う 友人と帰宅した。 他の友人も彼からはなれ はじめて、5年の終わり頃、 いっきに彼はひとりになって しまった。 万吉、孤独に苦しむ。 6年生になると、 彼とは全く遊ばなく なってしまった。
時は流れ、今から5年前 小・中学校の同窓会があった。 親分とも会い、少し話も かわした。ちょっとこわかった。
2008.0327-0414(3058)
自分史 11歳時(小学5年)
クラス担任男先生の家庭訪問があった。1学期が終わり 通知表というのが、、、、。出た。 成績はオール2。体育のみ3。
「お母さん、勉強させてください」 と、男先生に説得された母親は、 その日の晩、妙にハイになって 「熱心な、先生ねえ。やる気あるかね? あんたより、お母さんがやる気になった ちゃね!」
学校は夏休みに入った。 午前中、算数、国語、理科、社会 とドリル、ドリル、ドリル。 わからんところは、母ちゃんがおしえて くれた。 12時ごろ、すべてその日の分が終ったら、 解放。 ご飯食べて、そとに出て、蝉とってもいいし, とにかく次の日の朝までは自由。 12時までがんばれば、解放ということで 続いた。 40日間で、5年生のドリルが全部終った。
2学期の終了後、成績は 3、4、4、4、3、とUP。先生もよろこ んでいた。 クラスの中で、男先生、顔をほころばせ、 「このこは、がんばったぞ。みんなも みならえ」みたいな。ちょっとてれくさい。 がんばったのは、母かなあ。
2008.0306-2008.0326(3011) 3月7日[消防記念日]、3月8日[国際女性デー]、3月14日[ホワイトデー]、3月17日[彼岸入り]、3月19日[社日]、3月20日[春分の日]、3月22日[放送記念日]、3月23日[彼岸明け・復活祭(イースター)・世界気象デー]、3月25日[電気記念日]
自分史 11歳時(小学5年)
半年前、つまり4年生 の終わり頃、家にいると 電話がなり、姉が電話 にでた。 「彼女から電話よ」 とひやかされ、赤面。 母親も笑顔でからかう。
電話にでた私は、 「はい、で、用事は?」 と問い返す。 「はい、わたし」と女子。 「だから用は何ね。」 と私。
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