練習
今週月曜日におなかの中身をスキャンしてきた。主な目的は子宮筋腫の位置を確認するため。もし子宮口付近で肥大していれば胎児がそこを通り抜けるのの妨げになるわけで、その場合は帝王切開を施さねばならないことになる。
今週月曜日におなかの中身をスキャンしてきた。主な目的は子宮筋腫の位置を確認するため。もし子宮口付近で肥大していれば胎児がそこを通り抜けるのの妨げになるわけで、その場合は帝王切開を施さねばならないことになる。
日本の産婦人科では検診の度にスキャンしてもらえ、その度に我が子を覗き見しては成長ぶりを目で確認することができる。しかるに、分業化が進んでいるこの国の産婦人科医の診察室にはスキャナーがない。クリニックにはレントゲン室もないし、血液検査もその場ではできない(クリニックによっては、看護婦さんがそこで採血してラボに回してくれるところもあるが、いま私が通っているクリニックは道を挟んで向かいがラボであることもあり「あなた自分で向こうまで行って採血してきてちょうだいね」って感じだ)。そこで患者はある種の検査が必要な場合、医者から紹介状を書いてもらって自分でラボに電話し、エコーならエコーの予約を取っていかなければならない。滅多にしないスキャンなので、怠りなく準備させられる。「1時間半前から30分の間に水を1リットル飲みなさい」というものだ。これは結構辛い。胎児が膀胱めがけて蹴りを入れてくる場合は特にだ。
そんなちょっと憂鬱な準備をして(実際には1リットルも飲めなかったが)ラボに行った。待たされた。立って待つのも座るのもきつかった。部屋に呼ばれてスキャンが始まった時、筋腫の位置や大きさよりも胎児の成長ぶりよりも「この膀胱の中身を早く放出したい!」という思いの方が私の最大の関心事だった。
技師は胎児の体の様々な部位を「うっ、逃げられた」とか言いながらどんどん計測してゆく。彼女の言うように、この子供はモゾモゾ落ち着きなく動き回っている。そんなこんなをしながら、彼女がカーソルで動いている一点を示しながら何気なく言った。「ほら、赤ちゃんのおなかが上下に動いているでしょう。呼吸の練習をしているのよ」私はハッとして目を懲らしたが、画面は直に次に移ってしまった。
この子供は生まれてくることに何の疑いも持たずに、着々と準備を進めている。居心地のよい、文字通りぬるま湯のような胎内から厳しい外界に出て、生き抜いてゆくために彼(又は彼女)が今できる訓練を、怠りなく続けているのだ。生きていること、生きてゆくことが当面のこの子供の目的であり、目標であるのだろう。これを健気と呼ぼうか、神々しいと表現しようか? その純粋さを目の当たりにして、私はたじろいだ。私は3度目の出産を前に、最近ちょっとビビッていた。分娩が終わらないことにはお話にならないアノ状況。こんなに苦しいのに誰も何もしてくれないアノ特殊な状況。誰も肩代わりしてくれない、逃げ場のないアノ状況。昔、船に酔った母がドヨヨ〜ンとした真っ青な顔で、疾走する船から「降りる」と言ったときはあんな感じだったに違いない。私は来るべきその日のアノ状況を思い浮かべて、帝王切開という選択肢を安直な道としてキープしていた。子宮筋腫もあることだし、私がもっともらしい顔をして「大事を取って帝王切開という道を選びたい」と言えば聞き入れられるであろう。境界型妊娠糖尿病と診断されたこともあり、胎児が大きくなりすぎることを防ぐためにも、予定日を過ぎないように計画的に帝王切開を施すのは今の私に最良の手段のように見えた。全ての条件がそちらに向かっているではないか?と。しかしこの子供は、母親のそんな姑息な思惑とは別のところで、密かにそして着々と弛まぬ練習を積んでいたのである。私は自分が恥ずかしくなった。こちらの都合で、彼(又は彼女)が準備OKかどうか意にも介さずにおなかを開けて連れ出してしまおうなんて、なんて自分勝手なことを考えていたのだろう? この子が真正面から取り組んでいるのなら、私も真正面からそれに答えるのが人としての礼儀ではないだろうか?
幸いエコーの結果は現段階では致命的ではなさそうだ。まだ自然分娩を迎えられる選択余地が残されている。「帝王切開より他に取る道はない」というのでない限り、最後まで自然分娩を希望しよう、たとえそれがどんなにしんどい作業であったとしても。
「生まれる」と「死ぬ」には一つの扉しかないと思っている。生まれるためにその扉を開ければ、死も身近に迫ってくる。そこをこの子としっかり手をつないで通ってこよう。大丈夫、春樹や花も通った道だもの、君もちゃんとできるさ、何と言っても母さんがついているんだから。一緒に立派に大仕事をやり遂げよう。そして君がどんなに上手に「呼吸」の練習をしていたか見せてちょうだい。母さんは君におっぱいをあげよう。そして君が来るのをずっとずっと楽しみに待っていた父さんと春樹兄ちゃんと花お姉ちゃんを紹介しよう。それまでそこでしっかりと育っていてちょうだい。そして君が「ヨシ、今だ!」と思ったときに出ておいで。みんなで待っているからね。
Posted: 木 - 12月
11, 2003 at 12:27 PM