白夜行


東野圭吾の「白夜行」を読み終えた。

一年前、中学からの友人が東野圭吾の文庫本を十冊ばかりぼくにくれた。彼は東野圭吾のファンで(ついでにいえば新撰組フリークでもある)、絶対に面白いからと、彼の家に呼ばれてご馳走になったときにどっさりともらったのだ。もらった本はすべてオーストラリアに持ってきて本棚にある。妻もぼくも次々とその東野圭吾を読み、あれがいいだのあれはいまひとつだのと言い合っていた。

その中の「白夜行」だけは、その厚さゆえにちょっと手を出しかねていたのだが、先日パラパラとページをめくり、そのまま一気に読み終えた。

「いい小説」は、読後感がけっしてさわやかではない。
胸に何かが引っかかったようであり、心臓の中に澱がたまったようであり、ネバネバとしたものが胸の内側にへばりついているようであり、とにかく「いい小説」は、変な胸騒ぎを読者に引き起こす。
ああ面白かったではすまされない、「巻き込んでいく力」をそれはもたらす。

「白夜行」はまさしくそうだった。
考えたり想像したりする余地が、小説の中に無尽蔵に横たわっている。語られていないことばかりだ。それをどう埋めるかは、読み手の側に委ねられているようであり、だから読み手の無意識が動員される。
しんどいわけだ。

ちなみに妻も東野圭吾では「白夜行」が一番面白かったと言っている。

ところで、いま日本では「白夜行」がテレビドラマ化されているようだけど、原作もテレビも両方知っている方、テレビドラマの方はどんな感じですか? 原作のあの救いのなさがきちんと現れているのでしょうか。

Posted: 土 - 3月 18, 2006 at 10:23 午後            


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