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2004/05/14 
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ジャニーとセフ
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 先週の半ばに「ジャニー」から電話がありました。彼女と話をしたのは、昨年のクリスマス以来です。別に用件があっての電話ではありません。お互いに軽く「ハロー」を言うだけです。私からかけることもありますが、彼女から電話してくれることが多いです。でも、今回はすこし間隔が長かった。この春は、私の体調が優れなかったこともあり、人とのコンタクトが消極的になっていました。いけませんね。言葉には出しませんが、私のことを心配していたみたいです。

 彼女のご主人は「セフ」です。ヨープのニューヨーク勤務時代の同僚でした。ヨープと前後して引退されたのですが、外交官だったとは思えない、大変シャイな方です。トニーの大好きな人物の一人。引退時の勤務地がフィンランドのヘルシンキ。その引退の時「タイガー」という名の犬を飼ってました。名前に相応しい強烈な性格の短毛ダックスフンドでした。もちろんオランダへ戻るとき一緒に連れて来ました。1989年です。そのとき9歳でした。

 オランダに戻ってから「セフ」の希望でティール市 "Tiel" に住み始めました。「え、そんな名前の市は聞いたことないよ!」と、おっしゃりたいでしょうね。私も知りませんでした、彼らと知り合うまで。^^。オランダのほぼ中央に位置する小さな市です。まあ、オランダは400キロから500キロも車を走らせると、国境を越えてしまう小さな国です。オランダのセンターに位置するこのティールに住めば、200キロか300キロドライブすれば国中へ楽に行ける便利な土地である、と考えたそうです。日帰りドライブね。

 あ、忘れてはいけないことでした。セフは引退後、人とのコンタクトを出来るだけ制限したいと思ったそうです。もともと社交的な方ではなく、両親の強い勧めから外交官になったそうです。外交官であったがために、無理して人とのコンタクトを自身に強いてきたが、引退後は解放されたいと願ったそうです。同僚との付き合いもなかなか辛かったようです。そんな中でヨープとはウマがあったようです。ジャニーもヨープを家族のように扱っていたようでした。で、引退後の定住の地として選んだのが、静かなカントリーサイドのティールです。

 タイガーを連れて毎日散歩です。大きな川が流れていて、景色はなかなかよろしい。近くには果樹園がいくつもあり、のどかな田園風景が広がります。でも〜、セフもジャニーも生まれ育ったのはアムステルダム。人嫌いになっているセフですが、本質的には都会人です。地方の街は、外から見るのと、住んで内から見るとでは印象が違います。これは、ホントにぜんぜん違います。私も色々なところに住みましたからね〜、日本内外で。セフは犬を連れて散歩しても、人に話しかけません。田舎の人はめったに知らない人に話しかけません。お互いに無言ですれ違うだけ。この状況の持続性で競争すると、大抵田舎の人が勝ちます。まして彼らの地元では。

 セフは完全に勘違い、計算違いをして田舎の生活を始めました。当初は地元の人から話しかけられないほうが、気が楽でいいと思っていたそうです。やがてセフは、地元の人から敵対する強い視線を感じるようになりました。タイガーは犬ですから、その類いのことには敏感です。強烈な性格の犬と書きましたが、ボスを護る本能も強いタイガーです。そんな視線を投げ掛ける地元の人達に「ウ〜〜ッ」と唸るようになりました。飛びかかろうとさえするようになりました。相手が犬を連れてると、毎回喧嘩です。これはもう戦争です。あっはは。それまではタイガーを連れて歩くとき、殆ど鎖に繋ぐことがなかったのですが、それが出来なくなりました。タイガーとの散歩が苦痛になりますね〜。

 それでも我慢して、1年半ティールに住みました。ちょうどその頃、彼らを食事に招待しました。私が調理人ね。和食です。日本には行ったことのない彼らでした。彼らを自宅へ食事に招待したのは初めてでした。それまでに3回くらい彼らのところへ出かけ、食事をごちそうになっています。セフの最大の趣味は「クッキング」です。それを聞いたとき「社交性のないセフと相反する趣味だな〜!」と思いました。私の顔にそれを読んだのか、ジャニーから「家族とごく親しい友人だけを招待」と、説明がありました。あっはは。私の和食のディナーは大成功を納めました。ある種のカルチャーショックを与えたようです。あ、これ出し方です。いろいろ演出のできる道具を日本から持ち込んでますからね。一種のはったり、誤魔化しみたいなものです。日本の一般家庭や普通のレストランでも使わないようなものを、京都と東京で仕入れました。それから丹波で。

 食事の最中にジャニーがティールでの面白くない生活を語りはじめました。予想はついていたことですから、ヨープも私も驚きはしません。実は、彼らのティールでの退屈そうな生活を、ときどきヨープと話し合っておりました。彼らは音楽が好きです。オランダで最良の音楽を欲しいと思ったら、彼らの出身地のアムステルダムへ出なければなりません。アムステルダムには世界に名高いコンセルトヘボウ・オーケストラが本拠を構えております。もちろんチケットは安くありませんし、入手も簡単ではありません。でも、こんなオーケストラがありますと、自然に他のいくつもあるオーケストラにいい影響がおよび、レベルがあがります。彼らの住むティールから近い大きな市で、こんなオーケストラも演奏しますが、巡回公演ですから回数は少ないです。アムステルダムまでは170キロくらいあります。高速道を使ってもやはり2時間はかかります。往復4時間です。これは1大旅行です。

 アムステルダムで家を見つけて、引っ越そうと考え始めている、とのこと。即、ヨープも私も賛意を表明。明確にね。1992年です、その年は。オランダでもフラット (マンション) ブームの始まった頃です。その夜、彼らはヨープのところに泊まりました。運転がありませんから、セフもジャニーも思い切り飲めます。^^。食事のあとでワインを飲み続けながら、いろいろなことを語り合いました。日本料理のことでセフから矢継ぎ早に質問を浴びました。すっかり仲よくなりましてね〜。タイガーももちろん同行してました。トニーはまだ生まれていませんし、ヨープのパーキンソン病はその2年後です。

 翌週から彼らはアムステルダムに家を探し始めました。一月くらいでヨープのフラットに比較的近いあたりに、建設中の12階建フラットを探し当て、彼らの希望に沿うということで契約しました。入居には半年くらい待たなければなりませんでしたが。でも、転居先が決まってからのティールの生活はそれほど堪え難いものではなかったようです。ただ、その半年の間に重大な決意をしました。タイガーをフィンランドの友人 (オランダ人) に引き取ってもらうという。彼らにとってフラットでの生活は初めてで、犬を飼うのが難しいことになると考えたようです。そんなことはなかったのですがね〜。まあ、彼らの決断ですから、私が口を出すことではありませんしね。

 彼らの引っ越しに私は大活躍を見せました。電気系と水道系の作業は、全て私が引き受けました。セフは2本のレフトハンド (右手がない=不器用) の持ち主で、いつでもプロに頼んだそうです。プロって?と、聞きましたら電気製品の大型店には、配線や水道管との接続工事を専門にしている部門があるそうです。確かに日本で、電気製品を設置するより難しいとは思いますが、私には問題はありませんでした。照明もね。コンクリートにドリルで穴をあけて設置しなければいけないものも、日本にいたときからやり慣れたことですしね。あ、もちろんヨープの引っ越しの時もやりましたが、ヨープの友人には出来る人がいっぱいいましたから、私はそれほどやりませんでした。

 彼らとの本格的な付き合いが始まりました。セフは非社交的ですが、とても率直に自分の意見を表出してくれます。おかしな誤魔化しをする社交家より上質です。きっぱり。そんな人物を私が嫌う訳がない! 別に言葉にしてセフに伝えた訳ではありません。でも、セフは私のそんなところを感じ取ってくれまして、何かあると連絡をくれるようになりました。前回の「無邪気な笑顔」にご登場ねがった André とは違います。インテリジェンスをしっかり備えた、非社交家です。これ、褒めてるつもりですが…。あっはは。ジャ二ーとセフには2人の娘さんと1人の息子さんがあります。アメリカで結婚生活です。伴侶は全員アメリカ人です。息子のマークとは大の仲良しです。

 ジャニーとセフはブリッジをやります。私がブリッジを覚えてからは、定期的にブリッジするようになりました。食事つきのプレーです。彼らの家でやる時はセフが腕を振るい、ヨープのところでやる時は私が腕を振るいました。月に1度のイベントにしました。あ、忘れてはいけません。ジャニーの料理は素晴らしいです。はっきり言うと、趣味の調理人のセフとは年期がちがいます。あっはは。でも、セフを立ててますから、メインコースはいつでも彼に任せます。それに合わせて、実にデリケートに味をアジャストしながら、サイド・ディッシュを1〜2品添えてくれます。これがウマイ!

 ケーキやデザートもジャニーの仕事です。早い時間帯にブリッジをする時は、コーヒーや紅茶にあった手作りケーキが出ます。一度も既製のケーキを出したことがなかった。これは敵わない。いくつかレシピを教えてもらいましたが、私が作るとモタモタやるので、重くなってしまいます。で、私は重くて甘いものが大の苦手です。きっぱりと甘いものを作るのは諦めました。私のところでは既製品がでます。普通ですよね、これ、日本でもオランダでも。あっはは。

 この「トニー番外編」に登場ですから、このお二人はトニーにとって大切な人です。タイガーがいなくなってから、セフは犬とのコンタクトに飢えていたようです。ジャーマン・シェパードやローデシアン・リッジバックの大型犬、さらには小型ダックスフンドのタイガーまで飼っていましたからね。フィンランドで亡くなったようですが、最後の雌ジャーマンシェパードとタイガーは相思相愛で、タイガーがボスだったそうです。犬は人間より余程付き合いやすいと言ってました。トニーはセフと会ったその瞬間にひどく気に入ったようです。どこか犬語を理解するふしの見られるセフです。^^。最近はあまり会う機会を作りませんでしたが、電話で話しているうちに、6月に夕食にを共にする話がまとまりました。私のところへ来て頂きます。楽しみです。トニーにもね。

 いずれトニーが「トニーの物語」で彼らのことを語ることになります。ご期待ください。


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