沖縄復帰記念日


久しぶりにブログを書く。
この日のことは、きちんといつも書いておきたいと思うからだ。
きょうは沖縄の34回目の復帰記念日。沖縄が再び日本に組み込まれた日であり、日本にとっては47番目の兄弟が戻ってきた日でもある。

毎年やって来るこの日を、沖縄だけが覚えている。
「核抜き本土並み」という言葉が、第二次大戦終了後にアメリカ統治に置かれた沖縄の振り絞るような願いだったのだが、「核抜き」は復帰後しばらくして(たぶん)達成されたが、「本土並み」はいまだに遠い話だ。駐留米軍の規模が「本土並み」になったのではなく、自衛隊が「本土並み」にやってきたという皮肉すら、復帰後の沖縄では言われていた。

なんといっても、沖縄には日本に存在する米軍基地の75%が置かれている。今取りざたされている普天間のみならず、東洋一の軍事空港カデナ基地をはじめ多くの沖縄の基地は、沖縄の住民が生活を営んでいるそのすぐ隣にある。
米兵やその家族達は有刺鉄線をてっぺんに置く高いフェンスの向こうにいて、こちら側の雑然とした密集さと比べると、青々とした芝生に囲まれた住宅は、まるで別の国のようだ。(じっさい、彼らはこの国の法律には縛られてないから、まさしく「別の国」なのだが・・・。)それに加え、彼らは「基地協定」という名の日本の法律によって「守られて」もいる。

沖縄の願いとはほど遠いまま、今年もまた沖縄復帰記念日がやってきた。

そして今年は、戦後沖縄史に残るかもしれない大きな出来事が進行している。
沖縄県とその自治体(名護市)が、歴史上初めて新しい基地の建設を受け入れる表明をしたことだ。これはとても大きなことだ。反戦反基地の名のもとに平和闘争(奇妙な言葉だけど)を培ってきたこの島が、どんな理由があるにせよ、基地を受け入れると言ったわけだから・・・。

沖縄はどこへ行くのだろうか。

それを見極めるのはとても難しい。なぜなら、どこへ向かうのかということをまったく示せないでいる日本政府の、いわばツケを支払わせられる形で沖縄が基地を抱えているのだから。明確な国策、明確な安全保障を持たず、ただアメリカのいいなりになっているこの国に、沖縄の将来を云々する資格はない。

ああ、舵を失ったこの国に、いつまで沖縄は翻弄され続けるのだろうか。

Posted: 月 - 5月 15, 2006 at 04:29 午後            


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