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2003/10/12
真鱈に金沢を想う 一昨日の土曜日、トニーの散歩に近くの公園を横切り、Mospleinという広場までいきました。そこに週末の青空市がたちます。魚屋もあります。昼時で、おいしいカレイの唐揚が目的でした。トニーにもグルメの気分をと、鱈の唐揚げ(骨なし)を買ってやりました。月に一度くらいの定期イベントです。 この魚屋で大きな真鱈を見ました。今回は買いませんでしたが、この魚を見ると金沢を思い出します。真鱈には特別な思い出があります。 大分昔の話ですが、仕事の関係で金沢に2年住みました。金沢には、住む以前もなにかと関わりがあり、度々出かけておりました。日本海側の地域はオランダなどの北部ヨーロッパと共通した、夏と冬の落差の大きなところです。オランダでは金沢ほど雪は降りませんが。仕事の出張とは別に、旅行が趣味で、アチコチへ出かけておりました。訪ね歩いた中で、金沢はもっとも気に入った所でした。この印象は今でも変わっていません。 冬の気候の悪さが気にはなりましたが、そんな土地に短期間とはいえ、住めるのはなかなか興味深いことです。私の性格から、あっという間に金沢と土地の人々に馴染んでしまいました。その2年間を大いに楽しみました。仕事も含めてです。 ゴルフが好きで、時々週末に能登半島のゴルフ場へ出かけました。都市近辺ではすでに会員でないと、週末にゴルフをするのが難しいことになっておりました。ここではまだ、会員ではない私でも簡単にプレーが出来ました。おまけに殆ど予約をする必要がなく、プレーフィーも、それほどの金額にならなかったのを、記憶しております。 そんな週末の気ままに行ったゴルフ場で、加賀料理の板前さんとご一緒にプレーするチャンスがありました。勿論プレーを始めた当初は彼が調理師であることを知るよしもありませんでしたが。大変にマナーのいい方で、プレーも特別上手いというのではありませんが、堅実な自分によく合ったスウィングと戦術でプレーをなさる、50代後半の方でした。 ハーフを終わってクラブハウスのレストランへ行きました。4人で回りましたが、全員が初対面でした。皆さんでご一緒に同じテーブルに付きました。ビールを飲みながら昼食をしました。このクラブハウスのレストランは土地柄、和食が大変豪華 (盛り付け方が…) ですが、値段はそれほどでもなく、いつも感心しておりました。いわゆる弁当スタイルの豪華なやつです。私は喜んでそれを注文しました。他の2人も同じもの、彼はカレーライスでした。このカレーは一度注文をしましたが、感心出来ないものでした。この時は、なんか食い物の趣味のよくない人だな〜、と勝手に考えていました。(笑) もしこれを冗談にでも言ってたら、あとでひどい恥をかくところだったのですが。 プレー中には出来なかった、もう少し詳しい自己紹介となりました。そこで、彼が調理師です、と彼の仕事を明かしてくれました。金沢の繁華街の中心、片町の或るビルの2階に、小さな割烹料理店を開いていると、恥ずかしそうにいっていました。店があるので何時もワンラウンドしか出来ないと、残念そうに言ってました。奥さんと若い板前見習いの方と3人でやってる店で、殆ど常連で成り立っている田舎の店です、とおっしゃってました。 この彼の説明は、食いものに卑しい私には「悪魔の囁き」です。金沢みたいな美味いものだらけの土地で、地元の口の肥えた人を集める小さな割烹料理店ですよ〜。これは行かねば、とすでに決心していました。繁華街の中心ですから値段が多少気になりましたが。メモに店の名前と住所を書いてもらい、大切にズボンのポケットにしまいました。カレーライスを注文したのも、直ぐに納得出来ました。私の兄が洋モノのレストランをやっております。兄は外での食事はいつも和食です。彼と逆ですが、意味は同じですね。 食事の後で残りハーフを回り、彼は帰っていきました。私たちは更に9ホールを追加して回りました。その後、風呂に入りました。そこで、一緒に回った方の一人が、先ほどの調理師のことを知っている、と言いました。とても気難しい方とのこと、店もそれを承知の常連だけが来る雰囲気の店。一度入ったことがあるが、馴染めず、直ぐに出て来たとのこと。「ふ〜〜ん」と私。心の中では、よくある話しで、美味いものはむしろそんなところに多い、と想像/妄想が広がる一方でした。 翌週末に行きました。午後8時くらい。カウンターとテーブル4つくらい、それと小さな座敷とも呼べない小さな畳の部屋が2つ。こざっぱりしたいい感じの店です。彼はカウンターの中で若い板前見習さんと一緒に動き回っていて、私には気が付かないようでした。カウンターに空いた席があったので座りました。座敷のようなテーブル2つに6人、椅子付きテーブルに客はなく、カウンターに4人くらいの客でした。奥さんがおしぼりを出してくれ、それを使いながら、まずビールを注文しました。11月でした。中旬をすぎてましたね。金沢の11月の夜は、東京より寒いです。 ビールとつまみが出ました。ゴリの煮物。それと沢庵のキンピラのようなもの。ちょっとこの沢庵料理の名前を忘れました。古漬けをスライスして、水にさらし塩分を抜き、まず油で焼きそれから煮たものです。そう、けっこう手間の掛かってるものです。黄土色で、くすんだ色です。典型的な金沢のものです。ゴリにしても沢庵にしても色はお世辞にもキレイなものではないですね。それが見事に小鉢に盛り付けられてました。 ド派でなモノではありませんが、いわゆる九谷風の小鉢が使われてます。古九谷風ではありません。当時、九谷焼きはあまり好きではありませんでした。いまでも自分が使うものとしては食指は動きませんね。でも、その土地の食べ物と盛り付け次第で、眼を見張るような効果が出るのが、それぞれの土地の焼き物なんですよね〜。これは恐いくらいの真実です。こればかりは、その土地へ行かないと分らない。食い物へいきましょう。 小鉢に箸をつけて、まずゴリ。うまい。既成の物じゃない。次は沢庵。煮てあるのに歯ごたえはシャキシャキ。これもうまい。おかわりが欲しいくらい。でもじっと我慢。ビールを飲みながらチビチビと大事に平らげました。和紙に手書きのお品書きが2か所にあります。一つはカウンターの客用です。それを見ながら、ご主人にご挨拶。先日はどうも。怪訝そうな顔が、笑顔に変わるのを見て、来ましたよ、と私。嬉しそうなお顔。そのお顔は、私が本当に来るとは思ってなかったことを、伝えてました。別に約束をした訳ではありませんが、私の方の考えでは、こない訳がないんですよね。食い物にこれ以上張れない、卑しい意地を張ってる男ですから。 で、このゴリはと言ったら、見習いの板前さんが作ったと顎で指し、今回はうまくやってくれた、と嬉しそうな声。参るんですよね、こういうの。沢庵は女房、とつけ加えた。厳しいと思いますよ、修行。半端なことは一つもないから。少しだけゴリ談義をしてくれました。犀川で穫れたホンマもののゴリのことを。 他のカウンターの客も話に加わり、なごやかですが、すこし棘がある。常連です。金沢弁丸出しの土地の方達。私の言葉は東京山の手。これはホント。麻布生まれです。これを言うと誰も信用しません。下町から出て来たと思っていた友人が殆どですから。私の柄の悪い方の言葉遣いだけを聞いている人には。使い分けてます、あっは。 常連の一番正直そうだが、一番偉そうな客に、本日のお奨めを聞きました。これ秘訣なんです。ご主人にはこんなケースでは聞かないこと。ご主人に聞くと、私の嗜好を考えてから返事をしようとしますが、まだ私を知りません。客なら自分の直感と主観で、返事が出来ます。鱈の昆布〆。今日のは特別うまいっちゃ、と金沢弁でのご説明。じゃ、それいっちゃう、と東京下町風に私。いきなり、主題の「真鱈」です。カウンターの中を覗いていたら、冷蔵庫から黒い昆布に包まれた、グロテスクな固まりが出ました。ご主人がやってくれてます。カウンターに座るとこんな内側が見えるので、楽しいですね〜。昆布の包みを解き、白い固まりを取り出しまな板の上へ乗せます。ホンノリ白い身に昆布の黒が斑に付いてます。まだ、食欲をそそる姿ではありません。流れる動作でキレイな薄切りにしてくれました。5枚くらいのスライスです。それを九谷風の中鉢に盛り付けてくれました。付いて来たタレにアサツキが入ってます。本ワサビを溶かし、そっと昆布で〆た鱈のスライスを浸し、口へ。 これはもう極楽ですっちゃ。殆ど味がない。説明できる味がない。口当たりはまったく違うのですが、フグですね、例を挙げるとすれば。鱈があれほど上品な味を提供出来る魚とは知りませんでした。極上の昆布のエッセンスを加味しているとはいえ、恐いくらいデリケートで、大変な変身です。こんな食い方知りませんよ、私はただの東京出身者です。で、聞きました。これは金沢独特のものですかと。いんや、日本海側なら何処にでもあるっちゃ、とのこと。つけダレも大事です。カボスとかのポン酢を使うこともあるが、ゆずとレモンがいいと、ご主人が説明を加えてくれました。もう私の心はメロメロ、千々に乱れて過去に食った美味いものを思い出しながら、何かに共通点を探そうとしましたが思い当たりません。食文化の偉大さを思い知らされました。 穫れる地元じゃなければ、こんな食い方は出てこないのですね。いえ、正しくは加賀の食の歴史背景を一番にあげなければいけませんでしょうね。漁獲出来ても、それがなければ、ここまでの洗練度は得られませんから。鱈みたいな鮮度がすぐ落ちる魚を東京で食べるには、いままで食べて来た方法でいいみたいです。(苦笑) こんな風に書いておりますが、この話題はやばい。次から次へと色々な思いがよみがえります。延々と終わりそうもない話題です。この店にまつわることが金沢で最良の思い出ですから。私は日本中で、金沢が一番好きです。これは、この店とここに集っていた常連客故です。いまでもその常連客数人と年賀状の交換がありますが、6年程前にあの鱈の昆布〆を勧めてくれた方が亡くなりました。ご主人は私が金沢を去った6年後に亡くなったと奥さんからご通知を頂きました。 その最初の出会いの時、ご主人は60歳近かったと思います。がっしりした身体の、背もこの年代の方としては170センチくらいありましたから、大きい方ですね。でも、健康が優れているようには見えませんでした。皮膚に艶をまったく持たない方でした。たぶん、肝臓とかどこか内臓器官に、疾患のある方だろうと想像しておりました。あとで聞きましたが、仕事からくる精神の緊張感に耐えられなく、酒に溺れることが度々だったそうです。なんでも高名な料亭のチーフ板前の地位を酒が為に失ったとの噂をききました。(時効と思いますので書いてしまいますが)。私が彼を知った時も、何度目かの治療の時期だったらしいです。ゴルフもその治療の一環にしてたようです。 鱈の昆布〆のあとに「鱈の白子の大根おろし添え」とか、太刀魚の塩焼きとか、茄子の乗った「暖かいそうめん」とか、金沢の味を満喫しました。あ、途中から日本酒に変えました。さしみ風で食べたものは、その夜は鱈だけでした。ご主人もゴルフ場で会った時とは別人みたいによく喋り、とても楽しそうでした。気が付きましたがお酒は一滴も取りませんでしたね。ゴルフの時だけ少しビールを飲むそうです。 その後、度々その店を訪れるようになりました。プロの調理人がこれほど鋭く神経を使って調理をしているのを知ったのは、このご主人を通じてです。調理中に気を緩める一瞬さえないような、持続力を見せつけられました。それを見るのが好きだったので、いつもカウンターに座りました。カウンターは常連の席です。後で聞きましたが、私が最初に入った時いきなりカウンターに座ったので驚いたそうです。というより、みなムカ〜としたようです。ご主人も一見の客がカウンターにいきなり座ったので、気にはなったそうですが、私とは気が付かなかったそうです。奥さんも心配したそうです、常連客に意地悪されるんじゃないかと。そうしたら、いきなり常連客のボスに、本日のお奨めを聞いているのには呆れたそうです。あの、ゴルフ場での方、常連客に意地悪されたみたいですね。東京なんかでは見ませんが、地方では時々見られますね、新来者や外来者にものすごい意識的な疎外感を与えたりするの。慣れないとこれは辛いですよ。実は外国でもいっぱいあります。私は賢いから、それを逆手に取る方法を知っているのです。あはは。 その常連の客が私のところへ時々電話をくれるようになりました。釣りに行って来た。スズキの70センチが釣れた。親父さんのところへ届けた。明日常連には無料でサービス!とかの情報です。山菜の時期にも同じことがありました。山菜があんなに美味しいものと知ったのもこの店です。みな常連の持ち込みサービスでした。松茸まで。常連の一人が能登半島の奥に松茸山を持っています。松茸の採取に契約業者を山に入れるそうです。その前日に、小1時間ほどその山を歩いて採って来るのだそうです。その松茸の時は食べ過ぎて、翌日トイレへ行くと、尿からも松茸の匂いがして、うんざりさせられました。その後、4年間くらい松茸が嫌いになりました。 この小さな加賀料理の店を通じて、地元の人でも味わえないような、贅沢をさせて頂きました。金沢が好きなのは、この食い物だけが理由ではないですよ! 半分以上はそうですがね。 さて、オランダの真冬には、素晴らしい真鱈が店頭に出ます。身が本当に透き通るようなキレイで新鮮なものです。それを見つけた時は、あの「真鱈の昆布〆」を作ります。金沢のあの店のご主人直伝です。東京でも出来なかったことがオランダで出来ました。 Brug43 |