Model ROLLS・ROYCE

「Centenary PHANTOM

ロールス社誕生100周年記念

世界限定「35台」モデル!

Year 2004
Exterior DARK・CURZON (ダークカーゾン)
Interior DARK・CURZON・LEATHER
price \ 18.800.000
Mileage 11.207km
Ammenities ディーラー車 左ハンドル 法人1オーナー

V型12気筒 DOHC 48バルブ  6749cc 

6速コラムAT

最高出力:460ps/5350rpm

最大トルク:73.4kg・m/3500rpm

最高速:240km

0−60マイル(96km):5.7秒

全長:583cm
全幅:199cm
全高:165cm
車重:2610kg
定員:5人


装備:

Wエアバック、サイドエアバック、ヘッドエアバッグ、
フロント:パワーシート+メモリーシート+シートヒーター+ランバーサポート+シートヒーター、ボードコンピューター、パークディスタンスコントロール、エンジンスターターボタン、純正格納自動車電話、純正ナビTV、CDチェンジャー、電動格納式フライングレディ、リアドア格納アンブレラX2本、純正ムートンマット一式、ピクニック・テーブル、ETC車載器、他フル装備。

「センティナリー」特別装備・多数!




内外装機関共に稀に見る超極上車。  

車検:2年付き渡し


COMENTS
1904年5月3日、
「ロールス」氏と「ロイス」氏が、初めて会談した日、、この時から、ロールス・ロイスの伝説が始まる。

それから、100年後の2004年
世界限定35台、国内4台限定の
「センティナリー・ファンタム」が発売された。




「ロールス・ロイス」の商標がBMWに買収された後、2003年10月に満を持して登場したニュー「ファンタム」。
1990年に生産中止されたビッグネーム「ファンタム」を復活された、このモデルは、南イングランドに位置する「グッドウッド」工場で完成する。
このため、過去のファンタムと区別する意味で「グッドウッド・ファンタム」と呼ばれる場合もある。

この車の製作工程は、恐ろしく凝っている。
この車を完成させるには、2つの国にまたがり、3つの巨大工場が必要となる。

「NEW・ファンタム」製作の最初は、
ドイツの「Unterhollerau」工場から始まる。
(発音が分からない)
ここで、スペース・フレーム、ボディまで完成される。
ファンタムは、工作の難しい、オール・アルミ ボディ、、アルミ溶接技術のスペシャリスト集団が ここにいる。
ファンタムは、世界一大きなアルミボディを持つ自動車なのである。

つづいて、
ドイツの「Dingolfing」ディンゴルフィン?工場に持ち込まれる。
この工場は、ボディに腐食加工をする場所だ。
ボディは、3つの巨大プール(・ニッケル・マンガン・リン酸亜鉛の)を、くるくる回転させながら、泳いでいく。(途中、各・洗浄用プールにも入る)
そうして、下地処理が完了したボディは、海を渡り、

英国の「グッドウッド」工場へとやってくる。
ここで、残りの全ての作業が行われる。

外装には、
5層のペイント(下地、カラーコート、2層のクリアコート)が施される。
各工程の間には、昔のロールスよろしく、「研磨」が入る。
このペイント作業の多くは、ロボットが担当している お蔭で、塗装面は、ミクロンの世界で均等な厚さとなる。
この車のペイント技術、及び、施工後の艶、輝き、強度、耐久性は、世界のトップレベルである。
現在のロールス社は、この塗装後の仕上がりを「ピアノ・フィニッシュ」と呼ぶ。
ファンタムのカタログには、僅かなカラー見本しか載っていないが、その中から選択する必要はない(金さえだせば)、ロールス社は、通常でも4万色以上のカラーを揃えている。更に、希望すれば、どんなカラーにでもペイントしてくれる。
つまり、カラーの選択肢は、無限。

内装は、
昔ながらの手仕事が大きく残されている。
カスタマーの いかなるオーダーでも忠実に応える。
レザー・ファクトリー、ウッド・ファクトリーなど、各セクションごとに、スペースは異なり、専門の職人が腕を振るっている。
世界に1台だけの特別仕様車なども、日常的に製作されているようだから、
昔のロールスの特注から比べれば、随分と 敷居が低く(安価に)なったようだ。

その いい例が、昨年、2011年のロールス・ロイス販売台数、、
「3.538台」、、これは、ロールスの107年の歴史の中で、最高台数!


「センティナリー・ファンタム」

このモデルを語るなら、100年前に 一度 戻らなければならない。
「ロールス」氏と「ロイス」氏の奇跡な出会いがなければ、このモデルは存在しない。

天才にして寝る間も惜しんで倒れるまで仕事に打ち込む設計屋「ロイス」と
男爵の称号まで持つ貴族、、 車と飛行機好きの「ロールス」は、
1904年5月3日、「ヘンリー・エドマンズ」の仲介で 初めて会談する。
マンチェスターの「ミッドランド・ホテル」
二人は、たちまち意気投合、その年の12月には、正式に「ロールス・ロイス」社が誕生する。

それから、100年後の2004年
100周年を記念したモデル「センティナリー・ファンタム」が、世界で35台だけ販売される。
日本の割り当て台数は、当初 4台と聞いていたが、実際には3台だったという方もいる。
当1台を含め、他2台も、私の知る方が所有していらっしゃる。
因みに、2004年当時、日本の「コーンズ」は、単一 ディーラーとして世界で2番目に多く「ファンタム」を販売した。(1位は、ビバリーヒルズのディーラー)
この記念モデル、中国の割り当て台数は、3台、、、今なら、半分以上は、中国で売れていたであろうが、04年時は、日本も、まだ、いけてた。

よくぞ、100年も、、
それは、創業当初から、人々が度肝をぬくほどの高品質な車を販売したことと、
経営陣の経営手腕の お蔭であろう。
初期のロールス・ロイスを語る上で、重要な人物が5人いる。

・「チャールズ・スチュアート・ロールス」
 英国で二人目の「パイロット」免許を持ち、英国で一番最初に、飛行機で撃墜死し  た男(1910年7月12日・没)
 この方は、正直、お金をだしただけのスポンサーだが、「ロイス」の実力を
 世に出した功績は大きい。
 

・「フレデリック・ヘンリー・ロイス」
 :この方は、凄すぎ、話が本1冊分になってしまうので割愛するが、
 ロイスの飛行機エンジンにおける実績と功績に比べれば、自動車エンジンでの
 功績など、エピローグ程度のもの・と言う方もいる。
 実際、ロイスが得た「サー」の称号は、飛行機エンジンでの実績評価からである。
 

・「ヘンリー・エドマンズ」
 :前述の二人を引き合わせた実業家。
 たまたま、「ロイス」の会社の敷地向かいに会社を構えていた実業家で、「ロールス  」とも友人をとおして知り合いになる。
  「ロイス」が作った車を購入、感動し、丁度、優れた設計技師をさがしていた「ロー  ルス」に紹介した、、、、この奇跡を生み出した功績はデカイ。

・「クレアモント」
 ロールス社の実務を担当していた社長(1907年〜21年)。
 この方が、会社としての頑固たる基盤を作った。

・「クロード・ジョンソン」
 当初、取締役として、イベントや広報活動を担当。
 優れたアイデアマン&営業マンであるとともに、「クレアモント」の後、社長として、「 ロールス」社を、さらに発展させた優れた経営者でもあった。
 その功績を称え、「ロールス・ロイス」の間にある「ハイフン」が「ジョンソン」だとい  われている。

「センティナリー」という名が付くモデルに乗るなら、、、この5人は、覚えておきたい。

1933年4月22日  「ロイス」が亡くなる。
70歳、亡くなる直前まで設計図を書いていたという。
48歳のとき、大腸がんの手術をして以来、体調が完璧に戻ることは 一度もなかった。

この後、喪に服して、それまで赤かったエンブレムが黒に変わる。



当モデルの特徴は、

「エンブレム」が「赤」

・フロント・ステップに「ロールス」と「ロイス」の名が、1905年 5月3日の日付とともに
 刻まれたプレート


・リア・ステップに「CENTENARY・PHANTOM」プレート

・Bピラーに「シリアル・プレート」

・ドア4枚のサイドレールにRRマーク象嵌入り「マホガニー」ウッド

・内外装カラーは、「ダーク・カーゾン」
 このカラーは、同じく 100周年記念のコンセプト・モデル「100EX」と 同じカラー。
 「100EX」は、ロイスが亡くなる直前に構想し、頓挫した「16気筒エンジン」を積む、 オープンモデル。1台だけ作った非売品であったが、あまりの反響の大きさで、後  に「ドロップ・ヘッド・クーペ」として量産される。
 この「100EX」も、当モデルと同じ 内外装がスペシャル・カラー「ダーク・カーゾン」
 *正確には、「ダーク・カーゾン・シラリック」
  「シラリック」は、自動車塗装に輝きを増す顔料で、ブランド名。

・マッド・ブラック・アルミのフェイシア・パネル(シルバーと選択できた)

・メテオ・グレイの計器類(特殊文字版の時計)

・ボディサイドに手書きのレッド・コーチラインが左右2本

・純銀製「フライング・レディ」 
 その上から、ゴールド・メッキをしたタイプ
(シルバーと選択できた)





さて、当個体の お話

ディーラー車の法人1オーナー。
走行:11.207Km!
ドキレイに決まっている。

エンスーなオーナー様の万全の管理で、整備状況も素晴らしい。
「NEWファンタム」は、新車からメーカー保証が、4年(もしくは、16万キロまで)
も付いている。
ディーラーに車を持ち込みやすい地域に お住まいの方は、ラッキー、、整備し放題

当個体の前オーナー様もラッキー地域に お住まいで、整備は、全て「コーンズ」で、こまめに行われてる。
整備記録が残っているのは、

2005年 12月 : 3.251km
2007年 12月 : 8.209km
2009年 12月 : 9.621km
2010年  3月 : 9.850km
2011年 12月 :10.225km


世界「35台」の内、1台を所有するという満足感
「センティナリー・ファンタム」、、その名前に臆する事はない。
「NEWファンタム」は飾っておく車ではない。
究極の実用車だ。
日常の足として 楽しんだほうが適している。

さて、それでは、

100周年モデルに敬意を払って、写真100枚を下記より↓


外装は、「ダーク・カーゾン・シラリック」

「100EX」と同じカラー。
シラリック(XIRALLIC)は、メタリックではない。輝き、光沢を増す。
過去の遺産と現代の最先端技術の融合を表現しているカラーだと思われる。

それでなくても、ファンタムの塗装は、最新技術で非常に硬く、キズが付くにくい。
また、あらゆる自然現象(雨、灼熱太陽光、雪、酸性雨、樹液、花粉など)にも耐久性はバツグンで
管理は至って 楽。
野ざらし駐車場保管でも問題なし。

この塗装技術の お蔭か、当個体の塗装コンディションも、大変キレイ!

全長:583cm、全幅:199cm、全高:165cm、、
アルミ・スペースフレームに総アルミボディを持ってしても、車輌重量は、2600kgに達する。
いや、この車の強靭なフレームを見れば、、この車両重量は、、アルミボディの賜物、、軽い。
これほど、巨大なアルミ・ボディにも係わらず、ボディ剛性は、完璧なまでの水準。

「グッドウッド・ファンタム」・・まさに百獣の王「ライオン」顔・・物凄い威圧感!

チーフデザイナーは、「イアン・キャメロン」氏。
ロンドンの名門ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで、自動車デザインを勉強した後、
6年間「ピニンファリーナ」に在籍、、2002年にBMWとジョイントしてからは、BMW・3シリーズ、Z8ロードスター、新型レンジローバーなどのデザインを手がけた人物。
イタリア車、ドイツ車、イギリス車を手がけ、世界に通用するべくの「ファンタム」のデザイナーとして白羽の矢が立つ。
彼は、デザインをおこす前に、戦前のファンタムにまで遡り、徹底して、有名コーチビルダー(HJ・マリナー、パークウォード、ジェームスヤング、フーパー、フリーストン&ウェッブに至るまで)の作品を研究している。
完成品を見てみると、例えば、リア・サイドウインドとCピラー、リアウインドにかけてのデザインは、明らかに、シルバーレイス時代のジェームスヤングあたりの作品に大きく影響を受けているのが伺える。
ディーラーのHP解説には、「クラウドをモチーフとして、、」と書かれているが、、それは??
観音開きドアの採用といいファンタム5(1968年まで)以前の車を研究材料としたようだ。
事実、観音開きドアは、ジェームスヤングの傑作「ファンタム5のPV23」のごとく、ドアを開き、手を離しただけで、押さなくても、勝手にカチャリとドアが閉まる、、、しかも、前後ドア2枚は、同時に閉めても接触することはない。正解。好き嫌いは別にしても、
後世に名を残すデザイナーとなろう。


伝統の「フライングレディ」は、リモコンでキーロックすると自動に格納される。
もちろん、スイッチ一つで、電動、任意で出すことも格納することもできる。
当モデルは、「純銀製」であるから、、、つい収納しておきたくなる。

21インチの大径ホイールに、265/790R540Aのランフラットタイヤ(パンクしても走れる)の組み合わせ、ホイール中央のRRマーク部分は、ホイールと別体で、走行中でも回転しない。

スペアタイヤ・スペースが必要ない分、トランク容量は460Lと非常に広い。

開けたリア・ドアは、室内スイッチで自動に閉めることができる。

トランクは、キー・リモコンのスイッチでオープンする。
この広大なトランク・ルーム、、子供なら暮らせそうなほど、、であるが、 ちゃんと、閉じ込められた時用に?中から、トランクを開けるレバーが付いている。
このレバーを使う機会がないことを、、、祈る。

後付?で、「PIAA」のフォグライトが埋めこまれている。
ハンドルポストの左にスイッチがあり、点ければ、やたら明るい。
実用度も高いが、何より、見慣れたライオン顔が もう一味、精悍になっている。



当個体、、
個人的には、「レッド」エンブレムを見ただけで、、、、まいった。

内装も「ダーク・カーゾン」レザー。

スタンダード・モデルは、内装カラー、基本12色を単色でも、コンビカラーでも自由に組み合わせできたが、当個体カラーは、記念モデルのみのスペシャルカラー。

走行距離に見合った これ以上は望めないコンディションである。

コンディションは、素晴らしいので、説明することもないと思われるが、装備の説明は、難しい、、、テンコ盛りすぎて、どこまで、ご紹介したらよいのやら、、。

もはや、「ボンド・カー」の世界

リア・ドアに収納されているRRマーク入りアルミグリップの傘は、ボタンを押すとカシャと飛び出す、、センターアームにあるセンターコントロール・スイッチ(ナビ・AV・電話などの調整用)・カバーを開くと自動で時計部分が反転し、モニター(HDDナビ・TV、AV,エアコン表示など)に、、、
センタコンソール中央ウッドを押すと、ゆっくりと引き出しが開き、電話が出てくる、、そりゃもう大騒ぎ、、、それでいてコラムシフト、ピクニックテーブルは抜かりなく付いているし、格式ある馬車的シートポジション(リアシートの方が、フロントシートより高い)も伝統のまま、最新の贅沢装備を わざと古い造作で隠す手法が用いられた室内は、ロールス・ロイス「ファンタム」の名に恥じるものではない。
バックライト付きドア・とってのデザイン、バニティミラーのデザイン、各部のメッキ箇所など、各所に「アールデコ」様式のデザインが取り入れられているようだ。


当個体の特長は、「5人乗り」仕様ってこと。
ファンタムをオーダーした方の多くは、自らハンドルを握るために、、で、より豪華装備を好んだのか「4人乗り」仕様が意外に多い。
実際に、5人乗る必然性のある方にとっては、当個体、特に お勧めである。
これなら、よしんば、、、リア・シートに横になって寝ることもできる。その贅沢たるや、、。


「センティナリー・ファンタム」の専用装備が、室内には むしろ 控え目に点在する。
ステップに張られた特殊「プレート」を見なければ、これが、記念限定モデルだと分からない方も多いであろう。
その前に、日本に3台か4台しか住んでいない 当モデルの実車を見たことがある方さえ 稀であろうが、、。

仮に、当個体の希少性を加味しなくても、当個体は、このコンディションだけで、評価できる。



エンジンは、60°V型12気筒DOHC、6749cc。

馬力は、460ps/5350rpm
トルク:73.4kgm/3500rpm
0−100km 5.9秒

最高速度:240km

アクセルを踏み込むと、歴代のR・Rでは、想像できない異次元のパワーを発生する。
最初に驚いたのは、エンジン音の静かさ、、
乗ってみてると、これがまた、恐ろしく乗りやすい、速い、曲がる、止まる、見切りもよい、、
高速道路の継ぎ目・段差でも、まったくボディは揺れない、、文句ない。
オーディオの音響効果も よく研究していて、、いい音だす。

この車は、後ろの席に座るのでは、もったいない、ハンドルを握ってこそ面白い。
この車は、やたらとデカイが、リムジンではない。
だから、オーナー様自らハンドルを握っている方のほうが 圧倒的に多い。






幻影、まぼろしなどを意味する「ファンタム」の名が付くモデルが初めて登場したのは、1925年5月のこと、シルバーゴーストの後継モデルとして発表された、
この車も、当時「ニュー・ファンタム」と呼ばれた。
その名のごとく、当時としては、脅威的に静かな車で、世界中の人々を驚かせた。
その後、「ファンタム」の名は、いつの時代もR・Rの頂点モデル、のみならず、世界の自動車の頂点モデル
として君臨することとなる。

「ファンタム6」生産終了後から、14年ぶりに復活した「ファンタム」、、新生R・Rと「ファンタム」の伝説は、1925年の時と同じように 人々の賞賛の下、新たに始まったばかりだ。



世界一、究極の実用車

「レッド・エンブレム」を持つ 只者じゃない1台

「センティナリー・ファンタム」

こいつを「足」にする贅沢は、他の車では 味わえまい。





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ロールスロイス ベントレー スペシャリスト
株式会社 シーザー トレーディング

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