怖や、怖や


もう何年も前のことになるが、父の運転する車に乗って当てられたことがある。

もう何年も前のことになるが、父の運転する車に乗って当てられたことがある。信号待ちで停車したら、前に止まっていた車が何を思ったかバックしてきてこちらにゴンッとぶつかったのである。こちらは車高の高い四駆だったので、その程度の衝撃では車も搭乗者も何ともなかったが「相手はどう出るかな?」と思って見ていた。と、運転席助手席両方のドアが開き、運転者と同乗者が入れ替わった。こちらを見ないでコソコソという感じで入れ替わった。そうしている内に信号が変わり、その車は発進してしまったのである。「すいませぇーん!」でもなければペコリと頭を下げるわけでもない。ブーンッ!と発進である。私達はワケがわからないという感じで後ろを走りながら「とりあえず止まってもらおうや、停車中にぶつけられたんだから」と、クラクションを鳴らしてから手振りで「路肩に止まって下さい」と告げた。しかし彼らは止まるどころかスピードを増し、次の角を左に曲がってビューンと行ってしまったのであった。これは立派な「当て逃げ」だ。その時は腹も立っていたので警察に行ったが、停車中は車高が高いパジェロからは前の車のナンバープレートは見えなかったし、走行中はまさか相手が逃げるなんて思っても見なかったのでナンバーを覚えようとしてプレートをジッと見るなんてことはしていなかった。結果、うろ覚えのナンバーは記憶違いだったようで該当するような車両は検出されず、私はただ徒に鼻の穴を膨らませて憤慨しただけであった。
 そんなことは忘れていた。あれから何年も経っていたのであるから。それを何日か前にフッと思い出した。あれは父と息子であったのだろうなぁ。父は息子に車の運転の仕方を教えていたのだ。勿論息子は無免許だ。その無免許の息子が人様の車に当ててしまった。免許を取る前にやっちまった。二人とも慌てた。父は息子をかばった。父は息子を守った。逃げる、という方法で。助手席で萎縮している息子に「何であんな所でバックなんかしたんだ?!」と怒鳴っただろうか?バックミラーを気にしながら「追ってこないぞ、良かった良かった」と笑っただろうか?それとも始終無言で憮然としていただろうか?息子の方は家に着いてからも警察から連絡が来やしないかと、暫くはビクビクしていたことだろう。でも翌日になっても誰からも何も言ってこないことが分かって安堵したことであろう。「逃げおおせた」
 しかしそれは違う。父は決定的な過ちを犯してしまったのだ。父は息子に言ったかもしれない「だいたい四駆なんか運転している奴らは傲慢なんだ。あの程度ぶつかったくらいではびくともしやしないくせに、こっちを停めていちゃもんを付けようとしやがった。あんな奴らとは話をする必要なんかない」。息子は父の横顔を盗み見ただろう。でもそこに見たものは傲慢で嫌なヤツを置き去りにした勝者ではなく、交通ルールという「社会」から逃げるオドオドした男だったはずだ。それは父として絶対に息子に見せてはならない姿ではなかったか? 勿論息子は父を非難したりはしない。「お父さんはぼくを守ってくれた」 でもあの時の父の横顔は、言葉では言い表せない一種不快な記憶として心の中にそっと積もったのではないか? きっと息子はあの後無事に免許を取って、今では自信たっぷりに運転していることだろう。多分今頃は自分も人の子の親になっているかもしれない。父は今や祖父だ。二人とも、あの事故とも呼べないような出来事など覚えてはいまい。私が忘れていたように。でも私は思う。息子は今父を尊敬しているだろうか?
 人は何かから逃げたり、誰かを出し抜いたり、まんまとしてやった、と思うことがある。でも自分がしたことからは決して逃げられないのではないか? 逃げたり出し抜いたりしてやった代償は、きっとどこかで払っているのだ。そしてそれは取り返しが付かないくらい高くついていたりするのだ。そう思ったらちょっとゾッとした。怖や、怖や。

Posted: 日 - 2月 6, 2005 at 12:14 PM            


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