獅子岩と大馬神社

前回お伝えした花の窟神社から国道を市内方面に500mほど戻ると国の名勝・天然記念物でもあり世界遺産でもある獅子岩があります。
高さ25m、周囲210mの巨岩です。
海に向かって巨大な獅子が吠えているように見えることから獅子岩と呼ばれている。
獅子岩のすぐ南にも
神仙洞と呼ばれる岩もあります。

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名勝・獅子岩

この獅子岩の北には井戸川が流れていてその上流に
大馬(おおま)神社があります。
その歴史は古く平安時代には祀られていたとの事です。
現地にある案内板によると桓武天皇の頃、坂上田村麻呂がこの地方を荒らす賊を討ち、その首を地中に埋めその上に本殿を建てたのが始まりと言われている。
その話を聞いた智興和尚という人物が参詣しようとしたところ大きな馬に乗った田村麻呂の霊が現れ和尚を案内した。
この事から大馬神社と呼ばれるようになったという。
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・本殿
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参道や社殿近くには無数の大杉がありその大きさに圧倒されます。
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この大馬神社には獅子・狛犬がありません。
実は先に紹介した獅子岩と神仙洞が大馬神社の獅子・狛犬にたとえられているのです。
獅子岩が阿の岩(阿像)神仙洞が吽の岩(吽像)なのです。
通常、獅子・狛犬は神社に背を向けて座っています。

獅子岩も大馬神社に背を向けてます。

歴史ロマンを感じさせますね。
そう思うと獅子岩の獅子は獅子・狛犬から来ているのかもしれない。

獅子岩はJR熊野市駅から徒歩7分。場所は
こちら(Google Maps)
大馬神社はJR熊野市駅から車で15分ほど。場所は
こちら(Google Maps)


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花の窟神社

熊野市有馬町の国道42号沿いに日本最古の「花の窟神社」があります。
花の窟神社は高さ70mもある巨岩が御神体となっているめずらしい神社です。
日本最古といわれるゆえんは日本書紀に「伊弉冉尊(イザナミノミコト)が火の神 軻遇突智尊(カグツチノミコト)を生んだ時、焼かれて死んでしまった。そこで紀伊の国の熊野の有馬村に葬った。人々が神の魂みたまを祭るには花の季節には花で祭り、また鼓や笛、旗を用いて歌い舞って祭る。」とあります。
その場所が花の窟神社なのです。

花の岩屋神社は神社と名がついたのは明治時代のようでそれまでは御陵(墓所)として認識されていたようです。
実際に花の窟神社には伊弉冉尊と軻遇突智尊のお墓があります。それを祭神として祭っています。

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ご神体


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伊弉冉尊のお墓


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軻遇突知尊のお墓


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御神体から張られている綱は毎年22日と10月2日に行なわれるお綱掛け神事で掛け替えられます。
この綱は神と人とをつなぎ神の恵を授けて下さると言われています。

確かにこの場所は他の神社では感じない何かがあります。
嫌のものではなくて気持ちを落ち着かせる何かが。
ほんとうに伊弉冉尊が眠ってるのかも。


花の窟の場所は
こちら
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大丹倉

熊野に帰った時、このコーナーの為に取材(ネタ探し)に行きます。

今回は熊野市育生町丹倉にある「大丹倉(おおにぐら)」に行って来ました。
大丹倉とは岩盤でできた高さ200m、幅500mに及ぶ断崖絶壁です。
熊野市指定文化財天然記念物でもあります。

まずルートから。
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道路案内板があるので分かりやすいと思います。

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実はここからの道が結構厳しい
(^^;)
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熊野少年自然の家を越えるとこんな道が延々と続く

途中、民家があったり対向車と出くわす事もありますのでくれぐれもスピードは控えめに。

やっとの事で到着。結構疲れました (^^
あっ、車酔いする方はやめたほうが無難かも。
なんせ狭い山道でカーブの連続ですから
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ここから徒歩で大丹倉の頂上に向かいます。
といってもここがほとんど頂上と同じ高さなので5分くらいで到着します。
写真正面向かって左側が大丹倉方面です。


大丹倉に着きました(^-^)
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ほんま怖いです。
手すり?そんなもんありません。
落下防止の柵?そんなもんもありません。
ほんと自然のまま。


ここからは熊野の山々の雄大な景色も見えます。
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撮影してる時に何やら聞きなれない鳥の鳴き声がするのでその方向を見ると枯れ木に鷹の様な鳥が留まっているのを発見。
距離的にどうだろう100mくらい離れていたかな。
取りあえず、デジカメの光学10倍+デジタルズーム4倍の計40倍で撮影に成功。
これがその写真です。デジタルズームなのでぼけているのはご愛嬌。(^^;)
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鳥類にうとい私はなんという鳥なのか全然解らなかったのですが風貌からしてただものじゃないと感じました。
しばらくしてこの鳥は優雅に飛び去っていきました。飛んでる姿がなんともいえない。
さすがに絶壁の上なので飛んでる鳥をデジカメで追う事は出来ません。自分も飛んじゃいそうです。

しばし景色を眺めたあと大丹倉を下から見上げるポイントがあるのでそちらに移動する事にする。
途中、雨滝と呼ばれる滝に立ち寄り、マイナスイオンを浴びる。
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大丹倉の展望ポイントと行っても県道脇に1台分の駐車スペースがあるだけです。
高さがわかるかなぁ。
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私が上った場所は見えているところの裏側です。
でこれがその上った場所を下から見た写真です。
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昔、修験者たちが苦行を行なった場所でもある大丹倉。
上から見下ろした時の恐怖感、下から見上げた時の壮大さ。
今でこそ車で行けるが当時はここの来るまでが大変だったでしょう。

後日、頂上で見た鳥を調べたところ、絶滅危惧種に指定されている「オオタカ」だと分かりました。
と言う事は出合えたのは幸運だったのでしょうか?
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熊野大花火大会

300年ほどの歴史を誇る熊野大花火大会。
熊野市が誇る一大イベントです。
毎年817日に開かれます。

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 花火の起源は初盆供養に花火を打ち上げその火の粉で灯籠焼を行なったのが始まりだそうです。
今では観光の要素が多分にありますがこの花火大会の趣旨を忘れることなく、初盆の供養が行われ追善花火で幕が開きます。

 年々の侵食により狭くなった七里御浜海岸からの打ち上げが困難となり10年ほど前から沖に台船を浮かべそこから打ち上げる形に。
打ち上げ場所はケーソン、台船2隻と鬼ヶ城、海上を疾走する船から。

 見どころは疾走する船から花火玉を海に投げ入れ爆発させる海上自爆。
沖合に浮かべたいかだに設置した三尺玉をそのまま爆発させる三尺玉海上自爆(写真)。
そしてフィナーレの鬼ヶ城大仕掛け。打ち上げ数約1万発

 熊野の花火は非常にシチュエーションがよく、海と山がそれを引き立てています。
花火が海面に反射し幻想的に映り、爆発音が洞窟、山々にこだまして聞こえる。
体感出来る衝撃波。花火がなる度、家が揺れます。

 今年(2005年)も開催され19万人もの観客が訪れました。
今ではケーブルテレビの生中継もやってますが、やはり体感するには現地に赴くのが一番でしょう。
人口2万人足らずで交通の便の悪いこんな町にこんなに多くの人がやって来てくれます。
それだけ熊野の花火には人々を引きつける魅力があるのでしょう。


熊野花火大会オフィシャルHP

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丸山千枚田

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 今年
11月で熊野市と合併する南牟婁郡紀和町。人口約1700人の町。
その紀和町の丸山地区にあるのが棚田の丸山千枚田です。

 いつ頃から出来たのは定かではないですが記録によると1600年頃には約2240枚あったそうです。
農民が少しでも多くの米を作ろうと開拓を行ない千枚田が出来上がりました。
だが、機械が使えないので農作業がきつく、年々田植えをあきらめる農家が増え一時、600枚まで減少。
平成5年に紀和町では、千枚田保存会を結成し荒廃田の復田に勤め今現在では1300枚を超えるほどになってるそうです。

 現在、「丸山千枚田を守る会」の会員を募集していまして1口、1万円。
特典は機関紙の発行と丸山千枚田で収穫されたお米1.5Kgがもらえます。


 実家を6時に出発。
風伝トンネルを抜け、すぐに右折。カーブの多い林道をしばらく走ると展望ポイントに着く。
展望ポイントといっても駐車場があるわけではなく路上駐車しなくてはならない。
トップの写真がそのポイントから撮影したものです。

 稲も育ち、その緑がほんと綺麗でした。
朝霧の滴が稲に溜まり、朝日がそれを反射して幻想的に輝いてました。
ここに来ると風の音、水の音、鳥のさえずりしか耳に入ってこないです。
と文章に書くより見てもらったほうがいいかな。

Photo Albumコーナーに写真をアップしたので見てやって下さい。

そうそう、風伝おろしも見れたので撮って見ました(デジカメのムービー機能で撮影)
風伝おろし(要QuickTime
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熊野古道 〜松本峠〜

 熊野参詣道(熊野古道)が世界遺産になってから観光客も増えているようです。
私の実家の裏山には松本峠があります。
松本峠は熊野参詣道でもあり当時の重要な生活道路でもありました。
峠としては標高差もあまりなく散策するのに適しています。
(私はぜいぜい言ってましたが
この峠を越すとしばらくは平坦な浜街道が続きます。

 子供のころは単なる峠道だと思ってたんですけどね。
熊野古道と言う言葉すらありませんでしたから。
でもこうやって注目されるのは嬉しいもんです。
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鯉のぼり

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 毎年恒例の「泳げ鯉のぼり君」が今年も開催され、気持ち良さそうに泳いでいました。

以前、聞いた話によると熊野では海風と陸風が交代する時のいわゆる朝凪、夕凪がないそうです。
昼間は海面より陸地のほうが温度が高く海から陸に向かって海風が吹きます。
夜はその逆で陸地から海に向かう陸風が吹くんです。
夕方、朝方にその交代が有り普通ですと交代の時一時的に無風状態となりそれを凪と言います。
熊野はそれがないのでいきなり交代するらしい(熊野の人レポートお願い)(^^;)
全国でもめずらしいそうです。

今年も58日まで開催されてました。
その時の写真をGalleryコーナーにて公開しています。
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みかんの花

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- みかんの花 -


前回に引き続き
threehousestoreさんからの投稿写真です。
ありがとうございます m(._.)m
コメントも頂きましたのでそのまま掲載します。


「年中みかんのとれる町」御浜町を中心とした三重県南部では、みかんの花が咲き始めています。
今年は、例年より1週間程度遅れているようです。
今は、うんしゅうみかんで5部咲き程度で、これから週末にかけて満開を迎えることでしょう。
他の中晩柑類は、少し遅れて5月中旬頃に満開になると思われます。
今の時期、この地方ではみかんの花の甘い香りに包まれます。
一度、この時期に南紀に訪れて花やその香りを愛でるのもいいのではないでしょうか?
特にオレンジロード沿いのみかん園は壮観です。


今回も御浜町の情報です。

同じ東紀州として紹介いたしました。
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浜街道

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- 浜街道 -

threehousestoreさんからの投稿です。
ありがとうございますm(._.)m

熊野参詣道(熊野古道)は伊勢から熊野速玉大社に向かう「伊勢路ルート」、和歌山県からの「中辺路、大辺路、小辺路ルート」があります。
三重県内の熊野古道は伊勢路ルートとなり14ほどの峠コースがあります。

今回の投稿していただいたのは熊野市街から熊速玉大社を目指す「浜街道」の写真です。
この浜街道は七里御浜と平行して続く峠のない平坦な参詣道でした。
山に比べ、海岸沿いは堤防や国道の整備で昔の浜街道がどう通っていたのかはわからないみたいです。昔の風景を残しているのは松林くらいかな。
写真は遊歩道として整備されたものです。
しかし、当時の旅人は険しい峠越えをしてこの浜街道に入り七里御浜を眺めることで心が休らいだのではないでしょうか。
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七里御浜海岸

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42号線の佐田坂を下り、鬼ヶ城トンネル抜けると七里御浜海岸が目の前に広がります。
熊野市から鵜殿村まで約22Km(七里)続く玉砂利の砂礫海岸です。その長さ日本一(砂礫海岸として)
「渚百選」「21世紀に残したい自然百選」にも選ばれているんですね。
この玉砂利を見慣れているので砂の海岸が逆にめずらしく感じてました。

そこで七里御浜の歩き方です。

・堤防から波打ち際に向かって歩きます。
玉砂利を踏んだ時の感触や音を楽しんで下さい。
・波打ち際に近づいたら裸足になりましょう。
波で濡れたところを歩くとひんやりとし、砂利が足の裏を刺激してすごく気持ちいいですよ。
夏は気を付けて下さいね。やけどするほど熱くなってますんで(^^;)
その後、腰を下ろして海を眺めると心身共に癒されるはずです。
私は癒されてます(^-^)

ゴールデンウィークには毎年恒例の「泳げ鯉のぼり君」というイベントで約200匹の鯉のぼりが七里御浜海岸を泳ぎます。

撮影した日は凪で波もほとんど無く、静かな海でした。
しかし台風が接近した時の様相は圧巻です。

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(クリックして大きく表示)

台風が過ぎ去ると波をよく見に行ったよなぁ。

そう言えば私を含めて地元の人間が七里御浜を「脇の浜」と呼ぶのはなぜなんやろ?
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私の故郷

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 私の故郷は三重県熊野市です。

紀伊半島の南に位置する人口約二万人の小さな町。
熊野灘と紀伊山地に挟まれ、自然が豊富な所です。
 
 熊野参詣道(熊野古道)の世界遺産登録、毎年10万人以上の観客が訪れる熊野大花火大会、渚百選にも選ばれている七里御浜など自然を活かした観光に力を入れています。

 しかし過疎化、高齢化が進み人口も減る一方。若い人たちを受け入れる企業がほとんど無く、三重県北中部や県外へ就職で熊野を離れる人が多いのも事実。
跡継ぎがいないからと店を絶たむところも増えているそうです。

 私自身も熊野を離れ22年(平成18年現在)になりますが、故郷の熊野が寂れていくのは悲しい限りです。

 そんな熊野にエールを送る気持ちでこのコーナーを設けました。
熊野の自然の良さを中心に写真を交えて紹介したいと思います。

上の写真は熊野古道 松本峠から鬼ケ城に抜ける途中から撮影した七里御浜海岸です。
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